ZENSHIN 2007/03/19(No2287 p06)

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週刊『前進』(2287号1面1)(2007/03/19 )

 青年労働者先頭に警察・右翼圧倒し都心デモ

 次は3・25三里塚全国闘争だ

 イラク反戦4周年日米韓国際連帯

 “革命やって戦争とめよう”

 改憲投票法案阻止へ闘いを宣言

 イラク侵略戦争の開戦から4周年の3月18日、米韓を始め全世界の闘い、動労千葉のストと連帯して、東京・日比谷野音でイラク反戦集会とデモが行われた(実行委呼びかけ)。青年労働者・学生を先頭に全国から2070人が結集した。「革命やって戦争とめよう」という確認のもと、集会後、権力・右翼の妨害を粉砕して都心デモを打ちぬいた。次は3・25三里塚闘争だ(2面にアピールと要項)。全国から総結集しよう。
 イラク開戦から4年。あのとき初めて反戦デモに参加した青年労働者たちが職場や街頭で闘いを開始し仲間を組織した。
 会場の演壇後方には「労働運動のチカラで革命やろう」という真っ赤な横断幕が掲げられた。その前で、青年労働者・学生が次々と力強く発言した。
 「職場を回しているのは労働者という自覚を持てない労働組合はダメ」(自治体労働者)
 「現職死亡で死んだ仲間よりも労使関係が大事なのか。悪循環を断ち切るためには革命しかない」(全逓労働者)
 「一番許せないのは闘う方針を出さない組合。外注化と人員削減にまったく反対しない。引きずり下ろして現場の力に依拠した組合をつくる」(都労連労働者)
 「不当労働行為を認める画期的な勝利命令をかちとった。風穴を開けた。団結して正規・非正規の壁を打ち破ろう」(関西合同労組・関西トランスポート分会)
 「ベトナム戦争の時、全軍労がB52を止めた。労働者には基地を停止する力がある」(辺野古で闘う青年労働者)
 「40人の逮捕をすべて粉砕した。弾圧は敵の危機の現れ。彼らは自分の墓を掘っている」(退学処分を受けた法大生)
(写真 “ブッシュと安倍たおせ”とどろく イラク侵略戦争・軍事占領を許さず帝国主義打倒へ。3・18集会全参加者が心をひとつにしてインターナショナルを斉唱【日比谷野音】)

 “労働運動の力で革命やろう”

 集会は「きょうは侵略戦争を終わらせ、ブッシュと安倍を倒す日です」という織田陽介全学連委員長の開会あいさつで始まった。
 まず動労千葉の清水匠執行委員が、前日から闘っているストライキを報告した。「労働者の団結を取り戻し、闘いの隊列を」と11月労働者集会の1万人結集を訴えた。
 都立高校の教育労働者は、卒業式で昨年を上回る「日の丸・君が代」不起立者が決起していることを報告した。闘いを抑えつける日教組本部を弾劾。自分の4月の誕生日には「さようなら石原、安倍を」と呼びかけた。
 憲法と人権の日弁連をめざす会の森川文人弁護士は、改憲一直線の道をつくる国民投票法案の阻止を提起。「権力者は焦っている。逆に私たちにとってはチャンス」として革命家チェ・ゲバラの言葉を引用し、訴えた。
 福祉労働者が組合結成を報告。「労働者が世界を動かす力を持っている。団結すれば職場も世界も変えられる。勉強して議論して労働組合をつくった」と語った。
 医療労働者が、基調となる2007年3・18アピールを発した。
 「労働者こそ社会を動かしている。ひとつに団結したら、支配の鎖を引きちぎれる。労働運動の力で革命をやろう」「青年労働者に怒りが充満している。資本家は、青年の半分を非正規雇用にし、偽装請負やダブルジョブを強いてきた。体制内労働運動こそ青年を売り飛ばし、殺してきた。革命は、青年が最も欲する闘争方針です。労働者階級の時代が来た。ちゅうちょなく革命を」
 農民を代表して、三里塚芝山連合空港反対同盟がズラリと登壇した。事務局長の北原鉱治さん、敷地内の市東孝雄さん、萩原進さんが労農連帯を表明し3・25闘争への大結集を呼びかけた。
 とめよう戦争への道!百万人署名運動の川添順一さんは「百万の署名を集め、革命を組織する」と決意を語った。
 12000日の闘いで解雇撤回・職場復帰した全金本山労働組合は、さらに3年の再雇用をかちとったと報告。全金本山の旗を職場に掲げ続けると宣言した。
 国労5・27臨大闘争弾圧被告の羽廣憲さんは「国労本部の弾圧は、逆にわれわれの武器になる。裁判で国労本部の腐敗を暴き、打倒する」と力強く語った。
 全逓労働者がまとめを提起した。「革命は労働運動の真の要求・実践です。壁を壊して、仲間を、行動を組織しよう」

 解放感あふれ銀座をデモ

 青年労働者と学生が先頭でデモに出発した。「労働者の力で安倍を倒せ」「資本家はゴミ箱へ」――メッセージボードや旗、のぼりを林立させて、銀座を行進した。
 途中、右翼の宣伝カーが突入してきて怒号と弾劾の声が入り交じり、周辺は騒然とした状態に。妨害をうち破り、銀座中の注目を集めてデモは打ちぬかれた。
 「主張がストレートで良かった」「こんなデモは初めて■やってやるぜ」「ひとりの力は微力だけど、団結すればすごい力になる」。集会もデモも初めての人の感想だ。
 「あの日から革命が始まった」――後世の歴史にそう記されるに違いない、歴史的集会だった。
 3・25三里塚闘争を闘い、改憲投票法案絶対粉砕と統一地方選勝利を軸に4−5月闘争に進撃しよう。(次号に続報)
(写真 青年を先頭に怒りのデモが爆発。銀座に「解放区」が出現した)

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週刊『前進』(2287号1面2)(2007/03/19 )

 動労千葉 基地廃止に怒りのスト

 “組織攻防戦に勝利した”

(写真 スト貫徹総決起集会には会場の通路までぎっしり埋める組合員と支援が結集。 動労千葉は一糸乱れぬストライキで鉄の団結を示した【3月17日 千葉市】)

 動労千葉は3月17日から19日までの3日間、JR東日本所属の全組合員を対象とした春闘ストを打ち抜いた。
 17日午後から各職場で順次ストライキに突入した組合員は、午後6時から千葉市文化センターで開かれた07春闘スト貫徹総決起集会に続々と集まってきた。支援する会、多くの青年労働者・学生も駆けつけた。会場は300人の参加者でぎっしり埋め尽くされ、熱気にあふれかえった。

