SANRIZUKA 2001/03/01(No578 p02)

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週刊『三里塚』(S578号1面1)

国内線充実検討委あくどい農民殺し

「40メートル上空」飛ばす気か! 暫定滑走路 惨状! 1日14便

 1740メートルまるで離島空港

 国土交通省は二月六日、成田暫定滑走路の「二〇〇二年五月供用開始」にむけて国内線発着枠を増加させるための「成田国内線充実対策検討委員会」(航空局長の私的諮問機関。座長・山内弘隆一橋大学教授)の第一回会合を開き、成田空港発着の国内線を現行の年間五千回(一日七便)を約四倍の二万回(同二十八便)に増やす方策などを論議した。これは滑走路南端わずか四百bの地点に農家があることを意識した悪らつな「追い出し」策である。また滑走路長が極端に短い暫定滑走路の無残な破たんを覆い隠すため、ガラ空き状態の発着枠を大赤字覚悟で埋めようとするものだ。同「検討委員会」が公団用地部とならぶ最悪の農民殺し機関と化していることを厳しく弾劾しなければならない。
 検討委員会の役割はきわめて悪らつだ。彼らは暫定滑走路の南端からわずか四百b地点にある農家の存在や、誘導路のわずか五十bわきにある農家の生活被害を問題にもしていない。むしろ積極的に騒音被害を拡大することに全力をあげている。暫定滑走路が航空法の規定(住民に著しい被害を及ぼす滑走路設置は違法)すら無視して一方的に計画・認可されたものであることを、彼らは完全に開き直っている。

成田空港の暫定滑走路計画の図 離島空港なみ「1740b」

 この問題の背景には暫定滑走路の惨状ともいえる破たんぶりがある。反対農民の存在を無視し押しつぶすために、未買収地域に強引に割り込んで設計した滑走路はわずか二一八〇b。成田空港発着の九五%を占める大型機が使用できない。しかも暫定滑走路は、南端から六十b地点の東峰神社(*東峰部落の総有関係にあり買収不可能)の立ち木の影響で一七四〇b分しか使用できない。離島空港なみの滑走路で「国際空港」としておよそ使い物にならない代物だ。
 暫定滑走路の離発着能力は、公称「年間六万五千回離発着(=三万二千五百便)」ということになっている(公団の説明)。しかし「一七四〇b」の滑走路で使える機体は中型機以下の一部で、アジアの、しかも近距離便しか使えない。
 国土交通省と公団は、暫定滑走路への国際線誘致セールスを重ねているが、契約はまだ五カ国だけ。最大で一日換算「平均七便」弱である。
【左図】暫定滑走路の全体像。農村のなかに無理やり短い滑走路をねじ込んだ設計。まさに国の暴力と横暴だ。2002年供用開始を粉砕しよう!

 やはり一日で「14便」が限度

 内訳はオーストリア航空が週四回の着陸のみ(離陸はできずA滑走路を使う)、フィンランド航空も週四回の着陸のみ(離陸不可)、ベトナム航空は週二便程度。中国は「週五十便」。ただしどの空港を使うかは未定。中国側は成田の暫定滑走路は「避けたい」意向だ。最大は韓国の週四十二便(一日六便)。
 【*ベトナム航空も燃料満タンでは暫定滑走路から離陸できず、関空やソウルで途中給油】
 このいささか多目に見た計算で、国際線はソウル線が年間約二千二百便(一日六便)、他は年間約三百三十便。合計で年間二千五百便(=一日七便弱)となる。しかもソウル線は羽田国際化で一気に羽田に流れるすう勢だ。

