ZENSHIN 2000/08/14(No1969 p10)

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週刊『前進』夏季特別号(1969号1面1)

 闘争団を守りぬき巨万の労働者の決起で8・26国労臨大続開阻止を

 ファシスト石原と自衛隊三軍の9・3治安出動演習を粉砕せよ

 有事立法・改憲阻止へ闘い強化を

 七・一国労臨大決戦と沖縄サミット粉砕決戦の大爆発は、労働者階級人民の総決起の合図である。二〇〇〇年決戦の後半戦は、いよいよ重大なものとなった。日帝・森政権の超反動攻撃とリストラ・賃下げ、福祉破壊に対する労働者人民の怒りは日毎に高まり、団結を求め、闘いを求める気運は大きく成熟しつつある。南北朝鮮首脳会談後の激動の中で、強まる米日帝の朝鮮・中国侵略戦争策動と対決し、労働者階級の総決起をかちとろう。東西革共同集会の基調報告の全内容で武装し、八・六広島−八・九長崎反戦反核闘争の大高揚をかちとり、八・二六国労臨大続開大会の強行を絶対に阻止するために総決起しよう。その熱気の中でファシスト石原による九・三自衛隊首都治安出動演習を粉砕し、国鉄決戦を軸に、十一月に向けて労働運動の闘う新潮流の大躍進へ全力で闘いぬこう。

 第1章 サミット決戦勝利から森政権打倒へ

 沖縄サミット粉砕決戦は沖縄人民自身の怒りの決起と、この闘いに連帯した反戦共同行動委を先頭とする沖縄現地闘争として大爆発をかちとった。自衛隊と警察による超厳戒体制をテコに、沖縄人民を屈服させ、反基地闘争を押しつぶし、名護新基地建設反対運動の圧殺を狙った日帝のもくろみは完全に粉砕された。
 二万七千百人による七・二〇嘉手納基地包囲行動と七・二一名護現地闘争を頂点とする沖縄サミット決戦の爆発は、米軍犯罪と基地・演習に対する沖縄人民の怒りの爆発であり、「米軍基地とは絶対に共存できない」という固い意思の表明である。
 名護新基地建設は、設置場所も工法も決定できず、「十五年使用期限問題」も未解決のままで何ひとつ進んでいない。追いつめられた米帝と日帝は、八月下旬にも新基地建設のための協議機関を設置し、基本計画の早期策定を強引に推し進めようとしている。
 だが、普天間基地返還に伴う「代替基地」と称して実は「運用年数四十年、耐用年数二百年」の海兵隊の最新鋭基地、オスプレイの出撃基地を建設する超反動的計画など、断じて認めるわけにはいかないのだ。
 サミット粉砕闘争の地平を踏まえ、在韓米軍撤退を闘う南朝鮮人民と連帯し、名護新基地建設絶対阻止、普天間基地無条件全面返還へ突き進もう。
 沖縄サミットは、「平和の発信」などという空文句とは裏腹に、帝国主義間争闘戦とりわけ日米争闘戦の非和解的激化と侵略戦争への動き、そして日帝の絶望的危機を突き出した。
 G8首脳会議後に出された「朝鮮半島に関する特別声明」「中東など地域情勢に関する声明」は、帝国主義強盗どもが競い合って朝鮮や中東やユーゴスラビアに介入=侵略していく宣言だ。またクリントンと森は、日米首脳会談で「日米安保の死活的重要性」を再確認し、SACO(沖縄に関する日米特別行動委)合意の貫徹、沖縄基地の再編・強化を確認しあった。こうして沖縄米軍基地の強化による米・日帝国主義の朝鮮・中国侵略戦争策動が一層強まったのである。
 また、中東和平首脳会談の決裂で、米帝はイスラエルを先兵としてまたしても中東侵略戦争への動きを強めている。沖縄を出撃基地とする中東侵略戦争を断じて許してはならない。
 サミットはさらに、帝国主義世界経済の危機と行きづまりのもとで「IT(情報技術)憲章」なるものを採択した。帝国主義は、「IT」なるもので、今日の資本主義の危機が突破できるかのような幻想をあおり立てているが、それは帝国主義の危機と矛盾、争闘戦を激化させると同時に、全世界的に労働者階級の失業(リストラと不安定雇用化)と貧困を一層深刻化させるものでしかない。
 森・自公保政権は、いよいよ危機と反動性をさらけ出している。臨時国会での森の七・二八所信表明演説は、怒りなしには聞けない。そこでは、今日、労働者人民が直面している失業、賃下げ、生活の困難や、介護・福祉切り捨てで高齢者が苦しんでいることなどにはまったく口を閉ざし、労働者人民に犠牲をさらに押しつけていく方針を露骨に打ち出している。

 森の施政方針演説弾劾する

 森は「日本新生プラン」の五つの柱として@「経済の新生」、A「社会保障の新生」、B「教育の新生」、C「政府の新生」、D「外交の新生」なるものを押し出した。
 @しかし「経済の新生」とは、「景気回復に軸足を置いた経済・財政運営」という赤字放漫財政の展開であり、資本救済の犠牲を労働者人民にしわ寄せするものである。政府税調中期答申(七月十四日)は、消費税の大幅引き上げ、所得税の課税最低限の引き下げ、外形標準課税の早期導入など、露骨な大増税路線を打ち出している。
 A「社会保障の新生」とは、「将来にわたり持続可能で効率的な制度を築く」と称しての年金、医療、福祉、介護などの全面的な改悪、切り捨て政策である。介護保険では、十月一日から、これまで半年間猶予されていた第一号被保険者(六十五歳以上)からも保険料取り立て(年金からの天引き)が強行される。
 B「教育の新生」とは、「教育基本法の抜本的見直し」を柱とする戦後教育の解体、国家主義教育の復活、教育労働運動の解体攻撃である。森は所信表明で「奉仕の精神」「日本の文化・伝統を尊重し、国や地域を愛する気持ちを育む」などと言い、「教育改革国民会議の……国民的な議論を踏まえながら、思い切った改革を積極的に推進する」と公言した。
 その教育改革国民会議は第一分科会(人間性)報告で「小中学校で二週間、高校で一カ月間、満十八歳で約一年間、清掃、農作業などの奉仕活動を義務づける」と打ち出した。これは明らかに徴兵制の復活を狙っているのである。
 また第二分科会(学校教育)では「教員免許の更新制」「能力評価で人事・給与に差をつける」ということを押し出し、教育労働者への思想統制、レッドパージ、教育労働運動圧殺攻撃の強化を打ち出している。
 このような森の「日本新生プラン」と断固対決し粉砕しなくてはならない。
 森を頂点として自民党、日帝・政治委員会はまったく腐敗しきっている。金融再生委員長の久世公尭が就任後わずか二十七日目で辞任に追い込まれた。久世は三菱信託銀行とマンション販売の「大京」から多額の利益・資金提供を受けていた。森はそれを承知の上で「閣僚就任に問題なし」として入閣させた。
 要するに「わいろを受け取っていても、構わない」というのだ。この腐敗しきった森政権を打倒せよ! 

 第2章 ファシスト打倒の力は労働者の決起

 日帝・防衛庁は二〇〇〇年版防衛白書で、朝鮮、中国に対する「脅威論」を展開し、有事立法制定の必要性を強調した。さらに次期中期防(二〇〇一〜〇五年度)で陸上自衛隊にゲリラ戦の特殊部隊を創設することや、治安出動時の武器使用基準を見直す方針を決めている。また、陸上自衛隊は米、タイ、オーストラリア、フィリピンなどとの多国間演習に、来春からの参加を計画している。日帝・自衛隊の侵略戦争準備が音を立てて進んでいるのだ。
 これと完全に一体の動きとして、都知事ファシスト石原によって九・三自衛隊首都治安出動演習が強行されようとしている。それは自衛隊が装甲車で都心の街頭を制圧し、さらに自衛隊員がパラシュート降下訓練、渡河訓練を行うものだ。石原は「災害」に名を借りて、「三国人」なる差別暴言をもって朝鮮人・中国人、アジア人民への排外主義デマと虐殺を扇動し、それをテコに首都を軍事制圧し、戦争国家体制を構築しようとしているのだ。闘うアジア人民と連帯し、日本労働者階級の決起を軸に絶対に阻止しなければならない。
 九・三演習の恐るべき狙いを暴露し、「治安出動演習反対」の大運動を巻き起こし、ファシスト石原を打倒しよう。この中で東交を始めとする都労連労働者の決起、自衛隊内部からの決起をかちとろう。
 また米軍は、八月二十七日から九月二日にかけて、神奈川県相模原市の相模総合補給廠(しょう)で、野戦病院の設置、ヘリによる傷病兵運搬などを行う統合衛生野外演習「メデックス2000」を計画している。在韓米軍も参加しての朝鮮侵略戦争演習だ。断じて許してはならない。

 第3章 国労の解体を狙う「四党合意」を葬れ

 八・二六国労臨大続開大会を絶対に阻止するために総決起しよう。
 七・一臨大決戦は闘争団を先頭とする国鉄労働者の戦闘的力の大きさを示した。屈服した国労中央を先兵として闘争団を切り捨て、国労を解体し、日本労働運動の中から闘う要素を一掃しようとした支配階級の攻撃を実力ではねかえした。そして、この攻撃を逆に、連合の支配を突き破る労働運動の新たな流動化、階級的労働運動の再生の出発点にしたのである。
 国労中央にはなんの正義性もない。彼らが“国労が分裂してもいい、亀裂が生まれてもいい”として「四党合意」路線をごり押ししていることは、もはや労働組合、労働運動の立場を自ら捨て、転向してしまったということだ。
 闘争団と多くの国労組合員が「四党合意」の受諾に必死に反対しているのに、それを一切無視し、警察・機動隊の暴力に依拠して、闘争団を切り捨てるためにのみ開く八・二六臨大続開大会など絶対に認めるわけにはいかない。
 「八・二六」は日本階級闘争の未来のかかった決戦となった。全国から総結集し、東京・三宅坂の社会文化会館を巨万の大結集で包囲し、続開大会開催を実力阻止しよう。
 全国で、国労の宝、戦闘的労働運動の精華である闘争団を守りぬく大運動を巻き起こしていこう。
 国鉄闘争は、連合の帝国主義的労働運動を打ち破り、労働運動の戦闘的再生を切り開く決定的な水路である。国鉄闘争支援陣形として形づくられる労働者の隊列が、階級的労働運動、新潮流運動の大きな発展の土台となるのである。

 首切り・賃下げ攻撃への反乱

 資本による賃下げ、首切り、リストラの嵐(あらし)が吹き荒れている。
 アメリカでは労働者階級の賃金(週給)は一九七〇年代をピークに低下し続けてきたが、「IT」の拡大・浸透のもとで今日では五〇年代後半の水準にまで逆戻りした。こうした中で、アメリカ労働者階級の闘いは、十一月大統領選を前にクリントン政権を足元から揺さぶっている。
 同様の事態が日本で、より一層危機的な形で進行している。日帝は日米争闘戦の激化に揺さぶられ、一切の矛盾を労働者に押しつける以外にない。労働者の賃金は年々低下している。私鉄バス部門の分割=別会社化で、労働者の賃金が六割に引き下げられるなどの攻撃が強行されている。これは氷山の一角である。また、「そごう」の倒産で大量の労働者の首切りが強行された。
 公務員労働者も、ベア凍結・見送り、一時金の大幅削減で、年間賃金で三十〜四十万円もの賃下げが強行されている。東京都では、ファシスト石原が「人事白書」を出し(七・二五)、「定期昇給の廃止、能力・業績主義による昇給制度の見直し」方針を打ち出した。これは一層の賃下げの強行と、階級的団結の破壊を狙うものであり、日帝は東京都を突破口に全国の公務員に広げようとしている。それは、戦後の労働運動を支えた公務員労働運動の階級性を根っこから解体しようというものであり、まさに「戦争国家づくり」の攻撃そのものである。
 さらに連合では、JAM結成に続き鉄鋼労連、造船重機労連、非鉄連合が組織統合をめざすなど、産別労組の統合の動きが進んでいる。これは戦後の階級的労働運動を一掃し、侵略戦争に協力する産業報国会づくりの攻撃である。連合の労働貴族は、連合の基盤すら突き崩される激しい資本攻勢に危機感を強め、一層の屈服と労働者階級への攻撃に出ようとしているのだ。
 こうした動きと徹底的に対決し、国鉄闘争を先頭とする新潮流運動の重要性を全労働者人民に訴えて、十一月労働者集会への大結集をつくり出していこう。
 国鉄闘争の勝利を軸に、また逆に国鉄決戦の勝利のために、五千人の大結集を実現しよう。これを国鉄闘争勝利総決起集会としてかちとることが日本労働運動の未来にとって決定的である。二十一世紀を目前にした今年の十一月労働者集会を、プロレタリア革命の勝利の世紀を切り開く労働者の歴史的大会として、ともにかちとろう。
 八・一五集会に結集し、有事立法・改憲阻止の闘いを強めよう。
 夏期一時金闘争、機関紙拡大闘争を断固やりぬき、「闘う労働者党」建設の闘いを強力に推し進めよう。

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週刊『前進』(1969号1面2)

 圧倒的な夏期カンパを今一度心から訴えます

 すべての皆さん。革共同は、夏期一時金カンパを今一度心から訴えます。
 二〇〇〇年の闘いは、体制的危機を深める日帝・森政権と対決し、勝利の大前進をかちとっています。
 革共同は、衆議院選挙闘争、沖縄サミット闘争と、国鉄決戦−十一月労働者集会への闘いを、三つにして一つの決戦、すなわち二〇〇〇年三大決戦として闘いぬいてきました。この三大決戦は次々と輝かしい勝利を積み重ねてきました。
 沖縄サミット決戦は、国家権力の戒厳体制を打ち破り、七・二〇嘉手納基地包囲の二万七千百人の“人間の鎖”と七・二一名護のデモを頂点として、沖縄圧殺と名護新基地建設の日帝のもくろみを完全に粉砕しました。
 七・一国労臨大では、闘争団を先頭に闘う組合員の決起によって、国労中央の「JRに法的責任なし」という大会決定の策動を阻止しました。
 六月衆院選では、長谷川英憲氏が初挑戦で二二、七九九票を獲得し、闘う真の野党として、次期総選挙への土台を固めました。
 このように、九一年五月テーゼ以来のわが革共同の闘いと路線は、労働者階級人民の心をとらえ、唯一帝国主義を打倒する潮流として、日本階級闘争の深部にしっかりと定着し前進をかちとっています。
 さらに、東西革共同政治集会は、結集した闘う労働者学生市民の熱気の中で、二〇〇〇年後半から二〇〇一年の革共同の闘う方針を全体で確認しました。
 第一には、国労臨大の八・二六続開大会を国労の労働者とともに絶対阻止し、戦後労働運動の精華である闘争団を守りぬくことです。そしてこの国鉄決戦の大高揚を軸にして十一月労働者集会の五千人の大爆発をかちとることです。
 倒産と大失業の攻撃が激化する中で、戦闘的労働者は、連合、全労連、カクマル=JR総連の裏切りをのりこえて、根底的決起を開始しています。
 第二には、有事立法・改憲攻撃と対決し、自衛隊三軍による九・三首都治安出動演習阻止に総決起することです。関東大震災における朝鮮人・中国人大虐殺を想起させるこの治安演習こそ、ファシスト石原の本質を示すものです。
 第三には、社会福祉の切り捨て、消費税値上げ策動など一切の反動攻撃と闘い、二〇〇一年都議選闘争へと突き進むことです。
 そして、三大決戦を強力に推し進め、革命的大衆行動を組織する革命党の建設に全力をあげることです。
 帝国主義の危機は、恐慌・戦争・大失業へと必然的に突き進みます。そして階級闘争は権力、反革命、裏切り分子との激突が不可避となります。労働者人民は、この階級的攻防に打ち勝って勝利するのです。
 そのために、強大な労働者党の建設が絶対に必要です。労働者人民の最高の団結形態、組織形態、闘争形態が共産主義の党であり、革命党なのです。
 二〇〇〇年三大決戦に、革命と革共同の未来がかかっています。革命の事業にはばく大な資金がどうしても必要です。
 低賃金、リストラ・首切り、合理化攻撃と闘い、勝利するためにこそ、尊いカンパをお願いします。
 革共同は一円たりとも無駄にはしません。今一度、心からお願いいたします。

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週刊『前進』(1969号2面1)

 8・26臨大続開絶対阻止アピール

 闘争団を裏切る本部は総退陣せよ

 臨大会場を一万人で包囲し「四党合意」を最後的に葬れ

 マル青労同国鉄委員会

 国労本部は、八月二十六日午後一時から国労臨時全国大会の続開大会を東京・三宅坂の社会文化会館で開催すると決定した。彼らは、何がなんでも「四党合意」を受け入れ、闘争団を切り捨てるために、国労の分裂も辞さずに続開大会強行へと突き進んでいる。今こそ全身の怒りでこの暴挙を徹底弾劾し、七・一を上回る総反撃をたたきつけなければならない。闘争団に続き、JR本体の国労組合員と全国の闘う労働者が大挙結集し、社会文化会館を一万の人波で埋めつくして、臨大続開絶対阻止・四党合意破棄・執行部総退陣をかちとろう。まなじりを決して闘いに立ち、国労の階級的再生と十一月労働者集会への総決起を開始しよう。