 激励が続々と

 あいさつに立った田中康宏委員長は「今回のストライキは、館山運転区・木更津支区廃止という許しがたい組織破壊攻撃への、動労千葉の怒りの回答だ」と、多くの組合員が首をかけ、血と汗を流して守り抜いてきたかけがえのない団結の砦(とりで)への破壊攻撃にあらためて激しい怒りを表明した。
 そして「館山・木更津の両支部の一糸乱れぬ団結を基礎に、ありとあらゆる闘いを展開し、不当配転を完全に粉砕した。この闘いをとおして動労千葉は一皮むけて、さらに強い組合に生まれ変わった」と、9カ月にわたる組織攻防戦に勝利したことを高らかに宣言した。
 集会には三里塚反対同盟の北原鉱治事務局長、動労千葉家族会も激励に訪れた。
 各支部代表の発言では「スト破りは絶対にできません」と当局の動員を断固拒否して頑張っている平成採の青年労働者の闘いが紹介された。また千葉駅頭街宣で「よくぞストに立ってくれた」と動労千葉を激励する声、差し入れなどが無数に寄せられていることも報告された。動労千葉本部には、ストへの抗議電話は一本もなく、寄せられているのは激励の電話やメールばかりだという。

 “最強支部に”

 ストライキ2日目の18日には、午前に館山支部臨時大会を開いて支部解散を確認するとともに、午後には木更津市内で“新生”木更津支部の臨時大会が開催された。
 木更津支部は、館山運転区から異動した組合員が合流して組合員が倍増、佐野正幸支部長を先頭とする新たな執行体制をうち立てた。新設される木更津運輸区に乗り込む強固な体制を打ち固め“木更津支部を動労千葉最強の支部にしよう”と全参加者が誓い合った。臨時大会の最後にあいさつに立った佐野支部長は「新しい職場の実権を握っていく」と、スト直後から始まる新たな攻防の先頭に立つ決意を表明した。

 原則貫き勝利

 動労千葉の3日間にわたる春闘ストライキは、この間の激しい組織攻防戦の勝利を宣言し打ち固める闘いとして、堂々と打ち抜かれた。
 JR当局による館山運転区・木更津支区廃止提案から9カ月。二つの拠点職場を丸ごと廃止するという攻撃は、けっして生やさしいものではない。だが動労千葉は、最大の組織破壊攻撃を完全にはね返し、逆に組合員の結束をいっそう打ち鍛え、不当配転をはね返す大きな勝利をもぎり取った。職場の団結を基礎に据えきり、原則を貫きとおして闘えば、必ず展望が開けることを、現実の闘いをとおしてあらためて実証したのだ。
 動労千葉の闘いに続こう。自分の職場で、動労千葉のように闘おう。
(写真 “職場の実権は俺たちが握る”木更津支部臨時大会で新執行体制を確立し新たな攻防へ【3月18日 木更津市】)

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週刊『前進』(2287号1面3)(2007/03/19 )

 おことわり

 3・18闘争と動労千葉ストの報道特別号として、発行を遅らせました。

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週刊『前進』(2287号2面1)(2007/03/19 )

 3・25三里塚へ 市東さんの農地守れ!

 三里塚反対同盟の訴え(下)

 攻防は今が山場だ 事務局次長 萩原進さん

 市東さんの農地強奪の策動、東峰の森伐採、クリーンパークの埋め立てなど矢継ぎ早にかけられてきた攻撃は、どれもNAA(成田空港会社)が北延伸を完成させると言っている09年に照準を合わせている。しかし、もし彼らの思いどおりにできたとしても、空港は「理想」とはほど遠い一層ぶざまな姿になるだけだ。東峰の森をつぶしてできる誘導路は、滑走路を2度も横切る曲がりくねった第二の「への字誘導路」になる。結局、反対同盟、反対派農家をつぶさないとどうにもならないことを敵も知っている。だからあせっている。ここに勝機がある。
 空港会社の利益のために農地をつぶす。このやり方に今の日本の農政が象徴されている。食料、土地、自然環境……人が生きていく上で守らなければならないことより企業の利益が優先するのか。われわれのやっていることの方が数段上の「公共性」をもっている。
 しかも成田空港は今、軍事空港として本格的に使われようとしている。アメリカはイラク占領が失敗し、北朝鮮に対しては直接軍事的に手を出すゆとりがなくて「協議」という形になったが、その分日本が先兵になって排外主義をあおり、ミサイル配備計画など日米共同で侵略態勢に入った。
 そのとき成田空港は兵たん基地として決定的役割を果たすことになる。戦争が起きたとき、自治体労働者は、運輸労働者は、どうするのか。動労千葉の運転士がジェット燃料を運ばされたときと同じことがすべての労働者に突きつけられる。
 こうした中で日本の農業がまさに丸ごと切り捨てられようとしている。支配階級・財界はもう小手先のごまかしではなく、農地法を撤廃し、農業委員会も廃止し、300万戸農家は十数万戸まで減らし、食糧自給率なんかどうでもいい、アジアから収奪すればいいと開き直っている。労働者の首切り、賃下げ、非正規化と一体で農民にも「死ね」というに等しい攻撃が始まった。だからこそ、分断されてきた労働者と農民が手を結んで闘うことなしに勝利することはできない。
 同時に、労働者の闘いも、農民の闘いも、反戦の闘いも、日本だけでは勝利できない。国際連帯を強固にし拡大することだ。昨年をふまえ今年はさらに強めたい。
 三里塚現地の攻防は今が山場だ。この3月は春闘、改憲阻止の闘いも正念場を迎えている。3・18全世界反戦の闘いと3・25三里塚闘争は一体だ。3・25大結集を心から呼びかけます。

 一坪絶対に譲らぬ 本部役員 鈴木幸司さん

 3月8日、私ら夫婦が所有する一坪共有地の裁判が千葉地裁で始まった。県の企業庁はこの駒井野の共有地について、反対運動をやめた人間から持ち分を買いあさり、私にも売れと迫ってきたが、きっぱり拒否した。そうしたら裁判に訴えられた。冗談じゃない。違法をやってるのはどっちだ。一坪は空港建設を阻止するための運動であり、私はその筋を通しているだけだ。
 2月19日には市東さんの耕作権裁判を傍聴したが、だいたい裁判所というのは信用できない。千葉地裁では、反対同盟が民事、刑事、行政訴訟など数限りない裁判を闘ったが、大半が国や空港公団(空港会社)とグルの不当判決の山だった。「空港の公共性」の一言で片づけられてきた。
 だが市東裁判は「よく闘った」だけでは済まされない。実際に勝利して農地強奪を阻む以外にない。市東さんへの攻撃は市東さんだけのことじゃない。一人ひとりが自分自身の闘いとして取り組むべき問題だ。
 反対同盟は日本農民の代表として、政府の農業切り捨て攻撃と闘う覚悟だ。300万戸を40万戸に減らすと言ったと思ったら、今度はそれを14万戸にするだって! 農業は人間生活の根本だ。それをないがしろにしたら必ず報いが来る。
 東峰の森の伐採工事が始められた。かつて萩原さんのお父さんやお母さんからも話を聞いたけど、森はここで農業を続ける者には命の次くらいに大事な存在なんだ。それを空港づくりのために切ってしまえなどという連中を絶対許さない。
 もう、今は戦時みたいなものだな。成田も米軍が優先使用するために、この春にも調査に来る。3・25は労働者と農民が固く連帯して闘う場だ。大結集をお願いします。

