ZENSHIN 2000/08/07(No1968 p06)

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週刊『前進』(1968号1面1)

 サミット決戦が大高揚

 8・26国労臨大続開大会絶対阻止へ
  裏切り執行部打倒! 闘争団守れ!

 8・6広島−8・9長崎に結集を

 沖縄サミット=戦争会議粉砕の七月沖縄現地闘争は、いま一つの最大の二〇〇〇年政治決戦として大きな爆発をかちとった。反戦共同行動委員会に結集する本土の六百人の労働者・学生が沖縄現地に決起し、闘う沖縄人民の怒りの行動と大合流して、サミット厳戒体制を打ち破る歴史的な大闘争を実現した。闘う沖縄人民、闘うアジア人民と連帯して、サミットと真っ向から対決し、世界の帝国主義強盗どもに大打撃を与えた。闘いは何よりも沖縄サミットにかけた日帝・森政権の狙いを破綻(はたん)させ、在沖米軍と基地を追いつめる大闘争として爆発したのだ。沖縄米軍基地撤去、名護新基地建設阻止、有事立法・改憲阻止へ新たな闘いの橋頭保が築かれた。二〇〇〇年前半において、われわれは、衆院選決戦、七・一国労臨時大会決戦を始めとする階級的労働運動の前進の闘い、そして、名護新基地建設阻止、沖縄サミット粉砕決戦の三大決戦の勝利的地平を切り開いてきた。この二〇〇〇年の階級決戦は、さらに八・二六国労臨大続開阻止の決戦、八・六広島―八・九長崎反戦反核闘争、九・三自衛隊首都治安出動演習粉砕闘争から十月三里塚闘争、そして十一月全国労働者総決起集会へと、労働者階級人民の革命的大衆行動を促進しつつ、それを同時に階級的労働運動の奔流(ほんりゅう)へと発展させる闘いである。しかもここにおいて、国鉄決戦が労働者階級の死活をかけた重大な決戦テーマとなった。国労闘争団の不屈の決起にこたえ、闘争団を守り抜き、八・二六続開大会を阻止する大決戦に立ち上がろう。七・三〇東京―八・五関西の革共同政治集会の基調報告で武装し、二〇〇〇年後半決戦の勝利へ進撃しよう。

