ZENSHIN 2002/01/01(No2036 p16)

ホームページへ週刊『前進』月刊『コミューン』季刊『共産主義者』週刊『三里塚』出版物案内販売書店案内連絡先English

週刊『前進』(2036号9面1)

反対同盟アピール

4月暫定滑走路開港粉砕へ意気高く 戦争反対 三里塚の出番
 成田空港の軍事使用許さぬ
 3・31−4・14全国から三里塚現地へ

 闘争36年の正しさ 事務局長 北原鉱治さん

 昨年は反対同盟にとっても、多くの試練をのりこえてきた1年間だった。この36年間は、闘いの中を駆け抜けてきた日々であったと痛感するが、一方で闘いによって鍛えられてきたという信念もある。
 今年4月に政府や空港公団は、暫定滑走路を開港させようとしている。しかし、これは当初の平行滑走路計画が、反対同盟の存在と闘いによって完全に阻まれたということだ。
 反対同盟の一坪共有地や現闘本部などの建物や土地が点々とある。したがって2500bの平行滑走路は、まったく展望がない。当初の計画は完全に破産し、2180bの滑走路を北側にずらして建設している。しかも誘導路は「へ」の字に曲がり、前代未聞の誘導路になっている。暫定滑走路では、千人乗りのジャンボ機は飛ばせない。これは現在の航空業界ではほとんどメリットのない時代遅れの滑走路だ。
 開港したところで無用の長物になるだけで、日本の国際的信用を下げるにすぎない。反対同盟が存在する限り、完全空港は絵に描いた餅(もち)であり、欠陥空港として世界に日本の政治の貧しさを紹介することになるだけだ。
 今はっきりと言えることは、反対同盟が36年間の闘いを貫いてきたのは正しかったということだ。頭上40bでジェット機を飛ばして住民を追い出すために暫定滑走路をつくるなどという暴政に対しては、生きる権利を主張し、断固廃港を目指して闘い続ける。
 成田空港は有事の際、50万人もの米兵が来援し、兵站(へいたん)・出撃基地になる。アフガニスタン侵略戦争で日夜、何百、何千人という人民が殺されている。成田空港の軍事利用反対を掲げ、廃港に向けて闘い抜く。

 オレの青春が来た 本部役員 鈴木幸司さん

 36年間軍事空港粉砕を掲げて闘ってきたが、本当に良かった。戦争が始まる中で、政府は4000bの平行滑走路を狙っている。成田空港は戦争になればすぐに軍事使用される。36年間軍事空港反対と言ってきたことはすばらしいことだ。三里塚闘争を反戦闘争として全人民的な闘いとしてやる時が来た。三里塚闘争は日本に侵略戦争をやらせない闘いだ。
 「全人民が心をひとつにすれば必ず勝利できる」という戸村委員長の言葉をあらためて思い返している。その時が来たと思う。今が大チャンスだ。どんなことをしても成田空港を粉砕し、帝国主義を打倒する。
 米帝がアフガニスタン侵略戦争を行っているが、米帝が今まで、どれだけの人民を殺してきたのか。マスコミはそういうことは言わない。なぜ9・11が起きたのか。帝国主義打倒が問われている。われわれは三里塚闘争の勝利で回答する。
 三里塚闘争が本当の意味で反戦闘争だとすれば厳しいこともある。しかし闘いの中で思想をつくっていかないといけない。闘いは人をつくるし、人が闘いをつくるということだ。今は「オレの青春がようやく来た」という気持ちだ。どんなことがあっても動じない思想が必要だ。
 暫定滑走路は絶対に許してはならない。2002年の闘いは、36年間の闘いの総決算で、かつてない闘いをやる。4月の全国集会に総決起を呼びかけます。

 アフガン戦争反対 本部役員 三浦五郎さん

 36年と一言で言っても、非常に長い年月であった。その中で反対同盟は、゛農地死守・実力闘争″のスローガンを第一に、権力と暴力によって土地を取り上げようとする政府と空港公団に対して闘ってきた。
 空港が今まで滑走路1本で存在してきたことは、事実だし、国際空港は滑走路1本では成り立たない。政府や空港公団は、2500bの平行滑走路を成田空港二期工事として考えていたが、反対同盟と支援が断固反対し、2500bの滑走路はできなかった。
 そこで彼らは2180bの滑走路をつくったが、誘導路が「へ」の字に曲がっているようなものでしかない。
 そんな空港が使えるよう宣伝しているが、大型飛行機は飛ばせない状態で、農家の頭上40bを飛ばして騒音をまき散らすだけだ。
 反対同盟は敷地内の仲間とともに、土地は農民のものだというスローガンの立場から断固反対する。ここには開拓道路や一坪共有地も厳然とある。われわれはこの土地を中心に滑走路を断固粉砕して闘い抜く。
 帝国主義者は戦争の道を突き進もうとしている。かつて経験した戦争の悲劇を繰り返してはならない。全国の皆さんと腕を組んで、アフガニスタン侵略戦争に反対し、成田空港の軍事使用に反対し、廃港まで闘う。

 こっちは動じない 本部役員 郡司一治さん

 家の上もテスト飛行で飛んでいる。ここも直下になる。近くを飛ぶから撃ち落とせそうに見えるよ。
 今年4月に暫定滑走路を開港すると言っているが、やってみればいい。こっちは動じない。やれるならやってみろ。恥をかくのは向こうだ。4月が楽しみだよ。政府や空港公団も暫定滑走路をつくればなんとかなると思ってつくったが、反対同盟がいるから、これ以上どうにもならない。今はテスト飛行なんてやっているけど、「へ」の字の誘導路や2180bの滑走路で実際に開港したらどうなるのか。事故でも起こしたら大変なことになる。
 延長するとか、安全だとか、ウソを言って外国の航空会社を集めているみたいだが、国際問題になるよ。

 暫定は絶対に容認しない 鈴木謙太郎さん

 暫定滑走路で開港というけれども、その後のめどはまったく立たないし、使い物にならない。欠陥だらけの空港で、飛ばせるものなら飛ばしてみろという気持ちだ。このまま飛ばしたら、政府や空港公団は恥をかくことになる。
 やつらの狙いは、飛行機を飛ばして住民を追い出して滑走路を延長することだ。
 暫定滑走路の開港は、それ自体が脅しだ。公団は住民が出て行くことを前提に考えていた。がんばれるわけがないと。だから暫定滑走路開港は、絶対に容認しない、そういう気持ちだ。

 金・交渉という問題ではない 木内秀次さん

 飛行機を実際に飛ばして敷地内から追い出すというやり方は、結局は最後は力ずくでなんとかなるという考え方だ。民主主義とか言っても結局は力ずくだ。そのことが暫定滑走路開港の中であらためてはっきりした。そういう考え方が絶対に許せない。
 その上で、軍事空港ということがいよいよはっきりしてきた。戦争に反対するという立場からも暫定滑走路は許さないという立場が必要だ。要するに金とか交渉とかいう問題ではないのだ。政府や空港公団はそこのところがまったく分かっていない。

 人生かけて闘ってきた誇り 伊藤信晴さん

 権力や空港公団は、農民として人生をかけて闘ってきた誇りとかは、絶対に理解できない。反対同盟には闘う理由がある。それは人間の誇りだ。権力は自分たちが決めれば何でもできると思っている。それが絶対に許せない。
 暫定滑走路の北側でも、学校の廃校問題や住民の反対運動で、大きな問題になっている。空港が周辺地域に何をもたらすのかいよいよ明らかになってきた。空港で地域が繁栄するという前宣伝とは逆の結果になると反対同盟が訴えてきたとおりだ。

 恥をかくのは政府や公団 宮本麻子さん

 暫定滑走路の強行で生活や営農を破壊して追い出すやり方は、本当に許せない。政府や空港公団の「民主的」は、暴力的に追い出すことです。人を人とも思わないやり方です。
 「へ」の字の誘導路や便数もほとんどないなど、通常では考えられない形態で開港しようとしていますが、恥をかくのは政府や空港公団の方です。
 ブッシュ大統領が報復と称して侵略戦争をやっているけど、それは帝国主義の論理です。人民の声は、世界中で戦争反対です。三里塚勢力の出番、真価が問われる時です。

 権力の圧力には負けない 鈴木加代子さん

 空港公団や権力の嫌がらせがひどくなっている。私服刑事が、学校の行き帰りの家の子どもに嫌がらせをする。本当になんというひどい人かと思う。家の中を監視するのも度を超えていて、庭にまで入ってくる。公団に雇われたガードマンの増長ぶりも目に余る。
 菱田では集団移転が進んで、中郷部落では家1軒になってしまう。だけど権力の圧力に負けるわけにはいかない。敷地内を追い出すための暫定滑走路開港も本当にひどい。敷地内と騒音直下が団結して今年もがんばります。

 三里塚闘争の役割は大きい 木内敦子さん

 戦争の動きに母親として危機感を感じている。息子は高校3年生。政治の動きに敏感で、アフガニスタンの戦争の動向を見て、とても不安を感じている。若者を戦争に動員する徴兵制の動きも遠い将来ではないと感じているようだ。
 今の世の中は先が見えない閉塞感に覆われている。若い人が将来に希望がもてずに悩んでいる。私たち大人は、彼らが希望のもてる社会を作るために責任を果たさなければならない。
 三里塚闘争の役割は大きい。4月の開港は絶対に許してはならない。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号9面2)

 敷地内の決意 廃港まで闘い抜く

 農民への国家テロ 事務局次長 萩原進さん

 暫定滑走路攻撃という政府・空港公団の最後の手段の中で、反対同盟は2年間決戦を闘い、攻撃をはね返してふんばり、その中で勝利の大道を歩んできた。
 暫定滑走路の開港の意味するものは何か。文字どおりここの住民を暴力的にたたき出すというやり方だ。反対同盟はそれに対して闘ってきたが、今度は飛行機を実際に飛ばすという攻撃だ。これは三里塚の農民に対する国家的テロそのものです。反対同盟の闘いを圧殺することによって、全国の闘いの屋台骨をも折るという攻撃なのです。
 そして新たな滑走路ができたという大宣伝で世論操作をする。しかし暫定は暫定でしかない。これは重大な問題です。滑走路が短くて使い物にならない、着陸帯が国際標準の半分しかなく、誘導路は「へ」の字に曲がり、信号機が必要、管制塔から「死角」ができる。暫定滑走路は国際空港として使えない。暫定滑走路の本当の目的は、住民をを追い出して3000b、4000bという滑走路をつくることだ。
 しかし反対同盟はがんばり抜く。そうすれば勝利が見えてくる。三里塚の勝利で日本中の闘いが一気に爆発するという構図がある。
 勝手に切った東峰神社の木は、原状回復する。東峰神社本来の姿に戻す。こういう闘いを続けていく。
 敵は反対同盟が憎くてしょうがないと思う。もちろん反対同盟は、ものすごい重圧の中にある。しかも人数からみれば圧倒的少数派です。しかしだれも悲壮感をもっていない。だれも下向いて歩いていない。反対同盟の闘いによって、空港建設は左右される。成田空港問題は、われわれ反対同盟が握っているということです。

 気持ち一つに闘う 敷地内・天神峰 市東孝雄さん

 住民の意思とは何の関係もなく、力ずくで暫定滑走路をつくるやり方は許せない。その上、マスコミもほとんど事実を伝えない。世間の人は36年間も農民がいじめられてきた事実を知らない。闘うのが悪いなんて書くマスコミがいるが、三里塚の農民がどういう仕打ちを受けてきたのかを知っていれば、そんなこと言えないはずだ。
 誘導路が「へ」の字になっているとか、空港の敷地内に民家があるとか、信じられない現実があることを訴えたい。最近飛行機の事故も多い。リストラで、整備をする労働者なども首を切られているし、飛行機も古いのを使っている便もあるようだ。暫定滑走路みたいな短い滑走路で飛ばすのは、輪をかけて危ない。こんな状況で開港を強行して、何事もないと考える方がおかしい。
 要するに飛行機を飛ばして農家をつぶしたいということだ。それで滑走路を延ばそうとしている。ひどい話だと思う。ここまでやって「売ってくれ」というのは、本当に恥知らずだ。しかし暫定滑走路はあくまで暫定でしかない。廃港まで闘い抜く。
 アフガニスタンへの侵略戦争も、テロ反対とか言いながら、爆弾を落として多くの人を殺している。これが正義だとは言えない。ベトナムでも空から枯れ葉剤をまいて、今でも多くの人が病気で苦しんでいる。
 みんな気持ちをひとつにして闘っていくことが大切だ。そういう気持ちを込めて4月暫定滑走路開港阻止に向かって闘っていく。


 現場の闘いに神髄 三里塚教会信徒代表 戸村義弘さん

 「飛行機を撃ち落としてやりたい」という言葉は、私も常々そう思っていた。2〜3年前に、現地を案内してもらった時、飛行機が、中の人間が見えるくらいの距離で飛ぶのが見えた。本当に撃ち落とすというのは、ちょっと知恵がないという感じなので、それをのりこえるやり方が必要だと思いますが。
 9月11日の世界貿易センタービルへの攻撃は、神業という言葉がありますが、天の業が加わらないと、ああいう現象は起きない。天罰が下ったと言える。もちろんテロなのですが、一方で天が加えたとも言える。米国内でも米の傲慢(ごうまん)のシンボルに罰が下ったという人もいる。
 実際の神様は自分では何もできない。人間を動かしてやるんですよ。聖書にもそう書いてある。僕の信仰観に究極の価値ということがあります。この究極の価値に基づいて、この三里塚の闘いに来ている。そういう意味で教会に行くのと三里塚の集会に参加するというのは同じなんです。僕はこういうところに来てこそ聖書が読めると思う。聖書の内容が新たによみがえってくる。聖書解釈だけでは、イエスの言葉が現場によみがえってこない。やっぱり実際問題に携わっている人の方が聖書の神髄をつかめると思うんです。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号10面1)

全学連の新春座談会 実力闘争で闘うぞ! 

アフガン反戦へ学生の力示す年
 アフガン復興東京会議粉砕を

 全学連は11月25日、自衛隊の侵略出兵阻止へ、逮捕・流血を恐れず佐世保基地に突撃した。そこに向かって全国キャンパスでクラス決議、ストライキ、防衛庁闘争などを展開し、「日帝の参戦・アフガニスタン人民虐殺を許すな」の反戦闘争を巻き起こした。全学連は11・25で再び実力闘争の時代を開き、本格的なアフガン・中東反戦闘争を開始したのだ。全学連は佐世保闘争で何をつかみ、02年決戦で何を実現しようとしているのか、大山尚行委員長を始め全国の活動家8人に語ってもらった。(司会・編集局)

 出席者

 大山尚行(全学連委員長)  東北大学
 井上 亮(全学連副委員長) 広島大学
 倉岡靖子(全学連書記次長) 京都大学
 桑田雄二          東北大学
 工藤新一          法政大学
 上村 守          富山大学1年
 梶村 一          大阪市立大学
 鈴木四郎          九州大学

 11・25佐世保闘争の総括

 富山大 連帯かけて基地に突撃
 京大  実力闘争こそ飛躍の環

 司会 まず初めに佐世保闘争の感想、総括をお願いします。
 大山 自衛隊のアフガニスタンへの出兵、日帝の侵略参戦という瞬間に、日本の労働者人民がどういう闘いをやるのかが、実際の行動として問われていました。アフガニスタン人民虐殺に加担するのか、それとも命がけでこれを阻止するのか。この問いに真っ向からこたえ、佐世保現地で派兵を絶対に阻止するために逮捕も流血も恐れず実力で闘う、と宣言して基地への突撃と海上阻止行動を断固やったことは決定的だった。
 「テロ根絶」の大合唱をぶち破ってイスラム諸国人民と連帯する反戦闘争の出発点をつくったと思う。命がけで戦争を止めるんだという思想、路線、迫力を貫く実力闘争を全学連がぶち抜いていくことが、全国の人民の魂を揺さぶり大衆的な決起を切り開いていくのだという確信を全員が実感をもってつかんだ。佐世保闘争は学生運動自身にとっても大きな転換点になったと思います。
 上村 佐世保闘争の意義は本当に大きい。自衛隊の侵略出兵を許せば有事立法・改憲=戦争国家化が一気に進む。しかしここで侵略出兵を止めればここから沖縄、全国に闘いが飛び火して日帝の参戦を粉砕する闘いの第一歩になる。それが佐世保闘争だったと思います。
 そこで僕らが実力で基地に突っ込んで命がけで闘って、イスラム諸国人民と連帯する闘いをぶつけたことは意義があります。日帝の侵略戦争に対して、こうやって実力で闘い、戦争を止めていくんだという態度を示した。こうした闘いをくり返したたきつければ、労働者市民、学生も必ずこれに加わってくるという実感を、先遣隊を含めて持ちました。
 桑田 本当に展望の見える闘いだったと思います。
 全員が逮捕を覚悟で、人生をかけて基地の正面ゲートに突撃し、護衛艦さわぎりの出兵を実力で阻止するんだ、という闘いをやった。全員が固くスクラムを組んで機動隊と激突し、その阻止線を踏み越えた。
 学生の部隊がもっといれば基地機能をストップさせられるし、そうすれば基地経済の重圧下にある佐世保の労働者人民も必ず立ち上がってくる、そうすれば侵略戦争を止められるし、帝国主義も打倒できるという確信を持ちました。
 アフガニスタン・中東侵略戦争をどのように爆発させていくのか。日帝参戦下の反戦闘争をどう切り開くか。これを実感としてつかんだ決定的な闘いでした。

 佐世保で再び

 工藤 自衛隊が参戦するという歴史を画する大攻撃に既成政党が全面屈服している状況に対して、「闘うイスラム諸国人民との連帯」を掲げ、「基地の街」=佐世保での闘いが決定的環であることをつかんで実力で闘ったことが重要でした。
 佐世保は68年、ベトナム侵略戦争のただ中で、エンタープライズ入港阻止闘争が闘われた。今回の自衛隊派兵にも多くの市民が反対している。デモでも、街頭宣伝でも佐世保市民の全学連に対する期待の大きさを感じた。全学連が再び実力で派兵を阻止する闘いに立ち上がったとき、佐世保市民がともに決起するという確信をつかみました。
 海上デモでは、海上保安庁の巡視艇が船体をぶつけて妨害してくることをはねのけ、護衛艦さわぎりに肉薄し、何度も進路を阻み、自衛官にとことんまで「戻ってこい。アフガニスタン人民虐殺に加担するな」と呼びかけました。自衛官も、この闘いにすごく注目していたし、われわれがなぜそこまで闘うのか、考えたと思います。
 梶村 自衛隊参戦に反対というのは、自分の体で証明して止める闘いだと、最初から「闘争に行こうよ」と声をかけまくって集めた人で参加した。何としてもアフガニスタンやパレスチナ人民と連帯する闘いをやろうと、「アフガン参戦阻止の意思を示そう」という一点で決起した。
 で、実際に基地に突撃して、機動隊ともみ合って、そういう闘いに初めてきた人たちだから戸惑いがあるかと思ったら、「なぜもう1回基地に突撃しないのか」という反応だった。本当に戦争を止めようとするなら実力闘争は当たり前だということが゛人民の常識″となっていく、そういう闘いだった。
 倉岡 一回生をはじめとしてイスラム諸国人民虐殺への怒りに燃えて完全に腹をくくっていた。みんなの感想は「今度は突入したい」「突入するまで何度も激突すべきだった」というものばかりでした。こういう闘いこそ全学連運動を魅力あるものとして発展させる道筋であると思います。われわれの帝国主義打倒の思想は、実践をとおして初めて生きた思想となるし、運動も燃え広がる。そのカギが実力闘争だと実感しました。
 世界人民にとって反戦闘争というのは実弾射撃にひるまず立ち向かうことです。国際的な連帯ということも、それと同質の闘いがあって初めて形作られるわけで、この飛躍の環を決定的につかんだのが佐世保闘争だったと思います。

 実力闘争復権

 井上 問われていたのは、ひとつは実力阻止の思想と闘いをどう復権するかということだった。
 初参加者が感想文の中で、「知り合いに戦争はなくならないと言うやつがいて、その場合に戦争は抽象的な得体の知れないものだけれど、しかし実際に抗議船からさわぎりと対峙する中でこれが『戦争』だと実感した。確かに巨大だし、これを止めるのは困難だけれども、ちゃんと実体のあるもので、これを止めることが戦争を阻止することなんだ」と書いた。これを実際の闘いでつかんだことは大きい。
 ほとんどの既成政党は11月16日の基本計画閣議決定で゛闘いは終わり″としてしまっている。゛合法性の枠内でしか闘えない″と前提化していたらそうなる。だけど戦争は目の前で行われていて、アフガニスタン人民がどんどん虐殺されている。この現実に対してどうすればいいんだろうと思っている人々がたくさんいる中で、こう闘えばいいんだと、侵略戦争を絶対に阻止する思想を行動で示した。
 もうひとつは排外主義との闘い。「闘うイスラム諸国人民と連帯する」というスローガンは、日本の階級闘争、国際反戦闘争の質を革命的に塗りかえる決定的スローガンだ。あらゆる既成政党が「テロ根絶」という排外主義に屈服し、「テロにも戦争にも反対」という中途半端な主張でしか人民の前に登場できないという中で、人民には展望が示されていない。9・11で19人が自分の命をかけて帝国主義に怒りをたたきつけたことの重さを受けとめ、連帯する立場に立てなかったら戦争反対は貫けないし、自分も人生かけて闘おうということには絶対にならなかった。
 排外主義と対決し、実力闘争のもつ思想的意義を復権した画歴史的な闘いでした。

