2009年8月17日

77日間の階級戦争に勝利 双龍工場占拠ストが終結

週刊『前進』08頁(2403号8面1)(2009/08/17)

77日間の階級戦争に勝利
 双龍工場占拠ストが終結
 新自由主義を突き破る 労働者の団結示す

 韓国・民主労総全国金属労組双龍(サンヨン)自動車支部は8月6日、資本と李明博(イミョンバク)政権との壮絶な死闘戦に勝利し、労資合意に至った。それは5月22日に整理解雇撤回・総雇用確保を要求し、平沢(ピョンテク)工場占拠の無期限ストに突入して以来、77日目のことだった。最後までハンサンギュン支部長のもと組合員の団結を守り抜き、大恐慌下の大失業攻撃と闘う労働者階級の真骨頂を示した闘いだった。この一点で偉大な勝利を歴史に刻んだサンヨン工場占拠ストは、世界の労働者を鼓舞激励し、サンヨンに続く決起を生み出している。何よりもこの日本でサンヨン闘争を引き継ぎ、11・1労働者集会1万人結集を実現しよう!

 「死ぬ覚悟で戦う」と宣言

 7月20日に始まった強制執行は日に日に激化し、警察部隊と呼応した会社役職員らからなる救社隊、暴力ガードマンらの殺人攻撃に対し、サンヨン支部労働者の決死の抗戦が続いた。その攻防渦中、5月から中断されたままだった労資交渉が30日、平沢工場内に「平和区域」を設けて始まった。徹夜で続けられた交渉は8月2日、資本側の決裂宣言で幕を閉じた。
 実は交渉中の31日からイミョンバク政権と資本の意を受けて警察の塗装工場鎮圧作戦が準備されていたのだ。水道・ガス、消火栓に加えて電気も止められた。大型ハシゴ車など特殊重機も投入され、警察特攻隊を含む400人が塗装工場に隣接する工場屋上へと突撃した! 国家権力の総攻勢に対して労組は、「理性を失った弾圧と暴力的侵攻を強力に弾劾する。この時間にも『一緒に生きよう』と叫ぶ560人余りの組合員らは死ぬことを覚悟して公権力に対抗し、激しい戦闘を行っている。塗装工場は火薬庫に違(たが)わない。20万㍑余りの引火性物質がぎっしり埋まっている。私たちは死ぬことを覚悟して最後まで戦う。大惨事が発生したならば、すべての責任はイミョンバク政権にある」と宣言した(8月4日)。
 5日朝、警察特攻隊が乗ったコンテナを大型クレーンでつり下げ、200人余りの兵力を組み立て3・4工場の屋上に投入した。組合員らは火炎瓶を投げ、パチンコで徹底抗戦をしたが、負傷者、連行者続出、組合員3人が屋上から墜落し、重傷を負った。
 この攻防で労組は最後の砦(とりで)である塗装2工場に退却した。ここでハンサンギュン支部長は「今すぐにでも自決したい心情だ。しかし、生きて勝利しなければならない。私を信じて最後まで工場を守ろう」と決死抗戦を訴えた。組合員全員が「トゥジェン(闘争)!」で応じた。
 背水の陣で迎えた6日正午すぎ、サンヨン資本のパクヨンテ共同法定管理人とハンサンギュン支部長の1対1交渉が始まり、午後2時50分、合意が成立した。資本が6月8日付で整理解雇した976人中、籠城(ろうじょう)中の組合員を対象に無給休職、営業職転職、分社、希望退職などの方法で非常人材運用を実施し、なお構造調整が避けられない場合、無給休職と営業職転職48%、希望退職と分社52%の比率を基準とするという合意内容だった。
 労組は決意大会を開いて合意内容を報告し、組合員の同意を確認した。午後7時半、ハンサンギュン支部長を始めとする労組指導部が長蛇の列をなす組合員一人ひとりと万感の思いで抱き合い、奮闘をたたえ合った。
 5月13日から高さ70㍍の煙突上で高空籠城していた組合員も86日目に地上に降りた。

