ZENSHIN 2000/06/19(No1961 p06)

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週刊『前進』(1961号1面1)

 戦争への道を阻もう! 介護保険は廃止を

 「いのちの叫び」を国会へ

 既成の政党や政治家のりこえ民衆の力による新しい政治を

 長谷川ひでのり候補の駅頭演説 6月2日阿佐ヶ谷

 7・1国労臨大を゛第二の修善寺″に

 六月二日、衆議院が解散、二十五日投票日までの選挙戦に突入した。今回の総選挙は、森・自公政権とファシスト石原都政を倒し、闘うアジア人民と連帯して侵略戦争への道を阻み、二十一世紀を労働者階級人民の勝利の時代とするための、戦後最大の政治決戦である。東京八区(杉並)で自民党・石原伸晃を倒し、民主党、日本共産党をたたき落として、なんとしても長谷川英憲候補の勝利を実現しよう。解散当日の二日夕方、長谷川候補は阿佐ケ谷駅頭で演説に立った。長谷川候補は、戦争とリストラと福祉切り捨てに突き進む森・自公政権と石原都知事、それと一体の石原伸晃候補を鋭く批判。また、それらに屈した民主党と日本共産党などの野党を弾劾し、介護と福祉を要求する住民自身の大衆的な運動で、杉並から政治を変えようと訴えた。長谷川候補の演説を紹介します。(編集局)

 第1章 森政権−自民党・公明党の戦争政治に断下そう

 いよいよ本日、国会が解散されました。この四年間、私たち庶民の声が国会にはまったく届かなかったわけですが、森政権は国会を解散せざるを得ないところに追い込まれました。
 今度の総選挙では、戦争への道を阻むのかどうかが、森首相の「天皇中心の神の国」発言以来、大きな選択の的になっています。
 自民党、公明党の政治は本当に行き詰まっている。戦争か平和かという問題でも戦前の道を歩もうとしていますし、福祉・介護・年金・医療の問題についても、お年寄りを始めみんなが希望を持って生きてはいけなくなる政治をもたらしました。この政治に断を下さなければなりません。
 杉並では、自民党から石原伸晃氏が出ます。民主党、共産党もそれぞれ女性を立てます。
 こういう政党・政治家が本当に私たちの未来を切り開くことができるのかどうかを、ぜひ考えて下さい。与党がだめなことはもうはっきりしていますが、同じように野党も政治を変えることができなかった。
 二十世紀最後の衆議院選挙、皆さんの力で政治を変える二十世紀最後のチャンスです。二十一世紀に向けてどういう政治を目指さなければならないか、子どもたちの未来にとってどういう政党・政治家を選ばなければならないか。皆さんの渾身(こんしん)の力を込めた決起をお願いしたい。

 第1節 ゛少年事件゛は政治に責任が

 最初に子どもたちの問題を取り上げたいと思います。皆さんも、十七歳の少年が犯罪に走る事件を新聞やテレビで見るにつけ、本当に胸が痛むと思います。
 私は、この責任は大人たちにある、政治の側にあると考えています。十七歳の少年が主婦を殺して、「年寄りはもう先がないから殺してもいいと思った」という言葉を残しました。実は、これと同じような言葉を元首相の中曽根さんが言っているんです。「お年寄りの福祉は枯れ木に水をやるようなものだ。政府は高齢者の福祉にはなるべく税金は使わない」と。
 十七歳の少年が「お年寄りは老い先が短いから」と言って命を奪う現実は、まさに政治の側にその見本があったのです。
 新聞には同じ世代の少年たちの投書がたくさん載っています。「あの少年は実は自分だったかもしれない」と。まさに他人事ではないのです。なぜ子どもたちがここまで追い詰められてしまったのでしょうか。
 受験競争、学校でぎりぎりに管理される子どもたち。まずこういう状態をなくさなければいけない。
 国会では、与党も野党も「厳罰を適用する年齢を下げろ」「終身刑を出せる年齢を下げろ」ということばかり議論していました。
 もっと許せないのは「体罰を加えて教育をしろ」という発言です。その先頭に立っているのが東京都知事の石原さんです。石原さんは、戸塚ヨットスクールというあの悪名高い塾の責任者を、裁判の過程でも今でも後援会長として支えているんです。「教育のモデルは戸塚ヨットスクールだ」と言ってはばからない。
 石原伸晃さんは、お父さんのやっている政治に対して何ひとつ批判をしません。石原東京都知事は、アジアの人びとを差別する「三国人」という許しがたい言葉を吐いてもまったく反省しない。世間の人たち全部が批判してやまないこの知事の姿勢に対して、息子さんがまったく何も言わないのは、同じ考え方だということです。こういう人たちには絶対、子どもたちの未来を託せません。
 私は、子どもたちには自分の未来を決める権利があると訴えたい。そして子どもたちが未来に希望を持てるためには、何よりも大人の私たちが未来に希望を持ち、堂々と生きていなければなりません。仲間を信じ、団結して、リストラ・首切りに対して闘っている。お年寄りの福祉が切り捨てられようとすれば、それを許さずに闘っている。
 そういう姿を見せることが、子どもたちに対して私たちがしてやれる一番大事なことだと思うんです。
 私は、六〇年安保闘争の時は二十代前半の労働者でした。あの当時、国会を十重二十重に取り巻いて、平和を守ろう、戦争への道を阻もうと、労働者も学生も市民も立ち上がっていました。大人たちが団結して闘っている姿を見て、子どもたちも、「仲間を大事にし、手を取り合って自分たちの生きる道をつくり出さなければいけない」と感じていたと思うんです。

 第2章 介護と福祉の切り捨て絶対に許さない選択を

 次に皆さんにぜひ選択を問いたいのは、福祉や介護の切り捨ての問題です。今年四月から実施された介護保険で、介護や福祉が大きく切り捨てられています。
 全国で、「もう生きていけない」と、お年寄りが自分で命を絶つ悲惨なことが起きています。「介護保険が実施されたら施設から追い出される」と、稲城市の老人保健施設の屋上から飛び降り自殺した男性の記事が新聞に出ていました。
 この杉並も例外ではありません。杉並区で、特別養護老人ホームに入っていて、五年の間に出て行けと言われているお年寄りは百人近くいるんです。
 戦後、営々としてこの社会を支え続けてこられたお年寄りが「もう生きていけない」という叫びを発しなければならない政治とはいったい何でしょうか。介護保険制度は間違っている。絶対にこれはやめさせなければならないと思います。
 私は、こうしたお年寄りが一人も出ないように、介護や福祉をみんなの力で守っていく、その選択を皆さんに問いたいと思います。

 第1節 「住民の会」の運動が始まる

 そこで皆さんにぜひ紹介したい運動があります。介護と福祉を要求する住民の会の運動です。
 この杉並で、現に介護や福祉を打ち切られているお年寄りが立ち上がり、若い世代の人たちも加わって、介護と福祉を取り戻そうという運動が始まった。「いのちのネットワークをつくり出そう」「老年よ大志を抱け」を合言葉に、杉並区と交渉したり、駅頭で皆さんに署名を訴えたりという活動を始めました。
 お互いがしっかり手を握り合い、「介護は権利、福祉は権利」と立ち上がった。憲法第二五条は健康で文化的な生活を営む国民の権利、政府の義務をうたっています。しかし国はその義務を投げ捨て、介護保険の導入で社会保障のあり方を根本から覆そうとしています。それを許さず、自分たちの力で悪政を変えようという動きが始まった。
 この運動に触れたお年寄りや家族が、「もう一度生きる勇気を与えられました」と言っています。民衆に生きる希望を与えることのできる運動は本物だと思うんです。こういう共感の輪が、わずか二カ月の間にどんどん広がってきました。「杉並の三十六町の隅々にいのちのネットワークを張り巡らそう。介護や福祉を取り上げられて、いのちを自分で縮めるようなお年寄りを一人も出さないようにしよう」と。
 私はこういう運動こそ、政治を変える根本的な力だと思います。こういう活動が全国に広がっていけば、今の腐りきった政治を変えることができるはずです。
 数を頼ってガイドライン関連法という名の戦争法や盗聴法を通し、「日の丸・君が代」を押し付けてきた政治。平和をないがしろにし、沖縄の米軍基地を増やし、憲法改悪まで言い出して再びアジアへの侵略と戦争の道を突き進んでいく政治。どんどん首を切り、賃金も下がるのが当然とする政治。福祉を切り捨て、子どもたちの教育をもめちゃくちゃにしている政治。この森政権と自公の政治をなんとしても断ち切らなければなりません。
 しかし、その力は今まで国会に議席を持っていた既成の野党にはありません。どこにその力があるのか。
 今、杉並からわき起こりつつある、住民の底の底からの立ち上がりの中に、その力があります。「人間らしい介護や福祉をとりもどそう」と立ち上がった住民の運動が、本当の意味で政治を住民の手に、労働者の手に、お年寄りや子どもたちの手にも取り戻していく、その最も近道ではないかと思います。
 この総選挙は、今の政治の根本を変えるチャンスです。私は、介護と福祉を要求する杉並住民の会の素晴らしい運動と力を合わせて、介護や福祉を守るために全力を尽くします。

 第3章 石原伸晃氏の責任問う民主や共産党も推進派

 介護保険について、自民党の石原伸晃さんはこう言っています。「国の財政がピンチだから、国は極力、福祉には金を出さずに必要最小限度にとどめます。後は個人と地域でやりなさい」と。私は、これは間違っていると思います。
 国の財政危機の原因をつくったのは、石原伸晃さんですよ。彼が金融や税制の専門家だと称して、あの金融国会の時に銀行に六十兆円、七十兆円もの大盤振る舞いをする政策を先頭に立ってやりました。その石原さんが、「国の借金が大変だからみんな我慢しろ」と言うのはまったく納得がいきません。私は石原さんに、「そんなことを言う資格があるんですか。自分のとってきた政策を反省することが第一ではないんですか」と申し上げたい。
 石原伸晃さんは、働く者やお年寄りの痛みをまったく分かろうとしない。中小企業の皆さんも、経営を直撃されて本当に大変です。
 そういう中小企業に対して、国は大増税を考えています。いわゆる外形標準課税の問題です。どんなに赤字でも、店舗の面積だとか従業員の数だとか、利益に関係なく税金をかける。
 それに火をつけたのが、石原東京都知事の銀行税です。銀行に税金を課するということで拍手喝さいという面がありました。しかし、よく考えてみるとこの銀行税は、商店の皆さんののど元に突きつけられた刃なんです。銀行税といってもたかだか八百億円くらいしか取りません。東京都は、そのお金で大銀行やゼネコンを救うための公共投資をどんどんやっている。まったくの茶番です。

 第1節 力を合わせて政治変えよう

 自民党、公明党、そして民主党も介護保険制度を強行する最先頭に立ちました。共産党も、法律が通ってしまったら「介護保険は国民的大事業だ」などと持ち上げて、一緒になって推進しています。
 戦争とリストラと福祉切り捨ての自公の政治、それ以上に危険な石原都知事の政治、その先頭に立っている石原伸晃さん、民衆の立場を裏切っている野党。こういう既成の政党や政治家を倒し、民衆の力による新しい政治への転換を図らなければなりません。その力は皆さんの中にあります。
 今必要なのは、民衆の力を解き放ち、民衆がお互いに信じ合って、力を合わせて世の中を変えることだと思います。そういう運動こそが、私たち働く者の、お年寄りの、女性たちの、「障害者」の、子どもたちの未来を切り開く力になると固く確信します。
 こういう立場をとっている政党はまったくありません。私は、どの政党にも属していません。大政党のように看板も地盤もお金もありません。しかしけっして悲観をしていません。何よりも杉並の心ある人たちの応援が私のもとに寄せられているからです。介護と福祉を要求する住民の会のお年寄りが立ち上がっている。私は、その力にかけて今度の選挙を闘います。
 自民党や民主党、共産党を抑えてなんとしても勝ちたい。新しい民衆の、大衆運動の時代を開きたい。
 ほかの政党はみんな選挙の時はかっこいいことを言いますが、選挙が終われば国会の中での政党の組み合わせで何でもやってしまおうとします。自民党がそうでした。
 共産党もそうです。今、共産党は民主党と手を組みたいといろいろ画策しています。民主党の方からそでにされてもすり寄ろうとしていますが、民主党の鳩山さんは改憲論者です。安保大賛成の政党です。保守本流だと言っています。こういう政党と手を組んで、共産党はいったい何をやろうとしているのか。庶民の力を信じないその態度には我慢がなりません。
 長谷川ひでのりは、何よりも皆さんの力を信じ、皆さんと一緒に政治を変えます。皆さんのお力を長谷川ひでのりに貸して下さい。
 政治の根本を変えるために、今ほど新しい理念と行動が求められている時はありません。一緒に、この杉並から政治を変えようではありませんか。

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週刊『前進』(1961号1面2)

 例年を倍するカンパへの協力を訴えます

 すべてのみなさん!
 ついに衆院選決戦の火ぶたが切られ、森=石原打倒、長谷川英憲氏必勝に向けた攻防戦が日々続いています。革共同は、この戦後最大の政治決戦に勝利するため、例年を倍するカンパを、この選挙期間中にぜひとも前倒しで集中していただくよう、熱烈に訴えます。
 衆院選決戦は、公示から投票日に至る最終局面で長谷川陣営が投入できる物質力、資金量に一切がかかっています。圧倒的な資金が今ただちに必要です。
 資金の不足や枯渇を理由に、勝利をあきらめることなど断じてできません。巨大政党を倒し、政治的大流動の主導権を握り、階級を結集して思う存分に闘うべき時です。
 日帝の政治危機が音を立てて進行し、支配階級が統治能力を急速に喪失する中で、森や石原の暴言にみられるように天皇制を押し立てたファシスト的突出と統治形態のボナパルティズム的転換の衝動が激化し、それに対する労働者人民の危機感と怒りが噴出し、ファシズムかプロレタリア革命かを問う壮大な階級決戦が始まりました。民主党や日本共産党は労働者階級人民の利害をとことん裏切り、日帝の先兵となり果てています。
 こうした情勢の中で、革共同は、今次衆院選決戦で「パンと平和」の問題を真正面に据え、五月テーゼ−一九全総−二◯全総以来の全飛躍をかけて介護保険闘争に取り組み、まったく新しい大衆運動、労働者人民の自主的・自発的決起を生み出しつつあります。
 介護保険導入・社会保障制度解体の攻撃との闘いは、労働者家族の生き死ににかかわる階級闘争の重大テーマです。帝国主義の死の苦悶(くもん)の中で、支配階級は労働者人民を食わせることもできず、その危機のすべてを人民に転嫁し、戦争と首切り、福祉切り捨てと大衆収奪へと突進しています。これに対して、杉並から力強い大衆決起が始まったのです。
 衆院選決戦になんとしても勝たなければなりません。石原伸晃を倒し、民主党、日本共産党を圧倒し、労働者人民と徹底的に結びつき、その決起を実現しなければなりません。そのための決戦資金が絶対に必要です。
 さらに七・一国労臨大決戦から七月沖縄サミット粉砕決戦、九・三自衛隊治安出動演習粉砕闘争から十一月労働者集会の大結集運動へと、決戦につぐ決戦が続きます。そのための資金は、ひとえに労働者人民のカンパ以外にはありません。
 この壮大な闘いの中で、プロレタリア革命に勝利する革命的労働者党を建設しなければなりません。それは戦争と革命の時代における労働者階級の共同の課題です。
 二十一世紀初頭をプロレタリア革命の偉大な勝利の時とするために、例年に倍する夏期一時金カンパの一刻も早い集中を切に訴えます。

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週刊『前進』(1961号2面1)

