|
日刊三里塚 HP版 2007/11 |
2007年 11月 |
![]() 全学連現地闘争本部 |
2007.11.30 |
|
||
| 第4580号 |
||||
成田市が戦争動員演習(千葉県の「国民保護」訓練)に参加戦争体制作りへの加担許すな 消防職員を県庁、市対策本部、
|
||||
![]() |
千葉市で行われた戦争動員訓練を報じる新聞各紙(11月22日付) |
11月21日、千葉市内7カ所で、「国民保護訓」と称する県内初の戦争動員訓練が強行された。主催は政府・千葉県・千葉市だ。これに104機関、56市町村が参加、総数1300人も動員するた大規模な訓練として行われた。56市町村と言えば千葉県内のすべての自治体を合わせた数だ。県内総動員の戦争訓練として強行されたということだ。
そもそも「国民保護訓練」自体が戦前の防空演習に匹敵する市民の戦争動員訓練だ。「テロリストが侵入」「爆弾テロの恐れ」など荒唐無稽な想定で市民を脅し、訓練に動員し、戦前の隣組のような官製組織をつくろうとしている。特に日帝は今、アメリカ帝国主義と一体となって朝鮮侵略戦争にのめりこもうとしている。「国民保護」の名称とは逆に「銃後を固める」侵略戦争体制作りのための演習なのだ。
「訓練」は「JR京浜幕張駅、幕張メッセ、千葉港で同時爆弾テロが発生」との想定で、県知事が首相官邸とテレビ会議。警察や自衛隊が爆発物を回収したり、消防が出動したり、という大規模かつおどろおどろしい内容で行われた。
とりわけ問題なのは、この中に成田市が積極的に加わっていたということだ。
調査によれば、成田市の消防本部より7名が公式に参加していた。県庁対策本部に1名、千葉市対策本部に1名、海浜幕張駅に3名、千葉港に2名の計7人だった。
成田空港は、千葉県の「国民保護計画」でも重要施設に位置づけられている。その成田空港を統括する成田市の比重は、他とは比べ物にならない。
「同時テロの恐れ」云々とわめきたてるが、日帝・自衛隊がアメリカ軍などとともに、イラク・アフガニスタン侵略戦争に参戦し、今現在も継続し続けていることが問題なのだ。イラクでは最大で「100万人以上もの人々が虐殺された」という調査もある。こうした虐殺に深々と加担しているの日本であり、自衛隊だ。
しかも千葉県と成田市は成田空港そのものを対象にした共同演習を計画しようとしている、という指摘もある。
11月29日、習志野基地にPAC3ミサイルが強行搬入された(詳細次々号)。このミサイルの主要な防衛対象も成田空港だ、と言われている。
「国民保護訓練」弾劾、PAC3配備弾劾の声と運動を、成田市職員や空港労働者および県内のすべての労農学と連帯して作っていこう。
![]() 全学連現地闘争本部 |
2007.11.27 |
|
||
| 第4579号 |
||||
北延伸・新誘導路工事、アジア・ゲートウェイ攻撃許すな12・15現地闘争で反撃を国交省が航空自由化「行程表」 地元自治体も“圧力組織”
反対同盟は12・15現地闘争を決定し、総決起を呼びかけた(要項題字の下)。この闘いは強行される北延伸・新誘導路工事と対決し、国土交通省によるアジア・ゲートウェイ戦略の推進、暫定滑走路の3500b化と真っ向から阻止する集会だ。 |
||||
![]() 全学連現地闘争本部 |
2007.11.17 |
|
||
| 第4577号 |
||||
市東さん耕作権問題とは? 第4回 4つの違法とデタラメ耕作者に無断で底地を買収/売買
|
||||
![]() |
空港会社に対し「処分のだまし取りだ」と記者会見を行った(昨年11月27日) |
成田空港建設のデタメが三里塚農民の41年にわたる抵抗闘争を生み出したため、空港会社は無理に無理を重ねざるをえない所に追いつめられている。その結果が市東さん問題における、違法行為の数々だ。農地法による農地収用の違法という問題以外にも違法・デタラメが山積みだ。
(1)1988年4〜5月に、空港会社が市東東市さんの畑を旧地主である藤崎政吉、岩沢和行から買収する時に、耕作者である市東さんの了解を得なかった。これは農地法違反(5条2項3号)だ。農地法は耕作権者の権利を手厚く保護しており、まさに今回の市東さんのように、新たな地主からいやがらせなどを受けないよう、耕作者の同意なき底地の売買を禁じているのだ。