 クラス決議運動の教訓

 法大 虐殺への怒りが核心だ 
 広大 スト方針が大衆動かす

 司会 秋の各大学の反戦闘争はどのように闘われたのでしょうか。
 大山 全学連は、11・25佐世保闘争に向かって、われわれ自身が日々の情勢と真っ向から対決し、アフガニスタン空爆と日帝の参戦を許すのか、阻止するのか、この二者択一を全学生に問い、行動への決起を本気で訴えてきました。同時に、パレスチナ人民やアフガニスタン人民の闘い、その歴史と現実を一から学んできた。そうやって、クラス決議運動を大衆運動としてやり抜いてきた。
 そして広島大学ではストライキをやり、東北大では反戦大行動をやり、法政大学ではそのクラス決議をもって防衛庁デモを行うなど、各大学でクラス決議運動を集約した大衆決起を実現してきました。その頂点的な闘いとして、11・25佐世保現地での実力闘争をうちぬくことができました。
 工藤 法政大では署名運動だけでは情勢に追いつかないということで、クラス決議方針を決断しました。まずは9・11をどう考えるかということで始めたのですが、10・7の空爆が始まったあたりからそれでは決議があがらなくなった。それで「空爆でアフガニスタン人民が虐殺されている。自衛隊がこれに参戦しようとしている。これはどうなんだ」と切り込んで決議をあげていった。空爆は絶対に許せないということを訴えきれるかどうかが勝負でした。また全クラスで決議をあげて防衛庁に抗議に行こうと具体的な行動方針を提起したことも重要だった。最終的には一年生のクラスの過半数の34クラスで決議があがりました。
 11月16日は、昼休みに学内集会を行った後、防衛庁にデモをかけたのですが、かなり注目されました。呼びかけにこたえて、初めての人を含め20〜30人の学生が新たに参加しました。
 鈴木 九大でも最初は署名だったのですが、それでいいのかとなって、クラス決議を開始しました。全学連大会で鎌田元委員長が訴えていた「すべての学生大衆とぶつかって、格闘して、獲得していく闘い」をやることが問われた。
 初めは保留が多くて、あがっても保留と賛成がきん差でした。自分が顔面蒼白(そうはく)になって空爆や参戦に怒り、佐世保に行こうと真っ向から訴えたときにクラスの分岐をつくり出すことができ、17クラスで決議があがりました。キャンパスをとにかく佐世保闘争だ、という雰囲気で染め上げました。

 60人でデモへ

 桑田 東北大では、クラス決議をあげて行動に移そう、行動しない限り戦争は止められないということで、「みんなでデモに出よう」というクラス決議としてやりました。最初はなかなか決議があがらなかったんだけれども、空爆が激化し自衛隊も参戦する中、「われわれがアフガニスタン民衆の敵になるんだぞ。こんなことをどうして黙って見ていられるんだ」と訴えていった。それから決議もどんどんあがり始めた。
 アフガニスタン人民の血叫びにこたえて、帝国主義の侵略戦争を阻止するのか、それとも自ら虐殺者として加担していくのかをぎりぎりと迫ったときに、学生は決起するんだという確信を持ちました。
 東北大では12月6日に反戦大行動を行いました。雨か雪かという悪天候の中、昼に学内集会をやった。佐世保闘争の報告は大注目でした。その後、飛び入りも含めて約60人で仙台市内デモに出た。工事現場で働く若い労働者や市民が声援を送ってくれました。
 上村 富山大学は空爆直後の10月8日開講で、僕ら自身が空爆に怒りを燃やして、この情勢と対決しなければ話にならないということで10月16日から3日間のハンストに決起しました。
 このハンストはマスコミでも報道されてものすごい反響があり、外からも労働者が激励に来ました。主体の側にも飛躍がかちとられ、それまでは学内行動は控えたいと言ってきた学生が自らマイクをもって訴えました。
 その後はクラス決議も飛躍的に多くなった。「戦争反対は分かるけど、どうやって戦争を止めるんですか」という意見もあって、反戦自衛官の小多基実夫さんを招いて集会を行い、佐世保からの自衛隊出兵を止めようという行動方針を打ち出しました。自衛隊の参戦を実力で阻止する行動に立つのか、それとも座視して戦争に加担するのかという二者択一を突きつけ、佐世保への決起を訴えた。
 その結果、学生の決起がかちとられた。ある学生は「自分は佐世保に行くんだ」というビラを書き、学内にアピールして決起した。1年生の過半数以上の19クラスで決議があがりました。

 大山委員長 国際的内乱の先頭に 
 大市大   400人で学部長を追及

 倉岡 9・11直後から京大ではクラス討論に突入した。当初はものすごい反発が起こった。「アメリカ人なら死んでもいいのか」と激しい反発が噴き出した。イスラム諸国人民の闘いの歴史を私たち自身が学習するところから始めて、全力ではね返した。だが、それだけでは決起はつくりだせない。やはりアルカイダ、タリバンの認識の問題になりました。そこに踏み込んで検討し、「タリバン、アルカイダの主張は積極的に受け止めるべきだ」という認識に至り、「タリバン、アルカイダの若者を殺すな」というスローガンを打ち出しました。このスローガンは圧倒的な注目で、一気に分岐が進み、ここで確信を持った人はほとんど佐世保に決起した。

 ストライキだ

 井上 まずストライキを決断すること自体が大きな飛躍だったと思います。いざ開講して広大キャンパスに出ても、ストレートには反戦の声が出てこない。とても重い雰囲気でした。学内投票では8割近くの人が自衛隊参戦に反対したけれど、公然とは決起できない。実際に戦争が始まり、どうするのかが自分に問われるし、すさまじい排外主義キャンペーンの中で戦争反対を言うと孤立するんじゃないかという空気を学生たちは感じていた。これをぶち破らなかったら闘いは爆発しないという壁にぶちあたった。そこで、自分らの力量から問題を立てずに、この情勢に対してどういう闘いをやるのかと問題を立て、ストライキ方針を決断しました。
 やはり鮮明な行動方針を出すのがこの重苦しさを打ち破るカギだと思い、戦争反対は前提化して、ストライキで何をやるのかだけを訴えました。すると「じゃ賛成だ」という意見と、「9・11であれだけの人が死んだことをどう思うのか」という意見が出て、学生に分岐が生まれた。そこで初めて排外主義との本格的な対決が始まったのです。
 排外主義キャンペーンに対してこちらが言い訳から始めていたら、決起しようと思っている人も決起できない。行動方針をバーンと提起したときに、分岐が鮮明となり、大衆も決起する。これをクラス決議をやった活動家全員がつかんで、ストライキ闘争を貫徹しました。

 独法化攻撃と大学闘争

 東北大 独法化阻止陣形が前進 
 九大  佐世保闘争に責任とる

 司会 大学闘争領域、とくに独立行政法人化との闘いについてお願いします。
 桑田 東北大では、99年に独法化反対のストライキをやり、3月に文部科学省行動を闘った。そうした闘いの中で全国的な闘いの陣形ができました。
 アフガニスタン・中東侵略戦争と独法化阻止闘争の渦中でカクマルを全国の大学からたたき出す展望のある大学闘争として進んでいると思います。10月の独法化阻止全国ネットの集会でも僕らの主張が受け入れられました。全国の教職員の方々から圧倒的に支持されています。独法化というのは戦争国家化との対決なんだ、と。
 小泉も「つくる会教科書」とか靖国神社参拝の攻撃をやってきたわけですけど、これと一体の攻撃として独法化攻撃が行われている。反戦闘争と大学闘争の一体的な発展というのはそのとおりだと、これを両方とも発展させていくことで学生運動が爆発していくんじゃないかと思います。
 上村 大学当局は富山大を他大学との再編統合で富山総合大学にするとしています。遠山プランが言うトップ30校に入るために独法化を先取りしようというのです。6月には入試ミス隠ぺい問題も明らかになりました。学生を無視して、学生の自治や権利、生活を奪うあり方に対して、団結して闘っています。

 非公認粉砕へ

 工藤 法政では自治会の非公認化攻撃がかけられています。大学はこれまでのあり方を全面的に転換して、自治会が学生委員を定足数を上回って選出し学生大会を成立させているにもかかわらず、自治会費を交付しないという攻撃をかけてきています。ビラやステッカー規制の攻撃もかけている。
 これと一体で、去年だけで6度も不当捜索で権力が学内に導入された。学生の不当逮捕も何度も行われていて、当局が学生を権力に売り渡している。学生の自治を認めない大学に力ずくで転換しつつあります。これに対して一つひとつ大衆闘争で粉砕する闘いに立ち上がっています。
 梶村 市大ではサークルボックス棟の移転問題が闘争化した。われわれの方針のもとに学生の主体的な決起がかちとられ、400人ぐらいで学部長室に怒鳴り込みにいくなど、全学あげた運動を実現しました。
 大山 10・5の独法化反対の集会が非常に重要だったと思うし、あらゆる党派がこの集会に結集してきた。しかも決定的だったのは、そこでの自治とアカウンタビリティー(説明責任)をめぐる議論です。これは独法化攻撃の中で日本の大学のあり方をもう一度根本的にとらえ返すことを含む議論なんです。
 大学はこの帝国主義の社会でどういう存在なのか、学生や教職員は帝国主義の立場に立つのか、労働者階級の立場に立つのかをめぐって論争になっている。その中でわれわれの主張が圧倒的に浸透し始めているし、ものすごく戦闘的な雰囲気が生みだされてきている。絶対反対を貫くのか、否かということで、学生運動の大再編がつくり出されています。さらに全国の大学を二分するような情勢をつくり出すならば、大学闘争を根底的に爆発させられると確信しました。
 司会 広大自治会再建の勝利についてお願いします。

 自治会を再建

 井上 広大の原田学長(当時)が、大学というのは「厳しい成績管理で出口管理をする。企業に良い商品を送り込まなくてはいけない」という発言を富山大学の講演で行った。この発言の中に独法化―大学改革の問題が典型的に現れていると思うんです。広大は今年から英語のクラスをセンター試験の点数で分けようとすらしています。結局大学がアカウンタビリティーだとかいってやっていくのは、学生をとことん非人間的に扱っていくことになるわけです。
 またこれと表裏一体で、大学の腐敗が深刻な形で進んでいます。前期には、大学が朝鮮人民、中国人民に対する差別落書きを半年も放置したとか、教官による女子学生への「アカデミック・ハラスメント」と言われる差別襲撃があって、ついに教育学部の教官が逮捕され、大学に家宅捜索が入る事態になった。
 広大ではクラスが5年ぐらい前から解体されて、自分が大学の中で孤立しないためにものすごく努力して友達関係を維持していかなくてはいけない現状に学生がおかれています。こういうこと全体に学生はものすごい怒りを持っています。
 こうした問題に直面しながら、学生が主人公となって大学を変えようと、自治会の結成に向かったわけです。
 学生大会での白熱的な議論をとおして「学生一人ひとりが主人公の大学に 学生の自由・権利・生活を守り発展させよう」「あらゆる差別をなくし、お互いが仲間と認め合える団結・つながりを築こう」「ヒロシマに学ぶ学生として、再び戦争というあやまちをくり返さない」という自治会の3つの理念を決定しました。
 この理念のもとに学生総体の要求・欲求として自治会を結成したことが、全国的に見てもものすごい地平だと思うわけです。
 独法化=戦争国家化攻撃の激化の中で、これまでの戦後民主主義的な権利に依拠するだけでは闘えない現実があるわけだけれども、だからこそ社会を変革していく拠点として自治会を建設しようということが大衆的レベルでもはっきりする時代に入ったのではないかと思います。

 大激動の2002年を全学連はかく闘う

 司会 佐世保を闘い抜いた全学連が02年決戦で何をやるのか。これからの目標を聞かせて下さい。
 大山 何よりもアフガニスタン・中東反戦闘争を大爆発させていくことが全学連の第一の任務だと思います。
 パレスチナやアフガニスタンの人民、イスラム諸国人民との連帯を必死にやり抜いていかなければならない。それは帝国主義足下に生きるわれわれが、命がけで帝国主義打倒の国際的内乱に決起するということです。全学連は、国際反戦闘争の先頭で1月下旬に東京で開かれるアフガニスタン復興支援・閣僚級会議に対する実力粉砕闘争に総決起する。パレスチナ人民、アフガニスタン人民を日々虐殺している張本人である米帝・日帝に「復興」などを語り、決める資格はないということを断固としてたたきつけてやらなければならない。全国学生の大結集で、自衛隊のPKO派兵・多国籍軍参加の策動もろともぶっ飛ばす闘いをやろう。
 同時に、1月24日からの通常国会が決定的激突となる。小泉は、「テロ対策」の名で有事法制や憲法改悪の諸法案を上程しようとしている。日帝の参戦粉砕を掲げ、有事立法・改憲実力阻止の国会闘争に総決起しよう。
 さらに沖縄闘争の爆発が決定的だ。アフガン中東侵略戦争の真っただ中で、名護新基地建設を阻止し、沖縄米軍基地を実力撤去する闘いの爆発は米帝・日帝をガタガタに揺さぶる。全学連は、2月名護市長選に沖縄現地行動隊を先頭に決起し、名護市民・沖縄人民とともに勝利したい。さらに日帝が「復帰」30年をテコに沖縄人民の闘いを圧殺しようとすることに対して本土の労働者人民の総反撃をたたきつけよう。
 日帝の参戦の中で、三里塚闘争・北富士闘争もまた、日帝との内乱的激突の火点となった。全学連の実力闘争で4・18暫定滑走路開港を粉砕しよう。
 何よりも学生運動の革命的統一が主客の情勢から完全に射程に入ってきている。われわれは、11・25佐世保を頂点とする昨秋の闘いで、カクマル、日共を打倒し、学生運動統一の展望をつかんだ。九大・広大につづく学生自治会権力の奪取・再建を大目標に、反戦闘争と独法化阻止闘争を大衆闘争として爆発させよう。

 カクマル打倒

 工藤 法政大は何より、1月のアフガン復興会議粉砕の最先頭に立つ。そして首都圏の大学全体を揺り動かすような闘いを法大で実現し、その中でカクマルを引きずり込んで打倒したい。昨年は、カクマル中央派とJR総連派の対立というカクマルの組織分裂をつくり出し、黒田哲学は死んだと言える地平をマルクス主義の復権と一体でつくり出してきました。今年はこれを追撃し、カクマルを70年決戦を上回る破産にたたき込んでいきたい。
 倉岡 ズバリ数です。数が質に転化する。情勢の大激変の中で、根底的な変革のイデオロギーをもった勢力が待ち望まれています。真に帝国主義を打倒して、共産主義を実現することが可能なのだということを鮮明に主張し、実力で闘いぬくならば歴史的決起をつくりだせると思う。それがかかっているのが02年のアフガニスタン・中東反戦闘争であり、改憲決戦だと思う。
 鈴木 九大の自治会権力を、反戦自治会として強力に発展させ、九大単独でも佐世保闘争をぶち抜く力をつけて、アフガニスタン反戦闘争の爆発を切り開きたい。
 桑田 今年の東北大は、昨秋の反戦大行動の地平を発展させ、ストライキに挑戦しようと思う。さらに東北地方の全大学に全学連の旗を立てていく闘いにうって出たい。
 上村 帝国主義に対する学生の怒りを根底から解き放つ闘いをやって、富山大を全学連の大拠点としてさらにうち固めたい。
 井上 アフガニスタン反戦闘争の爆発を、全世界にとどろく闘いとして実現したい。その中で、反スタ・革命的共産主義を全世界に知らしめるというのが大きな目標です。広大はその先頭に立ち、インターナショナルセンターになっていきたい。
 M君へのデッチあげ弾圧や11・28京大弾圧など、権力は全学連の最も先進的な仲間を集中的に弾圧している。彼らを奪還する闘いは反戦闘争と一体です。弾圧に対する大衆的怒りの爆発は日帝打倒の根源的力になっていくと思います。
 司会 どうもありがとうございました。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号10面2)

獄中同志から新年アピール

 獄中で闘う同志から寄せられた新年アピールを紹介します。87年の迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧と闘う須賀、十亀、板垣、福嶋の4人の同志は、日帝権力の不当な超長期勾留を弾劾し、デッチあげ粉砕へ不屈に闘っています。そして無期攻撃と闘う獄中27年の星野文昭同志を始めとする獄中同志のアピールを11面に掲載しました。すべての獄中同志の奪還へ、全力で闘おう。(編集局)

 小泉に加担する政党と労組幹部うち倒せ

 東京拘置所在監 須賀武敏

 時代は再び私たちに30年代的な試練との本格的な格闘を課している。
 世界で最も巨大石油資本と軍需産業の利益を最優先する米帝ブッシュ政権のアフガン侵略戦争の開始は、第三次世界大戦を不可避とする「新たな十五年戦争」の勃発を意味する。
 それゆえ、日本と世界の人民にとっては、この戦雲と格闘し、これを人間の生命力の前に組み伏せる社会革命以外に自己の人間的生存と尊厳を守りぬく方策はない。
 確かに、いま日本と世界の労働者階級がただちに日米欧の帝国主義を一挙に打倒する革命は問題にならない。それはユートピアである。しかし、侵略戦争遂行の国家機構を最後的に解体・粉砕を可能たらしめる社会革命の事業に着手すること――これはけっしてユートピアではない。
 アフガン侵略出兵を開始した小泉反革命の国家改造計画こそ、かつて30年代の皇道派のリーダーがめざした昭和維新革命の再現の道だ。人民にとっては粉砕・打倒の対象でしかない。一切の共存の道はない。
 この小泉反革命の片棒を担ぐ既成の政治勢力と労働組合幹部団こそ、人民の最大の敵だ。労働者の側が彼らを打ち倒す活力をいまものにしないと、逆に彼らの反革命的毒気をくらって精神的に腐り果てる。
 確かに、労働現場で、地域で、学園で彼らを打ち倒す闘いは「人間的能力を極限までしぼりだすことを通してもなお困難な格闘」を日々要請される。しかし、幾多の革命はこの想像を絶する「心臓破りの試練」を突破した先駆的労働者集団の不撓不屈(ふとうふくつ)の営々たる努力の集積から生み落とされたものだ。
 労働者諸君! 学生諸君! 同志諸君!
 いま最も厳しい戦火の極限的な試練に耐えぬき格闘しているアフガン人民の、パレスチナ人民の苦闘を考えれば、まだ日本人民の置かれている環境は「自由に活動の余地のある天国」だ。
 未来に開かれた社会革命のうちに自己の躍動する生命力の充実をみようとする労働者階級こそが、幾十億の被抑圧民族人民全体に耐えがたい飢えと苦痛、迫害と殺りくの生地獄を強制する日米欧の帝国主義強盗団による無差別的な国家的戦争犯罪の断行を厳しく断罪し、粉砕する階級的使命を負っているのだ。
 今こそ、互いに助け合い、励まし合い、一致団結して、小泉反革命の侵略出兵と教育、労働、生活、医療破壊の「大改革」を粉砕・阻止する人民の生存権と尊厳をかけた一大蜂起を、すべての職場、地域、学園から開始しよう。青年労働者と学生こそが、その前衛的主役を買って出なければならない。
 2002年こそ、その決戦の時です。
 互いに力を合わせて頑張りぬきましょう。(獄中16年)

 〈大きさ〉と〈小ささ〉あわせ持つ革命家に

 東京拘置所在監 十亀弘史

 小泉純一郎の発言はどれ一つとして許せないとしても、とりわけ、日本の労働者の現在の窮状について述べた次の発言は、絶対に許せません。「戦時中と比べれば天国だ。アフガニスタンの状況と比べれば天国でしょ」
 労働者に塗炭(とたん)の苦しみを強いているのは一体誰だというのか。人民を爆殺するアフガン侵略戦争についに参戦したのは一体誰だというのか。われわれの未来には失業の地獄か戦争の地獄か、その二つしか選択肢などないとでもいうのか。いや、実際には小泉は、その発言を超えて、人民を大失業にたたき込むことをとおしてさらなる大戦争を準備しようとしているのです。
 20世紀の末期から、世界の帝国主義は発展の余地の一切を失い、すべての衣装を脱ぎ捨てて、その無残な本質をむき出しにしてきています。「9・11」はその動向を一挙に加速させました。帝国主義の最後の言葉は暴力そのもの、巨大で凄惨(せいさん)な軍事力そのものです。したがって、恐慌から戦争へ、大恐慌から大戦争へ、それだけが帝国主義の必然なのです。
 しかしそんな必然は、断じてプロレタリアートのものではありません。労働者は失業を拒否し、戦争も拒否し抜くことができるのです。そのために固く団結して、帝国主義を打ち倒す新しい労働運動を築き上げることができるのです。革命とは、資本の強いる必然を打ち砕き、世界を人民の自由な意思のもとに再構築することです。労働者は自己の解放をとおして、まさにその革命を成し遂げる巨大な力を有しています。
 革命家は〈大きさ〉と〈小ささ〉を同時に持たなければなりません。すなわち革命家は、人間の全的な解放を目指す遠大な思想と構想を常に鍛えていなければならず、同時に、いま眼前にいる最も身近な人びとの切実な日常の苦しみや歓びに深く共感し、それらをしっかりと受けとめなければなりません。
 理論に学び、現場のど真ん中に学ぶということです。問題の根源をつかみ、空論を吐くなということです。人びとからの信頼はそこにこそ生まれます。そして、納得と信頼を基礎にしなければ、党の前進はあり得ません。
 歴史の動きは本当にダイナミックです。変わり始めれば、必ず一気に変わります。党勢の倍増は実際にそれを実現すれば、とりわけ青年層においてたちまちに、その倍の倍増、倍の倍の倍増を生み出します。
 世界史の激変は、遠くなく始まります。あらゆる面で、そのすさまじいダイナミズムに、最も根底的に、最も具体的に、そして最も実際的に備え構えきっていること、それこそが革命党の任務そのものです。2002年を、全力で闘い抜こう!(獄中16年)