 長谷川候補の必勝へファシスト石原伸晃候補を打ち倒せ

 民主党や日本共産党ではダメだ

 沖縄サミット粉砕の大デモを

 森首相の「日本は天皇を中心とする神の国である。このことを国民のみなさんに承知していただく」という発言は、深刻な体制的危機の中で労働者人民の怒りに追いつめられた自公政権が、再び戦争国家化とアジア侵略戦争の道に突き進もうとしていることを如実に示した。自民党・石原伸晃候補はその先頭に立っている人物である。闘うアジア人民と連帯し、この衆院選決戦で石原伸晃候補を打倒し、戦争への道と福祉切り捨て攻撃をなんとしても阻まなければならない。民主党、日本共産党も完全にこの戦争政治、福祉切り捨ての政治のお先棒を担いでいる。だからこそ長谷川英憲候補は、「国政を変える」を掲げて衆院選に立候補した。日本を「天皇を中心とする神の国」などには絶対にさせてはならない。社会の主人公であり、平和を求める民衆が力を合わせて立ち上がれば絶対に戦争への道を打ち破ることができる。すでに杉並では介護保険によって切り捨てられている介護を取り戻そうという住民の運動が力強く発展している。こうした民衆の決起こそ社会を変えていく核心的な力である。長谷川候補はそうした民衆の運動の先頭に立って闘っている。民衆が立ち上がれば反動へ向かう政治の流れは必ず変えられる。衆院選で長谷川候補の勝利をかちとり、自公の暴走をとめ、新しい政治の流れを作り出そう。以下、自民党、民主党、日本共産党の反人民的な政策を全面的に批判していく。

 伸晃は父親と同じファシスト

 第1章 福祉を「ぜいたく」と公言 北朝鮮侵略戦争へ「先制攻撃」叫ぶ

 自民党・石原伸晃は、「石原知事とともに東京から日本を変える」「強い意志」「スピード」「政策新人類」などというイメージづくりだけを狙った無内容なスローガンを掲げている。それは、民衆をだまし、石原のファシスト的で反人民的な政策をおし隠し、自分が現在の自民党政治を変革する存在であるかのようにごまかすためのファシスト的手法である。

 第1節 「我慢せよ」と犠牲おしつけ

 石原伸晃の政治姿勢の核心は、「介護や福祉はぜい沢だ。我慢すべきは我慢しろ」と民衆を犠牲にして、大企業の利益を図ることにある。石原の選挙政策のリーフレットでは、「強い意志を持って社会保障を」と、あたかも社会保障政策を進めるかのような見出しを付けている。しかしその中身は、「年金・医療・介護が、いま曲がり角を迎えています。何から何まで国が面倒を見れば、現役世代の負担は莫大です。国は必要最小限をまかない、残りは個人と地域の協力で」という内容である。
 要するに、これからは国は面倒を見ない、社会保障は個人と地域の協力でやれ、ということだ。石原は「百年間は大丈夫な社会保障システムを作ります」といっているが、これは今後百年間は国は社会保障をやらないということの宣言にほかならない。年金・医療・介護が「曲がり角を迎えて」いるのではない。自民党政治が年金・医療・介護を全面的に切り捨てようとする政策に大転換したのである。
 石原は、財政再建について「現在の政府は、五十万円の月収で、毎月百万円使っているようなもの。バラマキ政治は、自分たちの子どものツケでぜい沢をしているだけ。我慢すべきところは我慢し、財政赤字を解消します」と言っている。
 「我慢すべきところは我慢し」とは何のことを言っているのか。国が放漫財政を我慢するというのではない。労働者民衆に“我慢しろ”ということなのだ。“国は社会保障をやらない”ということなのだ。いったい労働者民衆のだれが“ぜい沢”をしているというのか。よくもこんなことが言えたものだ。
 財政赤字の原因はだれがつくったのか。バラマキ政治は何にばらまいてきたのか。バブル崩壊以降、政府は大企業のためにどんどんと財政資金をつぎ込み、今や国と地方の借金は六百兆円を超えている。小渕内閣だけでも国債発行額が百兆円を超えるのだ。石原伸晃自身が金融再生特別委員会の理事として銀行への七十兆円の公的資金投入を始めとして大資本への巨額の資金投入を決めたのであり、巨額の財政赤字をつくりだしてきた張本人なのだ。
 伸晃のファシスト的な手口は、資本主義・帝国主義の矛盾と危機が生み出した財政危機を、「何から何まで国が面倒を見れば」と、あたかも介護や福祉がその原因であるかのように言い、その上で「現役世代の負担は莫大」と若い世代に福祉に対する反感を植え付けようとしていることだ。そして「次の世代のため」と言って財政再建を主張、その結論として介護や福祉を切り捨てるのである。何から何までペテンである。
 石原伸晃はその財政赤字の責任をまったくとらず、社会保障の切り捨てや労働者民衆からの収奪でのりきろうとしている。自民党は「景気回復のため」と言って大企業に都合のいいように制度を変えてきたが、それによって中小企業や商店などは苦境にたたき込まれてきたのだ。
 石原伸晃は、「政策新人類」と自称している。その中身は、当時の自民党財政部会長として消費税率の五%へのアップの中心的役割を果たしたこと、自民党の介護保険問題突破議員連盟の代表として介護保険強行の先頭に立ってきたことなどだ。これがいったい自慢できるようなことか。
 橋本政権の消費税五%への引き上げは日本の不況を一層促進した。そのために多くの労働者が首を切られ、中小企業、商店が経営を圧迫されてきた。今、介護保険の強行によって何人もの人が自殺に追い込まれ、介護が切り捨てられて多くの高齢者やその家族が苦しめられている。
 要するに自民党と石原伸晃の政治は、大企業や一部資本家の利益のために労働者民衆に一切の犠牲を強制するということなのだ。

 第2節 ミサイル攻撃叫び戦争挑発

 次に「親父と一緒に東京から日本を変える」とはどういうことか。
 父親の石原慎太郎が進めている「東京から日本を変える」という政策は、九月三日に予定されている自衛隊の治安出動演習に示されている。この演習は首都のど真ん中を四千四百人の自衛隊で制圧し、自衛隊の「国軍」としての登場を狙うものだ。ファシスト石原都知事は、「三国人」暴言で、朝鮮人、中国人を始めとした外国人に排外主義襲撃を凶行し、大虐殺するためのデマ宣伝を繰り返している。実際にその体制を作るものとして自衛隊の治安出動演習が行われるのだ。
 「親父とともに東京から日本を変える」とは、伸晃自身がこの自衛隊治安出動と朝鮮人、中国人襲撃策動を率先して強行するということなのだ。それは危機に立つ日帝の唯一の延命策としてアジア再侵略戦争とアジア勢力圏化に絶望的に突進していく道である。
 こうしたアジア再侵略戦争の道は、巨額の軍事支出を不可避とする。そのためには社会保障に回す金などないというのが介護保険を始めとした福祉切り捨ての政策である。財政構造を戦争国家財政に抜本的に転換しようというのである。
 森首相の「天皇を中心とする神の国」暴言は、こうしたアジア侵略戦争に向けて天皇制・天皇制イデオロギーを前面に戦争国家体制を構築しようとするものである。石原都知事自身も、「天皇は日本の文化の核である神道の最高の祭司」と主張している。さらにかつての「大東亜共同宣言」を、「今でも生きており、これからも生かせる」と主張して「アジア憲章」という表題で書き直している。
 石原伸晃自身が、森首相と同じ神道政治連盟議員懇談会のメンバーなのだ。伸晃は雑誌『文芸春秋』(九九年一月号)での「逆襲せよ、日本!」と題する父親との対談で、「衛星を六個打ち上げればいいんですよ。これで北朝鮮を監視して、相手が撃ってこようとしたら、空中給油機を連れた戦闘機がトマホーク・ミサイルで先制攻撃できるようにしておく」と北朝鮮への先制攻撃を主張している。これが「政策新人類」なるものの正体である。伸晃は親父の慎太郎と同じファシストなのだ。
  労働者民衆から福祉と介護を切り捨て、侵略と戦争に突き進む石原伸晃を全力をあげて打倒しよう。

 民主党は改憲と福祉解体の党

 第2章 課税最低限の引下げで人民に増税と「痛み」強要

 森・自公政権に対する労働者人民の怒りはますます高まっている。民主党は「政権交代」を唱え、自公と対決する野党第一党として自らを押しだし、支持を集めようとしている。
 だが、民主党に一票を投じることは、森・自公政権の反動と戦争の政治にノーをたたきつけ、労働者人民のくらしといのちを守ることにはけっしてならない。
 なぜなら、民主党は自ら「保守本流」と公言し、「介護保険推進、増税、改憲」を主張する労働者人民の利害とは無縁の反動ブルジョア政党だからである。

 第1節 「家族介護を解決」と大ペテン

 民主党は、自民党以上の福祉切り捨ての急先鋒であり、介護保険推進の最強硬派である。前代表の菅直人は制度の生みの親だ。
 民主党・片山光代候補は、広報紙『民主・号外 片山みつよさんとともに政権交代を』(以後『民主・号外』)の中で、介護保険制度について、「これまでの『与えられる福祉』から『選択するサービス』へ」「家庭の主婦がその大半を担ってきた家族介護が、社会的に解決されていく」と主張し、介護保険をバラ色に描き出している。
 民主党は、「選択するサービス」と、介護は金で買うものだと露骨に主張している。金持ちの老後の不安は解消するが、お金のない高齢者の老後は保障しないということである。
 「家族介護の社会的解決」と言う。これもまったくのインチキだ。介護を利潤追求の民間ビジネスに明け渡して、何が「社会的解決」か。国家の責任で必要な介護を誰にでも保障することこそ、「社会的解決」というものではないか。
 しかも現実には、一割の自己負担が払えず、必要最低限の介護サービスすら減らしたり、あきらめる多くの高齢者がいる。家族介護も、介護保険によってますます過酷になっている。
 四月一日の介護保険制度の実施以降、新聞やテレビで「介護疲れ」による自殺や心中が報道されている。民主党の主張がインチキであることは、何よりも現実が証明している。
 民主党は、自民党と一緒になってこの現実を百パーセント無視し、現実を百八十度反対に描きあげている。労働者人民の立場に立っていないのは明白だ。
 さらに、片山候補は、『民主・号外』の中で「年金などの課題を先送りせず、財政改革に取り組みます」「自民党は重要な課題をことごとく先送りし、選挙に不利になると全ての責任を放棄し、将来の世代につけ回しをしてきました」「年金や医療保険制度の改革など、『痛みを伴っても、今やらなくてはならない課題』に取り組みます」と主張している。
 これは石原伸晃候補の「我慢すべきところは我慢し」の主張や「痛みを伴う財政再建」をうたう石原都政とまったく同じだ。
 医療や年金など社会保障切り捨てを先送りする自民党を批判し、「生ぬるい、すぐやれ」と主張し、労働者人民には「痛み」を要求しているのだ。
 さらに民主党は、選挙公約の柱に「所得税の課税最低限の引き下げ」を掲げることを正式に決めた。「扶養控除や配偶者控除などの各種控除制度が税の不透明さを生んでいる」と非難し、人的控除の見直しを主張している。
 現在、サラリーマン世帯のモデルケース(夫婦と子ども二人)で課税最低限は三百六十八万円である。仮に扶養控除や配偶者控除などの四つの人的控除を全廃すると、課税最低限は約百九十万円に下がる。これは大増税の政策である。
 財政赤字をつくりだしたのは、自民党や大銀行などブルジョアジーどもである。それを大増税ですべて人民に転嫁しようというのだ。実際、民主党は自民党以上に、弱肉強食の市場原理至上主義を信奉する反人民的なブルジョア政党なのである。絶対に許せない。

 第2節 改憲・有事立法推進の最先兵

 民主党代表の鳩山由紀夫が「(憲法)九条はまず『陸海空その他の戦力は保持する』と一番目の項目として明記すべきだ」と主張しているように、民主党は公然と改憲を主張する改憲政党である。また有事立法についても、政府の「有事法制研究」以上に反動的な「緊急事態法制」案を発表している。
 このように民主党は、改憲・有事立法を掲げ、「周辺事態」での日本の戦争参加と自衛隊の出兵、自治体・民間労働者の戦争動員を推進する戦争賛成の政党なのである。
 改憲・有事立法に賛成か反対かは、今回の選挙の重大な争点だ。戦争か平和かを問う大切な選挙である。
 ところが、『民主・号外』にはこのことが一言も書かれてはいない。片山候補は、民主党の改憲政党の正体を隠して選挙戦に臨もうとしている。片山候補は、改憲についての態度・見解をはっきりさせなければならない。
 以上みてきたように、民主党は「介護保険推進、増税、改憲」の政党である。教育や環境問題などでも同様に、反動的で、労働者人民の生活の視点や立場にまったく立たない主張を繰り広げている。
 今回の選挙の争点は、労働者人民の最も切実な願いであり要求である「平和・くらし・福祉・教育・いのち」である。民主党はこのいずれにおいても自民党と同じ立場・陣営にいる。
 民主党の欺瞞(ぎまん)の仮面は、はぎ取られなければならない。民主党の片山候補には、労働者人民のいのちの一票はけっして投じられない。

 共産党は介護保険推進の先兵

 第3章 住民運動を圧殺する政党 消費税5%もついに容認

 第1節 「有事に自衛隊を使う」と不破

 六月七日、日共・不破委員長は、日本共産党が政権入りした場合、当面は自衛隊を存続させ、有事の際には「自衛隊を使っても構わない」と語った。また、天皇が「言葉」を述べる国会開会式出席問題は「(共産党が加わる)暫定政権の協議事項だ」と述べ、天皇臨席国会開会式への出席の意向を示した。
 また六月五日、不破は「(消費税率を)三%に引き下げると(財源として)五兆円が吹っ飛び、介護など社会保障の前向きの施策ができなくなる」と述べ、財政再建のめどが立つまで税率三%への引き下げを求めない考えを示した。
 これは消費税は福祉財源だとする日帝の考え方を承認する決定的な転向であり、消費税率三%という屈服的な要求さえ引っ込める一層の屈服・裏切りだ。
 そもそも日共は、消費税率の三%への引き下げで個人消費が拡大し、景気回復、財政再建が可能になるという主張を掲げてきた。これ自体、日帝の財政再建、危機救済のための体制内的政策対置でしかない。
 これらの不破発言が示していることは、日本共産党が暫定政権入りした場合、民主党、自由党の政策のすべてに賛成・協力するということだ。同時に、暫定政権成立以前の段階においても、安保・自衛隊、新ガイドライン、天皇制に賛成・協力すると宣言したことを意味する。九八年の「安保条約廃棄の凍結」方針に続いて、あらためてこのことが明らかになった。

 第2節 安保と天皇制問題で大転向

 日本共産党は、森や石原の暴言が示した日帝の侵略戦争国家体制づくり、戦前型の天皇制国家復活の攻撃にすくみあがり、屈服・転向を一層深めている。森・自公政権を打ち倒すために総選挙を闘うのではなく、翼賛政党の一翼となることを誓っているのだ。日共は「左翼」でも「絶対反対派」でもない。こんな政党に労働者階級人民の未来を託すことはできない。
 日本共産党の今日の総路線は、「日本改革論」つまり「資本主義の枠内での民主的改革」である。世界大恐慌とブロック化の進行、帝国主義間争闘戦の激化の中で、労働者人民に対する搾取と抑圧、侵略戦争国家体制づくり、アジア勢力圏づくりを強めることによって延命を図る日帝を救済し、日帝と共存する立場に立っているのである。
 日共は今や完全に介護保険の賛成・推進派である。「介護保険は国民的大事業」「せっかくできた介護保険」(四・一一不破代表質問)と賛美し、介護保険制度の整備・充実をめざすと表明している。
 だが、介護保険とは、社会保障費のカットであり、大増税であり、介護の切り捨て・介護のビジネス化であり、高齢者は早く死ねという攻撃なのである。
 このような非人間的な介護保険制度は、直ちに中止・廃止させなければならない。そうしなければ高齢者とその家族、労働者階級の命と生活を守ることはできない。にもかかわらず日共は、今なお介護保険推進のキャンペーンを張り続けているのである。
 日共の山崎和子候補は先日、「介護と福祉を要求する杉並住民の会」が出した介護保険制度についての公開質問状への回答を拒否したという。自民党・石原伸晃候補も拒否。民主党・片山候補は介護保険推進の立場を表明した。「住民の会の運動を支持し、ともに闘う」と答えたのは長谷川候補だけだったという。
 介護と福祉を求める人民の大運動は、杉並から全国に波及しようとしている。いのちの訴え、人間として生きる権利を要求する闘いとして、高齢者とその家族、労働者人民が介護と福祉を求めて立ち上がっているのである。山崎候補は、「国民を大切にする」「耳をかたむけ政治にいかす」とビラに書いている。こういう美辞麗句を並べておいて、住民の会の質問状を無視するとはなにごとか。
 山崎和子の回答拒否は、日共が介護保険の推進者であり、高齢者の存在を顧みず、介護と福祉を切り捨てる日帝の先兵にほかならないことを示している。