 国労の解体を阻んだ闘争団の感動的決起

 七・一国労臨大決戦は、国労闘争団を先頭に「四党合意」の受け入れに対して断固拒否をたたきつけ、事実上「四党合意」を打ち砕く歴史的闘いとなった。
 五月三十日の国労中央による「四党合意」受け入れ表明の直後から開始された闘いは、臨大当日の十三時間にわたる激闘とその頂点としての「演壇占拠」へと上り詰めた。この闘いは、「四党合意」への激しい怒りを内外に見せつけ、国労の闘う魂はけっして死んではいないことをはっきりと示したのである。とりわけ闘争団・家族の「私たちの人生を本部の勝手な都合で決めないで下さい」という渾身(こんしん)の訴えと決起は、国労内外の闘う労働者の心を揺るがし、労働者魂を呼び覚ましている。
 そもそも「JRに法的責任がない」という「四党合意」の受諾は、「国家的不当労働行為はなかった」「首切りは正当だ」という敵の居直りを認めることであり、闘争団を切り捨て、国労が国労でなくなることである。まさに国鉄闘争十四年の闘いを無にする全面降伏宣言である。
 宮坂書記長は、「四党合意」を受けて、「補強五項目」そのままの「包括的解決案」なるものを政府と合意し、JR連合への合流を画策していた。そのことは、「JRの使用者責任を問わないことを決めれば、その時点で国労という名前も意味を失う」(葛野JR連合会長、『労働レーダー』七月号)とか、「問題は、その後の国労の体質である。国労との統一という言葉はなかったが、そのような話はあった。……ひとつ目に国労が千四十七名問題を解決すること、またもうひとつは組織形態の見直しと国鉄という名前を捨てるべきだということである」(七月五、六日のJR連合大会での明石事務局長答弁)というJR連合幹部の言動にも明らかである。
 まさに、「四党合意」を受け入れて「JRに法的責任なし」を認めたら、ただちに「組織形態の見直し」と称して闘争団の解散強要と国労からの除名処分を強行し、国労の名称変更とJR連合との合体に突き進もうとしていたのだ。こんなことは絶対に認めるわけにいかない。
 闘争団を先頭にした怒りの決起は、「四党合意」受け入れ決定をぎりぎりのところで阻止し、国労と国鉄闘争の変質・解体を阻んだのである。
 これに大打撃を受けた国労本部は、七月三日付で「第六六回臨時全国大会と大会休会についての見解」を出した。それは「大会破壊の暴力行為に対し、非難すると共に憤りをもって抗議する」などと、「闘争団=大会破壊者」とする許しがたいものである。その中には「社会民主党を始めとした政党関係者・政府関係者の皆さんに対し、衷心よりお詫びする」などと書かれている。闘争団を「破壊者」とののしり、政府・四党に対してはわびを入れるとはどういうことか。腐りきった国労本部の反動性はここに浮き彫りになった。
 これと一体となってチャレンジ一派や上村革同が執行部を牛耳る北海道、東海、西日本などの各エリア本部は、許しがたい「暴徒・暴力」キャンペーンを展開した。チャレンジ一派が機関を私物化している地本などでは、闘争団の物資販売活動を禁止し、DLR基金や闘争団カンパの支給差し止めまでして糧道を断つという、許しがたい闘争団切り捨て・圧殺の策動が行われている。「四党合意」が闘争団の切り捨てであることが満天下に示されているのだ。
 だがこれは、七・一決起に大打撃を受けたチャレンジ・革同上村派の悲鳴である。各エリア本部の役員どもは、もはや闘争団・国労組合員を切り捨てる裏切り・転向分子に完全になりさがっているのである。
 政府=運輸省は、「形式的に組合が四党合意を認めても過半数の闘争団が闘いを続けるようなら本当に解決したといえるのか。四党合意は何だったのかという話になりかねない」(『エコノミスト』七月十八日号)と述べている。運輸省は、「四党合意」による国鉄闘争解体策動の破産を事実上自認しているのである。JR連合大会で葛野会長も、「(国労臨大の休会は)協力を得た団体、個人に大きな失望を与えた」と消耗感を吐露している。
 カクマルは、「(臨大休会は)和解金をつり上げる国労本部ダラ幹の演出」であり、臨大続開開催で「四党合意」は受け入れられることが決まっている「できレース」(『解放』七月十七日付)だなどとわめいている。カクマルもまた七・一決起に大打撃を受け、「闘争団の三分の一は本部方針支持を固めている」「解決水準にこだわる闘争団」などと悪罵(あくば)を投げつけ、“国鉄闘争はこれで終わってほしい。もう闘ってもダメだ。今度で終わるはずだ。そうすれば国労解体のチャンスだ”という反革命的願望をむきだしにしているのだ。
 こうした反動連合の受けた打撃感は、七・一の感動的な決起の偉大さを逆に証明するものである。

 反動的な「暴力」宣伝粉砕し総反撃始まる

 七・一決起は、国鉄闘争の新たな発展と国労の階級的再生の一大突破口をつくりだしている。
 「四党合意」の受け入れは、首切りと闘争団の切り捨てを国労全体が承認するということだ。それだけでなく、JR本体の組合員に対する不当労働行為と差別攻撃のすべてを容認し、総屈服するものなのだ。こんなものを受け入れるのは国労の一大転向であり、日本労働運動に計り知れない打撃を与えるものである。
 国鉄闘争は、総評解散・連合化の流れの中で、闘う労働運動、階級的労働運動の最大の拠点をなしてきた。国労が「四党合意」を受け入れることは、国鉄分割・民営化による大量首切りの国家的不当労働行為を許すだけでなく、日本労働運動の最強の抵抗拠点を敵に明け渡す重大な危機であった。
 政府・権力は、国労内の宮坂・チャレンジ一派と革同上村派の屈服を見透かして、「四党合意」の受け入れ強行のための臨大を開かせ、正式決定させることで、国鉄闘争を解体し日本労働運動の屋台骨を一挙にへし折ろうとした。
 まさにこの攻撃は、総選挙や沖縄サミットと一体の攻撃であり、より深いところから日本労働運動と日本階級闘争を粉砕しようとする大反革命攻撃にほかならなかった。
 だが、闘争団を先頭にした七・一の感動的な決起は、この日本階級闘争の一大危機を打ち破ったのだ。日本労働運動の危機は突破され、再生への一大転回点がつくられた。闘いはもちろん終わったわけではない。これからますます本格化、熾烈(しれつ)化する。しかし七・一決起が日本労働運動の階級的再生と高揚への歴史的な突破口となったことは確実である。

 国労の再生へ突撃路を開く

 八・二六臨大続開大会絶対阻止に向け、闘いの新たな高揚が開始されている。
 臨大休会後、闘争団と国労組合員は、「暴徒・暴力」キャンペーンと激しく格闘し、これを打ち破って七・一決起の地平を守り、打ち固めつつある。
 闘争団を始め、七・一決起を支えたすべての勢力は、「闘争団が正しいのか中央本部が正しいのか」と、国労組合員や全国の労働者に真っ向から問いかけたのである。この闘いは、チャレンジ一派や革同上村派をたたきのめし、七・一決起の偉大な地平を全体のものにし、国労と日本階級闘争の再生の突撃路をさらに押し開いた。
 「暴徒・暴力」キャンペーンは、それ自体、「演壇占拠は支援がやった。中核派がやった」「ニセ左翼暴力集団がやった」などという悪らつなデマに基づくものである。こんなデマで現場組合員を組織することはできない。七・一闘争の真実が現場組合員に知れるにつれて、その策動は大きく打ち破られ、逆にチャレンジ一派、革同上村派は墓穴を掘ったのだ。
 追いつめられた中央本部は、八・二六臨大続開大会強行を決定し、今度こそ闘争団の切り捨てを強行しようと、国労の分裂・破壊をも辞さないむき出しの攻撃に出てきている。宮坂書記長は、「開催されれば提出されている修正案に対する本部見解を示し、その後、方針案の採択ということになる」(『週刊労働ニュース』七月二十四日付)などと、あくまで国労の分裂も辞さず「四党合意」受け入れを強行する構えである。
 この暴挙に対して、怒りの反撃の口火が切られた。
 七月二十五日から三日間の国会前座り込み闘争や、二十九日の社民党大会への「四党合意破棄」の要請行動、さらに闘争団・家族による社民党への要請などが行われ、八・二六続開阻止へ闘争団を先頭とした新たな決起が開始された。
 JR職場でも「臨大休会の見解」に対する怒りの声がわき起こっている。職場討議で「暴徒・暴力」キャンペーンを粉砕されたチャレンジ・革同上村派が、職場で孤立する事態が至るところで生み出されている。
 支援・共闘も、七月五日には都労連が「JRに法的責任があることは明白」「当事者が納得できる解決という基本を踏まえるべき」との声明を発表した。支援の労働者の国労本部への怒りは大きく高まりつつある。
 さらに全労連も「四党合意支持」を表明した尾張部全労連国鉄闘争本部事務局長の談話を事実上撤回し、「(四党合意は)国鉄闘争の基本にかかわる重大問題を含んでいる。全労連はこれまで認識してきた基本方針・基本要求を堅持して闘う」という坂内事務局長談話を六月十九日に発表せざるをえなくなった。七月二十五〜二十七日の全労連大会では、「四党合意」に反対する圧倒的な意見が噴出した。特殊法人労連や東京労連、京都総評、北海道労連からは「四党合意への態度を明確にせよ」という追及の声が上がった。
 三十、三十一日の全労協大会では、国鉄闘争をめぐる意見が発言の大半を占め、「四党合意」反対の声が全体を埋めた。
 七月二十九日の社民党大会でも、東京都本部の代議員から「四党合意見直し」の意見が出され、「四党合意」を推進した社民党自身が揺れている。
 日本共産党は、革同の内部対立をかかえたまま、いまだに明確な態度を打ち出せない状態だ。
 「八・二六臨大阻止・四党合意撤回」の声は、全国の労働者へ津波のように広がりつつある。勝利のカギは、チャレンジ・革同上村派の「暴徒・暴力」キャンペーンを最後的に打ち砕いて、闘争団の決起に続くJR本体の組合員の総決起を実現することである。
 八・二六当日、全国から一万を超える国労組合員、闘う労働者が結集し、社会文化会館を包囲するならば、続開大会は絶対に阻止できるのだ。

 闘争団の闘いを守るJR本体の総結集へ

 国労と国鉄闘争をめぐる激しい攻防は、今日の階級決戦の焦点がここにあり、まさに今、火を噴いていることを示している。階級的労働運動の未来は、この決戦の勝利にかかっている。
 国労臨大続開大会をめぐる攻防は、闘う労働運動の新潮流をつくる闘いにとって、死活をかけた決戦である。日本労働運動には、国労が「四党合意」を受け入れてなだれ打つ崩壊の過程に入るのか、それとも国労を先頭に階級的労働運動の再生に向かって進むのかが、鋭く問われている。現下の国鉄攻防に勝利することなしに階級的労働運動の再生の道がないことははっきりしている。ファシスト石原打倒のためにも、国鉄闘争が今迎えている一大分岐に分け入り、九・三自衛隊三軍治安出動演習への怒りとも結合して、八・二六への総決起をかちとらなければならない。
 これらが一体となった時、階級闘争の危機を左から突破する道が開ける。日本労働運動と日本階級闘争の本格的高揚の弁を押し開くことができるのである。
 七・一決起は、現執行部を打倒し、新たな闘う執行部をつくりだすことなしには国労の階級的再生は不可能だということもはっきりと突き出した。宮坂・チャレンジ一派、革同上村派が、分裂も辞さず臨大再強行に出てきている以上、現執行部打倒は今や待ったなしの課題である。
 政府は、「完全民営化法案」の国会提出に向けて動いている。しかし「千四十七人問題の解決」なき完全民営化などは「絵にかいたもち」だ。だから敵は、宮坂・チャレンジ一派、革同上村派を後押しして、しゃにむに臨大強行へと駆り立てているのだ。
 三島・貨物の赤字、相次ぐ事故に示される安全問題の露呈、カクマルを使った労務政策の破綻(はたん)と行き詰まり、運政審での「上下分離方式」の検討など、十四年を経た国鉄分割・民営化政策は根本からその矛盾と破産をあらわにしている。追いつめられているのは敵、政府・JR資本とカクマル=JR総連なのである。
 今こそ敵の攻撃を打ち返し、原則に戻って闘うことである。ILO勧告を武器に五・二八反動判決を覆し、国鉄闘争勝利の大運動を全人民的につくりだすことだ。そのためにも「九六年八・三〇申し入れ」から「四党合意」に至る国労本部の屈服の根源になった「和解路線」を破棄し、それを推進してきた現執行部を打倒し、労働組合の原則に立つ新しい闘う執行部を樹立しなければならない。
 七・一の闘争団の渾身の決起に続き、今こそJR本体の組合員が総決起すべき時だ。JRの差別的労務政策に日々向き合うJR本体の組合員が、闘争団の決起を引き継ぎ、積年の怒りを爆発させるならば、闘いはさらに大きく発展する。
 臨大続開阻止は国労運動の生きるか死ぬかをかけた決戦だ。日本労働運動が階級的再生を遂げるかどうかがここにかかった。二〇〇〇年決戦後半戦の帰趨(きすう)もここで決せられる。闘う労働運動の新潮流の前進も、この勝利なしにはありえない。
 まなじりを決して八・二六臨大決戦に総決起しよう。闘争団を戦闘に、全国から一万の国労組合員、闘う労働者の総決起をかちとろう。

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週刊『前進』(1969号2面2)

 闘争団先頭に座り込み 続開阻止へ不退転の決意

 八・二六国労臨大続開阻止へ、闘争団を先頭に不退転の決起が始まっている。「四党合意」受諾の強行をたくらむ国労本部への国労組合員と支援の怒りはますます高まっている。
 七月二五日から二七日までの国会前座り込み行動、二十八、二十九日の社会文化会館前座り込み行動が「4党合意NO!働く者の人権は譲らない行動ネットワーク準備会」(代表 宮崎学、鎌田慧、佐高信、佐藤昭夫の各氏)の呼びかけで行われた。国労本部の「各級機関・組合員は、要請及び諸行動に一切参加しない」という恫喝的「指示」をはねのけ、のべ三百六十人が参加した。闘争団はこの闘いを終始牽引した。JR本体の組合員や支援の労働者も多数駆けつけた。
 行動に参加した闘争団員は「『四党同意』は絶対に認められないことを社民党大会に向けて訴えたい」「続開大会を開催させない取り組みを全国各地からつくろう」「JR連合に行くために闘争団を切り捨てる役員はいらない。辞めてもらう」と発現した。
 二十六日には、闘争団家族が上京し、土井社民党党首と会見して「四党合意」の再考を迫った。二十七日からは三日間のハンストが闘われた。社民党大会が開かれた二十九日、行動参加者は大会代議員にビラをまき、「四党合意」撤回を訴えつつ、社文前での座り込みを貫徹した。
 闘争団を支え連日の集会
 二十六日夕方、「JRに法的責任あり!今後どうすれば勝てるか!」と題したシンポジウムが労働スクエア東京で行われた。闘争団員が「臨大では『四党合意』受け入れを止めなければという思いだけで前に行った」と闘いの正しさを訴えた。労働法学者の佐藤昭夫さんは、「国労本部は闘いをやめることを第一目標にしているとしか思えない」と本部を弾劾した。
 二十七日には「国鉄闘争勝利!学習・交流会」がシニアワーク東京で開かれた。闘争団の家族が、「夫とともに臨大に参加した。私たちはああするしかなかった。暴徒よばわりするけれど、最初に暴力を振るったのは本部です。がけから突き落とされた気持ちだったんです。私たちは悪くない。八月二十六日、どのような形で開かれるのか本当に心配で不安でたまらない。開かないで、国労として精一杯闘う道を選んでほしい」と訴えた。北海道の闘争団員は「JR職場にオルグに入っているがほとんどの職場が『四党合意』反対だ」と報告した。
 立山学さんは「臨大前日の集会で闘争団の家族が『もう頂上が見えているのになぜ本部は下りるんですか』と訴えた。この情勢の見方が大切だ。相手はかなり焦っている。だから『死ね』とむき出しで言ってきた。国労に四党合意という毒を飲ませようとしたが、闘争団が駆け上がったから命がつながった。勝つためには弾を込めて敵を撃つ迫力が必要だ」と訴えた。
 国労新橋支部の代表は、「修善寺大会の時、山崎委員長の背広を破ったAさんや、中闘の会議室のドアを蹴破ったBさんが反暴力キャンペーンをしている。時間がたてばこの本質も分かってくる。JR連合は『国労の体質転換を見定める』と言うが、本部は明確にここに踏み込んだ。JR連合と結婚するためにじゃまな闘争団は切り捨てるということだ。八月二十六日まで全国に闘いを広げよう」と発言した。
 二十八日、「国労・闘争団と連帯する夕べ」が新幹線支部、新橋支部東京地区協、稚内闘争団の主催で開かれた。新幹線支部は臨大での稚内闘争団の行動に「自己批判」を求めていたが、傘下の組合員からこれへの批判が噴出。この日の集いは、闘争団の思いを共有し臨大続開に反対する決意に満ちたものとなった。