 爆取デッチあげ粉砕を大胆に民衆の中へ

 東京拘置所在監 板垣宏

 「『戦時』には人権はない」という時代が始まろうとしています。この先取りとして迎賓館・横田爆取デッチあげの私たち3人と福嶋氏への獄死攻撃があります。15年間も未決勾留という未曽有(みぞう)の憲法無視の反動攻撃はそれを示すものです。
 警察官は、13年間も「立証」を続けながら、「証拠」を何ひとつ示せず、「立証」に失敗しています。裁判所は無罪判決を行って、私たちを無条件で釈放するしかないのです。しかし逆に、長期不当勾留はなお続き、裁判官が「有罪」「重刑」判決をたくらんでいることは明白です。証拠もなく立証もないのに、権力が「あいつは犯人だ」と名指ししたら、すべて「犯人」であるとする戦時型、予防反革命として本件爆取デッチあげはあるのです。
 さらに「爆取」は、日帝・小泉政権のアフガニスタン出兵・参戦国化=中東・アラブ・アジアへの侵略戦争への突入の中で、新たに「爆弾テロ防止国際条約」と関連して、天皇の「おふれ」としての憲法違反の「裏方」的存在から、一気に憲法を超える上位の位置づけを与えられ、治安弾圧体系の頂点に据えられようとしています。
 これと組対法やこの間の一連の戦争法、治安弾圧法、司法改悪の動きが一体化して運用されれば、恐るべき暗黒社会となります。国内・国外を問わず、あらゆる民族解放闘争や日本の反戦・労働運動、市民運動も「爆弾テロ」と権力に一方的に決めつけられて、何の証拠も関連性もないのに、逮捕、拘禁、資金没収、弁護権の剥奪(はくだつ)、重刑、組織解体の危険にさらされることになるのです。
 こんなことは許せません。爆取デッチあげ粉砕の闘いをもっと拡大し、大胆に民衆の中に持ち込み、全労働者人民の闘いにしていこう。戦争と大失業の小泉政権を打倒しよう。闘うアラブ・アジア人民と連帯し、侵略を内乱へ! 革共同第6回大会路線で武装し闘い抜こう。勝利はわれらにあり! ともに闘わん!(獄中16年)

 労働者階級を土台に全世界人民の連帯を

 東京拘置所在監 福嶋昌男

 2002年の関頭にあたり、私は次の3つの闘いを踏まえて前進したいと決意しています。
 第1は、福嶋裁判闘争での無罪戦取です。第2は、対カクマル戦争の勝利の確認と実践化です。第3は、帝国主義段階論と帝国主義世界戦争論の主体化と実践化です。
 革共同第6回大会はすべての獄中同志奪還の闘いを鮮明にしました。福嶋裁判闘争は第1に、本件が中核派の日本階級闘争の武装的発展に対する階級的な報復弾圧であることを暴き、第2にデッチあげであるが故に「共謀の上」は最初から不明であり、第3に権力の「間接事実の集積」なる立証は「共謀の上」を明らかにするものではないことを暴き、小島筆跡鑑定は鑑定文字の希少性・恒常性の前提条件を破壊していることから、デッチあげありきの鑑定に過ぎないことを明らかにしています。この勝利の地平を固め闘います。
 私たちは、革共同の歴史的闘い、党建設の闘いの柱が対カクマル戦争の基本的勝利にあることを確認することです。革共同は黒田・カクマルとJR総連の分裂をつくり出しました。さらに楔(くさび)を強めるときです。この楔の力は労働者の中へ――革命的大衆行動によってかちとられ威力を発揮します。
 米・日・欧州帝のアフガニスタン・中東侵略戦争との闘いは帝国主義段階論と帝国主義世界戦争論の主体化による国際反戦闘争で切り開けると確信しています。プロレタリア世界革命論は革命党、労働者階級の闘いを基軸・土台として農業・農民問題、民族・植民地問題を戦略的に位置づけた反帝国主義・反スターリン主義世界革命の旗のもと万国の労働者階級と被抑圧民族の団結によってかちとられます。ここにこそ9・11反米ゲリラ戦争は受けとめられ、日帝の自衛艦隊派兵・戦争国家化阻止の闘いで、イスラム諸国人民との連帯もかちとられます。福嶋裁判闘争は獄中同志の闘い、多くの闘う人民と連帯し、みなさんと一緒に闘い抜きます。(獄中9年)

 無期弾圧と闘う力で日帝打倒、人間解放を

 徳島刑務所在監 星野文昭

 昨秋、「9・11」とそれへの「報復」の名による侵略戦争、「第3次大戦につながる踏み込み」による大恐慌と大失業の激化に対して、それと闘う新たな労働者人民の隊列と運動を大きくかちとりつつあります。
 70年闘争によって体制そのものを揺るがされた日帝が、延命をかけてその闘いを圧殺しようとしたのが、破防法とカクマル反革命、そして、71年11・14への殺人罪デッチあげによる無期・重刑攻撃でした。11・14の中で機動隊員1名が死亡したことに対して、私の無実を百も承知で、実に卑劣な手段で6人のうその供述をデッチあげ、公判で、5人が「目撃していない」と撤回し、残り1人も証言拒否し、それを再審において「目撃していない虚偽供述」であることを証明しても、なお、私に対して無期を強い、2000年2月に再審を棄却したのは、70年闘争の圧殺と70年を継承発展する今日の闘いを恐慌と戦争の今日の時代に圧殺しようとするものです。
 私への弾圧は、有期と画然と違う、死そのものを強制し、生きる意志さえ奪う無期の徹底性において画期をなす弾圧です。この弾圧を覆すことが体制的体重をかけた極限的弾圧を覆し勝利していく内容・力を獲得し、日帝打倒・人間解放をかちとっていくものです。
 階級的全領域の前進への「再挑戦」をかちとっていく上で、「星野(=全弾圧)」の領域において、「その闘いの主体として、獄中、家族を、さらに労働者人民をそして党を措定し、位置づけ、その主体的力を解き放つ」、そのような取り組みと内容形成をしてきたのかという点で、明らかな立ち遅れ、制約性があり、そのことが、獄中、家族への計り知れない困苦の集中をはじめ、否定的なものをも生んできた。そのことを身を切るような自覚的闘いによって克服していくことが最も核心的に問われています。
 @過去の闘いへの弾圧として今日の闘いと切断し、低めるのではなく、今日の闘いへの弾圧に勝利し、70年を本格的に継承発展する今日の闘いに勝利する力を手にするものとして闘う。
 A弾圧のエスカレートに応じた主体的飛躍と真に向き合う。無期の場合、すべてを奪うものだからすべてを奪い返すものになるように、極限化すればするほど生きぬく根源性、闘いぬく全面性、勝利する本格性が問われ、それを創造的に獲得するものとして闘う。
 B弾圧との闘い。「弾圧を恐れず、革命に勝利する」だけでは、精神主義であり、弾圧に日々勝利し、必ず粉砕し早期奪還する、があって究極的勝利の力を養うことができることを確認し闘う。めざすべきは、「早期奪還=釈放」であり、「裁判+保釈+救援」「再審+釈放+救援」の勝利。そのための獄中・家族闘争、全人民的救援運動、全党(救対、弁護団)の取り組みの飛躍です。
 獄中・家族の結合を軸に、獄内外の一体化をかちとり、真に身を置きあい生き闘うこと。自己・家族と全人民の自己解放への希求と力を信頼し、それに依拠し、闘いを通してそれを形成・結集して、その力で帝国主義を打倒し、人間的解放をかちとる。その現実性への確信を深め、その実現の主体的力を獲得する。このことが克服の核心だと思います。
 理不尽な現実を、沖縄と本土、日本と世界の人民と結合した力で覆し、星野再審、解放を一体にかちとるためにがんばりましょう。(71年11・14沖縄返還協定批准阻止・渋谷暴動闘争戦士。デッチあげ殺人罪で無期懲役、異議審闘争中。獄中27年)

 6回大会成功を礎に21世紀革命の勝利へ

 長野刑務所在監 倉持嘉之

 昨年は、21世紀反帝・反スターリン主義世界革命の第一年目にふさわしい勝利と前進をかちとった1年でした。その最核心は、革共同が第6回大会を成功裏に開催したことです。その報告・決定集は、革共同が本格的な革命党への飛躍を実現しようとする強い意欲、21世紀革命を自らの力で実現しようとする強い意志が漲(みなぎ)っています。
 9・11、米帝の軍事中枢・経済中枢を直撃した被抑圧民族人民によるゲリラ戦は、100年間にわたる帝国主義の残酷非道な侵略戦争と植民地支配に抗して戦い続けられている民族解放闘争の不屈の決起の一環としてあり、中東のエネルギー資源略奪のための米帝を始めとする帝国主義諸国による残虐な戦争と支配に対する報復であった。歴史的没落にあえぐ米帝は、直面する新植民地主義支配の破綻(はたん)と国内政治危機・経済危機をのりきろうとやみくもにアフガニスタン侵略戦争に突入している。それは旧スターリン主義・残存スターリン主義諸国を巻き込んだ帝間争闘戦を一挙に激烈化させていくことになります。
 最弱の環的な現実を露呈している日帝は、戦後日帝を宿命的に規定している敗戦帝国主義の現実からの脱却に存亡をかけている。それは、究極的には世界再分割戦−世界戦争での勝利=戦勝国化を狙うものにほかならない。日帝の侵略参戦はこれに大きく踏み込むものです。
 日帝・小泉政権は戦時下での日共、社民の総屈服、カクマルの反米愛国主義的先兵化のもと侵略参戦・戦争国家化に一気に突き進もうとしている。現代の帝国主義国プロレタリアートにとって最も重大なことは、反帝・反スターリン主義世界革命の立場から、闘うイスラム諸国人民と連帯し、帝国主義のアフガニスタン侵略戦争を阻止し、国際的内乱に転化することです。
 この侵略戦争と内乱の鉄火の中で、革共同は本格的なプロレタリア革命、日本革命−世界革命を成就する革命党へと飛躍しなければならない。6回大会の成功とその成果を礎(いしずえ)に、21世紀革命の勝利の展望を実践的に切り開かん。(90年10月武蔵野爆取デッチあげ弾圧元被告、74年1・24カクマル完全せん滅戦闘弾圧元被告、獄中12年)

 02年を党への飛躍の決定的な年にしよう

 東京拘置所在監 水嶋秀樹

 9・11をもって世界史は世界戦争の時代へと回転した。今、求められているものは世界革命を実現する党の登場だ。01年に革共同は91年5月テーゼ以来の実践的苦闘を第6回大会の実現と「規約」「綱領」(大会報告)に結実させて、本格的な世界革命の党としての登場への第一歩を宣言した。
 21世紀冒頭における帝国主義の《侵略戦争↓世界戦争》の開始に対して、レーニン主義の思想・綱領・戦略と実践が反スターリン主義・革命的共産主義運動として完全によみがえり、世界革命実現への前進を本格的に開始したのだ。
 9・11以後の天田書記長を先頭とする街頭宣伝戦、10・21国際反戦闘争の大爆発、11月労働者集会の大勝利、11月「戦時出兵」阻止連続闘争の大爆発は、6回大会路線の勝利性と物質化への巨大な展望を示した。
 われわれは、心の底から革共同の主体的力量と現情勢が要請する任務の大きさとのギャップを見据え、革命的大衆行動と戦闘的労働組合運動をうまずたゆまず戦略的に爆発させ、巨大な大衆運動的高揚をつくりだし、その中で一体的・独自的に党建設の事業に勝利しなければならない。
 結果的・現実的に党としての大衆的認知は、国会議員・都議の戦取として実現され、その勝利は弁証法的に党の内容の決定的飛躍をつくりだす。一切の成果を恒常的に革命的議会主義へと結実化させる必要が絶対にあります。反革命カクマルを完全打倒し、日共との党派闘争に勝利し、党勢拡大闘争に勝利しよう。
 私は、東拘にいることを見据え、世界史的激動下の階級闘争と一体化し、機関紙・誌での自己の維持・強化を絶対的基礎・土台として、「守る会ニュース」と裁判そのものを武器にして、大衆運動をつくりだし、デッチあげを粉砕し、完全無罪を勝取します。
 党への飛躍を実践しよう!(88年9・21千葉県収用委員会会長せん滅戦闘デッチあげ裁判被告、01年5月22日不当逮捕)

 日本革命の勝利かけ獄内外を貫き闘おう

 東京拘置所在監 M同志

 21世紀冒頭、世界史は一気に帝国主義戦争かプロレタリア革命かを問う、激動の時代になりました。9・11反米ゲリラ戦争は、すでに雪崩をうって進行していた現代世界の危機を全面的に顕在化させ、一挙に加速させました。
 この9・11情勢の中で、日帝・小泉政権は敗戦帝国主義的諸制約を突破し、戦争のできる国へと突進しています。自衛隊の大々的な出兵と戦闘行動の強行は、安保・防衛政策の戦後史を一変させるものであり、既成事実をもって、改憲と有事立法に突き進むものです。絶対に粉砕しなければなりません。日帝の侵略戦争政策の展開、それと一体の城内平和づくりと一大資本攻勢を打ち砕くために立ち上がることが求められています。
 労働者階級の中に堪えがたいまでの怒りが確実に存在しています。侵略戦争の最悪の手先となった日共スターリン主義、賃下げ容認・ワークシェアリング推進の連合、9・11情勢の中で、既成政治勢力は「第二インターの崩壊」の再現と言うべき、底なしの裏切りと屈服を重ねています。もはやあらゆる意味で前衛党と呼べるのは革共同しかありません。革共同の21世紀革命の勝利を切り開くレーニン主義前衛党としての飛躍・前進が待ったなしの課題として、私たちに問われています。激動の中で闘い取った6回大会は、その課題を先取りし、勝利の方向を提起しています。
 2002年、反帝・反スターリン主義世界革命の勝利へ、その一環として日本帝国主義を打倒して日本革命の勝利へ、獄内外を貫き全力でがんばりましょう。(私文書偽造弾圧裁判被告、01年6月12日不当逮捕)

 「9・11」の血叫びを受けとめ進撃しよう

 横浜刑務所在監 片山武夫

 帝国主義世界経済の行き詰まりを最深の源とする第3次世界大戦と世界同時不況―29年型世界大恐慌の爆発が、9・11反米ゲリラ戦争と米欧日のアフガニスタン侵略戦争によって急速に現実化した。
 日帝・小泉は、アフガニスタン・中東侵略戦争に「主体的に参加する」「武器使用は(帝国主義の)常識で行う」と言明して参戦し、戦争国家化攻撃と侵略戦争政策を激化させている。それと一体の凶暴な戦時治安体制―城内平和構築攻撃、一大資本攻勢、これらは戦時体制を文字どおり大転換させる一大攻撃だ。
 自衛隊法第81条の2に新設された日帝の「テロ定義」を見よ! これは労働者人民の階級闘争そのものと、その内乱的武装的発展、さらには、日帝に対する被抑圧民族の怒りの闘いなど、そのすべてを「テロリズム」と規定し、軍事力で圧殺・解体することを宣言した。さらに、周知のように警察庁は「警察官けん銃使用取扱規範」改悪で、国家権力に反抗する者にはすべて予告と威嚇(いかく)なしの銃撃容認を明文化した。これら上からの階級戦争を真っ向から打ち砕かなければならない。
 帝国主義に対するパレスチナを始めとするイスラム諸国人民と全世界の被抑圧民族人民の怒りと憎しみ、苦悩、9・11反米ゲリラ戦争という苛烈な結果で具現された血叫びをわれわれは帝国主義国のプロレタリアートとして真正面から受けとめなければならない。
 「闘うイスラム諸国人民・アジア人民と連帯し、帝国主義のアフガニスタン侵略戦争を国際的内乱へ転化せよ」を真っ向から掲げ、日帝権力の弾圧・銃撃・投獄を恐れず、反革命の武装襲撃とその部隊を撃滅し、日帝の参戦阻止・米軍基地撤去・日帝打倒の大衆的反戦闘争の爆発へ大胆に決起しよう。
 革共同第6回大会報告・決定集で武装し、粘り強く党勢拡大と非合法・非公然体制強化の闘いを一体的に推し進め、「21世紀の早い段階での反帝・反スターリン主義世界革命を実現する」強力・強大なレーニン主義前衛党を建設しよう。ともに進撃せん。(91年5・1銃撃弾劾裁判を闘い下獄、獄中11年)

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号12面1)

 ともに闘う各界の人士、議員から寄せられたメッセージ

 アフガン反戦闘争の爆発を 時代開く力は私たちの中に

 国際帝国主義のアフガニスタン侵略戦争の中で迎えた2002年、小泉政権の参戦・有事立法・改憲攻撃、沖縄新基地建設との闘いや、一大資本攻勢と対決し労働運動の新潮流をめざす闘いは重大な正念場にある。ともに闘う各界の人士、議員から寄せられたメッセージを紹介します。(編集局)

 帝国主義の「危機」を歓迎して闘おう
 反戦共同行動委員会代表/全国労組交流センター代表 佐藤芳夫さん

 年頭にあたり、日ごろ私が尊敬する革共同中核派の皆さんに連帯のあいさつを送ります。
 周知のとおり、今日、日本帝国主義はもとより、世界の帝国主義は深刻な経済不況に象徴される「危機」に陥っています。彼らがどんな手だてを使おうが、効果なく破局への道を進む以外にありません。この「危機」を回避しようとすれば「戦争と大失業の道」以外にないでしょう。小泉極反動政権は、アメリカ帝国主義によるアフガニスタンにおけるあらゆる戦争殺人新兵器を使っての人民虐殺を支援する自衛隊の公然たる海外派兵の暴挙、国家的合理化としての官民労働者の大量首切り攻撃を強行しています。「連合」と称する労働組合の国家機構化とその腐敗(自治労のダラ幹を見よ)。彼らは労働者のストライキ権を放棄しているどころか敵視しています。
 革共同の皆さん。皆さんが今日ほど、指導と被指導の理論的な整理・認識を確定されている時はなく、私が尊敬する理由です。皆さんの指導性は、帝国主義の危機を回避せんとするあらゆる勢力と敵対し、帝国主義の「危機」を歓迎する立場を鮮明にしてくれています。皆さんの諸方針は労働運動、反戦闘争など、職場や地域、学園などの大衆的被指導部隊の戦列と闘いの中で間接的に指導性を貫徹しているのです。
 まさに「資本主義の救済者ではなく墓掘り人」としての自力・自闘・連帯の戦士が必要です。それは皆さん方であり、それに領導されている私たちです。
 私は今「重度障害」のため最前線で闘えない73歳の男です。しかし今なお、45年前に石川島重工労組の青年部長であった時代の精神的活力を失わず、これからも可能な限り闘いの一端を担う決意です。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号12面2)

 「帝国主義打倒する労働運動」の実現へ
 全国労組交流センター副代表/東京反戦共同行動委員会代表 三角忠さん

 全国労組交流センターは、21世紀の最初の年となった昨年、これまでの闘いに確信を強めつつ、さらに被抑圧民族、全世界の労働者階級への連帯の架け橋をつくることのできる労組交流センターとして発展しなければならないということを、「9・11」以降の情勢の基本として確認しながら、11・11全国労働者集会に大きく合流して闘いました。
 「9・11」をまさしく自分たちの労働運動の課題として受け止めて、私たちの闘いを被抑圧民族の闘いの課題と結びつけながら闘いぬいてきたのです。
 私たち労組交流センターがその路線に立ったということは、不退転の決意でわれわれの路線を全職場・地域・産別に押し広げていく思想的な確信、運動と闘いの重大な手がかりを手にしたということです。このことを明らかにして、今後闘っていきたいと思います。
 昨年の秋には、全学連の学生たちは27年間もの獄中闘争を闘う星野文昭さんが闘い抜いた71年沖縄返還協定調印・批准阻止闘争の地平を受け継ぎ、佐世保における自衛隊艦隊の派遣に対して、機動隊の弾圧をものともせずその阻止線に突入して闘いぬきました。
 これは単に戦術的な問題ではなくて、重大な思想的な問題を私たちに突き付けています。私たち労組交流センターは、闘う労働運動の新しい潮流の確立をめざしてきましたが、これまでの「資本主義にノーと言える労働運動」を目指す立場から、この立場を一層深めつつ、「帝国主義を打倒する労働運動」へと昨年の秋に大きく舵(かじ)を切りました。
 この間、革マル派は、私が「公安調査庁の工作員と密通している」などというデマを宣伝していますが、まったくのデッチあげです。これは、労組交流センターの組織と運動への破壊攻撃であり、東京都労働委員会から9月13日に勝利命令をかちとるなど、重要な勝利的前進を実現している三一書房争議への敵対でもあります。
 「帝国主義を打倒する労働運動」の内容を労組交流センターの労働運動の強化発展に役立て、この路線の実現の先頭に立つことを皆さんにお誓いして、新年のあいさつとします。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号12面3)

 戦時治安管理体制への転換に反撃を
 とめよう戦争への道! 百万人署名運動 小田原紀雄さん

 9月11日を画期として、世界の治安管理体制は、アメリカを頂点とし、G7が総体として戦時治安管理体制へ移行するというグローバリズムと同時に一体化する体制に大きく転換した。
 2000年秋に国連で調印された国連組織的犯罪防止条約は、それぞれ調印した国の国内法によって事情が若干異なるにせよ、総体としていわゆる「民主主義」なるものの常識をはるかに凌駕(りょうが)するものであった。犯罪組織であると国家が認定した組織、またはそれに関係する合法団体への参加(カンパ等参加形態は問わない)そのものが犯罪であるとか、実行行為の有無に関係なく共謀すれば共謀罪が適用されるなど、日本では現行刑訴法などまるであってなきがごとき条約の内容である。これを2002年秋までに国内法との整合性をつけて批准するという動きが続いており、われわれはそれへの反撃を準備してきた。
 しかし、「戦時」は「超法規」であり、「対テロ」という名において、この国連組織的犯罪防止条約は実態として超えられてしまった。
 周知のようにアメリカではアラブ系の人びとに対しては何をしてもかまわないという状態がすでに3カ月以上にわたって続いている。微罪逮捕などという生やさしいものではない。容疑そのものなどどうでもよく、とにかく勾留して吐かせる。何もやっていないことを承知で人間関係を洗い出そうとしているのである。「人権」などという近代の常識など「戦争勝利」のためには無価値であるかのようでさえある。
 同様の事態は日本ではまだ出来(しゅったい)していないが、自衛艦の紛争地への出動などに明らかなように、「超法規」的事態は進行しており、「有事」体制構築に向けて治安管理もアメリカにならえということになるであろう。権力にとって好機到来である。
 こうした状況は、おそらく145国会より格段にハードな攻勢としてわれわれに襲いかかってくるに違いない。21世紀初頭は激烈な闘いの連続である。全力で闘い抜きたい。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号12面4)