 破綻上塗り「検討委」

 農地強奪の供用許すな
 一方の国内線はどうか。現行(A滑走路)で年間約二千五百便(一日六〜七便)だが、暫定滑走路の供用開始で無理やり路線を設定しても約五〇%アップの三千七百便、すなわち一日約十便程度が需要との関係では限度だ。
 これで国内、国際線をあわせて最大で年間約六千二百便(一万二千回離発着)。一日換算でわずか十七便弱だ。公団のいう公称「年間三万二千五百便(?)」には遠く及ばない。現実の需要は、国内線と国際線あわせて年間五千便(一万回離発着)が限度だ。一日十四便である。
 まさに惨状である。暫定滑走路は使い物にならないのだ。運行を維持するだけでも大赤字必至のである。

 需要「掘り起こし」の戯画

 これが国土交通省・公団をして、国内線充実のための「検討会」を設けなければならない事情だ。
今回の「検討会」で暫定滑走路の国内線就航を「年間二万回(=一万便)」にする方策が云々されたが、この数字は本来計画(二五〇〇b)を暫定滑走路に変更するために地元自治体に「約束」したものだ。しかし「国際線への乗り継ぎだけで年間二万回の需要創出は無理。地元の国内線需要掘り起こしに期待」(国土交通省)というもので、そもそも無理がある。
 成田空港周辺市町村(農村地帯)からの国内線需要など漫画的な水準で、観光誘致(成田山参詣?)も航空需要の範ちゅう外だ。
 無理に「掘り起こし」ても、前記のように最大で現行の五〇%アップ(一日十便程度)が限度なのだ。そもそも「誘致の検討会」なるもの自体が、暫定滑走路の破たん性を刻印している。

 農家への脅しが供用の目的

 ここまで破たんしている暫定滑走路を、「農家の頭上四十bを飛ばす」(公団総裁)という脅し文句つきで供用しようとしているのが国土交通省だ。
 結局、本紙が当初指摘したとおり、暫定滑走路建設の目的は、未買収地(天神峰・東峰地区=二五〇〇b平行滑走路)の反対農家を「近い将来の大騒音」の脅しでたたき出すことそれ自体にあった。「目の前まで滑走路を造ってしまえば農家は屈服する」と見込んでの着工強行だったのだ。
 ところが「着工すれば屈服する」はずの反対同盟・地権者農民は微動だにしなかった。使い物にならない滑走路だけが残るハメに陥った。そこで今度は「検討会」まで設けて無理やり増便をはかり、騒音被害の拡大に全力をあげているのである。
 三十五年前の一方的な空港設置閣議決定と何も変わらない農民無視である。かの公開シンポジウム・円卓会議(九一〜九四年)で運輸省が行った「過去の謝罪」(!)とは何だったのか。「今後、一切の強制手段を放棄する」(シンポ)、「住民の合意なき着工はしない」(円卓会議)などの確約は何だったのか。
 すべては反対農民をだますための方便だった。それが今まさに暫定滑走路建設の現実をもって証明されているのだ。
 「国内線充実検討委員会」のメンバーは空港公団のほか国土交通省、国内航空会社、県と周辺自治体などである。彼らの犯罪性はあまりにも明らかだ。
 反対同盟農民と三里塚闘争が、人間としての尊厳をかけて屈服を拒否し、実力をもってたたかうことは全くの正義であるといわなければならない。

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週刊『三里塚』(S578号1面2)