 11・1集会1万人結集へ

 確かに整理解雇撤回がかちとれなかったことは悔しい。しかし、大恐慌下の凶暴な新自由主義攻撃と一歩も引かずに戦いぬいた組合員らの顔は自信に満ちている。塗装工場から正門へ、ともに77日間を戦った家族たちとの再会も感動的だった。新たな時代がサンヨンから世界に広がったのだ。
 決意大会でハンサンギュン支部長は「労組22年の歴史上初めての事態だった。私はサンヨン自動車労組設立委員会準備委員長として労組とともに生きてきた。労働者の存立基盤である労組が崩れてはいけない絶体絶命の瞬間が持続している」と、新たなステージでの闘いの継続と労組の団結を訴えた。
 サンヨン支部の闘いは続いている。6日連行された42人のうちハンサンギュン支部長を始め38人が拘束された。これでサンヨンストでの拘束者は、単一争議では最多の64人となった。検察当局は平沢工場の労組事務室から理念書70冊を発見したと発表、国家保安法弾圧が狙われている。粉砕あるのみだ。
 今や「サンヨンに続こう!」が大失業攻撃と闘う世界の労働者階級の合言葉となった。11・1労働者集会1万人結集こそ、サンヨン支部の決死の戦いに応える道だ。階級情勢を塗り替える11月へ突撃しよう!
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 整理解雇を阻止できず無念支部はまっすぐ闘い続ける 金属労組双龍自動車支部 ハンサンギュン支部長

 〈談話文〉(抜粋)

 双龍自動車支部は”大惨事”を防ぐ決断をしました! しかし人を切る”死の行列”は防げませんでした!

 1、今日(8月6日)金属労組双龍自動車支部は「占拠ストライキ座り込み77日目、煙突高空籠城86日目、公権力全面投入18日目」を迎えた今、火薬庫と呼ばれる塗装工場の”大惨事”を防ぐために、悲壮な覚悟で最後の労資交渉を提案し、最終合意しました。しかし人を切る整理解雇、”死の行列”を結局防ぐことができませんでした。
 2、双龍自動車支部はこれまで双龍自動車事態を平和に解決するために、最善の努力を尽くしてきました。しかし李明博政権と双竜自動車資本は、対話と妥協の精神を失い、弾圧と暴力で一貫してきました。特に座り込んでいた組合員は、人間として享受すべき最低限の基本権も享受できませんでした。
 3、特に昨日(5日)は、警察特殊部隊を含む公権力などの侵攻で約150人の組合員が負傷しました。3人の組合員が墜落し、そのうち1人は脊椎(せきつい)が折れる重傷です。会社の用役と救社隊は平沢工場の外にいる市民にも無差別の暴力を加えました。まさに「無法地帯」です。
 4、今回の整理解雇闘争は”一緒に生きよう”という労働者の切なる苦闘でした。双龍自動車支部は、みんなが一緒に生きられる方案を何回も提出しました。李明博政権が投入すべきなのは公権力ではなく”公的資金”でした。
 5、双龍自動車支部は占拠ストライキ闘争で77日間の命がけの闘争をしましたが、力が足りず、整理解雇を阻止できませんでした。強固な闘争を続けてきたので、無念さが残ります。
 占拠ストライキ闘争の最初から最後まで、少しも動揺することなく、指導部を信じて一緒に闘ってくれた組合員の同志たちに本当に「ご苦労さまでした」という慰労の言葉を伝えます。 
 6、今、胸が張り裂けるほど残念なことは、今回の整理解雇の闘争過程で6人の大切な生命を失ったことです。”解雇は殺人”という言葉は事実でした。すべての結果に対して支部長としての責任を痛感します。
 7、双龍自動車支部は労働者の人間らしい生と平等な世の中に向かって、まっすぐな闘争をやめません。これまで双龍自動車闘争を援護し、死守してくれたすべての連帯の同志たちに、同志的愛情を送ります。
 民主労総と金属労組は、私たちには生命とも同じ存在です。誰が何と言おうと、われわれは民主労総の組合員です。あれほど切実に待っていた雨が今降ってきました。