ZENSHIN 2000/01/17(No1940
p06) 
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週刊『前進』(1940号1面1)
小渕・自自公政権=石原ファシスト都政打倒!
ストップ介護保険の大運動を
「岸本リコール」で闘う沖縄と連帯 普天間名護移設・サミット粉砕へ
1・28国労中央委決戦 国鉄闘争の幕引き策動許すな
激動の二〇〇〇年が明けた。この二〇〇〇年、そして来るべき二十一世紀を労働者人民はどう生き闘うのか。帝国主義の危機が世界大恐慌とブロック化として全面爆発し、残存スターリン主義・中国の危機、中国大乱情勢が深まる中で、米日帝の朝鮮・中国−アジア侵略戦争が歴史的に切迫している。帝国主義の戦争と大失業への道を、労働者人民は「連帯し侵略を内乱へ」の闘いに総決起することをもって、反帝国主義・反スターリン主義プロレタリア世界革命による全世界の労働者階級と被抑圧民族人民の真の解放の道へと転化しなければならない。有事立法と改憲の大反革命に突き進む小渕・自自公連立政権を、闘う全人民の総決起で打倒しよう。その当面する最大の決戦である衆院選決戦に直ちに、ストップ介護保険を掲げ、突入しよう。衆院選決戦、普天間基地名護移設阻止・沖縄サミット粉砕の決戦、闘う労働組合の総結集による新潮流運動の大躍進と連合=JR総連打倒という三大決戦に絶対に勝利しよう。
第1章 有事立法・改憲と福祉解体狙う日帝
一月四日、米株式市場が急落し、続いて五日には東京株式市場の急落を始め世界で同時株安が発生した。昨年末の米株価の史上最高値、東証株価の九九年最高値更新に沸きに沸いた市場から急転、今や米経済のバブル崩壊に対する現実の不安が全世界を覆っている。 他方で、年末年始にかけて強行されたロシア軍によるチェチェン人民虐殺の侵略戦争の拡大、その中でのエリツィン辞任は、旧スターリン主義国・ロシアの矛盾の一層の大爆発が不可避であることを告げ知らせている。ロシア危機の爆発は世界危機の進展に拍車をかけ、帝国主義間争闘戦と帝国主義による全世界への侵略戦争をますます激化させていかずにはおかない。
二〇〇〇年とこれから迎える二十一世紀が、二十世紀をも上回る帝国主義の基本矛盾の大爆発の時代、大恐慌とブロック化と戦争の時代であることが、年頭からいよいよはっきりしてきた。それは同時に、労働者階級人民による新たなプロレタリア革命の時代の始まり、これと一体となった民族解放闘争の爆発的発展の時代の始まりなのだ。
この中で日本帝国主義は最も深刻な危機にのたうち回り、そこからの脱出を求めてあがき回っている。日帝の戦後の経済発展を支えたあらゆるものが日帝ブルジョアジーを縛る鉄の鎖に転化し、今やその一切を反動的に転覆して、再び一九三〇年代のようなアジアへの侵略戦争に絶望的に突進する以外に、日帝の生きる道はない。そこに全日本人民を引きずり込むためにこそ、小渕政権は次から次へと大反動攻撃を繰り出してきているのだ。
今や小渕は、日米安保ガイドライン攻撃に続いて、有事立法と改憲の大反革命をも真っ向から宣言してきている。その一方で、日帝資本の延命のために一切の矛盾を労働者人民に徹底的にしわ寄せしようと全力を挙げている。この両者は今や完全に一体となり、労働者人民の戦後的諸権利を奪いその生活を根こそぎ破壊する攻撃として、全人民に襲いかかっている。
通常国会に提出されようとしている二〇〇〇年度予算案は、この点で実に反人民的である。九九年度に続いて二年連続、赤字放漫財政で金融資本・大資本救済を行い、そのツケはすべて人民に回している。金融機関への公的資金投入を六十兆円から七十兆円に拡大、整備新幹線(前年比一一%増)や空港建設(二〇・八%増)を始め公共投資の大盤振る舞いだ。
また沖縄サミットの警備費百七十三億円を始めSACO貫徹のための諸経費、「不審船対策」に二百九十四億円、「ゲリラ攻撃対処訓練」に二十三億円などガイドライン攻撃関連の予算に新たな投入が行われた。
このために戦後最大の赤字国債を発行、国債依存度は三八・四%となった。これは実に、第二次大戦中の日帝の国家予算、一九四四年度の国債依存度三六・五%をも上回る数字だ。二〇〇〇年度末には国債発行残高は三百六十四兆円、これに借入金と地方自治体の債務を合わせた長期債務残高は六百四十五億円(GDPのなんと一・三倍!)に達するとされている。
本紙新年号一・一政治局アピールおよび島田論文で明らかにしているように、このような赤字放漫財政をもってしても日帝が恐慌の爆発を回避し、現在の過剰資本の重圧から逃れ出ることなど絶対にできない。否そればかりか、切迫する米帝経済のバブル崩壊と日米争闘戦の激化の中で、日帝の経済危機はさらなる破局に突入し、大増税と悪性インフレの恐るべき地獄にのめり込むことは明白だ。そして最後は軍需経済、戦争経済に行き着く以外にないのである。
今や、労働者階級への大失業・リストラと賃下げ、団結破壊の攻撃に加えて、介護保険制度導入に始まる戦後社会保障制度の全面解体の攻撃、さらに増税とインフレによる空前の大衆収奪の大攻撃が、全人民を襲おうとしている。これと一体となって、日帝の本格的な対外侵略戦争への突進と、国家総動員体制づくりの攻撃が進んでいる。
自自公政権やファシスト石原都政は、現在の危機突破のためには日帝の大ブルジョアジーが帝国主義間争闘戦に生き残ることが一切だ、そのために労働者人民は進んで犠牲になれ、死んでもよいと叫んで襲いかかってきている。これに対して闘う労働者階級人民は、まさに一人ひとりの労働者とその家族の生き死にをかけて、このような帝国主義とその国家・社会を根底から打倒するために立ち上がらなければならない。
二〇〇〇年を、その壮大な階級決戦の第一年として直ちに猛然たる闘いに突入しようではないか。
第2章 衆院選決戦の最大争点は介護保険だ
二〇〇〇年決戦の第一の課題は、来るべき衆院選決戦に東京八区(杉並)から長谷川英憲さんを推し立てて闘い、その必勝当選を断固としてかちとることだ。自自公体制とそのファシスト先兵・石原を首都のど真ん中から革命的に打倒する闘いに決起し、日帝を震撼(しんかん)させる大勝利を切り開くことである。
二〇〇〇年決戦の帰すうはこの衆院選での激突、歴史的勝利にかかっている。
すでに小渕・自自公政権は衆院選の突破に、政権自身の命運とともに日帝の全反動攻撃の貫徹の成否をかけて臨んできている。日帝・小渕が有事立法と改憲の大反革命に突き進むためには、ここでの政府・与党の勝利が不可欠であるからだ。
6面につづく
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週刊『前進』(1940号1面2)
゛基地は絶対造らせぬ″
県民大会は8千人の怒り
名護市長の受諾に反撃 反対協、リコール宣言
十二月二十七日、岸本建男名護市長が名護市辺野古沿岸域への普天間基地移設受け入れを表明、これを受けて日帝・小渕自自公政権は、翌二十八日に閣議決定を行った。名護市民は怒りを爆発させて即座に反撃を開始した。二十七日午後、「海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会」(ヘリ基地反対協)は、「政府のシナリオを崩していく出発点に立った。市長解職請求(リコール)に着手する。名護市の将来は、市民みんなで決めよう」と意気高く宣言した。闘う沖縄人民、名護市民ががっちりとヘゲモニーを握り、普天間基地移設受け入れ拒否、岸本市長リコールを宣言する中で沖縄は二〇〇〇年を迎えた。年末、日帝・小渕の「年内決着」を完全に粉砕した激しい攻防を振り返る。
第1章 久志住民が団結
稲嶺沖縄県知事が普天間基地移設先とした「キャンプ・シュワブ水域内名護市辺野古沿岸域」。その地元住民が団結し「金で命は売らない」と宣言した。
十二月十九日、命を守る会と二見以北十区の会共催の「ヘリ基地反対!久志地域総決起大会」が辺野古公民館で開かれ、詰めかけた久志十三区住民を中心に七百人の大集会となった。
命を守る会の金城祐治代表は、「日本政府は沖縄戦の悲劇を反省することなく、沖縄県民の命を年間百億の金で売ろうとしている。市民投票で民意はすでに決まっている」と述べ、古波津英興さんが残した“わがさんでたがすが、なまさんでいちすが”(私がしないで誰がする、今しないでいつするか)の句を自らの決意として結んだ。
辺野古の長老、嘉陽宗義さんが「お金なんかにだまされんぞ。真心とぜいたくの闘いだ。真心の、貧乏に強い子どもを育てましょうよ」と熱弁を振るった。地元の発言が次々と続き、怒りと熱気にあふれた。
隣接する宜野座村松田区からは「子供の未来を守る松田父母の会」が三十人で参加、意気盛んだった。
名護市議会会期末の二十日、朝から傍聴席をぎっしり埋めた名護市民が緊迫した面持ちで見つめる中、午後二時四十五分、与党議員による移設整備促進決議が読み上げられた。傍聴席の怒りが爆発した。「市議会は市民を売るのか!」「市民投票の民意を守れ!」
その後、二十二日までの会期延長が決まった(二十一日は決議案研究とし二十二日十時から本会議)。
第2章 寒風の与儀公園
十二月二十一日、鮮やかなジュゴンを描いた沖縄労組交流センターの宣伝カーが、県民大会への結集を呼びかけて那覇市内を駆けめぐった。全学連派遣団は、県庁前を始め各所でビラまき情宣を展開した。
「名護市民投票二周年、稲嶺知事・岸本市長は名護市民投票の民意を踏みにじるな! 日米両政府による基地押しつけ反対県民大会」は、寒風の中、全県から那覇・与儀公園に八千人の労働者人民を結集して意気高くかちとられた。
ヘリ基地反対協の仲村善幸事務局長が、「名護市民投票二周年アピール」を力強く提案。二見以北十区の会の東恩納琢磨代表代行は、「私たちは基地はいらない。名護市長が基地を受け入れても、地元は造られないのが現実だと信じ、闘っていく」と確信に燃えた決意を表明、満場の拍手を受けた。飛び入りの大田昌秀前知事は「『命(ぬち)どぅ宝』を『銭(じん)どぅ宝』にかえさせてはならない」と訴えた。
集会後、あいにくの雨をものともせず那覇市内デモに打って出た。反戦共同行動委員会は、前日の名護市議会傍聴闘争に駆けつけた長谷川英憲元都議を先頭に堂々のデモ行進を行った。
第3章 徹夜の傍聴闘争
二十二日の名護市議会傍聴闘争は、早朝の推進派との傍聴席確保をめぐる攻防から始まった。狭い傍聴席に入りきれず、あふれ出た市民は廊下で議会を注目。
市民投票時に反対協代表だった宮城康博議員など野党議員十二人が提案した決議案が午前十一時前に否決され、移設整備促進決議案の審議に入った。
質疑冒頭、決議案が文章的にも意味不明だと指摘された与党議員は「稚拙な文と言われても仕方ない。政治目的を達成するためだ」と本音を吐露。さらに決議案になんと「基地と共生する地域の人々」と記されているではないか! これは九四年当時の宝珠山防衛施設庁長官が発言し辞任した言葉だ! 追及に窮した与党二会派が修正する一幕に発展した。一事が万事。与党には「年内決着」のシナリオがあるだけだ。「撤回しろ」「市民投票の民意を守れ」、傍聴席から激しい怒りがたたきつけられた。
午後十一時すぎ再度の延会動議が可決、二十三日零時五分に再開された。激しい追及を続けた野党議員の質疑が終了し休会になったのが五時十分すぎ。ここで反対協は決議阻止へ、議員の入場を制止しようと議場入り口前に座り込んだ。だが与党議員は別の入り口から議場に入った。「強行採決許さんぞ!」とシュプレヒコールが響きわたった。
反対討論の最後に宮城康博議員が、「こんな道理も正義もないことが通っていいはずはない。基地は絶対造れない。私は固く信じている」と、怒りに震えて訴えた。ごうごうたる抗議の中、午前六時五十七分、採決強行! 前日から実に二十一時間に及ぶ攻防の末の暴挙だった。
直後の緊急集会で新城春樹反対協共同代表が発言。「私たちは歴史的な瞬間に立っている。悔しさをバネに頑張ろう。闘いは続く」
第4章 岸本が受け入れ
二十六日に名護入りした青木官房長官のテコ入れを受け、二十七日午前十一時、岸本市長が移設受け入れを表明した。
反対協は朝から市役所前に結集、十時すぎには市民会館前で誘致派二百人と対峙し、闘いぬいた。
午後三時半、反対協は百人余りの市民とともに市役所前広場に座り込んで記者会見に臨んだ。安次富浩共同代表が声明文を読み上げた。「私たちは本日を機に、政府のシナリオを崩していく出発点に立った。全市民に対し、市長解職請求(リコール)に着手することを宣言する」。さらに「リコールは私たちのスケジュールで行う。主導権は私たちにある」と自信に満ちて断言した。
このリコール宣言を受け、翌二十八日に市役所前広場で開かれた市民集会には四百五十人が結集、「試練が私たちの団結の心を強くする。これからが名護市の新しいスタートだ」と語った瀬嵩(せたけ)の渡具知武清さんなど、二十七人が次々にマイクを握った。力強い基地建設絶対反対の力がみなぎった集会となった。沖縄の闘いは日帝の「年内決着」のシナリオを木っ端みじんに粉砕した。
他方、この間の妨害活動でヘリ基地反対協から「一線を画す」と排除を決議されたカクマルは、反革命的取り戻しに躍起となったが、その動向のことごとくが一層、反対協や県民会議の労働者、市民の憎悪を買った。反革命カクマルの敵対を許さず、二〇〇〇年沖縄闘争の勝利へ闘おう。
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週刊『前進』(1940号2面1)
戦闘的労働組合の広範な結集で新潮流運動の大躍進をかちとれ
1・28国労中央委闘争−2000年春闘へ
革共同中央労働者組織委員会
第1章 21世紀の歴史押し開く主人公が労働者階級だ
世界戦争への破局の道か、世界革命への大道か、二十一世紀の帰すうをかけて二〇〇〇年決戦の幕が切って落とされた。二十一世紀の歴史を押し開く主人公こそ、どのような圧政、搾取、迫害にも怒りをもって必ず決起していく労働者階級である。巨万の労働者が帝国主義国家権力・資本にストライキ、街頭デモ、工場職場占拠をたたきつけ、労働者の団結の赤旗が無数にひるがえり、全世界で労働者の本来の荒々しさと階級的団結、国際連帯が無限に広がるプロレタリア世界革命の時代が始まった。
反スターリン主義・革命的共産主義運動の偉大な発展をかけて、革共同は、「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ」「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」の現実化と物質化の闘いに邁進(まいしん)する。二〇〇〇年において、衆院選決戦と名護新基地建設阻止、沖縄サミット粉砕闘争、さらに戦闘的労働組合を大結集させる新潮流運動の発展をかちとる闘いの三大決戦に総決起していく。この一体的実現のもとでの一大資本攻勢との対決を、国鉄決戦を最先端にして、当面の二〇〇〇年春闘を勝ちぬきつつ、都労連―自治労決戦、「日の丸・君が代」―教労決戦、全逓決戦を始めとする全産別にわたる一大決戦としてかちとらなければならない。
すでに九九年末から決戦情勢は煮詰まっている。国鉄をめぐっては、国労本部が十二月二十七日の労働省・運輸省への「要請」などをとおして千四十七人問題の反動的決着の策動を強めている。一・二八国労中央委での激突は不可避である。教労においては、十二月二十七日、広島県教委が、いわゆる「破り年休」問題で約千三百人の教育労働者を大量不当処分する方針を固めるなど、闘う教組つぶしの攻撃が激化している。今春の「日の丸・君が代」をめぐる攻防は、待ったなしである。また、都労連決戦は、十一月ストを引き継いで石原都政との激突の第二段階に突入している。
この決戦情勢のもとで二〇〇〇年は、労働運動をめぐるかつてない党派的激突として推移していくであろう。帝国主義的労働運動に純化する連合の支配に対して傘下八百万の労働者が反乱を開始し、さらにJR総連のファシスト労働運動打倒の鬨(とき)の声がこだましようとしている。階級的労働運動の巨大な発展と、この最先端で闘う労働者の党の登場と建設が切望されているのである。
すぐる一九九九年決戦の総括的基軸である十一・七労働者集会―全日建運輸連帯関西生コン支部、全国金属機械港合同、動労千葉の三組合を基盤とした新潮流運動の推進方針を、二〇〇〇年決戦において、さらに堅忍不抜に日常的闘いとして実践しなければならない。この新潮流運動をより広範な戦闘的労働組合の結集と合流へと発展させることの中に、今日の日本階級闘争の危機を根底から突破していく道がある。革共同はそれを自己の党的階級的責務としなければならないのである。五月テーゼ・一九全総、二〇全総以来の革共同の路線的・運動的・組織的地平を、確信も新たに精魂を傾けて前進させようではないか。