 第3節 一転して介護保険推進派に

 日本共産党の最大の犯罪性は、介護保険がこれだけ反人民的な、高齢者殺しの悪政とわかっていながら、大衆的怒りを組織して制度廃止の運動を絶対に起こそうとしないこと、逆に大衆運動を圧殺して、政府の介護保険強行の先兵と化していることである。そして人民を議席拡大の手段とし、自己解放の主体とは認めないということである。
 日共は、介護保険法案が審議される前までは「反対」「廃案」を主張していたのに、審議が始まると「修正」論議に転じ、法案が成立するや介護保険推進の側に回った。その後三年間、介護保険が実施されたらどのような悲惨な事態になるか、介護保険の問題性を重々知っていながら、介護保険中止の運動を展開せず、介護保険制度の整備・改善運動を積極的に進めてきたのである。
 現在日共は、利用料負担を一〇%から三%に削減することや、十月からの高齢者の保険料支払いを見直すことを当面する最低限の要求として掲げている。要求を最低限のものに制限することによって、一方では、介護保険廃止という労働者人民の切実な要求を圧殺し、他方では、日帝・森自公政権への屈服・協力姿勢を示しているのだ。また、最も強硬に介護保険四月実施を要求した民主党との政権協議の道を閉ざさないようにしているのだ。

 

 東京8区(杉並)の各党・各候補の政策比較

 
長谷川英憲(都政を革新する会)
石原伸晃(自民党)
片山光代(民主党)
山崎和子(共産党)
@介護保険 @廃止
介護は全額公費で<>br介護保険料の年金からの天引き、認定制度、高額自己負担など介護保険は制度の根本に問題があり、廃止しかない。社会保障、医療の充実は国や自治体の責任
@推進
介護保険制度実施で高齢者福祉を大幅削減。年金支給を大幅カット。医療保険制度改革で65歳以上にも自己負担分を導入。国の福祉は最低限にし、あとは各人の自力で
@推進
介護保険制度を積極的に推進。介護は「与えられる福祉」から金の支払い能力に応じて「選択するサービス」に。年金・医療制度改革で人民に負担増求める
@「国民的大事業」と賛成に転換
当初は介護保険反対。法成立後は反対の立場を投げ捨て賛成に回る。介護保険を「国民的大事業」と賛美し、「制度の充実」を主張
Aくらし A民衆のくらしを守る
消費税廃止。大企業・銀行優遇をやめ、年金・福祉を充実させる。リストラ絶対反対。働く者の団結と賃金・雇用を守る闘いを支援。大型店出店に反対。自治体独自の規制を
A増税で大企業優遇
消費税率の大幅引き上げ、中小零細企業への外形標準課税導入、さらなる年金カットなど庶民への大増税。一方で企業リストラや銀行救済を推進
A課税最低限引き下げ
消費税率の大幅引き上げ、中小零細企業への外形標準課税導入などの大増税と負担増。大型店出店規制に反対。自由競争を促進
A消費税5%容認
財政再建までは3%要求は取り下げ。「リストラ・解雇はルールが必要」とリストラを容認。
外形標準課税導入賛成。出店協定結ぶ大型店出店には賛成
B教育 B子どもたちが主人公の教育
子どもたちを追いつめる競争と管理を排し、人間的な共同性を育む中で個性を伸ばす。「教育勅語」復活反対
B天皇制教育
「教育勅語の理念」を取り込み教育基本法を見直し。「日の丸・君が代」「神の国」思想の強制。体罰を容認
B少年に「終身刑」導入
少年事件に「終身刑」の導入で対処。国公立大学の民営化、教育に競争原理を導入し、エリート以外は切り捨て
B道徳教育の強化
道徳教育の重視を提唱。「日の丸・君が代」の法制化を要求
C憲法 C改憲反対
憲法9条(戦争放棄)の破棄を狙う改憲は絶対反対
C改憲
憲法9条破棄、「天皇中心の神の国」目指す
C改憲
鳩山代表が「憲法9条破棄、戦力保持の明記」を提唱
C改憲に道を開く憲法調査会に参加
日米安保廃棄の凍結
D有事立法 D絶対反対
戦争への道に反対、労働者の戦争動員に反対
D推進
早急に有事立法制定
D推進
緊急事態法制を提案
D有事には自衛隊
有事には自衛隊で対応と、自衛隊の武力行使に賛成
Eいのち・環境 E原発絶対反対
いのちと環境を守る
井草森ゴミ中継所操業は即時中止。原発政策に絶対反対
E環境破壊を放置
大企業の営利優先で大公害、薬害を放置。開発優先で自然破壊。ダイオキシン汚染を放置、原発増設で放射能汚染拡大
E環境破壊・原発推進
井草森ゴミ中継所の操業は継続すべき。原発政策を推進
E原発政策に賛成
政策見直しを主張するが、原発そのものには賛成。環境配慮を条件に大型道路建設を認める

 

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週刊『前進』(1961号3面1)

 長谷川候補必勝へファシスト石原伸晃候補を打ち倒せ

 天皇制復活とアジア再侵略狙う

 森・自公政権打倒の大決戦

 「改憲の民主党」は森と同断だ

 衆院選決戦はいよいよ六月二日の衆議院解散で本番中の本番に突入した。長谷川候補の闘いは大衆的な大流動の旋風を巻き起こしながら力強く前進している。二日夕方には衆議院解散を受けて、阿佐ケ谷駅南口での街頭宣伝に立ち、介護・福祉を切り捨て民衆に犠牲を強制して侵略戦争にのめり込もうとする森・自公政権打倒、石原伸晃打倒を訴えた。長谷川候補の宣伝カーの前では次々と市民が介護保険廃止の署名に応じ、新たな決起を生み出している。森・自公政権をうち倒す真の力が、いま荒々しく登場しようとしているのである。民主党や日本共産党では絶対にダメだ。全国の闘う人民の総力をあげて長谷川候補の当選をかちとろう。

 第1章 森の大反動と一体石原慎太郎と伸晃

 「日本は天皇を中心とする神の国」という大暴言をごう然と居直っている森喜朗首相は、六月三日の自民党奈良県連の演説会で、今度は「そういう政党(日本共産党)とどうやって日本の安全を、日本の国体を守ることができるのか」と発言した。
 戦前の天皇を中心とした国家体制を意味するこの「国体」という言葉を使ったことに当然にも批判の声が噴出し、翌四日には「失言もあって怒られた」と「失言」であることを認めた。しかし、五日朝になって「昔の古い国体と結びつけては話していない。失言でも何でもない」と居直りに出た。だが三日の演説で、天皇制と結びつけて国体を守ることができるのかと言ったことは明白であり、森の弁明自身が明らかなウソである。
 「国体」とは戦前の天皇を中心とした国家体制を指した言葉であり、治安維持法の核心にあった言葉である。国体とは天皇制ボナパルティズム国家の体制そのものを指した言葉なのである。森の「国体」発言は、「天皇を中心とする神の国」というのと完全に同じ思想なのである。
 国体護持=天皇制の維持のためにどれだけ多くの民衆が犠牲になったというのか。日帝のアジア侵略戦争で二千万人以上のアジア人民が虐殺され、さらに第二次大戦末期になっても天皇は、「もっと戦果をあげてからでないと」と、ポツダム宣言の受諾に反対し、沖縄戦や広島、長崎の被爆を強制した。戦後も、天皇の戦争責任追及から逃れるために沖縄売り渡しを米帝に提案し、分離・軍事支配を強制した。
 森の「国体護持」発言に示されていることは、単なる時代錯誤ではない。「日本は天皇を中心とする神の国」という森の発言が、森が首相としてやろうとしていることをそのまま表現したものだということである。それは天皇制ボナパルティズム国家を復活させて戦争国家体制を構築し、有事立法・改憲を強行し、朝鮮・中国―アジア侵略戦争に突進していくということである。
 日帝は、世界大恐慌過程への突入の中ですさまじい危機に突入し、アジア侵略とアジア勢力圏化にむかって絶望的な侵略戦争に突入しようとしている。だからこそ昨年の新ガイドライン関連法=戦争法の強行に続いて、「日の丸・君が代」法、盗聴法=組織的犯罪対策三法、第二破防法=団体規制法を強行制定した。さらに沖縄サミットを強行して沖縄闘争を全面的に解体しようとしている。
 さらに決定的なことに、都知事・ファシスト石原慎太郎が九・三自衛隊治安出動演習によってクーデター的に自衛隊を「国軍」として登場させようとしている。今まさに日帝は新安保ガイドラインにもとづいて朝鮮・中国―アジア侵略戦争に参戦するために戦争国家体制の構築に全力をあげているのだ。その先兵が石原慎太郎であり、「親父と一緒に東京から日本を変える」と公言しているファシスト石原伸晃なのだ。
 森や石原の大暴言を規定しているものは、日帝が直面している絶望的な体制的危機、政治危機である。日帝は今や統治の能力もイデオロギーも喪失している。だからこそ、天皇制とそのイデオロギーがどんなにボロボロで腐り果てたものであってもそれにすがりつき、天皇制国家を復活させ、戦争国家化を進める以外にないのだ。だから森は発言を絶対に撤回しないのである。
 衆院選決戦で長谷川候補の当選をかちとる闘いは、まさに日帝・森政権によるアジア再侵略戦争と戦争国家化を許すのか、それとも闘うアジア人民と連帯して森・自公政権を打倒することによって労働者人民の未来を切り開くのか、歴史を決する戦後最大の政治決戦、階級決戦なのだ。
 闘うアジア人民と連帯し、日帝の朝鮮・中国―アジア侵略戦争への突入を絶対に阻止するためにも、森・自公政権の戦争政治の先兵である石原伸晃を打倒し、長谷川候補の勝利を絶対にかちとろう。

 第2章 「首相の資質」問題に切り縮める日共

 森の「天皇を中心とする神の国」発言に対して民主党や日本共産党などの野党は、もっぱら選挙のための攻撃材料とする一方で、そのポーズとは裏腹に完全にこの問題の重大性を切り縮め、日帝・森政権を免罪している。
 何よりも民主党は、日帝が帝国主義として生き残っていくために自民党以上に侵略と戦争の道を推進しようとしている勢力である。また大増税と福祉の切り捨てを政策の根幹とする政党である。鳩山代表が民主党の改憲案として「憲法九条破棄、戦力保持の明記」を提唱しており、「緊急事態法制」の提案という形で有事立法を提案している。その中身は、自衛隊法に規定した「防衛出動命令」以前に自衛隊の出動が可能になるようにしようというとんでもないものである。改憲と有事立法の民主党に、森や石原を批判する資格などあるのか。断じてない!
 他方で今、日本共産党はとことん裏切りを深め、ウソとペテンによって労働者民衆の味方面をしてきた仮面が完全に暴かれている。
 日共の不破委員長は、総選挙後の民主党との連立政権入りに向けて、「(消費税は)引き下げると五兆円が吹っ飛び、介護など社会保障の前向きの施策ができなくなる」と発言し、財政再建まで消費税率の三%への引き下げ要求を取り下げることを表明した。
 これは、財政再建を口実とした大衆収奪を認めるということだ。民主党と一体となって課税最低限の引き下げや消費税率の引き上げ、介護保険による収奪もすべて認めるということなのだ。民主党との連立政権を願望するということは実際にそういうことを意味しているのである。
 日共は、暫定政権構想として「安保廃棄」の凍結、安保・自衛隊の容認、天皇制の容認を打ち出し、さらには「日の丸・君が代」の法制化を要求してきた。日帝のアジア侵略戦争、アジア勢力圏化の先兵になることを宣言したのである。ブルジョア反動政党との連立のために労働者民衆をとことんまで裏切り、一切の犠牲を労働者民衆に集中する日共を徹底的に断罪しなければならない。
 労働者人民の自主的、大衆的決起を徹底的に抑圧し、自分の議席をのばすための手段としてのみ人民を利用するスターリン主義政党としての日共を絶対に打倒しなければならない。
 今、労働者人民は日本の政治を変えない限り生きられないぎりぎりのところに来ている。「景気対策」と称する自民党の政治は、労働者や中小商店や中小企業を犠牲にして、大資本の利益を図ってきた。金融機関や大企業に何百兆円もの資金をつぎ込んで救済し、「景気回復の兆し」などと宣伝する一方で労働者民衆は塗炭の苦しみの中に投げ込まれているのである。
 だからこそ今、本当に労働者民衆の立場に立って自民党政治と闘う議員、政治家=長谷川英憲氏が求められているのである。介護保険反対の住民運動をともに闘い、労働者民衆とともに大衆運動をつくり、その先頭に立って闘う長谷川氏のような新しい政治家が求められているのである。
 自民党政治が、労働者民衆を切り捨てて大資本の利益だけを追求するものであることは多くの民衆が感じており、怒りを募らせている。この労働者民衆と結びついて闘うならば長谷川候補の勝利をかちとることは絶対に可能である。
 全国の闘う労働者民衆の総力を結集し、森・自公政権打倒の最先頭に立って闘い、長谷川候補の当選をなんとしてもかちとろう。

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週刊『前進』(1961号3面2)

 介護保険は直ちに廃止へ自主的な住民決起始まる

 杉並から全国へ運動拡大を

 介護保険廃止へ、本格的な運動が開始された。介護を必要とする高齢者やその家族を先頭に、互いに手を取り合い、仲間を信じ合って、奪われた介護を取り戻す闘いが、いよいよ爆発的に進展し始めたのである。
 杉並から全国に広がろうとしているこの闘いには、人間が人間らしく生きられる社会への変革をかけた、自己解放の情熱が満ちている。福祉を切り捨て、戦争に突き進む森・自公政権とファシスト石原都政を打倒する力も、そこには込められているのである。

 第1節 介護保険強行でまた自殺者が!