(2)1988年に売買していながら、2003年12月まで15年間も、そのことを市東さんに隠し続け、地代を旧地主の藤崎、岩沢に対し払わせ続けて来た。これは刑法の詐欺(さぎ)罪にあたる犯罪だ。
(3)空港会社は昨年7月に「解約申請」を成田市農業委員会に出した時、この底地の売買時期をいつわって書類を作成し、知事から「解約許可」をだまし取るという暴挙を行った。
実際の売買時期は1988年なのに、書類には登記の日付けである「2003年12月」とウソを書いた。これ自体「公文書偽造」にあたる犯罪だ。
この詐欺行為を行った理由は、売買時期が1988年だと都合の悪いことが次々と発生するからだ。
まず、農家でない空港会社は農地を持つことができない。農地を買ったらすぐに空港用地に使わなければならない。ところが空港会社は市東さんの畑の底地を買っておきながら15年間も農地のままにして来た。これは完全な農地法転用違反だ。この告発から免がれるため空港会社は2003年の売買と偽いつわった。
さらに民法の時効という問題に関わってくる。市東さんの耕作権の解約を農業委員会に請求する権利はいわゆる「債権的権利」であるため10年間で時効になる。10年間が経過した時、すなわち1998年4月で「解約を請求する権利」自体が消滅していたのだ。解約請求自体が無効だった。
空港会社は「解約許可」をだまし取ったした後の11月23日になって、こっそり「売買時期の訂正」を、自分が提訴した「不法耕作でっち上げ裁判」の裁判長に出した。この問題を法廷で追及されると困るからだが、「許可処分は出たのだから、売買時期を訂正しても、裁判所は空港会社の利益を守ってくれるだろう」とのごう慢な姿勢からだ。何という司法との癒着か。
(4)国土交通省・空港会社による社会的公約違反も重大だ。村岡兼造運輸大臣(当時)は1991年5月、「今後いかなる状況においても成田空港建設について二度と強制手段を使わない」旨の政府声明を出した。1994年10月の円卓会議最終合意でも政府、空港公団は「今後の滑走路建設については地権者の同意を得る」旨約束した。今回の耕作権取り上げ攻撃は「強制手段」でありこれらの約束を完全に反故(ほご)にするものだ。口から出まかせの農民を愚弄した態度に、怒りを抑えることができない。
![]() 全学連現地闘争本部 |
2007.11.14 |
|
||
| 第4576号 |
||||
市東さん耕作権問題とは?第3回 畑の位置と形公図とNAA図面はこんなに違う
|
||||
![]() ![]() |
| こちらNAA図面 これが公図だ |
市東さんの「不法耕作でっち上げ裁判」=耕作権裁判では、畑のどの部分を明け渡せと、NAA側が主張しているのか、が焦点になっている。
左図を見てほしい。NAAは図の「40番」と「41ー1番」が不法耕作だから「明け渡せ」とでたらめな主張をしているのだが、比較図を見れば分かるように、NAAが提出した図面と公図では、位置と形がまったく違う。
特に「40番」はまったく違う。 公図は単純な長方形なのにNAA図面は旗竿の先に旗がついたような格好になっている。両者の幅も違う。
NAAが提出した図面は旧地主であった藤崎政吉が、市東東市さんの立ち会いもなしに、一方的に作った「地積測量図」に基づいて提出したものだ。
その結果、両図のように、とりわけ形がまったく違うものとなった。これは重大な食い違いで、公図の方正しい、と見てまちがいない。
なぜなら、公図とは、面積の正確さには疑問符がつくものの、「形と位置、方向」などについては正確なものと法律専門家の間で評価されている。公図が間違いであることを主張するためには、主張するに足るにたる強い根拠をしめさなければならない。
NAAが「自分たちの図面の方が公図よりも正確だ」と言い張るのであれば、伝聞程度の価値しかない(市東さんの立ち会いが無かったとはそういうことだ)藤崎の地積測量図に代わる強い根拠を示さなければならない。
前回、10月1日の弁論で、NAA側は菅原崇裁判長から、この根拠を要求され、提出するように求められた。
12月3日の第5回弁論は、NAAが根拠を示せるか、どのような根拠を示せるかが焦点となる。全力で傍聴闘争へ集まろう。