また新潮流運動にこそ、今日の党建設上の基軸的任務である労働者細胞建設の革命的展望が指し示されている。労働者細胞の建設を媒介にした全労働者の獲得こそが、革命運動の普遍的課題であるからだ。革共同は二〇〇〇年決戦で、苦闘する労働運動の現実から必死に学び、革命的情熱をたぎらせ、「労働者の中へ」の徹底的実践によって、新潮流運動を壮大に躍進させなければならない。
第1節 ガイドライン下での大資本攻勢と対決を
新潮流運動の発展のためには、まず大恐慌・大失業・戦争の切迫下での資本攻勢の反革命的大転換と真っ向から対決して闘うことである。
世界経済は、米帝バブル経済の崩壊が必至の情勢下で、分裂化とブロック化へ突進している。WTO(世界貿易機関)閣僚会議の決裂は、日米欧の争闘戦のすさまじい現実をさらけ出した。日帝経済は、国債漬け放漫財政運営による外見上の「小康」のもとで、絶望的危機を深めている。膨大な財政投入による人為的景気浮揚策と徹底的なリストラによって「経常利益」を絞り出しているが、九九年七―九月期のGDP(国内総生産)はマイナス〇・九%である。何よりも日帝の長期債務が六百兆円に上り、超インフレか、戦時経済か、再び大恐慌過程突入かを不可避としている。
この絶望的危機の泥沼から、日帝は「外への侵略戦争」の激しい衝動に駆られている。日帝は九九年、新安保ガイドライン法成立をもって「戦争する国家」への戦後史的大転換を強行し、さらに有事立法・改憲攻撃へと突進している。
同時に、日帝は、このガイドライン下において戦後体制の反革命的転覆をかけた大資本攻勢を「内への階級戦争」として一挙に凶暴に推し進めているのだ。
@まず「ガイドライン下における大失業攻撃」という質的な暴力的転換をかけて、産業再生法などの国家的大リストラ攻撃に全面的にのめり込んでいる。Aそして年金改悪、介護保険導入など戦後社会保障(福祉)制度の解体、大増税攻撃として、労働者と家族、生活そのものに襲いかかっている。Bさらに組対法、団体規制法(新破防法)、労組法改悪策動など、労働運動、労働組合への治安弾圧攻撃を激化させているのである。
第2節 労働者の団結解体の国家的リストラ攻撃
この中で日帝は、「設備、債務、雇用の三つの過剰」の突破をかけ、国家的大首切りと労働者の権利剥奪(はくだつ)にのり出している。
日帝ブルジョアジーは、一方では、労基法改悪に続き、派遣労働を原則自由化する労働者派遣法の全面改悪、民営の職業仲介事業を原則自由化する職安法の改悪を強行した。他方で、「メガコンペティション(=大競争)時代には、市場原理を貫いて国際競争力を強める」と称して国家主導の企業再編法制を企ててきた。第一に、大企業のリストラ・合理化を国家の財政支援と「お墨付き」で行うことを目的とする産業再生法であり、それを補完して分社化・子会社化を促進する商法「改正」である。第二に、中小企業などのスクラップアンドビルドを進める民事再生手続き法と、中小企業対策の反動的転換を策す中小企業基本法「改正」、次期通常国会での会社分割のための商法「改正」である。これらを複合化・一体化して大リストラ、首切り・倒産攻撃を進めようということである。十万人規模の日産型大リストラ攻撃を始め、中小企業を含めた数百万人規模の首切りが全社会を覆い尽くそうとしている。大企業救済に莫大な「公的資金」が投入され、労働者人民の血税を使って国家が首切りを公然と奨励している。会社の分割や倒産攻撃で、「全員解雇・選別再雇用」攻撃が勝手放題に吹き荒れる。
また、中央省庁改革法、地方分権法をテコに、公務員の「行革」リストラが人員削減、民間業務委託、賃金削減として強行されている。
重要なことは、国家的リストラ法制の反動的核心には、労働法制全面改悪と一体で、労働者の権利剥奪、労働組合の根底的解体がすえられていることである。まさに国鉄分割・民営化型首切りの全産業的拡大であり、国鉄改革法の全社会的貫徹なのだ。
こうした大失業と戦争の時代の大反動の嵐は、既成政党、連合、全労連、JR総連などをも揺るがし、とりわけ連合的「労働運動」自体を根底から吹き飛ばすような大攻撃となっている。それは、日本労働運動の路線をめぐる対立と分岐を激化させ、階級的労働運動か帝国主義的労働運動かの鋭い選択を迫るものである。
階級的労働運動の再生に向けて新潮流運動を発展させるための最重要の課題は、連合の帝国主義的労働運動とJR総連のファシスト労働運動を徹底批判し、粉砕して闘うことである。
第1章 政治的大転向の連合とJR総連を打倒しよう
連合は、九九年十月の第六回大会で、産業報国会的な「労働運動ならぬ労働運動」への歴史的大転向に踏み込んだ。
まず何より決定的な点は、「新政治方針」の策定である。本紙新年号の一・一政治局アピールで詳細に暴露されているように、ついに連合は「新政治方針」において、大恐慌の切迫、国際争闘戦の激化、戦争の時代という基調を認め、必要な戦争はしなければならないという戦争協力宣言を打ち出した。この政治路線における連合の大変質は、労働者全体の命運を左右する実に恐るべき事態である。重要なのは、連合が戦争協力という政治的立場の根底的転換をもってしか、一大資本攻勢そのものにも対応・協力しぬくことはできないということなのだ。
また、この連合の「新政治方針」の貫徹がJR総連=カクマルによって支えられ促進され、連動していることも重大である。JR総連=カクマルは、このような形で大転向し、誰よりも早く日帝資本の攻撃に全面屈服し、また連合以上の戦争協力という絶望的な大反革命的飛躍にたまらず踏み切っているのだ。
第1節 連合大会方針-「ワークルール」の反動性
この政治的大転向に完全に規定され、連合第六回大会で決定された「二〇〇〇〜二〇〇一年度運動方針」のとてつもない反動性があるのだ。
まず第一に、日帝の大資本攻勢にすべて基本的に同調し、全面的に容認していることである。その上で、市場原理自体はいいがそれがあまりひどいことにならないようにと、日帝や資本にお願いしているのである。労働者に対しては「グローバル化」と「経済危機」を強調し、“日帝・資本の攻撃は基本的に避けられないものであり、「この変化を避けようとしたり守勢に回るのでなく」、「力と行動」(スローガン)で「制御」=実行することで積極的に対応すべきだ”とのたまう。そのために労働者の側からの「改革と意識改革」を行い、「労使協議」を積極的に進めろ、と言っている。ここには、「抵抗から要求、さらに参加へ」という形の産業報国会化への果てしないのめり込みがあるのだ。
第二に、したがって連合は、大リストラ・首切り攻撃とは「多様化する雇用、倒産、企業形態の変動」であり、国家や企業が生き残るには、労働者が首切り・賃下げにさらされることは仕方がない、と完全に受け入れる。その上で、その対応としての「二十一世紀の新しいワークルールの構築」で、「セーフティネット」、さらに「ワークシェアリング」が打ち出されている。だがこれらは、日経連など日帝ブルジョアジーのイデオロギーと完全に一体のものである。
日経連は、昨年の労問研報告以来、本格的に「エンプロイヤビリティ(雇用され得る能力)」の考え方を打ち出した。これと表裏の関係でセーフティネット(競争から落ちてくる人のための安全ネット)論が経済戦略会議最終答申などで全面的に出されている。すなわち、エンプロイヤビリティの向上をめざす個々人の「自主的努力」を支援し、「新規成長産業」の雇用創出によって労働移動を促進させよう、というのである。
これらは、米帝の八〇年代の大首切りが引き起こした階級矛盾のあまりの激化への対処として出された帝国主義の危機的な予防反革命政策である。それを日帝ブルジョアジーは、「雇用維持」などではさらさらなく、むしろより凶暴な形で首切り・リストラを思いのまま進めるテコにしようとしている。
そこには、首切り・リストラは資本の責任ではなく、個々人の責任に転嫁していくという労働者支配の「原理的転換」がある。すなわち「首を切られても死なない程度に安全ネットを張るから(セーフティネット)、後は自分たちでこれ以上首を切られない能力(エンプロイヤビリティ)をみがけ」という労働者への極限的恫喝なのだ。
したがって、連合の「セーフティネットの確保」とは、どんなに低賃金、不安定雇用、最悪の労働条件でも仕事にありつけば死ぬよりもましだ、という労働者を生かさず殺さずの資本の論理に屈服し、“労働組合が労働者のために最悪の時の「セーフティネット」を張るように努力していることを見せかけるような「制度、法制、ルールづくり」はすると言って下さい”と権力・資本にお願いするものなのだ。それが連合が日経連とともに進めている「百万人雇用創出」なのだ。このことは、連合がついに「雇用創出」の名のもとで雇用破壊=首切り・合理化を遂行する日帝ブルジョアジーの完全な先兵となったということである。
だがそれは、連合の根底的破産の道である。連合は、現実の首切り・リストラとは一切闘おうとしないで、これをすべて受け入れ、「雇用確保」を言っているのであり、まったくインチキなものだ。そこでは、労働組合の存在の生命線である「雇用を守り、首切り・解雇と闘う」ことを完全に放棄しているのである。
また、エンプロイヤビリティやセーフティネットの考え方の根本には「自由な『個』を基礎とした競争社会」(経済審議会)というものがある。労働者一人ひとりをバラバラに分断したエンプロイヤビリティであり、セーフティネットなのだ。これらの反階級的核心には労働者の団結や労働組合の存在の根底的解体がある。この考え方を連合がとり入れることは、労働者の分断を全部受け入れてしまう、労働組合としての自己解体なのだ。
このようなセーフティネットやエンプロイヤビリティと結びついて、日経連、連合、JR総連=カクマルがこぞって呼号する「日本型ワークシェアリング」の論理がある。ワークシェアリングとは、「仕事の分かち合い」の名のもとで、一人分の賃金を二人で分け合う賃金分割の考え方である。すなわち徹底的な賃下げなのだ。問題は、この賃下げ攻撃を、企業内での不安定雇用化の推進による「賃金分割」だけではなく、分社化・合併などの促進で、セーフティネットやエンプロイヤビリティによる「労働移動」によって貫こうとしている、ということだ。
第三に、JR総連=カクマル松崎が国鉄分割・民営化とその後の過程で唱えてきた「ワークシェアリング」などのファシスト労働運動のイデオロギーが、連合の帝国主義的労働運動の産業報国会的純化の際のテコにトコトン利用されているのである。この点は、連合新政治方針とJR総連の「対案」の関係と同じである。JR総連の新たな労使共同宣言である「安全宣言」と、今回の連合「ワークルール」方針に基づく日経連と連合の十・二二「雇用安定宣言」は完全に連動しているのだ。連合指導部は、松崎=JR総連の言っていることなら、連合としてどんな裏切りをしても平気だとして、鋭敏な感覚で対応しているのだ。
だが、これらは連合打倒、JR総連打倒の階級的労働運動の発展があるならば、必ずやファシスト労働運動の破産と矛盾が帝国主義的労働運動内部の大破綻(はたん)に転化し、連合八百万労働者の怒りの爆発を引き起こす展望を示している。それはさらにファシスト労働運動の危機と瓦解をも促進することになる。
第2節 賃金闘争を全面放棄
第四に、連合の「春季生活闘争」の方針は、労働組合の生命そのものである賃金闘争をおよそやる気がないということを示している。連合は、十一月中央委員会で、賃上げ目標をベア一%以上とする九九春闘と同率の史上最低要求を決定した。また大単産は、統一要求廃止論を唱え、連合春闘の空洞化と分解を進行させている。連合は「労働条件の維持・改善、雇用創出・安定とワークルールの確立を中心」とする(第六回大会運動方針)として、春闘の中心から賃金闘争をはずしてしまっているのだ。
日経連は、終身雇用制と年功序列賃金の解体、総額人件費抑制というこの間の日経連路線をより凶暴化させ、ついに二〇〇〇年労問研報告で、むき出しの「賃金引き下げ」を宣言しようとしている。連合は、これにあらかじめ屈服し、賃下げをも受け入れようとしているのだ。
そればかりか、今春闘そのもので当然問題化すべき、年金・介護・医療などの労働運動の一大闘争分野について、日帝の攻撃に基本的に全面的に屈服している。その上で組合のメンツを立ててほしいとして、年金改悪による年金支給年齢の引き上げに伴う勤務延長制度を対置するだけなのだ。
二〇〇〇年春闘は、まさに一個の階級決戦である。労働者の根底的怒りの爆発と反乱は完全に不可避である。この怒りと行動を連合指導部打倒へと組織化し、マルクス主義賃金論の武装、職場討議をとおして団結を打ち固め、春闘再構築を推し進めよう。
第3章 闘争団切り捨てる本部一任の反動決着粉砕を
一大資本攻勢を打ち破り、連合・JR総連の裏切り・転向を弾劾していく戦略的拠点こそが、国鉄決戦である。二〇〇〇年決戦が、戦争と革命の時代にふさわしい激しい死闘として巨大に発展すればするほど、階級的労働運動の砦(とりで)としての国鉄決戦の戦略的位置はますます高まる。まさに、二〇〇〇年の国鉄決戦において、闘う国労を帝国主義的労働運動から守り抜き、階級的に再生させなければならない。一・二八国労中央委員会はその二〇〇〇年の劈頭(へきとう)の決戦として、国鉄労働運動のみならず日本階級闘争の死活がかかっていると言っても過言ではない。
国労中央委の課題は何か。
まず第一に、戦後最大の反革命攻撃としてある分割・民営化攻撃との攻防が、いよいよ千四十七人問題の反動的決着か否かの大決戦・大激突となっていることである。
国労本部―高橋・宮坂・上村執行部は、闘いの原則を投げ捨て「年度内早期解決」路線に突っ走っている。ILO勧告を闘う武器にするのではなく、むしろ闘わないことで権力と取引しようと、国労本部の側から必死ににじり寄っているのだ。国労本部が行った十二月二十七日の労働省、運輸省への「要請」に対して、二階運輸大臣は「双方が今決断の時だ」と国労側に迫った。運輸省が国労に求める決断とは、昨年六月の「運輸省メモ」をのむことを決断しろということにほかならない。国労本部は、今やなりふり構わず「運輸省メモ」=事実上のゼロ回答の前にひれ伏し、一・二八中央委では、本部への一任、白紙委任をとりつけて「年度内解決」路線を決定しようとしているのだ。それは「人道上の解決」をもって、闘争団が命がけでつくり上げてきた団結を破壊し、闘争団と国労十三年間の闘いを売り渡すものだ。当然にも闘争団の譲れない要求は、徹底的に踏みにじられる。国鉄改革法が再承認され、解雇撤回・地元JR復帰、不当労働行為弾劾の旗は引き下ろされる。
またこれは、ILO勧告を武器に五・二八反動判決をひっくり返すのではなく、逆に五・二八判決に最後的に屈服しようというものだ。
五・二八判決とは何だったのか。国鉄闘争解体・国労絶滅攻撃の日帝権力の決定的踏み切りであり、国鉄改革法による分割・民営化の首切りを居直り、千四十七人の闘いを圧殺するとてつもない反動であった。また日本労働運動に対しては、労働委員会制度を解体し、団結権を徹底的に侵害し、戦後労働法制の改悪、労働者の無権利化、組対法による労働組合への刑事弾圧という本格的な一大資本攻勢の先鞭(せんべん)をつけたのだ。とりわけここで争われた団結権の問題は、分割・民営化攻撃の反革命的核心であり、今日のガイドライン下の倒産・リストラ・首切りの大資本攻勢の最大の攻防点ですらある。この五・二八反動判決を否定したところにILO勧告の決定的意義がある。したがって、このILO勧告をも武器にして、五・二八判決の粉砕へ、国労は全労働者の先頭で不屈に総決起すべき時なのであり、それ以外にないのだ。
だが、国労本部―高橋・宮坂執行部は、この立場を投げ出し、国鉄闘争の幕引きしか意味しない早期ゼロ解決路線にのめりこ込もうとしている。断じて許せない。このような千四十七人問題の反動的決着は、闘う国労の死である。今こそ、国労本部―高橋・宮坂執行部、チャレンジや革同上村派を打倒し、反動的「年度内解決」路線を、闘う国労三万の力で絶対に粉砕しなければならない。
第二に、西日本新幹線トンネル崩落を始めとする大事故の続出、ATOSなどの運行システムの崩壊的破産など分割・民営化の大破綻を暴露し、これを引き起こしたJR資本―JR総連の結託・癒着体制とJR連合の裏切りを徹底的に断罪しなけれはならない。また、「改革法承認」をしたがゆえに闘えない国労本部を弾劾しなければならない。