 反戦の闘いを広げ世界の仲間と連帯
 反戦共同行動委事務局長 滝口誠さん

 今アフガニスタンでは、何世紀に一度あるかないかの大干ばつの中で百万人単位で人びとが餓死に追いやられている。そして、貧しすぎて難民にもなれない人びとの頭上に米英軍は近代兵器を総投入し、兵力では1万分の1のアフガニスタンに対し、無差別爆撃を繰り返している。
 こうした中で、米軍需産業のボーイング社やノースロップ・グラマン社、ロッキード・マーチン社などは「特需」に沸いていると言われている。こうした事例一つとっても10・7をもって開始されたアフガニスタン戦争は、帝国主義強盗どもによる残虐な侵略戦争そのものである。この侵略戦争に小泉政権は、自衛隊を参戦させたのだ。
 今、日本を始め各国帝国主義は、タリバン政権崩壊後を見越して、新たな政権構想などを立て、アフガニスタンの分捕り合戦に全力をあげているのであり、「難民救済」どころか一層の戦乱、犠牲の極限化である。断じてこのようなことを許してはならない。
 「アフガニスタン人民虐殺を今すぐやめろ」「日帝の参戦を絶対に許すな」、そのために全力で闘うことを決意する。「戦争でしか延命できない帝国主義は打倒せよ」という立場を鮮明にし、不屈に闘い続けるパレスチナやイスラム諸国の人びとや、世界各国の闘う仲間と連帯し、巨大な反戦闘争をなんとしてもつくり出そう。
 特にアメリカの労働者階級が9・11事件の凄惨(せいさん)な苦しみをのりこえ、国際主義的な精神をみなぎらせ、全米百数十の大学や、職場、地域で新たな反戦闘争に立ち上がっている。この「崇高」な決起にこたえよう。
 闘いはこれからである。
 教科書闘争を始めとする昨年の闘い、とりわけ11・11労働者集会で切り開かれた地平に立って、「テロ弾劾」論で侵略戦争を容認し協力する日本共産党や反革命・革マルの敵対を粉砕し、世界の闘いに合流する国際反戦闘争の新たな構築に踏み出そう。
 ともに闘おう。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号12面5)

 21世紀の平和を護る出師表
 在日台僑元日本兵 林歳徳さん

 資本主義発展と侵略戦争人間の愚かさを思うに、19世紀から20世紀までの200年間は、白人帝国主義とイエローヤンキー日本帝国主義者のアジア侵略史だった!
 資本主義とは、弱肉強食する悪い人間の考えと行為である。その発展過程で己を一層強く生きるために、強者と強者が生存競争を行うのが侵略戦争である!
 宇宙のごく小さい星が地球である。地球上に生まれた人間本来の姿は、裸で生まれ自然に生・老・病・死で着のみ着のままの姿で土に還(かえ)えるものです。仏教語では「生不帯来、死不帯去」という。すなわち、生は死の起点、死は生の終点である。人間はそれを阻止することはできない。儚(はかな)いものである。
 人間は動物の霊長であるという。霊長とは言語・物作りの知識をもつ高等動物のことだ。いかなる動物でも同じ一つの「生命で生滅」するものである。しかし、人間は虎(とら)よりも悪い!
 満腹の虎は面前にある獲物に見向きもしないが、満腹の人間は子孫に財産を遺(のこ)すため、あらゆる悪手段を尽くしても、他人の物や生命を奪う。抵抗した者は殺す。これが帝国主義の侵略戦争である。
 この帝国主義侵略魔をつくったのは「組織的人間管理と教育」によるものである。侵略魔とは美女の姿に化けて、人間の血を吸い、肉を食う妖怪(ようかい)である。善良な私達が侵略魔に闘い勝つには、「信念・臨機応変・団結」が必要である。
 ここに闘う日本人民と共に闘う私が、闘うアジア人民に「21世紀の平和を護(まも)る2002年」の『新年出師表』(注)を贈ります。

 起て! 日米英露帝国主義侵略魔の餌食となることを望まぬアジア人民よ! 今、アジア民衆に最大の危機迫る。われらが最後の雄たけびをあげる時だ。

 起て! 起て! 起て! もろびと心を一つに敵の砲火をついて進め! 進め! 進め!

 林歳徳(84歳) 
 二〇〇二(壬午)年 元旦

(注)出師表(すいしのひょう)=諸葛亮が劉備没後、魏を討つため出陣するにあたり、後の君主、劉禅に奉った前後2回の上奏文。出師は軍隊を出すこと、出兵。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号12面6)

 ヒロシマ・ナガサキ再来許さぬ闘いを
 反戦被爆者の会会長 大槻泰生さん

 2002年の年頭にあたって、私たちの運動が本当に正念場を迎えたという思いを強くします。
 「テロ根絶」と称して、今、アフガニスタン・中東で行われている米英軍による人民の大虐殺は、かつて、ヒロシマ・ナガサキへと帰結したあの帝国主義侵略戦争の再来そのものです。「くり返すな! アジア侵略、ヒロシマ・ナガサキ」を掲げ闘ってきた者として、私はこの現実を絶対許せません。
 そもそも、あの9・11の事件はなぜ起きたのか、イスラム諸国人民の怒りと恨み、憎しみのもつ厳しさを私たちは真剣に考えてみなければなりません。
 アメリカ帝国主義者どものあまりの暴虐さに対して、イスラム人民の忍耐が限界を超えるところまできていたことの証明ではないでしょうか。アメリカ帝国主義は、その侵略戦争を繰り広げ、中東ではイスラエルのパレスチナ人民の大虐殺に手を貸し、中東の石油利権を独占しようとするなど、一貫して世界中を自らの支配下に組みこもうと画策しています。
 一方、日帝小泉政権は、今日のアメリカの動きを見据え、「テロ対策」と称して、憲法を無視し、「参戦三法」を成立させて自らの中東石油の利権をかけて新たな本格的な侵略戦争へと踏み込みました。
 私はこのような情勢の中、被爆者自身の自覚と団結によって被爆責任=国家の戦争責任を徹底的に追及し、われわれと子どもに対する一切の差別、抹殺攻撃に対して仮借なく闘いを起こして、生活と医療をわれわれの手に取り戻し、朝鮮人被爆者を始めとする朝鮮・アジア人民と連帯して最後の血の一滴まで闘いぬかなければならないと考えています。
 戦争は最大の差別であり最大の被害者は労働者人民です。そしてそれを食い止める力を持っているのも労働者人民であります。今こそ、渾身(こんしん)の決起が必要です。二度と侵略の銃を取らないと決意した私は、昨年11月、被爆地広島の原爆ドーム前で「自衛隊の戦争参加反対・アメリカは『報復戦争』をやめよ」の抗議のハンガーストライキを行いました。
 「個人のテロは犯罪であり、国家のテロは英雄視される」状況は糾弾されなければなりません。8・6ヒロシマ−8・9ナガサキの再来を許さない闘いを決意して闘いぬきます。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号12面7)

 反戦運動の前進で自衛官を獲得する
 反戦自衛官 小多基実夫さん

 全国の闘う仲間の皆様に、新年のごあいさつを申し上げます。
 9・11を契機として開始された米・国際帝国主義のアフガニスタン−新植民地主義体制諸国への共同侵略は、われわれを含む世界のプロレタリアートに21世紀の前半をどういう時代にするのか、と厳しく選択を迫っているものと考えます。
 「十字軍」を語って「正義の報復戦争」なるものを開始したブッシュは、逃げ出すことすらできないアフガニスタンの被災民たちに銃弾と爆弾の雨を降らせて、無差別の殺戮(さつりく)をくり返し、「アメリカに逆らうとこのように破壊と殺戮を行うぞ! ビンラディンを殺し、タリバン政権を解体してもこの戦争は終えない。次は、イラクか、フィリピンか、北朝鮮か」と、世界を恫喝しています。
 そして、この戦争の日本側の参謀格ともいうべき志方俊之(元陸自北部方面総監、現東京都参事)は、「20世紀は戦争と革命の世紀であったが、21世紀はテロと報復の世紀だ」と、参戦への意気込みを語っています。
 いきなり生活の場を戦場とされ、連日一方的に殺され続けているアフガン人民に、自衛隊兵士は深く思いをいたし、いかなる米軍支援も、いかなる出兵も断固拒否しなければなりません。自衛隊兵士はアフガニスタン・中東人民に侵略の銃を向けるな!
 同時に訴えたいことは、いま日本人民の中で、ある意味で最も悩み、恐怖し、苦しんでいるのは、派兵部隊の自衛官とその家族だということです。反戦運動は、この苦しみに接近し、どこまでも「侵略戦争の先兵として派兵される兵士たる人民」の苦しみとそこからの解放という点に今ひとつの闘いの基準を絞りあげて闘っていくべきと、自分に言い聞かせています。
 志方に対抗して言うのではありませんが、「21世紀を、帝国主義の世界戦争、侵略戦争に、世界の労働者人民と被抑圧民族が完全勝利をおさめる世紀」にしようではありませんか。そのスタートの年として、全国の仲間とともに闘いぬきたいと思います。
 アフガニスタン出兵阻止! 苦悩する自衛官とその家族を獲得する反戦運動を!

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号12面8)

 「女たちの反戦全国キャラバン」出発へ
 相模原市議会議員/婦民全国協代表 西村綾子さん

 「戦争は命かけても阻むべし。母、祖母、おみな牢(ろう)に満つるとも」の決意をこめて、新年のごあいさつ申し上げます。
 9・11の事件とアフガニスタン侵略戦争の始まりは、私たちに世界革命の必要性をかつてなく切実に知らしめました。
 アフガニスタンの子どもたちに静かな空と大地をどうしたら取り戻せるのか。地球上で飢餓と貧困に苦しむ20億の人びとをつくり出している現実をどうしたら変えられるのか。二度とアジアの人びとに銃を向けないとの誓いをどうしたら貫けるのか。待ったなしに問われています。
 アメリカを先頭に世界の帝国主義諸国が、経済危機のがけっぷちで石油や天然ガスなどの資源と新たな市場獲得をめぐる侵略戦争に踏み出した以上、このままでは第三次世界戦争は避けられないでしょう。小泉内閣もその奪い合いに加わって生き延びようと、ついに自衛隊を参戦させ、さらに有事立法、改憲を強行しようとしています。
 「もう労働者市民の命やくらしなど保障する余裕はない。聖域なき構造改革断行だ」と言うのですから、私たちが生きるためには小泉内閣を打倒するしかないではありませんか。
 でも希望の光は確実に輝き始めました。アメリカで、ヨーロッパで、アジア各地からも戦争に反対する確かなうねりが、地響きが聞こえてきています。
 この国にも、動労千葉や国労闘争団を始め、不屈に闘う労働者の運動が力強く前進しています。また沖縄や三里塚や北富士の粘り強い闘いがいよいよ輝きを増しています。
 私の住む相模原は戦前戦後をつうじて軍都でした。今も兵站(へいたん)基地として戦場に直結していますし、日々爆撃機などの爆音被害に悩まされています。この被害と加害の現実を根底から変えることと、労働者市民の命とくらしを守ること、社会福祉の充実や子どもたちの教育を守ることは、すべて一つながりです。
 反戦を貫く議員こそが労働者市民の要望にこたえ、ともに進むことができるし、市民の信頼と力を信じて立つ時、相模原から世界の労働者階級と連帯する国際反戦闘争に合流できると確信しています。
 婦人民主クラブ全国協議会は、国際反戦闘争の旗を掲げて、今年の3・8国際婦人デーを最大の決意と夢をかけて闘います。そして3・8に向けて、戦前の国防婦人会や皇国少女の負の歴史を繰り返さないために……、全国に散在する戦争に反対する女性たちの思いを一つに紡ぐために……、「女たちの反戦全国キャラバン」を実現します。
 皆様のご支援をよろしくお願いします。

------------------------TOPへ---------------------------

 

週刊『前進』(2036号12面9)

 基地全面撤去を掲げ 沖縄闘争の勝利開く
 革共同沖縄県委員会

 全国の同志及びすべての「前進」読者の皆さんに、革共同沖縄県委員会から新年のアピールを送ります。
 昨年の9・11反米ゲリラ戦争、米帝を筆頭とする国際帝国主義によるアフガニスタン・中東侵略戦争の開始は、21世紀がいかなる時代なのかを一点の曇りもなく鮮明にさせると同時に、今世紀冒頭にあたって革共同が宣言した「21世紀のそう遠くない時期にプロレタリア世界革命を成し遂げる」ことを迫るものとなった。
 ものごとはいよいよ鮮明になってきた。帝国主義の侵略戦争、世界戦争への道に屈服し三たび人類の大災厄に引きずり込まれるのか、それともこの時代を、帝国主義の基本矛盾の爆発、命脈尽きた死の苦悶(くもん)ととらえ、その打倒=全世界の労働者階級人民の歴史的解放に向かってわれわれもまた命がけで決起するのか、この2つ以外にいかなる道もない、そういう歴史の大転換点に立ったのだ。
 われわれは今進行している事態を真正面から見据えなければならない。帝国主義が生き残るためには、人間としての尊厳と生存をかけて闘う被抑圧民族人民の決起に対し「テロの根絶」と言いなし、無差別の皆殺しもよしとする帝国主義の悪逆無道を。そしてこの帝国主義の攻撃に対し幾千万の犠牲をも顧みず不屈に闘い続ける民族解放闘争の歴史的うねりを。問われているのは帝国主義本国のプロレタリアートだ。われわれ自身だ。
 わが革共同は昨年歴史的な第6回大会を成功させ、その中で20世紀の根底的総括の上に、あえて言えば9・11(情勢)を「予言」し、これと真っ向から対決し勝利する道筋を明らかにした。すなわち自国帝国主義の侵略戦争に対し、闘う被抑圧民族人民、労働者階級の国際的連帯と団結をめざし、断固として内乱を対置することである。それ以外に勝利の道はないことは明らかだ。
 見よ、帝国主義者よりも自分たちの方が「テロ根絶」を強調していると誇る日共スターリン主義を。「テロ根絶」「経済危機突破」をスローガンに労使一体の決起を呼びかける連合を。マルクス、レーニンが提起した階級的真理と革命的実践方針と課題が今、教科書どおりの姿をとって今日の情勢となっている。
 われわれは2001年決戦を猛然と闘い抜き21世紀の社会主義革命勝利へ主体的戦列を確立することに成功した。2002年の課題と任務は何か。言うまでもなく第6回大会路線を全面的に物質化することである。9・11―10・7をもって、アフガニスタン侵略戦争へ、日帝は古典的ともいえる形で帝国主義としての絶望的飛躍すなわち侵略戦争参戦へのめり込み始めた。この中で2001年の沖縄の客体的、主体的情勢は、今あらためて本質的、現実的、実体的な情勢決定要因としての革共同の歴史的登場を要請している。
 9・11によって沖縄の情勢は一変した。SACO、「振興策」など帝国主義者のたわごとや、主体の側の中間主義的、体制内的な幻想が一挙に吹き飛ばされ、現代世界において帝国主義存立のための不可欠の「かなめ石」としてのみ存立せしめられている沖縄の根本問題が爆発的に露呈しているのである。
 帝国主義(米軍基地の存在)を前提にする限り沖縄の未来は百パーセント「第2の沖縄戦」であることが隠しようもなくあらわとなったということだ。「米軍基地撤去=沖縄奪還、安保粉砕・日帝打倒」のスローガンは、沖縄人民の歴史的解放を実現する唯一の道筋であるとともに、革共同・全日本プロレタリアートの「闘うイスラム諸国人民と連帯し、帝国主義の侵略戦争を国際的内乱へ転化せよ」を実現する最前線的、基軸的闘いである。
 5・15復帰30周年、2月名護市長選挙・11月県知事選挙を始めとする沖縄の政治決戦の年でもある2002年は、どの年にも増して重大な決戦の年である。革共同の飛躍をかちとり、2002年の沖縄闘争の歴史的勝利を切り開くために、われわれは全国の最先頭で闘う決意である。2002年を沖縄カクマル完全打倒の決定的な年とせよ。名護新基地建設、那覇軍港の浦添移設を阻止し、基地の全面撤去をかちとれ。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号13面1)

 差別徹底糾弾貫き狭山・反戦に総決起
 部落解放同盟全国連委員長/東大阪市議会議員 瀬川博さん

 新年にあたり、私たち全国連は、まず何よりも米日帝国主義によるアフガニスタン侵略戦争に反対する命がけの闘いに決起することを決意します。
 小泉政権は昨年11月以来、公然と侵略戦争に踏み出しています。日本の軍隊・自衛隊が大艦隊をインド洋に出兵させ、米軍を支援して日々アフガニスタンに爆弾の雨を降らせ、人民をみな殺しにしているのです。こんなことを、一刻も早くやめさせなければなりません。全国連は、民族自決を要求して闘うアフガニスタンやイスラム諸国の人民に心から連帯して闘います。
 全国連も昨年、佐世保現地に駆けつけ、機動隊と激突する全学連の学生や労働者とともに出兵阻止の闘いに立ち上がりました。今年は、自衛隊派兵をぶっ止めるさらに激しい闘いに立ち上がります。
 また、この3月で同和対策事業も全廃されます。このことが差別者を勢いづかせ、大阪の大東市では「部落の婚姻届は受け付けるな」とか「部落民は子どもを産むな」などという差別電話や落書きが役所に対してくり返し行われています。同和事業全廃攻撃が、これまで考えられなかったような悪質な差別事件を頻発させているのです。
 また、事業の全廃そのものが、ただでさえ大不況―首切りの犠牲を真っ先に押しつけられている部落民に、さらなる生き地獄を強制するものです。全国連は差別徹底糾弾の旗のもとに団結を打ち固めて、生活と権利を守るために総決起します。
 狭山異議審闘争でも決戦は待ったなしです。昨年、青年・学生解放研が3日間の座り込み闘争を貫徹しました。この若い力を軸に大衆的実力糾弾で、今年こそ事実調べ―再審を開始させる決意です。
 3月3〜4日、第11回大会を開きます。今こそ、全国連は300万部落民に影響力をもった組織へと発展しなければなりません。そのための本格的な組織建設にうって出る大会です。すべての皆さんに参加を呼びかけます。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号13面2)

 桧丸尾入会林死守 梨ヶ原奪還しよう
 北富士忍草母の会事務局長 天野美恵さん

 全国の皆さん。本年も変わらぬご支援をよろしくお願い致します。
 アメリカがアフガニスタンへ爆撃を開始している真っただ中の昨年11月5日から、米海兵隊は北富士で実弾演習を行いました。私たちは、梨ケ原入会地無断使用の米軍演習に対し、演習場入り口にベニヤ板80枚の大看板を立て、絶対反対の抗議をたたきつけました。
 ベトナム戦争当時、海兵隊は北富士で長距離砲の実弾演習をしてベトナムに出撃していきました。忍草母の会は、「富士をベトナムにつなぐな」というのぼり旗を立てて、演習場に座り込み、米軍演習を阻止してきました。
 北富士演習場とされている梨ケ原は、忍草農民の入会地です。私たちの「入会地無断使用反対」の闘いの前に、政府は何度も「梨ケ原に対する忍草農民の入会慣行を将来にわたって尊重する」ということを確認してきました。
 また東京地裁も、私たちの入会小屋を防衛庁が強制撤去したことに対して、防衛庁に損害賠償を命ずる判決を下しています。だから、私たちが演習場に突入して演習を実力阻止しても、逮捕することができないできたのです。
 ただ彼らは、金で私たちを崩して、その崩れた人たちと契約を結んで演習場を使っているにすぎないのです。入会権がなくなったわけでも、私たちの闘いが不法になったわけでもありません。
 私たちは、梨ケ原入会地無断使用反対、入会地奪還、演習場撤去の闘いをあくまで貫く決意です。
 また、「桧丸尾(ひのきまるび)地区には、忍草農民の入会権はない」という不当な判決が数年前に下りましたが、私たちの正義の闘いの前に、県は私たちの桧丸尾入会の森に手出しができないでいます。
 桧丸尾入会林をあくまで守り、梨ケ原奪還まで、政府、山梨県と全力で闘うことをお誓いし、新年のごあいさつと致します。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号13面3)