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週刊『前進』(2287号2面2)(2007/03/19 )

 農地法での土地強奪許すな

 三里塚は戦争・改憲阻止の闘い

 労農連帯の旗高く現地へ

 朝鮮侵略戦争の歴史的切迫と改憲攻撃の急激な煮詰まりのなかで、昨年春から三里塚闘争への常軌を逸した攻撃が続いている。反対同盟・市東孝雄さんへの農地取り上げ決定(1月29日、松岡農水大臣)の本質は、動労千葉や法大生にかけられている攻撃とまったく同質の、理屈抜きの「三里塚つぶし」だ。米軍再編、教育基本法改悪、労働法制の解体攻撃、改憲投票法案と、矢継ぎ早に襲いかかる改憲攻撃の中で、革命の拠点をめぐるつぶすかつぶされるかの攻防が始まっているのだ。
 わが革共同は、日帝権力との40年にわたる非和解的な闘いを、三里塚農民たちと苦楽をともにして担ってきた革命党としての責任において、反対同盟との血盟を断固として果たしきる決意だ。
 3・25三里塚全国集会は、労働者・農民・学生が、市東さんを始め反対同盟農民の闘いを本当に守りぬける陣形を復活できるかどうかの試金石だ。3・18世界一斉デモの巨大な力を、死力を尽くして3・25三里塚現地に結集しよう!

 これはクーデターだ!

 市東さんの農地を、農地法によって奪うとした1・29農水相決定(昨年9・21知事決定の追認)は、法のねじまげという次元を超えた法の転覆、反革命クーデターだ。
 農地法とは、第2次大戦後の戦後革命期に、農民たちが膨大な小作争議を背景に、「法の目的」として耕作者の権利保護を明記させた法律だ。小作人の同意なき農地の売買は無効とはっきり書かれている。それゆえ、いま農業つぶしを進める資本家たちが目の敵(かたき)にして「廃止」を叫んでいるのである。90年間の耕作実績を持つ市東さんの農地を、この農地法で収用することなど到底不可能なのだ。
 そもそも「伝家の宝刀」土地収用法で、40年間何をやっても取れなかった農地だ。土地収用法の効力も失効した(89年12月)。だから、強制収用を背景に尊大な脅迫を常としてきた政府・運輸省(現国交省)が、収用法の失効以後16年、一転してもみ手の買収攻撃に没入してきたのだ。
 ところが政府・空港会社(100%政府出資)は昨年7月、市東さんの農地を、あろうことか農地法で奪う「申請」を出した。そして、わずか半年で、当事者に反論の機会も与えず、一度の現場調査も審理もないまま、一片の紙切れで政府レベルの収用決定に持ち込んだ。「三里塚をつぶす」という結論ありきの、むきだしの国家意志だ。

 朝鮮侵略戦争とめる砦

 三里塚闘争は、戦争を阻止しうる規模の労働者人民の階級的な力が、歴史的に蓄積している砦(とりで)だ。
 1971年の強制代執行阻止闘争以後、成田空港は「国策」でありながら農家と農地の強制収用が不可能になった。88年に石原慎太郎運輸相(当時)が17年ぶりに強制収用に手を付けたが、権力機関である千葉県収用委員会が人民の怒りに包囲されて崩壊、以後16年間も機能停止に追い込まれた。国家権力の発動を文字どおり粉砕したのだ。
 この巨大な地平を支えている力は、動労千葉との労農連帯を軸に形成されてきた広範な人民の結集力だ。圧倒的な人びとが「国策」と対峙する三里塚農民の抵抗を支持した。ゆえに”国策・ナリタ”は40年を経た現在も未完のままなのだ。
 改憲攻撃と同時に激しい三里塚つぶしが始まったことには理由があるのである。
 この成田空港が、朝鮮侵略戦争情勢において、米軍の戦争体制の7〜8割を占める兵たん・補給部門の中心的基地になろうとしている。
 日米政府は「朝鮮有事の日米共同作戦計画5055」を、秋までに具体化する作業に入った(朝日1月4日付、読売1月5日付)。その最大の懸案事項は「成田空港など民間空港・港湾の使用問題」(同)である。
 地上軍だけで50万人規模の兵員受け入れ、宿泊と糧食の問題、貨物処理能力、航空機の整備能力、医療施設の確保、兵員と物資の移動手段の確保等々。さらに「警備体制」から「対空ミサイルの設置場所」まで問題になっている(日経96年4月20日付)。91年の湾岸戦争でも、米軍が使ったサウジアラビアの拠点空港・港湾が真っ先に相手からの攻撃目標となった。空港・港湾とはそういう戦略拠点なのだ。
 決定的な問題は、この成田空港を機能させている労働者や関係自治体職員などの戦時強制動員だ。成田市は昨年10月、成田空港と関連施設、地域を文字どおりの国家総動員体制に組み込む「成田市国民保護計画」を提出した。これは空港全体が米軍管理下に置かれる問題と重なり、日米交渉の「最大のハードルになっている」(読売・前出)という。
 ここで現場労働者に戦争協力拒否が広がれば、戦時基地としての機能は根底から揺らぐ。なにしろ成田空港は、動労千葉を先頭に強力な反戦派労働者・農民に包囲されているのだ。三里塚闘争を水路に全国の労働者の闘いが合流するならば、戦争体制は内側から崩壊し、国家の存立を揺るがす治安問題に発展する。
 共謀罪の導入など治安弾圧体制の反動的強化が、猛烈に進められている決定的な理由のひとつはここにあるのだ。

 農民は革命を担う主体

 “改憲攻撃としての三里塚つぶし”には、農民切り捨てというもう一つの柱がある。
 「農地法による農地取り上げ」という無法の背景には、日帝ブルジョアジーの延命をかけた民営化路線と低賃金化、それと一体の新農業政策=農民切り捨ての決断があった。新農政の柱は「戦後農地法の廃止」で、現在約300万戸の農家を2015年までに「14万経営体」に再編するとしている(日本経済調査協議会の農業最終提言、昨年5月)。9割の農地を農民から取り上げる計画だ。実現手段として「農地優遇税制の廃止」にも着手するとしている。
 帝国主義間争闘戦の末期状態(WTO体制やEPA等)において世界市場で日帝・資本が生き残るために、国内の農業をほぼ完全に放棄することを決断したのだ。「トヨタが生き残るために俺ら農民を犠牲にするということ」(萩原進さん)だ。日本経団連の調査機関である日経調は、戦後民主主義を形成した戦後農地改革の理念と実体(自作農主義と耕作者の権利保護)を転覆すると言い切った。農地取り上げが全農民を対象にした国策となったのである。
 また新農政は「食糧安全保障」を「戦時法制上の問題」とし、その担保を「海外からの農産物輸入」に置き換えるとも公言した。これは戦前と同じ「海外食糧基地」構想だ。食糧問題を、軍事力の海外展開で担保するというのだ。
 農地法廃止=「第2の農地改革」(経済財政諮問会議)、すなわち戦後革命期以来の全面的な農地強奪政策は、教育基本法改悪、労働法制の解体と並ぶ改憲攻撃の一方の支柱をなす。反対同盟農民は3・25三里塚集会で、全農民の死活にかかわる課題として新農政反対の特別アピールを発し、その立場から市東さんの農地取り上げ反対運動への全国的取り組みを要請するとしている。
 300万農家の反乱は不可避だ。それは革命以外に出口のない問題だ。闘いのカギは、労働者と農民が分断されている現実を打ち破り、労農同盟の隊列を強力に打ち立てることにある。農民は、帝国主義と資本の収奪にさらされ、これと非和解的に闘う以外に生きられない。農民は、まさに農民であるがゆえに、帝国主義の時代において労働者階級とともに革命を担うべき主体なのである(レーニン)。これを完全に否定し、三里塚闘争に敵対してきたのが反革命カクマルだった。
 「民営化反対」と「農民切り捨て反対」は表裏一体の闘いだ。労農同盟の固い隊列で改憲阻止・日帝打倒へ進撃しよう!
市東さんの農地を死守しよう! 北延伸攻撃粉砕・暫定滑走路閉鎖を闘い取ろう! 反対同盟を先頭に3・25三里塚全国集会に圧倒的な結集をかちとろう!