JR東労組とJR東資本の六・一「安全宣言」とは、大事故の続出を居直り、労資癒着・結託に絶望的にのめり込み、さらなる大事故を引き起こすものだ。またその破綻と矛盾を「国鉄改革の達成」=国労解体で突破しようとするファシスト労働運動の極致を行くものである。
言い換えれば、このことは国労が、日帝権力、JR資本、JR総連=カクマル、JR連合らと果敢に対決することがいかに正義であり、国労組織の圧倒的な拡大・発展につながるかを指し示している。JR結託体制打倒、組織攻防戦に断固決起すべきなのだ。逆に、国労中央の「改革法承認」―八月大会方針や千四十七人問題の反動的「年度末決着」路線が、国労に降伏・解体を要求する全反動にみすみす屈服し、国労組織を消滅に導く、いかに破産的で敗北的なものであるかを突きつけているのだ。
第三に、「改革法承認」を待っていたかのごとく吹きすさぶリストラ攻撃と職場から対決し、二〇〇〇年春闘の正面課題に押し上げ、全労働者の最先頭に立ってストライキで闘おう。
JR東日本の保守部門全面外注化攻撃、五十七歳原則出向制度の見直し、JR西日本の新昇進・賃金制度、貨物の大合理化や一時金格差攻撃は、明らかに国労を狙いうちにし、国労の団結を根底から破壊しようというものだ。また、今日の日経連路線を、JR総連を先兵として反動的に貫徹する攻撃である。西日本での新昇進・賃金制度を妥結した国労西日本エリア・革同指導部の裏切りを徹底的に弾劾しよう。これらの攻撃と闘わず軍門に下るところに、宮坂・チャレンジと革同上村派の裏切りが最も鮮明に現れている。絶対に許すな。
第四に、JR総連の「連合新政治方針への対案」という戦争協力―軍事輸送協力宣言を徹底的に弾劾し、全労働者の先頭に立ち、軍事輸送を拒否し、ガイドライン発動を阻止しよう。動労千葉は「戦争協力拒否宣言」とともに、二〇〇〇年、JR総連解体に決起しようとしている。軍事輸送拒否の闘いと、戦争協力のJR総連を解体し組織拡大に決起することは一体である。
さらに、これらの闘いは、新政治方針をもって戦争協力―産業報国会化へ大転向している連合に、あろうことか合流を策動する宮坂・チャレンジの裏切りをも暴き、国労の階級的戦闘的再生を必ずやかちとることになるのだ。
国鉄決戦のこれまでの全苦闘の一切をかけて、中央委会場(=国労本部)を闘う国労組合員で埋め尽くそう。今度こそ改革法承認を撤回させ、運輸省メモを拒否し、裏切りを重ねる国労本部の総退陣を要求し、国労の階級的再生をかちとろう。
この国鉄決戦勝利の火柱は、必ずや都労連決戦、「日の丸・君が代」―教労決戦、全逓決戦を先頭に、全産別・全戦線へと燎原(りょうげん)の火のごとく広がるであろう。
第1節 労組の拠点をつくり労働者党を建設せよ
二〇〇〇年においてこそ、革共同は、五月テーゼを本当に遂行できる党へと自己を成長させなければならない。そのために全党が労働運動の実践にもっと徹底的に着手し、ひたむきに学び、自己変革を実現しよう。
さらに、今年こそ労働組合の拠点建設に挑戦しようではないか。学習会を積み上げ、仲間づくりからフラクション建設、分会・支部などの権力の獲得にいたる粘り強い長期強靱(きょうじん)な闘いに打って出よう。この苦闘をとおして無数の党細胞を労働者階級の中に深々と建設しよう。また労働者党としての中央委員会―細胞の一体性をかちとり、細胞的一致と細胞活動の原則的確立をさらにかちとろう。今こそ労働者の党を建設しよう。とりわけ青年労働者を全身全霊を傾けて獲得しようではないか。
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週刊『前進』(1940号2面2)
JR雇用訴訟
上告棄却の反動判決
動労千葉が弾劾声明
JR採用差別事件について、動労千葉がJR東日本を相手取って雇用契約上の地位確認などを求めていた訴訟の上告審で、最高裁第二小法廷(北川弘治裁判長)は昨年十二月十七日、動労千葉の上告を棄却する反動判決を言い渡した。判決は、「国鉄とJRは同一ではなく、雇用関係は引き継がれない」とした二審・東京高裁判決の判断を支持した、断じて許せないものだ。動労千葉は即日、以下の声明を出し、この政治的な反動判決を徹底弾劾し、解雇撤回・原職復帰まで闘い抜く決意を明らかにしている。動労千葉とともに国鉄闘争勝利へ闘おう。
(編集局)
声 明
(一)
いわれなくJR「採用」を拒否され、二度にわたる不当解雇を強制された組合員の当然の請求を棄却した本日の最高裁判決は、「国鉄再建」に名をかりた国家ぐるみの不当労働行為を是認して社会正義をふみにじり、労働基本権を空文に等しいものとする暴挙である。われわれは、満腔(まんこう)の怒りを込めて反動判決を弾劾する。
(二)
判決は、「原審の適法に確定された事実関係に違法はない」と主張するが、そもそも裁判所は、一審から上告審まで事実調べを一切拒否しつづけた。ただ一人の証人調べすら行われていないのだ。審理を尽くすこともなく下された本日の判決は、国鉄労働運動の解体に向けた国家権力の意志に貫かれた、裁判の名にもあたいしない政治的偽善である。
(三)
また判決は、@国鉄改革法に定められた採用候補者の名簿に記載されなかった者に労働契約関係が存在する理由はないとして、不当労働行為意思のもとに作成された名簿の瑕疵(かし)について何ら言及しないまま「採用」差別を追認し、A法的拘束力のある基本計画に定められた定員すら無視して「採用」差別を行ったことをも適法と是認し、B杉浦旧国鉄総裁がJRの設立委員を兼ねていたことをはじめ、国鉄とJRの明白な一体性を無視して、設立委員の不当労働行為、違法行為を否定した控訴審判決を追認している。
真実を偽造するこの判決は、採用差別事件の行政訴訟に対する昨年の東京地裁五・二八判決につづく歴史的暴挙である。
(四)
ILOは十一月十八日、日本政府に対して、労働委員会の命令を否定した東京地裁五・二八判決が、裁判所も含めて遵守すべき第九八号条約に反するものであることを指摘した勧告を行っている。最高裁は、ILO勧告にあえて挑戦するかのように本日の判決を下したのだ。まさにあらゆる意味において政治的判断であると言わざるをえない。
(五)
改めて言うまでもなく、国鉄の分割・民営化は、戦後労働運動の大転換―解体を狙うきわめて大がかりな攻撃であった。今日、国鉄のみならず、同様の方法で全産業の労働者の権利が破壊され、膨大な首切りが横行している。われわれの闘いは今、動労千葉十二名、全国千四十七名の解雇撤回を求める闘いであるばかりではなく、全ての労働者の未来をかけた闘いとなっている。
われわれは、この政治的反動判決を弾劾し、本日を新たな出発点として、解雇撤回・原職復帰の日まで闘いをさらに強化する決意である。
一九九九年十二月十七日
国鉄千葉動力車労働組合
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週刊『前進』(1940号3面1)
JCO臨界被爆事故 大内さん虐殺を弾劾する
日帝の反人民的核政策阻止へ 労働者の階級的団結と闘いを
茨城県東海村のウラン加工施設・JCO東海事業所で九月三十日に起こった臨界事故で作業中に被曝(ひばく)した大内久さん■■が十二月二十一日、亡くなった。大内さんの死は、日帝、小渕・自自公政権、住友=JCO資本による虐殺以外の何ものでもない。革共同は、労働者人民の怒りの先頭に立って、日帝・資本による大内さん虐殺を心底から徹底的に弾劾する。この労働者虐殺の事実を押し隠そうとするいかなる策動をも許さない。
この間、日帝・資本は、JCO臨界被曝事故を小さく見せようと卑劣な策謀を重ねてきた。だが、大内さんの死が再び明らかにしたことは、JCO臨界被曝事故が一九七九年の米スリーマイル島原発事故、一九八六年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故に匹敵する大事故だったということだ。
発表された推定被曝線量だけでもそれをはっきり示している。大内さんの被曝線量は十六―二十シーベルトで、即死しても不思議ではない線量だ。一緒に作業していた篠原理人さんは六―十シーベルト、二人からは離れて作業していた横川豊さんは一―四・五シーベルトの被曝線量だ。
一九五四年、ビキニ環礁での米帝の水爆実験でマーシャル諸島人民が大量の死の灰をかぶり、被曝した。同時に被曝した第五福竜丸乗組員のうち、亡くなった久保山愛吉さんの被曝線量は六シーベルトと推定されている。また、チェルノブイリ原発事故で直後に亡くなった三十一人のうち約二十人が六シーベルト以上の被曝だったとされている。この事実ひとつとっても、日帝・資本がとんでもない大事故を引き起こしたことは明らかなのだ。これは日帝の核燃サイクル政策・核武装化政策が不可避にもたらした事故である。
さらに、絶対に許せないことは、日帝・資本はJCO被曝事故の原因を「違法作業を行ったからだ」と、死亡した大内さんたちにあるかのように言っていることである。だが、事故の本当の原因は、コスト削減のために徹底的に人員削減を強行し、労働者の生命を無視して作業を強制したことにある。このことを労働者人民は誰でも知っている。
「危険性を知らせないまま末端の作業員に危険な作業をさせるのは原子力産業の体質。本人のミスで亡くなったというより、犠牲者というべきだ」と、柏崎で反原発運動を続けている労働者は告発している。
JCO臨界事故を受けて労働省が全国の民間核燃料施設について総点検したところ、全十七事業所のうち九事業所で二十五件の労働安全衛生法違反があったことが明らかになっている。この中でも、作業中の被曝線量の測定結果を知らせていないことや、職長に対する安全教育を怠っていたことなどが露呈した。
また、関西電力高浜原発3号機、4号機で使う予定のウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料の品質検査データの偽造が明らかになっている。
帝国主義者と資本は、原子力産業においても利潤とコストを最優先して、労働者の人命を無視し、労働者人民にとんでもない犠牲を強制しているのだ。
事実、日帝、小渕・自自公連立政権は、大内さんを虐殺してもなお開き直って、核武装=核燃料サイクルの確立に向かって、原発の大増設、使用済み燃料の貯蔵場所の確保、高レベル放射性廃棄物の最終処分場の選定準備、プルトニウムを原発で使うプルサーマル計画や高速増殖炉原型炉「もんじゅ」の再開を策動している。第二、第三の大内さんを出しても、核武装=核燃料サイクルの確立の道を突進すると宣言している。労働者人民の総決起で粉砕しなければならない。
日帝による大内さん虐殺は、帝国主義と資本家の利潤優先、安全無視・人命無視に対して労働者が団結と抵抗を放棄すれば、労働者の生命と生活は根底から破壊されることを示した。帝国主義的労働運動、連合=JR総連は、資本家にはいつくばり、労働者に極限的強労働、人命無視を強制する労働代官であり、帝国主義と資本家の手先にほかならない。連合=JR総連を打倒し、戦闘的労働運動をよみがえらせなくてはならない。
一九二九年型世界大恐慌過程が一層深まる中で、大失業と戦争の攻撃を強め、労働者人民を犠牲にして延命しようとあがく日帝・資本への怒りの爆発は不可避だ。今こそ、日帝・資本による大内さん虐殺への怒りを徹底的に組織し、労働者の大隊列をつくり出そう。
労働者階級の一員である大内さんが、日帝の核武装化政策と資本の利潤優先、安全無視・人命無視によって虐殺された。その下手人は、日帝・自自公政権、科学技術庁、住友=JCO資本だ。これら下手人の責任を徹底的に追及し、日帝の核燃サイクル政策・核武装化政策と闘おう。日帝による大内さんたちJCO労働者への責任転嫁、JCO労働者と東海村・茨城県住民の分断、被曝した労働者住民の実験材料化を許さない闘いを巻き起こそう。
二〇〇〇年決戦の中で、労働者人民は、階級的で戦闘的な団結をつくり出し、“すべての核施設の運転停止、日帝の核武装化阻止”の闘いを強めよう。
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週刊『前進』(1940号3面2)
狭山要請行動
高裁の内外で糾弾
正門前の街宣に反響
十二月十三日、東京高裁に対する狭山糾弾要請行動が五十人の参加で戦闘的に闘い抜かれた。七・八再審棄却決定以降強められた高裁と警視庁による糾弾闘争圧殺策動と対決し、朝から夕方まで東京高裁正門付近で繰り返しビラまき、署名活動、マイク演説などの街頭宣伝を展開した。昼休みには霞が関デモを行って多くの人の注目を集めた。東京高裁周辺は終日闘いのるつぼとなった。
また、高裁の中では要請行動の進め方をめぐる予備折衝と要請行動が断固闘い抜かれた。予備折衝で解同全国連と解放共闘の代表は、前回に引き続き要請団への不当な入構制限と時間制限など四条件の撤回を求めた。裁判所当局は「二十人、三十分」の枠で二グループの要請行動を受けるという案を提示した上で、予備折衝の打ち切りを一方的に通告してきた。要請団は裁判所の対応に強く抗議するとともに、要請行動を断固貫徹し、十九通の要請文を読み上げた。
一方、高裁正門前で行われた「差別裁判のいっさいを取り消せ」の狭山新百万人署名運動には、短時間のうちに百人近くの署名とたくさんのカンパが寄せられた。狭山パンフを買う人も相次いだ。狭山闘争への関心と高木棄却決定への批判、怒りが労働者人民の中に広範に存在していることに、行動参加者は強い確信を持った。
十二月行動は、高裁・警察の要請行動つぶしの狙いを打ち破って、東京高裁を内外から大衆的怒りで包囲した。予備折衝の暴力的打ち切りに怒りをたたきつけ、要請行動を断固貫徹し、二〇〇〇年異議審決戦の勝利へ、猛然と闘おう。
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週刊『前進』(1940号3面3)
東日本解放共闘総会
狭山百万人署名へ
異議審勝利かけ大方針
十二月十九日、部落解放東日本共闘会議の第八回総会が東京・飯田橋のシニアワーク東京で開かれた。六十四人が参加して、部落解放理論センターの宗像啓介さんの講演、山川博康解放共闘事務局長の方針提案を軸に、二〇〇〇年狭山異議審闘争になんとしても勝利することを誓い合った。
東日本解放共闘を代表して鶴田さんが主催者あいさつをした後、宗像さんが講演を行った。宗像さんは、部落解放運動をめぐる現情勢を明らかにし、高木決定の差別性、デタラメさを弾劾した。解同本部派が十一・一二「天皇即位記念式」の日に大阪のいくつもの解放会館に「日の丸」を掲揚するなど天皇制融和主義に転落し、日共系全解連も同和事業全廃と差別糾弾闘争圧殺の先兵となり解放運動への敵対を深めていることを弾劾した。
この中で、七・八再審棄却決定は石川一雄さんへの圧殺攻撃であり、同時に解同全国連と解放共闘の破壊を狙った攻撃であると断罪した。さらに、高木決定が、権力によってデッチあげられた石川さんの「自白」を唯一の根拠として、「自白があるから犯人だ」と、完全に権力犯罪を擁護するものであることを暴露・弾劾した。
そして、「部落民に対する権力のデッチあげは、戦前、戦後をつうじて多数起きている」「だから狭山闘争に絶対勝利し、身分的差別による権力犯罪、差別裁判をなくさなければならない」と結んだ。
山川事務局長は、東京高裁糾弾・要請行動を軸に、七・八棄却決定への怒りをバネに闘ってきた九九年の闘いを意気高く総括した。
そして、二〇〇〇年の闘いについて、解同全国連が提起した狭山新百万人署名をもって人びとの中に分け入り、七〇年代を超える狭山闘争の大衆的決起をつくり出そうと呼びかけた。また、高裁糾弾要請行動をさらに重視し強化して、終日高裁を揺るがす闘いとして打ち抜くことを提起した。
続いて小森勝重・全国連狭山闘争本部事務局長が百万人署名運動のアピールを行った。小森さんは、解同本部派が狭山闘争を国家権力の差別犯罪糾弾として闘うことを完全に否定していることを弾劾し、全国連と解放共闘の闘いがどれほど重大であるかを強調した。
そして、「『自白』と客観的事実との食い違いを中心に据えてきたこれまでの本部派の狭山闘争方針の限界性を打ち破り、権力の差別・デッチあげに対する石川さんの怒りと弾劾の声、闘いを狭山闘争の中に復権していくこと、ここに大衆的決起のかぎがある。そのための決定的な武器が狭山パンフだ」と訴えた。
このパンフを武器に「差別裁判のいっさいを取り消せ」という百万人署名運動を青年部を先頭に全力で推し進めることが狭山勝利の力となり、戦争阻止の力となり、部落大衆の生活と権利を守る最大の力となる、と述べた。