 三里塚農民と連帯し平和の時代開く
 全関西実行委員会代表世話人/淡路町空港反対同盟代表 永井満さん

 戦争と殺戮(さつりく)の20世紀が終わり、新しい世紀を迎えた昨年、誰もが平和と繁栄の世紀となることを希求した。しかしその期待は無残に打ち砕かれ、21世紀は劈頭(へきとう)から、血なまぐさい大量殺戮の惨劇で幕を開けた。
 9・11事件は世界を震撼させたが、これに対してアメリカ・ブッシュ政権は武力による徹底的報復攻撃を行っている。暴力による報復はさらなる報復を生み、けっして問題の解決をもたらさず、憎しみの連鎖反応を引き起こし、遂には世界戦争につながることを警告する、世界の良識ある声はまったく省みられない。
 アメリカに協力しない者はすべて敵とみなす傲慢不遜(ごうまんふそん)、独善的姿勢、そしてほとんど戦術核並みの破壊力を持つ燃料気化爆弾やクラスター爆弾を、ただただ人間を殺す目的で使用すると公言してはばからない残酷さ。こんな行為が「正義」の名のもとに続けられている。表面をいかに飾ろうと、これが帝国主義というものの正体かと慄然(りつぜん)とする思いである。
 これに対し、わが国の小泉政権は、アメリカによる軍事力の行使に賛成し、これに全面的に協力することを公言し、憲法の制約を取り払いインド洋に自衛艦を派遣した。かくしてまさに「戦争と大失業」の『暗黒』の時代の幕が切って落とされたのである。
 一方、三里塚では、政府・公団は一昨年末より強行してきた「暫定滑走路」建設工事を終え、今農民の頭上40bの超低空で試験飛行を繰り返している。直下の農民はまさに殺人的な航空機騒音を連日のごとく浴びている。激烈な騒音(それはしばしば痛音と表現される、ほとんど人間の耐え得る限度をこえた爆音である)によって農民をたたき出そうとしている。機動隊を先頭にして暴力と金銭の誘惑によって屈服を迫るやり方は、まさにアメリカ・ブッシュ政権のアフガン戦争と軌を一にするものである。われわれ関西の住民、闘う仲間は、固く三里塚の農民と連帯し、最後までともに闘い抜くことを年頭にあらためて決意する。
 この内外非常の時、闘う人民に求められる期待と責任の重大さを痛感する。徹底的に闘い反動の流れをとどめ、打ち破り、反戦平和の時代を切り開くのか、時代の流れに翻弄(ほんろう)され、なすところなく押し流されてしまうのか。闘いなくして勝利なし!
 この年、三里塚を始め、全国の闘う仲間と固く連帯し、全力で闘うことを年頭決意する。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号13面4)

 人間らしく生きられる社会を
 沖縄反戦地主/読谷村議会議員 知花昌一さん

 名護新基地建設や楚辺通信所内所有地の強制使用と闘う知花昌一さんが支持者・団体に寄せたメッセージを紹介します。(編集局)

 いつも思うのですが、新年のあいさつである「あけましておめでとう」「謹賀新年」「賀正」等と喜びの言葉を、私は素直に使えない。特に今年は強くそう思う。
 世界中の戦争に参加できる道を開き、戦争のシンボル国旗国歌が強制され、権力による盗聴が公然となされ、「自衛隊」が戦場に派兵されて行く、憲法調査会で9条改憲論議が進行する。明らかに憲法違反の法律が数によって成立され、戦争体制が進行している現実がありながら、阻止できないもどかしさ、悔しさが、そうさせている。
 私たち反戦地主が米軍用地特別措置法の違憲性を争った裁判の判決も、安保優先になった。この法律は、国が、沖縄県収用委員会の強制使用審議の最中に、負けそうになって急にルールを変え、使用期限が経過しても、収用委員会が使用申請を却下しても暫定使用することができるとしたこと(憲法29条、31条違反)、遡(さかのぼ)って適用することができるとしたこと(憲法39条違反)、沖縄の反戦地主と土地のみを狙い撃ちにしたこと(憲法95条違反)。
 沖縄では大きな反対運動が起こり、本土においても、世論調査では65%がおかしいとされたが、衆議院では90%、参議院では80%の賛成で、逮捕者まで出るような闘いを組んだが強行成立された。
 判決の結果は「象のオリ」の占拠389日の遡及(そきゅう)適用は「適法であるとは言えなく、国家賠償の責任を負う」として一部勝訴ではあったが、米軍特措法の暫定使用は「日米安保条約の実施上の重大な支障を回避するため」であり、憲法に違反するとは言えない、とされた。
 「103が10に負けた」(注)と反戦地主の一人は叫んだ。憲法が安保に負けたのである。日米安保がすべてに優先することが露骨に見えてきた。
 数のみを正義とする国会、違憲審査権を放棄した裁判所、米国の手下を自認する政府、今の日本そのものが見えてきた。戦争体制を止め、人間らしく生きえる社会を実現できるために、悔いの残らない一年にしたいものです。
(注)103条からなる憲法よりもたった10条の日米安保条約が優先された

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号13面5)

 その苦しみは私たちのものだから
 沖縄民権の会 座覇光子さん

「本日の集会は三千三百名余の参加者をもって大成功を収めました」
しかし、アフガンの戦争は終わらない
止められないでいる私たち
見えない民衆の苦しみを
心の目で見つめよう
叫びに耳を澄まそう
この冬の寒さに耐え幾年月
闘いの日々を送ったであろう
獄中の同志たちよ!
虐げられしホームレスの詩に
共感の心を寄せた十亀同志
何より十年余、二十七年余という
長い年月の重さにこたえる言葉もない
我々の階級のためにこそ闘い続けている
連れ合いたちは限りなくやさしい
いつも勇気と感動を伝えて……
被爆せし友の願いは「ふるさとに帰りたい」
弟は「死んでから来い!」と……
姉弟を引き裂いた原爆憎し!
アイヌのミッちゃんが沖縄のミッちゃんに
ケンカで殺された
助け合っていた一番の仲間のホームレスが
なぜ? 余りにも肝苦(ちむぐり)さん!
四年断酒して模範生のあなたが
再び飲んだ どうして?
さびしくて沖縄人(ウチナーンチュ)に会いたかったから……
私は何だったの?
あなたにとって私は沖縄ではなかったんだ!
限りなくむなしい沖縄人の心は沈んで……
世界のウチナーンチュ大会で
セピア色の写真を見せて
「この人を知りませんか」と尋ねる人あり
異国に棄民され生命果てたかも知れぬ
わが同胞
最後に「謝花昇」の歌が熱唱されて
゛世々に誉れ高き謝花てぃる(謝花という)人や、人の情けに黄金の玉落とし、沖縄(ウチナー)のこの島に誠道(まことみち)の花咲かし″
すべての苦しみは沖縄のものだから
私たちのものだから
近づき、抱きしめ、その苦しさの
ただ中に一緒にいよう、一緒に生きよう
そうすれば歴史は胎動し、新しい地球が生まれるであろうから……

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号13面6)

 日帝の参戦許さず5月市議選に勝つ
 泉佐野市議会議員/泉州住民の会事務局長 国賀祥司さん

 闘う仲間の皆さんに新年のあいさつを送ります。
 帝国主義が開始した世界戦争を阻止する国際反戦闘争の爆発をかちとること、そして戦時下で闘う5月泉佐野市議選に勝利することを年頭の決意とします。
 昨年の9・11反米ゲリラと10・7米英軍の侵略戦争開始によって世界情勢は一変しました。さらに小泉政権が11月25日に護衛艦などを派遣し、戦後初めて戦時出兵を強行することで日本情勢も一変しました。
 21世紀冒頭、われわれは「世界戦争か、革命か」という課題と格闘する大きな歴史的転換点に立っています。マルクス、レーニンの理論と革命思想を復権し、われわれの数十年の闘いの成果をすべて集中して闘いに立ち上がる時期です。
 5月泉佐野市議選を、日帝の参戦下の選挙戦として闘い、勝利する決意です。戦争反対を呼びかけ関西新空港の軍事使用阻止を闘う議員と運動を破壊するために襲いかかる権力と民間反革命との闘いが重要になります。戦争に反対する本物の議員が求められる時代でもあります。日本共産党の「テロ根絶」の絶叫と戦争翼賛化、連合の屈服の中、党派闘争が決定的に重要な情勢です。絶対に勝利し、多数の労働者人民を獲得する選挙戦としなければなりません。
 また、関西新空港2期事業と軍事空港との闘いが決定的な局面を迎えています。参戦情勢下、関空の軍事使用との闘いは反戦闘争、国際連帯闘争です。
 国土交通省は関空の発着可能回数試算を隠していたことが暴露されました。1期空港は「年間16万回から22万回に増やせる」との試算をまとめながら隠し、住民をだまして2期事業に着工したのです。許せません。また関空は9月から国際線旅客が33%も減少しており、これからさらに減少することは確実です。参戦した日帝にとって2期事業をやめることはできず、むき出しの軍事空港にするしかなくなっているのです。
 さらに泉佐野市の財政破綻(はたん)問題です。空港のために巨額の借金をしたため赤字再建団体=倒産の危機にあります。市財政は税収があるため不交付団体であるにもかかわらず、経常収支比率は全国670市のうちワースト1、空港のために財政破綻する許し難い事態です。市長は公共料金値上げ、人件費削減などで乗りきろうとしています。空港優先市政に対する住民の怒りが爆発しています。まさにわれわれが言ってきた問題が全面的に表れてきた情勢です。
 私は5月市議選を、イスラム諸国人民と連帯し闘う決意です。全国の仲間の皆さんのご支援をお願いして新年のあいさつとします。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号13面7)

 小泉改革と対決し労働者党の躍進へ
 都政を革新する会代表 結柴誠一さん

 明けましておめでとうございます。
 全国の同志、『前進』読者の皆さん、星野文昭さんを始め厳寒の獄中で闘う同志の皆さんに、熱い思いを込めて年頭のごあいさつを送ります。
 昨年の東京都議会への挑戦に全国の皆さんからいただいた厚いご支援に、心よりお礼申し上げます。選挙戦直前に、公然と改憲を掲げた小泉内閣が登場し80%の支持率を得る大反動に、なんとしても勝たねばならないと力の限り闘い抜きました。残念ながら力及ばず、皆様のご期待にこたえられなかったことは心苦しい限りでした。
 選挙後休む間もなく小泉「構造改革」との対決を据え直し、新たな挑戦を開始しました。7月に杉並で「つくる会」教科書の採択を阻み、8月6日広島、8月13日靖国神社で小泉に弾劾を浴びせ、高支持率の虚構を暴きました。闘いの中で全国各地の、またアジアの国々からの貴重な声と新しい力に出会い勇気づけられ、捲土重来(けんどちょうらい)を決意しました。
 昨年はまた9月11日の反米ゲリラの衝撃に戦後の時代が一変した年でした。米軍の支援を目的に戦時下に自衛隊が初めて参戦に踏み切り、新たな戦中への転換の年となりました。一方私たちの石油文明がパレスチナのどれほどの犠牲の上に築かれてきたのかを知らされ、イスラム諸国人民の誇り高い存在と不屈の抵抗へ熱い連帯に目覚めた年でした。 
 大量殺戮兵器を使った無差別空爆で米軍がアフガンを制圧したかに見えます。それでもブッシュは安心できず、「すべての脅威をつぶすまで安全とは言えない」と、イラクを始めソマリア、スーダン、イエメン、フィリピンなどへの攻撃を準備しています。これは、ついにアメリカ帝国主義の崩壊が始まったことを示すものです。居丈高に見えてもアラブ・アフガン人民の不屈の闘いが抑えがたいことにおびえているのです。ローマ帝国の興亡を見るまでもなく、崩れだした帝国主義の歴史の流れは止められません。
 アジア・中東情勢を見通しつつ世界革命の路線と展望を打ち出した革共同6回大会路線の威力を発揮する年です。70年闘争を準備した3回大会路線をさらに進化させたその確かさは、新たな世代を獲得し闘いの高揚を準備しつつあります。カクマルとの闘いの勝利は、大衆行動の爆発をとどめてきた止め金をはずし、学生運動、労働運動の嵐( あらし)の時代を予感させます。
 私たちは1967年秋、アメリカのベトナム侵略戦争に反対し、日本の参戦国家化反対を掲げて立ちました。ついに日本が参戦国として登場した以上、私たちの世代は21世紀の戦中派として後世に戦争責任を問われることになるのか、この危機を歴史変革のチャンスとするのか、重大な岐路に立たされました。獄中の星野さんを始め、ともに生きた仲間とともに、初心に返って勝負の時です。
 靖国神社で、佐世保で、全学連の若い力の台頭に心躍らせました。戦争と大失業と闘う労働運動の新たな胎動も聞こえてきます。介護保険と医療制度改悪に、戦争を体験した世代の怒りの反乱も始まりました。新百万人署名運動の呼び掛けにこたえ、職場、地域、学園で戦争反対・改憲阻止の大きな渦を広げましょう。
 今年こそ大衆行動を蘇(よみがえ)らせる年、労働者の党が力をつけ鮮やかに躍り出る年、勝利は私たちのものです。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号13面8)

 時代開く力を確信 地域と職場守る
 杉並区議会議員 新城節子さん

 2002年の幕開け、おめでとうございます。
 全国の闘う仲間の皆さん、獄中で闘う同志の皆さんに連帯し、ともに闘う決意とごあいさつを申し上げます。
 昨年の都議会選挙では、皆さんの熱いご支援ありがとうございました。悔しさを次なる小泉反動との闘いのバネにと決意を新たにしています。
 思えば、激しい闘いが要求された1年でした。都議選の闘いは、休む間もなく「つくる会」教科書採択を阻む闘いに引き継がれ、地域の父母や在日朝鮮人・中国人、沖縄戦の体験者、労働者と結び、その闘いに学びながら全体の力で勝利を開くことができました。
 またその勝利を「米軍基地の撤去」を貫く大田昌秀氏の参議院選挙当選につなげ、沖縄や全国の反戦闘争に勇気をもたらす大きな前進を築きました。
 9月11日の反米ゲリラは、歴史の急転換をもたらしました。あらゆる既成政党が小泉政権の「テロ根絶」の波におぼれ自衛隊の出兵に手を貸したことを、絶対に許してはなりません。
 今アフガニスタンの人びとに無差別虐殺が行われていることに胸が締めつけられます。私たちはイスラム諸国人民、被抑圧民族の帝国主義への怒りと自己解放の闘いに連帯することを誓いとしてきました。アジア諸国、アメリカなど全世界の労働者階級の立ち上がりは大きな希望です。私は、またそこに合流する闘いの戦端が多くの若い人びとの勇気ある決起で開かれたことに身震いし、歴史の躍動を感じています。 
 さらに、小泉構造改革が、戦争と同時に労働者民衆に大失業と痛みを強いる改革であることも明らかになりました。杉並では、これと歩を一つにする石原都政・山田区政を同時に暴露し阻む闘いに踏み出しています。
 区内における人間らしい介護と福祉を要求する介護保険反対の高齢者の闘いは、全国に結ぶ大きな力として登場し、厚生労働省を追いつめ、山田区政の反動を揺るがす運動として展開されています。
 また、山田区政の「スマート杉並計画」は、区役所丸ごとの民営化ともいうべき、職員の大量削減と労働運動解体の攻撃として打ち出されています。これは一方で安上がり使い捨ての委託・非常勤労働者を増大させ、失業を生み出し、福祉・民生、教育の打ち切りとして住民や労働者にその犠牲を強いています。それと対決する力は、地域や職場の中にあり、その運動と組織化のために力を尽くしたいと決意しています。
 課題が山積する中、当面議会では「ただ1人」になりましたが、この1年も現場の労働者や地域の人びとと力をあわせ全力で闘い抜きます。
 時代を開く力は、私たちの中にあることを確信し、全国の仲間、何よりも獄中で厳しい闘いをやりぬく同志に、必ずこたえたいと思います。勝利をつかみましょう。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号14面1)

米経済がついに恐慌に突入し 世界大恐慌は不可避となった
 〈最弱の環〉に転落した没落日帝
 島崎光晴

 第1章 6回大会路線で武装して反帝・反スタ世界革命へ

 (1)恐慌と9・11反米ゲリラの大打撃で没落を深める米帝

 米経済は、IT(情報技術)バブル崩壊に続く消費バブルの崩壊によって、ついに恐慌に突入した。29年大恐慌を上回る世界大恐慌の本格的爆発は、もやは必至となった。同時に、9・11反米ゲリラへの報復として米帝がアフガニスタン侵略戦争に突っ込み、後戻りのない世界侵略戦争−世界戦争の過程が始まった。革共同は第6回大会で、21世紀の早い段階で反帝国主義・反スターリン主義世界革命を達成することを強烈な決意で確認した。その正念場が早くも到来している。闘うイスラム諸国人民と連帯し、帝国主義のアフガニスタン・中東侵略戦争を国際的内乱に転化する闘いに立ち上がろう。
 現在、起きている事態は、帝国主義とスターリン主義の現代世界の矛盾の爆発であり、何よりも〈帝国主義の基本矛盾の爆発〉である。第2次大戦後の帝国主義の全矛盾、いや、19世紀末から20世紀にかけて出現した帝国主義のすべての矛盾が、あらゆる歯止めを失って爆発し始めているのだ。
 何よりも、米経済が恐慌に突入したことは、巨大な世界史的意味を持つ。第2次大戦後の帝国主義世界経済は、70年代半ばに分裂と不況の時代を迎えながらも、それ以来、矛盾の繰り延べ策を何度も何度も重ねることで生きながらえてきた。過剰資本状態に陥りながらも、ありとあらゆる方策を尽くして、80年代と90年代をなんとかのりきってきた。そのようなことができた最大の支えは、基軸国である米帝の経済成長がとにもかくにも続いてきたことにある。その米経済がついに恐慌に突入したのだ。しかもそれは、29年型世界大恐慌を必ず引き起こす恐慌である。今や、四半世紀に及んだ゛危機の緩衝剤゛が消え失せた。帝国主義世界経済を支えるものは、もはやどこにも、何もない。
 ゛危機の緩衝剤゛の最末期を飾ったのは、米帝のITバブルだった。ITは「ニューエコノミー」などとはおよそ無縁な、四半世紀に及ぶ危機繰り延べの最後の徒花(あだばな)にすぎなかった。ITは米バブルという資本主義史上最大の投機を引き起こし、そしてまさに言葉どおりに「あぶく」のようにはじけ散った。帝国主義にとって゛ITの次の産業゛なるものがあるのか。何もない。これまでのように新規需要をひねり出して過剰資本状態を緩和することが、今後もできるのか。できはしない。唯一、大恐慌にのめりこむ以外にないのだ。
 すべての帝国主義国が、大恐慌にのたうち回る中で、自分自身だけが生き残ろうとして、どのような手段をも繰り出してくるだろう。世界の労働者人民には今以上の大失業と圧迫が、世界の被抑圧民族には今以上の抑圧と侵略が襲いかかってくる。そして何よりも帝国主義は、自身の延命のために従来の市場分割、勢力圏分割のあり方を破壊し、市場の再分割、勢力圏の再分割に訴えるほかない。大恐慌下でこそ、帝国主義間の争闘戦は、各帝国主義国の存否をかけた激烈なものとならずにはおかない。このような勢力圏再分割は必ず世界経済のブロック化を引き起こし、ブロック化は大恐慌を一段と深化させることになる。

 帝国主義の基本矛盾爆発と争闘戦の激化

 このように、米経済の恐慌突入という点で、01年は時代を転換させることとなったが、それだけではない。01年は基軸国である米帝の歴史的没落を刻印する年ともなった。9・11反米ゲリラ・自爆決起によって米帝が受けた打撃は、帝国主義史上でも例がないほどのものだ。9・11直後、ブッシュ政権は「テロにくみするのか」と言い放ち、中東の何カ国かに対して「国がなくなってもいいのか」と核兵器の使用を振りかざして恫喝したという。米帝が核使用の衝動を募らせたことは第2次大戦後に何度もあるが、そのいずれも米帝が歴史的な敗北をこうむった時だった。われわれは9・11を、帝国主義に対する被抑圧民族人民の怒りの爆発として、帝国主義国プロレタリアートへの根底的糾弾として受け止める。だからこそまた、9・11による米帝の大打撃と没落という世界情勢の激変をもとらえ返すのである。
 米帝の没落は、70年代以来、一貫して進んできた。とはいえ、ひとまず米帝は基軸国としての位置を維持してきた。この四半世紀、世界の矛盾爆発がギリギリ一歩手前で阻まれてきたのは、先ほどの゛危機の緩衝剤゛とともに、この米帝の世界的位置があった。しかし今日、米帝は巨額の経常赤字に加えて財政収支も再び赤字に転落し、ドルも弱体化している。そして9・11によって、政治的・軍事的にも大打撃を受けるに至った。もちろん、米帝の争闘戦によって没落する日帝との相対的関係では、米帝は一定、浮上してはいる。しかし現在進みつつあるのは、帝国主義の歴史的存在が全体として陥没する中で、米帝が没落し、日帝はより没落しているということである。
 30年代と異なるのは、30年代の場合は後発帝国主義である日独伊が率先して侵略戦争に突入していったのに対し、現在は没落する基軸国である米帝がまず最初に侵略戦争に突っ込んでいるということだ。米帝が軍事力を振り回して、新植民地主義体制諸国への侵略戦争を展開し、他帝国主義への軍事的圧力をかけ、世界を暴力的に再編しようとしているのである。それは30年代以上に激しく世界戦争を引き寄せざるをえない。基軸国の没落と侵略戦争によって、世界の再分割戦は留め金が外れたように激化していく。