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週刊『前進』(1969号2面3)

 全労連大会で激論 「四党合意」に批判続出

 臨大続開をめぐる攻防は、労働運動全体を大きく揺るがしている。
 七月二十五日〜二十七日の全労連大会では、国鉄闘争の方針について、「四党合意への批判を明確にすべき。五月三十日の国鉄闘争本部長談話は四党合意を認めるもので問題だ」「議長は『人道的立場』と言ったが、JRに責任を取らせることが第一だ」「四党合意を認めず闘おうと決意した」「国労臨大が八月二十六日に開かれるもとで全労連の方針は不十分だ」などの意見が噴出した。
 全労連傘下の圧倒的多数の労働者にとっても、革同上村派が強行する「四党合意」受諾は絶対に認められないものなのだ。
 だが坂内三夫事務局長は「加盟組合でない国労の対応についてコメントすることは適切でない」と答弁した。全労連内のさらなる分岐と流動は不可避である。
 七月三十、三十一日の全労協大会では、「四党合意反対」の意見が相次いだ。八月一日、藤崎良三議長は、国労本部に対して「@JRに法的責任があることは明らか、A闘争団・家族の意見を尊重し、合意形成を図る、B統一と団結を守るためにも『闘争団の納得のゆく解決』に向けて、最大限の努力をしていただきたい」と要請した。
 このように「四党合意」撤回の声は満ちている。臨大続開阻止へ、さらに闘いを強めよう。

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週刊『前進』(1969号2面4)

 資本攻勢&労働日誌 7月18日〜8月1日

 全労協大会「JRの法的責任は明確」

●鉄鋼と造船が組織統合案
●雇調金に大幅削減の攻撃
●完全失業率が前月より増
●7月18日 政府は「10年間で少なくとも10%」とする国家公務員の第10次定員削減計画を決定。
◇化学リーグ21(9万5000人)と全日塗(5800人)の統一大会が19日まで開かれ、統一組織の名称を日本化学産業労組連盟(略称・化学リーグ21)とすることを決めた。
●19日 鉄鋼労連(16万人)と造船重機労連(12万人)、非鉄連合(2万人)は「3産別の組織統合にむけて検討を行い、一年後に結論を出す」との統一見解を発表した。
◇雪印食品一般労働組合が、事故の背景に「『ローコストオペレーション』と称する安全衛生管理無視の徹底したコスト削減策、職場の人員削減」との見解を発表。
●22日 大阪全労協の定期大会で、前田議長は「支援団体に一言の弁明もなく国労が大会で(四党合意)容認を決めるのは、支援に対する裏切りだ」と厳しく批判し、国労と社民党に再考を促す考えを明らかにした。
●25日 全労連が27日まで定期大会。「四党合意」の評価をめぐって議論が集中した(記事参照)。全労連が大幅賃上げ要求を撤回したことについて、神奈川労連が「大幅賃上げ額を全労連が掲げないことは問題があったと言わざるをえない」、建交労も「大幅賃上げ要求を掲げることを強く求めたい」と反対意見を述べた。
●25日 厚生省は健康保険料について、一時金も含めた年収を基準に徴収する「総報酬制」に変える方向で検討に入った。保険料引き上げを狙う攻撃。(朝日、日経)
◇東京都は人事制度を根本的に改悪、係長級以上は定期昇給廃止を検討していることを明らかに。
●26日 労働省は雇用保険を財源とする助成金を統廃合し、年間支給総額を1500億円、約2割削減する方針で検討に入った。特に雇用調整助成金など企業の雇用維持を支援する助成金を大幅に削減する方向で検討する。(日経)
●27日 労働省の中央最低賃金審議会は新しい地域別最賃の引き上げ目安を0.8%とする答申を行った。昨年度0.9%より0.1ポイント低い。
●28日 総務庁が発表した6月の完全失業率は、4.7%と前月より0.1ポイント増加。零細企業や個人企業の倒産増加で就業者が減ったため。
●30日 全労協が31日まで定期大会。国労の宮坂書記長が大会初日に経過を報告。「四党合意」への反対意見や、全労協として明確な意思表示をすべきとの声が続出。子島事務局長は大会2日目の冒頭「JRに法的責任があることは明確」との全労協の統一見解を明らかにした。翌8月1日、藤崎議長と子島事務局長が、国労本部三役に要請。(記事参照)
●8月1日 労働省は来年4月から離職理由で失業手当の給付日数に差がつくことを受け、企業提出の離職理由に対し従業員による異議申立を認める方針。
 全労連定期大会での四党合意反対意見
●特殊法人労連「四党合意への批判を明確にすべき」「5月30日の尾張部〔国鉄闘争本部事務局長〕談話は四党合意を認めるかのようなものとなっており撤回すべき」「四党合意案について幹事会は反対するのか質問する」
●北海道労連「JRに責任をとらせることが第一」「苦しいから助けてくれというようなことは言うべきではない」
●建交労鉄道本部「JRの不当労働行為責任について、全労連は態度が揺らいでいるのでは」「人道的解決など国鉄闘争本部での確認事項とちがう」
●建交労(全動労争議団)「政府・JRを免罪しているあの合意では、納得できない」「合意を認めず、闘おうと決意した」「国鉄闘争が汚点・マイナスを残してはいけない」

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週刊『前進』(1969号3面1)

 革共同政治集会に940人集う 7・30東京

 天田書記長が勝利の大方針 

 ”革命的労働者党の建設を” 新潮流運動の大躍進へ全力

 七月三十日、東京・千代田公会堂で革共同政治集会が開催され、九百二十人が結集した。天田三紀夫書記長の基調報告を軸に、直前の沖縄サミット粉砕決戦の大勝利を始め、二〇〇〇年三大決戦の前半戦の大高揚を引き継ぎ、後半戦の勝利の路線と方針、決意を打ち固めるのにふさわしい集会として大成功し、最大の頂点、十一月に向かって夏・秋の闘いのスタートが切られた。

 2000年後半決戦へ熱気

 冒頭「二〇〇〇年沖縄サミット粉砕決戦の記録」と題するビデオ上映が行われた。戒厳体制を打ち破る闘いの臨場感に満ちた映像が次々と映し出され、会場全体で沖縄サミット粉砕決戦の大勝利を再確認した。
 部落解放同盟全国連、北富士忍草母の会、三里塚芝山連合空港反対同盟が連帯のあいさつに立った。
 部落解放同盟全国連の小林あや子中執は、狭山異議審棄却切迫の重大な情勢を迎えていると警鐘を鳴らし、八月九日の東京高裁要請行動、全国狭山百万人署名統一行動をともに闘うことを訴えた。
 サミット粉砕決戦を沖縄現地で最先頭で闘った北富士忍草母の会の天野美恵事務局長は、サミットを完全に粉砕したと宣言し、「沖縄・日本本土、韓国に駐留している米軍を撤退させ、アジアの平和にからだをはろう!」と、十一月米軍演習粉砕の決意を語った。
 三里塚反対同盟からは、北原鉱治事務局長、市東孝雄さん、三浦五郎さん、鈴木幸司さん、小林なつさん、伊藤信晴さん、宮本麻子さんら七人が駆けつけた。
 北原事務局長は「ここに集まった人が決起しない限り、日本の将来はない。闘いの中にこそ、大衆の支援と共闘が生まれる。三里塚は勝利するまで闘い抜く」と革共同に熱く呼びかけた。鈴木さんは「日本に戦争をさせないために、われわれには重大な責任がある。反対同盟は闘い続ける」と自分の体験を語りながら、戦争阻止の思いを語った。小林さんは、十月八日の三里塚全国集会への結集を呼びかけた。

 指名手配粉砕の4同志登壇

 続いて長期の指名手配攻撃を粉砕した四人の同志が紹介された。会場からの鳴りやまぬ大きな拍手の中、七四年一・二四横国大カクマルせん滅戦闘指名手配粉砕戦士の田口政之同志、大形敏也同志、小林利行同志、八五年四・一二成田・羽田両空港砲撃戦デッチあげ指名手配粉砕の高田武同志が登壇した。
 田口同志は「権力による不当な指名手配攻撃に打ち勝って、勝利の報告ができることを、みなさんとともに喜びたい。党の内外で、私たちを支援してくれた人びとに心から感謝します。党と労働者人民がともに闘い勝利した」と語った。
 大形同志は「一・二四戦闘が正義の戦闘であったにもかかわらず、権力がカクマル救済、革命闘争破壊のために、指名手配攻撃を加えてきたことに対し、腹の底から怒りを表明する。同時に、同志のみなさんと、この場にいることを、わが党の強固な非合法・非公然体制の勝利として確認したい」と訴えた。
 小林同志は「権力の不当指名手配攻撃と二十六年間対決し勝利して、今日ここに帰ってきた。殺人罪、放火、爆取などの重罪でのデッチあげ指名手配・逮捕は、われわれの闘いに対する報復と転向強要を目的にした権力の悪らつな弾圧である」と権力の不当な指名手配攻撃を弾劾した。
 高田同志は「人民に支えられ、人民に信頼されて闘っているということを強く感じて闘ってきた十五年間だった」と述べ、「労働者階級に信頼される革命党にならなければならない」と決意を語った。
 あらためて会場から万雷の拍手が送られた。
 いよいよ集会のハイライト、天田書記長の「恐慌・戦争・大失業に突き進む帝国主義の打倒へ三〇年代的階級激突にかちぬく革命的労働者党を」と題する基調報告に移った。
 天田書記長は「二〇〇〇年決戦前半戦を、革共同は第一に、戦後最大の政治決戦として衆院選闘争を勝利的に貫徹し、再挑戦権を獲得した。第二に、七月一日の国労臨時大会での『四党合意』機関決定を阻止し、大会を休会にたたき込んだ。第三に、沖縄サミット粉砕、名護新基地建設阻止の闘いを、沖縄現地攻防を闘い抜き、闘う沖縄人民との連帯・交流を実現した」と総括し、“@革命的情勢の急接近の中で、革命的大衆行動の組織化を対置し、三大決戦を一つにして三つの闘い、三つにして一つの闘いとして闘ってきた。A革共同の綱領、戦略的総路線のもとで決戦を闘い、党を鍛え、団結を強めてきた。B結論として、労働者階級に根をはった党を建設することが重要である。C〈二つの連帯戦略と一つの打倒戦略〉で、二〇〇〇年後半戦、十一月労働者集会の大成功へ全党は総決起しよう”と呼びかけた。
 さらに内外情勢について、米帝経済の株価大暴落とドル暴落の切迫、世界経済の統一性の崩壊と急速な収縮、帝国主義のブロック化と勢力圏化をめぐる政治的・軍事的激突、階級支配の破綻(はたん)と崩壊、階級闘争の爆発、内乱・内戦の発展という情勢の到来を明らかにした。
 そして帝国主義とスターリン主義の戦後支配体制の崩壊が激しく進行し、日米帝国主義が、アジア勢力圏化をめぐって激烈に衝突、日帝が戦争国家の道へ動き始めたと述べ、「この激動の情勢を革命的時代精神をもって受けとめ、プロレタリア世界革命の思想で、朝鮮・中国の労働者人民と連帯して革命の実現のために闘おう」と呼びかけた。
 日帝危機について、何十兆円という税金を湯水のように投入しながら、巨大銀行、金融機関の破綻という最悪の事態をなんとか繰り延べているのが現状だと喝破し、資本主義は没落している、労働者階級の階級闘争史上への登場が問われている、と訴えた。
 その上で二〇〇〇年決戦後半戦の方針を提起した。
 第一に、後半戦の最大の決戦である十一月労働者集会五千人結集を訴えた。そして八・二六国労臨大続開大会絶対阻止の闘いを全国的に爆発させようと呼びかけた。さらに教労、都労連、全逓決戦と一体的に前進させ、十一月労働者集会を成功させようと訴えた。
 第二に、有事立法・改憲の自公保体制打倒を訴え、まず、沖縄サミット粉砕決戦の勝利の地平から、名護現地の闘いを強化して闘い抜こうと呼びかけた。
 さらに九・三の自衛隊三軍の治安出動訓練粉砕の大闘争、今秋臨時国会−憲法調査会との闘い、教育改革−教育基本法改悪阻、そして三里塚暫定滑走路攻撃粉砕の十・八全国集会への決起、北富士闘争の前進を呼びかけた。
 第三に、介護保険闘争の爆発をかちとること、排外主義・差別主義との闘い、反軍闘争、超長期獄中同志の奪還、「司法改革」攻撃粉砕などを訴えた。
 また来年の都議選を、結柴誠一杉並区議を押し立てて闘うことを宣言した。
 最後に、カクマル=JR総連打倒へ総決起することを呼びかけると同時に、@「革命的大衆行動」の爆発、A非合法・非公然体制の強化、B労働者人民の革共同への総結集を訴え、十一月労働者集会へ五千人の結集で日比谷野音を満員にしようとあらためて強く訴えて、基調報告を終えた。

 国労臨大続開阻止へ決意固く

 カンパ・アピールに続いて、さらに特別報告、決意表明が次々と行われた。
 国鉄労働者は「国労臨大で闘争団と家族は、自己解放・自己決定権をかけて決起した。労働者は必ず正しい道を選ぶ。新しい闘う潮流が求められている。十一月労働者集会に何人が結集するかが問われている。八・二六の続開大会を一万人で包囲し、必ず粉砕し、十一月労働者集会の成功へ先頭で闘う」と烈々たる決意を語った。
 続いて沖縄県委員会の代表が「日帝がサミットにかけた狙いを木っ端みじんに粉砕した」と高らかに宣言し、「決戦勝利の原動力は、革共同の決断と綱領的路線的高さ、二万二千人の警察を包囲した五十万、百万の沖縄人民の怒りの眼だった。沖縄に新たな大高揚の波が訪れている。『沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒』の革共同の綱領的路線を高々と掲げて第三次安保・沖縄闘争をつくりあげていこう」と報告した。
 全学連沖縄現地行動隊の学生は「県民の怒りと基地撤去の思いは、基地押しつけの戦争会議=サミットという現地行動隊の訴えと結びついた。沖縄と全世界の基地撤去、帝国主義打倒を先頭で闘います」と決意表明した。
 都政を革新する会の長谷川英憲代表は「介護保険廃止の闘いを先頭で闘い、二二、七九九票を得て、再挑戦の権利は獲得した。介護と福祉を取り戻す住民・大衆の闘いを全国へ広げ、次の衆院選を勝利めざして闘うことを誓いたい」と再挑戦の決意を述べた。

 結柴区議が都議選へ決意

 結柴誠一区議は、「来年の都議選は、ファシスト石原都政との全面激突であり、絶対に勝利しなければならない。九・三自衛隊三軍の治安出動演習を粉砕しよう。闘う労働運動の力、介護保険闘争の大爆発で石原都政を打倒しよう」と都議選勝利の決意を述べた。
 都革新後援会の代表は「革共同と都革新、杉並区民は一緒にがんばり、二二、七九九票を得た。次の都議選、衆院選は絶対に勝利する」と訴えた。

 9・3治安出動演習粉砕へ檄

 最後に大山尚行全学連委員長が「朝鮮人民・中国人民の虐殺の再現を許さず、真の国際連帯の実現をかけて九・三自衛隊三軍治安出動演習粉砕の闘いを全学連は最先頭で闘う。当日、銀座で戦闘的デモを打ち抜く」と決意表明をした。
 全員でインターナショナルを力強く斉唱し、二〇〇〇年決戦後半戦への進撃を誓い合った。

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週刊『前進』(1969号3面2)