最後に、解放共闘に参加する各団体が決意表明した。都留文大生協労組、動労千葉、婦民関東協、大学解放研、都政を革新する会、東京労組交流センターに続き、解同全国連の茨城県連、長野県連(準)、江戸川支部、杉並支部が力強く二〇〇〇年の闘いに向かっての決意を表明した。とりわけ長野県連準備会は、二カ月間で二千九百筆の署名を集め、中学生が学校で決起していると報告した。
閉会あいさつで全国連茨城県連の高橋昭一書記長が「なんとしても新百万人署名をやりぬこう」と呼びかけ、動労水戸の音頭で「団結がんばろう」を三唱し、総会を締めくくった。
東日本解放共闘総会は、石川さんの不屈の闘いに全力でこたえて、二〇〇〇年異議審闘争に総決起する決意と体制を打ち固めた。
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週刊『前進』(1940号3面4)
農民圧殺と巨大軍事空港の建設
成田暫定滑走路着工を痛撃
推進派の自民党県議に鉄槌
革命軍軍報
革命軍は偉大な戦闘を貫徹し、以下の軍報を発表した。(前号に速報)
十二月十三日、革命軍は階級的責任感と歴史的使命感に燃えて決起した。
十二月三日、日帝・運輸省、空港公団は暫定滑走路着工を強行した。この歴史的暴挙に対して、心底からの怒りと暫定滑走路建設を必ず粉砕する決意を込めて、報復の火炎戦闘をたたきつけたのである。
新ガイドライン下の巨大軍事空港建設、そのために反対同盟農民と敷地内地権者の生活と権利を一切踏みにじるこのやり方をどうして許しておけるだろうか。四千b級の滑走路を造るために「暫定滑走路」の工事を強行し、農家の上空四十bに飛行機を飛ばすぞと脅し、敷地内農民の生活と闘いを圧殺しようとしている。国家暴力をむきだしにしたこの攻撃を見過ごすわけにはいかない。
これこそ、日帝が新安保ガイドラインを発動して朝鮮・中国―アジア侵略戦争に踏み出すための戦時土地徴発の先取り、有事立法の先取りだ。
この攻撃に対し、反対同盟は一歩も引かず、全国の労働者人民に暫定滑走路建設実力粉砕を呼びかけて英雄的闘いに立ち上がっているではないか。反対同盟と血盟を誓った革命軍こそがこの日帝の凶暴な攻撃に実力で反撃に立つのだ。
暫定滑走路着工の大罪への報復戦闘の第一弾をたたきつけるターゲットは、自民党千葉県議会議員の湯浅伸一である。湯浅は成田市選挙区選出の県議だ。
この湯浅は、成田市松崎一一六三で日本料理店を経営し、その二階を自宅としている。湯浅は、成田空港完成への攻撃を推進し、農地強奪・農民殺しの先頭に立っていることを自覚しているがゆえに、ゲリラ戦闘の標的になることを恐れて、自宅と選挙事務所の周囲に対ゲリラ・センサーなどを設置して警戒していた。また、選挙名簿・書類を焼却されないために事務員にそれらを避難させてもいた。だが、こんなことで革命軍の追及から逃れられると思ったら大間違いだ。
午前四時十分、周到に設置した火炎戦闘装置が火を噴いた。人民の怒りの炎は、料理店の玄関と料理店の送迎用マイクロバスを、車庫もろとも一挙に焼き落とした。
そして、この時すでにわが革命軍部隊は撤退作戦を完了していた。重大な敗北を喫した日帝・警察権力にはデッチあげ弾圧の口実となるものは何ひとつない。満を持して貫徹した戦闘は完全に勝利したのである。
第1節 公聴会で滑走路建設を扇動
湯浅は、一貫して成田二期工事推進を唱えてきた極悪の人物である。一九八五年に自民党に入党し、九一年、成田市議になった。そして九五年、千葉県議になった。この間、成田空港完成を公然と押し出してきたやからなのである。
さらに、九九年六月には自民党千葉県連空港対策特別委員会副委員長となり、十月十八日に行われた暫定平行滑走路建設に関する公聴会では、「平行滑走路の経済効果は計り知れない」と、暫定滑走路にとどまることなく四千b滑走路を造れと扇動した。
しかも湯浅は、敷地内・東峰の地権者の切り崩しを策動し、小川国彦成田市長、沼田武千葉県知事らとともに三里塚闘争破壊をたくらみ、それを実行してきた張本人である。さらに、堀越昭平の一坪共有地売り渡しと敷地内の土地売却合意書調印の茶番をキャンペーンして、十二月三日の暫定滑走路建設着工を強行することを仕組んだ人物でもある。
そればかりではない。湯浅は、昨年春の平行滑走路推進署名運動の中心的担い手のひとりなのである。
こうした悪行を重ねてきた人物に正義の報復戦闘がたたきつけられるのは当然だ。日帝の侵略戦争のための巨大軍事空港建設をもくろみ、そのためには反対同盟と敷地内地権者の生活と権利を破壊しても構わない、などという帝国主義国家権力とその手先どもを、わが革命軍は、これ以上断じてのさばらせてはおかない。
革命軍は、いよいよ開始された二年間にわたる暫定滑走路建設粉砕決戦の勝利のために、革命的武装闘争をエスカレートさせ、戦闘に次ぐ戦闘をたたきつけることを宣言する。
第2節 革命軍は人民とともに進む
十二・一三戦闘の意義は何か。
第一に、暫定滑走路建設実力阻止決戦の突破口を十二・三現地着工阻止行動と一体の闘いとして切り開いたことである。
革命軍は、十一・七戦闘で宣言したように、この暫定滑走路建設阻止二年間決戦において、反対同盟、闘う労働者人民とともに暫定滑走路建設攻撃と真っ向から対決し、強力な革命的武装闘争を連続的に爆発させる。この決戦に必ず勝利する。革命軍は、そのために必要とあれば、どのような戦場にもおもむき、国家権力とその手先に強襲を浴びせるであろう。
第二に、二〇〇〇年三里塚決戦の突破口をこじ開けたことだ。闘うアジア人民、全国の闘う人民、とりわけ沖縄サミット・普天間基地名護移設阻止へ闘う沖縄人民と連帯して、二〇〇〇年決戦の最先端を切り開いたのである。
二〇〇〇年決戦は、日本の労働者人民、沖縄人民、アジア人民の未来を決する歴史的決戦である。その勝利の突撃路は九九年の闘いの勝利によって照らし出されている。この道を進めば必ず勝利をわが手に握ることができるのである。
第三に、安保・自衛隊・侵略戦争の容認を公言するにいたったファシスト・カクマルに対する戦闘として断固かちとられたことだ。
カクマルは帝国主義の最後の救済者としてファシストの本性をあらわにしている。ファシストは労働者人民の闘いの高揚を白色テロルで鎮圧することを使命としている。わが革命軍は、このファシストの白色テロルに赤色テロルをもって対峙し、白色テロルを粉砕するために常に戦闘力を磨き上げているのだ。
革命軍は闘う労働者人民とともに進む。二〇〇〇年決戦の勝利に向かって真一文字に突撃しよう。
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週刊『前進』(1940号3面5)
三一闘争
鈴木経営包囲デモ
゛どこまでも追及し闘う″
十二月十六日、三一書房労働組合は、鈴木経営の新たな仮事務所のある「コーポ麹町」包囲デモを行った。このデモには出版産別を始め地域の労働組合、東京労組交流センターの会員など約百人が結集した。
デモに先立って午後六時半から市ケ谷外濠公園で集会が行われた。小番伊佐夫三一書房労組書記長が「この一年間、企業内組合としての弱さを自ら学習する機会だった。本社から逃亡し仮事務所を転々とする鈴木経営をどこまでも追及して闘う。さらに国労や都労連と一体となって闘うことによって勝利できる」と力強く基調報告を提起した。
続いて、支援共闘会議の代表が熱い連帯を表明した。さらに、組合旗を持って合流した国労の労働者が三一労組を支援するとともに国鉄清算事業団闘争の勝利まで闘うと決意を表明した。また都労連内の「三一書房労組を支える会」の代表が、都労連が第一波ストを貫徹したことを報告し、石原都政と対決し、三一闘争の勝利までともに闘うと連帯のあいさつを行った。その後、三一書房労組を支える会、全金本山労組、組対法・破防法に反対する共同行動の各代表、出版産別や地域の闘う労組から連帯の発言があった。
最後に、三角忠委員長が行動提起を行い、全体でシュプレヒコールを行った。
午後七時すぎ、意気高くデモに出発した。千代田区三番町の住宅街にあるマンション「コーポ麹町」の六階には、三一労組の粘り強い包囲行動に追いつめられ、神田神保町の「ヨーマツ」から逃げ出した鈴木経営が新たに設置した仮事務所がある。七階には、鈴木経営の代理人を務めるさくら共同法律事務所の代表・河合弘之弁護士が事務所を置き、悪事を働いていると言われる。
夜の閑静な住宅街に三一労組と支援の労働者の怒りのシュプレヒコールがこだました。付近住民が窓からあるいは外に飛び出してきてデモに注目した。
三一労組は団結を一層固め、怒りも新たに鈴木経営を追いつめる闘いを力強く貫徹した。
第1節 怒りの大結集で経営側圧倒12・17都労委審問
翌十七日の午後一時半から三一書房労働組合の東京都地方労働委員会への不当労働行為救済申し立ての第二回審問が行われた。この日の審問は、前回行われた組合側の古屋文人前委員長の証言に対する鈴木経営側の反対尋問であった。
鈴木、林、小林らは、前回同様、逃亡を決め込んで出席せず、代わりに企業整理をもっぱらとするさくら共同法律事務所の青木秀茂弁護士らを代理人として出席させた。しかも鈴木経営は、前回同様、岡部ら組合対策に雇った男たちを動員し、三一労組と都労委に圧力をかけようとした。
だが、組合側は当該を含め五十人近く結集した。三一労組と支える会の赤い腕章が傍聴席を埋め尽くし、鈴木経営側を圧倒した。
青木は、すでに決着済みの「鈴木経営は使用者ではない」という論点を再度蒸し返し、審問の引き延ばしを図ってきた。しかし、公益委員に「では代理人は、鈴木方は三一書房の経営者ではないと主張するのか」と突っ込まれ、立ち往生してしまった。
古屋証人は、「自分たちは、鈴木経営によって解雇され、四月に健康保険を打ち切られるなど不利益をこうむっている。だから鈴木経営を当事者として救済を申し立てたのだ」ときっぱりと述べ、鈴木経営による不当労働行為がなお続いていることを断罪した。
労働法や労働者の権利への敵意をむき出しにし、労働委員会制度についての無知をさらけ出す青木に傍聴席から怒りの声が飛んだ。
しかし青木は、さらに証拠を提出して、次回も引き続き古屋証人への反対尋問を継続するという。絶対に許してはならない。
次回の都労委は、一月十九日(水)午後三時から開かれる。第二回都労委以上の結集を実現して鈴木経営を圧倒し、三一都労委闘争勝利への支援を強めよう。
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週刊『前進』(1940号3面6)
2000年決戦へスタート
組織拡大闘争へ
動労総連合が定期大会
十二月五―六日、千葉市内で動労総連合が第一四回定期大会を開催し、反合・運転保安闘争とJR総連解体・組織拡大に向けた二〇〇〇年の闘いへのスタートを切った。(写真)
開会あいさつに立った平岡副委員長は、「五・二四ガイドライン法成立という形で政治反動が大きく進み、労働組合としてそれとどう闘うのかを突きつけられた年だった。動労千葉が提唱した『たたかう労働組合の全国ネットワークづくり』を動労総連合の闘いとしていこう」と訴えた。
中野委員長は「ガイドライン法と産業再生法が一体となり『戦争をしない国』から『戦争をする国』へと日本は転換した。戦争をやる労働者の集団を作るために、闘う労組や沖縄や三里塚などの拠点つぶしにきている。労働者を階級的労働運動が獲得するのか、労働組合が抱え込まれて戦争の先兵となるのか、ここが基本線だ。闘いの一切のハンドルを握っているのは千四十七名を軸とした国鉄闘争だ。この正念場は二〇〇〇年だ。根本は労働者をどっちが獲得するかだ。今大会の獲得目標は組織拡大・強化に向け闘う体制を作り上げることだ」と訴えた。
布施書記長から経過報告と運動方針案が提起された後、山陽新幹線トンネル事故や新賃金体系問題、組織拡大闘争、運転保安問題、貨物賃金格差問題などについての報告や質疑応答が二日間にわたって活発に行われた。総括答弁で中野委員長は「運転保安闘争と組織拡大闘争を強化し、二〇〇〇年に全面勝負をしよう」と締めくくった。
運動方針案の採択、スト権の批准の後、「動労総連合は労働者階級の明るい未来をかけて、勇躍二〇〇〇年の闘いに突き進む」という大会宣言を採択した。最後に国分副委員長の閉会あいさつ、中野委員長の音頭による「団結がんばろう」三唱を行った。
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週刊『前進』(1940号4面1)
自自公政権と石原都政はノー! 介護保険4月実施中止を
許せぬ大増税と福祉の解体
今年四月からの介護保険制度導入が近づき、労働者人民の怒りがいよいよ高まっている。自自公三党による、゛おおむね半年保険料を徴収しない″という合意は、衆院選に向けて労働者人民の怒りをかわそうとするペテンそのものだ。ここに日本帝国主義の危機性と弱点がはっきりと示されている。「介護保険制度導入反対、介護は全額公費負担で」を真っ向から掲げて闘うことこそ、長谷川英憲さんを押し立てた衆院選挙(東京八区)勝利への最大の環である。労働者人民に大増税を押しつけ、福祉を切り捨て死ねというに等しい介護保険制度の反人民性を明らかにしていこう。
第1章 大衆収奪
年金からも給料からもむしり取る
介護保険制度は、第一に新たな大増税そのものであり、労働者人民からのすさまじい収奪である。
一つには、四十歳以上の労働者人民全員から毎月介護保険の名目で保険料を強制的に取り立てる。六十五歳以上(第一号被保険者)は、全国平均で毎月約二千九百円取られる。しかもこれは年金額が月一万五千円以上の人は年金から天引きされる。さらに年金もなく無収入の人でも保険料がむしり取られるのである。
月一万五千円の年金で生活している人から二千九百円も取り上げてどうやって生活していけというのか。年金もない人からもむしり取るのだ。まさに死ねというに等しい攻撃である。
さらに四十歳から六十四歳までの人は健康保険と一緒に保険料を徴収される。会社に勤めている人などは給料から天引きされ、自営業など国民健康保険加入者は、健康保険料と一括して請求がくる。組合健保は平均で千八百円、政府管掌健康保険(政管健保)は千五百円、国保は千三百円が強制的に取り立てられるのである。介護保険料を支払わないと健康保険証が取り上げられるという罰則がもうけられており、さらに保険料を滞納したら保険による介護は差し止められて、介護はすべて自己負担となる。まさに強制的取り立てそのものである。こんな悪らつなやり方がどうして許せるだろうか。
二つには、介護を受けるときの利用料がきわめて高く、高齢者やその家族から高額の利用料金を取り立てることだ。たとえば三十分から一時間の訪問介護で四千二百円、一回の家事援助で千五百三十円となっている。介護保険制度には自己負担制が組み込まれており、利用料の一割が支払わされる。一日二回の訪問介護であれば一日八百円の負担となる。月額にすれば、二万四千円を超える。
これは訪問介護の例であって、施設へ通って介護やリハビリを受ける場合にはさらに高額の利用料がかかる。特別養護老人ホームに入所している人については、介護保険制度施行時の激変緩和措置として費用徴収額の特例措置が設けられるとしているが、その期間が終われば徴収額が大幅アップになるのである。厚生省は「サービス事業者の参入促進のために高めに設定した」と言っており、営利企業の利益のために高額の保険料が取られた上に、利用料が取られるのだ。
政府は財政危機の中で、財政削減の最大の対象として社会保障費に狙いをつけた。特に高齢者医療費をやり玉に挙げた。そのために医療から介護を分離し介護ビジネスとする、「介護保険」という方式を考え出した。政府はこれによって四兆三千億円の財政支出を削減しようとしている。
大失業時代の中で、失業者が増大し、賃金が引き下げられ、自殺者が急増している。この中で介護保険制度によってさらに収奪されれば労働者人民の生活はずたずたに破壊される。金融機関の救済のためには六十兆から七十兆円もの巨額の金を使いながら、財政危機を口実に労働者民衆から収奪しようとする攻撃は絶対に許せない。
表
介護保険料の月額
65歳以上 平均2900円(夫婦では5800円)
45歳以上64歳まで 組合保険 平均1800円
政管健保 平均1500円
国民健保 平均1300円
第2章 介護奪う
介護対象者を切り捨てるための「介護認定」
介護保険制度は第二に、介護=福祉の切り捨てそのものである。
現在施設介護を受けている人のうち少なく見積もっても一万五千人が施設介護不要と認定されて退去を強制されると見られている。在宅介護については、厚生省の担当者が「在宅介護は、需要に対して四割しか供給できない。それ以上は個人に買ってもらうしかない」と言っており、この六割を切り捨てる形で認定が行われるのだ。