 (2)アフガン侵略戦争で後戻りのない世界戦争過程に突入

 このような情勢下で、米帝はアフガニスタン侵略戦争を開始した。それは、「テロ撲滅」を叫んで、イスラム諸国人民の闘いを始めとする民族解放闘争を圧殺しようとするものだ。同時にそれは、中東、中央アジアなどの石油・天然ガス資源の争奪戦を動因としたものであり、帝国主義間争闘戦を激しく促進することとなる。資源の独占的確保をめぐる争いは、それにとどまらない。レーニンが指摘したように、「経済的領土の、いな領土一般さえもの拡張にたいする金融資本の熱望が不可避的に生じる」(『帝国主義論』)のである。そして「経済的領土」や「領土一般」をめぐる帝国主義間対立では、経済的・政治的対立が軍事的対立に進展する゛敷居゛が低くなる。
 また、米英ブルジョアジー内からは、中東諸国の現地反動支配層による「間接統治」をやめて、「英米が植民地支配していた状態に戻すべきだ」「帝国主義こそ解決策だ」という赤裸々な論調が現れている。第2次大戦後の新植民地主義支配が破産しているのである。今や、〈むき出しの暴力・軍事力による植民地支配〉〈植民地・勢力圏をめぐる帝国主義間対立〉という帝国主義の本性が、歴史の正面に出てきたのだ。この行き着く先は第3次大戦以外の何物でもない。
 しかも、中央アジアは旧ソ連であり、中国とも国境を接している。帝国主義間対立が、崩壊したスターリン主義圏と残存スターリン主義圏の取り込みをめぐって、火を噴いているのである。さらに、第1次大戦も第2次大戦も、2陣営に分かれた同盟・対抗関係をとおして欧州戦線とアジア戦線が結合してはいたが、戦線としては直接にはリンクはしていなかった。しかし、帝国主義間激突の舞台が中央アジアになったことによって、中国(−朝鮮)−アジアと中東−欧州との戦争的危機が完全にリンクする構造が生まれつつある。第3次大戦の恐るべき姿がかいま見えているのだ。
 しかし、帝国主義の侵略と戦争だけが一方的に進むことなどありえない。世界の労働者と被抑圧民族の怒りと闘いは必ずわき起こってこざるをえない。いや、それはもうすでに全世界で始まりつつある。世界大恐慌と世界戦争の時代の到来とは、プロレタリア世界革命の好機の到来にほかならない。われわれは共産主義者として、プロレタリアートの自己解放能力を根底から確信している。17年ロシア革命は、それを世界史的に実証した。30年代や第2次大戦前後にいくたびもの革命的情勢が訪れながらも、革命が次々敗北したのは、スターリン主義の裏切りと圧殺によるものである。反スターリン主義・革命的共産主義の旗のもとに決起していくなら、この情勢を必ずプロレタリア世界革命に転化できる。
 革共同は第6回大会で、「反帝・反スターリン主義世界革命の旗のもと、万国の労働者と被抑圧民族は団結せよ」というスローガンを掲げた。このスローガンを真に実現していくために今、最も問われているのは、9・11という闘いと糾弾をどう受け止めるのか、9・11に対して共産主義者としてどうこたえるのか、ということにある。われわれは、レーニン主義者として、この課題を正面にすえて、必ずやプロレタリア世界革命の勝利に突き進まなければならない。

 第2章 米帝の消費バブルが崩壊 02年の恐慌全面化は必至

 (1)戦時体制突入が恐慌を促進 GDPに相当する個人債務

 米経済は、遅くとも01年7−9月期をもって恐慌に突入した。すでに実体経済は00年秋から下降に転じていたが、7−9月期には実質成長率がマイナスに転じた。消費バブルがついに崩れ始めたからだ。
 00年春以来、ITバブルが崩壊してナスダック(店頭株式市場)は暴落、生産も低下し企業収益も急速に悪化してきた。その中で、GDP(国内総生産)の約7割を占める個人消費は、借金に支えられてなおも増加してきた。それが恐慌突入をかろうじて防いできた唯一とも言うべき要因だった。その個人消費が、ついに7−9月期には急速に鈍化した。
 借金して消費を増やすという基本パターンは完全に終わった。@この間の個人消費の増大は、住宅を担保にした借金(住宅抵当金融)に支えられていた。01年には、住宅ローンを借り換えて余裕資金をひねり出し、消費を拡大するという末期的な状況にまでなった。しかし、01年半ばに住宅価格が頭打ちとなり、これ以上、借金が重ねられなくなった。A銀行のカードローンの延滞が激増してきたため、銀行側も個人向け融資を厳しくしはじめた。B貯蓄率は6月の1・0%を底にして9月には4・7%にまで上昇した(統計方法を意図的に改定したのでプラスになっているだけだが)。この間、減税が実施されたが、減税分を貯蓄に回しただけでなく、それ以上の額を貯蓄している。゛貯蓄率の4%上昇は年間3千億j近い消費の喪失につながる゛との試算もあり、内需を急縮小させる。
 このように、消費バブルは大崩壊を始めた。そうした状況下で9・11が起き、米社会は戦時体制に一挙に突入した。このため、消費動向は生活必需品以外は買わない緊縮型に一変した。バブルという消費のプラス要素が吹っ飛んだだけでなく、9・11によって消費に対するマイナス要素が一夜にして加わったのだ。消費バブル崩壊の破壊度だけでもすさまじいものとなるが、戦時体制への突入による消費動向の一変もそれに勝るとも劣らない。この間のバブルは、〈株バブル→そのもとでの消費バブル→米経済全体のバブル化〉という構造だった。その消費バブルが崩壊し始めたのだから、当然にも米経済は恐慌に突入したのだ。

 昨年11回もの利下げと減税も効を奏さず

 米帝は、このような恐慌突入を防ごうとして金利の引き下げを繰り返してきた。12月までに11回も引き下げた結果、実質ゼロ金利になっている。しかし、ほとんど効果がない。バブル崩壊によって個人・企業の過剰債務が露呈してしまえば、金融政策をどういじくっても効かない。また、減税や9・11後の緊急支出など財政面からも一種の恐慌対策がとられているが、恐慌を押しとどめるほどのものではない。むしろ財政の悪化を招くだけだ(後述)。
 今後どのような恐慌対策が講じられようとも、恐慌の激化は避けられない。何よりも、家計の破滅的な過剰債務問題が露呈せざるをえず、消費はさらに激減していくことになる。個人債務の累計は7兆3千億j(約876兆円)にも上る。これは96年の米GDPに相当する途方もない額である。うち半分以上が住宅抵当金融だ。これほどの個人債務は29年大恐慌の時ですらなかった。いや、資本主義史上でも前例がない。
 今後、株価も住宅価格もさらに下がっていく。そうなると、株を担保にした借金も、住宅を抵当にした借金も返済できなくなる。しかも、ストックオプション(自社株購入権)を保有する米国人は1千万人にも上るが、株安でほとんどが゛ただの紙くず゛になってしまった。今後、個人破産は爆発的に増えるだろう。すでに01会計年度(00年10月−01年9月)の個人破産は140万件弱と過去最高になった。

 (2)エネルギー最大手エンロン破綻で過剰債務問題が噴出

 消費がさらに激減していくと、バブル的消費にのっかっていた企業部門も壊滅的に落ち込んでいかざるをえない。この間は主にハイテク関連の収益が悪化していたが、今後は全産業で収益が激甚に下がっていく。
 そうなると、何よりも過剰設備が劇的に露呈せざるをえない。すでに10月には全産業の稼働率は74・8%にまで下がり、83年6月以来の低水準となった。特に通信業界では、光ファイバーの稼働率が3%以下という、空前の過剰設備が発生している。光ファイバー世界最大手の米コーニング社は、10月に光ファイバーの生産を全面休止したほどだ。また、自動車産業は現在、ローン金利をゼロにして実質大幅値下げすることで、販売を伸ばしている。この方策はブッシュ政権と自動車会社との協議で決められたもので、明白な恐慌対策だ。しかし需要の先食い以外の何ものでもない。02年には自動車需要が激減し、自動車でも過剰設備が一挙にむき出しになるにちがいない。全産業が過剰資本状態に突入するのは時間の問題だ。
 さらに、9・11によって米企業の経営は「効率から安定へ」と質的に変化し始めており、生産性の低下も避けられない。ハイテク業界は航空便で部品・製品を輸送し、自動車業界はカナダ・メキシコから部品を調達していた。それによって在庫を極小化し、日本のカンバン方式に当たる「ジャスト・イン・タイム」方式を定着させてきた。しかし9・11以降、運輸・流通面で「安全対策」を講じざるをえず、しかも一定の在庫を抱える必要性が出てきた。今や「ジャスト・イン・ケース(万一に備えて)」方式に転換する傾向を見せている。これは生産性の低下とコスト上昇を招き、過剰資本状態をますます深刻化させるものとなる。
 また、過剰資本と一体の問題である企業の過剰債務問題も爆発していく。最もバブル化していた通信業界が特に深刻だ。有力通信会社44社だけで、有利子負債は3千億j(約36兆円)を超えている(00年半ば)。業界トップのAT&Tの負債は、年間売上高に匹敵する650億j(約7・8兆円)にも及ぶ。すでに社債の債務不履行が増加しており、7月末で前年同期の1・5倍となった。
 こうした中、12月に米国の総合エネルギー会社最大手のエンロン(本社テキサス州)が経営破綻(はたん)に陥った。エンロンは、全米の電力・ガスの卸取引の4分の1を占め、年間売上高が1千億jを超す全米7位の巨大企業だ。エンロン破綻は、米バブル経済の実態を白日のもとにさらけ出す一大事件であるとともに、今後の恐慌の深化を予告する画期的事態である。
 @そもそも、カリフォルニア電力危機と同じように、クリントン政権時代の電力自由化は米エネルギー部門を投機の場に変えてしまった。
 Aエンロンは次々と事業を拡張してきたが、その資金調達はバブル下でこそ可能だった。系列の投資会社にエンロンの資産を担保に債券を発行させ、それで調達した資金をエンロンに融資させる、という仕組みをとった。しかも、デリバティブ(金融派生商品)などの複雑な金融取引で、投資資金をさらに膨れ上がらせた。要するにバブル下で、後先考えない好き放題の膨大な借金をしていたわけだ。
 Bエンロンは、こうして集めた資金を通信事業にも投入してきた。しかし、ITバブル崩壊で光ファイバーの稼働率が上がらず、これだけで20億jもの損失を出した。
 C信用は低下し、株は急落し、資産の損失処理に迫られて資金繰りが悪化、ついに破綻した。
 D最終的な債務総額は約400億j(5兆円弱)にも達する見込みで、過去最大の倒産だ。エンロンに対する金融機関の債権は、シティバンク30億j、チェース・マンハッタン19億jなど、大手行のすべてで巨額に上っている。これらが焦げつき不良化すると、赤字に転落する金融機関が出るのは必至だ。
 このようにエンロン破綻は、@規制緩和のもとでの投機、Aバブル下での過剰債務の累積、BITバブル崩壊による通信分野での過剰設備の露呈、Cバブル崩壊による破綻、D金融機関での巨額不良債権の発生、という現在のアメリカ恐慌のさまざまな面を含んでいる。今後、エンロンのような破綻が続出するだろう。
 さらに重大なのは、エンロンが世界5大会計監査会社の一つである米アンダーセン社と癒着して、粉飾会計を続けていたことである。しかも、エンロンはブッシュ個人とブッシュ側近に強力なコネを持っており、だからこそ急速に事業を拡張できた。米帝における金融寡頭制はここまで腐敗しているのだ。それは米経済、米市場、ドルに対する信認を失墜させずにはおかない。

 バブル残すダウ平均株価は必ず暴落する

 このように、02年に消費がさらに激減し、家計と企業の過剰債務問題が総噴出するのはもはや確実となった。それは必ず、銀行の不良債権問題をも噴出させることになる。不良債権残高は9月末で518億jで、前年比33・2%も増加した。不良債権予備軍である延滞債権は526億j。合計で1千億j(12兆円強)を超えている。「米銀は日本と違って不動産に手を出していないから大丈夫だ」などと言われている。しかし、資本主義史上例のないほどの個人債務が返済不能となれば、米銀の不良債権は恐るべきものとなっていくだろう。
 不良債権が増加する中で銀行は、すでに貸し渋りを強めつつある。11月の米銀の企業向け貸出残高は前年同月比4・7%減と、25年ぶりの大幅減少となった。しかも、9・11後は「有事の現金」を志向する傾向が強まっている。ついに信用収縮の入り口にさしかかろうとしているのだ。
 信用収縮が強まれば、金融危機が発生せざるをえない。9月にダウ平均株価は市場再開後に暴落し、その後なんとか戻した。ナスダックは暴落してきたが、ダウは依然としてバブル部分のほとんどを残したままである。ダウ平均株価が暴落し、ドル暴落が一体となって進む時、金融恐慌が爆発するだろう。

 (3)人員削減で失業率が急上昇 戦争と軍拡で延命する道に

 今後、一進一退を繰り返しつつも、米経済が大恐慌に陥っていくのは確実だ。
 それは国内的には、すでに激しく進行してきた労働者人民に対する大失業、搾取と収奪、抑圧と弾圧を極限的なものとする。人員削減は現在、ハイテク業界や製造業からサービス業全体に拡大しつつある。01年の人員削減数は11月までに計179万人、これまでの最高だった98年の2・6倍にも及んでいる。11月の失業率は5・7%に急上昇した。恐慌が深まっていけば、失業率が2ケタに跳ね上がるのは必至だ。しかも「テロ対策」の名のもとに、米社会は警察国家、軍事監獄と化しつつある。米労働者階級にとって、闘う以外に生きていくことができない情勢が到来しているのである。
 恐慌への突入はまた、米帝を一層の帝国主義間争闘戦と侵略戦争に駆り立てるものとなる。いや、そもそもブッシュ政権は、米バブル崩壊の渦中に登場し、ある意味では大恐慌の到来を見越して、戦争によって生き残る国家戦略に舵(かじ)を切ってきた。ただし、バブル崩壊から戦争へというブッシュ政権の動向は、けっして予定調和的、整合的なものではない。帝国主義の戦争はまさに危機と矛盾の爆発として進む。とはいえ米帝は、29年大恐慌から第2次大戦をへて世界の盟主になった帝国主義国である。その過程を゛勝ち抜いた゛唯一の帝国主義国だ。米帝は、世界を破滅と戦争に引きずり込んででも他帝国主義をたたきつぶし、自らの延命だけを追い求めようとするコースに踏み込んでいるのだ。
 ましてや、恐慌への突入で、米経済の打開の道は、もはや一層の争闘戦の強化と軍需産業の膨張以外になくなっている。しかもブッシュ政権は、石油産業・軍需産業の利害を体現している面が強い。もちろん、帝国主義戦争は帝国主義の世界支配をめぐる激突、勢力圏の再分割戦を最大の動機として起こるものである。その上で、米帝が第2次大戦後に準戦時経済体制と軍産複合体を形成してきた事実は無視できない。米帝だけがそうした特質を持っている。「30年代の大不況と失業からの脱出が第2次大戦に伴う軍拡と経済軍事化によってしか果たせなかった米帝経済が、戦後においても『平時』的あり方では生産力と雇用の拡大がもはやできなくなったことによる」(島崎光晴著『現代帝国主義論』113n)
 その軍需産業は、90年代には後景化していた。80年代の財政赤字の膨張、債務国化という危機的な状況下で、軍事費が大削減され、軍備調達額や軍需産業就業者数も減少してきたからだ。しかし、兵器調達予算はすでに96〜97年から大幅に増やす方向に転換している。準戦時経済体制の性格が弱まったのは、90年代の一時期でしかなかった、と見ることもできる。
 すでにブッシュ政権は、果てしない軍事支出を伴うミサイル防衛(MD)構想を推進している。そのために12月には、旧ソ連と結んでいた弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から脱退した。10月には、次世代戦闘機「JSF」の発注先をロッキード・マーチンに決めた。契約金額は2千億j(24兆円強)で、米軍の契約額としては過去最大だ。輸出を含むと4千億jもの契約額になるという。このように経済の軍事的打開の衝動が強まりつつあることは、あくまでも促進要因であるとはいえ、米帝の戦争を凶暴にエスカレートさせずにはおかない。

 第3章 日本の恐慌は本格段階に 小泉「構造改革」は大破産

 (1)明治以来初の4年マイナス 電機に続き自動車も崩れる

 日本経済は97年秋に、典型的な金融恐慌を機に戦後最悪の恐慌に突入した。日帝は、銀行救済策などの史上最大の恐慌対策を発動して、かろうじて全面化を防いだ。一方で、米バブルが引き延ばされている中で、対米輸出の増加でなんとかしのいできた。この両方から99年春以降、恐慌は小康状態となった。しかし01年になって、米バブル崩壊に直撃されて恐慌が再激化、夏から秋にかけて恐慌の本格的爆発を迎えつつある。
 現在の恐慌再激化局面では、生産の落ち込みが97−98年より急角度で、しかも底が深い。鉱工業生産のピークから13カ月間の低下幅を見ると、97−98年では9・3%に対し、現在(00年8月がピーク)は14・3%にもなる。さらに01年10月の鉱工業生産は、バブル崩壊後の最低水準にまで下がった。実体経済は97−98年よりもはるかに深刻な状況だ。
 すでに、生産低下・収益減少と物価下落の悪循環、いわゆる「デフレスパイラル」に入っている。これで、01年度の名目成長率もマイナスとなるのは確実となった。4年連続のマイナスだ。名目GDPが4年間にもわたって縮小するのは、明治時代までさかのぼっても例がない。今われわれが経験しているこの恐慌は、29年大恐慌の際の「昭和恐慌」をも上回り、日本近代・現代における最大・最悪の恐慌なのだ。しかもこの恐慌が深化することはあっても、緩和することなどない。
 恐慌が全面激化している最大要因は、米バブル崩壊と恐慌突入にある。対米輸出と対アジア輸出の激減によって、生産が急低下しているのだ。典型は電機産業。半導体生産は00年8月以降の1年間で実に41%も減少した。パソコンと携帯電話の世界的需要が減少に転じる中で、減産しても在庫が増え続ける状態が続いている。企業収益という点でも、01年3月期には電機業界が1兆4500億円の黒字で、製造業全体の3分の1を稼ぎ出したが、02年3月期には大手7社だけで計1兆円もの赤字となる見通しだ。半導体など電子部品工場の稼働率は、9・11以降は5−7割にまで低下している。かつてない割合の過剰設備である。
 通信業界も深刻だ。通信業界の設備投資は、96年には自動車の約4倍の5兆円にも達した。一時は「自動車に代わる基幹産業になる」とまで言われた。しかし、日本の通信業界にもミニITバブルが発生していた。それが崩れた01年から、設備が過剰になりつつある。例えば日米間の海底ケーブルは過去3年間で3本建設されて計7本となったが、回線稼働率は1割に満たない。ミニITバブル崩壊と過剰設備にあえぐ通信業界は、NTTを始めとして大量の人員削減に訴え始めている。
 さらに、電機に続いて自動車も、アメリカ恐慌によって大打撃を受けざるをえない。日本の自動車メーカーは米市場への依存度があまりにも高い。連結売上高に占める北米の割合はホンダ56%、日産41%、トヨタ37%。連結営業利益ではホンダが68%を、日産が52%を北米で稼ぎ出している。゛米自動車市場と運命をともにする゛ような体質だ。その米自動車市場が02年に急縮小するのは確実である。しかも、日本メーカーは米国内で今なお新工場を建設中だ。米自動車不況が始まれば、すべて過剰設備に陥る。日米自動車戦争も再激化する。北米市場を゛生命線゛としたことで、日本の自動車産業は゛地獄゛を見ることになるのだ。

 輸出と国際競争力の頭打ちで歴史的没落

 今や、電機と自動車という、日本経済の基幹であり、輸出産業の柱でもある部門が総崩れになろうとしている。これは直接には米バブル崩壊と恐慌に直撃される形で起きているが、日帝の経済的存立構造の崩壊にも等しい事態だ。70年代半ば以降、日本経済は輸出依存で成長してきた。バブル崩壊後の90年代も、輸出と現地生産によって過剰資本状態を打開しようとしてきた。さらに97年に恐慌に突入して以降も、米バブルに依存した輸出増加で小康状態に持ち込めた。それほどの位置を持つ輸出が、米バブル崩壊と恐慌突入を機にして、ついに歴史的に行き詰まったのだ。国家財政は破綻しているため、内需を人為的に刺激することもままならない。輸出が行き詰まれば、もはや何もない。これは日帝の没落の画期をなす。
 もっとも、日帝は現在もアジアを最大の輸出先・輸入先としている。しかし、その対アジア経済関係でも変化が起きている。01年度上半期の日本の貿易黒字は前年同期比43%もの減少となった。特に対アジア輸出が8・8%もの大幅減少となった。これは直接には、米バブル崩壊でアジア諸国の対米輸出が減少したため、日本の対アジア輸出も減少したことによる。しかし、より構造的な変化をはらんでいる。
 従来は、アジア諸国の日系工場よりも高付加価値の物を国内で生産し、国際競争力を保って輸出を増やしてきた。しかし、この数年間、日本電機産業は、より高付加価値の物としてネット事業などのITに賭(か)けてきた。しかし、そのITはバブル的性格が強いものだったため、ITバブルが崩壊した現在、より高付加価値の物を見いだせない惨状となっている。典型は「ネット企業への転身」を図ってきたソニーの行き詰まりだ。
 あるいは、直接にはこういう形をとっているが、金融資本の根幹をなす銀行が10年もの不良債権の重圧で金融力を後退させてきたのに続いて、それが産業力の停滞にまで波及している可能性もある。80年代半ば以降の日本経済は、国際競争力をたえず強化してアジアに商品と資本を輸出する、というあり方だった。今や、それが崩れる兆候を見せている。これも日帝の没落という点で歴史的なものである。