 労働現場から

 ”公社化とは首切り”と大会代議員に訴え

 東北・全逓労働者 H・O

 全逓第五四回定期大会が七月十二日から三日間、広島で開かれました。以下は、私が大会初日の昼休み集会で訴えたことです。
 私は職場での大会議案討議をふまえて、代議員の皆さんに訴えたいことが三点あります。
 第一点は、「公社像」についてです。全逓中央本部は、今年最大の課題は「国営の新たな公社」の制度設計にあると言っています。これは何なのか。「公社化」とは経営形態の変更であり、新規採用であり人員削減であり、これ以上ない大合理化です。
 国鉄がJRになる時、どうだったのか。定員枠が決められ、職員台帳による勤務評価が行われ、個人アンケートが取られた。そして処分歴が調査され、組合間で差別された。この過程で二十万人の国鉄労働者が「自主退職」に追い込まれました。
 今、多くの組合員が「公社化」に不安をもっています。六月の終わりに東北・北海道ブロックの支部長会議が行われました。この会議で本部・金子中執は、「公社化の問題は本部に任せてくれ。制度設計で現場との往復運動はしない。一方通行、トップダウンでやる」と言っている。北海道のある支部長が「公社に全員行けるのか」と質問したのに対して、「二〇〇三年三月三十一日に職員である人は、公社に行ける。それ以降どうなるかは分からない」とも言っています。本部の「公社像」は、経営の問題という根本のところで、まったく明らかでないのはどういうことなのか。定員枠はどうなるのかすらも明らかでない。
 はっきりさせなければならないのは、公社の企画立案の権限は総務省にあるという事実です。人事権、その他すべて握られており、労働組合として企画立案ができるかのように言うことは、十六万全逓組合員にウソを言っていることになる。全国の代議員はだまされてはいけない。公社の集団的労使関係で経営参加すると言っているが、労働協約や協定はどうなるのか。労働条件が抜け落ちているのはどういうことか。
 私たちは、中央本部にいかなる幻想ももつことはできません。六十歳定年まで働ける労働条件すら現場で確保できない現実をどう考えているのか。
 二点目は、「総合生活支援ネットワーク事業」推進を柱とする「行革対応第四ステージ」と本部が言う二〇〇〇年から二〇〇三年の過程は、全逓組合員の職場の団結を解体し、郵政労働者すべてをふるいにかける過程としてあるということを訴えたい。
 「全員、公社に行けると思うな」「ぜい肉をそぎおとし、筋肉質の組織をつくる」と本部・菰田企画部長(新書記長)らが言っているが、まさに本部は省施策を丸のみにし、徹底的な合理化と人員削減の時期として明確に位置づけている、と議案書を見て思います。しかも、自ら民営化を進めるものではありませんか。
 議案討議の時に年配の組合役員は、「当局から何を言われても絶対やめない。定年まで働く」と言っています。総合担務局の組合員は「毎日が針のムシロだ。総合担務と人事交流をやめさせろ。もうクタクタだ」と悲痛な叫びをあげているのをどう思うのか。
 三点目は、「ニュー・ユニオン」についてです。労働者をふるいにかけ、公社へ移行するためにニュー・ユニオンが必要なんだということです。職場の多くの組合員は「ニュー・ユニオンのイメージがわかない」と言っています。
 「二十世紀の運動を清算する」と勝手に本部は言うが、労働者は賃労働をして生活している現実、賃労働と資本の関係は何も変わっていない。それどころかますます当局がかさにかかって出てきているではないか。七八越年反マル生闘争を本部は当時「人間性回復の闘い」だと言った。「全逓なんか人間じゃねえ。全逓に入るな」と当局は言った。
 労働組合とは何なのかと考えてきたが、人として生き、労働者としての誇りを体現するものこそ労働組合だと思うのです。人間として、労働者として仲間を裏切らず信頼関係をつくりだして、不当に首を切られた四・二八被免職者の仲間を組合として守り抜くことが当たり前だと思ってやってきた。今こそ全逓はそうあるべきだと思います。だからニュー・ユニオンには断固反対します。
 代議員の皆さん、竹林や菰田の台頭を許してはならない。全逓を現場組合員の手に取り戻し、全逓の旗を守り抜き、この過程を団結を固めて闘い抜こうではありませんか。

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週刊『前進』(1969号3面3)

 〈投稿〉沖縄と結ぶ闘いを

     杉並区議 新城節子

 七月十九日、那覇空港に着くやいなや私たちを待ち受けていたのは鈴なりの公安警察でした。カッと照りつける沖縄ならではの太陽を浴びながら久々に降り立つ郷里に胸が熱くなりました。
 二十日、嘉手納基地は二万七千百人の鎖で包囲されました。この力は、既成政党の裏切り・制動をはねのけた県民一人ひとりの自主的決起にあります。九五年の少女暴行事件を契機にした沖縄の人びとの基地撤去の信念は、今回の少女暴行未遂事件、ひき逃げ事件で再燃しています。沖縄の人びとの心の底にある怒りのマグマの爆発です。
 日米帝国主義は沖縄サミットを強行し、侵略戦争への号砲をあげようとしました。これに対し、沖縄や全国から駆けつけた人びとは、「そんなことはさせない」と闘いをたたきつけました。日米帝のもくろみは完全に破産しました。沖縄の基地撤去の不屈の闘いがアジア・世界に発信され、韓国を始めとしたアジア・世界の労働者人民の闘いと結びついたのです。
 嘉手納包囲行動の直後、私たちは、かでな文化センターで開かれた平和交流集会(主催/平和市民連絡会)に参加しました。集会のメインは、韓国やプエルトリコを始めとする世界の人びとの闘いの報告でした。
 韓国からは、米軍機の梅香里(メヒャンリ)への爆弾投下事件を契機に、積年の怒りを解き放って在韓米軍撤退に立ち上がった労働者人民の闘いが報告されました。米軍射爆場撤去闘争を不屈に闘うプエルトリコの漁民の報告は、三里塚や北富士の闘いを見るようでした。
 これにこたえて北富士忍草母の会の天野美恵さんが、北富士と沖縄が基地撤去の闘いの両輪であると宣言、「沖縄、日本本土、韓国に駐留している米軍を撤退させ、アジアの平和にからだをはろう!」と呼びかけました。
 沖縄の闘いは、韓国を始めとした世界の米軍基地撤去闘争や反戦闘争との連帯のかなめです。沖縄の心は、沖縄の人びとの命・人権を奪ってきた基地が、同時にアジア−世界の人びとの命を奪ってきたこと、この歴史の事実に向き合っています。
 サミット歓迎ムードは、沖縄の人びとの怒りで完全にくつがえされました。名護・那覇・宜野湾市内での集会やデモに沿道から共感の拍手やシュプレヒコールが寄せられました。「サミットによって何もいいことはない!」というのが県民の声です。
 さらに摩文仁でのクリントン発言は、沖縄の怒りを買いました。少女暴行未遂事件に対する一言の謝罪もなく、しかも「再確認する」としてSACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)に基づいてスケジュールどおりに名護への新基地建設を強行することを明言しました。これは沖縄の反基地闘争に対する挑戦状であり、絶対に許すことはできません。
 基地撤去に向けて突き進む闘いの中に沖縄の未来はあります。これ以上子どもたちを米兵の犠牲にすることなど絶対に認められません。沖縄サミットは、あらためてこの決意と認識を沖縄の人びとに自覚させたのです。
 沖縄は、辺野古のおじい、おばあを先頭に一歩も引くことのない闘いに立ち上がりました。これと結ぶ闘いを本土の地でやれるかどうかが、私たちの責任です。アジア−世界の人びととの連帯を固く誓い、勝利に向け、とことん闘いぬきます。

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週刊『前進』(1969号3面4)

 ”反基地の思いにこたえ” サミット決戦を闘って

■学生(三年・女性)
 デモや集会参加のほかに、戦跡や資料館の見学もでき、平和や戦争について考えるいい機会となった。
 沖縄の人の平和を求め、基地はいらないという思いの前に、大きな基地が当然のようにどっかり居座っているという現実が印象に残った。今また基地を強化していこうという政治の流れの前に、沖縄の思いが圧殺されないよう、多くの本土、世界の人びとがつながって、戦争への流れに対抗していかなくてはならないと思った。
■学生(一年・男性)
 名護市内は思った以上に閑散としていて、サミット景気なんて、うそっぱちだと感じた。途中声をかけてくれたり、手をふったりしてくれた人がいて、サミットに心から賛成している人はいないんだと感じた。
 サミットというものが、どれだけカラッポで無意味でかつ有害かということをすごく感じた。沖縄の人びとは、本当に基地を望んでいないし、いままでの仕打ちに心の底から憤っていることを、すべての現地行動を通じて感じた。
■学生(四年・男性)
 二万七千人集まったというのを聞いて驚いた。自分がやっている最中は、そんな感じを全然受けなかったから。ただ、これだけ集まったんなら、皆でフェンスを破るくらいはできたかも、とも思った。
■学生(一年・男性)
 炎天下、二万七千人もの人びとが参加するのを見て、基地に対する人びとの抵抗がこんなにも多いとは驚いた。とても暑くつらかったが、現地の人たちが手をふったりして応援してくれて、沖縄の人びとと一緒に闘っているのだなと実感がわいた。
■学生(四年・男性)
 何よりも二万七千人という、これまでの最大多数の人びとが集まって、より大きな輪が形作られたことに感動した。しかも、本土のみならず、同じ苦しみを共有し、反基地の闘いに取り組む、さまざまな国、地域の人びとがひとところに集い、一つの作業をともにできたことは重要だったと思う。国際連帯の手がかりにできるようにと思う。
 度重なるサミット重圧の中で、たとえ数百人の反戦共同行動委のデモ隊列にでも名護市民が加わったことは、大きな事態だったと思う。サミット歓迎ムードで一色に染め上げるどころか、サミット反対のデモ行進がぶち抜かれ、そこに共感する市民の存在があったことは、これまでの全学連現地行動隊の成果だったと思う。あらためて敬意を表したい。
■学生(二年・女性)
 二万七千人で包囲したその中に自分がいたというのが、感動的だったし、何よりそれだけの人が基地反対で来ていることに沖縄の人びとの思いを見た気がした。それに包囲行動はもちろん、その後の集会が本当に核心的だった。他の国の人びとの発言を聞いて、“帝国主義打倒”が当然なのだということに、少なからずショックを受けた。
 サミットに対する批判などは、全学連現地行動隊などをとおして、ずっと前からやっていたが、今いち市民の反応がわからない中で、最後の一カ月ぐらいで、本当に情勢が一変してサミットに批判的なムードになったのは、まさに沖縄の人びとの基地や戦争絶対反対の思いの強さであるし、私たちの行動の成果だったと思う。デモも初めてという人がたくさんいる中で「来てよかった」という意見をたくさん聞いた。私としては、白ヘルでデモをやることの意義をあらためて感じた闘争でした。
■労働者(四十代・女性)
 基地の広さに驚いた。二万七千人が同時に手をつなぐ(基地を包囲して平和を訴える)という行動に、自分も参加できてうれしい。
 五月に続いて二度目だったが、今回チビチリガマと座喜味城跡に行くことができた。チビチリガマの前では、本当にいろんな思いが頭の中をかけめぐったが(一言では言い表せない)、あの場所で自分にできたことは、黙って、手を合わせることのみであった。二度と戦争は繰り返しませんという思いを、あのガマの中で眠る人たちに伝えることが精一杯だった。
(写真は7月22日、那覇・国際通りのデモ)

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週刊『前進』(1969号4面1)

 自治労70回大会に向け訴える

 能力主義賃金と改憲勢力化推進の大会方針と対決せよ

 マル青労同・自治体労働者委員会

 自治労第七〇回定期大会が八月二十三日から三日間、長野市で開催される。隔年大会方式で二年間の運動方針はすでに昨年の宮崎大会で採択されているから、本来は中間総括が中心議題となる。ところが、六月二十一日に公務員労組連絡会が「国家公務員の『能力、実績』を重視した人事管理システムの見直しと新たな人事評価システムについての考え方(案)」(以下「考え方(案)」とする)を提案するに至って、事態は公務員賃金をめぐる激突の大会に一変した。自治労中央は「考え方(案)」を受けて、七月十二、十三日の県本部代表者会議で「人事管理制度の民主的改革と新たな人事評価制度の確立にむけて(討議素案)」を提出し、さらに三十一日に開催された県本部書記長会議で、追加の運動方針案に「新たな人事評価システム」を盛り込むことを決定した。「能力主義賃金」の全面導入の策動は断じて許せない。大会に臨む自治体労働者委員会の態度を明らかにしたい。

 民主リベラル勢力とは改憲勢力だ

 第一は、政治政策方針をめぐってである。
 自治労中央は第六一回福岡大会において「自衛隊合憲・安保容認」を打ち出し、PKO推進、安全保障基本法制定、戦後補償法構想(民間基金運動)など、連合・新政治方針を先どりし、帝国主義労働運動への道を掃き清めてきた。この過程で日帝は社会党解体攻撃を強め、社会党を帝国主義社民へと一層変質させて、自社政権を成立させ、村山−橋本政権のもとで日米安保政策を転換し、新ガイドライン体制へ一潟千里(いっしゃせんり)に走った。自治労中央は、この自社政権を支えたのだ。さらに、連合の「政治政策フォーラム」提言、改憲・有事法制推進に踏み込んだ連合の新政治方針も、すべて自治労中央の変節と転向なくしてありえなかった。
 また旧総評の反戦平和運動の軸である原水禁、沖縄、反基地運動の担い手であった平和運動センターの解体と再編に乗り出し、新たに連合主導の新組織「平和フォーラム」に統合しようとしている。さらに、昨年十月に連合政治センターを結成し、「民主リベラル勢力の結集」を旗印に、二大政党政治をいち早く打ち出し、民主党政権を構想している。総選挙を「連合推薦候補二百七十名のうち百三十五名の当選、自治労候補十九名のうち九名の当選は勝利」と総括し、来年の参議院選挙には社民党を切り捨てて、民主党一本化をもくろんでいる。今や改憲勢力への転落は時間の問題である。
 この中央の変節に対する批判は厳しく、昨年大会では十三県本部が「修正」と「対案」の動きを見せた。沖縄、広島、長崎、全国反基地闘争は中央の思惑をぶっ飛ばして戦闘化している。真実はいかなる制動をも突破し、激しく根源的な反戦意識を揺さぶりつづけている。昨年大会以上の中央批判をたたきつけよう。

 9・3首都治安出動演習阻止を

 こうした中で東京都知事・石原は、九月三日に陸海空三自衛隊を動かす「防災演習」を行うことを打ち出した。まぎれもなく新ガイドライン体制下での治安出動演習であり、「三軍大演習」(石原)である。
 当日、全国の自衛隊五万人に待機命令が出される。投入される実戦部隊は四千六百人。首都治安を主任務にする練馬の第一師団、唯一の対ゲリラ部隊である習志野空挺団とともに、全国から将兵が参加する。
 核心は二つである。一つは、誰が指揮権を握るかということである。内閣安全保障・危機管理室と東京都災害対策室、市ケ谷の自衛隊統合幕僚会議の中央指揮所がオンライン化する。森首相と石原都知事が三軍統合幕僚を動かして首都東京を将兵が制圧すること自体が、すでに自衛隊の国軍としての認知であり、゛改憲クーデター”である。
 二つは、この演習に都区の自治体労働者が動員されることである。しかも新ガイドライン法とともに改悪された自衛隊法に基づき、指揮権が制服組に移る。行政を軍隊が指揮するということは、戦後的な両者の関係を一変させる。都労連、都職労に結集する労働者とともに、九・三軍事演習阻止に決起しよう!