 介護保険は、労働者人民に大増税を強い、高齢者の介護といのちを奪う、断じて許しがたい制度である。
 今年二月、東京・稲城市の老人保健施設で、七十二歳の男性が、「介護保険が始まると施設を出なければならない」と、自ら命を絶った。三月には、鹿児島県で九十代の女性が「介護保険が始まるとサービスの回数が減り、家族に迷惑がかかる」として、自殺に追い込まれた。これは氷山の一角である。
 介護保険の強行実施以来二カ月の間に、介護保険制度の矛盾は一層激しく噴出している。
 本来、身体介護が必要な高齢者が、高額の利用料負担にたえかねて家事援助や「折衷型」介護にサービス内容を切りつめざるを得ず、さらに状態を悪化させている。介護度を低く認定された高齢者が、生きがいを取り戻す場であったデイサービスを打ち切られ、友人とのつながりも絶たれて、衰弱を強いられている。介護の負担はますます家庭に、とりわけ女性にのしかかっている。自らも介護を必要とする多くの高齢者が、その夫や妻の介護で極限的に疲弊(ひへい)させられているのが現実だ。
 介護保険への怒りは、ふつふつと煮えたぎっている。介護を求める住民の主体的な決起は、介護を切り捨てられた高齢者やその家族の心の底からの共感と、連鎖的な決起を必ず呼び起こしていくに違いない。

 第2節 福祉破壊の先兵民主党と共産党

 介護は労働者人民の譲ることのできない権利である。それは国による「施しもの」では断じてなく、国家が当然にも保障するべき基本的人権だ。
 介護を人民の権利として保障させてきたのは、高齢者や「障害者」など、介護を必要とする人びとの生きるための切実な要求、糾弾、闘争であった。介護労働者もまた、自らの労働者としての権利を一歩一歩奪い返し、介護労働そのものを「貧困者への恩恵的雇用」「安上がりの使い捨て労働」としか位置づけない行政と対決しつつ、要介護者のいのちの叫びに向き合いながら、あるべき介護を実現しようと必死の闘いを重ねてきた。こうした闘いの総体が、介護を権利として保障させる力関係を国家に強制してきたのである。
 「与えられる福祉から選択するサービスへ」などという介護保険推進派の論理は、介護を権利として実現してきた労働者人民の闘いを徹底的に無視・否定し、福祉を解体するものだ。今や、自民党、民主党から日本共産党に至る既成の全政党は、この反動的論理で一致した。
 自民党の石原伸晃は、「福祉はぜいたく」「国が何から何まで面倒を見ることはできない」「国は必要最小限をまかない、あとは個人と地域で」と言い放っている。民主党は、「福祉は依存心を増長し、個人の尊厳と自立した人格の破壊に通じる」などと叫んでいる。共産党も「国民的大事業」と介護保険を賛美し推進しているありさまだ。日共は、民主党と連立を組みたい一心で、介護保険制度を根幹において認めてしまった。政権に入るために、平気で人民の生活を踏みにじったのである。
 福祉を破壊し生きる権利を否定するこんな政党・政治家に、もはや政治を任せることは絶対にできない。

 第3節 衆院選に勝利し廃止への道開け

 杉並区民は、自らの行動によって介護と福祉を取り戻すために立ち上がった。
 介護保険の廃止に向けた住民自身の自主的で創造的な運動が開始されたのだ。
 これはまた、労働者階級本隊に向けた、介護保険闘争への決起の呼びかけであり、生きるためのいのちの叫びである。
 この運動に加わったある区民は、「もう一度生きる勇気を与えられた」と語っている。
 労働者人民が譲ることのできない要求のもとに団結し、本気になって闘った時、それは必ず、いのちを奪う政治と社会を根底から変革せずにはおかない。
 介護と福祉を求める住民の闘いは、その強力な武器として長谷川英憲氏を国会に送り出そうとしている。長谷川氏の勝利には、全人民のいのちの要求がかかっている。人民の死活的な要求と闘いこそが、長谷川氏を国政に押し上げる原動力なのである。
 ここには、人民を見くびり、人民の闘いに信を置かない既成の政党・政治家とはまったく異なる、新たな政治、新たな政治家の姿が鮮やかに示されている。長谷川氏の勝利は、ほとばしるような大衆的決起を必ずつくり出す。
 総選挙に絶対勝利し、介護保険廃止闘争のさらなる発展をかちとろう。

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週刊『前進』(1961号3面3)

 〈投稿〉

 「住民の会」が結成大会

 ゛介護と福祉とり戻そう″

 六月三日午後二時から開催された「介護と福祉を要求する杉並住民の会」結成大会に参加しました。会場の杉並公会堂は、バザーや出店でにぎわい、高齢者を始め多くの住民が、家族や友人と連れだって続々と集まりました。集会の感動を報告したいと思います。
 大会の第一部はフェスティバル。住民の会会員のピアノ演奏、会員で結成した劇団の演ずる寸劇、演芸、ショーなど多彩な催しが行われました。登壇したみなさんの生き生きとした笑顔がとても印象的でした。
 第二部の結成大会では、出陣式として御諏訪太鼓が熱演され、威勢のいい太鼓の音が響きわたりました。
 開会宣言を住民の会代表が行いました。「誰も誰もが青い天空のもと生きているんです。私は八十七歳の先輩として、どなたにも『さあ、生きていこう。生きていくんだよー』と、優しく熱く親しく呼びかけます。いのちのネットワークを全国に広げ、その心を実現していきたい。自信を持って、胸を張って、喜びに満ちて、励まし合って、生きていきましょう」
 来賓あいさつが、東京都心身障害者福祉センター理事長の土肥徳秀さんから行われました。「九州の新聞で、要介護認定された方のうち数百人が『サービスを受けたいけれど、自己負担が払えないからしょうがない』と言って申請を取り下げたことが報じられました。政府はそもそも三分の一の人しか利用しないという前提で、在宅介護の費用を設定しています。自民党が打ち出した『メディカル・フロンティア戦略』(仮称)は、介護を必要とする高齢者を減らすのではなく、要介護認定者を減らそうとしている。会の運動をもり立てていけるよう、私も役に立ちたいと思います」
 三月末以来住民の会の対区交渉に対応してきた杉並区高齢者福祉部計画推進課長があいさつしました。
 さらに東大阪国保と健康を守る会、高槻市の富田町病院健康を守る会からもあいさつが行われました。
 会場から、「国の責任でわれわれの生活を保障するという原点を取り戻そう」という訴えや、ヘルパーの「介護保険実施で、生活ががらりと変わった。事業所の丸もうけは絶対に許せない」という発言、「もう傍観者ではいられない。自分自身で動いてみよう、言いたいことは言い続けよう」という発言が続きました。
 その後、住民の会の運動方針を副代表が提起しました。「すべての高齢者は胸を張って生きなければいけない、社会の変革者にならなければいけないという思いで、ここに杉並三十六町の代表、七百人の会員を持つ会を結成しました。この運動の原点は『ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために』、一人も泣き寝入りしない社会をつくることです。介護保険が実施されて、鹿児島や東京でお年寄りが自らの命を絶ちました。介護や福祉の名のもとで人が死ぬことがあっていいのか。私たちはもっと怒らなければならない。かつて原水禁運動が杉並から全国に広がったように、いのちのネットワークを全国に広げよう」
 特別アピールとして、住民の会の運動としてデイケアサービスを始めることが提案され、全体の拍手で確認されました。
 続いて、世話人が総選挙に対するアピールに立ちました。「杉並で立候補する予定の四人に先日アンケートを送りましたが、回答を寄せたのは民主党の片山さんと無所属の長谷川さんの二人だけでした。世話人で二人の回答を拝見して、長谷川さんが私たちの考えに最も近いと判断しました。長谷川さんは今までも住民の会を援助してくださっています。そこで、総選挙で長谷川さんを推薦しようと決定しました。私たちの思いを直接国会に届けるために、いのちの一票を長谷川さんに集中しましょう」
 このアピールを受け長谷川英憲さんが登壇、「ご推薦をいただき、介護保険廃止の大運動をまきおこすためになんとしても国会に乗り込もうと決意を新たにしています。共産党は『介護保険は国民的な大事業』と言って推進の先頭に立っています。自民党の石原さんは『強い意志を持って、社会保障の改革に突き進む』と言って、介護と福祉切り捨ての先頭に立っています。みなさんのエネルギーと熱気を国会に届けて政治を変えるために全力を尽くします」と訴えました。盛大な拍手とともに花束が贈られました。
 続いて会の呼びかけ人と役員が紹介されました。呼びかけ人の一人は「八十年間、何よりもいのちを大切にして生きてきました。自分のいのちも、人のいのちも大切にしたい。生きることで困っている人に熱い手をさしのべ、涙を流す人が一人も出ないように闘います」と発言しました。副代表は「日本はひどい国ですが、それにめげず頑張っていこう」と訴えました。
 最後に「結成宣言」が読み上げられ、全体の熱い拍手で確認されました(別掲で紹介)。参加者は八百六十人と報告されました。
 大会に参加して、高齢者がみずから立ち上がり、介護と福祉を取り戻そう、社会の変革者となろうとしていることのたくましさ、力強さを感じました。発言した人たちの表情は生き生きとしてまぶしいばかりでした。住民の会の運動を発展させるために、私も一緒に頑張ろうと思います。
(杉並区 井上千夏)

 結成宣言

 介護と福祉を要求する杉並住民の会

 わたしたちは、杉並三十六町からの代表五十人の呼びかけのもとで、ここに「介護と福祉を要求する杉並住民の会」の結成を宣言します。
 介護保険の実施から二ケ月、人間の生きる権利を奪う政治にたいする怒りと、いのちの反撃は、ついに、ひとつの運動に、ひとつの組織に、ひとつの巨大な奔流となって結晶したのです。
 人のいのちは山よりも重く、生きる権利は万人に等しく与えられた普遍的な権利です。これを侵すことは何人たりとも許されるものではありません。介護と福祉とは、この権利を保障するためのものであり、いかなる理由があろうともこれを放棄することは許されないのです。介護保険法は、この人間社会の原則を踏みにじりました。人間の生きる権利を、金銭の取り引きにゆだねてしまう、このとんでもない悪政は、必ずや打ち倒されなくてはなりません。
 住民の会の結成は、政治によって踏みにじられた、人間らしく生きる権利を、わたしたちじしんの手で取り戻し、わたしたちの団結によって、この権利を守る「いのちのネットワーク」を打ち立てるものです。高齢者とその家族、さらにヘルパーをはじめとする介護、医療労働者は犠牲を強制され、政治によってもてあそばれるだけの存在などではない。みずからの手で、自分たちの団結によって、社会を主導し、世の中を変える主人公です。
 高齢者が、本気になって怒り、本気になって立ち上がったとき、そのときにこそ政治が変わる、社会が変革されるのです。住民の会の結成は、まさにその宣言に他なりません。
 ときあたかも、衆議院が解散し、介護保険法成立後はじめての総選挙に突入しています。
 わたしたちの、いのちの叫びは、この選挙をも揺り動かし、国政壇上にまで轟(とどろ)かされなければなりません。杉並から全国へ、いのちのネットワークを広げよう! 杉並区政の変革から、国政の大変革へ、大いなる志をもってたちあがろう!
 二〇〇〇年六月三日
 介護と福祉を要求する杉並住民の会結成大会

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週刊『前進』(1961号3面4)

 誰でもできる選挙活動

 ◆親戚・知人・友人に支持を訴えよう
 ◆労組・職場の仲間に声をかけよう

 東京八区(杉並区)の衆議院選挙決戦は、六月二十五日投票に向け二週間の激戦に突入しました。長谷川英憲候補必勝へ全国の同志、支持者、読者のみなさんの総決起を訴えます。
●演説会にかけつけよう
 他党派とのしのぎを削る闘いにおいて、街頭での訴えは、闘う候補の勢いを示すものとなります。毎日の駅頭演説会にかけつけて下さい。各地域での個人演説会にかけつけて下さい。
●選挙区内在住者に支持の訴えを
●電話をかけよう
●公選はがきを書こう
 選挙区の友人、知人、親戚に働きかけて下さい。その名簿を選対本部に集中して下さい。同窓会名簿、職場の名簿など、もう一度確認して下さい。つながりのある人からの働きかけは非常に有効です。
 職場の仲間にも話して下さい。選挙区に居住する人でなくても、その友人、知人に選挙区の人はいます。長谷川候補が勝利することの重要性を訴えて、その人に声をかけてもらって下さい。
 電話での選挙運動、支持要請は、投票日前日まで無制限にできます。知っている人からの直接の電話は、特に力になり、確実に支持に結びつくものです。
 そして、その人たちに公選はがきを必ず送りましょう。選対本部に必要な枚数を申し込み、宛て名と差出人の名前を書き、もう一度、必ず選対本部に戻して下さい。公選はがきは、選対がまとめて差し出したものだけが有効です。
●まわりの人たちに積極的に声をかけよう
 労働組合の会議や職場の集まり、サークルや趣味のグループの集まりで長谷川支持を訴えて下さい。可能なら、候補者や選対部員を紹介して直接訴えさせて下さい。電車の中でも買い物の途中でも顔見知りの人に会ったら、どんどん声をかけて下さい。また、たまたま別の用事で訪問した相手に投票を訴えることは、「個々面接」として公選法で認められています。
 これから投票日までの闘いに一切がかかっています。やれることはなんでもやり、必ず勝利しよう。

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週刊『前進』(1961号4面1)

 カクマルの手先に転落した白井朗の反革命策動粉砕を

 「三・一四」への怒り捨て全面投降

 反革命通信『解放』一六一七号の4〜5面に「ブクロ派脱落・スパイ分子白井朗を完全捕捉、自己批判かちとる」という政治的雑文が掲載されている。
 もとより、これはカクマルの反革命文書、政治的作文であり、デッチあげに満ち満ちた性格のものである。われわれはそうした性格をきちっとおさえたうえで、革命的観点をもって、そこに表れた問題の核心をつかみ取ることができる。
 われわれは、あらためて明らかになった白井朗の反革命的本質を全人民に徹底的に暴露し、白井朗を階級的に断罪し、粉砕しつくす闘いを断固として展開していくものである。

 第1章 カクマルへの抵抗もせずに命乞いの弁明

 『解放』の反革命的意図、作為に満ちた駄文からも、われわれはいくつかのまぎれもない事実を確認できる。その中でも、最も重要な事実は、白井朗がカクマルの捕捉(ほそく)行為に対して、何一つ原則的な抵抗をせず、カクマルの白色テロル態勢に屈服し、カクマルと長時間にわたって話し込み、反革共同的言辞をべらべらとしゃべったということである。
 このことはけっして小さなことではない。このことは白井朗が七一年十二・四反革命以来のカクマルの白色テロル戦争に対しても、さらには七五年三・一四反革命=本多延嘉書記長虐殺そのものに対しても、断固として生命をかけて闘うという革共同の当然の、しかし厳粛な立場、任務というものを百パーセント捨て去り、カクマルの白色テロルの前に完全に屈服し、革共同の、そして階級の大義を裏切ったことを決定的に確証するものである。
 何一つ抵抗しなかったということは、カクマルのファシスト的白色テロルの前に白井朗がただただ命乞いのために、反党的、党破壊的言辞をしゃべりまくったということである。白井朗は現代のナチス・カクマルの前に全面的に転向者として這(は)いつくばったということである。三・一四反革命への怒りのひとかけらでもあったら、゛平和的な話し合い”などが成立するわけがないのである。
 卑劣きわまる白井朗はたぶん後から、この『解放』の記事に゛抗議”するポーズを取るに違いない。しかし、白井がカクマルの白色テロルに怯(おび)えて全面的に屈服し、命乞いの弁明を繰り返したという事実を塗り隠すことは絶対にできない。
 ファシスト・カクマルに全面的に屈服し、投降した白井朗! ファシスト・カクマルへの怒りのすべてを投げ捨て、カクマルの前に這いつくばった白井朗!
 この事実を全階級・全人民の前に徹底的に暴露しなければならない。

 第2章 完黙の思想を投げ捨て権力にも完全屈服

 第二に間違いなく言えることは何か。白井朗は、国家権力に対する闘いでの完黙の思想を捨て去り、権力にもべらべらしゃべっている実績をすでに持っている。しかも最近の出版物では、白井朗は「(まだ逮捕ではない時点で)失火事件は事実なのですべて取り調べに応じた」「(逮捕状が執行されてから)すでに失火事件については取り調べに応じているため、黙秘は意味がないと判断した」と開き直っているのである。 このことは「権力にすでにわかっていることはしゃべっても構わない」という思想なのである。これこそ、国家権力への裏切り分子・投降分子・転向者のおきまりの言動である。重要なことは、権力にこのように投降し、通敵する人間がカクマルの白色テロルの前で完黙の闘いなどできるはずもないし、するはずもないということだ。
 この面からすれば、『解放』一六一七号の4〜5面の記事に出ていることは、多くはすでに白井朗のパンフや出版物(「反革共同宣言」の本)で彼が書きまくっていたことであり、白井朗の理論からすれば、「すでにカクマルにわかっていることについてはカクマルにしゃべっても構わない」ということになるということである。白井朗の反革命性や、命乞いのためだったら何でもする卑劣性、転向・腐敗分子的性格からして、白井朗がすでに公表されている文書に書いたことはカクマルにべらべらしゃべったと見て間違いない。
 このことは、白井朗が今や、ファシスト・カクマルに対する通敵分子となり果てたということを示す。さらにいえば、カクマルの反革命的な手先に転化したということである。白井朗の、「革共同はスターリン主義党である」などというデタラメな規定は、革共同を破壊するためだったら何をしても構わないという論理と結合している。そのためには、三・一四反革命への怒りも投げ捨て、先制的内戦戦略の第二段階はもちろん第一段階をも投げ捨て、カクマル=真正ファシストの規定を投げ捨てていくことと直結している。
 白井朗は、革共同を破壊するためだったら、〈かってにファシストでなくしてしまったカクマル〉に革共同のことについて、組織暴露することを平気でやるということである。
 白井朗は完全にカクマルに屈服し、投降し、転向し、カクマルの手先になり果てたということである。われわれはこのことの重みを、白井朗自身にトコトン味わわせることをきっぱりと宣言するものである。
 カクマルの白色テロルの前にどれだけの革命家が、活動家が、闘う大衆が傷つけられ、殺されてきたか。カクマルの反革命的ゲバルトと階級的裏切りがどれだけ労働者階級人民、労働運動、学生運動、市民運動の利益を損なってきたか。
 かつて、かりにも革共同の指導部の一員としてあった白井朗が、このようなカクマルに這いつくばり、べらべらと組織的暴露をして命乞いをするということは、断じて許されることではない。このような白井朗を許しておくことは、もはや革共同にはできないし、許されない。革共同の怒りは今や頂点に達している。