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週刊『前進』(2287号2面3)(2007/03/19 )

 国・空港会社は法を守り市東さんの農地強奪やめよ 

 全国から総結集を 全関西実行委代表世話人 淡路町空港反対同盟代表 永井満さん

 2月19日、三里塚反対同盟の市東孝雄さんの農地を空港用地のために取り上げようとする裁判の第1回公判が千葉地裁で開かれ、私も傍聴しました。祖父の代から3代、90年にわたって営々と耕作してきた農地を突如、「不法耕作」呼ばわりして、空港用地に明け渡せという訴えを成田空港会社(NAA)が起こしたのです。
 それに先立って、市東孝雄さんの農地を空港用地に転用する手続きを成田市の農業委員会、千葉県の農業会議が承認し、堂本知事が許可しました。さらにこの許可の取り消しを求めた市東さんの請求を1月29日、農水省松岡大臣が却下しました。これに勢いを得て空港会社が「耕作地明け渡し」裁判を起こしたものです。

 NAAの違法

 ここに至るまでに、NAAはいくつもの違法を犯しています。農地法では、地主が農地を第三者に売る際には、耕作者に知らせ、同意を得ることを定めています。耕作者が知らない間に土地が他に転売されることがないためです。空港会社は、1988年にこっそり旧地主から用地を取得していました。市東さんはそれから十数年の間、旧地主に地代を払い続け、地主も知らぬ顔をして受け取っていたのです。さらに、農地を転用する手続きは10年以内に行わないと「時効」となります。これに気づいた空港会社は「03年12月に取得した」とウソの申告をし、農業委員会も知事も、それを知りながら許可しているのです。こんな無法・不法を押し通した上、市東孝雄さんが耕作を続けているのは「不法耕作にあたる」といって立ち退き裁判を起こしたのです。
 祖父から3代、90年にわたって営々と耕作を続けてきた市東孝雄さんは、今こうして農地を取り上げられ、追い出されようとしています。土地収用法でも取り上げられなかった土地を、もともと農地と耕作者を守るための「農地法」を悪用して取り上げようとするこのNAAの違法・無法に目をつむり、成田市も千葉県も、そして農水省もこれを容認しました。そして今、裁判所が市東さんを「違法耕作者」として裁こうとしています。これが、この国の指導者が言う「美しい国」の実態です。

 農業委を傍聴

 昨年9月、この件を審議した千葉県農業委員会を私は傍聴しました。真剣な協議がなされることを期待しましたが、何の質疑も議論もなされず、委員長の「御異議ございませんか」の問いに全委員「異議なし」ということであっという間に市東さんの農地を空港用地に転用することが承認されました。だれか一人でも、「これは農地法に違反しているのではないか」と異議をはさめば、これは通らなかったでしょう。しかし、正義に立つただ一人の委員もその中にはいませんでした。その審議の中で成田市の担当者が「市東さんに対しては1億5000万円もの補償金を用意している。これは市東さんの収入の150年分に当たる金額です」と言いました。金さえ払えば文句はないだろう、と言わんばかりのこの言葉に市東さん本人はもちろん、傍聴していた人たちから轟々(ごうごう)の非難の声が上がりました。
 さらに、2月25日、空港会社は東峰地区の住民との間に何度も交わした約束や覚書を破り捨て、誘導路建設のために東峰の森を伐採する工事を開始しました。
 国と空港会社、その前身の空港公団は、反対同盟や地区住民との約束をことごとく破り捨て、自ら定めた法律さえ踏みにじって滑走路北延伸を強行、さらに南側にも延長して4000b滑走路の建設を画策しています。
 彼らの真の狙いが、成田を有事の際の米軍と自衛隊の兵たん基地として使用できる空港とするため工事を急いでいることは明らかです。米軍の再編や自衛隊の強化を急ぐ「有事体制」づくりの重要な一環として拡張整備が急がれていることは明白です。「三里塚の闘い」は今、改憲↓戦争への道を突っ走ろうとする権力者の意図を阻止し、平和を守り抜く重要な闘いとなっています。

 三里塚が原点

 思えば三里塚40年の闘いは、その発端から今に至るまで、国・公団・空港会社の無法不法と対決し、これを許さない闘いでした。これを正義の闘いと言わずして何と言いましょうか。三里塚反対同盟は一貫して、非妥協・不屈・実力闘争を掲げ闘い抜いてきました。そして私たち全国の市民・住民・労働者・学生がこの闘いに共感し、共に闘ってきました。今、関西で闘われているさまざまな闘いも、この三里塚を共に闘う中から始まったといっても過言ではありません。
 三里塚は今、その闘いの真価を問われる重大な局面に遭遇しています。反対同盟はその40年の闘いをかけて反撃に立ち上がっています。来る3月25日に全国総決起集会を開き、国・空港会社の無法に断固立ち上がるよう呼びかけています。一人でも多くの仲間が現地に駆けつけ、市東孝雄さんや萩原進さんたちのはらわたが煮えくりかえるような怒りをわが怒りとし、ともに闘い抜く決意を打ち固めようではありませんか。総決起・総参加を訴える次第です。

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週刊『前進』(2287号4面1)(2007/03/19 )

統一地方選決戦の勝利かちとろう 
杉並 北島邦彦さん 労働者階級の利害貫き山田区長の民営化阻む

  4月統一地方選挙は改憲を狙う安倍政権との重大な決戦だ。杉並区議選に立つ北島邦彦さん、相模原市議選に立つ西村あやこさんから、この決戦を闘いぬく決意が寄せられた。(編集局)