 「能力主義賃金」の全面的導入を狙う

 第二は賃金方針をめぐる問題についてである。
 昨年の賃金は、年収で国家公務員が十九万円、地方公務員が十七万円下がった。さらに東京都を始め八都道府県では、「時限的・臨時的措置」として三十万円前後の賃金カットが行われている。定昇制度のもとでは公務員賃金は下がらない、という公務員賃金の「鉄則」が崩壊した。
 すでに出されている国営企業仲裁裁定は〇・一二%、三百六十九円「コーヒー一杯」の「賃上げ」である。八月十一日に予定されている人事院勧告は、初のベア見送りとなろうとしている。その上、一時金の削減でマイナス勧告となろうとしているのだ。定昇分をも飲み込む大幅賃下げである。こうして、あらためて人勧体制が賃金を抑制する装置であることが明白になった。
 どっぷりと人勧に依拠して賃闘を放棄してきた自治労中央は、この期に及んでも職場集会すら組織できない。今こそスト権そのものを奪還し、人勧体制を打破することが求められている。

 戦後公務員賃金を解体する攻撃

 この間、公務員賃金をめぐってさまざまな答申が提出されている。
 公務員制度調査会答申「公務員制度改革の基本方向」(九九年三月)、地方公務員制度調査会研究会報告(九九年四月)、総務庁・人事評価研究会報告(二〇〇〇年五月)、人事院「能力、実績等の評価・活用に関する中間報告」(二〇〇〇年六月)などである。いずれも、年功序列賃金から能力・実績主義賃金への転換をうたっている。目的は総額人件費の抑制である。
 公務員賃金の骨格である年功賃金は、戦後の激しい賃上げ闘争に対して、将来の賃上げを保証するとして、闘いをかわすために成立したものである。いわば賃金の後払いの保証によって、賃上げ圧力をかわしたのである。日本型年功賃金制度は、もともと低賃金の若年労働者を確保し、賃金を抑制する目的があった。地方公務員法が一方で「生計費原則」を保証しながら、他方で「職階制原則」を掲げるという矛盾を持つのもこのためである。
 戦後の公務員賃金は、典型的な年功賃金である。 
 今、日帝ブルジョアジーは、この戦後的公務員賃金を解体することで、労働者階級全体の賃下げを促進しようとしているのだ。
 能力・実績主義賃金は、全体の総額賃金を押し下げるものなのだ。さらにあらかじめ賃金差別をして、労働者を分断することを目的とする賃金体系である。仕事の客観的評価の査定の結果、賃金格差をつけるものではなく、目標を自己管理させ、無限の競争に追い立てることに目的がある。
 すでに公務員のサービス残業は年間三百時間を超えている。八時間労働制とは八時間労働で労働者の生活を保証する制度であって、底なしの労働時間の延長は、労働者を「牛馬よりあわれなもの」(マルクス)ヘ追いやろうというものでしかない。

 先端を切る東京都の「人事白書」

 東京都は石原都知事の強い要請を受けて七月二十五日、「人事制度の現状と今後の方向」(人事白書)を発表した。この白書は九六年の「成績白書」とともに公務員人事・賃金制度改革の先端を切ろうというものである。当面、係長以上の定昇の廃止を検討する。完全な査定給である。
 こうした考えは、すでに九五年の「新時代の日本的経営」と九九年の「経済戦略会議答申」(樋口レポート)で打ち出された、〈スペシャリストには昇給なしの業績給、ゼネラリストは昇給制度を堅持する職能給、それ以外は職務給として昇給なしの時間給にしてしまおう〉という狡猾(こうかつ)な狙いと完全に一致する。
 しかし石原流「人事革命」として首都攻防の中で打ち出されたことは決定的である。日経連が生き残りをかけて激しく賃下げ攻撃をしかけている時、依然として強固な賃金体系を崩すことなく、賃下げに激しく抵抗している公務員賃金制度を崩すことは、今や国と資本の総意志である。ここでも石原が突出しているのである。

 新たな産報化路線「考え方(案)」

 いかに闘うか。自治労は九七年に自治労の賃金政策を発表して、「標準生計費原則」「生計費原則」「同一価値労働同一賃金原則」など戦後賃金体系の維持を打ち出した。しかし今回の「考え方(案)」は、その原則すら投げ捨てる内容である。
 自治労中央はこの中で、@年功賃金から能力賃金への転換は抗しがたい、A年功賃金も能力主義の一部だった、B年功賃金は大企業にのみ実現可能な男性中心の賃金体系だった||として全面的に能力主義賃金と成績主義人事を認める方向に転換する。
 そして、Cキャリア制度を廃止し、公平性・透明性・公正性が担保されれば能力主義賃金はよい制度である、D勤務評定など過去に組合と対立的に導入された不幸ないきさつに終止符を打ち、対等なパートナーシップに立った近代的な労使関係をつくろう、新しい公務員産別をつくり公務員労働運動に新たなとびらを開こう||などと、完全受け入れ、完全屈服を表明したのである。

 「討議素案」を粉砕しよう!

 これに対して自治労中央執行委員会でも議論が沸騰し、各県本部の態度も真っ二つに割れた。当然である。しかしこれに対して榎本=大原指導部は自治労「討議素案」を出した。「自治労が反対すると言ったらどうなるのか。自治労が積極的に参加し評価する側に立つのだ」などと反対派を恫喝して回っている。これに対して「組合幹部が組合員の能力評価をするなどというのは裏切りであり、二度と組合員の信頼を取り戻せない」などの反対意見が渦巻いている。
 今こそ戦後公務員賃金の総括をし、戦後革命の頓挫(とんざ)の所産とも言える公務員賃金制度を階級的に突破することが求められている。
 財政破綻(はたん)の責任をなぜ労働者の賃金で補完しなければならないのか。とんでもないことだ。そもそも生活給を労資の力関係で決めるという原点に立ち返って、実力闘争で賃金を獲得するという荒々しい賃金闘争を復活させよう!

 国鉄決戦に勝利し行革リストラ阻め

 第三は行革リストラ攻撃との闘いについてである。
 来年一月より中央省庁が一府十二省庁に再編される。地方分権一括法、独立行政法人化、「郵政公社化」=民営化を最先端に民間委託化、民間移行化が一挙に進められる。
 しかしこの実現には公務員制度改革が前提である。行革に伴う人員削減はもとより、人勧をこえて大幅な賃金削減が組合交渉を抜きに一方的に強行されている。財政危機を口実にした大行革攻撃は、交通事業、水道事業、清掃事業の丸ごと民営化として進んでいる。この攻撃に対して自治労中央は、「自治体改革」と称して積極推進の立場に移行している。
 いかに行革攻撃と闘うか。国鉄分割・民営化攻撃は臨調・行革攻撃の基軸的攻撃であった。こうした体制をかけた攻撃に対して、国労闘争団、動労千葉を先頭に国鉄労働者は十三年間、闘いの橋頭保を守り抜き、根底的に行革攻撃を破綻に追い込んできた。七・一臨時大会に対していち早く「四党合意」反対を表明した都職労や東京清掃は、支援の中軸的労組であった。国鉄決戦勝利のために徹底的に闘い抜くことが、今日の行革リストラ攻撃を粉砕する原動力となることを示している。
 「四党合意」の是非をめぐり、労働運動が大きな分岐を開始している。国鉄決戦勝利の支援勢力として自治体労働運動を位置づけて闘うことこそ、勝利への最短の道である。八・二六国労臨大続開大会阻止へ、闘争団を始めとする国労組合員とともに闘おう。

 「自治労綱領」転換と対決を

 第四に、自治労綱領転換をめぐる問題である。
 今大会に綱領検討委員会からの報告が出される。賃金、雇用、反戦平和、社会保障など全面的転換の内容になることは間違いない。すでに榎本庸夫委員長が、『連合・二十一世紀への挑戦』(「分権型社会における自治労運動の課題」)の中で披歴した、職員の自己改革、自治体改革など「参加・改革・連帯」をシンボルにした内容になることは確実だ。提案に対して正面対決を挑む必要がある。
 今、連合内各単産は、連合の存立すら許さないような激しい資本攻勢のもとで危機に陥り、一層の反動的転換を進めている。また、産別の統合が進められている。そこでは、「戦後の対決型、抵抗型運動の一掃」が叫ばれている。労働組合自らが、戦後的な階級的・戦闘的あり方を根こそぎにし、労働者の反乱を抑えつけようとしているのだ。自治労中央の策動もまさにそのためなのだ。
 自治労中央を始めとする連合指導部の裏切りを突き破り、階級的労働運動を再生させよう。
 階級的労働運動の貫徹をかけて、八・二六国労臨大続開大会阻止、九・三首都治安出動演習阻止から、十一月労働者集会への五千人結集を実現しよう!
 夏秋決戦の緒戦として、自治労七〇回大会を戦闘的に闘おう。

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週刊『前進』(1969号4面2)

 治安国家化と対決し集会

 共同行動と全国ネット ”闘って未来切り開く”

 七月二十九日午後一時から東京・池袋の豊島区民センターにおいて、「治安国家化と対決する! 七・二九集会」が、破防法・組対法に反対する共同行動、組対法に反対する全国ネットワークの主催で開かれた。全国から二百十人の労働者、学生、市民が集まり、新たな治安弾圧体制=「治安国家」体制構築と対決する闘いの開始を宣言する集会として大成功した。
 最初に、共同行動の小田原紀雄さんが基調報告を行った。小田原さんは「都知事・ファシスト石原の登場に示される治安体制強化の攻撃に屈し、戦争をする国家体制への道を容認するのか、民衆の自由と団結によって新しい時代を切り開くのか」と提起した。九五年の破防法団体規制適用阻止闘争以来の闘いの総括をふまえ、盗聴法廃止署名運動、団体規制法違憲訴訟、全日本建設運輸連帯労働組合関西生コン支部・洋書センター争議・東工大の学生にかけられた弾圧と断固闘い抜くこと、九・三自衛隊治安出動訓練反対の闘いに大結集することを訴え、警察刷新会議提言の欺瞞(ぎまん)性を弾劾した。最後に組対法・刑訴法の改悪阻止闘争から二○○二年に向けた連続闘争の開始を宣言し、「闘って未来を切り開こう」と呼びかけた。
 作家の宮崎学さんが特別アピールを行った。雑誌『噂の真相』編集長や漫画家の青木雄二さんに対する右翼の攻撃、国労臨大攻撃を取り上げ、「社会的な構造そのものがひとつの方向性と基本的な方針によって激しく動き出した」「個別のいろいろな戦線、分野における自由のはく奪」の上に最終的な仕上げとして九・三自衛隊治安出動が行われると警鐘を鳴らし、全力で反対しようと訴えた。
 シンポジウムではまず、コーディネーターの足立昌勝関東学院大学教授が、国際組織犯罪対策を名目にしたマネーロンダリング罪、盗聴法、団体規制法によって「警察の質が完全に変わり、行政警察が表面化してきた」と断罪した。そして、その「警察監視国家」のもとでの「共謀罪」や「司法取引」導入に反対していくことを呼びかけた。
 これを受けて、海渡雄一弁護士、内藤隆弁護士、前田裕司弁護士、鈴木達夫弁護士が発言した。
 海渡弁護士は、犯罪収益収受罪で私選弁護が不可能になると警告するとともに、盗聴法・組対法反対運動が切り開いた地平と盗聴法廃止法案提出の画期的意義を強調し、「敵をしのぐ運動の力量をつくり出していこう」と呼びかけた。
 内藤弁護士は、洋書センター争議にかけられた組対法型弾圧を報告した。数千人単位の首切り攻撃の中で、「団結権そのものへの攻撃が加えられている」「これまでの歴史の中で労働運動がかちとってきた刑事免責、民事免責の権利が根底から崩されようとしている」と警鐘を乱打した。
 前田弁護士は、発動要件がきわめて緩やかなことなど、団体規制法が「われわれの憲法感覚をのりこえた違憲の法律」であると鮮明に暴露した。
 鈴木弁護士は、「政治改革」「行革」攻撃などに続く最後の戦場が「司法改革」で、「教育基本法改悪に匹敵する決定的攻撃」と規定し、司法改革審議会が戦後司法の根本的転換、弁護士の変質=日弁連解体、刑事法諸原則の転換を狙っていると警告した。また日弁連の刑事弁護ガイドライン制定は、刑事弁護を自己規制するものと弾劾した。
 全国金属機械労働組合港合同の労働者のカンパアピールの後、「各戦線・全国の仲間から」の決意表明に移り、国立市で「日の丸・君が代」強制に反対する女性が闘いを報告した。
 関西生コン支部の労働者は、敵の攻撃を「追い詰められて戦争へ行こうとしているもの」と喝破し、「政治勢力の総結集」で対抗していく必要性を強調した。
 動労千葉の労働者は、不当家宅捜索に対する国賠請求で画期的な勝利判決をかちとったこと、闘う国労組合員が゛JRに法的責任なし”を決める臨時大会を粉砕したことを報告した。東工大、争議団連絡会議も自らにかけられた組対法型弾圧との闘いを報告した。
 国際組織犯罪条約締結と組対法・刑訴法改悪、警察刷新会議提言と警察法改悪、「司法改革」、九・三自衛隊治安出動演習と、治安弾圧をめぐる攻撃は日帝の国家体制を転換させる激しさで襲いかかっている。しかし労働者人民の側も、新たな闘いの高揚をつくり出している。共同行動と全国ネットを軸に新たな闘いの統一戦線を築き上げよう。

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週刊『前進』(1969号4面3)

 投稿 警察支配の極限的強化狙うストーカー行為規制法

 人民の生活に入り込む警察 R・T 

 森首相の「神の国」発言のどさくさに紛れて、五月十八日に、見逃すことのできない人民抑圧法が成立した。「ストーカー行為規制法」である。それは、総屈服状況の野党でさえも「労働組合運動や市民運動に影響はないか」と「懸念」していることにも示されているように、警察支配の強化を狙った悪法である。
 そもそも、これは、組対法と団体規制法の成立の流れの中に位置づけられる法律である。しかも、一部の活動家やその関係者(と見なしたもの)だけを弾圧対象としたのではなく、人民全体に警察支配の網をかけることを狙った法律だ。組対法と団体規制法は権力・資本家階級にとっては認めがたい特定の団体に所属する人民、闘う人民を弾圧するための法律であるが、「ストーカー行為規制法」は、不特定の人民一般を対象としたものと言える。警察が「民事不介入」の戦後的あり方を転換し、地域、職場、学園、果ては家庭の中まで入り込み、「取り締まり・摘発」と称して情報収集を行い、「ストーカー行為」と見なしたら、逮捕し監獄に放り込むことができるのだ。
 昨年のガイドライン法制立を転換点として、戦争国家への転換の攻撃が始まっている。侵略戦争を行うためには、「銃後の守り」=治安維持が絶対に必要となる。権力は、左翼や労働組合、市民運動を抑圧するだけでは不十分として、一般の人民に対する監視、抑圧をも行い、事前に闘いの芽をつぶすことを狙っている。警察がまさに戦前の治安警察と同じように人民の生活の中にまで入り込もうというのだ。「国家に忠誠を誓い、戦争に全面協力し、警察の言うことを聞け」「警察に協力し、『ストーカー行為』を通報=密告・デッチあげよ」と迫ってきているのだ。
 法文によれば「ストーカー行為」とは、特定の人に「不安を覚えさせるような行為」ということであ る。どうにでも解釈でき、労働組合の資本家に対する争議行為、部落解放運動での糾弾、その他さまざまな人民の闘いはもちろん、「知らない人がうろついて不安だ」とか、「隣の人が自分のことを監視しているようで不安だ」とか、「職場の○○は、自分に何かと嫌がらせをする」とかいうことが、警察の介入、捜査によって犯罪とされる。そしてその多くが「被害者」の証言だけを証拠として逮捕までいくのである。まさに密告制によって人民が監視しあい、何かあれば警察に訴え、「ストーカー行為」として取り締まってもらう警察支配と、国家の支配に全面的に屈服した人民をつくり上げようとしているともいえる。
 そしていったん逮捕されたら、アリバイ、無実を証明することが非常に困難なため、ほとんど有罪、懲役一年か罰金二十万円を科されることになる。道交法がデモや座り込みなどの人民の闘いの弾圧に使われていることを見るまでもなく、警察の判断しだいで違法かどうかが決まるのである。いくらでもデッチあげができるということだ。
 この法律は治安維持のため、これまでできなかったような警察活動=「民事にも介入」を合法化することで、人民全体、その日常生活を警察によって支配する狙いをもって使われようとしている。
 法の第一六条でわざわざ「適用に当たっては、国民の権利を不当に侵害しないように留意」と規定されているように、戦後憲法下の法体系を逸脱し、何よりも警察のあり方、警察と人民との関係を変えようという意図があまりにも明白な法律なのだ。軍隊は侵略戦争に出ていく、警察がその背後を固め治安維持に万全を期す、という考えなのだ。
 戦争国家化との闘いの中で、このような警察支配の強化を許さず、粉砕していかなければならない。組対法、団体規制法については「特別な人の問題で自分には関係ない」と思うことができた人びとのすべてに、この「ストーカー規制法」をふりかざして警察が迫っていこうとしているのだ。
 法律はこの十一月から施行される。すでに警察は準備態勢に入って、すぐにでも発動する構えでいる。この法律の名前、建前にごまかされてはならない。
 しかしこうした警察の新たな弾圧、抑圧攻撃は、人民との摩擦、人民の反発と怒りを限りなく広い範囲で必ず引き出していく。人民の闘いの領域が広がり、より大衆化するということでもある。権力・警察の思うとおりには絶対にいかないということだ。

 女性への性的暴力は野放し T・F 

 通勤電車での「チカン防止」をうたった警察による取り締まり強化が、とんでもない結果を引き起こしている。通勤男性が被害女性の通報で、突然「チカン」にデッチあげ逮捕されるケースが多発している。「チカン」にされないための「心得」が雑誌の特集になるぐらいである。日本航空労組の役員の例など、どう見ても狙い打ち弾圧としか思えない。
 秋から施行される「ストーカー行為規制法」は、「チカン取り締まり」どころではない恐るべき治安法である。警察権力の「民事不介入原則」が否定されて市民社会の私的領域に国家権力が乱人してくることを許す大攻撃なのである。戦後の警察官職務権限の質的な転換を意味するのだ。
 被害者の「通報重視」とは、デッチあげ密告社会への道である。プロレタリア家族の解体の危機、崩壊状況の根源は、帝国主義の階級支配とブルジョア家族制度にある。今日頻発する女性への性犯罪、性暴力は、沖縄での米軍による少女暴行未遂事件が示すように、何よりも帝国主義軍隊の存在を頂点とした侵略と戦争の政治、これと一体となった戦後的価値観の解体、排外主義・差別主義のまん延のもとで耐え難いまでに激化しているものである。
 だが国家権力は、そうした状況を野放しにしながら、他方で、親と子の問題、男女の問題、「家庭内暴力」の問題などすべての矛盾の噴出を、治安問題としてとらえて介人しようとしている。しかも選別的に、デッチあげとして介入する。そんなことを許してはならない。
 「女性への家庭内暴力」「女性への性的暴力」から女性自身が身を守り、男女、親子の人間的関係を取り戻していく闘いは、プロレタリア女性の階級的女性解放闘争の課題である。労働者階級の団結のための闘い、闘う女性の決起、要するに階級闘争の高揚にこそ解決の道があるのではないでしょうか。