Q&A 2・28収用法改悪阻止シンポ

 改悪案と有事法制

 「2・28土地収用法改悪阻止シンポジウム」(反対同盟、弁護団共催)にむけて論点を『Q&A』形式で紹介します。

 どこで何がどう改悪されるのか

●今回の主要な改悪点は?
 改悪の柱の一つは収用委員会審理(*注1参照)の場で土地収用の是非、事業認定(*同)の是非を地権者が争うことを禁止する。二つは地権者側の唯一の合法的抵抗手段だった一坪共有運動が実質的に禁止される。
●収用審理問題(前記)の影響は?
 事業認定認可後の地権者の唯一の発言の場が奪われる。収用委員会がそもそも権力機関(準司法機関)であるという意味で形式問題だが、改悪後は収用委員会が住民側の立場で収用裁決を「却下」する道は完全に閉ざされる。
●一坪共有運動の「実質禁止」とは?
 @土地・物件調書作成で、現行法の「所有者本人の立ち合い・署名」を廃止し、自治体の「公告・縦覧」で代替A地権者が多数の収用審理は関係人を「代表者」に限定B強制収用に先立つ補償金の「本人受取」を廃止。「現金書留発送」で代替|など。書類のやり取りで収用できる。
●いつどこで改悪される?
 政府は今国会に提出を決めている。「三月上旬にも提出」(内閣官房)といわれている。会期は六月まで。反対同盟は三カ月間の国会決戦を訴えている。

 三里塚から見た土地収用法改悪

●成田空港建設(二期工事)への影響は?
 成田空港は事業認定自体が失効・消滅しているので強制収用できない。論理的には事業認定の再申請が可能だが、反対闘争が強く不可能。ただし国の収用権強化は階級的なたたかい全体に影響する。
●成田空港での一坪共有運動はどうなるか?
 前記と同様に強制収用できない。今回の改悪は三里塚から全国に広がった一坪共有運動をつぶす狙い。ダム建設反対などで、現在全国で行われている一坪共有運動(いわゆる立ち木トラストを含む)は二十五カ所にも。住民側の唯一の合法的抵抗手段を奪う法改悪で、戦前の土地収用体制に限りなく近づく。

 戦時体制作りと石原知事の関係

●そもそも今回の法改悪を持ち出したのは誰か?
 初めて公の場で収用法「改正」を持ち出したのは東京都知事・石原慎太郎。昨年五月に建設相の諮問機関の会合に出席した石原が要請。その日のうちに「土地収用制度調査研究会」(建設省建設経済局長の私的研究会)が発足。メンバー十七人(非公開)の人選も改悪内容(前記)もその日のうちに決まっていた。周到な準備である。
●なぜ石原知事が収用法改悪なのか?
 石原が建設省にかけあって「研究会」を発足させた昨年五月、同知事は「震災で三国人(ママ)が騒じょう事件を起こす」という差別的暴言で自衛隊の治安出動を要請した真っ只中。この暴言は、戦時体制づくりを急ぐための確信犯。収用法改悪を同時に出したことに注目すべき。
●東京都内の収用案件はあるのか?
 石原知事は昨年十月、東京都下「日の出の森」でゴミ最終処分場の強制収用を強行。現在の最大の案件は外郭環状道路の練馬〜杉並〜世田谷地区延長問題。これは成田空港と米軍横田基地を直結する軍用道路。三十年来凍結されてきた計画再開を石原が強く進めている。「三千軒立ち退き」という戦前なみの大収用案件だ。石原は大型の強制収用自体に「戦時体制づくり」の意義を見いだしている。

 戦前と戦後の収用法の違いは?

●戦前と戦後の土地収用体制を比較すると?
 戦前の土地収用法には収用委員会制度がなく、国の一方的裁断で土地収用が可能だった。収用事務も全部国。これを形式上「機関委任事務」として地方自治体にゆだねたのが戦後の土地収用法。これを戦前型に戻すことが今回の改悪の基本的ねらい。収用委制度はある意味で戦後民主主義を象徴するものではある。
●「ある意味で」とはどういう意味か?
 収用委員会は、現実には「民主的」ではあり得ないという意味。事実、戦後多くの収用事件が流血の事態となり(内灘、妙義、砂川、三里塚など=本紙前号)、収用委は権力機関として猛威を振るった。それゆえ三里塚では二期着工(一九八六年)で強制収用を準備した県収用委に怒りが集中、委員全員が辞任する事態も生まれた(*現在まで十二年間空席状態が続いている)。
●戦前の軍隊との関係はどうか?
 戦前の収用法は収用対象の筆頭が「国防上必要となる土地」だった。戦後収用法は新憲法(戦争の放棄)のもとでこの条項を削除。自衛隊用地は「公共」事業とみなされず強制収用できなくなった。政府や自衛隊関係者はこれを戦前型に戻そうとしている。ちなみに米軍用地は米軍用地特措法で強制収用(または強制使用)できる。