 第1章 「戦争会議粉砕!」厳戒破って大デモ

 沖縄サミット粉砕決戦は、まず何よりも沖縄県民の根底的な怒り、自己解放的決起としてかちとられた。七千人を集めた七・一五沖縄県民大会の大高揚、七・二〇嘉手納基地包囲「人間の鎖」行動の二万七千百人による圧倒的な成功、名護東海岸住民によるサミット直撃の請願行動など、沖縄県民自身がサミット翼賛による沖縄圧殺攻撃を打ち破る新たな決起を開始した。
 この沖縄人民と連帯し、反戦共同行動委は、結成以来最大の六百人の派遣団を組織し、七・一九から五日間、全力で闘い抜いた。
 とりわけ二十一日の名護・部瀬名(ぶせな)のサミット会場に向けての全学連白ヘル隊列を先頭とした反戦共同行動委の戦闘的デモは、デモ禁圧の攻撃を打ち破って炎天下で縦横に闘われ、名護市民から熱い共感をもって迎えられた。
 これらの闘いは、沖縄サミットそのものの反動的正体を浮き彫りにし、「サミット歓迎」によって封じ込められようとした沖縄の怒りを再び力強く爆発させるものとなったのだ。
 その沖縄サミットでは何が行われたのか。
 まず二十一日、米帝クリントンが糸満市摩文仁の平和の礎(いしじ)で行った演説は、沖縄を泥靴で踏みにじるもので、断じて許せない。米兵による七・三女子中学生暴行未遂事件など米軍犯罪に一切言及せず、逆に「日米同盟があってこそ、今日のアジアの平和がある」「沖縄は同盟の維持のために死活的役割を果たしてきた」として、沖縄米軍基地を維持していく姿勢を露骨にした。基地の「整理」という言葉は口にしたが、それは「縮小」ではなく、統合・強化なのだ。二十二日深夜にキャンプ端慶覧で行った米海兵隊・家族を前にした演説では、世界で戦争する軍隊の「誇り」すら強調した。
 二十二日の日米首脳会談では、稲嶺沖縄県知事や岸本名護市長が普天間基地の名護受け入れの条件としていたペテン的な「十五年使用期限」問題について、クリントンも森も門前払いで話題にもせず、名護新基地建設を強行する意志をむき出しにした。それは、南北朝鮮首脳会談以降の激動する朝鮮情勢の中で、米日帝が中国・朝鮮への侵略戦争の発動準備を進めているからなのである。
 日帝の沖縄サミットにかけた狙いは、沖縄闘争を圧殺し、名護新基地建設を推進するための戦争会議として実現することであった。だからこそ、「基地の島=沖縄」の現実をそのままにして「沖縄から平和の発信」などと唱えることのペテン性は完全に明らかになった。これは、逆に沖縄の怒りの火に油を注いでいる。名護新基地建設攻撃との激突はいよいよ本格的に始まる。
 さらに、沖縄サミットは、二九年型大恐慌の切迫とそれと一体のアジア情勢の激変、中東情勢の危機の中で、激しい帝国主義間争闘戦の場となった。米帝クリントンは、全体重をかけて「中東和平交渉」をギリギリまで行い、遅れて沖縄に到着し、滞在日程を短縮して帰国した。だが、この「中東和平交渉」は二十五日、決裂した。このことは、パレスチナ解放闘争の圧殺による「和平」策動の破綻であり、米帝の中東支配の危機と新たな侵略戦争情勢を引き寄せている。
 また、サミットのG8首脳会議では、「朝鮮半島に関する声明」と「地域情勢に関する声明」を発表したが、それは帝国主義強盗どもが北朝鮮やユーゴスラビアをむき出しの戦争の論理で非難するものである。まさに、サミットは戦争会議なのだ。とりわけ、沖縄米軍基地の強化による米日帝の朝鮮・中国侵略戦争策動が一層強まったのである。
 経済討議で出されたG7声明は、特に日帝に対して「内需主導の経済成長」と「構造改革」を要求した。日帝がサミットの「目玉」とした「IT革命」について、「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章(IT憲章)」を採択したが、それは逆に、米帝が主張した規制緩和や競争政策の必要性を強調するもので、この面でも米帝は自らの覇権を貫くことを露骨に狙った。
 米帝を始めとする世界の帝国主義が完全に日帝・森を見透かし、議長国・日帝の面目を平然とつぶす策動を行った。帝間争闘戦が激化する中で、日帝の危機と破産は浮き彫りになった。
 このことは、総選挙における森・自公政権の敗北に続いて、日帝の政治危機を一層激化せずにはおかない。沖縄闘争―名護決戦の新たな爆発を先頭に、日帝・森自公政権打倒へ労働者階級人民がさらに総決起すべき時が来たのである。

 第2章 7・1超える闘いで「四党合意」を葬れ

 この沖縄サミット決戦の歴史的爆発を受けての、当面する最大の決戦が、国労臨時全国大会の続開を絶対に阻止する闘いである。
 許せぬことに国労中央は、七月二十一日の中央執行委員会で、臨時全国大会の「続開大会」を八月二十六日に東京・社会文化会館で開催すると決定し、「指令第八号」を発した。国労中央は、「四党合意」受諾の方針案を「採決」するためにのみ、大会を強行しようとしているのだ。こんな臨大など絶対に開かせるわけにはいかない。
 七・一を上回る闘争団、JR本体、支援の労働者の決起で、八・二六続開大会をなんとしても阻止しなければならない。そのために何よりも、いま一度、国労三万の底の底からの決起をつくり出し、「四党合意」への怒りを組織しよう。「四党合意」を事実上粉砕した七・一の歴史的勝利の地平を打ち固め、「四党合意」を完全に葬り去り、現本部執行部を総辞職させ、宮坂・チャレンジ一派、革同上村一派を打倒し、闘う新たな執行部を樹立しなければならない。
 今やその新たな闘いが闘争団の決起を先頭に始まった。七・一を闘った闘争団への共感が圧倒的に広がり、国労中央に対する怒りがいよいよ高まっている。