 ストーカー行為等の規制等に関する法律 (抜粋 2000年11月24日施行)
【定義】第二条 この法律において「つきまとい等」とは、……当該特定の者……に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。
 一 つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の付近において見張りをし、又は住居等に押し掛けること。
 二 その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
 三 面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること。
 四 著しく粗野又は乱暴な言動をすること。
2 この法律において「ストーカー行為」とは、同一の者に対し、つきまとい等……を反復してすることをいう。
【つきまとい等をして不安を覚えさせることの禁止】第三条 何人も、つきまとい等をして、その相手方に身体の安全、住居等の平穏若しくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさせてはならない。
【罰則】第十三条 ストーカー行為をした者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
第十四条 禁止命令等……に違反してストーカー行為をした者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
第十五条 前条に規定するもののほか、禁止命令等に違反した者は、五十万円以下の罰金に処する。
【適用上の注意】第十六条 この法律の適用に当たっては、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあってはならない。

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週刊『前進』(1969号5面1)

 9・3首都制圧の治安出動演習粉砕を

 「三国人、外国人が騒じょう」と排外主義デマを煽動する石原

 闘うアジア人民と連帯し打倒せよ

 九月三日に自衛隊三軍四千から五千人を動員した治安出動演習が強行されようとしている。『ビッグレスキュー東京2000〜首都を救え〜』と称するこの演習は、防災訓練ということを名目にしながら自衛隊の治安出動・首都制圧を訓練するきわめて凶暴な攻撃である。都知事・ファシスト石原は、四月九日の自衛隊記念式典において自衛隊第一師団を前にして「三国人、外国人が災害が起こったときに大きな騒擾(そうじょう)を起こす」との差別デマ暴言によって排外主義襲撃を扇動した。まさにそのための自衛隊による首都制圧の大演習を強行しようとしているのである。この攻撃に対して都庁職や練馬区職労などが次々と反対決議をあげている。労働者人民の全力決起で、九・三自衛隊治安出動演習を粉砕しよう。

 自衛隊三軍の大演習 陸海空から首都突入・制圧毒ガスを想定し銀座を封鎖

 九・三防災訓練は、演習内容を詳細に見れば明らかなように自衛隊三軍統合の治安出動演習である。
 何よりも一般に公開されている訓練項目・内容とは別に自衛隊や都の幹部のみに配られた訓練項目・内容が存在している。そこには、公表されたものにはない警視庁の先導による自衛隊の部隊進出、パラシュート降下による偵察活動訓練、空路等を活用した部隊の進出訓練、自衛隊機による救援物資投下訓練、自衛隊の渡河訓練という五項目の訓練内容が含まれている。これらは基本的に災害救助とはいえないものである。このように訓練を隠さなければならないところに、九・三演習が治安出動演習以外の何ものでもないことが示されている。
 そのほかの発表されている内容自身についても、治安出動演習以外の何ものでもない。全体としてはっきりとしている訓練の内容は、道路障害物除去や一斉放水によって進路を確保しつつ陸、海、空から自衛隊の部隊進出をはかり、さらに部隊進出した自衛隊に兵たん補給を確保するというものである。
 空からはパラシュート降下によって部隊が投入される。その能力を持っている部隊は、最強の治安部隊といわれる習志野第一空挺団である。海からは輸送艦からの部隊進出訓練が行われる。これは新ガイドラインに基づく日本人救出と称する強襲揚陸作戦と同様のものである。陸上では地下鉄大江戸線や道路を使って自衛隊が首都制圧に突入する訓練が行われる。さらに橋が壊れたという想定のもとに渡河訓練が行われる。
 こうして自衛隊が首都に突入し、首都を制圧する訓練が行われるのである。
 今回の治安出動演習では、自衛隊による航空機の運航統制訓練が行われる。これは訓練時に限ってということになっているが、自衛隊が低空域の航空管制を行い、民間の航空機の運航統制をも行うのである。新ガイドラインに基づく協力項目例にあげられた「航空交通管制及び空域調整」や「海上運行調整」が実際に訓練されるのである。
 銀座の中央通りを封鎖して行われる「ビル内外及び地下街の被災者救助・避難訓練」では、地下通路で有毒ガスが発生したとの想定で自衛隊の化学防護車が出動する。化学工場が並ぶ工場地帯ならいざ知らず、事務所や商店が並ぶ銀座のビル街で、地震とともに毒ガスが発生するということ自身が基本的にあり得ないことである。宗教の形態をとった新型ファシスト集団・オウム真理教による地下鉄サリン事件のような毒ガス事件を口実にした治安出動演習なのだ。
 一九九〇年に発表された『防衛庁の南関東地域震災災害派遣計画について』と題した計画では兵たん計画が盛り込まれており、その中には武器の補給が明記されている。今回の後方支援活動訓練でも、こうした武器弾薬の補給が訓練されるとみられる。
 こうした自衛隊の治安出動演習を統合幕僚会議議長が「統裁官」として市ケ谷の新庁舎に設置された中央指揮所で指揮する。一昨年三月の自衛隊法・防衛庁設置法改悪で演習時にも統幕議長による統合運用を可能としたことを受けて、「防災」の名目のもとに大規模治安出動訓練を行おうとしているのである。

 ガイドライン発動へ 「災害でもやるのは市街戦」朝鮮有事の戦争体制を狙う

 七月二十二日、都知事・ファシスト石原と東京都参与の志方俊之(元陸上自衛隊北部方面総監)がMXテレビで対談し、今回の自衛隊演習の狙いを語っている。その中で石原は、「かりに東京に大震災が起こって、大きな暴動事件みたいなものが起こった時には、キャタピラがついている自衛隊の戦車が出動せざるをえなくなった時に日本の橋というのは自衛隊が持っている最新鋭の重い車両の重量に耐えられないんですね」と言っている。この発言にも明白なように、大震災だから自衛隊が出動するというのではなく、暴動を前提としてそれを鎮圧するために自衛隊を出動させるということなのである。
 石原は、昨年『VOICE』誌八月号での井尻千男との対談でこの狙いをさらにあけすけに語っている。
 「やっぱり陸海空『三軍』を使った災害時の合同大救済演習をやってもらいたい、東京を舞台に」「それは同時に北朝鮮とか中国に対するある意味での威圧にもなる。やるときは日本はすごいことやるなっていう。だからせめて実戦に近い演習をしたい。相手は災害でも、ここでやるのは市街戦ですよ」
 ここで石原自身が言っているように九・三で行われる演習は内乱鎮圧の市街戦の演習なのである。いま日帝は、絶望的な危機の中で新安保ガイドライン体制のもと、朝鮮・中国―アジア侵略戦争に参戦しようとしており、そのために「外国人が騒擾を起こす」などとデマ宣伝を繰り返しながら国内治安体制の確立をはかろうとしているのだ。
 石原は、一九二三年関東大震災の時の朝鮮人・中国人大虐殺を明白に意識してそれと同じことをやろうとしている。関東大震災における朝鮮人・中国人大虐殺は、権力が意図的にデマを流すことによって民衆を排外主義襲撃に組織し、六千六百人以上の朝鮮人・中国人が軍・警察とそれに扇動された民衆によって虐殺されたのである。
 石原は四月九日に、「不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪をくり返している……すごく大きな災害が起きた時には大きな騒じょう事件すらですね想定される」とデマ暴言、排外主義暴言をはいた。石原はこの現実にはあり得ないデマを繰り返し繰り返し宣伝し、警察や軍隊を中心とした外国人襲撃に日本人民を組織しようとしているのである。
 だからこそ今回の九・三治安出動演習は、在日外国人が多く居住する地域を中心に設定されている。特に関東大震災の時に多くの朝鮮人・中国人が虐殺された東京東部地域に多くの会場が設定されているのである。まさに日帝の朝鮮・中国侵略戦争への参戦による国内治安体制の危機を排外主義襲撃に転化しようとするものにほかならない。
 同時に、九・三自衛隊治安出動演習は、周辺事態法=新安保ガイドラインによる日帝の参戦体制を構築しようとするものであり、新ガイドラインの実体化そのものである。朝鮮半島有事を日本有事として想定し、そこにおける自衛隊の戦争体制を実戦的に築き上げようとするものである。この日帝の凶暴な侵略戦争参戦の攻撃を絶対に許してはならない。
 南朝鮮・韓国における米軍基地撤去闘争と連帯した闘いとして、一九二三年関東大震災における朝鮮人・中国人大虐殺への血債をかけた闘いとして、九・三自衛隊治安出動演習を絶対に粉砕しよう。

 「国家体制を変える」 「国益のため」と犠牲を強制改憲・有事立法へ踏み込み

 石原は志方との対談の中で「自衛隊が陸海空三軍が出動して、『ああいざという時に頼りになるんだな』という印象を国民が持つことが、つまり、国家にとっての軍隊というものの本当の、もともとの、と言っても防衛ということですよ、現代においてはね、そういうものの主体が何であるのかということの認識を国民に持ってもらう一つのよすがになればいいと思っているんですがね」と、語っている。これは、戦争国家体制の構築を労働者人民に認めさせ、屈服させようということにほかならない。
 志方も次のように言っている。「準備をしてだんだんわかってきたことなんですが、今回の訓練に限って許されることなんですけれどもね、例えば、航空自衛隊を民間の飛行場に降ろすとか、低空域の航空管制なんかを自衛隊がやるとか、こういう今までなかなかできなかったことをやっていく。要するに東京都から日本を変えるということがいろんなところにでてくるんですね。この訓練を通じて、国の体制というものをどんどん変えていくことが必要だと思うんですね」。要するに日本を戦争国家体制に変えていくことをもくろんでいるのである。
 志方はさらに、「市民の利益を全部たしたら国益になるかといったらならない。むしろ、市民一人ひとりの利益と国益というのは反対の場合が多いわけですね」と言っている。国家の利益のためには個人は犠牲になれというのだ。この主張の行き着いたところが、第二次世界大戦のアジア人民を二千万人も虐殺し、日本人民の何百万という人びとが犠牲となったあの「十五年戦争」ではなかったのか。
 九・三治安出動演習では自治体労働者を始めとした労働者が戦争協力に動員される。周辺事態法による労働者人民の動員がこうした形で開始されるのだ。この攻撃を絶対に許してはならない。都労連を始めとした労働者のファシスト打倒の総決起で九・三演習を粉砕しよう。
 九・三自衛隊治安出動演習は、改憲攻撃、有事立法攻撃の突破口であり、本格的な踏み込みだ。日帝・森政権は、新ガイドラインによる朝鮮・中国―アジア侵略戦争参戦に向けて戦争国家体制構築の攻撃に全力を挙げている。何よりも国会に設置された憲法調査会をテコに、有事立法攻撃から改憲へと突き進もうとしている。さらに国旗・国歌法の強行に続いて教育基本法の改悪を目指している。
 こうした新ガイドライン体制による朝鮮・中国侵略戦争参戦と戦争国家体制構築の戦後史を画する攻撃の突破口として九・三自衛隊治安出動演習が強行されようとしているのである。
 沖縄サミット粉砕決戦の爆発を引き継ぎ、国鉄決戦勝利への労働者階級の決起と一体のものとして、闘うアジア人民と連帯し、日帝の朝鮮・中国―アジア侵略戦争体制と戦争国家体制の構築の攻撃である九・三自衛隊三軍統合治安出動演習を粉砕しよう。この闘いの大爆発でファシスト石原を打倒しよう。
 そしてさらに、二〇〇〇年決戦の後半戦の大爆発へ進撃しよう。

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週刊『前進』(1969号5面2)

 2000年日誌 阻もう!戦争への動き 7月26日〜8月1日

 「国民皆奉仕義務」構想発表

 「有事法制は平時に備えよ」

●教育改革国民会議「国民皆奉仕」構想打ち出す 首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」の三つの分科会が報告書をまとめ、発表した。第一分科会は、教育基本法の改悪や共同生活による「奉仕活動の義務化」などを打ち出した。第二分科会は、教員免許の更新制を導入するよう提言している。(26日)
●防衛施設庁長官が訪沖
 沖縄県庁を訪れた大森敬治長官は、「最大の課題は日米特別行動委員会(SACO)の最終報告に基づき、基地の整理・縮小を着実に進めることで、地元の考え方や要望を踏まえることが重要だ」と述べ、名護新基地の基本計画を策定する協議機関を「できる限り早期に立ち上げたい」と表明した。(26日)
●宇宙開発に軍事目的導入へ 国の宇宙開発委員会が設置した基本戦略部会で、今後の宇宙開発に軍事の観点を盛り込もうという論議が繰り広げられた。日本の宇宙開発は平和目的に限るという国会決議を打ち破って、二〇〇二年に打ち上げられる軍事偵察衛星を突破口に、宇宙開発を軍事目的で行えるようにする狙いを持っている。(26日)
●NMD配備決定、次期政権に先送り コーエン米国防長官は記者会見で、NMDの配備か否かを判断する最終決定が、来年一月に発足する次期政権にゆだねられる見通しを明言。最終決定回避を確認するのは初めてで、二〇〇五年を目標としたNMD配備目標に遅れが出る可能性もあるとした。(26日)
●オスプレイ事故「操縦ミスが原因」 米海兵隊の垂直離着陸機MV22オスプレイが今年四月、米国内で夜間訓練中に墜落し、十九人が死亡した事故について、米海兵隊は事故の原因がパイロットの操縦ミスであったとする調査結果を発表した。MV22は二〇〇一年の実戦配備、二〇〇五年の名護新基地配備が予定されている。(27日)
●総選挙後初の所信表明演説 第百四十九臨時国会が召集され、森首相が所信表明演説を行った。演説で「激しい変化の中で、わが国の繁栄の原動力であった体制の中には、老朽化し、欠陥が生じ、時代の求めにこたえられない面が目立つ」ようになってきたと戦後体制の行き詰まりの危機を自認し、「解決の先送りは許されない」と述べ、戦後の社会保障制度の解体、教育基本法の改悪(抜本的見直し)などを表明した。(28日)
●二〇〇〇年版防衛白書、閣議で了承 北朝鮮の核・ミサイル開発とともに「中国のミサイルの脅威」を前面に出して、新安保ガイドライン体制の構築を正当化している。有事法制は「平時のうちから備えておくべきである」と唱え、臨検法案は「早期に新たな立法措置を」とるべきだと強調している。(28日)
●有事想定し相模補給廠で来月衛生演習 キャンプ座間の在日米陸軍司令部は、相模補給廠で八月二十七日から九月二日にかけて、有事を想定した統合野外演習「メデックス2000」を行うことを明らかにした。五百四のベッドがセットになっている野外病院を補給廠北側に展開する。衛生演習としてはベトナム戦争以来、国内最大規模の演習となる。(28日)
●在沖海兵隊基地司令官が交代 交代式が北谷町のキャンプ瑞慶覧内の体育館であり、新司令官にウィリー・ウイリアムス准将が就任。カリフォルニア州ペンドルトン基地の第一海兵旅団役務支援群司令官からの転任。前任のゲーリー・ヒューイ准将は少将に昇格し、在日米軍(横田)の副司令官に転出。(28日)
●ホワイトビーチに原潜が入港 勝連町のホワイトビーチに米海軍のロサンゼルス級原子力潜水艦コロンブス(六〇〇〇d)が入港した。原潜の入港は今年六回目で、復帰後百五十八回目。二十八日にもロサンゼルス級原潜ヒューストンが一時間、寄港している。(29日)
●衆院憲法調査会8月3日から再開 憲法調査会幹事会は総選挙で中断していた調査会を、八月三日に再開することを決めた。委員には社民党から土井たか子党首が参加。中曽根康弘、山崎拓らは留任。(31日)
●南北朝鮮閣僚級会談で6項目の共同報道文 共同報道文で合意したのは、@南北共同宣言の履行に向けた共通認識の形成、A南北連絡事務所の八月十五日からの再開、B八月十五日ごろの全民族的な行事の開催、C朝鮮総連系の在日同胞の故郷訪問に向けた協力、D京義線の復旧に向けた協議開始、E第二回南北閣僚級会談の平壌開催、の六項目。(31日)
●「米NMDに理解」 参議院での所信表明演説に対する各党代表質問への答弁で、森は「米国が弾道ミサイルの拡散を深刻な脅威ととらえ、計画を検討していることを理解する」と、従来の態度保留の姿勢を転換し、NMD配備に賛成の立場を明らかにした。(1日)

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週刊『前進』(1969号6面1)