 (2)銀行は3月に自己資本枯渇 不良債権処理で失業が激増

 恐慌再激化の中で、不良債権問題も最悪状態になっている。金融の量的緩和で資金がじゃぶじゃぶになっているから、銀行が倒産していないだけのこと。銀行経営の実態は97−98年よりも深刻だ。
 何よりも不良債権残高は依然として増え続けている。9月末の大手13行の不良債権残高(破綻先・破綻懸念先だけ)は20兆円強で、3月末に比べて約2・5兆円も増加した。全行で増加している。9月期には2兆円以上もの不良債権を処理したが、それを上回る規模の不良債権が新規に生まれている。
 銀行は今3月期決算でどんづまりを迎える。不良債権処理に伴う損失は、大手13行で6兆円に達する見通しだ。本業のもうけである業務純益の見通しが4兆円弱だから、これだけでは不良債権処理ができず、10行が赤字になる見通しである。しかも12月には4大金融グループの株価は上場以来の安値を更新、株式含み損はさらに膨れ上がっている。不良債権処理と含み損の会計上の処理のため、切羽詰まった銀行は3月期決算で、自己資本の一部である法定剰余金を取り崩そうとしている。取り崩しを検討しているのは三井住友、UFJ、あさひ、大和など。
 99年の銀行への公的資金の投入は、自己資本を増強する形で行われた。ところがそれから3年、その自己資本まで食いつぶそうとしているのだ。かりに3月期決算をのりきったとしても、その後はもう何もない。不良債権を処理しようにも、どこからもカネを工面できない。もはやつぶれるしかなくなる。即、金融恐慌が再激化する。日本の不良債権問題の危機が真に爆発するのは、3月期決算を越えたあとの02年度だ。97−98年の比ではない金融恐慌が爆発するだろう。

 金融庁の特別検査も不良債権解決できず

 小泉「構造改革」の最大の柱は不良債権処理だった。しかし日に日にトーンダウンさせてきている。今後どうあがいても、不良債権の抜本的処理など絶対にできない。3月期決算を前後して、小泉政権の不良債権対策の破産が全社会的に明らかになるだろう。
 11月から銀行に対する金融庁の特別検査が始まっている。゛問題債権について、これまでのような「要注意先債権」ではなく「破綻懸念先債権」に落とすよう促す゛との狙いだ。しかし、経営不振の大手30社が抱える債務は24兆円もある。すべて破綻懸念先にすると、大手行全体で4〜5兆円もの貸倒引当金を新たに積み増す必要が出てくる。銀行にはもはやそういう余裕はない。だから、゛特別検査で、できるだけ影響の少ない何社かの倒産・整理でお茶を濁す゛というシナリオが取りざたされているほどだ。整理回収機構(RCC)による不良債権の買い取り、株式取得機構による銀行からの株式の買い取りも、少額の予定であり、゛焼け石に水゛である。
 日帝は、八方ふさがりの状況下で、またも銀行に公的資金を投入しようと狙っている。しかし、国家財政がすでに破綻している中で、さらに何兆円もの公的資金を投入するのはそれほど容易でもない。小泉「構造改革」の柱の一つである「国債30兆円枠」についても、すでに実質パンクしている。01年度の第2次補正予算では、本来は国債整理基金に繰り入れるべきNTT株売却収入を財源とすることとした。新規借金を増やさない代わりに、借金返済費を借用するもので、借金としての「性格に変わりはない」(竹中経済財政担当相)。政府債務は実質600兆円近くにも上っている。恐慌が全面化しているのに、財政面から対応することもままならない状態だ。
 結局、日帝は不良債権問題を解決できない。にもかかわらず、一部の不良債権に手をつけるだけで、恐慌を一段と激化させ、企業倒産と失業を激増させることになる。12月には準大手ゼネコンの青木建設が経営破綻した。破綻の直接の引き金は、メーンバンクであるあさひ銀行が支援を見限ったことにある。今や全銀行が、支援するかどうかで企業の選別を始めている。銀行は、融資ではなく、融資の回収を最大の業務にしているほどだ。三井住友銀行は11月から、従来は原則として借り換えに応じてきた短期融資についても、厳格にし始めた。これだけでも、資金繰りが悪化する企業が続出しかねない。革共同は〈小泉「構造改革」は恐慌を激化させるだけだ〉と指摘してきたが、それが実際に進み始めたのだ。
 すでに10月の完全失業率は5・4%と過去最高を更新した。追い打ちをかけるかのように、小泉「構造改革」によって失業者が激増する。そこにさらに、一層の資本攻勢が襲いかかってくる。小泉政権は連合を抱き込みながら、02春闘で「ワークシェアリング」という名の賃下げを公然と強制しようとしている。労働組合が賃下げを認めることは、一歩の後退が百歩の後退につながるほどの意味を持つ。さらには、「解雇ルール」の法制化を03年の通常国会に提出する策動が始まっている。02年こそ、小泉政権の侵略戦争と資本攻勢との闘いの正念場だ。

 第4章 石油・天然ガスで争闘戦 ユーロ流通しドル動揺へ

 (1)米帝が石油再独占を国策に カスピ海と中東で新分割戦

 米経済が恐慌に突入し、日本経済が恐慌を全面化させる中で、世界大恐慌の本格的爆発は必至となった。それと相乗しながら、帝国主義間争闘戦はますます激烈化している。世界大恐慌が本格化する時こそ、今までの争闘戦がいわば゛前史゛であるような、むき出しの争闘戦に進展していく。世界戦争にまで行き着く争闘戦が、いよいよ始まるのだ。
 まず、石油・天然ガス資源をめぐる帝国主義間争闘戦から見ていこう。
 石油・天然ガスは、現代帝国主義の戦略的資源である。現代帝国主義の産業・社会は、ハイテク化が進んだ現在も、石油の多消費型構造を持っている。帝国主義は、第2次大戦前後の石油争奪戦以来、石油・天然ガスの独占的確保のために争闘戦と侵略戦争を繰り返してきた。また、2次にわたる石油危機に見られるように、石油の生産・供給が帝国主義世界経済を大きく変動させてきた。だからこそ帝国主義は、ますます石油を独占的に確保しようとする。
 第2次大戦後は、「セブンシスターズ」と呼ばれた米英系の国際石油資本(メジャーズ)によって石油市場が支配されていた。70年代に中東の産油国が石油利権を接収して国有化したため、メジャーズの支配は崩れた。石油価格では、メジャーズによる国際カルテル、その次はOPEC(石油輸出国機構)による国家間カルテルが形成されていた。しかし、86年の石油価格暴落以降、OPECの力も衰退してしまった。カルテルが崩れたため、これ以降、石油価格は乱高下する傾向になった。むしろ、米英による石油価格の統制の撤廃、産油国からの直接販売など原油取引の多様化、さらには国際金融市場の投機化などがあいまって、石油価格は投機的に変動するまでになっている。
 こうした中で米帝ブッシュ政権は、石油・天然ガスを始めとするエネルギー戦略を大転換している。ブッシュ政権の国家エネルギー政策の下敷きになった文書、「21世紀の戦略的エネルギー政策の課題」(『論座』11月号)は、次のように言う。「アメリカでは今後長期的に、散発的なエネルギー不足が頻繁に起き、エネルギー価格の変動や高騰といった事態に直面すると考えられる」、したがって「国内環境、税制、規制構造に始まり、アメリカ外交におけるエネルギー問題の位置づけにいたるまで、そのすべてを見直す必要がある」と。
 具体的には、@米企業と非OPEC諸国による「石油・天然ガス産業拡大フォーラム」を開催する、Aペルシャ湾岸産油国で外国資本が投資できるように門戸を開放させる、B旧ソ連地域の石油・天然ガス資源について、「欧州エネルギー憲章」をひな形にして国際的ルールを作る、Cサウジアラビアとの関係を強化する、DNAFTA(北米自由貿易協定)の枠組みでエネルギー協力を図る――など。要するに、Dで自分の勢力圏の資源を囲いこみつつ、@からCで全世界の石油・天然ガス資源を今以上に強奪する、ということだ。全世界の石油・天然ガス資源に対する゛再独占宣言゛とでも言うべきものである。このブッシュ政権の石油・天然ガス政策こそが、現在のアフガニスタン侵略戦争と、パレスチナに対するイスラエルの攻撃の中に貫かれているのだ。

 石油の87%を中東に依存する日帝の参戦

 最大の焦点は、カスピ海・中央アジアと中東にある。カスピ海は「第2のペルシャ湾」と呼ばれるほど石油・天然ガスの埋蔵量が多い。米帝はソ連崩壊後、早くからこのカスピ海の資源を狙って、中央アジア諸国への介入を強めてきた。今では、石油・天然ガス資源とその輸送パイプラインをめぐって、米帝だけでなく欧州帝、さらにはロシア、中国も加わった激しい権益の奪い合いが起きている。中東では、イラン封じ込めを狙う米帝と、独自のイラン政策をとる欧州帝・日帝との争闘戦が展開されてきた。またサウジアラビアなどで、石油・天然ガス利権が外資に開放され始めている。戦後のメジャーズによる利権分割、70年代以来の国有化をへて今、再び外資への開放という逆転が起こっている。だから、中東の石油・天然ガス資源をめぐって、ほぼ50年ぶりの利権分割闘争が巻き起こっているのだ。
 カスピ海も中東のどちらも、権益の再分割というより、初めての分割という性格が強い。それが帝国主義間の対立を激しくするものとなっている。
 日帝は現在、全エネルギーの5割を石油に依存し、その87%を中東産油国から輸入している。イランの最大の石油輸出先は日本だ。それほど中東石油に依存していながら、日帝は中東石油を独自に確保するほどの外交力・軍事力を持ち合わせていない。米帝が世界の石油・天然ガス資源の゛再独占宣言゛をもって戦争に突っ込み始めている中で、日帝にとっては絶望的なまでの事態だ。そうした帝国主義としての生死にかかわる絶望的危機感の中で、日帝はついにアフガニタン侵略戦争への参戦に踏み切ったのである。

 (2)争闘戦での敗勢深める日帝 東アジア貿易圏にも入れず

 日米争闘戦も新たな進展を見せている。その中で日帝の没落はさらに深まっている。
 まず、米市場での日本製品の締め出しについて。この間、日本の鉄鋼製品についてダンピング課税が課せられてきた。9・11以降、米鉄鋼業界などから「国産メーカーの保護は安全保障上も必要な措置だ」との主張が広がっている。米帝が戦時体制に入る中で、「安全保障」を振りかざした保護主義が台頭しているわけだ。ついに30年代のような、非理性的で排外主義的な保護主義が現れはじめたことを意味する。さらに米帝は05年までに、米州自由貿易地域(FTAA)という南北米大陸を囲い込む経済ブロックを形成しようとしている。
 日本市場への攻め込みも強まっている。6月の日米首脳会談で、日米経済新協議を開始することで合意した。不良債権の処理、電気通信・IT・エネルギー・医療機器の4分野の規制緩和、対日直接投資の促進、農業や自動車などへの市場参入の促進などが協議の対象となる。米帝はこれらの分野で、従来は日本資本が独占的に支配していたものを、奪い取ろうとしている。
 アジアをめぐる日米争闘戦も急展開している。何よりも、米バブル崩壊と恐慌突入で、アジア諸国経済がかつてない不況に転落しつつある。米帝はIT関連部品を、何よりもアジアから輸入していたからだ。さらに12月に中国がWTOに加盟したが、外国資本による制圧、中国経済危機の爆発は避けられない。今や、「成長するアジア市場」ではなく急縮小するアジア市場をめぐって、日米が死活をかけてぶつかり始めたのだ。
 第6回大会第7報告で次のように指摘したが、これがますます進行している。「NIES、ASEANでは日本資本が経済危機の影響を受けているなかで、米欧資本がなぐりこんでいる。他方、中国市場では米欧資本が先行し、参入しようとする日本資本は激しくたたかれている」(「報告・決定集」上巻497n)
 例えば、ASEAN5カ国の自動車生産能力は、通貨・経済危機のあった97年から00年にかけて13万台から35万台に増えた。そのほぼすべてが米欧資本によるもので、日本の自動車資本に対する猛烈な攻勢がかけられている。一方、中国で日系企業が占めるシェアは低迷したままである。自動車では日本資本合計で28%(99年)。携帯電話機はNECと松下を合わせても5%。デスクトップパソコンではシェア10位内に1社もなし。ノートパソコンで東芝が21%(99年)と首位だったが、01年第1四半期には14%と3位に下がり、IBMが22・4%と首位を奪った。
 日本のシェアが落ちているだけではない。日帝はアジアを勢力圏にしようとしてきたが、ほとんど破産的になった。

 二国間協定進展せずWTOにすがりつく

 11月に開かれたWTO(世界貿易機関)閣僚会議では、日帝が最も強く「幅広い新ラウンド」を提唱した。国家政策として、WTOによる多国間の通商体制・投資ルールの整備・強化を掲げたのである。米帝などの反ダンピング措置の発動に対して、日帝は単独では押し返せない。また投資面でも、他帝国主義による二国間協定で、日本資本は排除されつつある。そこで、WTOに頼る以外になくなったのだ。世界経済がブロック化しつつある時、日帝はWTOという国際機関にすがる以外にないという、帝国主義としては実にぶざまな姿をさらけ出した。
 なぜ、このようになったのか。90年代にEAEC(東アジア経済協議体)、AMF(アジア通貨基金)という日帝主導の経済ブロック構想が、ことごとく米帝にたたきつぶされてきたからだ。日帝はその後、99年のWTOシアトル閣僚会議の決裂を受けて、アジア諸国と二国間の自由貿易協定を結ぶ戦略を公然化させた。主要帝国主義国で自由貿易協定を一つも結んでいないのは日帝だけである。しかし、シンガポールとの自由貿易協定はメドが立ったものの、韓国との自由貿易協定は交渉が遅延している。さらに、ASEANに日中韓を加えた「東アジア経済圏構想」にいったん合意していたにもかかわらず、01年11月に中国とASEANだけで自由貿易圏を形成することに合意した。日帝を排除したアジアでの経済ブロック構想が動きだしたのだ。日帝は完全にはじき出され、孤立した。
 だから日帝は、従来の二国間協定重視から一転して、WTOにすべてを託す以外になくなったのである。しかし、世界経済のブロック化が急進展している時に、多国間重視の戦略など通用するのか。絶対に無理だ。アジアを勢力圏化しようとしてきた日帝は、今や逆に、アジアでの経済ブロック構想から排除されるという絶望的な事態を迎えるに至った。帝国主義として致命的なまでの敗退だ。今後ブロック化の速度は速まっていく。日帝は、ますます孤立せざるをえない。現時点で、それがほぼ確定したと言っていい。これほどの没落はない。日帝はまさに゛帝国主義の最弱の環゛に転落し始めたのだ。

 (3)財政の再赤字でドル弱体化 世界金融恐慌の危機深まる

 米欧争闘戦は、02年1月からのユーロの現金流通をも画期として、ますます激しくなろうとしている。
 EU経済も、米バブル崩壊と恐慌突入の影響で不況に陥っている。EUの最大の経済パワーであるドイツ経済は01年4−6月期、7−9月期と2期連続でマイナス成長となった。ユーロ圏全体としても10−12月期にはマイナスに陥る可能性が強い。独仏英の主要企業の売上高を見ると、米日など域外の割合が約40%で、4年前から10ポイントも上がっている。EU経済は、従来は広大な域内市場を成立基礎としてきたが、現在は域外市場への依存度を高めているわけだ。
 そのユーロは、1月1日から現金が流通し始める。99年の導入後、金融・為替取引などの価格表示単位として使われていたにとどまっていた。それがついに現金として使われるようになる。欧州12カ国の3億人が「一つの通貨」を手にする。さまざまな内的矛盾を抱えながらも、現金流通までこぎつけたことは、経済圏の深化という点で質的な変化を生み出さずにはおかないだろう。ユーロは当初からドルに対抗することを狙ったものであるが、ここに単一通貨を持った対米ブロックが完全に姿を現したのだ。対外的にも対内的にも争闘戦は一段と激化する。また、ユーロ圏に入っていない英帝に対し、吸引力はさらに強まる。
 これは、ドル体制を一層揺さぶるものとならざるをえない。そもそも、95年のドル高転換以降のドル体制は実に歪んだ構造にある。巨額の経常収支赤字を出していながら、それを上回る資金を国外から吸収し、その資金に依存して株バブルを満展開させ、そうやって自己増殖した資金を国外へ流出させてきた。そして株高だからドルが買われる、ドルが買われるから株高になる、という好循環となった。要するに、ドル高とバブルとは一体だったのだ。
 しかし今や、そのバブルが崩れ始め、恐慌に突入したのだから、ドルは揺るがざるをえない。特にダウ株価のバブル部分が本格的に崩壊すれば、ドル高も瓦解(がかい)する。また、経常赤字に加えて財政収支が再び赤字に転落することも、ドル信認を低下させる。米財政は社会保障基金を除いた収支では、すでに01会計年度に3年ぶりの赤字に転落した。社会保障基金を含んだ収支でも、02会計年度に5年ぶりに赤字となる見通しだ。〈財政赤字・貿易赤字によるドル暴落の危機〉が再び顕在化するのは必至だ。さらに、9・11によって、「米金融市場の安全性と安定性」に対する信認も低下しつつある。現に、アフガニスタン侵略戦争の渦中でも、「有事に強いドル」とはなっていない。アルゼンチンなど新興市場国の経済危機もドル信認を突き崩す。
 やはりドルの暴落は避けられない。すでに、国外から米に流入する資金は、株式市場から債券市場にシフトしていたが、その債券市場でも流入が細まっている。経済的に見ると、ドル暴落の諸要素は熟しつつある。必ずや、ドル暴落と一体となって、アメリカ金融恐慌−世界金融恐慌が爆発していかざるをえない。それこそ、世界大恐慌の本格的爆発の引き金となるのだ。

 結語

 02年は、大恐慌という点でも世界戦争という点でも、テンポがますます速まるにちがいない。革命的情勢はますます急速に接近する。それはわれわれの望むところである。革共同は第6回大会で、反帝・反スターリン主義世界革命戦略を再確立して、この激動にのぞんでいる。まさに革共同の時代がやってきたのだ。
 スターリン主義反革命である日本共産党は、9・11に対して帝国主義者とともに「テロ撲滅」を叫び、「国連による軍事制裁」を容認するまでに転落した。これは、帝国主義の侵略戦争を推進する立場に立ったことを意味する。日共はソ連崩壊以降、破産したスターリン主義としてあがきつづけてきたが、ついに帝国主義戦争の推進者に転落したのだ。そうであるかぎり、日共が今後、9条改憲派として公然と登場してくるのはまちがいない。スターリン主義が世界革命運動史上で犯してきた数々の裏切りに対する怒りをこめて、日本共産党スターリン主義を打倒するために総決起しよう。
 また、反革命カクマルは、9・11に対して反米国粋主義的な「ジハード自爆」礼賛論を唱え、思想的・組織的な危機と混乱に陥っている。その根底には、カクマルが綱領的に破産し、「ナショナリズムの相互衝突」論に変質してしまったことがある。また何よりも、カクマルの党派的生命線だったJR総連路線が大破産し、黒田・中央派と松崎JR総連派に大分裂するに至ったからだ。そして唯一の゛逃げ込み先゛だった「黒田哲学」は革共同第6回大会で「今や完全に死んだ」と宣言され、逃げ込むこともままならなくなった。反革命カクマルを打倒していく情勢がいよいよ煮詰まりつつある。
 すべての労働者人民は、革共同に結集して闘おう。かつてレーニンは第1次大戦下において、しかも第2インターの崩壊という困難な情勢の中で、帝国主義に対して〈死滅しつつある資本主義〉と規定して立ち向かっていった。この魂を今こそ継承し、レーニン主義者として奮い立ち、世界革命の達成へ猛然と挑みかからなければならない。没落し゛最弱の環゛に転落しはじめた日帝と小泉政権の打倒へ、02年を飛躍的な年としよう。

------------------------TOPへ---------------------------

週刊『前進』(2036号16面1)

パレスチナ全面圧殺に出た米軍とイスラエルに反撃を
 人民虐殺と自治政府解体許すな
 秋原義明

 昨年9・11の反米ゲリラ戦争は、アメリカ帝国主義の中枢を直撃し、世界の歴史と階級情勢を一変させた。これに対し米帝ブッシュ政権はアフガニスタンに対する凶暴な侵略戦争を展開している。アフガニスタン人民への無差別の民族皆殺し戦争を絶対に許してはならない。まさにこの情勢の中でイスラエルのシャロン政権がパレスチナに対する「全面戦争」とも言うべき攻撃に出ている。これに対しパレスチナ人民は決死の反撃に決起しており、パレスチナ情勢はまったく新たな局面を迎えている。われわれは、暴虐な帝国主義支配による中東・イスラム諸国人民の筆舌に尽くせない苦しみと怒り、その中から巻き起こる決死の闘いを階級的自己批判の立場で真っ向から受け止めなければならない。そしてパレスチナ解放闘争と連帯を日本階級闘争の正面課題とするために闘わなければならない。