 権力に魂売りわたした本部

 国労中央が臨大続開を決定した理由はただ一つ、何がなんでも闘争団を切り捨てることだ。国家権力、政府・自民党、JR連合らの意を受け、闘争団を抹殺することで、国労を「首切り容認組合」に変質させ、解体することである。
 彼らは、当事者である闘争団の三分の二以上が反対しているにもかかわらず、その闘争団の理解を得ようとする努力すら完全に放棄している。そればかりか、国労本部からの「三度めの首切り」を許すなと、やむにやまれず「演壇占拠」にまで至った闘争団の闘いを、「大会破壊の暴力行為」(七月三日付「第六六回臨時全国大会と大会休会についての見解」)と居丈高かつ一方的に非難し、チャレンジ一派や革同上村一派が機関を私物化して出した声明などでは、闘争団を「暴徒」とののしっている。その一方で、政党・政府関係者に対しては「衷心よりお詫(わ)びする」(同)などと平身低頭しているのだ。
 今や国労中央が闘争団を始めとする組合員には背を向け、ひたすら国家権力、政府・自民党、JR資本の側に立っていることは明白だ。国労中央は、もはや「千四十七人問題の解決」などまったく考えていない。労働組合としての団結など一切眼中にない。
 七・一臨大で示されたように、国労内には今や修復しがたい亀裂が生じている。それは何よりも国労中央が、「JRに法的責任なし」を核心とする「四党合意」受諾を決定するための臨時大会を、国家権力に強制されて強行したからだ。七・一の一切の事態の責任は、百パーセント国労中央にある。本当に国労の団結を考えるならば、「四党合意」受諾を撤回し、少なくとも棚上げにし、堂々と全国大会代議員選挙を実施し、定期全国大会を開催すべきなのだ。八月下旬は、本来なら定期全国大会が開催されるべき時期である。そもそも臨大の「休会」から二カ月近くも再開できないということは、国労中央自ら臨大の破産を自認したに等しい。
 にもかかわらず、あくまでも臨大続開を強行するということは、もはや国労中央は国労組織が分裂しても構わないと考えているということだ。「四党合意」に反対し闘おうとする闘争団を始めとする組合員を完全に切り捨てるということなのだ。誰が「組合民主主義」を否定しているのか。誰が国労の団結を破壊しようとしているのか。今や、あまりにも明白だ。
 しかもそれだけではない。許しがたいことに、宮坂・チャレンジ一派、革同上村一派が牛耳る地方本部などは、闘争団の物販オルグを締め出し、闘争団の糧道を断つという最も卑劣な手口さえ用いている。
 盛岡地本のチャレンジ一派は、音威子府闘争団に支援労組への「謝罪」を要求している。仙台地本のチャレンジ一派は、稚内闘争団に対して「大会を破壊した行動に加わっていた」として、「この事態はこれまでの関係に影響を及ぼさざるを得ない」と恫喝している。このことを見れば、彼らが闘争団を切り捨て、その生活すら奪おうとしていることは明らかだ。

 臨大強行こそ最大の暴力だ

 今、闘争団はこうした卑劣な策動に抗して、JRの職場に入り、「四党合意」の正体を暴き、これは闘争団だけでなく、JR本体組合員自身の問題であることを必死に訴えている。そうした中で、「暴力」キャンペーンは吹き飛ばされ、闘争団とJR本体の新たな団結がつくられつつある。
 それにしても、国労中央やチャレンジ一派、革同上村一派らの反動的な「暴力」キャンペーンを断じて許すわけにはいかない。
 彼らの「暴力」キャンペーンのデタラメさは、あたかも「演壇占拠」などの行動は組合員以外の「妨害勢力」がやっており、それにあおられて一部の闘争団や組合員が加わっていたとしていることである。こういうウソで、闘争団の根底的な怒りの決起を否定し、圧殺しようとしているのだ。
 さらに、そもそも「演壇占拠」を「暴力」だと言うなら、日本労働運動は「暴力」の歴史そのものではないか。とりわけ総評労働運動においては、日教組でも全逓でも、執行部の裏切りに対し押しかけて追及したり、演壇を占拠するなど当たり前に行われてきた。今、「暴力」キャンペーンを張っているチャレンジ一派自身が、八六年十月の修善寺大会に至る過程で、九月の中央闘争委員会の会場になだれ込んだ、当時の青年部の責任者ではないか。
 だいたい、「暴力」と言うなら、国家権力・機動隊を導入し、ジュラルミンの盾で組合員に襲いかからせたのはいったい誰か。組合員を逮捕させてまで、大会を強行したのは誰か。これこそ巨大な暴力だ。これに対する必死の抵抗を「暴力」と非難する資格が誰にあるというのか。
 むしろ、闘争団を先頭とする組合員の決起こそが、国労を消滅の淵(ふち)から救った百パーセント正義の闘いだった。それは国労を解体する「四党合意」を打ち破り、国労の闘う力と団結を示し、国家権力に大打撃を与えたのだ。このような力を敵に突きつけることなしに、どうして国鉄闘争に勝利できるのか。
 さらに七・一の闘いは、JR総連=カクマルに対してものすごい打撃を与えている。カクマルは反革命通信『解放』七月十七日号付で、「“できレース”の国労臨時大会」などと、闘争団の「演壇占拠」は国労中央の「筋書きどおりの進行」だとわめいている。JR東労組の『緑の風』七月十五日付も、同様に「国労は臨時大会で若干のトラブルを演出」などと言っている。JR総連=カクマルは、闘争団を先頭とする国労組合員の力に度肝を抜かれ、「できレースだ」「演出だ」などいう反革命的言辞でごまかすことしかできないのだ。
 七・一臨大は、JR総連=カクマル打倒の力をも示した。こういう力をもっている闘争団こそ「国労の宝」であり、今こそ全組合員の力で支え抜かなければならないのだ。