 有事法制と土地収用法の関係は

●有事法制の核心部が土地収用だというが?
 戦前の帝国陸海軍の軍用地は約三十一万ヘクタール(090崇ャ歩)あった。ほとんどが強制収用で、村全体が軍に召し取られた悲惨な事例も多い。戦後の自衛隊管理地は約九万ヘクタール(在日米軍の基地を含む)。戦前の三分の一に減少。有事となれば再び三倍必要。戦時体制すなわち土地問題ともいえる。
●『三矢研究』でも土地収用問題が焦点に?
 自衛隊の有事体制研究『三矢研究』(一九六三年)は、有事法制全体を三つの分野、すなわち@人、もの、土地の徴用・徴発=「国家総動員」的領域A自衛隊の行動制約の撤廃B政府機関の臨戦化、に分類した。この@とAの中心問題が土地収用問題。ここが人民の利害ともっとも衝突する領域との認識である。

 沖縄を意識した土地収用法改悪

●沖縄の米軍用地特措法との関係は?
 米軍用地特措法による強制収用(及び強制使用)は土地収用法の規定と手続きが準用される(*注2)。したがって収用法改悪による収用審理での発言権封殺
は、沖縄反戦地主の抵抗手段を封殺する意味できわめて重大だ。
●米軍用地特措法はすでに改悪されたが要点は?
 一九九九年七月の「地方分権一括法」(関係法律四百七十五本)で改悪。@知事・市町村長による代理署名権(土地・物件調書)を国が取り上げるA収用委員会が「却下」裁決の場合、国は「緊急裁決」を申立Bそれも「却下」なら内閣総理大臣が「代行裁決」、など。多くの沖縄県民が「まるで戦時立法」と批判。
●土地収用法改悪の沖縄での具体的影響は?
 戦時立法に等しい改悪特措法の上に、さらに今回の土地収用法改悪がのしかかる。収用委審理闘争など民衆の合法的な抵抗手段を一切はく奪するということ。およそ「財産権」や「地方自治」といったブルジョア民主主義の建前すら破壊するものだ。

 【注1】収用手続きは大きく三つの分野に分かれる。@「事業認定」A「収用裁決」、B「行政代執行」、である。
 事業認定とは「公共事業」の「公益性」を国が認定する制度。建設大臣(現国土交通大臣)もしくは都道府県知事が認定する。
 収用裁決とは、各都道府県に設置された収用委員会が所有権はく奪、明け渡しの決定を下す手続き。
 行政代執行は、地権者が明け渡しを拒んだ場合、都道府県知事(警察)が国に代わって土地を強制収用する行為。「強制収用」「強制代執行」と呼ばれる。
 【注2】米軍用地特措法では使用認定(または収用認定)の申請者は防衛施設局長(防衛施設庁)。認定権者は内閣総理大臣。申請と認定まで特措法で行い、以降の様々な収用手続きは土地収用法の規定がそのまま準用される。

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週刊『三里塚』(S578号1面3)

 ピンスポット
 批判・弾劾恐れて「秘密会議」 建設省の「研究会」 あまりの反動性ゆえに

 土地収用法改悪の原案=「土地収用制度調査研究会報告」を出した建設省(現国土交通省)の私的研究会「土地収用制度調査研究会」は「成田闘争の前例がある」ことを理由にメンバーも内容も非公開とされた。前代未聞である。
 非公開の理由が「成田闘争の前例」とは、千葉県収用委が人民の怒りに包囲され崩壊したことを指す。一九八八年、強制収用のために県収用委が動いたとき、反対同盟と人民の怒りが集中し委員全員が辞任、収用委員会自体が崩壊した。
 しかし今回の問題は、「非公開」にしなければならないような「改正論議」の中身だ。「研究会」のメンバーは法学者一名、マスコミ二名、自治体一名、行政OB二名、弁護士一名、不動産鑑定士一名、事業者二名、「環境保護団体?」二、三名など合計十七名とのこと。高名な方々。何を恐れることがあろうか。国民的な批判・弾劾を恐れての「非公開」という内実が見え見えではないか。