介護保険制度では介護の一単位を一時間として、一人に対して一日二単位が限度だと言われている。それ以上の介護が必要な人は家族が介護するか金で買えということなのだ。
しかも介護を受けるためには、地方自治体に要介護認定を申請し、介護認定審査会の認定を受けなければならない。この認定は行政から委託された介護支援専門員(ケアマネージャー)が八十五項目の聞き取り調査をし、そのデータをマークシート方式でコンピュータに打ち込んで第一次判定を行う。さらにかかりつけの医師から意見書を提出してもらって、二つのデータをもとに介護認定審査会が最終判定を行う。
ところがこの介護認定そのものが、介護対象を切り捨て、介護レベルを引き下げる方向で強行されるのである。強制的に高額の保険料を徴収されるが、結局九割の人は介護は受けられず掛け捨てになる。
もともと介護保険制度の目的は医療保険にかかる財政支出を削減することにあった。そのために高齢者福祉の制度を抜本的に変えて福祉を切り捨てようというのが真の狙いである。
介護保険法は、高齢者の「福祉・医療・保健における介護保険優先原則」を規定している。それは従来の医療や福祉、保健を切り捨てるものである。「虚弱高齢者」という区分を導入し、「加齢に伴う心身の変化に起因する疾病等による要介護状態」を医療の対象から排除し介護保険制度の対象とすることで、高齢者から医療や福祉、保健を剥奪(はくだつ)しようとしている。
また、この介護保険優先原則は六十五歳以上の「障害者」にも適用され、おそくとも五年後にはすべての「障害者」に適用される。これは「障害者」の地域自立生活の保障を切り捨てる攻撃である。「障害者」は、七〇年代以降の闘いによって、社会からの排除と隔離に反対して地域での自立生活を切り開いてきた。全身性「障害者」介護人派遣制度や推薦ホームヘルパー制度などの組み合わせで、最高二十四時間の介護保障をかちとってきた。
介護保険制度では最重度の要介護5と認定された場合でも「一日二時間」の介護しか受けることができない。全面介助を必要とする「重度障害者」にとって二十四時間介護は生存と生活をぎりぎりのところで支える不可欠なものである。介護保険制度によってこの二十四時間の介護を引き下げることは、「障害者」が闘いとってきた地域自立生活を破壊するものである。
第3章 幻想破れ
石原伸晃・民主党・日共の反人民性
このような介護保険法がなぜ国会を通ったのか。それは国会の中に本当に労働者民衆の立場に立って闘う国会議員がいないからだ。特に日本共産党の犯罪的役割について怒りを込めて弾劾しなければならない。
日本共産党は介護保険制度に反対ではなく賛成である。昨年十月末に自自公三党が人民の怒りに追いつめられて保険料の徴収を半年間延長した上で制度は今年四月から実施すると決定したことに対して、「日本共産党の提案の方向での変化」としてこれを全面的に美化した。だが、実態は選挙を切り抜けるために保険料の徴収だけを半年間程度先延ばししたにすぎない。介護の切り捨てはそのままであり、高額の保険料も、保険利用料も半年後にはそのまま強行されるのだ。自自公の決定を選挙目当てに利用しようとしているだけなのだ。
日共の主張の核心は、“保険料の徴収は、サービスの不足の解消の道すじがつけられるなど、一定のサービス提供の準備ができるまで延期する”というものである。「一定のサービス提供の準備」ができれば保険料を徴収してもよいのであれば、政府はいつでも「準備」ができたとして強行してくるに決まっている。これでは「いつ実施してもいいですよ」と言っているのとまったく同じだ。
日共は、「充実した介護保険にしよう」などといっているが、そもそも介護保険制度の政府の狙いが介護の切り捨てにあるのに、この制度によって何が「充実」するというのだろうか。何を「充実」させようというのだろうか。この制度によって「充実」するものがあるとすれば、大衆収奪と福祉の切り捨てだけだ。介護保険制度は中止以外にありえない。
そもそも介護保険法案は何回も国会で流れたにもかかわらず、共産党が「反対はするが、採決はいいですよ」と態度を変えたことによって九七年に国会で成立したのだ。
また、民主党は元厚生大臣の管直人を始めとして介護保険導入の反人民的な急先鋒である。
自自公の与党候補として東京八区で立候補しようとしている石原伸晃は、介護保険問題突破議員連盟をつくり、介護保険制度強行の中心になっている。衆院選でも介護保険制度推進を真っ向から掲げてこようとしているのだ。その主張は、“家庭での介護は限界だから介護の社会化を”というものである。だがこれは完全なペテンだ。保険料という形で、大増税を行いながら、介護を切り捨て、介護を金で買わせるビジネスにすることが“社会化”であるなどということは絶対にない。個人的に金で解決させるということであり、金の出せない人間は切り捨てになるのだ。
杉並での衆院選は介護保険に賛成か反対か、強行か中止かをめぐって争われることは不可避である。この宣伝戦に勝ち抜いて、介護保険反対の十万人署名などの大衆運動を巻き起こし、全国闘争とし、長谷川英憲さんの当選をかちとることが介護保険を中止に追い込む決定的なテコとなる。
介護保険制度が福祉の全面的な切り捨てであり、戦後社会保障制度の根本的解体であるという実態はまだまだ全面的には知られていない。介護保険制度は、まさに現代の「姥(うば)捨て」だ。「介護の社会化」という政府の大うそを暴き、介護保険制度の真の姿を暴いていけば大衆的な闘いの爆発を切り開いていくことができる。すでに怒りは爆発し始めている。
第4章 福祉は権利
「介護は全額公費負担で」の大運動
長谷川英憲さんがその著書『介護は全額公費負担で』で訴えているように福祉は権利であり、介護は全額公費負担で、いつでも誰でも十分な介護が受けられるようにさせなければならない。
政府は「新ゴールドプラン」と称して、新しい高齢者介護の制度ができ、家庭での個人レベルの介護では限界があるので、社会で高齢者介護を保障する制度をつくるかのようにデマ宣伝をしてきた。
だがその実態は何か。財政危機を理由に戦後社会保障制度を根本から破壊しようということだ。介護保険制度は、高齢者や高齢者を抱えた家族に対して死ねというに等しい攻撃であり、生きる権利を奪うものである。介護が必要な高齢者や「障害者」から介護を奪うことは、生きる権利を奪うことであり、人間としての尊厳を奪うことなのだ。
社会保障制度は、労働基本権や労働者の保護と同じように労働者民衆が生活権として闘いによってかちとってきたものである。これを奪い取ろうとする政府の攻撃を絶対に中止させなければならない。労働者民衆が闘いとってきた権利は、闘いによってしか守ることはできない。
日本における社会保障制度は、一九一八年の米騒動を契機に労働者民衆の闘いが爆発し、そうした中で一九二二年に健康保険が制定され、二七年から施行されたことによって始まった。労働者の闘いが圧殺された戦争中は、社会保障制度も戦争体制を支えるものに変えられてしまった。しかし、戦後は広範な労働者人民が闘いに決起し、戦後革命の圧殺の後も一時の反動をうち破って闘いの再高揚がかちとられていった。そうした労働者階級の闘いの中で、社会保障政策もかちとったのである。これを全面的に奪おうとする攻撃が介護保険制度である。
介護を金で買えと言われても大半の労働者、ましてや高齢者には困難である。労働者には現実に金がないからだ。なぜ金がないのか。資本が労働者の働いた分を賃金として支払わず、搾取しているからである。また賃下げや失業の攻撃を受けているからである。だから労働者は介護を始めとした社会保障を要求する当然の権利があるのだ。
労働者を搾取して資本が利潤を得ている以上、社会保障にかかる資金は、国と企業が負担すべきなのだ。 政府と資本が労働者民衆の生きる権利を保障できないというのなら、われわれ労働者民衆の力で政府を打倒しよう。その権利と義務がある。
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週刊『前進』(1940号4面2)
命綱絶ち切る年金改悪法案
給付総額の2割を削減通常国会で絶対廃案に
第1章 「後払い賃金」の一方的削減
「国民年金法等改正法」を始めとする年金制度改悪関連三法が、十二月七日衆院を通過させられた。年金給付総額の二割削減=「四つの給付削減策」を柱にした法案である。
年金審議会に約七千万人の年金加入者を「代表」する形で同席し、法案策定に一役買った連合が、最終局面でアリバイ的にせよ反対したために、年金制度改悪関連法は成立にいたらなかったものの、次期通常国会での継続審議となっている。絶対に阻止しよう。
国民年金と厚生年金は、労働者人民にとっては「老後の生活のため」として、制度的に強制貯金させられた「賃金の後払い」である。ぎりぎりの生活の中から賃金天引きで保険料を積み上げてきたあげくの給付削減は、乱暴きわまる一方的な賃金切り下げに等しい。いや老後の生活と生存の命綱を絶ち切られるに等しい攻撃である。
現在、介護保険制度導入、年金改悪、医療制度改悪を始め続々と福祉切り捨ての攻撃が襲いかかっている。いま労働者人民の「老後の生活不安」が一挙に重大な社会問題化している。
衆院選決戦に必ず勝利し、二〇〇〇年四月の介護保険制度の強行実施を阻止し、連合と野党の裏切りを許さず、年金制度改悪関連法を廃案に追い込もう。日帝の侵略戦争体制構築の一環である戦後的社会保障制度の全面解体攻撃に怒りの反撃をたたきつけよう。
第2章 実質賃下げと消費税アップ
公的年金改悪関連法案は、(a)年金給付の四つの削減案、(b)次期見直しの二〇〇四年まで保険料値上げ凍結、(c)次期見直し二〇〇四年までに「安定した財源を確保」し、年金の国庫負担率をアップする、(d)その他、からなっている。
(a)四つの給付削減策
四つの給付削減策とは、@厚生年金報酬比例部分の年金支給額を二〇〇〇年度から五%削減する、A厚生年金報酬比例部分の現行六十歳支給開始を段階的に六十五歳に引き上げる、B二〇〇〇年度から六十五歳以上の厚生年金、国民年金ともに現役世代の賃金に応じた賃金スライドを凍結する、C六十五歳から六十九歳までの在職高齢者から年金保険料を徴収した上で年金支給額を収入に応じて削減する、の四点である。
そして、@からCまでの四つの削減策によって給付総額は、実に二割も削減されるのである。
年金支給開始年齢が六十五歳になる一方で、労働者の定年解雇は六十歳である。その上、リストラ攻撃が激しくなる中で、大企業でさえ早期退職が勧奨されている。六十歳で解雇された労働者は賃金もなく、年金も受け取れなくなる。どうやって食っていけというのか。労働者に死ねというに等しい攻撃である。
(b)保険料値上げ五年間の凍結
給付削減の理由は、企業の年金負担(厚生年金は、賃金からの天引きと企業負担、国庫負担がそれぞれ同額積み立てられる)の軽減と、景気対策=消費マインド対策である。財界は「日本企業の国際競争力を弱める企業負担の増加」は、ビタ一文認めないことで押し切っている。しかし、二〇〇四年に国庫負担率増が実現した時には保険料の大幅値上げが予定されている。
(c)年金財源問題
次期見直しの二〇〇四年までに「安定した財源」(消費税などの大衆増税)を確保し、国庫負担率を現行三分の一から二分の一に引き上げるという。その際の消費税率引き上げ幅はなんと一五%から三五%程度が見込まれる、という。財源の税方式とは、企業負担の軽減分を国家財政に負担させ、その財源は大衆増税によって充当するということである。今やこうしたやり方を年金にも適用しようとしているのだ。
「企業負担の軽減」とは、労働者人民にとっては実質賃金の切り下げであり、その分を大衆増税によって収奪されるのだから二重に収奪されることになる。
日帝ブルジョアジーを救済するために、一切の犠牲を労働者人民に負わせるということなのだ。
(d)その他
以上に加えて、@月給額を基準にした現行の厚生年金保険料算定をボーナスを加えた総報酬を基準に算定する(これは多くの労働者にとっては実質的な保険料の引き上げになる)。A国民年金の不払い者率の激増(三分の一に及ぶ)に対処するために学生の納付免除と低所得者の保険料を半額にする、などである。
公的年金への不信が増大し、保険料支払いが不可能化した貧困層に加え、年金保険料不払いが激増している。税方式=大衆増税は不払い者からの強制取り立て方式である。
さらに、年金制度改悪関連法の後には、国民年金加入者の「上乗せ公的年金制度」である任意加入の国民年金基金が、今年四月から保険料の値上げを実施する。その際には、男女間に保険料の格差を設けるとしている。男性は二%アップであるのに対して女性は一五%の値上げになる。理由は女性は平均寿命が長いからだという。
自自公政府は、国家財政の危機と企業の年金負担軽減のための年金改悪を、あたかも労働者人民が「長生きし過ぎるからだ」と宣伝している。そのスローガンが「少子高齢化社会」論である。金のない労働者人民は長生きするなということだ。
年金制度改悪は介護保険制度導入、医療制度改悪とともに、労働者人民に「老後の悲惨」を強制し、「生活設計」など許さない攻撃なのである。
労働者を容赦なく街頭にほうり出す資本主義、帝国主義がここまで延命できたひとつには、年金制度などの社会保障制度があったからだと言える。その社会保障の解体に対する労働者人民の怒りが、自自公政権打倒から帝国主義打倒にまでいきつくのは当然である。
第3章 老後の蓄えも資本のえじき
今国会への法案提出にいたるまでに、国民年金と厚生年金の公的年金制度は、保険料と給付額などを「五年ごとに見直し」してきた。すでに前回の一九九四年見直しで厚生年金の基礎年金の支給開始年齢を「段階的に六十歳から六十五歳へ」遅らせている。九七年には、政府・厚生省は、「急速な少子高齢化社会への対応」という理由づけで「保険料値上げと給付削減の五つの選択肢」案を公表している。
九八年十月には、連合が同席した年金審議会は、「公的年金制度の将来展望として保険料負担増と年金給付削減は不可避である」という「最終意見書」をまとめた。この時すでに連合は「給付削減の不可避性の認識」で一致している。今回の改悪法は、その連合さえも反対せざるをえないほどの激しい改悪なのである。
こうした公的年金制度の改悪と同時に、企業年金のあいつぐ破綻(はたん)が大問題として浮上している。バブルの崩壊、金融危機の爆発によって企業年金基金の運用益が激減したばかりか、資産の減価などによって、あるはずの積立金が不足していることが明らかになっている。
その上に、二〇〇一年三月決算期には日本でも国際基準の会計方式が採用されることになったため、決算書に企業年金破綻(積立金不足)を公表しなければならない。企業年金の積立不足は、日本企業の「国際的信用」を危うくするばかりではなく、株価下落さえ招きかねない大問題である。真っ先に退職者の年金給付額を減額した上で、自社株や持ち合い株を年金積立金に充当し、決算上の不足金問題をクリアする動きがあいついでいる。
日帝・小渕政権の「経済戦略会議報告」は、社会保障制度の抜本改革を唱え、厚生年金や国民年金など公的年金の国家財政負担と企業負担の軽減のために、基礎年金(国民年金と厚生年金の基礎年金部分)の全額税方式と厚生年金報酬比例部分の完全民営化構想さえ打ち出している。
税方式とはすでに明らかにしたように企業の負担をゼロとしすべてを消費税などの激しい大衆増税で財源確保するやり方である。
民営化とは、労働者人民の零細な老後の蓄えを生命保険会社などの金融業界のえじきに投げ与えることである。
この流れの一環として、小渕政権は、公的年金危機と企業年金破綻に対応して、資金運用リスクを個人に背負わせる確定拠出型年金制度を、二〇〇〇年秋に発足させようとしている。年金掛け金(保険料)を個人責任で投機的に運用し、その結果には個人が責任を負う。保険料拠出額は確定だが、年金給付額は不確定、要するに将来の年金受け取り額は予測がつかない、という制度なのだ。
確定拠出型年金は、アメリカの401k年金を見本にしている。401k年金を担保にした株の大衆的取引が増大したことが、アメリカの株価高騰の一因となった。
そのアメリカの株価のバブル的高騰は、崩壊の危機に直面している。株式市場に老後の年金を投入した労働者人民は、丸裸にされようしている。確定拠出型年金制度で年金破綻を救済することなど絶対にできない。年金制度のカラクリが明確にされればされるほど、労働者人民の帝国主義に対する階級的怒りは高まるであろう。
介護保険制度導入阻止を真っ向から掲げ、衆院選決戦に勝利し、年金改悪・医療制度改悪・福祉の解体の戦後的社会保障制度全面解体攻撃を粉砕しよう。
〔矢代久子〕