 執行部打倒し国労の再生を

 この闘争団を切り捨てようとする国労中央は、そもそも「解決水準」をいかに上げるのかなどまったく眼中にない。彼らは別の意図を持っているのだ。それは一刻も早く「闘争終結」を図り、闘争団を切り捨てJR連合に合流するという魂胆である。
 七月五、六日に開催されたJR連合定期大会であいさつした葛野会長は、「JRに法的責任がないことの大会承認は、国労にとって苦渋の選択であっても、速やかに解決し、心新たに民間企業における労働組合としての運動の再構築を心から期待する」と述べている。さらに、明石事務局長は集約答弁で「問題は、その後の国労の体質である。国労との統一という言葉ではなかったが、そのような話があった。……ただ国労については、一つ目に国労が千四十七名問題を解決すること、またもうひとつは組織形態の見直しと国鉄という名前を捨てるべきだということである」とうそぶいている。
 また、葛野は『労働レーダー』七月号で「名実ともに国鉄改革法を認め、JRの使用者責任を問わないことを決めれば、その時点で国労という名前も意味を失うことになる」と露骨に言っている。
 要するに、JR連合が言うように、国労が「四党合意」を認めることは、国労の名称変更や全国単一体の解体に直結している。宮坂書記長らが九八年定期大会の「補強案」で提起した国労の名称変更や組織の再編などは、まさにJR連合との合作であり、「四党合意」受諾の後は、自ら国労組織を解体してJR連合に合流することが狙いなのだ。臨大の運動方針案に言う「将来を見据えての運動と組織展望」とはこのことだ。
 まさに、「四党合意」を認めるのか否かは、闘争団だけでなく、国労三万総体の未来を決する問題である。国労の階級的再生をかけて、八・二六続開大会を絶対に阻止し、現執行部の打倒、新たな闘う執行部の樹立をかちとろう。

 第3章 国鉄決戦に勝利し新潮流運動躍進へ

 この国労臨大続開をめぐる攻防は、日本労働運動総体の命運を決する闘いである。今や労働組合が首切りを承認するか否かということをめぐって、戦後日本労働運動の基軸を担ってきた国労を二分する激烈な攻防となっている。このことをめぐって連合、全労連などナショナルセンターをもまき込む日本労働運動全体の分岐をつくり出している。国労の闘う旗を守り抜くことは、全労働者の課題なのである。
 今、日本の労働者は、産業再生法、民事再生法などによるすさまじいリストラ攻撃にさらされている。大手百貨店の「そごう」が倒産し民事再生法の適用を申請したようなことが、さらに全産業で拡大しようとしている。二〇〇〇年春闘ではすさまじい賃下げ攻撃が吹き荒れた。労働者の生活をかけた闘いが全産別で問われている。
 その中で、電機連合などの連合大単産は、春闘解体方針を今夏の大会で次々と打ち出している。また、全逓大会における「郵政公社化」=民営化推進方針をめぐる激突、日教組大会での「日の丸・君が代」や教育改革攻撃をめぐる左右の分岐など、労働運動全体が激しい流動を開始している。
 この時、国労臨大をめぐって起きている事態を全労働者に訴え、支援を広げていくことは、闘う労働運動の新たな潮流をつくり出し、日本労働運動を再生させる決定的な闘いである。同時にこれは、二〇〇〇年後半の決戦全体の帰すうを決する闘いである。

 9・3治安出動演習粉砕を!

 当面する八・六―八・九広島・長崎反戦反核闘争を大成功させよう。とりわけ「八・六ヒロシマ大行動」への全国の教育労働者の総決起をかちとろう。
 戦後五十五年目の「八・一五」の闘いを、憲法改悪・有事立法粉砕闘争の突破口として闘おう。
 さらに、ファシスト石原による九・三自衛隊三軍治安出動演習を粉砕しよこのする闘いを、朝鮮人・中国人・アジア人民との連帯をかけて、また、新安保ガイドライン攻撃との闘いとして、ファシスト石原都政と全面対決し、都労連を始めとする労働者の総決起で闘おう。
 これらの闘いを組織し、その先頭で闘う党の建設に全力を挙げよう。夏期一時金カンパ闘争を貫徹しよう。機関紙拡大、労働者細胞の強化・拡大の闘いに全力で取り組もう。

 

 

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