 革命的議会主義の真価をかけて杉並区議選に勝利しなければなりません。「党の革命」によって露呈した杉並の選挙闘争・議会闘争のゆがみを総括・克服するために勝利します。原点に戻り、革命的議会主義を日本階級闘争の大地によみがえらせたいと思います。
 革命に向かって一筋に突き進んでいくための議会活動・議員活動を貫きます。徹底的にプロレタリア革命の利害に立ちきる革命的議員は、労働者階級が革命勝利のために自らの武器として議会に送り込む槍(やり)の穂先です。いや、労働者階級は革命的議員とともに議会に乗り込み、帝国主義の階級支配の本性を暴露し、階級支配そのものをぶち壊していくために闘います。
 この階級的使命を没却し、革命に絶望し、労働者階級の根底的決起への確信を失った時、ブルジョア議会主義に身も心も染まる底なしの腐敗が生じます。権力へのとどまるところない屈服も始まります。革命的議会主義の復権は、こうした腐敗・転向と徹底的に闘い粉砕する中にしかありません。今回の杉並区議選の勝利も、その闘いに勝ちきることによってのみ実現されると考えます。
 安倍・御手洗による改憲、戦争と民営化=労組破壊の大攻撃は、今や全面的に労働者階級に襲いかかっています。労働者の団結を破壊してその闘いを根絶し、憲法9条改悪−朝鮮侵略戦争に日本帝国主義が一気に突き進もうとするきわめて緊迫した情勢です。しかしこの凶暴な攻撃は、いよいよどんづまりにきた日本帝国主義の危機の噴出という事態でもあります。労働者階級の反戦意識をいまだ根絶できていない現実があり、それどころか青年労働者・学生の荒々しい闘いのうねりが始まっています。
 このような日本帝国主義の危機の救済者として登場しているのが、ファシスト石原であり、杉並区長のファシスト山田です。山田区長は昨年、杉並区の全事業869をすべて民営化の対象とする「杉並行政サービス民間事業化提案制度」をつくり、それを強行実施し始めました。これは自治体労働者の職場を奪い、とりわけ自治体非正規職労働者のクビ切りに直結します。その事業を請けた民間企業の労働者は、徹底した賃下げと労働強化を強いられます。その結果が、一昨年の107人が命を奪われたJR尼崎事故であり、小学生の命を奪った昨年の埼玉プール事故です。
 また、資本の利益を保障するためにあらゆる行政事務に手数料を課し、労働者民衆の生活破壊を極限まで推し進めることになります。さらに、教科書採択事務を「つくる会」を母体にするNPOによって民営化し、「つくる会」教科書採択を確実なものにすることなども容易に考えられます。民営化はファシスト教育=戦争教育とも表裏一体のものとしてあります。
 民営化攻撃とは、労働者階級にとってどの側面から見ても絶対に許すことのできないものです。そもそも民営化攻撃は、正規職・非正規職、官公・民間といった労働者階級の差別・分断状況を土壌にして繰り出されるものであり、さらに労働運動を壊滅に追い込んで労働者の団結を破壊する攻撃です。全力で阻止しなければなりません。
 その根源的力は労働運動にこそあります。民営化攻撃との闘いをあらゆる労働者の闘いの課題とし、その闘いをともにすることの中に杉並区議選勝利の道筋があります。
 杉並の地でも、労働組合交流センターを始め動労千葉の闘いに学んだ新たな労働組合運動が登場しています。3月11日には130人で「本気で春闘/世の中変えよう!」をスローガンに春闘行動が闘われました。杉並区議戦勝利に向けた共同闘争者がすでに存在しているのです。
 必勝あるのみです。ともに闘いましょう!

◆北島邦彦さん略歴◆

 1959年山口県岩国市生まれ。中央大学法学部を卒業後、広告会社に就職し、労働組合の執行委員に。現在、都政を革新する会事務局長。給食調理員のつれあいとふたり暮し。趣味は映画鑑賞。

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週刊『前進』(2287号4面2)(2007/03/19 )

 相模原 西村あやこさん 相模原を朝鮮侵略戦争前線司令部にさせない

 

4月統一地方選挙は改憲を狙う安倍政権との重大な決戦だ。杉並区議選に立つ北島邦彦さん、相模原市議選に立つ西村あやこさんから、この決戦を闘いぬく決意が寄せられた。(編集局)
 4月統一地方選は憲法改悪阻止決戦の戦後最大の激突のただ中で闘われることになりました。安倍首相の言う「戦後レジームからの脱却でめざす美しい国」、御手洗経団連会長の言う「成長重視の希望の国」は、徹頭徹尾、労働組合を破壊し労働者の生活と生存を抹殺しようとする攻撃です。
 世界経済の危機と帝国主義間争闘戦の激化の中で、日帝も生き残りをかけて戦前型の戦争国家、国家主義体制に逆戻りさせようとしています。昨年12月、教育基本法改悪、防衛庁の省への昇格を強行して、クーデター的な暴走を始めました。
 憲法改悪のための国民投票法案、教育4法の改悪、労働法制の改悪、共謀罪の新設や米軍再編関連法案などの強行突破を狙っていますが、この余裕のなさや焦りに駆られた凶暴なやり方は、まさに労働者階級の怒りと反撃と反乱を恐れている証拠と言えるでしょう。
 民営化、規制緩和による賃下げ、リストラ、非正規雇用の拡大、そして増税と社会保障の解体攻撃は、労働者の貧困と格差を拡大し、あらゆる権利をはく奪し改憲・戦争へと突進するものです。
 柳沢厚生労働大臣の「女性は子どもを産む機械、子ども2人が健全」などの女性差別発言も、安倍首相の「軍隊慰安婦は強制ではなかった」などの居直り発言も、政財界の腐敗や汚職も反省すらしない傲慢(ごうまん)さは根っこが同じです。もう我慢ならないという怒りのマグマを束ね安倍政権を倒さなくては未来がないと思います。
 労働者民衆の力と政府・財界の力とが真っ向から激突し、社会全体を根本的に変える時代です。統一地方選はその階級的回答の場の一つだと思います。7月参議院選挙後には消費税アップと企業減税というのですから、なおのことです。
 私は3期12年、「戦争は命をかけてもはばむ」「国の悪政にNO!といえる市政を」「労働者人民と共に闘う議員」をモットーに唯一の革新無所属で奮闘してきました。
 相模原は、戦前戦後を通じて基地の街です。ここが今、日米軍事同盟再編強化の大焦点になっています。沖縄を始め全国を不沈空母化する、そして米帝の世界戦争とりわけ朝鮮侵略戦争の前線司令部になる。朝鮮侵略戦争の「作戦計画5055」が、日米共同作業として策定され始めたと言われています。沖縄の反基地・反安保闘争、そして韓国ピョンテクの基地反対闘争などとの真の連帯をかけた具体的な闘いの場所です。安倍政権は再編交付金などという札束で屈服を図ろうとしています。これからが本番です。
 介護保険、国保、障害者自立支援法、公務員制度改革というリストラ、民間委託、市場化テストなど、国が決めた悪法が地方議会の承認のもとで条例化され、自治労を解体して強行されようとしています。労働者のための市政には抵抗権が必要です。そして自治体労働者の組合的団結こそがその核心です。
 相模原市は今年3月、津久井4町と合併しました。国のコスト削減と中央集権のためであることは明らかです。
 さらに国は道州制をも打ち出している中で、相模原市は政令指定都市をめざすとしています。中核市である現在も、総務省派遣官僚が市の財政部長ですが、政令指定都市になるともっと官庁からの派遣が増えると予想されています。軍都ゆえの中央直轄化をさせてはならないと思います。
 2007年度予算では増税による市税収入が24%見込まれました。国の借金の肩代わりで臨時財政対策債が膨らんでいます。議会はどうあるべきか、議員はどうあるべきか真価が問われます。
 地方分権とは地方自治の破壊そのものです。だからこそ労働者階級の闘いを促進する議員が必要だと痛感します。
 世界史的激動と革命的情勢の本格的到来の中で、労働者階級とともに闘い、プロレタリア革命をめざす議員として奮闘する決意です。