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週刊『三里塚』(S578号1面4)

団結街道

 十六年前の十月二十日。わが中核派白ヘル部隊は成田空港西側ゲートから約五百メートル地点、三里塚十字路で完全武装の機動隊六千と対峙、激突していた▼集会場の三里塚第一公園に武器の鉄パイプと樫棒が権力の二重三重の検問をかいくぐって搬入され、投石用の石を満載したダンプカーが荷台を持ち上げたあの瞬間。あの歓声を今でも鮮明に記憶している。うろたえる私服警官の姿も印象的だった▼戦闘はゆうに二時間半。殺傷力のある催涙弾を乱射する機動隊の大軍に挑み、多くの負傷者と逮捕者を出しながら、部隊は実に勇敢に戦った。何人もの機動隊が〃マグロ〃になっていた。指揮官車が「逮捕、逮捕!」と連呼するも敵部隊は動けなくなった。力には力! 三里塚二期決戦の幕を革命的にこじ開けた瞬間であった▼時は八〇年代反動の真っ只中。三里塚二期着工と国鉄分割・民営化は「戦後政治の総決算」を標ぼうする中曽根政権の二大看板。十数軒もの敷地内反対農家を力ずくでねじ伏せようとの軒先工事。方や二十万人の空前の首切り。既成政党や脱落派系諸党派がおしなべて逃げだすなか、わが革命派はこの三里塚十字路で、そして東京浅草橋で労働者階級の怒りを衝撃的に天下に示した(同11・29戦闘)▼あの戦場で「非暴力」を唱えるほど滑稽なことはないだろう。空前の大反動、敵の暴力に打ち勝ち、労働者・農民の砦を守り抜いた力の源泉は、まごうかたなくこの両戦闘にあった。そして歴史は動いた。あれから十六年。あの戦場の先頭にいた元全学連委員長・鎌田同志が獄中から帰ってきた。

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週刊『三里塚』(S578号1面5)

闘いの言葉

 全ての労働者サークルが社会民主党の選挙闘争を担える。戸別訪問し、有権者集会で発言し、党の綱領を余さず宣伝する等して。
 一九〇九年「ペテルブルグ選挙のために」
 N・レーニン

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週刊『三里塚』(S578号2面1)

沖縄圧殺狙う土地収用法改悪攻撃
収用法改悪原案で政府が表明 「公開審理で基地論議させぬ」 

 日帝・国土交通省による土地収用法改悪の攻撃は、沖縄人民の米軍基地撤去闘争の破壊を狙っている。米軍用地の強制使用の根拠になっている米軍用地特措法(日米安保条約六条に基づく土地等の使用に関する特別措置法)は二度にわたって改悪されたが、同法では、使用・収用認定を終えると土地収用法を適用する規定となっている。日帝は土地収用法改悪によって収用委員会と収用委員会審理を形骸化することで、「米軍基地強制使用の是非を論議する」権利をはく奪する狙いを持っている。これは、昨年八月に防衛庁が打ち出した「米軍有事法」を先取りするものだ。土地収用法改悪による沖縄闘争圧殺の狙いをすべての人民に暴露し、決起を呼びかけていかなくてはならない。