 アフガニスタン侵略戦争の拡大を背景とした全面戦争

 シャロン政権は12月12日の閣議で「アラファト議長との関係を断絶する」「オスロ合意はもはや有効ではない」「軍事作戦を立案し、西岸とガザで緊急展開する」と「宣戦布告」を宣言し、凶暴な軍事侵攻に突入した。12月15日にはイスラエルの戦車部隊40両がパレスチナ自治区のガザ北部の町ベイト・ハヌーンに突入し、抗議行動に立ち上がったパレスチナ人民に銃撃を加えた。これによって12歳の少年を含む5人が殺され、50人以上が負傷した。イスラエル軍は民家数軒を破壊、10人を逮捕した。前日の14日には8人のパレスチナ人が虐殺されている。
 12月に入って以来、アラファト議長の公邸や自治政府施設、パレスチナ警察施設などに攻撃を加えてきたイスラエルが、パレスチナ人民の闘いを暴力的に圧殺しようとして全面攻撃に乗り出しているのである。
 米帝・イスラエルは、93年オスロ合意以来の「和平」策動でPLOアラファト指導部を屈服させ、パレスチナ人民をおよそ国家とは呼べない「ミニ国家」に奴隷的に封じ込めることによって闘いを圧殺しようとしてきた。だがこれがパレスチナ人民のインティファーダや自爆決起によって完全に破産を突き付けられ、今や全面的な戦争的圧殺に出てきたのである。
 それはパレスチナの450万人にものぼる難民の帰還権、自決権を一切認めず、アラファト議長の抹殺や自治政府の解体をも狙った攻撃である。さらにパレスチナ人民総体の虐殺と抹殺を狙った攻撃だ。
 中東「和平」策動の破産は、帝国主義とスターリン主義の戦後世界体制の根幹をなしてきたイスラエル国家のデッチあげをテコとした米帝の中東新植民地主義支配が崩壊の危機に突入していることを意味する。とりわけ今日、米帝バブル経済の崩壊と世界経済危機の深刻化の中で米帝ブッシュは、危機のりきりをかけて、帝国主義間争闘戦の激烈な展開と凶暴な侵略戦争に出ているのである。
 とりわけブッシュ政権は9・11で没落の恐怖と憎悪を募らせ、「テロ撲滅」の大合唱を組織し、9・11への「報復戦争」という形で二度と引き返すことのない世界侵略戦争―世界戦争の過程に突入した。まさにそうしたものとしてアフガニスタン侵略戦争は強行されているのだ。
 そもそもシャロン政権はパレスチナ人民の不屈の決起によって「和平」策動の破産が突き付けられ、パレスチナ人民の闘いを暴力的に圧殺することを基本路線として登場してきた。シャロンは2000年9月にエルサレムのイスラム教の聖地訪問を強行して蹂躙(じゅうりん)し、パレスチナ人民抹殺の策動を開始した。そして昨年3月の首相就任以来、パレスチナ人民のインティファーダに対し虐殺攻撃を展開してきた。
 米帝・イスラエルがパレスチナ人民の総体を抹殺する攻撃に出てきたことは、パレスチナ人民にとってあらゆる意味で戦う以外に生きられない情勢が到来したということだ。PLOアラファト指導部の屈服をのりこえ、不屈の武装闘争で徹底的に戦い抜く以外に一切の勝利の道はありえない状況に突入しているのだ。
 同時にシャロン政権が、パレスチナ人民への凶暴な全面的抹殺攻撃に出てきたことは、必ずやイスラエル国内における階級矛盾を激化させ、イスラエル内からの侵略戦争反対への決起と、シャロン政権に反対する闘いの高揚を生み出さずにはおかないであろう。
 今こそアフガニスタン侵略戦争阻止と一体の闘いとして、闘うパレスチナ人民と固く連帯し、米帝・イスラエルによるパレスチナ自治区軍事侵攻・占領・人民虐殺を阻止する国際反戦闘争に決起しよう。パレスチナ人民の民族自決の要求と闘い断固支持、シオニスト国家イスラエル解体=パレスチナ国家建設支持のパレスチナ解放闘争連帯の闘いに決起しよう。

 帝国主義の中東・石油支配のための侵略戦争が根源に

 パレスチナ問題を見ていく上ではっきりとさせなければならないことは、帝国主義の中東侵略・支配が一切の根源だということだ。シオニストの差別主義・排外主義の思想と反革命的政治運動だけに根源があるのではない。シオニストの政治運動が帝国主義の中東侵略と結びついたことによって、パレスチナ人をその土地から追い出し、イスラエル国家をデッチあげるという事態が起こったのだ。
 帝国主義のパレスチナ侵略で最初に犯罪的な役割を果たしたのがイギリス帝国主義(英帝)である。
 英帝は、第1次世界大戦でオスマン・トルコの分割とその支配地域の分捕りを狙った。そのために、対トルコ戦争にアラブを動員しようとしてハシム家のフセインとの間でアラブ国家の樹立を認めると約束するフセイン・マクマホン書間を交換し(1915〜16年)、その一方でフランス帝国主義(仏帝)との間でこの地域を分割支配するサイクス・ピコ協定(1916年5月)を締結した。
 一方でユダヤ人の戦争への協力を引き出すために「パレスチナにユダヤ民族のための民族的郷土を建設することに賛意を表する」という、英外相バルフォアからユダヤ人の富豪ロスチャイルドに当てた書簡を送った。(バルフォア宣言、1917年)
 第1次世界大戦後、アラブへの約束は果たされず、中東地域は英帝と仏帝の分割支配下に置かれ、20世紀初頭までオスマン・トルコの支配下にあったパレスチナは国連によるイギリスの委任統治領とされた。
 まず初代委任統治政府高等弁務官としてユダヤ系のイギリス官僚ハーバート・サミュエルを送り(1920年)、委任統治規則の条項に「ユダヤ民族の郷土の実現」を明記した。そしてユダヤ人による土地買い占め政策を進めていった。そのやり方は、小麦の収穫期にはオーストラリアから小麦をこの地域に移送し価格を暴落させ、オリーブやオレンジの収穫期には輸出禁止で価格を暴落させるといった悪らつなものだった。
 第2次大戦後は、戦争で疲弊した英帝に代わって米帝がヘゲモニーを奪って侵略を進めていった。第2次世界大戦後の世界支配体制確立の一環として、中東で民族解放闘争を圧殺し、戦略資源である石油を支配するために米帝がイスラエル国家をデッチあげたことにこそ、今日のパレスチナ問題の核心がある。
 第2次大戦終結直後の45年8月、米帝トルーマンはヨーロッパからのユダヤ人難民10万人のパレスチナ移住を認めるようにという要求を英帝に送った。米帝が公然と支援していることで勢いを得たシオニストのテロ組織ハガナ、イルグン、シュテルンが反英テロを激化させた。これに手を焼いた英帝は47年2月、パレスチナの委任統治を打ち切ることを決めた。
 47年11月29日、米帝は国連総会で各国を凶暴な恫喝で屈服させてパレスチナ分割決議を強行した。この分割案ではパレスチナの56%の土地がユダヤ人国家に与えられていた。この時、ソ連スターリン主義はイスラム系諸民族の民族解放闘争を恐れて、それを圧殺するためにパレスチナ分割決議に賛成した。
 この国連決議を受けてシオニストは48年明けと共にパレスチナ人虐殺のテロ襲撃を本格的に開始した。特に英帝の委任統治の期限が切れる5月15日を前にして48年4月から゛ダレット・プラン゜と称する軍事作戦を次々と凶行していった。そして期限切れ前日の5月14日、イスラエルが建国を宣言し、米帝が直ちに承認を与え、第1次中東戦争が勃発した。こうしてイスラエル国家がデッチあげられたのである。
 それ以後米帝は、イスラエルを中東支配のための軍事基地国家として維持するために全力をあげて支援し、経済援助、軍事援助を与えてきた。米帝の対外援助の4分の1がイスラエル一国にそそぎ込まれている。それはイスラエル国家予算の10%にも上る額である。しかも米帝はイスラエルにだけはたえず最新鋭の武器を供与し続けてきたのだ。

 シオニストの差別的思想と繰り返されてきた人民虐殺

 パレスチナ問題をとらえる上で、次に明らかにしなければならないことは、シオニスト運動が、パレスチナ人民抹殺の論理に貫かれた極右ファシストの運動であり、資本主義・帝国主義の差別思想が極悪の形で現れていることである。
 2千年も前にパレスチナの地にヘブライ人が住んでいたからといって、現にそこに住んで生活しているパレスチナ人を追い出していいということが成り立つのか。ユダヤ人が「約束の地」としてその土地を排他的に占拠していいという主張が認められるのか。断じて認めがたいものである。そこには根源的にパレスチナ人民抹殺の思想がある。帝国主義の中東侵略の先兵となったシオニストの反人民性が示されているのだ。
 シオニストはこうしたパレスチナ人民大虐殺と住民追い出しを隠ぺいし、誰もいなかった土地に自分たちが農場を建設し、家を建てたかのように宣伝している。だがシオニストがパレスチナ人民を追い出して農場とし、家を建てたことは紛れもない事実なのだ。
 イスラエル建国後もその歴史はパレスチナ人民虐殺の歴史であった。ここでは第2次中東戦争の中でイスラエル国内の村カフル・カシムで起こった事件を一例として上げよう。
 第2次中東戦争(スエズ動乱)でイスラエルは、56年10月29日ガザ地区とシナイ半島に侵攻し、続いて英仏両軍がエジプトへの攻撃を開始した。この日、イスラエル軍はテルアビブから15`東の村カフル・カシムで午後4時45分にこれまで6時からだった夜間外出禁止令が午後5時からになったと言ってきた。村長は、村人はそのことを知らない、15分では外の農場などに働きに出ている村民に伝えることができないと言ったが、イスラエル軍将校は部下の兵士がそのことを伝えると返答した。
 午後4時55分、最初に4人の労働者が自転車で村に帰ってきたが、イスラエル軍は彼らを並ばせ銃撃した。そのうちの1人は真っ先に倒れて死を装って、あとで逃げることができた。それから馬車やトラックが次々と村に帰ってきたが、イスラエル軍からの停止命令を受け、次々と銃撃されて村人が殺された。
 虐殺は村の入口だけではなかった。8歳になるエイサは山羊を連れ戻そうと入り口を出ようとしたところを撃たれて死んだ。様子を見に出た父親も射殺された。母親は息子の死体を運び入れようとして撃たれて死んだ。娘のノラも銃弾の雨を受けて即死した。一人残された祖父はショックで心臓発作を起こし死んだ。こうして49人の村人が虐殺されたのである。
 これは単なる一事件ではない。イスラエル国内のパレスチナ人は本質的にこうした関係の中に置かれているのである。
 第3次中東戦争(67年)から第4次中東戦争(73年)をこえて闘われたパレスチナ人民の闘いの高揚に対しては、ヨルダンやレバノンの難民キャンプやイスラエル占領下のパレスチナ人民に対して報復的な虐殺が繰り返されてきた。
 特に、そのことを象徴的に示しているのが1982年のサブラ、シャティーラのパレスチナ人大虐殺である。イスラエルが82年レバノンに軍事侵攻し、パレスチナ解放勢力をレバノンでせん滅しようと攻撃をかけた。パレスチナ解放勢力は6月4日のイスラエルの侵攻開始から8月21日の撤退開始まで頑強に抵抗したが、長期にわたる包囲と米帝のイスラエル援護、PLOアラファト議長の屈服によってレバノンから撤退せざるをえなくなった。
 その後9月18日、イスラエル軍は2つの難民キャンプを包囲し、レバノンのファシスト勢力ファランジスト民兵とハダート軍をキャンプに入れ、キャンプに残っていた子どもや老人、女性を大虐殺した。実に3千人とも言われるパレスチナ人が虐殺されたのだ。この大虐殺の直接の責任者が当時国防相で現首相のシャロンである。(広河隆一著『ベイルート大虐殺』三一書房、参照)
 このイスラエルのレバノン侵攻とサブラ、シャティーラのパレスチナ難民大虐殺は、79年イラン革命の衝撃で中東で民衆の解放闘争が爆発することを恐れた米帝の暴力的な民族解放闘争圧殺策動であった。
 米帝は国連決議を盾にとって91年イラク・中東侵略戦争を強行したが、イスラエルは一度として国連決議を守ったことはない。特に67年6月の第3次中東戦争で占領したヨルダン川西岸、ガザ地区、ゴラン高原からの撤退を求めた国連決議242(これ自身パレスチナ分割を前提としている点で絶対に認められないものだ)を今も無視して占領を続けている。それがまかり通っているのは唯一米帝が支援しているからだ。
 その後もイスラエルは人民虐殺を続けている。特に96年4月18日のカナの虐殺は、オサマ・ビンラディン氏に衝撃を与えた。この事件は首相選挙を控えたペレス首相が選挙を有利にするために行ったもので、レバノン南部のカナにある難民施設の爆撃などで14日間に140人が虐殺された。
 さらにイスラエルは、住民の家を爆破して住めないようにし、PFLPなど解放勢力幹部をミサイル攻撃で暗殺し、インティファーダに決起した子どもたちを銃撃して虐殺してきた。理由もなしに青年を逮捕し、拷問を加え、刑務所に拘留している。
 こうした暴虐に対する怒りを根底にして9・11反米ゲリラは爆発したのだ。

 「和平」による屈服を拒否し不屈に闘うパレスチナ人民

 こうした米帝の中東石油支配のためのイスラエル国家のデッチあげと新植民地主義支配に対して、パレスチナ人民は不屈に英雄的に闘い抜いてきた。イスラエルの軍事力が米帝によって全面的にバックアップされた強大なものであるのに比べて、パレスチナ人民は武装それ自体がきわめて困難な状況を強いられている。にもかかわらず、あらゆる困難をのりこえて不屈に闘い抜いている。
 パレスチナ人民は、第1次から第3次の中東戦争で難民となったときには一切の武装を奪われていた。それどころか、難民となって逃れたヨルダンやレバノン、エジプトなどで一切の市民的権利を保障されず、労働するにも資格証明書をもらわなければならず、それも簡単にはもらえないという状況に置かれた。運良く働き口が見つかったとしても圧倒的な低賃金を強制されたのである。
 こうした中でパレスチナ人民は、第3次中東戦争でのアラブ側の敗北を見て、パレスチナ解放のためには自ら闘う以外にないことを強烈に確認し、非公然的に武器を調達し、武装闘争を開始していった。特に第3次中東戦争後の67年8月頃からヨルダン川の停戦ラインを越えて被占領地に潜入しゲリラ戦争を開始した。
 これに対してイスラエル軍は68年3月、ゲリラ活動の拠点となっていたヨルダンの難民キャンプのカラメに大規模な襲撃を加えた。だが、戦闘機、戦車、空挺部隊など9千人を動員したイスラエル軍に対してパレスチナ解放勢力3百人が銃や手榴弾、ナイフ、包丁で武装し、必死に戦い抜き、ついにイスラエル軍を敗退させた。
 この闘いはパレスチナ人だけでなくアラブ民衆に大きな衝撃を与え、広範な大衆が闘いに決起していった。レバノンでも武装闘争を開始しようとするパレスチナ解放勢力と連帯してレバノン人民自身の決起が巻き起こった。このアラブ民衆蜂起によってレバノン右派政権もパレスチナ難民キャンプに手が出せない状態がつくられ、パレスチナ人民の武装が進んでいった。こうしてヨルダンやレバノンの難民キャンプを拠点にしながらイスラエルに対するゲリラ戦争が不屈に闘い抜かれていった。
 こうしたパレスチナ人民の解放闘争を圧殺するためのアラブ支配層の反動としてヨルダン内戦(70年)やレバノン内戦(75〜76年)が仕掛けられた。そしてイスラエルが、パレスチナ人民の闘いを全面的に圧殺しようとして凶行したのが82年のレバノン侵攻とサブラ、シャティーラのパレスチナ難民大虐殺であった。
 これによってレバノンの闘う拠点を奪われ、闘いがまったく困難になったかのように思われた。その時に巻き起こったのが87年の被占領地における若者のインティファーダである。この民衆の決起は、ガザやヨルダン川西岸で、イスラエル占領下に置かれ、生きることもできない抑圧状況に置かれたパレスチナ難民の怒りの爆発であった。
 初めは自然発生的に起こった決起だが、すぐに蜂起指導の人民委員会が形成され、街頭戦では小さい子どもが戦車を妨害するために石などの障害物を道路に運び、体力のある比較的大きな子どもがイスラエル軍に向かって石を投げ、少女たちが石を運んだ。イスラエル軍の銃撃で次々と仲間が殺され、負傷しながらも不屈に闘い抜かれていった。
 ここである少年の言葉を紹介しよう。
 「僕は自分の一生を祖国に捧げ、自由を要求し続ける人になりたい。自由が失われた今、僕は武器をとって戦いたい……憎むべき植民地主義と戦いたいと思う。他の国の人たちと同じように、堂々とした人生を送りたい。もう『ユダヤ人』という言葉を聞きたくない。というのは、敵がユダヤ人だからではなく、彼らがわれわれの土地を奪い、その土地に建っていた家々を破壊したからだ。われわれの祖国が豊かな土地であったために、あらゆる破壊がなされたのだ。彼らは子どもたちを殺し、財産を略奪した。僕は、ユダヤ人が植民地主義を放棄することを要求する。われわれの祖国が解放されるまでは何も望まない」(シルヴィ・マンスール著『石の蜂起―インティファーダの子どもたち』)
 こうしてパレスチナ解放を夢見る若者たちが、決して生きて帰ることのない自爆闘争に次々と決起しているのである。そこには、そうする以外に闘う一切の手段を奪われたパレスチナ人民の抑圧された現実があり、またパレスチナ人民が孤立無援とも言える状況に置かれている現実がある。
 第1次インティファーダは、パレスチナ人民の解放闘争の展望を照らし出すと同時に、米帝、イスラエルを決定的に追いつめた。武力だけではパレスチナ人民の決起を抑えられなくなった米帝、イスラエルは、「和平」交渉にPLOを引き込み、アラファト指導部の屈服を引き出すことによって闘いを解体しようとしたのである。米帝クリントン政権は93年以来「和平」策動を進め、9月暫定自治協定調印、94年5月ガザ・エリコ先行自治実施協定で暫定自治が開始された。
 暫定自治開始によって第1次インティファーダが抑え込まれていったが、それは単にパレスチナ人民がパレスチナ国家建設への幻想に取り込まれたという要因だけによるものではない。インティファーダに決起した若者をパレスチナ自治政府が銃撃して弾圧し、逮捕投獄するという事態の中で、新たな困難に直面させられたのである。
 だがそれもほんの一時的な効果しか持たなかった。イスラエルのラビン首相がユダヤ人極右によって暗殺され、極右リクードのネタニヤフ政権が成立し、入植地拡大政策を強行しはじめたことによって再びパレスチナ人民の激しいインティファーダが爆発していった。これによって「和平」策動は完全に破産に追い込まれ、闘いの永続的爆発が不可避となった。
 そして2000年9月の極右シャロンのイスラム聖地への訪問強行・聖地蹂躙でパレスチナ人民の怒りが爆発し、第3次インティファーダ(アルアクサ・インティファーダ)が爆発しているのだ。

 パレスチナ解放闘争と連帯し国際反戦闘争に立とう

 パレスチナ人民のこうした闘いと連帯してわれわれはいかに闘うべきなのか。
 われわれは、パレスチナ人民の闘いが孤立無援とも言える状況に置かれていることに対して帝国主義国の労働者階級として、何よりも革命的共産主義者として痛苦に自己批判し、パレスチナ解放闘争勝利のために決起していかなければならない。パレスチナ人民の不屈の闘いが帝国主義国の労働者階級に対する血を吐くような糾弾であり、熱い連帯と決起の呼びかけであることを真っ向から受け止め、血債にかけて国際的連帯闘争に決起しよう。「闘うイスラム諸国人民と連帯し、帝国主義のアフガニスタン・中東侵略戦争を国際的内乱に転化せよ」の闘いの重大な一環として、闘うパレスチナ人民との連帯闘争を構築していこう。
 パレスチナ人民は、「占領からの解放、パレスチナ人民の民族自決権、難民の帰還の権利、エルサレムを首都とするパレスチナ独立国家、イスラエル入植地の撤廃」という要求を掲げて闘っている。これを断固支持して闘い抜こう。
 何よりも帝国主義の中東侵略を粉砕するためにもシオニスト国家イスラエルを打倒しなければならないことをはっきりと確認しよう。その上で、帝国主義の打倒なくしてパレスチナ人民の真の解放はないのだ。
 現在、米帝のヘゲモニーで進められているパレスチナ和平は、パレスチナ人民の民族自決権、難民の帰還の権利を踏みにじり、パレスチナ人民を米帝・イスラエルの中東支配の枠組みに屈服させるためのものである。暫定自治として現在パレスチナの土地とされている部分は、ヨルダン川西岸とガザのイスラエル入植地を除いた40%の土地に過ぎず、パレスチナ全体のわずか10%にも満たない。
 87年から7年間にわたって闘い抜かれた血と涙のインティファーダは、数千人の虐殺、10万人に及ぶ逮捕・拷問をのりこえて闘われた。ところが、米帝・イスラエルとPLOアラファト指導部の屈服によって押しつけられたものは、わずか1割の土地とイスラエル入植地によってずたずたに引き裂かれた町、国家としての主権の否定である。しかも現在ではPLO指導部が公然と難民の帰還の権利を放棄することを主張しはじめた。ミニ国家と引き換えに450万人の難民は永久に難民生活を強いられるのである。
 こうした屈服をパレスチナ人民に強制することをどうして許せるだろうか。
 しかも難民の帰還の権利を実現することは決して非現実的なことではない。なぜなら、パレスチナ人民の解放は、米帝を始めとした帝国主義国内の労働者階級と全世界およびイスラエル内でシオニズムと闘うユダヤ人民が帝国主義打倒、シオニスト国家イスラエル打倒の闘いに決起していったときに実現されるのである。その闘いの中でパレスチナ人民とユダヤ人民の新たな連帯の関係が形成され、かつまたユダヤ人民の真の歴史的解放の道が開かれるのである。
 何百万ものパレスチナ人民に難民生活を強制し、数知れない人びとを虐殺してイスラエルの「平和」など絶対にありえないのだ。すでにイスラエル国内でイスラエルのパレスチナ人虐殺に抗議する闘いや兵役を拒否する闘いが起こっている。これは帝国主義支配のためにデッチあげられたイスラエルの危機性を一気に突き出すものとなる。だからこそシャロン政権は凶暴なパレスチナ人抹殺攻撃に出てきているのだ。
 今こそ闘うパレスチナ人民と連帯する国際反戦闘争が待ったなしに求められている。帝国主義の中東支配を打ち破るために、帝国主義を打倒する労働運動の高揚を勝ち取らなければならない。日帝・自衛隊のアフガニスタン・中東侵略戦争参戦に対する広範な人民の巨大な反戦闘争を巻き起こしていこう。闘うパレスチナ人民、アラブ人民、イスラム諸国人民と連帯し、帝国主義の中東侵略戦争を国際的内乱に転化する闘いに決起していこう。

------------------------TOPへ---------------------------