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週刊『前進』(1940号5面1)
自自公政権と都政はノー! 介護保険4月実施中止を
戦後最悪の赤字放漫財政で銀行と大資本の救済を狙う
政府予算案はインフレと戦争の道
二〇〇〇年度政府予算案は、日帝の絶望的な危機をまざまざと示すものとなった。膨大な国債の発行と累積赤字は、国家財政の破産とも言える現実をつくり出している。小渕・自自公政権は、この財政赤字を恫喝材料に、一方で労働者人民に対する大増税と大衆収奪を企て、他方で介護保険制度の強行実施を始めとする社会保障制度の全面解体攻撃を本格化させつつある。だが、この巨大な財政赤字をつくり出した張本人は、政府とブルジョアジー、銀行を始めとする大資本にほかならない。そのつけを労働者人民が払わされる理由など一切ない。こうした攻撃と全力で対決し、労働者人民の生きる権利を守りぬくために、衆院選決戦勝利への総決起を訴える。
第1章 国家破産的危機示す64兆の国債残高
二〇〇〇年度政府予算案は、財政赤字の巨大さにおいて限度を超えるものである。国債の新規発行額は三十二兆六千百億円と、戦後最大になった。歳入に占める国債の割合(国債依存度)も三八・四%と戦後最悪だ。借換債も含めれば国債発行額は八十五兆八千七百五億円に上り、一般会計総額の八十四兆九千八百七十一億円を上回る。
日帝は九九年度の予算編成で、際限のない赤字放漫財政の道に踏み込んだ。二〇〇〇年度予算案は、初めからそれを上回る国債発行に寄りかかっている。財政赤字拡大への歯止めは完全に失われたのである。
これにより、二〇〇〇年度末の国債発行残高は三百六十四兆円に達する。国と地方自治体を合わせた長期債務残高は六百四十五兆円、GDP(国内総生産)の一・三倍以上となる見通しだ。この数字は、G7を構成する帝国主義諸国の中では、ついにイタリアを抜いて世界最悪の水準となる。日帝は「二流、三流の帝国主義」への零落を突きつけられているのである。
これは、銀行と大資本救済のための野放図な財政支出が繰り返されてきたことの結果にほかならない。
宮沢蔵相は、予算案の閣議決定にあたり、無責任に「こういう予算はこれで打ち止めにできるのではないか」と発言した。天文学的な財政赤字の規模に日帝当局自身がおびえ、そこに自らの没落の影を見ずにはいられないのだ。
だが、赤字放漫財政は今や日帝経済の中に完全に組み込まれている。二〇〇〇年度限りでこうした財政運営を終わりにできるという保証など何もない。大恐慌過程がますます深まる中で、日帝資本は赤字財政の拡大によってかろうじて生き延びているだけだ。事実、公共投資が息切れとなった昨年七−九月期のGDPは、年率で三・八%の大幅減となった。「経済の自立的回復」のきざしなど何ひとつ見えない。その中で日帝は、悪無限的な赤字放漫財政の道をひた走る以外にないのである。
しかし、こんなことがいつまでも続けられるはずは断じてない。
二〇〇〇年度予算案は、歳出面でも借金返済のための国債費が二十一兆九千六百五十三億円に跳ね上がり、これまた戦後最大となった。一般会計の四分の一が借金返済費に充てられているのである。
第1節 国債の日銀引き受けは必至
膨大な国債発行は金利の上昇を引き起こし、不況をさらに深刻化させる。それはまた、国債の利払い費を増大させ、財政構造を一層悪化させるものとなる。実際、一昨年末には九九年度予算案の決定に伴って長期金利が急上昇した。これによる景気の冷え込みが、財政支出の拡大による「景気刺激」効果を吹き飛ばしかねなかったのだ。
現在、金利の上昇がなんとか抑えられているのは、こうした事態にあわてふためいた大蔵省と日銀が、異常極まるゼロ金利政策をとり続けていることによる。
だが、現実には金利上昇の圧力は昨年以上に高まっている。バブル期に高金利で駆り集められた郵便貯金が集中的に満期を迎え、大量流出が予想される中で、郵貯や年金積立金を原資とする財政投融資の規模は一七・四%の大幅減となった。財投資金で国債を引き受ける余地は大きく狭まっているのである。
限度を超えた国債増発は、結局は日銀による国債の引き受けに行き着かざるをえない。米帝も対日争闘戦的な観点からこれを要求している。すでに日銀は短期国債を市場から買い取り、償還期まで保有する「買い切りオペ」と呼ばれる資金調整の手段を導入している。これは、結果としては短期国債の日銀引き受けと変わらない。国債の日銀直接引き受けへの垣根は限りなく低くなりつつある。この国債の日銀引き受けは、通貨増発による極限的なインフレを引き起こし、人民の生活を根底から破壊するものになる。
二九年型世界恐慌過程が現実化し、帝国主義間争闘戦の激化と世界経済のブロック化が進展する中で、国債の日銀引き受けの先にあるものは戦時経済・戦時財政への全面的なのめり込みだ。「ガイドライン体制下」の赤字放漫財政は、そうした事態を一挙に引き起こしかねないのである。
だが日帝は、今現在の危機をのりきるために、破局につながることがわかっている道を突き進まざるをえないのだ。
第2章 赤字を口実に増税と社会保障の切り捨て
小渕・自自公政権のもとで、財政規律はますます溶解しつつある。赤字放漫財政の継続は、日帝ブルジョアジーの視野と政策を限りなく短期的で場当たり的、かつ身勝手ででたらめ極まるものにさせている。
政府予算案では、新たに十兆円の公的資金が銀行につぎ込まれることになった。拓銀、長銀、日債銀などの損失処理で、用意された資金を使い果たしてしまったからだ。これで、銀行救済のための公的資金は総額七十兆円に達する。
銀行大手十七行が抱える不良債権の総額は、銀行自身が公表しているものだけでも十九兆千四百二十億円だ。実態はけっしてそんな規模にはとどまらない。今後、大恐慌が本格化し、銀行資本の再編と淘汰(とうた)が進む中で、銀行への公的資金の投入がさらに拡大していくことは避けられない。不良債権の現実的な処理は、いまだにほとんど進んではいないからだ。
バブルに踊って乱脈融資を繰り返し、驚くほどの腐敗をさらけ出しながら不良債権の山を築き上げてきた銀行資本。その銀行資本が、今度は国家財政をどこまでも食い荒らしていくのである。
さらに、ゼネコンを始めとする大資本には、九九年度予算に続いて公共事業費の大盤振る舞いが続く。とりわけ、整備新幹線事業費は一一%増の三百五十二億円、地方自治体の負担も含めれば総額で千六百九十五億円もの予算が付いた。「使途は定めない」として九九年度予算から計上され始めた「公共事業予備費」も、前年度と同額の五千億円だ。この大半は整備新幹線事業に充てられる。
日帝資本と保守政治家どもは、「国鉄赤字解消のため」と称して国鉄分割・民営化を強行し、二十万人に及ぶ国鉄労働者の首を切った。その張本人が、整備新幹線建設の利権に群がり、再び甘い汁を吸おうとしているのだ。整備新幹線など、赤字を垂れ流し、地域交通を破壊するだけだ。資本にとっては、建設利権にありつけさえすれば後はどうでもいいのである。
しかも、国鉄清算事業団から一般会計に付け替えられた旧国鉄債務が、今も時々刻々と利子を増大させている中でである。
大資本は、労働者階級に対しては情け容赦ない首切り・リストラ・賃下げの一大資本攻勢を強行する一方、自らは国家財政に寄食し、膨大な過剰資本や不良債権を抱えたまま延命しようなどと虫のいいことを考えている。巨大な赤字は、こうした大資本の強欲に突き動かされた財政運営の結果にほかならない。
他方で、サミット警備費や沖縄米軍基地確保のための特別経費、「不審船対策」のための高速ミサイル艇導入、成田空港整備費や関西新空港二期工事費など、ガイドライン攻撃貫徹の予算はしっかりと確保されている。
国家財政に大穴を開けたのは日帝ブルジョアジー自身である。その当人が財政赤字の危機を叫び、「財政の持続可能性を回復させるためには増税が必要」(経済戦略会議答申)などと唱えて、消費税率の大幅アップを始めとする大増税を強行しようとしているのだ。
さらに彼らは、労働者人民に対して「自己責任・自助努力」を説教し、「『モラル・ハザード』(生活保障があるために怠惰になったり、資源を浪費する行動)が日本経済の低迷の原因」(同)などとして、介護保険導入を始めとした社会福祉制度の解体を迫っている。こんな厚顔無恥な話がまかり通っていいはずがない。
第3章 賃下げと福祉削減の最先兵=石原都知事
政府予算案が閣議決定された十二月二十四日、経済戦略会議は最終的な「報告書」を小渕に提出した。そこでは、「市場経済原理の積極的活用による効率的かつスリムな政府の実現」の名による公務員労働者の首切りと、具体的な方策として「厚生年金の報酬比例部分の完全民営化」が強調されている。年金制度を含む社会保障制度の全面解体へ、国をあげて全力で突進せよということだ。
予算案は、すでにそこに完全に踏み込むものとなっている。社会保障関係費のうち社会福祉費は二〇・四%、額にして九千三百九十九億円の大幅減となった。これは、直接には「介護保険制度実施の基盤整備のため」として進められてきた新ゴールドプラン(新・高齢者保健福祉推進十カ年戦略)が九九年度で終了することによる。
言うまでもなく、介護保険制度の実施を目的とした新ゴールドプラン自体、労働者人民が求める「福祉の充実」とは対極にあるものだ。だが、その打ち切りを理由とした社会福祉費の大幅削減は、社会保障制度解体へ日帝国家が本格的にのりだしてきたことを意味している。大増税・大衆収奪と福祉の徹底的な切り捨て以外の何ものでもない介護保険制度を口実に、「介護のために国が金を出す必要はもうなくなった」というのである。
さらに、確定拠出型年金(日本版401k)がこの秋にも導入され、年金制度の解体に向かっての口火が切られようとしている。
また、老人医療費の自己負担分が引き上げられた。国立大学の授業料も大幅にアップする。生活破壊は、この予算のもとでさらに激しく進むのである。
こうした社会保障制度の解体を始めとする生活破壊の攻撃は、地方自治体においてさらに激しく先行的に始まっている。この間、国によって公共事業の拡大を強いられ続けた自治体財政は、崩壊に近い状態だ。その一切が、自治体労働者に対する賃下げ・首切りと住民への福祉切り捨て攻撃としてしわ寄せされている。その最先兵こそファシスト石原都政である。
石原は老人医療費助成・老人福祉手当の廃止、「心身障害者手当」の削減、シルバーパスの削減など、十項目の福祉事業解体の方針を打ち出した。石原は、「金持ちは白米を食べればいいし、もっと貧乏な人は麦ご飯を食べて下さい」などとうそぶいている。こうした弱肉強食の論理を、首都・東京を手始めに国家総体に押し貫こうとしているのだ。
日帝は、労働者人民の最低限の生活保障さえ奪い去る攻撃に踏み出した。だが、そんなことが何の抵抗もなしにやすやすとまかり通ると思ったら大間違いだ。労働者階級人民の生きる権利をめぐる階級決戦はすでに開始されている。
その重大な激突点こそ、きたる衆院選決戦だ。「平和・くらし・福祉・教育・いのち」のスローガンを掲げ、ストップ介護保険を訴えて自自公と石原都政と正面から闘いぬく長谷川英憲さんの当選をかちとることこそ、勝利の扉を開くのだ。衆院選決戦の必勝へ総力で闘いぬこう。
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週刊『前進』(1940号5面2)
侵略翼賛大学化をもくろむ
国立大学の独立行政法人化を全国学生の力で粉砕せよ
マルクス主義学生同盟中核派
二〇〇〇年決戦の中で、国立大学の独立行政法人化攻撃との対決が決定的となっている。日帝は、国立大学の独立行政法人化をとおして侵略翼賛大学化をめざそうとしている。文部省が国立大学の独立行政法人化の容認を打ち出したのに続いて、国立大学協会の蓮實会長(東大総長)も文部省が示した特例措置を条件にそれを容認した。小渕政権は、二〇〇〇年の早い段階で独立行政法人化を決定しようとしている。二〇〇〇年決戦の一環として、国立大学の独立行政法人化粉砕の全国学生運動の大爆発をかちとろう。
第1章 国家権力による統制の強化
国立大学の独立行政法人化の最大の問題は、「中期目標−中期計画」制度の導入である。これによって、国家権力が各大学の研究・教育内容など一切合切を掌握・統制することになる。
独立行政法人通則法によれば、まず文部省(二〇〇一年には中央省庁再編によって文部科学省となる)が各大学ごとに研究・教育を始めあらゆる課題について三〜五年の「中期目標」を定める。各大学はその目標の実現方針を「中期計画」として作成し文部大臣の認可を受けなければならない。しかも、たとえ認可されても文部大臣が中期計画の変更を命令することができる。
そして毎年、文部省内に設置される「評価委員会」が、各大学の実績を点検し、「業務運営の改善その他の勧告」を行う。評価に基づき、各大学の予算の増減が決められる。また、中期目標の期間の終了時において、文部大臣は各大学の「業務を継続させる必要性、組織の在り方その他その組織及び業務の全般にわたる検討を行い、その結果に基づき、所要の措置を講ずる」として、大学の廃止までをも決定するようになるのだ。
要するに「中期目標−中期計画」制度とは、研究・教育の全権限を大学から奪い、国家権力が掌握するという、戦後的な大学のあり方の大転換なのである。これまでの大学の研究・教育テーマの決定は、各学部・学科ごとあるいは研究者本人の主体的意欲と判断によっていた。それは学問の性格上必要であった面もあるが、先の侵略戦争へ大学と大学人が動員されたことへの反省でもあった。
独立行政法人化された場合、各大学・学部・研究者は、国家権力のスタッフのような位置を強制されるのである。そして帝国主義にとって意義のない研究室や学部は廃止される。
そして、対学生政策も「中期目標−中期計画」制度のテーマになる。国家権力が、闘う自治会や自治寮の存続を盛り込んだ計画など容認するはずがなく、各大学は死活性をもって学生運動の根絶に全力をあげていくことになる。
独立行政法人化によって、大学の自由裁量の幅が広がるなどというのは、まったくのデタラメだ。むしろ、各大学が日帝のアジア侵略戦争と対米争闘戦に貢献することができることを売り込まなければ生きられなくなるのだ。九九年十一月に島根大学が独立行政法人化をにらんで、初めて「日の丸」掲揚を強行したが、こうした屈服と翼賛化が一気に進むのだ。
第2章 産官学協同と戦争協力の道
国立大学の独立行政法人化は、大学審路線を上から暴力的に貫徹する攻撃だ。
昨年打ち出された大学審議会の最終答申では、@「課題探求能力の育成」として、他国をしのぐ研究者の輩出が強調され、A「教育研究システムの柔構造化」として、「産業界との連携・交流」を押し出し、B「責任ある意志決定と実行」として、教授会自治の解体と学長の独裁的権限の付与、政界・財界の大学運営への介入、C「多元的な評価システムの確立」として、「第三者機関」による大学評価と、それに基づく「(大学に対する)資源の効果的配分」がうたわれている。
重要なことは、日帝が、他帝国主義、とりわけ米帝との争闘戦にかちぬき、侵略戦争をやりぬくための大学改革−帝国主義的再編の必要に迫られているということである。
日帝による侵略翼賛大学化の攻撃は、七〇年安保・沖縄闘争の爆発を始めとした戦闘的学生運動によって、あるいは良心的大学人の激しい抵抗によって、ことごとく破産してきた。
だが、今日、世界大恐慌の急速な切迫と米帝による対日弱体化政策(帝国主義としての没落と解体の促進)の展開の中で、日帝は体制的危機に直面している。そこから、日帝は朝鮮・中国侵略戦争を行う戦争意志を確立し、一切の階級的な存在、戦後民主主義的なものの一切をたたきつぶし、他帝国主義に肩をならべて競いあえる国家へと飛躍しようとしている。
自自公連立政権は、有事立法・改憲攻撃などの国家的大転換・大再編の攻撃の一環として、大学の帝国主義的大再編と侵略翼賛的動員をすえている。国立大学の独立行政法人化の行き着く先は、大学の戦争協力であり、学徒出陣なのだ。
米帝は大学を国家機構の中に取り込んでおり、情報通信産業や軍事産業、軍事戦略などあらゆる分野を産官学協同で進めている。それに比べると日本の大学はまったく立ち遅れていることが、対米争闘戦的観点から致命的なのだ。
だからこそ、自自公連立政権は、三党合意の中で、経済再生のための「21世紀の戦略的プロジェクト」を産官学協同で推進することを打ち出し、大学教員の企業役員の兼任などを含めて、大学と企業の連携を強化し、大学の侵略翼賛的動員を狙っているのだ。
第3章 大学の戦争動員と対決を
国立大学の独立行政法人化攻撃と対決するポイントは何か?