 米軍特措法の「再々改悪」

 認定手続きは密室の中テーマは補償金額だけ
 米軍基地に用地の提供を拒む沖縄反戦地主の土地は米軍用地特措法を根拠に、米軍が強制使用している。 米軍用地特措法とは「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」という名前の法律である()。
 同法では、土地収用法の「事業認定」にあたる「収用認定・使用認定」という処分を内閣総理大臣が行うことになっており「認定」がなされると、その後は土地収用法を適用することになっている(特措法第一四条)。それゆえ今回の土地収用法改悪が、米軍用地特措法を通じて沖縄のたたかいに重大な影響を及ぼす。 米軍用地の強制使用手続きは、現状でも、土地収用法よりはるかに強権的で沖縄差別的だ。米軍用地特措法の「使用認定」手続きは土地収用法の「事業認定」手続きと著しく違う。
 土地収用法では、認定庁(国土交通省か都道府県知事)が事業認定手続きを行う場合、形式的とはいえ学識経験者の意見を求めたり、公聴会を開くことができる(二二条、二三条)。ところが米軍特措法には同種の規定はない。
 土地収用法では地権者など利害関係人が意見書を提出できる項目(二五条)があるが特措法にはない。
 収用法には事業認定を行った場合、起業地(収用法を適用する区域)を公衆に長期間縦覧する義務があるが(二六条の二)、米軍特措法にはない。
 土地収用法では、事業認定が告示されてから一年以内に収用裁決申請を行わないと事業認定処分自体が失効してしまう規定(二九条)があるが、米軍特措法では「認定」の効果は永久である等々。 
 〈米軍特措法と土地収用法の比較〉
 @ 認定手続きで収用法では公聴会開けるが特措法では不可。
 A 裁決の効力について収用法では期限があるが特措法では無限。
 B 収用法では起業地の長期縦覧義務があるが特措法にはない。

 一年も不法占拠

 このように、改悪前の米軍特措法ですら、土地収用法だけが適用される一般「公共事業」に比較して、地権者無視の強権的な内容だった。
 しかし、沖縄反戦地主と沖縄人民の軍用地強制使用拒否・米軍基地撤去のたたかいによって日帝政府は、この改悪前の特措法では米軍用地の安定的提供を行うことができず、一九九六年四月、知花昌一さんの所有する楚辺通信所(象のオリ)について、不法占拠を余儀なくされた。
 こうして一九九七年四月(橋本内閣)と九九年七月の二度にわたって、米軍特措法を改悪した。
 米軍特措法では、前述したように「使用・収用認定」の後は土地収用法を適用することになっている。土地収用法では、収用委員会審理が終了して初めて収用裁決、明渡し裁決が下される。収用委員会審理が終わらない内は土地の強制使用はできない。この点を特措法改悪では転覆させた。
 一九九七年の改悪では、「強制使用のための権利を取得する手続きが完了していないときは明渡し裁決における明渡しの期限まで引き続き、これを使用できる」(改悪特措法一五条)という条文を付け加えた。収用委員会審理が終了していなくても、収用委員会が明渡し裁決をすると仮定して、そこで定める明渡しの期限まで、米軍用地を「暫定的」に使用できるように改悪した。
 要するに「暫定使用」とは言いながら期限までに収用委員会が裁決を行わなくても米軍用地は使用できるし、仮に収用委員会が裁決申請を却下したとしても、引き続き暫定使用できるとしたのだ。