 第3章 革共同の破壊のための談合継続は超重大

 第三の事実は、『解放』が「論議の継続を確認した」としていることである。うそ八百の作文に満ちたこの長い駄文ではあるが、白井朗の持つ卑劣さ、命乞いのためなら何でもするという態度、カクマルの白色テロルの対象から自分は許してもらいたいということを狙っている破廉恥さからして、白井朗が「論議の継続」に応じたこと自体は事実と見て間違いない。
 このことは、われわれから見れば、さらに重大なことがらである。つまり、ファシスト・カクマルと反党腐敗分子=白井朗は革共同の破壊のために、繰り返し「会談」や論議を持っていくという関係に突入したということだ。この意味でも完全に白井朗はカクマルの手先と化したのである。

 第4章 白井を革共同から守ろうとするカクマル

 第四の事実は、カクマルがこの『解放』の長大「戦果報道」記事において、なんと白井朗の住居の住所・番地を伏せているということである。「戦果報道」としての必要条件を欠いているのだ。要するにカクマルは白井朗をわが革共同から守ろうとしているのだ。
 つまり、カクマルは白井朗を革共同破壊の道具として、手先として、利用しつくそうとしているのである。カクマルによる白井朗のアドレスの防衛というこの端的な事実こそ、逆に、白井朗がカクマルに対して取った屈服、投降、通敵、手先化という態度の何よりの証拠である。カクマルにとっては、反革共同のためにかけがえのない協力者=白井朗ということなのだ。
 白井朗の反党破壊分子としての階級的犯罪性はここに極まったというほかはない。革共同は、この階級的犯罪を断じて許さない。

 第5章 カクマル内部危機の激化を全面自己暴露

 第五の事実は、この長い駄文全体を見ても、今日のカクマルの中味のなさ、カクマルの内部危機の激化というものが透けて見えるということである。
 そもそも白井朗は、革共同の組織的原則的党内闘争の中で徹底的に糾弾、打倒され、共産主義者としての当然の組織的態度、自己批判をしきれず、組織からひたすら逃亡したという人物にすぎない。このため白井朗の知っていることなどごく限られたものでしかない。そのうえ、レーニン主義的党建設をスターリン主義だなどと言って排撃する白井朗をまともに相手にするものは誰もいない。カクマルはこんなことをある意味でわかっているので、白井朗の別働隊として動きまわって革共同を少しでも傷つけられればとあがいているのである。
 だが、この白井朗問題に小躍りして騒ぎまくっている九九年〜二〇〇〇年におけるカクマルの姿は、逆にこんなことにでもすがらなければ革共同に根本的に何一つ対応できないという、彼らの内面的危機性を自己暴露しているのである。
 革共同は、五月テーゼ下の対カクマル戦を強力に推進し、圧倒的にカクマルに打撃を強制してきている。JR総連の今日の危機とカクマルの大混乱はその何よりの証左である。革共同はさらに前進し、カクマルを階級全体の中で暴露し、彼らを包囲し、階級的に一掃、せん滅するために、二〇〇〇年代冒頭の闘いを展開していくであろう。

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週刊『前進』(1961号4面2)

 原子力特措法「先行実施」弾劾

 「原発ゲリラ」「不審船」へ戦闘を想定した実戦演習

 三・二二「もんじゅ」反動判決と一体となった三・二三原子力災害対策特別措置法の「先行実施」を弾劾する。法の六月施行を前にして、法に基づくものとして、原発地帯=敦賀半島(核生産軍需施設)「もんじゅ」)を舞台とした核(ゲリラ)戦争想定の実戦演習が強行されたのである。さらにこれと一体の、能登沖・不審船迫撃・爆撃一周年「日本海演習」に反撃し、戦争への道を阻止しよう!

 第1章 もんじゅ判決と一体で敦賀に自衛隊出動

 三月二十二日、福井県敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」差し止め訴訟の判決が福井地裁で下された。
 十四年半もの長い裁判を闘いぬいてきた九十歳になる原告団長・磯辺甚三さんを始めとする、傍聴席を埋めた原告と支援者を前に、岩田裁判長はたった一言「原告の請求を棄却する」と言い放った。その判決文は国の主張を写しただけのものだった。
 韓国を始めアジアの国々から「日本は核武装するのか」という猛烈な批判があり、日本の世論調査でも八割が不安を語っている中で、「危険性があっても国益が優先」と言ったのだ。
 政府の公式姿勢は、「非核三原則」は「政策であって変更できる」というものだ。それは昨年の西村前防衛政務次官の「日本は核武装すべき」という発言として現れている。
 原発銀座と呼ばれる福井県で、原発反対福井県民会議が行った原発増設反対署名には二十一万人もの人びとが署名した。
 この判決は、圧倒的な民衆の原発への不安を国家権力の強権でたたきふせる攻撃である。判決は「初めに結論ありき」なのだ。
 さらに翌二十三日、日本は核武装への道を進むと表明したものが、原子力災害対策特別措置法の「先行実施」である。これとリンクして同時進行した「不審船」一周年日本海演習であり、かつ、闘う労働者に対する不当逮捕=予防弾圧・拘禁攻撃であった。

 第2章 強権的な治安政策で住民・自治体を総動員

 三月二十三日には、原子力災害対策特別措置法に基づいて演習が強行された。この演習での自衛隊出動のシナリオ「緊急事態の想定の概要」は、以下のようなものであった。
 午前五時半、原子炉緊急停止。七時過ぎ、炉心冷却装置の運転失敗。そこで午前九時ごろには炉心内の水がなくなる炉心溶融に至るという緊急事態発生が報告された。七時三十分、首相が「緊急事態宣言」、自衛隊に災害派遣要請を行う。
 九時、国の現地対策本部長が自衛隊機でオフサイトセンター(緊急事態応急対策拠点)に到着。九時十五分、県知事到着。十時に避難の決定、十一時五十分に放射性物質放出。
 午後一時五十分、炉心冷却装置復旧。二時四十五分には首相が緊急事態宣言の解除を宣言。
 これに対して、原発反対福井県民会議は十九班にわかれて監視活動を行った。
 この攻撃は第一に、現地住民・自治体を無視し、住民を被曝(死)させる国の一元的な強権的治安政策そのものである。
 すでに、東海村臨海事故の際に明らかになったことは、情報が握りつぶされ、住民が中性子線・放射能のもとに放置され、被曝させられ続けたことだ。東海村JCO事故を居直り、事故による被曝(死)より、国益を重視し、戦争国家体制へと突き進み、住民を治安管理するものだ。
 「緊急事態宣言の解除」において、この姿勢はあまりにも露骨であった。住民には何の情報も知らされなかったのである。
 この攻撃は第二に、有事・戦争体制づくりと一体になった原子力施設への自衛隊による本格出動・住民の戦時型動員である。
 三月二十三日の自衛隊出動の特徴は、陸海空の自衛隊の十六兵種が参加した本格的な実戦訓練であった。つまり、緊急有事=戦争を想定して、普通科連隊以外に戦車大隊・施設大隊・通信大隊・後方支援連隊(武器大隊・補給隊・輸送隊・衛生隊)など有事・戦闘に必要なすべての自衛隊部隊が参加した。
 特にその中で、実動部隊として中部方面隊第一〇師団(陸上自衛隊金沢駐屯地)第一四普通科連隊と戦車大隊の計四十二人が石川県から参加し、大型車両や炊事車など十六台で福井県へ向かったことは重大だ。また滋賀県今津町の第一〇戦車大隊なども出動した。
 空自では、航空自衛隊小松基地から救難隊ヘリコプターが参加、上空を旋回してガンマ線測定をした。また、鳥取県美保航空基地所属の自衛隊機一機が午前七時半に敦賀上空へ飛来し、航行する艦船を監視した。
 敦賀海上保安部からは巡視艇二隻と巡視船一隻が午前七時半に出動した。
 海自・舞鶴からも参加したと言われている。自衛隊と赤十字奉仕団は共同の炊き出し、搬送、医療機関の関係者による訓練、放射能除去訓練を行った。
 敦賀現地では、武装ゲリラによる原発破壊テロを想定し、住民の前に迷彩服で身を固めた自衛隊員が展開した。
 国の関係者は自衛隊のヘリに乗って、前線司令部に相当するオフサイトセンターに自衛隊員とともに到着した。一切が国(自衛隊)の指揮に従って行われた。県・市町村などの自治体をその指揮に従わせることを目的とした治安出動である。
 それが、自衛隊の「ゲリラからの原発防衛」という軍事行動と一体となって、全体の緊張感をつくり出した。自衛隊の輸送トラックが住民(に見立てた自治体職員)の搬送をする。陸海の交通規制を実施する。このことは、この特措法が「原子力災害に対しては、住民や自治体の自由決定を許さず、国が一元的に全面指揮して行う」という強権的軍事的支配(戒厳令)を意味しており、住民がとどまるか移動するかなどの全行動が国・自衛隊に支配された。
 したがって訓練終了においても、「避難をそのまま続けるかどうかなどについて、自治体の長である福井県知事にさえ、゛意見は何一つ求めることもなく”ましてや゛住民の意志はまったく無視”した態度のままで、国(科学技術庁・自衛隊など)が゛法に決められた通り一方的に終了宣言”しセンターを解散した」のであった。この異常な状況は、まさに戒厳令であることを示している。

 第3章 朝鮮侵略戦争想定し日本海では爆撃演習

 三・二三演習は、地域の住民・自治体を総動員した点で、今までの自衛隊だけの演習とは「まったく次元を異にする実戦演習」である。
 首相が緊急事態を宣言し、官邸内に災害対策本部の長として就き、前線には資源エネルギー庁審議官が現地対策本部長に就いた。住民約六百人、自衛隊十六機関を先頭に国・県など五十一機関約千三百人、合計千九百人以上が動員され、原子力安全委員会など二十七人が決定に参与した。
 この三・二三演習と一体のものとして、同時に、朝鮮侵略戦争を想定した日本海演習=「日本海不審船一周年爆撃演習」が強行された。「実戦さながらの訓練」「次は必ず捕まえる固い決意」と指揮官の決意が述べられたように、射撃・砲撃を行い、応戦する相手を制圧し、前方へ回り込み強行接舷(せつげん)を行い、隊員は相手船に自動小銃で突撃し、負傷者の出る中で乗組員を拘束する。負傷者はヘリコプターでつり上げる。この訓練には約二百三十人が参加した。
 演習は新潟−能登半島沖で行われた。まず自衛隊哨戒機P3Cが「不審船」を発見。巡視船「えちご」(指揮艦)、「かがゆき」(国内最高速巡視船)、「のと」(富山・伏木)、「くらま」(第八管区・舞鶴)など七隻とヘリコプター三機が参加した。これは新潟−北陸三県−京都に及ぶものである。
 先の敦賀半島の演習において明らかなように、鳥取−滋賀−京都を含み、敦賀半島・北陸を中心とした二十三日の「原発ゲリラ」との戦闘、住民への戒厳態勢は、「不審船」との日本海での海上戦闘と一体となったものであった。
 三月二十二日に実施された全国一斉家宅捜索と沖縄と北陸での不当逮捕は、その点でも二十三日の実戦演習と完全に一体であった。
 そもそも、原子力災害対策特措法は六月施行であるにもかかわらず、三月に先取り的に実施されたこと自体がすでに違法だ。
 新安保ガイドラインを発動した場合、戦闘とともに治安出動し「敵性民間人」(在日朝鮮人・中国人、革命勢力・反戦平和活動家など)を予防的に「収容」することを予定している。石原発言もこの中で必然的・意図的に行われたのだ。
 富山ではAさんが、「もんじゅ」判決公判に出かけようとしていた二十二日午前五時、逮捕された。大規模な「資金ルート解明」と称するデッチあげ(調書・連行)が行われたことなど、戦争前夜の予防検束を連想させるものである。
 その後、福井県警は敦賀を中心とする嶺南機動隊を四月四日に発足させた。これは「核燃料の輸送、原発警備、密航摘発」を専門任務とする部隊である。
 自衛隊・警察の総力を挙げた攻撃に対して、われわれは大衆的な闘いと高揚の時代が来たことを喜びをもって実感できる。追い詰められた権力の凶暴化が始まっている。だが、逆に人民の広範な怒りを呼び起こすことになる。断固として、六月総選挙−七月沖縄サミット決戦へ攻め上ろう!
〔岸川慎治〕

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週刊『前進』(1961号4面3)

 6・3日本原現地闘争

 「立入禁止」を粉砕

 勝利の地平示す

 六月三日、岡山、山陰の白ヘル部隊は、陸上自衛隊日本原演習場で実弾射撃演習阻止の現地闘争に決起した。この日の演習は、那岐山中腹に一昨年再開設された東地区射撃場での二〇〇〇年度初めてのものだ。
 早朝六時、参加者は車で射撃場西ゲート(一の瀬渡)前に移動、ただちに隊列を整えてゲートの阻止線を突き抜け着弾地に向かう。警備の駐屯地業務隊、警務隊の隊員があわててつき従う。着弾地間近の最終阻止線で自衛隊と対峙し、「侵略演習阻止!」のシュプレヒコールをたたきつけ、不当な立入禁止措置を徹底弾劾した。(写真)
 立入禁止の午前七時、自衛隊が「立入禁止時間です。速やかに立ち退いてください」と通告してきた。これに対し演習告知の掲示の誤記を指摘し、「まちがった掲示による立入禁止など無効だ」と立入禁止区域のど真ん中で自衛隊を徹底追及した。自衛隊は対応不能に陥り、訂正した掲示文書を現場で確認するまで三十分以上立ち退きを求めることもできない。その場から西ゲートを出るまで約一時間にわたって不当な立入禁止規制を粉砕した。
 この日の闘いが示すように、日本原農民を先頭とした人民の実力決起で、自衛隊が、演習場の中においてさえ立ち往生する現実を強制し続けている。これこそ日本原闘争の勝利の地平である。日本原闘争は、新ガイドライン発動へと自衛隊の実戦能力の飛躍を必死で進めようとする日帝の前に立ちはだかり続けている。

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週刊『前進』(1961号4面4)