◆西村あやこさん略歴◆

 1940年生まれ。高校卒業後、商社勤務。労組婦人部で活動。81年から5年間けんぽく生協の理事長。相模原市議3期12年。婦人民主クラブ全国協代表、さがみはら革新市政をひらく会代表。

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週刊『前進』(2287号4面3)(2007/03/19 )

 統一地方選決戦の勝利かちとろう

 階級的労働運動路線実践し杉並・北島必勝へ全力決起を

 革共同・東京西部地区委員会

 統一地方選が、残り5週間に切迫した。西部地区党と東京都委員会は、4月22日の投票日に向けて、北島邦彦予定候補の当選・勝利をめざして全力で闘っている。必勝をかちとろう。

 革命的議会主義の原点

 07年1・1アピールで打ち出された階級的労働運動路線は、今次統一地方選にかちぬかなければ真に確立できない。首都・東京での闘いは、改憲・戦争・民営化に突き進む安倍・石原・山田と真っ向から対決し打倒する決戦である。この闘いに勝利することをとおして、「労働運動で革命をやろう」ということの現実性が明らかになる。
 革共同第22回拡大全国委総会、1・1アピールをとおして、党は革命的議会主義・選挙闘争の根底的総括を行い、「これまでの選挙闘争の中で長期にわたってわれわれ自身の中に積み重ねられてきた、革命的議会主義についてのゆがんだ理解とその変質という痛苦な現実を克服し、原点に戻って再出発する」(1・1アピール)立場から今次統一地方選、とりわけ杉並区議選を闘い抜くことを確認してきた。
 革命的議会主義・選挙闘争を(われわれの闘いがすべてそうであるように)党と階級の階級的団結を打ち固め拡大していくために闘うというマルクス主義の立場に立って闘うということだ。
 3全総政治局報告は次のように述べている。「日々あくなくつづけられるブルジョア階級の搾取と圧制の実情を具体的に暴露し、ブルジョア的代議政治がこうした搾取と専制をおおいかくすイチジクの葉であることを糾弾するとともに、同時に、労働者の味方のような顔をしながら、そのじつブルジョア階級の搾取と専制に反逆するプロレタリア大衆の闘争を抑圧し、ブルジョア議会への『労働者』議員の進出がプロレタリア解放の道であるかのように欺瞞(ぎまん)するいっさいの『革新』政党を弾劾し、新しい革命的労働者党の創成の必要を訴えるための演壇として、選挙闘争を徹底的に利用する」
 この3全総路線、さらに「コミンテルン第2回大会で採択された共産党と議会に関するテーゼ」(1920年)を徹底的に踏まえ、「画然たる転換」をかけて選挙闘争を闘わなければならない。
 それは第一に、権力・資本と労働者階級の絶対的非和解性を、議会活動や選挙闘争において、街頭において、より広範に徹底的に暴ききることである。そのことをとおして、労働者自己解放―階級的労働運動の発展をかちとる闘いである。
 第二に、こうした闘いは、労働者階級の究極的解放の闘いを阻む「体制内労働運動との決別・打倒」の闘いと一体のものである。
 第三に、広範な労働者階級の怒りと結びつくことである。労働者階級の根底的な怒りを革命に向かって獲得するためには、革命的議会主義は不可欠である。そのことを鮮明にして闘うことだ。
 第四に、特にコミンテルンテーゼが、「帝国主義的暴力にたいする最も激烈な抗議の形態をとった議会闘争は、とりわけそれが議会外の行動と結びつけられるときには、大衆をめざめさせ、その抵抗をよびおこすための強力な手段となることができる」として、活動の「重心は議会外である」と強調していることを徹底的に実践しなくてはならない。
 その上で、「労働運動で革命をやろう」の実践にとって、首都・東京での闘いである点は決定的だ。それはコミンテルンテーゼの「ブルジョア議会を粉砕し、廃止し、その廃墟(はいきょ)のうえに新しい権力、労働者の階級的諸団体、すなわちソビエトの権力を組織しなければならない」という提起を貫く闘いだ。
 朝鮮侵略戦争が切迫する一方、プロレタリア世界革命が完全に日程に上った今日、レーニンが『第二インターナショナルの崩壊』で提起した革命党の三つの義務、すなわち@革命的情勢が現存することを大衆に明らかにし、Aプロレタリアートを革命的行動に移らせ、B革命的情勢に応ずる組織をつくり出す――ことを、選挙闘争において貫徹するのである。

 2議員の敵対うち破り

 昨秋来、西部地区党は、これまでの議会主義・選挙闘争のあり方をめぐり真剣で激しい討論を重ねてきた。その核心は「議会主義・議会活動の歪んだ理解と誤り、選挙闘争のあり方をめぐる根底的総括、党の出直しの問題」だった。「都政を革新する会」の結柴・新城両議員が討議の中で「党としての原則的な責任の取り方としての議員辞職」が俎上(そじょう)にのった途端に討議を拒否し逃亡したのだ。
 2人の議員の歪みや転向は、実に恐るべきものであった。「犯罪被害者等支援条例」賛成はその帰結だった。民営化への賛成という反労働者的対応を先端に、2議員は党の路線や階級の利害に背反する行動を積み重ねていた。これらは単にその時点での誤り、判断の間違いでは断じてない。
 これらはもとより党の指導が生み出したものであり、特に5月テーゼ以降の党指導部の中の意識的背反がこうした路線的歪みを主要につくり出したことを、痛苦の念をもって自己批判しなくてはならない。その結果、2議員の新指導路線(階級的労働運動路線)反対の立場を生み出し、彼らは反階級的なブルジョア議会主義への転落を深めてしまったのである。
 2議員の反動的転落と急速な反動的純化は、まさに「党の革命」反対の立場からの必然的結果だった(2人が「党の革命」直後から反対派を組織していたことが判明している)。
 今進行している事態は、2議員が結局は「党の革命」に反対し、階級的労働運動路線に敵対し、その立場から党への敵対と反党活動を行い、区民の中に分裂を持ち込み、昨年12月に都革新を離脱し、「無所属」を名乗り、「党から離れた」「過激派をやめた」「都革新、党に対決する」ことを売りものにして選挙闘争に踏み込んでいるという事実である。都革新の唯一の候補である北島候補を落選させることを目的に選挙活動を行おうというのだ。
 2人の議員の許しがたい反党活動と転向・敵対を徹底的に弾劾しなくてはならない。今こそ2人の打倒を徹底的に宣言し、「党の革命」の貫徹をかけ、階級的労働運動路線と1・1アピールをかけて、統一地方選勝利をかちとることを断固として確認したい。これは全党の不抜の団結の闘いである。その際に重要なのは、労働者(区民)の自己解放的決起として、2人の弾劾・打倒をかちとることである。