 99年収用法改悪で「代理署名権」剥奪

 この法改悪には、沖縄人民を先頭とする労農学の激しいたたかいがたたきつけられた。
 しかし、これはあくまで「暫定使用」である。市町村長や県知事により「公告・縦覧の代理署名拒否」、「収用委員会による裁決申請却下」といった手続きの可能性はそのまま残る。
 こうした手続きが行われる度に米軍特措法の強権的な実態が浮き彫りになり、沖縄を先頭とする人民の怒りに火を付けることになる。島ぐるみの基地撤去闘争が爆発してしまうのだ。
 そこで日帝政府(小渕政権)は、一九九九年の第一四五国会で、地方分権一括法という四百七十五本もの法改正の中に米軍用地特措法改悪案をもぐり込ませて、再改悪を行った。米軍特措法の手続きに適用される土地収用法もこの時改悪された。周辺事態法、「日の丸・君が代」法、盗聴法、住民基本台帳法などの反動諸法案が目白押しの中で、論議らしい論議もせずに再改悪を強行したのだ。
 九九年の分権一括法で改悪された土地収用法では収用の手続きが地方自治体への機関委任事務から法廷受託事務へ変更され、「本来国が行うべき事務」に変更された。これで、沖縄県知事の「代理署名」権を奪った。
 その一方、米軍特措法本体の改悪では、従来、期間の定めのなかった収用委員会手続きについて、「防衛施設局長から緊急裁決の申し立てがあった日から五カ月以内に裁決をしなければならない」(特措法一九条五項)という期限の枠をはめた(緊急裁決は公共用地の取得に関する特別措置法を適用。別掲記事参照)。 そして、県収用委員会が期限内に裁決しない場合は内閣総理大臣に事件を送致する義務が課せられ(二二条)、総理大臣が収用委員会に代わって裁決を代行できるように改悪された(二三条)。
 また、県収用委員会が却下の裁決を下した場合には、総理大臣が県収用委員会に「強制使用の裁決を行うよう指示できる」とされ、それでも県収用委員会が強制使用の裁決をしなかった場合には、総理大臣が「裁決を取消すことのできる特例」(二四条)まで設けたのである。
 これでは、県収用委員会は存在してもしなくても同じである。最初から強制使用裁決が保証されているようなものである。まさに驚くべき強権的再改悪であり、沖縄差別立法である。
 しかし、今回の国土交通省の土地収用法改悪は、九九年の特措法改悪をさらに“補強゜するのだ。収用委員会の公開審理自体を形骸化しようという意図なのである。

 新たな審理闘争

 二度の特措法改悪によっても収用委員会審理手続きは残っている。一九九六年三月末で使用期限が切れ、一年間も不法占拠された知花昌一さんの土地の次の使用期限切れが今年三月末に迫っている。また浦添市牧港補給基地内の古波蔵豊さんの土地の使用期限も切れる。
 そのため強制使用延長の裁決申請を那覇防衛施設局が行い、一月十七日、改悪特措法に基づく、第一回の収用委員会・公開審理闘争がたたかわれた。
 こうした公開審理が行われる度に強権的な土地強奪の問題は、社会的な焦点になり、たたかいの火に油を注ぐことになる。

 三里塚・沖縄=二大拠点への攻撃許すな

 今回の国土交通省の土地収用法改悪は、収用委員会審理を形骸化し、「米軍基地問題の論議」を禁止し、沖縄闘争の解体を狙っているのだ。
 国土交通省の改悪案は「事業認定」手続きの中で「公聴会」や「説明会」、「第三者機関からの意見聴取」の措置を新たに設置することと引き換えに「収用委員会審理では事業認定の違法性や公益性の論議を禁止する」内容となっている。
 ところが米軍用地特措法では前述したように、「使用認定・収用認定」は、内閣総理大臣が密室で行うのであって、「公開性」や「住民参加」などは最初から問題外である。
 土地収用法改悪案で想定されている、認定手続きにおける「公聴会」や「説明会」や「第三者機関からの意見聴取」の義務化は、特措法ではまるで問題になっていない。
 そして「収用委員会審理における基地問題についての地権者の発言権」だけははく奪しようというのだ。一九九九年の特措法再改悪につづく事実上の再々改悪である。まったく怒りに耐えない。