 2000年日誌 阻もう! 戦争への動き

 5月29日〜6月5日

 米゛15年期限″取り下げ要求

 森が今度は「国体守れ」発言

●キャンプ瑞慶覧で油漏れ放置 沖縄県宜野湾市の排水路で、キャンプ瑞慶覧内から流出した油が発見された。米軍はフェンス沿いにオイルフェンスを張るなど流出防止対策を講じたが、油の一部は民間地域まで流れ出た。在沖米海兵隊報道部は「フォークリフトの油圧系統が故障し、五g未満のオイルが流出した」と説明。しかし新聞社などの取材で前の週から油漏れが確認されており、専用の受け入れ容器一つで対応したまま放置していたことが明らかになった。(29日)
●「戦争決別宣言」採択
 衆院本会議で、七月の沖縄サミットを契機に、国際紛争を平和的な手段で解決し「戦争を絶対に引き起こさないよう誓い合う」としたインチキな「戦争決別宣言」を、自民、公明、保守などの与党三党の賛成多数で採択した。(30日)
●首相問責決議案を提出
 森首相の「日本は天皇中心の神の国」発言問題で、民主、共産、社民の野党三党が首相問責決議案を提出した。しかし与党三党の反対多数で否決。(30日)
●内閣不信任案を提出 森首相の「日本は天皇中心の神の国」発言問題で、民主、共産、自由、社民の野党四党が「憲法違反、憲法否定であり、首相としての資格と資質を全く欠く。森内閣は解散・総選挙を待たず速やかに総辞職すべき」と、衆院に内閣不信任案を提出した。だが採決されずに解散となった。(31日)
●ウラン弾の薬きょうが民間流出 沖縄県西原町の鉄くず業者が、米軍が使用したとみられる劣化ウラン弾の薬きょう数百発を保管していることがわかった。米海兵隊報道部の説明などで、薬きょうは、米海兵隊が一九九五年から九六年にかけ、鳥島射爆場で使用した物以外の劣化ウラン弾である可能性が強まった。米軍は鳥島発射事件以外に日本国内で劣化ウラン弾を使用したことは一切ないと公表している。(31日)
●15年問題で米政府は新案出さず 米政府当局者が、米軍普天間飛行場の移設問題で「クリントン政権は今後移転問題で新たな案を示さない」と明言し、移転先施設の十五年使用期限問題で日本側の期限要求取り下げの動きがない場合は、移転問題の解決は大幅に遅れると語った。(31日)
●船舶検査を合同演習 五月三十日から始まった環太平洋合同演習(リムパック二〇〇〇)で海上自衛隊が初めて、「不審船」を追跡して船舶を立ち入り検査する日米合同演習を実施することが明らかとなった。また、仮想の三カ国間で高まる緊張に、難民を想定しながら国連安保理の要請で多国籍軍を形成して対処するという想定のシナリオで行われることも明らかになった。海上自衛隊は、今回の訓練をガイドラインとは関係ない海上警備行動の一環としているが、米側は「国連安保理決議に基づく船舶検査活動」と認識しているという。(1日)
●衆院解散、総選挙へ 森首相が衆院を解散し、臨時閣議で、総選挙の日程を「十三日告示−二十五日投票」とすることを決めた。現憲法下での解散は十八回目、総選挙は小選挙区比例代表並立制による初の選挙となった一九九六年十月以来、三年八カ月ぶりとなった。(2日)
●「共産党と国体守れるのか」と森 森首相が「(共産党は)綱領を変えないと言っている。天皇制を認めないだろうし、自衛隊は解散でしょう。日米安保も容認しない。そういう政党とどうやって日本の国体を守ることができるんだろうか」と発言。(3日)
●森失言認める 森首相が「昨日は三、四十分の予定を一時間以上話した。失言もあって怒られた」と「国体」発言について「失言」だったと認めた。(4日)
●米海兵隊が実弾訓練開始
 在沖縄米海兵隊による本土移転の実弾射撃訓練が、北海道・矢臼別演習場などで始まった。同演習場では四年連続、四回目となる。訓練中止を求める申し入れや抗議集会などが行われた。(4日)
●日米共同訓練見直し 防衛庁が大規模な武力侵攻の対処に重点を置いていた自衛隊と米軍との日米共同訓練を、周辺事態や武装ゲリラによる破壊工作など多様な事態への対処能力を強化する訓練へ抜本的に見直す方針を固めた。(4日)
●サミット地域議題固まる
 七月沖縄サミットで、南北対話や北朝鮮の核・ミサイル問題などの朝鮮半島情勢、パレスチナ独立問題などの中東情勢を中心に十地域の情勢を議論することが固まった。(4日)
●森が一転して「失言ではない」と居直り 森首相は「国体」発言について「失言もあって怒られました」と話していたが、「取り消したと言っていない。たくさんの発言の中で、失言もあったとしかられているという客観的なことを言っただけだ」と述べ、「国体とは国のあり方、国家体制と言うことだ。昔の国体と結びつけては、話していない」と居直った。(5日)

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週刊『前進』(1961号5面1)

 国労臨大「JRに法的責任なし」否決を

 全面降伏の「四党合意」粉砕し現執行部の総退陣かちとろう

 闘争団守り抜き国労の再生へ

 第1章 組合員の13年の誇りと団結切り捨てる大暴挙を許すな

 国労の生死を分かち、闘争団とその家族の十三年間にわたるかけがえのない歳月と三万国労組合員の誇りをかけた決戦の時が来た。国労中央本部は、七月一日をメドに臨時全国大会(社会文化会館)を開催し、「JRに法的責任がないことを認める」ことを機関決定しようとしている。
 革共同はこの大暴挙を、闘争団と国労三万組合員、国鉄闘争を支援・連帯する多くの労働者とともに怒りを込めて徹底的に弾劾する。千四十七人とその家族の闘いと生活を、その日から切り捨てる歴史的裏切りを断じて許してはならない。
 「JRに法的責任がないことを認める」とは、五・二八反動判決を認め、ILO勧告をむざむざ投げ捨て、「分割・民営化は正しく首切りは正当であった」と認めることである。分割・民営化以来の一切の国家的不当労働行為、採用差別と千四十七人の首切り、配属差別、不当配転、JR労資結託体制のもとでの賃金・昇進差別、バッジ処分、脱退強要など職場での差別・選別による不当労働行為の一切を認めるということである。
 国労中央は、昨年三・一八臨時大会で、改革法を承認し、「政府=国に責任はない」として国家的不当労働行為を認めた。そして今度は「JRに法的責任がない」と、JRの不当労働行為をも認めようというのだ。
 では、首切りの責任は地上から消え失せたのか。職場を追われた二十万人、二百人の自殺者、JRへの採用を拒否され清算事業団に送られた七千六百人余、そして千四十七人の解雇者、この一人ひとりの苦しみ、悔しさ、尊厳を跡形もなく抹殺するというのか。
 分割・民営化以降、闘争団と国労三万組合員とその家族が、血と汗と涙で培い守り抜いてきた、「首切り責任をとれ」「解雇を撤回し全員を地元JRに復帰させろ」「差別・選別を許すな」という闘いと団結と叫びを踏みにじろうというのか。
 宮坂・チャレンジ一派、革同上村一派ら国労中央は、自らが全面降伏しているだけではない。権力の暴虐の前に進んで魂を売り渡し、権力の意を体して闘争団と国労三万組合員を奴隷の道に引きずりこもうとしているのだ。
 「JRに法的責任がないことを認めよ」と、国労に臨時大会決定を迫った四党合意を粉砕しよう。七・一臨大で宮坂・上村・新井らの本部執行部を今こそ打倒し、総退陣に追い込もう。

 第2章 首切りの合法化を承認させ「ゼロ解決」で国労解体狙う

 このような臨大強行に至らしめた五・三〇の与党三党と社民党の四党合意文書「JR不採用問題の打開について」(本紙前号4面に掲載)の反動性を徹底的に弾劾し、批判しなければならない。
 第一に、この四党合意の最大の反動性は、2で「国労が、JRに法的責任がないことを認める」ことを「全国大会(臨時)において決定」しろと迫っていることだ。
 「JRに法的責任がない」の一言を認めたら、その日から国労の解体が始まる。国労が国労でなくなるのだ。分割・民営化以来、国労が存在し続けたのは、国家的不当労働行為と首切りへの怒り、解雇撤回・地元JR復帰を掲げた闘争団とその家族の闘いと存在があったからだ。国労三万組合員の一人ひとりの存在は、国労に対する差別・選別と不当労働行為に立ち向かうことで成り立ってきた。仲間を裏切らない人間的・労働者的魂が、どんな理不尽な攻撃にも、国労の誇りを失わず、不屈に生き闘う国労三万組合員の生きざまをつくりあげてきた。
 「JRに法的責任がない」とは、闘争団と国労三万組合員の闘いと存在、団結を破壊し、十三年間のすべてを否定し、無に帰するものだ。それは、過去のことだけではない。未来永劫(えいごう)、国労は不当労働行為と闘えず、資本の首切り、リストラ、合理化に身をさらし続ける以外にない。
 国家権力や資本は、国労に「JRに法的責任がない」を認めさせることで、国労解体を狙っているのだ。
 「臨大が交渉の前提かどうか」「臨大は入り口か出口か」「同時並行かどうか」と宮坂や上村らが仕向けている論議が核心なのではない。核心は、「JRに法的責任がない」を認めるか否かであり、絶対に否決し、阻止しなければならないということである。

 第1節 臨大を強制するとは類例のない支配介入

 第二に、この四党合意は無条件全面降伏の要求である、ということだ。
 3で「国労の全国大会における決定を受けて、『雇用』『訴訟取り下げ』『和解金』の三項目について、以下の手順で実施する」と言っている。これについて自民党の甘利副幹事長は四党合意後の記者会見で、「手順としては、国労の全国大会でJRに法的責任がないことを認めるのが大前提だ。そしてそう時間を置かないで、三つのパッケージを進行していく」と明言している。また六月二日、二階運輸相が「運輸省としては……JRへの雇用の要請、和解金等についての検討などは、国労の全国大会における決定を受けて行われる」とダメ押ししている(別掲資料参照)。
 これに対して宮坂書記長は、「(3で)『以下の手順で実施する』とあるが、できるところから作業に入ることとなっている」「政党間、政党・政府間で金銭的補償の作業は進めていくこととなる。作業を進めていって、できた合意が生きるのは、国労の大会決定後ということである」「会談を受けて臨大まで交渉・折衝を進めていくということで昨日から具体的動きになっている」「記者会見の内容は聞いているが、包括的打開をはかっていくという高度な政治判断が働いている」(五月三十一日、全国代表者会議)などとあらゆるペテンとウソを重ねている。
 ここで重要なのは、合意文書に「(JRに法的責任がないことを認める)国労の全国大会における決定を受けて、実施する」となぜ明記しているのか、なぜ「改革法承認」では足りないのか、なぜ自民党は臨大決定を求めているのか、ということだ。
 権力の側にとっては交渉うんぬんが問題なのではない。あくまで国労側に無条件全面降伏を約束させ、がんじがらめに縛ろうということだ。しかも労働組合に臨大を強制し、そこで機関決定すべき内容まで強制することなど、大変な不当労働行為であり、悪質な政治的支配介入であり、労働運動史上類例がないとんでもないやり方だ。まさに、この合意文書自体が、ただただ国労を全面降伏させることを目的にして書かれているのだ。
 JR各社は、「裁判を重ねてもこちらは負けないし、総選挙後、社民党の力も弱くなるだろう。交渉を急ぐ必要はない」(JR東日本幹部、五月三十一日付朝日新聞)、「国労の具体的対応を見守る」(JR東海のコメント)などとうそぶいている。国労がどれだけ屈服するかを「見守る」という態度を露骨にしているのだ。
 ご都合主義的に「高度な政治判断」と称して「すぐに交渉が始まる」などと騒いでいるのは、国労本部執行部と社民党だけなのだ。
 しかも、総選挙に突入する中で、誰といつ「交渉」するというのか。今次選挙の結果しだいで当事者がすべていなくなる可能性さえあるのだ。「自社協議」は間違いなく吹き飛ぶ。その先に何があるというのか。あるのは七・一臨大の無条件全面降伏の日だけなのだ。
 第三に、この「無条件全面降伏」要求の文書から導き出される「解決水準」は間違いなく「ゼロ」でしかない、ということである。
 まず「JRに法的責任がない」ことを認めた瞬間に、JRには「紛争解決」や「補償」の責任が一切なくなる。一人もJRに復帰させなくてもよい。一銭も払わなくてもよい。そもそも「交渉」に応ずる必要もないのだ。まさにJRの言う「解決済み」の問題となるのだ。こんな非道が許されるか。
 その上での「人道的観点」からの「解決」とは、雇用したり、解決金を払ったりする責任などまったくないが、政党が間に入って「お情け」で少しだけなんとかしてやろう、というものにすぎない。“その代わり今後一切逆らうな。国労を自ら解体しろ。闘争団を切り捨てろ”ということなのだ。これでは、「ゼロ解決」以下だ。国労としての、人間としての、労働者としての誇りと尊厳を捨てろというところまで迫っているのだから。
 さらに、この「解決の枠組み」は、まさに昨年六月の「運輸省メモ」以下である。「JR各社に、雇用の場の確保等を検討してほしい旨の要請を行う」として、運輸省メモの「新規採用」のはるか手前で、「検討を要請」するが、その結果だめならしかたがないというものだ。「和解金の位置づけ、額、支払手法等について検討を行う」とは、「JRに法的責任がない」ことを認めた上で訴訟も取り下げ、「運輸省メモ」の「裁判上の金銭和解」ではなくなるのだから本来払わなくてもよいが、「お情け」で「すずめの涙」以下の額でしかたがない、ということだ。国労中央はこのような「ゼロ解決」を丸のみする闘争団切り捨ての確信犯なのだ。

 第2節 追いつめられたのは権力・JR資本の側だ

 第四に、四党合意の狙いは、「労使関係の正常化」の名による国労の変質・転向と解体を決定的に促すことにある。
 宮坂・上村らは「JRに法的責任がないこと」を認めることで、資本に忠誠を誓い、JR総連=カクマルとの対決を投げ捨てる「労使正常化」の道にのめり込んでいる。
 この背景には、JR東日本の「シニア協定」と新人事・大塚体制の決定、そのもとでのJR総連=カクマルと資本の結託体制の崩壊の開始、二〇〇一年に迫った「JR完全民営化」の危機という超重大情勢が存在している。
 「シニア協定」は、全面外注化攻撃と結びついた第二の分割・民営化攻撃であり、国労・動労千葉解体攻撃そのものである。大塚新体制の確立は、十三年間のJR労資結託体制がついに瓦解を始め、JR総連=カクマルを使った分割・民営化攻撃―「完全民営化」が決定的に破綻(はたん)し、日帝権力とJR東−大塚新体制が直接、国労解体攻撃に踏み込んだことを意味する。
 このような中で、今回の四党合意と国労の臨大強行の情勢がある。「JRに法的責任がないことを認める」ということは、不当労働行為と闘わず、資本と対決しないということだ。まさに、日帝権力は、「シニア協定」とJR東新人事の新たな国労解体攻撃をバックに、形を変えた「労使共同宣言」を迫っているのだ。宮坂・上村の「労使正常化」とは、これに全面降伏することであり、チャレンジ一派が主導した「三組合共同声明」の反動的意図は、そのようなものだ。
 国労中央は四党合意を受けた五・三〇国労声明で、「日本の基幹鉄道としてのJRの安全・安定輸送の確立と経営の発展に努めるためにも、JR各社との間に正常かつ民主的な労使関係の確立をめざします」と言っている。ついに「経営の発展」のための「労使関係の確立をめざす」というところまで踏み込んだのだ。それは「完全民営化」に協力するということにほかならない。
 なぜ、そこまで日帝権力とJR資本は国労に屈服と転向を迫るのか。それは、権力―資本の強さの表れでは断じてない。「完全民営化」は、どうしても千四十七人問題の反動的決着ぬきにありえない。今秋にも完全民営化のための「JR会社法改正」の期限が迫る中で、権力、JR資本はどんな成算がなくても、ただやみくもに突進してきているのである。
 それは、JR総連・資本の結託体制が崩壊を開始し、分割・民営化の破綻が深刻の度を増し、このままでは二〇〇一年三月に迫った完全民営化達成が絶望的であることへの焦りと危機感を示している。四党合意文書は、実は敵の弱さを表すものだ。にもかかわらず、宮坂・上村はこれにぶざまに屈服するだけではなく、なんとこの攻撃のお先棒を担ぐところまで転落しているのである。

 第3章 7・1は国労の発展の道開き勝利に進む最大のチャンス

 七・一臨大の攻防は、「JRに法的責任がないこと」を認めるのか、これを拒否するかの一点にしぼられてきている。

 第1節 日本労働運動全体の存亡をかけた決戦に

 権力と資本は、首切りは合法であることを、なんとしても押し貫こうとしている。労働者はどんなことがあってもこれを認めることはできない。認めたら労働者の死だ。「首切りを認めるのかどうか」は、労働者が生きるか死ぬかの問題なのだ。この国鉄労働運動と日本労働運動全体の存亡がかかった問題が、七・一臨大で争われるのだ。
 日経連・奥田会長は、五月の定時総会で今春闘を総括して、「何がなんでも、実力行使して要求をかちとろうという(『階級的・闘争的な』)労働運動に対しては、毅然(きぜん)たる態度で臨まなければならない」と言って、首切りを絶対に許さず、ストライキで闘おうというあたりまえの労働運動を解体する意図をあからさまにしている。四党合意は、権力や資本のこのような意図を背景にして国労解体に踏み込んだものなのだ。
 日帝は、今春闘で連合傘下の労資協調の組合すらたたきつぶすような激しい賃下げ攻撃を強行した。労働者階級の反乱の芽を根絶やしにしようとするものである。その場合、日帝にとってやはり階級的・戦闘的労働運動を根絶するためには、その砦(とりで)である国鉄労働運動をつぶさなければならない。今日の産業再生法、民事再生法、会社分割法などによる大リストラを強行するためには、この攻撃の先駆けとなった国鉄分割・民営化の首切り責任を追及する闘いを解体しなければならない。しかも、一千人の大争議団が解雇撤回を掲げ、連合傘下にも支援を広げることは許されない。だから、「JRに法的責任はない」と機関決定しろと、史上類例のない政治的支配介入であることも顧みず、暴力的に迫ってきているのだ。しかも、戦後最大級の首切り攻撃の合法化を認めるという、最悪の反動的役割を国労に担わせようとしているのである。ここに、四党合意の攻撃の激しさがある。
 逆に、ここで国労が踏んばって闘いぬくなら、日帝権力を追いつめ、日本労働運動の砦としてますます国鉄闘争が発展する。ここに勝利の展望があるのだ。国鉄労働者は、労働者階級全体の未来をかけ、その先頭で闘わなければならない。
 七・一は実は、国労を階級的に再生させ、分割・民営化十三年の現実を転覆させ、国労の新たな発展を切り開く最大のチャンスなのである。