![]() 全学連現地闘争本部 |
2007.11.10 |
|
||
| 第4575号 |
||||
市東さん耕作権問題とは?――第2回土地収用法が失効した農地を
|
||||
![]() |
| 事業認定失効を報ずる1993年6月17日の新聞 |
土地収用法が失効したのに農地法で農地を取り上げることがどうしてできるのか。できるはずがない。にもかかわらずそれを強行しようとしているところに、市東さん耕作権取り上げ攻撃における最大の法の破壊がある。
土地収用法というのは、ブルジョア法の根幹である私有財産を取り上げるというものであり、きわめて例外的で強権的な法律だ。したがって、同法は人権(財産権)の尊重という法の建前とのバランスを取るため「早期の補償・決着」をうたい、収用される人間に対する保護規定をおいている。
例えば、事業認定から1年以内に裁決申請をしないと事業認定が無効になる。さらに4年以内に明け渡し裁決を申請しない場合も同様だ。そして、事業認定から20年たって収用できていない場合にも、完全に事業認定が失効する。それだけ時間がかかるということは、事業の正当性に疑問符がつくからだ。それが89年12月だった。
ところが成田空港建設ではあまりにも農民を見くびった暴力的なやり方のために三里塚農民の激しい抵抗闘争を生み出した。その結果、事業認定の期限である20年がとっくに過ぎてしまった。この時点で、空港建設は建前上の「公共性」も失って、任意買収以外未買収地の取得方法がなくなったのだ。
当初「20年すぎても事業認定は有効だ」などと苦しまぎれの強弁を行っていた政府・運輸省、空港公団も、主張の無理を認め、1993年6月に裁決申請をついに取り下げた。この時、事業認定の失効が最終的に確定した。(写真)
しかし、空港会社が今回やってきたやり方は、失効した土地収用法の代わりに、本来農民と農地を守るはずの農地法を使って農地を収用するというものだった。
この空港会社のやり方は単なる脱法行為や法のねじ曲げなどというレベルを超えた法の破壊であり、一種のクーデターだ。
市東さん農地取り上げ違憲訴訟では次のようにでたらめなやり方を暴いている。〃農地法で市東さんの賃借権を強制的に奪うことは、事実上の強制収用(公用収用)である。したがってその手続きは土地収用法の手続きによるべきである。しかし、土地収用法の手続きは1993年6月に裁決申請等の取り下げによって、現在も将来も不可能になった。だから市東さんへの賃借権の取り上げ許可処分は適正手続きを定めた憲法第31条に違反して無効だ〃と。
明快だ。市東さんの耕作権取り上げ問題の最大のでたらめがこの「土地収用法の代わりに農地法を使った代替収用」という問題にある。
![]() 全学連現地闘争本部 |
2007.11.6 |
|
||
| 第4574号 |
||||
11・4日韓米国際連帯で戦闘的大デモ日比谷に5700名の大結集!労農連帯のむしろ旗押し立て
|
||||
|
| 【上】動労千葉とともに日比谷野音の中央に陣取った反対同盟 【下】反対同盟から檄布とDVD・ハチマキの贈呈 |
11月4日、動労千葉など3労組呼びかけの全国労働者総決起集会が日比谷野音で開かれ、米韓の闘う労働者と合流、5700人が参加する圧倒的な解放感と戦闘的な息吹があふれる集会となった。「改憲・戦争・貧困・格差社会をぶっとばせ」のスローガンを掲げた集会では、闘う労働組合の全国ネットワークを作る方針が確認された。
労農連帯を掲げ反対同盟として初めて登壇した萩原進さんは、「民主労総との交流かちとり、全国の農民とともにむしろ旗を掲げて参加しました。三里塚は、42年間改憲と戦争の道をとめるために闘ってきました。今、30数年ぶりに農地強奪の攻撃がきています。農地を武器に断固闘います。もう一つ、新農政で農民切り捨て攻撃がきています。農民一揆寸前の状況です。労働者と農民の敵は同じ。今こそ労働者と農民は団結して闘おう」と熱烈に訴えた。
集会後、警察の弾圧と右翼の妨害をはねのけ、銀座を解放区にしたデモを貫徹した。
デモ後反対同盟は、都内で行なわれた日韓米交流のつどいに参加し、AMFA(航空整備士労働組合)に対して、市東さん農地強奪攻撃に対する支援への返礼として檄布等を贈呈した。