第一に、国立大学の独立行政法人化が、日帝の朝鮮・中国−アジア侵略戦争と対米争闘戦に大学機構を全面的に動員することを目的にしていることをはっきりさせて闘うことである。
国立大学の独立行政法人化は、単なる「効率化」を求めているものではない。日帝の国家的利害−対米争闘戦に有用な研究・教育には湯水のように国家財政を投入するが、不必要な研究・教育は容赦なく切り捨てるということだ。大企業救済には湯水のように税金を投入する一方で、介護保険制度の導入や年金法改悪などで社会保障・福祉などをことごとく切り捨てていることと同じである。
この点において、日本共産党による国立大学の独立行政法人化「批判」は、対米争闘戦的観点からの日帝の戦争意志の激しさを見据えられず、愛国主義的立場から「日本の学問が滅びる」などと言っており、反動的でさえあるのだ。
第4章 大衆闘争爆発で葬り去ろう
第二に、国立大学の独立行政法人化は、大学と学生に激しい矛盾を強制するものであるがゆえに、学生の怒りの決起は不可避だということである。
国家的利害にマイナスだとされた自治寮では、電気料などの自己負担が寮生に強制されたり、入寮募集停止などの廃寮化攻撃も激化する。すでに東北大学では激しい攻防に突入し、寮生の不屈の闘いが始まった。
学費は、各大学が自由に決定することができるようになる。学費が五倍に跳ね上がるとさえ言われているのだ。一切の矛盾は、大失業と生活破壊に直面する労働者家族に襲いかかるのである。学費大幅値上げに対する学生の根底からの総反乱は不可避である。
社会の根底的矛盾に回答を与えるものからかけ離れた授業が行われ、授業に対する失望と怒りの闘いはますます広がるであろう。
サークル活動に対しても、帝国主義的利害に合致するものは育成されるが、対権力、対当局性をもったサークルやサークル団体などに対する破壊攻撃は激化する。大阪市立大学では、闘うサークル自治組織とサークルボックスの壊滅のために、当局が学生会館建設と大規模なサークル移転の計画を打ち出してきた。これに対し、大阪市立大の学友は、三百人、六百人と二度の大衆的抗議行動をうちぬき、二千人署名運動に突き進んでいる。
さらに国立大学の独立行政法人化の攻撃は、全国の私立大学や公立大学をも激しい「生き残り競争」にたたき込む。法政大学では、大学審路線と一体の「教学改革」「市ケ谷再開発」攻撃の中で、自治会非公認化攻撃や、立て看板やビラ張り規制の攻撃が激化している。これに対し、法大生は、経営学部自治会の学生大会に三百五十人を超える結集で非公認化攻撃と対決し、法大当局による立て看板・ステッカー規制のためのティーチインを百五十人の大衆的実力闘争で粉砕する勝利をかちとっている。
東北大学、大阪市立大学、法政大学などで開始された闘いは、全国学生運動の爆発となって広がるであろう。国立大学の独立行政法人化粉砕! 二〇〇〇年こそ、全国学生運動の大爆発の年としよう。
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週刊『前進』(1940号5面3)
ガイドライン日誌
1999年12月14日〜31日
名護市長「移設受け入れ」を表明
反対協は「リコール宣言」
辺野古への新基地を閣議決定
●12月14日 名護市辺野古沿岸域に隣接するキャンプ・シュワブ上空を飛行していた米軍機から米兵五人と荷物一個がパラシュートで降下した。十五日も同訓練が強行された。
●12月15日 名護市の岸本市長が移設候補地について「久辺三区を当面、一番被害の大きい地域と認識している」と述べ、住民からの意見聴取を同市辺野古、豊原、久志の久辺三区から行うことを示唆した。
▼青木官房長官が、米軍のパラシュート降下訓練はSACO合意の違反には当たらないとの認識を示した。
▼自自公与党三党の安全保障プロジェクトチームが会合を開いたが、臨検新法について商船への船舶検査の要件などで意見が一致せず、最終合意を見送った。
●12月16日 岸本名護市長が、市議会の決議などを市民投票の結果より優先して考慮する考えを示した。
▼クレーマー米国防次官補が、普天間飛行場の代替施設の十五年間の使用期限設定について「十五年という具体的な数字を(事前に)言うことは九六年の日米安保共同宣言に反する」と述べ、米政府として明確に反対する考えを表明した。
第1節 千億円の振興策
●12月17日 政府は、沖縄政策協議会で、普天間飛行場の移設候補地を含む北部振興策として、今後十年間で総額一千億円を投入する方針を沖縄県に提示した。
▼政府は安全保障会議を開き、防衛庁が要求していた空中給油機の二〇〇〇年度予算への導入経費計上を見送り、「次期中期防衛力整備計画(二〇〇一〜〇五年度)で速やかに整備する」との方針を決定した。
●12月18日 自民党の野中幹事長代理が、那覇市内で名護市の岸本市長を含む県北部地域十二市町村の首長らと会談した。
●12月19日 沖縄タイムスと朝日新聞社が名護市民を対象に実施した世論調査で名護市移設に「反対」と答えた人は五九%と六割近くに達し、「賛成」の二三%を大きく上回った。
▼ヘリ基地反対久志地域総決起集会が開かれた。
●12月21日 那覇市与儀公園で八千人が「日米両政府による基地の押しつけ反対県民大会」を開催した。
▼沖縄県議会本会議で、十一月にケーブル切断事故を起こした米軍管理の航空機進入管制権(嘉手納ラプコン)の早期返還を求める意見書を可決した。
▼自民党の野中幹事長代理が、代替施設の十五年使用期限について「政府は責任を持って対米交渉のテーブルに乗せたい」と述べ、外交課題として協議する考えを初めて明らかにした。
第2節 市議会誘致決議
●12月23日 名護市議会は午前六時五十七分、「普天間飛行場の名護市辺野古沿岸域への移設整備促進決議」を十七対十の賛成多数で可決した。二十時間近い徹夜審議の結果、反対派の怒号の中で採択された。
●12月24日 二〇〇〇年度予算の政府原案決定。各省庁の沖縄関係経費の総額は約五千六百十億円(サミット関連経費を除く)に達する。伸び率は本年度の四・五%を若干上回る見通し。
▼同予算案の軍事費は総額四兆九千三百五十八億円。大型補給艦やエアクッション型上陸用舟艇二隻の導入などが盛り込まれた。
▼在日米軍への「思いやり予算」は二千七百五十五億円。概算要求より二十五億円、今年度比〇・一%減。
●12月26日 青木官房長官が訪沖し、岸本市長に対して早期決断を要請した。
●12月27日 岸本市長が、普天間飛行場のキャンプ・シュワブ水域内名護市辺野古沿岸域への受け入れを正式に表明した。ヘリ基地反対協議会は、岸本市長の解職請求(リコール運動)の開始を宣言した。
▼防衛庁と海上保安庁が、不審船事件が発生した際の共同対処マニュアルを作成した。海自と海保の連絡体制の確立や、共同訓練の実施も盛り込まれた。
▼民主党の鳩山代表が、今後二、三年以内に民主党の憲法改正試案を作成する意向を表明した。
第3節 移設の政府方針
●12月28日 政府は普天間飛行場の移設先を正式に名護市辺野古地区と決定し、@沖縄県北部地域に今後十年間で一千億円を投入する経済振興策A基地使用協定の締結||を柱とする政府方針を閣議決定した。
●12月31日 二見以北十区の会が、名護市の瀬嵩の浜で「いのちがめぐる東海岸から『平和の火』を二〇〇〇年へ」を開催した。
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週刊『前進』(1940号6面1)
反戦自衛官の決起は正当
4・27反軍裁判控訴審第1回 小多基実夫さんの意見陳述
一九七二年、ペテン的沖縄「五・一五返還」に反対する沖縄の島ぐるみの闘い、それと連帯する本土の闘いが、広範な労働者人民によって激しく闘われているさ中の四月二十七日、自衛隊の六人の革命的兵士が「返還」にともなう自衛隊の沖縄派兵に反対して決起した。だが、日帝・自衛隊は、軍隊内の公然反乱に震えあがり、沖縄派兵中止の申し入れを口実に彼らを自衛隊から追放した。それ以降、原隊復帰を求める反戦自衛官の裁判闘争が営々と闘い抜かれている。昨年十一月二十九日に東京高裁で開かれた控訴審の第一回口頭弁論で、小多基実夫一等空士は、自衛隊の主張を認めた一審判決の不当性を全面的に弾劾し、原隊復帰を求める烈々たる意見陳述を行った。その要旨を紹介する。小多氏の闘いにこたえ、四・二七反軍裁判勝利・原隊復帰をかちとろう。(編集局)
第1章 自衛隊を代弁した一審判決
四・二七反軍裁判は、一九七二年四月二十七、二十八日に控訴人らが行った「自衛隊の沖縄派兵の中止」などの要求行動が、憲法第一六条などに保障された正当な権利の行使であったのか、被控訴人・自衛隊が主張するような「要求に名をかりた自衛隊に対するいわれなき誹謗(ひぼう)中傷」であったのかをめぐって、およそ二十五年の長期にわたって全面的に争われてきた裁判である。
ところが、東京地裁の林豊裁判長による九七年三月二十七日の一審判決は、この一切の審理をないがしろにするものである。本件に対する偏見と憎悪に満ちた被控訴人・自衛隊の単なる評価でしかない一方的主張を「控訴人および被控訴人双方において争いのない事実」として認定するという大ペテンを行い、自衛隊そのものの立場になりさがっているのである。はっきり言って、林裁判長は、訴状、答弁書、処分理由説明書など裁判の骨格を示す最低限の書面ですら目をとおしていないと疑わざるをえない判決文しか書いていないのである。
この判決が四半世紀にわたる裁判の一切を無視している何よりの証拠は、次の点にある。第一に、披控訴人・自衛隊は、この裁判で何ひとつ積極的立証を行うことができなかったこと。第二に、ただの一人の証人すら立てられなかったこと。そうであるにもかかわらず、自衛隊の不利になる判決を下していないこと。第三に、このことに規定されて苦し紛れに出さざるを得なかった、審理されてきた内容とまったくかみ合わない一方的な主張でしかない自衛隊の「最終準備書面」(一九九六年三月二十八日付)をコピーしているにすぎないことである。「文章の構成」から「言葉づかい」、「言いまわし」までが、一字一句変わらない個所が多々あり、この裁判官の反動性ばかりか不誠実さ、無責任性があまりにも露骨に示されている判決文なのである。
裁判長自身が裁判制度そのものを愚弄(ぐろう)しているのである。裁判を無内容化することによって、「一般法廷では自衛隊、軍隊問題の審理はしない、兵士は裁判所に救済を求めても無駄だ」と自衛官の権利すら奪おうとしているのである。
しかし、もっと注目すべきは、披控訴人・自衛隊の「最終準備書面」をコピーしたこの判決の中で、控訴人らが防衛庁長官に出した「十項目の要求書」および「声明」に関する項目がことごとく削り取られていることである。
自衛隊は、処分時から「自衛隊に対するいわれなき誹謗中傷」「自衛隊と相容れない要求」「自衛隊の存在自体を否定するもの」であると、「沖縄派兵の中止」「立川治安移駐の中止」「自衛官の労働者としての人権の要求」を問題にし、「処分の正当性」の論拠にしてきたのである。当然にも本裁判の大きな争点となり、そして、私たちの要求が正当なものであることが立証されてきた。ここにこそ問題の核心があるから、このことを用心深く避けているのだ。
第2章 米軍の侵略支える沖縄基地
最大の問題は沖縄である。一例をあげよう。
復帰前の米軍嘉手納空軍基地の最重要の任務は、最大時四十五機を数えたグアムに駐留するB52戦略爆撃機に給油することである。この爆撃機がソ連や中国を爆撃する際に空中給油を行うために、嘉手納に空中給油機KC135を配備した。そして、この爆撃機の拠点であるグアムのアンダーソン基地を中ソの攻撃から守る盾として、韓国と沖縄を位置づけてきたのである。韓国・沖縄の防空任務を一手に引き受け、また、爆撃をエスコートする唯一の部隊として、嘉手納基地に米空軍第18航空団を配備してきた。
それが自衛隊の派兵によってどう変わったか。その米第18航空団の防空任務は、航空自衛隊第83航空隊に引き継がれた。そのことによって、以後この部隊は西太平洋およびインド洋で唯一の制空戦闘機部隊としての任務に専念している。ベトナム戦争、湾岸戦争を始め地球の三分の二の地域の戦争に必ずと言っていいほど出撃し、侵略を繰り返しているのである。
沖縄は自衛隊の戦略的軍事拠点となったばかりでなく、米軍にとってもますます侵略拠点として強化されている。一例をあげれば、いま問題になっている普天間基地の県内移設を口実にした新たな海上基地の建設や浦添市での大軍港の建設のごり押しである。
米本土ではこの十年間に二百三十四カ所の基地が閉鎖されている。だが、沖縄での増強ぶりを見るならば、「沖縄は基地と共存せよ」と言い放った防衛施設庁を引き合いにだすまでもなく、沖縄の人びとの生命と生活を踏み台にして侵略軍事拠点を強化していくという日米政府の意図は明らかである。判決は、沖縄を侵略拠点にして戦争を行っていくという一貫した政府・自衛隊の戦争政策にくみしているからこそ、この点を注意深く避けているのである。
第3章 自衛官の人権を奪う裁判所
さらに、十項目要求にだされている「命令拒否権」や「団結権」の抹殺である。これも動機は同じである。ペルシャ湾への掃海艇派兵に始まり、PKO派兵の繰り返しによって、自衛隊の海外派兵は既成事実化している。侵略戦争への動員においてこそ兵士の徹底的な人権抹殺と有無を言わせぬ命令服従が不可欠である。今、それこそが大問題になっている。だからこそ裁判所は、このような重要な権利の問題がこの裁判で問題になったこと自体をも抹殺してしまったのだ。
まさに、今日の自衛隊の侵略軍としての出発点が一九七二年の沖縄派兵にあったからこそ、私たちはその中止を求めたのであった。
もう一点は、憲法第一六条に定められた請願権の行使の問題である。判決は、なぜ私たち自衛官の要求行動が請願権の行使として認められないのか、その理由を明らかにはしていない。そもそも、自衛官にはこの請願権を認めないのか、という点についても一切触れずに逃げているのである。
高裁においては、直ちにこの不当な一審判決を取り消すよう求める。
第4章 沖縄の闘いにこたえた決起
私が航空自衛隊に入隊したのは一九七○年十一月、二十歳の時であった。入隊後十日もたつかたたないかの十一月二十五日、天皇主義右翼の三島由紀夫が、市ケ谷駐屯地で東部方面司令官を人質にとって、自衛官にクーデターを呼びかけた。翌十二月、沖縄では米軍の理不尽な軍政支配に怒った沖縄県民によるコザ暴動が起こった。
自衛隊では航空幕僚監部からの命令で一斉に教育が開始された。それは、一方で沖縄県民をこき下ろし、沖縄派兵についても「ノルマンジー上陸作戦」と称して沖縄県民を敵に見立てるというものであった。
他方、三島に関しては、自衛隊を武装占拠して司令官の人質まで取っているというのに「日本の将来をおもうあまりに割腹自殺まで行った三島先生の心を受け止めよ」というものであった。沖縄出身の隊員は、矢面に立たされて自殺者まで生み出す状況であったのである。
私は、三島や防衛庁首脳の命じる侵略と暗黒の道ではなく、基地地獄からの解放を目指して闘う沖縄百二十万県民、および反戦のために闘う全国の人びととともに生き、かつ闘おうと決断し、現在もそれをとおしている。そして、その選択が全面的に正しかったと、この裁判で示された自衛隊の自信のなさをとおして一層確信を深めている。
最後に、上記に述べた点を東京高裁は、逃げることなく、また歴史の検証に堪えうる判断を行うよう強く要求する。
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週刊『前進』(1940号6面2)
新破防法発動に反撃
共同行動「観察処分申請」弾劾デモ
日帝・法務省は、昨年十二月三日の団体規制法(新破防法)の制定強行に続き、一カ月もたたない十二月二十七日に同法を施行した。これを受けて公安調査庁は同日午前十一時過ぎ、オウム真理教への「観察処分」を公安審査委員会に請求した。同法で規定されている警察庁長官の意見を聴く時間すら無視した焦りに満ちた暴挙である。
こうした矢継ぎ早の攻撃を政府やマスコミはオウム幹部の出所を理由に正当化している。しかし、時間とともに新破防法の反人民性がますます明白になっている。反対闘争が拡大する情勢に恐怖し、その全人民的爆発の前に既成事実を作ろうという狙いなのだ。破防法・組対法に反対する共同行動は、この攻撃こそ日帝の危機に基づくものであり、全力で闘えば必ず発動阻止、廃案を実現できるとの確信も固く、二十七日、同法施行と「観察処分」請求を弾劾する闘いに立ち上がった。