 第2節 自己保身と延命狙う宮坂・上村らを倒せ

 そのチャンスを真に生かし勝利するために、はっきりさせなければならないことは何か。
 第一に、「JRに法的責任がないことを認める」という労働者の死、労働運動の死を招き寄せる宮坂・チャレンジ、革同上村一派を打倒して、現本部執行部を総退陣に追い込むことである。
 宮坂・上村ら本部執行部は、敵に対しては「一戦も交えない」無条件全面降伏に国労を引き込み、首切りの合法化を認めるという労働者階級への最大の裏切り行為を、ウソやデマに塗り固められたデタラメなやり方で強行している。「秘密交渉だ」「水面下の交渉だ」と言いつつ組合員を排除し、機関を無視し、また「早期解決」路線が完全に破産する中で追い込まれ、臨大強行を決定したのだ。
 宮坂・上村らは、「国鉄闘争終結」を公言してはばからない。彼らは、一刻も早く闘争団を切り捨て、国労の旗を引き降ろし、連合に合流したいと本気で思っているのだ。その裏切りと自己保身と延命のために、責任追及から逃げ、組合民主主義をずたずたに破壊しながら、国労史上最大の裏切りを強行しているのだ。彼らを打倒することの中に、国労の再生の力強い展望があるのだ。
 この間、特に重大なのは、革同上村派の反動的突出である。今日の臨大強行の反動方針は、四月冒頭「上村メモ」(革同学校の発言)によって引かれたといってよい。「もう今しか解決はないぞ」と革同内外を恫喝しつつ、ガタガタのチャレンジの尻をたたいて、どんな破綻的でも絶望的でも今の時期に闘争団を切り捨てようというのだ。まさに闘いの背後から闘いをつぶし、闘う者を「妨害者」として排除していく日共スターリン主義の反革命性がむき出しである。
 さらにどうしても許せないのは、社民党の伊藤副党首や濱田政審会長らである。彼らの役割はいったいなんなのか。闘争団と国労三万組合員の闘いと生活を一片でも顧みているのか。彼らは結局、国労に路線転換を迫り、かのチャレンジ一派と同様に「闘いの美学だけではない。国労運動も、安心できる鉄道を支えるように、王道を行くような労働運動に発展してもらいたい」(伊藤の五月三十日の記者会見)などと、「闘いの美学」を捨てよと言っているのだ。また、渕上幹事長は談話で、「本来の鉄道労働運動の課題は山積している」などと、首切りを許さないという労働運動の最も重要な課題を投げ捨てるべきだと言っているのだ。ふざけるな。このような社民党に、伊藤らの「引退の花道」と称して、国労を死の淵に引きずり込む権利はない。
 第二に、この大反動をうち破る力は国労の中に不屈に存在していることである。国労の階級的再生に向けて、今こそ闘う路線と団結をよみがえらせなければならない。
 宮坂・チャレンジ、上村革同らは、国労の組織と運動についての根底的な敗北主義をまきちらしている。
 彼らは、国労と国労組合員の力を絶対に信じないし、労働運動とは労働者の団結の力で闘っていくものだという原則がまったくない。宮坂や上村らは、この敗北主義をおのれの保身に徹底的に利用して、「国労ジリ貧論」を流布し、さらには「組織がつぶれていいのか」「このチャンスを逃したら解決は永遠にない」と恫喝し、全面降伏を国労三万組合員に強制しようとしているのだ。だが、いったい誰が国労がつぶそうとしているのか、ということなのだ。
 このような敗北主義を根底的にひっくり返した路線と団結こそが、明日の国労の発展を切り開くのだ。

 第4章 原点に返って団結うち固めJR総連との組織戦に立て

 第三に、それでは今日どのような闘いが必要なのか。それは、分割・民営化以来の原則的な闘いに確信を持ち、どんなに苦しくとも仲間を信頼し、ますます不動の団結を固め、国鉄闘争を支援する幾百万の労働者とともに闘いぬくことだ。
 国労中央の指導の根底的問題は、千四十七人問題や国労運動の階級的位置をまったくわかっていないし、根底的に否定しようというところにある。
 いったい分割・民営化攻撃とはなんであったのか。国労の解体をとおして戦後の階級的労働運動を絶滅させようというものであった。この労働運動への戦後最大級の反革命攻撃に対して、闘争団を生み出し、支援陣形を広大に獲得し、JR総連=カクマルと闘いながら、国労は自らを守りぬき、労働者階級の闘う砦(とりで)の位置を獲得しているのだ。このことは巨大な意味をもっている。
 今日、日帝権力は依然として国労解体によってしか階級的労働運動は絶滅できないとして襲いかかっている。また逆に、階級的・戦闘的に闘う労働者は、国労運動を守ることでしか自らを守りぬくことはできないと確信して闘っている。
 さらに、JR東の新人事によってJR総連の支配が崩壊を開始し、そのあがきからJR総連=カクマルはより一層の危機を深め、ファシスト的姿を鮮明にさせている。重要なことは、これは十三年間の闘争団を先頭とする国鉄闘争がつくりだしたものであるということだ。
 ところが宮坂・上村らは、国労が闘争団を切り捨て会社の発展に協力する路線に転換すれば、資本がカクマルの代わりに国労を選んでくれると思っているのだ。ここに闘わない者たちの転倒がある。闘わず、闘いを抑圧するがゆえに、敵がいかに危機であり、追い込まれているのかを見ることができないのだ。
 今日、権力、資本、JR総連=カクマルのすべての反動どもは、危機にあがき、あつれきと矛盾を激化させているのだ。だからこそ四党合意という形で、千四十七人問題の暴力的反動的決着、闘争団の切り捨てに踏み込んできたのだ。
 この情勢に対して、国労がその路線と団結を堅持して、原則的闘いに立ち上がれば間違いなく勝利は切り開かれる。ILO勧告を武器に五・二八判決を打ち破ることができる。JR総連解体と国労の組織拡大のめざましい前進は必ずかちとられる。この勝利の情勢を目前にして、どうして「JRに法的責任がないこと」など認められるか。無条件全面降伏などどうしてできようか。
 さらに今日の情勢は、小渕・自自公政権の崩壊と森・自公保政権のもとでのすさまじい政治危機である。日帝権力=森政権はもはやその統治能力を完全に喪失してしまっているのである。ところでこの間、日帝権力が、千四十七人問題を前にたえず動揺し、ちゅうちょしていた背景には、むき出しの国労解体・国鉄闘争解体攻撃が、第二の修善寺大会情勢を招きかねないという恐怖がある。
 四党合意は、日帝権力が、あまりの危機の中で追いつめられ、余裕を失い、第二の修善寺大会を引き起こそうとも、破れかぶれで踏み込んできた結果なのである。この絶望的な行為に踏みきらせたのは、ただただ権力、資本が、宮坂・上村ら国労中央を軽蔑し、なめきっているからだ。だが、八六年十月の修善寺大会を経て今日まで闘い続けてきた国労の底力に、日帝権力は実はおびえ続けているのだ。グラグラなのは、あくまで権力、資本、JR総連=カクマルなのだ。
 日帝権力、JR資本、JR総連=カクマルが国労解体攻撃に踏みこめば踏みこむほど、宮坂・上村らの策動が卑劣で反労働者的であればあるほど、そこに勝利の展望があることに確信を持とうではないか。敵の危機の中で、明らかに国鉄闘争の反転攻勢が始まっているのだ。
 十三年間を無に帰するな! 不当労働行為を絶対に許すな! 解雇撤回・地元JR完全復帰をかちとれ! この怒りと決意をもって、七・一臨時大会で、修善寺大会を超える国労三万組合員の総決起をつくり出そう。
 すでに全国の闘争団の圧倒的多数が抗議の意見書を本部に提出している。JRの職場からも分会や支部の意見書が次々に上がっている。各地本・支部の分会代表者会議などは、怒りの決起集会と化している。都労連などの怒りも高まっている。さらに全国で決起し、七・一の最大最高の決戦場に全国から駆けつけよう。
 そして四党合意を葬り去り、臨大で「JRに法的責任がないことを認める」ことをきっぱりと否決しよう。
 宮坂・上村ら現執行部を総退陣させ、闘う執行部を樹立し、不死鳥のような国労の階級的再生を今度こそかちとろう。

 「国労の臨大が前提」

 自民党・甘利、二階堂運輸相の記者会見(要旨)

▼5月30日、自民党・甘利副幹事長の記者会見
 Q 合意文の3以降は2が前提条件か。
 甘利 そういうことです。国労がJRに法的責任がないことを全国大会で決定する。それを前提に、三つのパッケージを進めていく。
 Q 国労はすでに国鉄改革法を承認している。その上でさらにJRに法的責任がないとあえて踏み込んでいるのはなぜか。
 甘利 改革法を承認したことの延長線上だから。承認した、しかし、法的責任がないとは認められないということにはつながらない。段取りがきちんと整ってテーブルが整備できる。そのためにこれが必要だ。
 Q 自民党がJRを呼んで話をするのはいつごろ。
 甘利 手順としては、国労の全国大会でJRに法的責任がないことを認めるのが大前提だ。そしてそう時間を置かないで、三つのパッケージを進行していく。全国大会の決定がなされれば、そう時間を置かないで動き出したい。
▼6月2日、二階運輸相の記者会見
 二階 運輸省としては、この合意にもあるように、JRへの雇用の要請、和解金等についての検討などは、国労の全国大会における決定を受けて行われることとなっており、今後国労の動向等を見守っていきたい。運輸省としては、国労の全国大会における機関決定を受けて、与党からの指示が当然あるだろうから、それを受けて検討を開始することを基本的に考えている。
 Q 労働組合の方に、これまで裁判等で主張してきた主張の核心を自己否定させる中身を組合で決議させて、それから見込みは明確でないけども物事を進めていくというようなプロセスを踏むこと自体、ほとんど権力者による組合に対する支配介入ではないかという印象を拭えないが。
 二階 野党である社民党と与党三党の政党間における協議を行っているわけであって、当然、国労の代表者の意見もうかがったり、意見交換をしたりしているわけだから、それらの合意を受けて対応しているわけであって、権力の介入などということは微塵(みじん)も考えていない。
 Q 闘っている現場の人間のことは切り捨てなさいということを組合が決議しなさい、と言っているに等しい内容じゃないか。
 二階 私は今ここで内容に立ち入って議論するつもりはないが、四党の合意に至るまでの経過、長い時間をかけて関係者の間で十分議論が尽くされたと思っているが、これを今度、国労が大会を開いてその結果についてそれぞれ審議されるわけだから、その国労の対応を今後見守っていきたいと言っているわけであるから、何ら権力が介入するようなことはない。

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週刊『前進』(1961号6面1)

 サミットに異議あり!

 沖縄サミットは戦争に突入するセレモニーだ

 三里塚芝山連合空港反対同盟事務局長 北原 鉱治

 沖縄サミットの開会まであと一カ月となった。沖縄サミットをめぐる階級攻防は、沖縄と日本の未来を決する重大な決戦となった。沖縄サミット反対の全人民への訴えを今号よりシリーズで掲載します。(編集局)

 第1節  なぜ沖縄選んだ

 軍靴の足音が高まりつつある中で開催される沖縄サミットを、けっして許してはなりません。なぜなら、沖縄サミットが、再び日本が侵略戦争に突入するセレモニーになろうとしているからです。
 日本政府は、なぜサミットの開催地に沖縄を選んだのか。それは、沖縄を今以上の「基地の島」「戦争の島」として踏みつけにして、アジアへの侵略戦争に打って出ていこうとしているからです。絶対に許してはなりません。
 最近、森首相は、アジアの人びとの気持ちを逆なでするような発言をしています。「日の丸・君が代」強制に続いて「天皇中心の神の国」を強制しようというのです。その後に続くのは、進軍ラッパです。これらは完全にセットなのです。
 戦前、天皇の大権が発動され、中国への侵略戦争から太平洋戦争へと突入していきました。その結果、二千万人以上のアジアの人びとが、死に追いやられたのです。これらが本当につい最近のできごとのように思い起こされるのです。
 沖縄サミットは再び戦争の時代へと逆行させるものです。あの悲惨な時代を再来させるものなのです。戦争に反対する人びとが力を合わせて、このような会議を粉砕しなければなりません。

 第2節  侵略基地を維持

 アメリカは、一九七二年の沖縄返還に際しても条件を付けました。そこで、沖縄はアジアにおける米国に絶対に必要不可欠の基地として、前線基地として返還後も維持するということでした。このことを、日本国民は忘れてはいません。
 それと同じことを、沖縄サミットの機会に、再び沖縄県民に押しつけようとしているのです。絶対に容認してはならないことです。
 新安保ガイドライン関連法が国会を通過させられたと同時への、再び、朝鮮半島や中国、そして他のアジアの国々への侵略戦争に突入しようとしている日本国政府のあり方を、国民一人ひとりが真剣に考えなければなりません。
 再び、多くの人が血の涙を流さないために、多くの生命の犠牲を出させないために、今こそ立ち上がらなくてはなりません。

 第3節  三里塚も最前線

 ガイドラインによって、日本の進路がどのようなものになるかを、はっきりとわからせてくれたものは、ロサンゼルス・タイムズなどの報道でした。朝鮮半島で一朝事が起これば、成田空港を米軍兵士五十万人の輸送拠点とし、武器・弾薬などの輸送の拠点とする計画だといわれています。
 沖縄と三里塚を戦争の最前線にしようとしています。日本政府は、米国と米軍に沖縄と成田空港を侵略戦争の拠点として提供しようとしているのです。沖縄サミットで、そのことを国民に押しつけようとしているのです。
 沖縄サミットは、このことを国民一人ひとりに問いかけているのです。日本の進路を今こそ変えなければなりません。そのために、何をすべきかを明らかにしなければならない時が来たのです。
 三里塚は、沖縄県民の長い闘いと連帯して、反戦の砦(とりで)として三十五年間闘い続けてきました。このことが正しかったと自負しております。
 沖縄サミットを前にして、沖縄を再び「戦争の犠牲の島」とするのか、そうすることによって日本全体を戦争の中にたたき込むことを許すのかどうかが問われています。選択する道は一つしかありません。
 沖縄サミット絶対反対・成田空港の軍事基地化絶対反対を貫くことです。戦争への道を絶対に阻むために立ち上がる時だと痛切に感じています。
 三里塚では、暫定滑走路建設粉砕の闘いに立ち上がり、二千五百b平行滑走路を破産に追い込みました。今後も二千百八十b暫定滑走路建設を破産に追い込むべく闘い続けます。
 沖縄サミット粉砕の闘いと一体の、七月二日三里塚現地集会への結集を呼びかけます。

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週刊『前進』(1961号6面2)

 関空二期事業阻止!