 民営化阻止・山田打倒へ

 07年区議選をいかに闘うか。
 第一に北島候補の当選を必死で実現することである。
 われわれは、今回の区議選を戦争・改憲、民営化・労働者の団結破壊、生活破壊と全面的に対決する選挙戦として攻勢的に闘い、勝利しなくてはならない。安倍・石原・山田と徹底的に闘う選挙戦である。
 選挙戦過程が戦争・改憲攻撃との激突になる。それは、朝鮮侵略戦争の切迫、実際に戦争の準備をしている安倍政権に反撃し、改憲投票法案の成立を阻止する闘いである。また、資本の利潤追求を一切とする御手洗ビジョンと対決し、労働者を人間として扱わない社会のあり方を全面的に変えようと訴え、労働者こそ社会の主人公だと訴え共感をかちとり、闘いを呼びかけていく選挙戦として闘う。戦争でしか生き延びることができない今の社会をひっくりかえそう、「労働運動で革命をやろう」と真っ向から訴える選挙戦である。
 第二に、西部地区党と都委員会は、これまでの選挙戦からの「画然たる転換」をかけ、勝利をめざして闘っている。何よりも全党総決起で全地区党同志が選挙の配置につき闘うあり方を懸命に創出し、「オルグ団」選挙から全党の「オルグ団」化への転換をめざして闘っている。核心は、選挙闘争に総決起することで団結を固め、団結を拡大していくことにある。
 第三に、階級的労働運動路線の実践として闘うことである。とりわけ「杉並区・丸ごと民営化」攻撃との全面的な激突を選挙戦の最大の争点に押し上げ、大衆運動としての爆発を実現していくことである。
 杉並・山田が民営化攻撃の先兵となって打ち出している全事業の民営化方針(「杉並行政サービス民間事業化提案制度(仮称)」)は、区で働く全労働者(正規・非正規)の大量首切りであり、低賃金・強労働に落とし込む攻撃であり、同時に住民の福祉・生活を破壊する攻撃である。全労働者の課題として必ずや大闘争に発展する。
 山田は「つくる会」教科書の採択や独自の教員養成の「師範館」を立ち上げた根っからの極右ファシストである。教育改革と民営化を掲げて労働者階級の闘いと団結の解体に向けて真っ向から突進しており、安倍・石原の手先そのものである。山田が、戦争・改憲、民営化・労組破壊、生活破壊の先頭に立っていることを暴露し、対決し、打倒することを徹底的に柱に据えて闘う。
 この闘いを選挙戦術という狭い枠で考えるのではなく、階級的労働運動路線の実践として年単位の闘いに位置づけ、闘いの高揚を切り開かなくてはならない。すでにこの闘いは開始され、怒りと闘いを求める多くの叫びが上がっている。
 第四に、大増税(消費税値上げ)、生活破壊、福祉・介護切り捨て政策と徹底的に対決し、「労働者が中心の社会を新たにつくろう」と訴える選挙戦である。労働者区民自身の自己解放的決起と一体となり、その怒りを組織し、代行主義ではなく労働者自身の決起と議員が一体となって闘うあり方をつくり出す選挙戦である。このことを再度、明確にしたい。
 第五に、07年3月大行動―3・18全世界一斉デモの爆発なしに4月選挙闘争の前進も勝利もない。「3・11 本気で春闘/世の中変えよう!西部春闘行動」(130名の集会・デモ)の成功に続き、3・18日比谷に総決起し、その大爆発を実現し、その熱気と大流動の中で4月区議選を白熱的に闘って、勝利をこの手につかもうではないか。ともに闘おう。
 階級的労働運動路線の実践として、統一地方選の勝利をかちとろう。

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週刊『前進』(2287号5面1)(2007/03/19 )

 3・14反革命から32年 新たな決意

 ファシスト労働運動を打倒し階級的労働運動路線の実践へ

 すべてを焼き尽くす3・14報復戦に決起

 わが革共同のかけがえのない最高指導者だった本多延嘉書記長が、ファシスト反革命・カクマルにより暗殺された1975年の3・14反革命から、32年目を迎えた。
 3・14反革命は、先制的内戦戦略―二重対峙・対カクマル戦の総反攻完遂段階の前進に追い詰められたカクマルが、言語に絶する卑劣な手段をもって革命党の党首を虐殺した大逆流であり、一大反革命であった。
 われわれはこの事態に遭遇して、怒りにふるえ、3・14を「みすえ、そそぎ、のりこえる」を合言葉に、「すべてか無か」「生か死か」の一大反撃に立ち上がった。学生戦線の同志はもとより、あらゆる産別の多くの闘う労働者同志が退路を断ち、ファシストとの革命的内戦に決起し、党と革命を防衛するために命をかけて戦った。 
 カクマルのような世界に類例のない邪悪な反革命に対しては、すべてを焼き尽くす激しさと、ファシストどもの度胆を抜く赤色テロル=3・14報復戦の爆発以外に、通用する言葉はなかった。
 その嵐のような戦いは、1980年10・30大戦闘(3・14反革命の下手人=学生JAC5人を完全せん滅した戦い)にまで上りつめていった。革共同はこの大勝利を転機に、第一の正面任務を対権力闘争とし、第二の任務を対カクマル戦とすることを決断して、先制的内戦戦略のフェーズTからフェーズUへと移行していったのである。 
 70年安保・沖縄決戦の大爆発に恐怖したカクマルの歴史的反動としてあった1971年の12・4反革命。それ以来、革共同は先制的内戦戦略のフェーズT・フェーズUの20年にわたるファシスト反革命との戦いに断固決起した。だがその中でも、けっして労働運動・労働組合運動を放棄しはしなかった。なぜならそれは革共同が労働者階級の党であり、プロレタリア革命の党だからだ。
 そのための鉄火の試練として、現実には80年代のフェーズUの過程で、決戦に突入した三里塚と両輪をなす闘いとして何よりも動労千葉の闘いを位置づけ、国鉄分割・民営化阻止の闘いを決戦として闘いぬいた。一方で動労カクマル・松崎が中曽根の先兵となり、他方で総評・民同指導部が民営化攻撃と原則的に闘えず屈服する中で、動労千葉は闘いぬき、全産別の労働者も連帯して決起した。動労千葉を自己の分身として、その防衛のために闘ったのである。
(写真 故・本多延嘉書記長)