 『清水丈夫選集』第4巻を刊行

 対カクマル戦を全面総括し黒田打倒へ勝利の展望示す

 二重対峙・対カクマル戦の強烈な年代記

 『清水丈夫選集』全十巻の第六回配本として第四巻『二重対峙・対カクマル戦論』が刊行された。九一年五月テーゼ下の対カクマル戦が昨年から今年にかけて大きく前進し、他方、JR総連=カクマルをめぐる情勢がめまぐるしく進展している中で、この巻が出されたことは決定的である。
 清水丈夫議長はその序文において、七〇年決戦以来の三十年間にわたる対カクマル戦を全面的に総括するとともに、その闘いの現在の局面を正確にとらえて、カクマル完全打倒の勝利の展望をはっきりと打ち出している。そして、二〇〇〇年の三大決戦の根底を貫くものとしてカクマルとの闘いがあることを明確にさせ、ファシスト・カクマルを絶対に打ち倒そうと呼びかけている。
 この巻には、七三年秋から七五年末の約二年間に清水議長が執筆した十一の論文が収録されている。それは「七三年九・二一革命的報復戦の開始―七四年八月戦略的総反攻突入宣言―七五年三・一四反革命―七五年末という対カクマル戦史上もっとも激烈な変化と発展をとげた時期の論文である」(序文一六n)。
 本文を読めば、解説の冒頭での「〔収録論文は〕二重対峙・対カクマル戦の強烈な年代記をなすものであり、論文をとおして戦争の激しさが迫力をもって今も伝わってきます」(五一三n)という実感のこもった言葉を共有できるであろう。序文とともに本文を通読することを訴えたい。

 対カクマル戦の到達地平明確に

 清水議長は、本巻において四百字詰め原稿用紙で二百六十枚に及ぶ序文を書き下ろしている。この間、巻を重ねるごとに序文執筆に力と熱がこめられてきていたが、本巻の序文は、全体の構成と内容および分量において一冊の本を書き下ろしたと言えるずっしりと重量感のある素晴らしいものとなっている。
 序文では第一に、革共同がその路線のもとで、階級闘争のダイナミックな展開を切り開くことに成功し、昨九九年において日本階級闘争が新たな歴史的高揚局面に突入した中での、対カクマル戦の到達地平が明確にされている。
 それは一言でいって、カクマルとJR総連を階級闘争の烈火の真っただ中に引きずり出して、その仮面をはぎとり反革命的本質を暴露する闘いが前進しているということである。
 一つは、第三次安保・沖縄闘争におけるカクマルの破産である。この点について清水議長は「カクマルは沖縄人民のたたかいに反革命的な感覚でしか対応できなかった」「ガイドライン問題の決定的意義を彼らの路線のなかに位置づけることができなかったのであり、まさに戦略的に総破産した」(三n)と言いきっている。そして、「大衆闘争の今日的爆発が黒田哲学なるものへの個人崇拝的のめりこみという黒田寛一の組織指導の基本プランの推進を妨げることを恐れ、そして大衆闘争が日帝国家権力との対決へと発展していくことを徹底的に忌避するという立場から、ガイドライン闘争の発展に敵対しこれを破壊するという反革命的決断をした」(五n)のだと、黒田指導の反革命的核心と破綻(はたん)的本質を暴いている。
 いま一つは、九九年の国鉄決戦の画期的な展開がもつ対カクマル戦にとっての意義が押さえられている。
 こうした闘いの前進と対カクマル戦についてとらえていく際に、清水議長は、「革命的情勢への急速な接近」という概念を基底にすえて論じている。すなわち、「たたかいの革命的発展が野党諸党やカクマル・ファシスト分子を追いつめ、その反動的正体をあばきだすという事態が生みだされた。情勢がこのように進展するということ自体が、『革命的情勢への急速な接近』という階級闘争の激烈性の証左そのものであった」(一二n)と。そして、九九年の闘いを総括して、「革共同はここにカクマル反革命の階級的一掃への決定的環をつかみとった」「彼らを労働者人民の敵として、政治的・組織的・運動的に包囲し追いつめ、そしてなによりも軍事的に完全に一掃していく」(一五n)と力強く宣言している。

 この戦いの本質と意義を原点から把握

 序文は第二に、二重対峙・対カクマル戦とは何か、その本質と歴史的意義は何かというテーマに入って、その最初に、七〇年安保・沖縄闘争の革命的意義とカクマルの戦略的破産という「原点的規定」を明確にしている。
 清水議長は、「われわれは、社・共によって支配されつくせない労働者人民のたたかいの世界というものが存在し、そのなかでわれわれの働きかけを媒介にしてたたかいのうねりをつくりだせること、そうしたたたかい方をつかみとることで現実に社・共をのりこえていくたたかいを大きくきりひらいていくことを不断に追求していた」「黒田寛一=カクマルのように……“勢力形成しかるのちに社・共をのりこえた闘争を実現する”などという考え方では、永遠に社・共をのりこえたたたかいを組織し、社・共をのりこえた組織をつくることはできない」(一八n)と、革共同とカクマルの本質的違いを核心的に突き出している。
 そして、カクマルにとって七〇年安保・沖縄闘争とは「固有で積極的なものはまったくない、ゼロということである」(二五n)として、カクマルが七〇年闘争から完全にはじき飛ばされ、運動的・組織的危機を激化させたがゆえに、七一年十二・四反革命にうって出てきた歴史的必然性を明らかにしている。それはしかし、「内乱の発展を阻止するためのカクマルの白色テロルが階級闘争の内戦化をいっそう促進するものとなり、カクマルの行動は根本のところで自己矛盾をきたすことになった」(三四n)のである。

 黒田の反革命正当化を徹底批判

 序文は第三に、黒田による反革命正当化の論理を徹底的に批判している。
 カクマルの反革命への転落をイデオロギー的に表現したものとして、「かにみえる」論と「表層撹乱(かくらん)」論、「首ねっこ・急所」論、「権力とたたかう党派への暴力行使」論がある。これらの主張はすべて黒田の文書または発言より発しているものであるが、黒田は卑劣にもその責任を回避している。
 そこで清水議長は、七三年のカクマル派結成十周年集会での黒田自身の言葉をとらえて、その反革命正当化の論理を完膚なきまでに批判し、粉砕している。その具体的な展開と内容は序文を読んでもらうとして、そこにおける論述の特徴についてみていきたい。
 一つは、黒田の主張を逐条的に徹底解剖し批判していることである。黒田の論陣を全体としてとらえきり、その中心点には最大の精力を注いで批判を加え、また弱い点には容赦なく壊滅的な打撃を集中している。こうした批判の方法がもつ粘着力と徹底性がその破壊力を幾層倍にしている。黒田・カクマル批判のみならず、他党派批判、帝国主義批判の有力な方法論として学ぶべき点である。
 二つに、黒田の反革命的言辞の背後にある大衆蔑視・闘争蔑視の感覚にまでメスを入れ、それが黒田理論の破産と腐敗の底流にあるものだと批判していることである。その中で「七〇年闘争への労働者人民の大衆的決起というものは、一党派の気まぐれなどでひきおこせるようなものではないのである。労働者階級・人民大衆の決起には畏敬(いけい)の念をもって対すべきなのである」(四五n)と、われわれの立場を明らかにしている。清水議長は、この個所を始めとして各所で「黒田実践論」の反革命的本質の暴露と批判に一歩踏み込んでいる。

 70〜80年代戦史を具体的に詳述

 序文は第四に、七〇年代、八〇年代の対カクマル戦をその歴史を追って全面的に総括している。
 各巻の序文は日本階級闘争史と党史をつづるという面をもっているが、本巻は七〇〜八〇年代の日本階級闘争の中軸的なテーマであり、われわれにとって党と個人の死活がかかった最大のテーマであった二重対峙・対カクマル戦の歴史を、代表的な赤色テロル戦や戦闘の統計、カクマルによる反革命襲撃を具体的にとりあげて詳述している。
 それぞれの節において重要なことが言われているが、ここでは二つの点にしぼりたい。第一に、七一年十二・四反革命およびそれと対決したわれわれの闘いが階級闘争においてもっている転換性と飛躍性をしっかり確認しなければならないということである。十二・四反革命によって「最高指導部をはじめ主要な同志が文字どおり生命の危険にさらされ、党組織全体として危急存亡の縁(ふち)にたたされたのである。現在もそのことは本質的にはなにひとつ変わっていない」(六五n)のだ。
 第二に、七五年三・一四反革命に対する基本姿勢の問題である。「反革命カクマルに絶対に報復するのか、それともこれを容認してしまうのか、ここに革共同の真価が問われている」「これは五月テーゼ―一九全総・二〇全総路線における今日のわれわれの基本方針そのものでもある」。まさに「われわれは、その精神の根幹において三・一四反革命を昨日おきたことのようにとらえ、三・一四反革命直後の政治局声明の革命的精神をたぎらせて日々生活し活動していかなければならない」(八八n)のだ。
 さらに、「〔七六年〕三・一四宣言は、三・一四反革命の深さと重さを受けとめて、そこから立ちあがって反撃しようと呼びかけている。まさに殺されても蘇(よみがえ)るという精神で武装されているということは、二重対峙・対カクマル戦をたたかう主体にかかわる重要な規定なのである」(一〇一n)
 この点において、三・一四反革命を凶行したカクマルに全面屈服した白井朗の転向と裏切りは徹底的に断罪されなければならない。

 JR総連の大裏切りの対極に動労千葉が

 序文は第五に、カクマルの国鉄分割・民営化攻撃への全面屈服と大裏切り、JR総連としてのファシスト労働運動路線への突入を対カクマル戦の勝利的前進の結果としてとらえ、そしてファシスト反革命かプロレタリア革命かの一大闘争・戦争の不可避性とわれわれの勝利の展望を明らかにしている。
 清水議長は、七五年スト権スト以来の闘いを振り返りつつ、分割・民営化攻撃との決戦が階級闘争の地図と様相を塗り替える現実性があったことを指摘し、そこにおけるカクマルの裏切りの大きさをあらためて明らかにしている。それは「カクマルにとって、あの時一回だけ裏切りをしたというものではなく、その後も日々裏切りを再生産し、反革命的・ファシスト的に純化していく以外に生きる道がないという歴史的な裏切りだった」(一二四n)のである。
 続いて、清水議長は、国鉄戦線―労働戦線をめぐるカクマルとの闘いを動労千葉の闘いに即してとらえ返している。今年の一・一政治局アピールにおいて「動労千葉の階級的で原則的な闘いに学ぼう」という提起がなされ、衝撃と感動をもって議論されたが、序文では、七〇〜八〇年代の動労千葉の闘いの経過を述べつつ、その闘いの意義を縦横に論じている。まさにここは「序文の白眉(はくび)」(解説五三四n)である。
 清水議長は、さらに「連合」新政治方針へのJR総連「対案」(昨年秋)について日帝の自衛権と自衛隊を原理的に完全に承認したものとしてこれまた逐条的に批判し、これをカクマルが正式に肯定し称揚したことを暴露している。この「対案」問題は、昨年のカクマルの路線的な破綻とJR総連の闘争介入・破壊策動の破産の中で必然的に引きずり出されたものであり、カクマルとJR総連の年頭以来全面露呈した政治的=組織的危機の進行において非常に重要な位置を占めている。
 われわれの一・一アピールでの鋭い批判がこの危機を一層拡大させていったことは間違いないのである。

 五月テーゼ下の戦争推進を訴え

 清水議長は最後に、以上の展開の結論として、「戦争としての戦争の立場をいま一度きちんとおさえ」、@対カクマル戦論での徹底的武装、Aファシストとの闘争と対権力の闘争との正しい結合、B五月テーゼ下の対カクマル戦の推進、C武装自衛と革命的報復戦力による勝利への確信――ということを訴えている。
 そして、「われわれは、反革命カクマル打倒と革命勝利の弁証法的構造をふまえ、日本プロレタリア革命を実現するたたかいのなかで、三・一四復讐戦貫徹=総反攻完遂、カクマル完全打倒をかならずかちとる。カクマルとの戦争に絶対に勝利する。これがこの序文の結論である」(一五四n)と力強く宣言している。また、解説の筆者も、「この解説といえども、結語はかくあらねばなりません」(五三四n)と言い切っている。
 本巻のすべてが、序文と本文そして解説が一体となって、政治的・組織的、理論的・思想的に黒田・カクマルを根底から揺るがす迫力と重圧感をもっている。この全内容で武装して、カクマルをさらに追いつめ、二〇〇〇年をカクマルとの闘いの勝利にとって決定的な年としよう。

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週刊『前進』(1969号6面2)

 洞口啓子同志を追悼する

 女性解放闘争の前進へ全身全霊をかけて奮闘

 革共同宮城県委員会

 去る四月二十九日、わが宮城県委員会のかけがえのない同志であった洞口啓子同志が帰らぬ人となった。二年間に及ぶ闘病の最後の三日間、昏睡(こんすい)状態に陥りながら、家族や友人の呼びかける声にこたえ、すさまじいまでの生への執着を持って鼓動を刻み、一息一息に力を込めて彼女は闘った。そして二十九日午前九時、静かに息を引き取った。享年四十八歳だった。
 洞口同志は一九九八年に乳ガンの摘出手術を受け、いったんは職場復帰を果たしたが、九九年の五月に肩部リンパ節等への転移が発見され、再び闘病生活に入った。再発したガンの勢いが強く、激しい痛みと衰弱が彼女を襲った。しかし洞口同志はけっして弱音を吐かず、間断なく襲う痛みに耐えながら見舞いに訪れる人たちを逆に激励する、家族の苦労をねぎらう、看護婦さんや看護助手さんの仕事に気を遣う、そんな彼女の眼には「絶対に生還し再び戦列をともにする」という強い意志がみなぎっていた。だが、ガンの暴走を押しとどめることはできなかった。あまりにも早い逝去に無念と言うほかない。
 洞口同志は、一九八○年にわが戦列に結集して以来、一貫して県党の闘いの先頭に立ち、この二十年間の県党と東北地方委員会の建設、革命運動の前進とともにあった。洞口同志は、帝国主義打倒にかける情熱と階級的感性、底抜けの明るさといざという時の肝っ玉を持ち、日常的原則的な闘いの積み重ねを実践した貴重な同志であった。
 洞口同志はすべての闘う人びとから心から信頼され、敬愛されてきた。闘いの原則を歪めるようなことを何より嫌い、あらゆる差別を許さず、ともに悩み、ともに怒り、ともに泣き、そして喜びも分かち合いながら闘いを広げていくのが洞口同志の信条であった。
 洞口同志は、婦人民主クラブ全国協議会の発展と女性解放の闘いの前進のために奮闘してきた。八三年に三里塚「三・八分裂」があり、あらゆる戦線を二分する大論争が激しく闘われた。三里塚の大義と反対同盟を防衛し、階級的原則を貫く絶対に負けられない闘いであった。三里塚闘争の原則を売り渡すことを断罪し、三里塚闘争を守ることは戦争に反対する最大の闘いであることを訴える洞口同志の決起が土台となって、婦民全国協宮城支部がつくられ、宮城の階級的婦人運動ではなくてはならない存在となってきたのである。
 洞口同志の闘いの足跡を語り尽くすことはできないが、女性労働者への定年差別を許さない闘い、妊娠・出産を理由とした不当解雇に対する闘い、日本軍軍隊慰安婦とされた在日朝鮮人女性の決起を支援する闘いなどを全力で支え、その勝利をかちとるために献身的に闘った。宮城の婦人運動、労働運動、学生運動などあらゆる闘いの中に彼女の足跡が記されている。
 洞口同志は、五月テーゼ・一九全総の下での階級の党と階級的労働運動の発展を願い、自らも最先頭で闘ってきた。同志の共産主義的団結と組織原則を誰よりも重んじ、徹底討議、徹底一致を全力で貫いた。指導に誤りがあれば厳しく批判し、自らも指導部として全責任をとりきってきた。
 党建設に関わる最も厳しい闘いを洞口同志は自ら積極的に担い、県党の血として肉として刻み込んできた。
 革命家として、妻として、母として一切を背負って立ってきた洞口同志が、この二○○○年決戦を病床で過ごさざるをえなかったことの無念さは察するに余りある。洞口同志がその勝利を最も念願していた衆院選決戦を、われわれは全党の総決起で闘い、当選はできなかったとは言え、洞口同志に恥じることのない歴史的な地平を切り開くことができた。しかし、闘いはこれからである。
 洞口啓子同志。いよいよこれからというこの時にあなたを失うことなど思いもよらないことだった。しかし、あなたは壮絶で凛(りん)とした闘病をとおして、共産主義者として、革命家としての生きざまをすべての同志と闘う仲間に伝えてくれた。いつまでも悲しんでいることは、洞口同志がもっとも嫌うことだ。
 私たちはあなたの烈々たる革命への情熱と闘いを引き継ぎ、二○○○年決戦勝利、二十一世紀の反帝国主義・反スターリン主義世界革命の勝利を絶対に切り開くことを誓う。
 洞口同志の闘いの魂よ、永遠にともにあれ。

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週刊『前進』(1969号6面3)