 7・9泉佐野現地へ

 住民4団体と関空反戦共同よびかけ
 ◎ご案内

 全国のたたかう仲間のみなさん! 七月九日、泉佐野現地で関西新空港反対全国集会を開催します。
 いま関西新空港闘争は、「軍事空港のための二期事業を直ちに中止せよ!」と地元を中心に闘っています。
 五月二十四日、関空会社の二〇〇〇年三月決算が発表されました。売上高は二年連続で減少し、経常赤字が昨年より三億円も増え二百三十七億円にもなっています。「開港後五年で単年度黒字」の公約は達成できないばかりか、累積赤字は年々増え千五百七十二億円にもなり倒産状態です。建設借金一兆円は減っておらず、年間利息は四百五十億円にもなります。
 その上に一兆五千六百億円もの巨費を投じて、昨年七月に二期事業を強行したのです。着工前の一昨年から航空会社が次々に撤退し関空の便数が減り始めました。発着回数は、九八年には前年より三千七百六十一回減り年間十二万回を割り、九九年にはさらに千二百七十四回も減り十一万七千七百回にまで減っています。二期事業はまったく必要ありません。
 さらに、もう一方の収入源であるテナント料収入が減っていることです。関西の老舗(しにせ)デパートである阪急と大丸が三月に撤退し、高島屋も直営をやめ委託に切り替えました。旅客が減っているのにテナント料が高く、赤字だからです。これまでにすでに二十一店が撤退しています。その結果昨年、非航空系収入が十一億円も減りました。
 このように毎年巨額の赤字が続き、航空便が減っている中で、多数の住民の反対を押し切って、政府・関空会社が二期事業を強行したのは、軍事空港にする目的であることは明らかです。今や多数の住民の認識になりつつあります。
 「軍事空港のための二期事業を直ちに中止せよ!」という要求は多くの住民の心をとらえ、急速に広がっています。七・九闘争の爆発でいっきに二期事業を粉砕する大きなうねりを作り出しましょう。
 さらに、関空二期事業の元凶である森・自公政権を絶対に打倒する闘いに起ち上がりましょう。森の「天皇中心の神の国」発言は、単なる失言ではなく天皇制国家を復活させるための宣言です。石原発言に続いて、極めて意図的に発言しているのです。迫り来る世界恐慌と小渕政権崩壊、階級支配の絶望的危機の中で、すさまじい焦りと危機感にかられ天皇制国家復活によって突破しようとする凶暴な表明です。徹底的に闘い森・自公政権を人民の力で必ず打倒しよう。
 つぎに、沖縄サミットに反対し、名護新基地建設を阻止するためにたたかいましょう。
 七月二十一日から二十三日まで、沖縄名護市でサミットを開こうとしています。米大統領クリントンはじめ、全世界で侵略戦争を繰り返す「先進国」首脳が集まってきます。昨年のドイツでのケルン・サミットでは、ユーゴ・コソボへの爆撃を正当化し、軍事占領への道を開きました。特にクリントンは「日米同盟の戦略的重要性を示すよい機会」と言い、沖縄基地を縮小するどころか「重要だ」と確認し基地を強化するために来るのです。沖縄を再びアジア侵略の拠点にし、第二の沖縄戦への道を開くサミットを粉砕しよう。沖縄人民を戦後の長きに渡って苦しめてきた元凶であるクリントン来沖を許してはなりません。
 また日本政府は、全国から二万五千人もの機動隊を動員し、海上保安庁、自衛隊をも総動員して厳戒体制におき、反対運動を圧殺しようとしています。そしてサミットの最大の狙いである名護市への新基地建設を強行しようとしているのです。不屈に闘う沖縄人民と連帯し、沖縄サミット粉砕・名護新基地建設阻止に向けて大きなうねりを作り出していきましょう。
 また、暫定滑走路を阻止する二年間決戦を宣言して不屈に闘う三里塚反対同盟と連帯して東西でたたかいましょう。暫定滑走路建設は、まさに関空二期事業と同じ軍事空港攻撃です。断固反対して闘いましょう。
 さらに昨年九月に強行着工した神戸空港に反対してたたかいましょう。「神戸を基地の街にするな」と訴え不屈に闘う東灘区住民の会、そして被災者をはじめとする神戸市民と怒りを共にしてたたかいましょう。
 また、戦後半世紀に渡って不撓(ふとう)不屈に闘い続けてこられた北富士闘争と連帯して闘いましょう。
 以上のような趣旨で現地集会を開催しますので七月九日全国から泉佐野へこぞって参加されますよう呼びかけます。
二〇〇〇年五月
 大阪湾岸住民四団体
 関西反戦共同行動委員会

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週刊『前進』(1961号6面3)

 排外主義と闘う

 入管闘争の課題I

 闘いのなかに生きる

 在日朝鮮人・中国人 阪神教育闘争が爆発

 一九四六年十一月三十日、大阪府は、再三の撤回要求を受け取ると同時に、府令一〇九号「朝鮮人登録に関する件」を決定するというだまし討ちに出た。この攻防は、翌四七年の五月二日に公布・施行された「外国人登録令」をめぐる攻防へと続いていく。

 第1節  「外国人登録令」

 四七年五月三日に日本国憲法が施行されたが、外国人登録令は、その前日に最後の「勅令二〇七号」として押しつけられた。これは占領下における出入国管理を一緒にした法令で「不法入国」「外登令違反」などの罰則が定められた。
 あえて憲法による法的手続きを避けた卑劣なやり口にこそ、在日外国人を憲法外に置く、戦後の入管体制の本質が貫かれている。
 在日本朝鮮人連盟(朝連)機関紙『解放新聞』は社説で、「天皇制最後の権力行使である。協和会手帳の如き不安をいだかせる。占領下にある敗戦国日本が、外国人追放の厳罰規定をするのは不当である」と弾劾した。
 外登令は朝鮮人と台湾人を「当分の間、外国人とみなす」と規定し、「平和条約発効時まで法的には日本国籍をもつ朝鮮人及び台湾人をも、登録の対象者に含めたため、当時解放民族意識のさかんな一部の朝鮮人は、激しくこの登録に反対」(八〇年版入管白書『出入国管理の回顧と展望』)したのは当然だった。
 その結果、登録は遅々として進まず、申請期限を再三延長、申請は九月末までかかった。当初は、地方自治体の長に外登令違反者の強制退去命令の権限があり、内務省が外国人登録と食料購入通帳との照合をしながら「密航者の摘発」を進めたことからも、この登録の狙いが「密航者の摘発」「強制送還」にあったことは明らかだ。
 その後、治安管理を強めるために四九年十二月に外登令を改悪した。この時、外登証を全国一連番号に統一し、三年ごとの切り替え制度を導入した。さらに登録証の常時携帯を義務付け、違反者は不携帯罪で重罰が科せられた。こうして切迫する朝鮮情勢、四九年十月の中華人民共和国成立で危機感を募らせる米帝と、GHQの占領政策の転換に呼応する形で、日帝は戦後入管体制の確立を進めたのである。

 第2節  民族教育を弾圧

 在日朝鮮人による民族教育も発展し、最盛期の四八年四月当時、六万人以上の生徒が六百校ほどの学校に通うまでになった。この数を見ると、在日の学齢期のほとんどの児童が朝鮮学校に通っていたといえる。
 この朝鮮人による民族教育に対して当初は黙認していた日帝は、゛在日朝鮮人が外国人であることはまだ講和条約までは確定しないのだから、民族教育も日本の学校教育の枠に従うべきだ”という不当な論理で、公立化による統制を図っていくのである。
 戦後民主教育の柱となる教育基本法、学校教育法が四七年三月に公布された。その四月新学期から始まった朝鮮人学校への視察では、国旗(韓国国旗・大極旗)を降ろすよう指示するほか、教員構成、教育内容などが調査された。
 そして四八年一月、文部省は各都道府県知事あてに通達「管学五号」を送った。その内容は、゛朝鮮人はまだ日本国籍を保持するから、日本の義務教育を受けるべきだ。朝鮮語を課外で教えるのはいいが、学校教育法第一条による認可が必要”というものだった。
 これに従って各都道府県知事が、認可手続きをしない場合は閉鎖措置を取るなどとの通牒(つうちょう)を朝連と朝鮮人学校に届けた。さらに三月二十四日に文部省は、゛管学五号に従わない場合は、学校閉鎖を執行せよ”という追い打ちの通達を出した。
 各地の朝連は一斉に朝鮮人教育対策委員会を結成し、「通達の撤回」「朝鮮人教育の自主性を認めよ」と立ち上がった。日帝の植民地支配、天皇制教育によって奪われた民族性を奪い返そうとする教育。これをまたもや弾圧するのか! 怒りは燃え広がった。
 三月三十一日、山口県庁に一万人を超す朝鮮人が結集、徹夜の交渉の末、四月一日朝に通牒の撤回を県に認めさせた。この勝利が全国に伝えられ、広島、岡山、そして神戸、大阪へと闘いは進み、阪神教育闘争が爆発するのである。
 三月から連日の対府交渉が続けられた大阪では、四月二十三日、府庁前に一万数千人が集まった交渉から副知事らが逃亡。怒った数千人が府庁舎内になだれこむ。動員された米軍MPが庁舎内でピストルを発射した。自らの胸をはだけて「撃つなら撃て」と迫る朝鮮人、解放歌の合唱が響く中、百余人が逮捕された。
 神戸では二十四日に閉鎖および明け渡し命令の撤回をかちとった。
 これに対して翌二十五日に米占領軍第八軍司令官が神戸地区に非常事態宣言(戒厳令)を公布し、デモ参加者の逮捕を命じた。これは占領下唯一の戒厳令となった。「朝鮮人狩り」さながらの逮捕旋風が朝鮮人居住地区を襲った。主要道路に検問所が設けられ、朝鮮人と見るや無差別的に逮捕、その数は三千人を超えた。この時逮捕された日本人の中には神戸市議、弁護士、労組員がいた。
 この大弾圧に反撃し、波状的なデモが闘い抜かれた。二十六日、大阪・大手前公園で開かれた朝鮮人学校の弾圧に反対する朝鮮人人民大会に対しては、「三分以内に解散せよ」と集会・デモの禁止・解散命令がGHQより出された。その攻防の中、十六歳の金太一(キムテイル)君が射殺されたのである。

 第3節  団規令が朝連に

 四七年二・一ゼネスト禁止以降、国内の反動化(いわゆる「逆コース」)が進行する。四九年四月第二次吉田内閣のもとで、団体等規正令が制定される。六月には行政機関職員定員法が施行され、七〜八月、下山・三鷹・松川事件が起き、その中で国鉄の首切りが強行された。
 そして九月八日、朝連と民青(在日本朝鮮民主青年同盟)に対して団規令による解散・財産接収処分が強行された。
 団規令は、当時の法務府法務総裁一人の裁量で、言論・出版・集会・結社・思想の自由を奪い、処罰できるとする治安立法。しかも政令制定以前の事件にまで遡及(そきゅう)して適用できるという悪法で、朝連に対する適用理由には四六年十二月の首相官邸デモ、四八年阪神教育闘争など、すでに裁判済みの事件を列挙したものだった。

 第4節  朝鮮戦争反対!

 こうした中で、五〇年六月二十五日に朝鮮侵略戦争が始まった。
 ここで、在日朝鮮人は日共指導部などの指示を待たずに、朝鮮侵略戦争反対に立ち上がった。レッドパージが吹き荒れる中、朝鮮に運ばれる軍需物資や武器輸送阻止の闘いが爆発した。大阪の吹田操車場に実力デモをした吹田事件、名古屋の大須事件など、その反戦闘争の先頭に立ったのが在日朝鮮人だった。そのデモが禁圧される中、凶暴な弾圧が襲いかかった。
 「問題はまさに、そういう朝鮮戦争に日本人民はどのようにかかわったかということです」(梶村秀樹著『排外主義克服のための朝鮮史』)。まさに日本人民の闘いが問われていた。
 そして、一九五二年四月二十八日にサンフランシスコ条約、日米安保条約が発効するとともに、同日、外登令から「出入国管理令」が切り離され、外国人登録法が制定された。これには新たに指紋押捺(おうなつ)制度が導入され、二年ごとの切り替え期間、罰則の強化が加わった。
 在日朝鮮人はただちに切り替え拒否運動と指紋制度反対闘争を展開、この闘いのによって、三年間にわたって指紋制度を導入することはできなかった。
 以上、おおまかに見ただけでも、日帝の侵略戦争と植民地支配、強制連行の結果、在日することを強いられた上、戦後も一貫した差別・抑圧の入管体制下で生活し、生きることを強制されてきた在日朝鮮人・中国人の歴史は、日帝との闘いの歴史そのものである。
 「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱へ転化せよ」の戦略的総路線のもと、「七・七路線」を実践しよう。国際主義的連帯の実現が今ほど求められている時はない。
 (室田順子)

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週刊『前進』(1961号6面4)

 5・13〜15沖縄闘争に参加して

 今も「捨て石」か

 富山大1年 小池

 沖縄県の失業率は本土の二倍にもなるという。そこで国は地域の振興策を掲げ、基地建設を推進しようとしているようだ。
 しかし、基地建設反対派の団結小屋の前にはこう書かれていた。「二〇〇〇年基地と一緒にお金が来た。そして数年後、お金は無くなった。しかし基地は残った」。うまい皮肉だ。
 辺野古の浜辺には、基地の境界線に沿った有刺鉄線のフェンスが立てられていて、美しい海岸に不自然な雰囲気を醸し出していた。この海岸が破壊されようとしているのだと考えると、なんとも言えない怒りが込み上げてきた。
 今まさに強行されようとしている普天間基地の移設による海上基地建設、そして、それに準じる沖縄サミット開催、「捨て石」という言葉が頭をよぎった。
 本土決戦が迫る中、たくさんの住民が犠牲になったのだ。しかし、戦争が終わった今でも、沖縄は捨て石として扱われているのではないか。沖縄が国内最低の賃金水準や高い失業率、そして米軍基地の押し付けに悩まされているという事実が証明している。
 沖縄が本当の解放を実現し、本来あるべき姿を取り戻せるよう、悲惨な戦争を繰り返さないよう、私たち、本土の人間が立ち上がらなくてはならない。

 頭上に戦闘機が

 東北大1年 斉木春男

 今回初めて沖縄へ行って基地の大きさ、多さには本当に驚きました。
 私たちは、十三日に国際通りを、十四日には名護市内をデモ行進し、沿道の人びとに「森来沖阻止・サミット反対・名護新基地建設阻止」を訴えかけました。沖縄の人びとの反応は予想以上のものでした。
 十四日の県民集会は六千人が一堂に集まり、平和の想いを本当に肌で感じることができました。
 十五日は命を守る会、二見以北十区の会を訪問し、実際に基地建設予定地となっている海に行きました。沖縄のきれいな海を埋め立てて基地を造るなんて許せません。
 帰りに嘉手納基地のそばを通った時、戦闘機が降りてきて自分の頭上間近を飛んで行った時はとても怖かったです。この怖さは実際に体験してみないと分かりません。沖縄の人びとがいつもその恐怖と隣り合わせに暮らしている現状を、本土の私たちは知らなければなりません。沖縄の人びととともに基地撤去を求めて立ち上がらなければならないと思います。
 今回の現地闘争は、頭でしか知らなかった「沖縄」を身をもって知ることができたよい機会でした。また一から「沖縄」について考えていかなければならないと思います。

 沖縄に行こう!

 法政大 戸田晴樹

 沖縄はすがすがしく晴れていた。本土ではなかなか味わえないデモの熱気のおかげか、暑さは気にならなくなった。
 デモや集会の時の、沖縄の人たちの反応は驚くほどいい。すごい枚数のビラがあっという間に手に渡る。沿道から手を振ったり、声をかけてくれたり、元気や勇気がふつふつとわき上がってくるのを感じる。沖縄の人の絶対に戦争反対、基地なんていらないんだという切実な思いを肌で感じることができた。
 どんなに美辞麗句で飾っても、しょせんサミットは戦争会議。ケルンサミットの時も、あのユーゴ爆撃を容認した事実がある。そんな会議から「平和を発信する」なんて言ったところで、信じる方が無理だ。その上アメリカは「沖縄は戦略的に重要」と、結局基地はなくさないという物言いである。そんなサミットを認めるわけにはいかない。
 最終日には、辺野古の海岸に向かった。二見以北十区の会、命を守る会の人の話を聞いて思ったのは、海や自然を守る、騒音や危険をまき散らす基地はいらない、というごく自然な要求を、日本政府、そして名護市長は平気で踏みにじっているということだ。そんな中で沖縄サミットは、これらの声を抑えつけるために行われようとしているのは、心底許せない。
 沖縄の歴史、基地の実態は、現地に行けば必ず体で感じ取れます。観光地としてではない真の沖縄の姿を知るため、サミット粉砕を掲げ、みんなで今夏沖縄に行こう。私も今からわくわくしています。

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