午前八時三十分から、共同行動は地下鉄霞ケ関駅で観察処分申請に反対する二千枚のビラまきを行った。さらに、午後零時十五分から霞が関一周の抗議デモを五十人で意気高く闘い抜いた。小田原紀雄さんは総括集会で発言し、「今日、具体的に発動を阻止していく闘いの第一波を闘い抜いた」「国家権力の弾圧に対しては、対象が誰であろうと、断固として闘い抜くことなしには勝利の展望はない」と、発動阻止へ全力で闘い抜く決意を表明した。そして、一月二十日に予定される公安審査委員会の意見聴取に対しても断固闘い抜こうと呼びかけた。
続いて、共同行動は公安調査庁に抗議の申し入れを行った。その中で公安庁の報道担当官は、「破防法の見直し作業は常に行っている」と、新破防法に続く破防法再改悪の狙いも吐露したのだ。共同行動は、公安調査庁に怒りのシュプレヒコールをたたきつけ、弾劾した。
共同行動の呼びかける発動阻止連続闘争と新破防法、組対法に反対する「自由を! 団結を! 二・一三集会(二月十三日午後一時、代々木八幡区民会館)」に全力で決起し、発動を阻止しよう。
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週刊『前進』(1940号6面3)
1面からつづく
だが実際には日増しに高まる人民の自自公への怒りに直撃され、ぐらぐらになっているのだ。
ここで自自公政権への激しい「ノー!」が人民の側からたたきつけられるならば、沖縄闘争の発展とも結合し、ガイドライン攻撃以来の流れは一挙に変わる。階級情勢は巨大な勝利の流動局面に突入する。
介護保険制度の導入問題は、この選挙戦を闘う最大の焦点である。それは、戦後社会保障制度の全面解体の始まりであり、大増税と福祉打ち切りの突破口であり、大失業・賃下げと一体で襲いかかっている現下の資本攻勢の決定的環だ。介護保険や年金などの問題は、革命運動の、労働運動や市民運動の、最重要のテーマなのである。
介護保険は労働者人民の生活基盤を根底から奪い、人民にこの社会ではもはや生きられない現実を強制し、侵略と戦争に総動員していく歴史的大攻撃である。介護保険制度の反人民性はどこにあるのか。
第一に、収入のあるなしにかかわらず、四十歳以上の労働者人民全員から毎月の保険料を賃金や年金から天引きして、強制的にむしり取る制度であるということだ。そして保険料を支払わないと介護自体が差し止められ、健康保険証も取り上げられる。
第二に、保険料を払っても大半の人は審査で「介護不要」とされたり要介護度を低く認定されて、必要なサービスは受けられない。
第三に、しかも実際に介護を受ける際には、利用料の一割の自己負担が義務づけられる。
第四に、これらの結果、現在施設介護を受けている人が大量に施設からの退去を強いられる。在宅介護サービスについては需要の四割しか供給できず、民間ビジネスの発達にまかせると言われている。
要するに、従来の高齢者福祉を全面的に打ち切り、福祉を営利事業化して民間資本の食い物にし、人民に巨額の自己負担を強制し、金のない者は介護を受けるなということなのだ。他方で介護現場の労働者には、これまで以上に低賃金、強労働が押しつけられる。
日帝は「障害者」介護をもこの介護保険制度に組み入れようとしており、さらに年金、医療など、労働者とその家族の生涯の生活保障にかかわる一切の諸権利を奪い去ろうとしている。
日帝はこんなものを、あたかも「介護を社会で支えて安心して老後が迎えられる」かのように百八十度ゆがめて宣伝し、民主党や連合をも介護保険推進派に完全に取り込み、財政危機の反革命恫喝のもとに日本共産党をも全面屈服させて、本年四月からの実施を強行しようとしているのだ。絶対に許してはならない! 「介護保険制度は直ちに中止し、介護は全額公費負担で」――これ以外に人民の生きる道はありえない。
長谷川英憲さんと都政を革新する会が呼びかけるストップ介護保険・杉並十万人署名運動を今こそ大運動に発展させ、さらに全国に拡大し、巨万人民の介護保険粉砕の政治的大決起をつくりだそう。労働者人民の生死のかかった満身の怒りの爆発をもって四月実施を実力阻止し、それをテコに、日帝の大失業と戦争の攻撃に対する労働者階級の総反撃に猛然と打って出ようではないか。
衆院選、とりわけ東京八区は、自自公が推す都知事・石原の息子で介護保険突破議員連盟会長の石原伸晃と、介護保険絶対反対の長谷川さんとの真っ向からの激突となる。
介護保険導入の急先鋒=民主党・連合と、介護保険賛成の日本共産党の屈服と転向を暴き、断罪し、のりこえ、石原伸晃の打倒と長谷川さんの勝利へと、介護保険粉砕と自自公打倒・ファシスト石原都政打倒の一切をかけて奮闘しよう。労働者階級とその家族を始めとするすべての勤労人民に、今こそともに総決起することを呼びかけよう。
第3章 名護市長選=基地移設阻止の勝利へ
二〇〇〇年決戦の第二の課題は、沖縄サミット粉砕・名護新基地建設阻止の決戦に絶対に勝利することだ。沖縄こそ日本革命の火薬庫である。「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ」「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」の戦略的総路線のもと、SACO=基地県内移設攻撃と必死に闘う沖縄人民と固く連帯し、全日本のプロレタリアートはこの決戦に自らの階級的死活をかけて総決起しなければならない。
十二月二十七日、岸本名護市長は普天間基地の名護市・辺野古への移設受け入れを表明し、翌二十八日、政府は名護への新基地建設を正式に閣議決定した。
日帝は、日帝の一貫した沖縄差別・抑圧政策のもとに、露骨な脅しと買収によって県知事・稲嶺や岸本を取り込み、先兵にして、九五年以来の沖縄闘争を全面圧殺しようとしている。だがこれに対して、闘う沖縄人民は直ちに岸本のリコール宣言を発し、不屈の総反撃に突き進んでいる。
日帝の卑劣な攻撃とそのあまりの悪らつさは、沖縄人民の怒りと根底的決起を引き出さずにはおかない。追いつめられた岸本は、辞職と出直し市長選に打って出る以外にはなく、二月辞任―三月市長選が日程にのぼっている。ここで日帝と岸本の側が敗北すれば、SACO合意がずたずたに粉砕されるだけでなく、沖縄サミットの開催そのものが危機に陥りかねないという重大情勢だ。
この名護市長選を、衆院選決戦と一体の闘いとして、九七年市民投票をも上回る反対派の大勝利としてかちとり、基地と戦争のために沖縄人民は死ねという攻撃に対して、日米安保体制と日帝の打倒こそ日本の全プロレタリアート人民の意志であることを、真っ向からたたきつけなくてはならない。求められているのは本土人民の決起であり、わが革共同の決起である。全学連現地行動隊を先頭に闘いぬこう。
この沖縄決戦と結合して、三里塚暫定滑走路建設阻止の決戦を始めとする朝鮮侵略戦争阻止・ガイドライン体制粉砕の闘いに、九九年に続いて決起しよう。同時に、「日の丸・君が代」闘争を全力で闘い、有事立法・改憲攻撃粉砕の歴史的大闘争への巨万人民の決起を切り開こう。
第4章 1・28国労中央委闘争に全力決起を
二〇〇〇年決戦の第三の課題は、九九年十一・七労働者集会に示された、戦闘的労働組合の総結集による闘う労働運動の全国的新潮流形成の闘いをさらに巨大に発展させること、連合を打倒し、カクマル=JR総連を打倒する闘いの大前進をかちとることである。
その当面する最大の環は、やはり国鉄決戦である。国鉄では今日、一・二八国労中央委員会に向けて、国鉄労働者の死活をかけた新たな攻防が始まっている。昨年十二月二十七日、国労三役が労働省・運輸省に出向き、牧野労相、二階運輸相との会談を行った。国労執行部はそこで千四十七人問題の「年度内早期解決」を頭を下げて申し入れ、これに対して政府は「運輸相メモ」の丸飲みをあらためて要求するという事態が発生したのである。
ILO勧告により、国鉄分割・民営化の不正義性と五・二八判決の不当性が満天下に暴き出されている中で、これをテコに五・二八判決を覆し、政府・運輸省とJR資本、JR総連=カクマルを追いつめる反転攻勢への絶好のチャンスが到来している。にもかかわらず国労中央、宮坂・チャレンジ、革同・上村と高橋らはそれとはまったく逆に、ILO勧告を受けての闘いは一切やらないと日帝に誓うことを取引材料にして、「年度内解決路線」を推進し、闘争団の切り捨てと国鉄闘争の反動的幕引きに再び突っ走ろうとしているのだ。
このとんでもない裏切りを断じて許すな。一・二八中央委は、昨年にも増して大決戦となった。不屈の闘争団を先頭に、国労三万の闘う力を総結集し、国労中央の反動的策動を許さず、闘争団を切り捨てる中央本部の総退陣と裏切りの根源である改革法承認の撤回をあくまで要求して闘おう。
今日続発するJRの事故は、分割・民営化とその破産の結果である。この事実を全人民の前に暴露し徹底的に弾劾し、新たな大合理化攻撃を粉砕しよう。国鉄決戦の勝利こそ一大資本攻勢をはね返し、階級的労働運動の再生に向けた決定的な水路を開くのだ。一・二八国労中央委決戦に勝利し、大転向の連合=JR総連と闘い、二〇〇〇年春闘勝利へ突き進もう。
第1節 団体規制法の発動うち破れ
人民の怒りの爆発におののく日帝権力は、階級闘争の発展に対する予防反革命として、ファシスト・オウム真理教への適用を口実とする団体規制法=新破防法の早急な発動に踏み切ろうとしている。これに対する大衆的闘いの一層の大爆発と、非合法・非公然の革命党建設の前進をもって、弾圧の激化を打ち破ろう。
JR総連防衛のために戦争翼賛勢力へと大転向したカクマルは、日帝のファシスト先兵としてあらゆる大衆運動の破壊に全力を挙げている。二〇〇〇年を反革命カクマル打倒の決定的年とするために闘おう。
これらの闘いを同時に党建設の大前進として貫き、革共同の飛躍的な拡大と強化をかちとろう。
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週刊『前進』(1940号6面4)
獄中同志 新年のアピール
戦争国家化に反撃し革命の展望を開く時
長野刑務所在監 倉持 嘉之
過ぐる一九九九年は、二九年型世界大恐慌情勢の深まりとそのもとでの長期大不況、世界経済の分裂化、ブロック化の急速な進行と帝国主義間争闘とりわけ日米争闘の激化のなかで苦悶(くもん)する日帝の帝国主義としての存亡をかけた侵略戦争国家化、反動国家化の攻撃が、その一つひとつが戦後史を画するような大攻撃が、矢継ぎ早にかけられてきた一年でした。
そして同時に、そうした日帝の攻撃を真に打ち破る闘い、「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ!」「沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」の闘いが、実り豊かな前進をかちとった一年だと思います。
新ガイドライン国会決戦では、日帝の危機とその攻撃の凄(すさ)まじさの前に、日共スターリン主義と社民は裏切り、屈服し、連立政権のもとでガイドライン関連諸法案、反動諸法案が強引に成立させられていくという状況の中で、日帝の侵略戦争国家化、特高警察国家化に反対し、これと真に対決し、打ち破ろうとする新しい政治的な潮流の巨大な台頭がかちとられました。
沖縄では二〇〇〇年沖縄サミットをテコとするSACO貫徹攻撃にたいして、「県民会議」の七十万署名運動、「ヘリ基地反対協」の実力阻止宣言をはじめとして新たな闘いの段階に突入し、三里塚では暫定滑走路建設攻撃に対して、日々是(これ)勝利の反対同盟の不屈の決起がかちとられ、血盟をかけた革共同と三里塚勢力の決起がかちとられています。そして、ファシスト・カクマルの正体が全人民的に暴かれ、打倒対象とされています。
日帝が侵略戦争遂行とそのための国内体制構築の攻撃を激化させればさせるほど、労働者階級人民をはじめ、被抑圧民族人民、被差別人民の決起が、日帝打倒という内実、革命という方向性をもった決起が、押しとどめようもなく湧(わ)きあがってくる状況がつくりだされつつあります。
二〇〇〇年は非常に重大な決戦の年です。何よりもまず、日帝の侵略と反動に対決する次期衆院選決戦で、なんとしても勝利=長谷川当選をかちとろう。沖縄闘争圧殺、沖縄基地永久化を狙う二〇〇〇年沖縄サミット粉砕―SACO貫徹阻止、普天間基地の名護移設阻止を沖縄人民とそれに連帯する本土人民の決起によってかちとろう。三里塚闘争圧殺、軍事空港化狙う暫定滑走路建設を実力阻止するたたかい、革命的大衆運動の巨大な成長をかちとろう。全人民の力で反革命カクマル打倒かちとろう。着実な前進をとげている労働運動の新潮流運動の飛躍的な前進をかちとろう。
革命的情勢が急速に成熟してゆく時代に、我々は生きています。反帝・反スターリン主義世界革命の達成をめざす革共同を労働者階級人民のなかにしっかり根をはった革命党として建設し、日本革命―世界革命の展望を切り開くべき時だと考えています。
(九〇年十月武蔵野爆取デッチあげ弾圧元被告、七四年一・二四カクマル完全せん滅戦闘弾圧元被告、獄中十年)
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週刊『前進』(1940号6面5)
榎本志づ子さんを偲ぶ
闘病の中でも貫いた権力や差別への怒り
山室 達雄
十五年以上の長きにわたり闘病のベッドにありながら、常に闘いの先頭に自らの身をおいてこられた榎本志づ子さんが十一月十一日夜永眠されました。心から哀悼の意を表します。
一九一五年に北海道で生まれ、激動の二十世紀を全力で生き闘ってこられた榎本さんの八三年の生涯は、文字どおり波乱に満ちたものでした。サハリンや北海道での幼少時代、戦時中は上海、高知そして川崎と生活の場を移しながら、必死で生きてこられました。その中で体験したアイヌや在日朝鮮人に対する差別や戦時下における労働者・民衆に対する資本や権力の理不尽な抑圧への怒りから、敗戦後は二度と戦争をしてはならないとの思いで日本共産党に入党され、北海道で山村工作隊の活動にも参加されたとお聞きしました。
私たちが榎本さんと出会ったのは七〇年代半ばの故戸村委員長をお招きした神奈川での三里塚集会でした。それ以来、星野・荒川・奥深山さんを支える会の運動、三里塚闘争、破防法闘争を始めとして反戦・反差別・反権力の闘いに積極的に取り組まれました。三里塚闘争やさまざまの集会で最前列で大きな声をかけておられた榎本さんの着物姿が今でも思い出されます。
しかし、八〇年代に入り榎本さんの身体を襲う病魔は、榎本さんにベッド生活を強いるようになり、集会や闘争の現場には出られなくなってしまいました。厳しい闘病生活の中でも榎本さんの資本や権力への怒り、差別や抑圧のない社会・戦争のない社会を希求する闘いは衰えることはありませんでした。持ち前の明るさと瑞々(みずみず)しい感性、そして旺盛(おうせい)な学習意欲で社会の矛盾、闘いの本質を理解し、闘いの前進のために全力でとりくまれてきました。そして何よりも革共同の闘いの前進を願い自らのエネルギーのすべてを投入されてきました。
集会や闘争があればその成功を願い、相模原・杉並の選挙の際には差し入れや激励の電話をし、沖縄の知花さんの闘いを喜び、星野同志や爆取被告の同志をはじめ多くの獄中同志には激励の手紙を出すなど、闘う者に対するやさしさあふれる心遣いと激励の言葉をかけていただきました。榎本さんと接した多くの仲間がどれだけ励まされたかわかりません。
また、榎本さんは、たった一人で行政や医師会と渡り合って、今日の在宅高齢者に対する劣悪な医療や福祉制度の改善をかちとってきました。その闘いは、NHKのテレビでも取り上げられました。いかなる逆境にあろうとも、それをのりこえて勝利めざして生きぬくその姿から、私たちは多くのことを学ばせていただきました。本当にありがとうございました。
榎本さん。これからは、五年前に逝かれた最愛の夫であった萬治さんとともに私たちの闘いを見守って下さい。そして叱咤(しった)激励してください。
私たちは榎本さんの遺志を引き継ぎ、必ず榎本さんの霊前に勝利の報告ができるよう全力で闘います。
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