 名護東海岸で満月まつり

 ”基地は造らせない” 韓国の集会と同時に

 七月十六日夜、名護市東海岸の瀬蒿(せだけ)の浜で第二回“満月まつり”が開かれ、約千人が集った。
 対岸には米軍キャンプ・シュワブが広がる大浦湾の浜にステージが設けられ、ロック、バラード、民謡あり、琉球舞踊あり、たくましく生きる民衆のエネルギーが充満した。
 “満月まつり”実行委員会共同代表の真志喜トミさんが「普天間基地いらんかい」のタライまわしで登場。「沖縄の基地を買ってよ」と参加者に語りかけて回った。そして「沖縄は貧しいと言われるが、私たちは貧しくない。この自然の中で豊かに生きている」と自信に満ちて断言した。
 浜に立てられた千本の竹筒の中のローソクが次々と点火された。空の満月が皆既月食でオレンジ色に変わるころ、喜納昌吉さんが真っ白な衣装で登壇し、平和への祈りを熱唱した。
 その最中に、満月まつりを同時開催している韓国の梅香里(メヒャンリ)の「梅香里−沖縄連帯米軍基地閉鎖要求集会」での不当弾圧の一報が入った。駐韓米軍犯罪根絶運動本部の鄭柚鎮(チョンユージン)事務局長が六人の逮捕を緊急報告した。集会に集まった百五十余人が、松明(たいまつ)行進を行ったことに対し、消防車が松明の火を消そうと放水、警察が襲いかかって暴行し六人を逮捕しさったというのだ。折りからのスコールの中、怒りが広がった。
 この海に新基地を造らせてはならない。最後に瀬蒿の渡具知さん一家が登壇、一人息子を抱いた武清さんが「ワッター(私)がいる限り、基地は絶対に造らせない」と叫んだ。全参加者が歓声で呼応、千人の思いは基地絶対反対の叫びとなり、カチャーシーの踊りが浜全体にあふれた。
 (投稿/貝谷万里)

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週刊『前進』夏季特別号 第2部(1969号7面1)

 恐慌・戦争・大失業に進む帝国主義の打倒へ
 革命的情勢の急接近に対応した闘う労働者党としての大登場を
  革共同政治集会基調報告
 革共同書記長 天田三紀夫

 第1章 革命的大衆行動の組織化へ大前進した今年前半の闘い

 革共同は、二〇〇〇年決戦の前半戦で、昨年のガイドライン決戦をひきつぎ七月沖縄サミット(帝国主義主要国首脳会議)粉砕闘争へ総決起した。この決戦は、名護東海岸住民を始めとする沖縄人民の懸命な、かつ自己解放性に満ちた怒りの決起を軸に、全学連を先頭とした本土労働者人民の闘う隊列の沖縄・名護現地への登場と、サミット=戦争会議粉砕の戦闘的大デモを実現するものとしてかちとられた。
 また、階級的労働運動の不屈の前進をかちとる必死の闘いは、「四党合意」粉砕の七・一国労臨時大会をめぐる決戦に闘う国労の労働者とともに決起し、臨大を休会に追い込み、闘争団切り捨て絶対阻止の新たな戦闘的地平を切り開いた。
 さらに六月衆議院選挙闘争は、自公的大政翼賛会政治の確立を許すのか否かという戦後史上でも最大最高の政治決戦として、かつ革命的議会主義を現代的に復権する闘いとして、長谷川英憲氏を押し立て国政選挙に初挑戦し二二、七九九の得票をかちとり、労働者人民の党への第一歩を確実に歩みだした。
 これらの闘いは、日共スターリン主義とカクマル=JR総連の反革命的敵対を粉砕し、階級的激突情勢をさらにつくりだし、革命的情勢の急接近に対して革命的大衆行動を対置して闘う革共同の姿を全労働者階級に示すものとなった。二〇〇〇年三大決戦は、怒涛(どとう)の進撃を開始したのである。
 今やわれわれは、戦闘的労働組合の総結集をもって労働運動の新潮流形成の闘いを大躍進させるために、二〇〇〇年十一月労働者集会をこれまでを画然と上回る大結集で実現させようという呼びかけにこたえ、総力を傾注してともに闘いぬかなければならない。
 巨万人民の革命的大衆行動の組織化は始まったばかりであり、これからいよいよ躍動的発展をかちとる過程へと突入したのである。

 第1節 戦争会議=沖縄サミットを完全粉砕した怒りの大デモ

 まず、七月沖縄サミットが示したものは何か。
 沖縄サミット決戦は、二万二千人の日帝・警察権力および自衛隊・海上保安庁の超厳戒体制と闘い、反戦共同行動委員会六百人を先頭とする本土人民の沖縄・名護現地への登場と、沖縄人民の壮大で鮮烈な怒りの諸行動(七・一五県民大会、七・二〇嘉手納包囲、サミット期間中の名護、普天間、那覇での連続的行動)をもって闘いぬかれた。
 闘う全学連を先頭に反戦共同行動委に結集する闘う労働者人民は、百万人署名運動を始め現地に決起して闘う人民とともに、七月十五日の県民大会以降、九日間の闘いを総力をあげて闘った。二万七千百人が結集した二十日の嘉手納基地包囲行動に決起した沖縄人民と連帯して闘いぬき、二十一日のサミット会場への戦闘的デモを頂点に連日、街宣、集会、デモ、交流会、激励会を闘いとり、沖縄闘争−名護決戦の新たなうねりをともにつくりだした。
 日帝の沖縄サミットへかけた狙いは、基地撤去を闘う沖縄闘争を圧殺し、名護新基地建設を図るための戦争会議として今次サミットを実現することであった。それは米帝が求めたものでもあった。しかし、この日帝と米帝の狙いは完全に破綻(はたん)し、沖縄闘争の新たなうねりが確実に始まったのである。
 その第一は、SACO(沖縄に関する日米特別行動委員会)政策が完全に行き詰まったことである。日帝と米帝は、ガイドライン攻撃と一体の攻撃として、普天間基地のペテン的返還=移設、名護への巨大な新基地建設を狙っている。しかし、沖縄サミットのペテン性が次々と暴露される中で逆に巨大な基地撤去闘争の大爆発へと転化することとなったのだ。
 これは、クリントンの平和の礎(いしじ)での演説で露骨に示された。クリントンは七月三日の米兵による女子中学生暴行未遂事件にまったく言及せず謝罪の姿勢を示すことを拒否したばかりか、「過去五十年間、日米両政府は、礎の精神に基づいて、その責任を果たすために同盟関係を維持してきた。そしてそれによって、アジアの平和が守られてきた」「沖縄は同盟維持のため死活的な役割を担ってきた」として、基地の無期限永久使用を宣言したのだ。クリントン演説は、怒りの炎に油を注ぐだけであった。
 加えて、稲嶺県知事・岸本名護市長らの「名護受け入れ」のペテン的前提条件であった「十五年期限問題」が門前払いで話題にもならないことであった。特に、南北朝鮮首脳会談の衝撃以降の情勢の中で、米帝は朝鮮・中国侵略戦争発動体制の強化のために全力をあげているのであり、普天間移設・名護新基地建設をめぐってペテンをもてあそんでいる余裕などない。日帝はSACO貫徹の強行突破しかないのである。
 今回の沖縄サミットをもって安保問題を積極的にとりあげ、高良倉吉のように゛日本国民である限り安全保障のために沖縄基地の重要性を認識せよ゛という論調による攻撃に出てきたことに対して、サミット決戦が闘いぬかれ、そのことによって逆に、沖縄闘争が第三次安保・沖縄闘争として本格的に発展する展望が切り開かれたのであった。
 第二は、日帝の体制的政治的危機をさらに促進したことである。日帝は沖縄サミットをとおして「アジアの盟主」として登場し、愛国主義と排外主義の大洪水で政治的危機をのりきり、戦争動員体制を構築し、警察権力の力で闘いを窒息させて、沖縄人民の闘いを根絶やしにしようとしてきた。だが八百億円というけた外れの費用をかけて行ったサミットは、日帝のもくろみがすべて破綻した上に、日米争闘戦のさらなる激化をもたらしただけであった。
 実際に沖縄サミットは、一九二九年型世界大恐慌の本格的爆発過程への突入と、それと一体となったアジア情勢の激変、中東情勢の危機の進展の中で、クリントンが遅れて到着し早く帰国したことが示すように、米帝の求心力の後退と帝国主義間争闘戦の一層の激化をさらけ出した。米帝・クリントンは基地問題で日帝に対するいらだちを露骨に示し、日帝・森は何の提起もできず「IT革命」で逃げるのみであったのだ。米帝の推進するNMD(米本土ミサイル防衛)システムは、米ロ対立、帝国主義間対立の深さゆえに論議にさえもならなかった。
 第三は、革共同が一年間にわたってサミット反革命との激突に必死で取り組み、革命的大衆行動をつくりだすために闘ってきたことが、沖縄人民自身の苦闘を支え、ともにサミット粉砕闘争の爆発をつくりだしたことである。
 革共同は沖縄サミット決戦に際して、沖縄闘争、沖縄基地撤去の闘争、とりわけ名護新基地建設強行の攻撃との闘争が絶対に再びもりかえし、必ずや人民の主導権を取り戻せることを強力にアピールした。闘う沖縄人民を徹底的に信頼し、ねばりづよく、幅広い統一戦線の闘いを進めつつ、着々と革共同としての実力を蓄積してきた。革共同の沖縄闘争についての戦略の正しさと、その生命力の強さに確信をもち、その中で力と説得力、実績を積み重ねて、日共スターリン主義との接近戦をやりぬき、反革命カクマルとの接近戦をやりぬき、一歩一歩勝ちぬいていく道を進んできた。
 こうした中で、五・一五闘争、六月県議選、六・二三闘争、衆議院選挙、そして七月サミット決戦の本番へとのぼりつめた闘いをとおして、沖縄闘争は確実に新たな段階に突入したのである。
 第四は、この沖縄闘争の新たな段階を示すものとして、南朝鮮・韓国人民の在韓米軍撤退要求闘争との連帯が圧倒的に打ち固められたことである。
 南朝鮮・韓国では在韓米軍撤退・移転、韓米地位協定(SOFA)全面改正を求めるデモが爆発している。昨年以来、朝鮮戦争時の米軍による避難民虐殺の真相究明、九二年在韓米軍による殺人事件での身柄引き渡しの地位協定問題、基地労働者の権利問題、米軍の土地使用権(米軍供与地問題)、そして今年五月の梅香里(メヒャンリ)海岸沖での爆弾投下事件に対する弾劾の闘いが激しく展開されている。
 それは、沖縄の米軍基地撤去の営々たる闘いと深部で結合し、お互いに呼応し合う連帯闘争をつくりだしている。沖縄サミット粉砕決戦は、この連帯闘争をさらに強めてかちとられたのである。
 沖縄サミット粉砕闘争は、沖縄人民と本土人民が連帯し、そして在韓米軍撤退要求を掲げて闘う朝鮮人民と連帯し、圧倒的な大衆的高揚をもって闘い抜かれた。このことは、名護の新基地闘争の再爆発、沖縄闘争の再爆発は不可避であることを告げ知らせた。二〇〇〇年後半には必ずその灯りがあかあかとともされていくことを確信できたのである。
 勝利への道は、「闘うアジア人民と連帯し、日帝のアジア侵略を内乱に転化せよ」「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」の革共同の戦略的総路線の中にある。この〈二つの連帯戦略と一つの打倒戦略〉を今こそ真っ向から掲げ、その実現のために闘うときがきたことをはっきりと確認しよう。

 第2節 国労再生への突破口開いた7・1臨大−13時間の死闘

 七・一国労臨大をめぐる闘いは、戦後労働運動の頂点で、その歴史を塗り替える十三時間の死闘戦をぶち抜き、臨大を休会に追い込み、「四党合意」の機関決定強行を粉砕した。
 八六年修善寺大会をものりこえて、八七年国鉄分割・民営化の強行以来最高の闘いが爆発した。この歴史的事態は、反スターリン主義・革命的共産主義運動の偉大な歴史的到達地平である。なんと言っても、六千万労働者が固唾(かたず)をのみ、戦後労働運動と階級闘争の中に身を置いてきたすべての労働者人民が見守る中で、戦後国鉄労働運動の精華である闘争団が、国労本部による首切り(三度目の首切り)は命に代えても認められないと決起したことの歴史的な大きさである。
 この決起は、必ずや戦争・恐慌と大失業攻撃、そして連合の裏切りの中で苦闘する労働者階級の闘うエネルギーに点火し、その内乱的決起を不可避に爆発させるものになる。
 この闘いの基底には、革共同の一九全総以来の国鉄決戦論の確立がある。党が内在化し、方針を提起し、革命的情勢をつくりだす中で、闘争団を先頭に闘う国労の部隊が蜂起的に決起したということである。一九全総以来の五年余の革共同の地をはうような必死の宣伝・扇動戦が結実した。さらに言えば、一九全総以来党がやりきれたこと、不十分なこと、そのすべての反映として七・一があった。
 そして動労千葉が一〇四七人問題の当事者としてついに国労闘争団と合流し、国労の左派と合流して、七・一の一翼で決起したことの重大性である。七九年動労千葉の分離・独立以来二十年余の営々たる闘いの地平の上で、ついに革命的合流がかちとられたのだ。
 七・一の歴史的決起の最大の牽引(けんいん)者であり、かつ血路を切り開いたのは闘争団である。北海道、九州、本州一体となった絶対反対派の闘争団の革命的団結と本部弾劾に踏み出した迫力が、七・一情勢をつくり出した。七・一は文字どおり、現場に結集した百五十人の闘争団全員が逮捕を覚悟し、命がけでのりこんで、「臨大開催を許さない」「四党合意は絶対反対」「闘争団の首切り、切り捨ては認めない」「十三年間の闘いは正義だ」を堂々と革命的行動をもって示した。
 また七・一の全行動を根幹で支え、勝利的貫徹に導いたのは、国労内最左派としての国労共闘の存在と闘いである。国労共闘は、闘争団を先頭に押し立て、闘争団の決起を支えるものとして全力で決起した。他方で、闘争団も戦闘的国鉄労働者も、国労共闘の存在と決起を背景にもって思う存分やりきったとも言えるのである。
 この力を背景にして、闘う国労の中核的戦闘的活動家集団が今こそ三万組合員の獲得戦で勝負して、チャレンジ一派と上村革同の組織的打倒、本部打倒の闘いに勝利しなければならない。
 七・一が示したことは、本部の背後には日帝・権力、資本、既成の全政党が存在しており、またJR総連=カクマルによる国労解体の反革命策動が重圧を加えており、この反革命との倒すか倒されるかの決戦が始まったということである。一朝一夕にはいかない。しかし、七・一をもって開始した革命的蜂起に革共同が責任を取り切り、何としても闘争団を守りぬき、国鉄労働運動の精華を守りぬくことである。
 七・一がつくり出した巨大な可能性と、その可能性を本当に革命的物質力に転化して、二〇〇〇年三大決戦がひとつになって六〇年、七〇年をこえる情勢をつくり出すことができるか否かの決定的正念場が到来しているのだ。
 確かに戦後労働運動の歴史の中には、執行部の不正義と裏切りに対して、組合員の当然の権利行使として「演壇占拠」に訴えた闘いはいくらでもある。しかし七・一の大きさは、二〇〇〇年という戦後最大の階級決戦のど真ん中で、それも衆議院選挙の結果が生み出している日帝の体制的政治的危機の未曽有(みぞう)の深まりの中で、そごう倒産、ゼネコンの大破産の危機などによって一千万単位の労働者が生き地獄にたたき込まれようとしている中で、百万の国鉄労働運動支援労組勢力を率いてきた闘争団が命がけの実力決起をたたきつけたという点にある。
 七・一の十三時間におよぶ決死の闘いは、何よりも日帝権力、連合、カクマル=JR総連に大打撃を与え、敵を震撼(しんかん)させたのだ。いみじくも七・一直後に運輸省幹部は、「形式的に組合が四党合意を認めても、過半数の闘争団が闘いを続けるようなら本当に解決したといえるのか」と言っている。まさに闘争団は七・一で、十四年にわたる労働者魂に貫かれた苦悩と栄光の闘いをすべて水泡に帰すことは命に代えても認められないということを、日帝権力や資本にたたきつけたのである。万一「四党合意」を強行しても、圧倒的多数の闘争団はそんな「ゼロ回答」は拒否することをはっきりさせたのだ。
 日帝権力は、闘争団と国労を「四党合意」をもって完全に解体し、階級的労働運動の根絶に一気に突き進もうとする階級意思をむき出しにしてきた。しかし七・一は、この歴史的大攻撃を根幹において粉砕した。同時にこの決戦に、闘争団とともに、実に多くの闘う国労組合員が決然と決起した。
 この闘争団と国労組合員の中に、日帝権力の国労解体攻撃を打ち破り、国労を革命的に再生していく力が厳然と存在することを示した。そして文字どおり、「学校政治」と呼ばれる国労内党派政治が崩壊し、大会運営のすべてが激突的状態に入り、この中から、誰が、どこの