 3全総路線のラセン的発展と新たな挑戦

 革共同は今日、「党の革命」を推進し、07年『前進』新年号の1・1アピールとマル青労同のアピール・座談会をもって階級的労働運動路線を提起し、その実践を開始している。「労働運動の力で革命をやろう」が青年労働者の大衆的な合言葉となり、既成の体制内労働運動と決別し、それを打破しながら、職場闘争や細胞建設の闘いと、組合権力への挑戦が始まっている。これは労働運動を革命的に発展させ、地殻変動をつくり出していく歴史的な闘いの開始そのものである。 
 この新たな画期的地平を生みだした基礎にあるものこそ、動労千葉労働運動である。そしてファシスト・カクマルとの革命的内戦の勝利と、91年5月テーゼ以来のとりわけ労働戦線における党建設の闘い、および党改革の闘いの推進である。さらには、故本多書記長が中心となり指導し切り開いてきた、革共同の3全総・3回大会路線である。そこへのラセン的回帰の闘いと実践である。
 故本多書記長こそは、革共同が1957年に創設されて以来、反スターリン主義・革命的共産主義運動のトータリティー(全体性)を体現してきた指導者だった。
 日本における反スターリン主義・革命的共産主義運動は、56年のハンガリー革命へのソ連軍の血の弾圧に対する革命的糾弾の闘いをもって開始された。この闘いは、一方で、帝国主義とスターリン主義の現代世界との対決を、自己変革と対象変革の闘いの弁証法的統一として深化・発展させる闘いであり、他方で、トロツキー教条主義やブント(共産主義者同盟)的な左翼スターリン主義=小ブルジョア急進主義との激しい闘争として展開された闘いだった。
 革共同は第1次分裂(58年夏)以降、本多書記長の強力なヘゲモニーのもとに、黒田のサークル主義と政治指導からの召還主義をのりこえ、西分派との第2次分裂に勝ち抜き(59年8月)、革共同全国委員会を結成した。それは60年の激動過程を政治闘争と党派闘争の双方で闘いぬいていく党的基礎の確立を意味した。第2次分裂から60年安保、ブント問題、そして62年の3全総(第3回全国委員総会)の過程で、本多書記長の果たした役割は決定的だった。
 故本多書記長の決断と主導でかちとられた3全総路線の核心は、戦闘的労働運動の防衛と創造、地区党建設、『前進』を軸とした宣伝・扇動の改革の三つである。この3全総の戦取なしには、革共同のその後の労働運動と階級闘争での飛躍も、3回大会(66年)への道もけっして切り開かれなかった。ところが黒田とカクマルは、これに「労働運動主義」「大衆運動主義」「ブント主義への屈服」などという悪罵(あくば)を投げつけて反発し、革共同から脱落・逃亡したのである。
 3全総路線に敵対した黒田とカクマルの本質は、階級闘争と階級的労働運動からの召還主義ということにある。だからこそ黒田とカクマルは、70年安保・沖縄決戦の爆発に大打撃を受け、恐怖して、プロレタリア階級闘争を白色テロルで圧殺するファシスト集団に変質し、反革命に転落したのだ。さらには国鉄分割・民営化の先兵となって延命するという、反階級的裏切り者集団になり下がったのだ。
 3全総をかちとった革共同は、さらに本多書記長らの指導のもと、第3回全国大会で反帝国主義・反スターリン主義世界革命の綱領的確立を基本的になしとげ、70年決戦を路線的に準備した。これは黒田の「反帝・反スタ」が東西対立論や容帝・反共主義や「ソ連起動力」論に変質、崩壊していった対極で実現された地平であり、カクマルに壊滅的打撃を与えた。
 革共同は60年代、3全総・3回大会路線のもと、第一の最大の任務として〈戦闘的労働運動の防衛と創造>のための闘いに全力をあげた。総評・民同や日本共産党スターリン主義と激しく対決しながら、マル青労同の建設や組合青年部の組織化に力を注いだ。この闘いによって組織された青年労働者の勢力は社会的にも「反戦派労働者」と呼ばれ、70年決戦に圧倒的隊列で登場した。階級的労働運動の巨大な創造を展望しながら、逮捕・投獄も恐れず、武器を持ち果敢に闘った。
 だがこれへの歴史的反動として立ち現れ、警察権力と連合して革共同と革命的労働者に襲いかかったのが、反革命カクマルだった。

 対カクマル戦勝利と黒田の「恥多き死」!

 革共同はこれに対し、戦略的防御―対峙―反攻という段階的発展の戦い方をもって、二重対峙・対カクマル戦=反ファシズム解放戦争に総決起していった。3・14報復戦を頂点に、血を流し、歯を食いしばって闘いぬいた。そしてこのファシストとの戦争に、ついに勝利したのである。
 2001年の革共同6回大会は、対カクマル戦の「歴史的大勝利の情勢」を宣言し、カクマルの綱領的・路線的破産、JR総連路線の破産と組織分裂をえぐり出し、カクマル最後の「聖域」たる「黒田哲学」に攻め込み、その観念論的正体を暴き、死を宣告した。
 カクマルの危機と腐敗と崩壊は、今日、さらに進行している。見よ。嶋田派との分裂・抗争が全国的に激化し、「平成採」の反乱も拡大するJR総連の中で、今や松崎は腹心の佐藤政雄ともども、数千万から億単位の多額の組合費横領で追及される身だ。3・14反革命の最大の下手人・黒田は、「黒田哲学」への壊滅的批判に一言も反論できないまま、06年6月、恥多き死をとげた。最後は日本礼賛と反米国粋主義・民族主義に転落し、無残な転向者としての姿をさらした。 
 黒田なきカクマルには、もはや宗教的な黒田崇拝を軸としたカルト集団として、反革命的に延命する以外の道は何も残されていない。

 労働運動と革共同の未来切り開く闘い

 先制的内戦戦略のフェーズT・フェーズUを戦いぬき、対カクマル戦に勝利した革共同は、91年5月テーゼと6回大会―新指導路線のもとで15年間を闘い、今や「党の革命」を推進し、階級的労働運動路線を打ち立て、実践している。青年労働者を先頭に、「労働運動の力で革命をやろう」と訴え、動労千葉労働運動と国際連帯に学んで、猛然と闘いを開始している。既成の腐敗した体制内労働運動を突き破って闘いを始めている。
 日帝・安倍=御手洗路線と激突するこの闘いこそは、故本多書記長の指導で戦取された3全総・3回大会路線をラセン的に発展させる闘いでもある。革共同はここに労働運動・労働組合運動の未来、さらには革共同の未来があると確信する。
 「党の革命」のさらなる推進と、4大産別を軸とした階級的労働運動路線の強力な実践は、青年労働者を先頭とした労働者階級の壮大な決起を、必ずや荒々しく解き放ち、プロレタリア革命への歴史の扉をこじ開けるものとなるであろう。
 革共同は階級的労働運動路線をさらに断固として実践する。労働組合をとりでとし、陣地として、〈党・労働組合・ソビエト>の革命論的関係を鮮明にし、日米韓の国際連帯を発展させ、「本多精神」を無限に発揚させて、21世紀の反帝・反スターリン主義の世界革命と日本革命・朝鮮革命へと突き進む決意だ。
 そのためにこそ、腐敗を極めるJR総連・カクマル松崎のファシスト労働運動を踏みつぶし、打倒して、断固前進する。

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