 米軍有事法まで

 防衛庁は二〇〇〇年八月二十日、「米軍有事法」の研究にとりかかる方針を発表した。「米軍有事法」とは米軍特措法の手続きすらへずに、政府が直接反戦地主から土地を奪い米軍に提供できるようにする法律である。収用委員会を一切介在させない土地強奪法である。
 米軍特措法では、いかに改悪を重ねても前述のように、収用委員会審理というたたかいの焦点を抹殺することができていない。この手続きを消滅させようといのである。
 今回の土地収用法改悪は米軍特措法をこの米軍有事法にかぎりなく近づける改悪である。
     *
 土地収用法改悪は、三里塚闘争と沖縄闘争という人民のたたかいの二大拠点に対する破壊攻撃である。三里塚にたいしては、一坪共有運動の破壊、千葉県収用委員会の再建という形で襲いかかってきている。沖縄に対しては収用委審理の形骸化でたたかいを骨抜きにしようとしている。
 そして収用法改悪は軍用地強奪という点で有事法制の核心部を先取りする攻撃だ。全人民の力で阻止し、粉砕しよう。
〈米軍特措法と土地収用法の比較〉
@認定手続きで収用法では公聴会等開けるが特措法では不可。
A裁決の効力について収用法では期限があるが特措法では無限。
B収用法では起業地の長期縦覧義務があるが特措法にはない。

(注)米軍用地特措法
 一九五二年に制定された法律で本紙前号で報じた内灘闘争、妙義闘争、砂川闘争で持ち出された「安保特措法」と同じもの。一九五〇年代は「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の収用等に関する特別措置法」という名前だったが、一九六〇年の安保条約改定で「安保条約第六条に基く……特措法」と名前が変わった。沖縄の公用地法、地積明確化法が期限切れとなったため、一九八二年に二十年ぶりに発動された。

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週刊『三里塚』(S578号2面2)

 一坪共有地立入り調査に参加して 郡司一治さんに聞く

 工事に打撃与える現状を確認 監視行動で空港公団に圧力を

 二月三日、私の持っている暫定滑走路予定地内の一坪共有地に三回目の立ち入り調査を行ってきた。顧問弁護団の弁護士の方々、地権者、敷地内の仲間で行った。萩原進さんと三浦五郎さんが所有している土地も確認してきた。
 私の名義の一坪共有地は、滑走路のすぐわきに位置していて、工事を困難にしている現状がよくわかった。滑走路面から一坪共有地までは、高さにして十メートル位の落差はあったかな。
 こっちの土地に手をつけられないものだから、急な傾斜をつけてあって、共有地を枠で囲ってあった。
 もう一方の北にある共有地の方はまだ工事の手が付いていなくて周辺も藪のまんま。こちらも健在だった。
 折を見てこれからも立ち入り調査をひんぱんに行い、公団を監視し、牽制していかなきゃな。

 団結街道守る

 公団は十一月には工事を完成させるといっている。暫定滑走路をめぐってもたたかいが緊迫してきている。われわれとしては団結街道を元の道路に戻させなきゃならねえ。成田市からの回答では「元に戻します」なんて言ってきてるが、実際にはその気がないらしいじゃないか。元の道路に戻すための補強工事をやっていない。
 団結街道は空港敷地内を走るわけだから奴らとしては元に戻したくないわけだ。同盟の力で団結街道を守り抜くことだ。
 土地収用法の改悪も許せない。政府がいったん決めたら、われわれがいくら反対しても土地を取り上げられるように法律をさらに変えようとしている。
 結局権力のやることは三十四年間変わらない。自分たちの都合のいいように、法律を変えたり、成田治安法のように新しい法律をこしらえたりする。権力のやりたい放題を許しちゃならない。
 二十八日には、土地収用法問題でシンポジウムをやるから、反対同盟も勉強しないとな。
 地権者無視の公共事業とたたかい、土地収用法に反対する多くの人びとが集まると聞いている。三里塚だけじゃなくて全国の人びとが大同団結して、われわれから勝手に土地を奪う悪法を阻止しなければ。

 大結集訴える

 反対同盟もここまできたら勝利するまでがんばる他はない。私も去年なくなった妻とめの分まで全力でたたかう決意です。これからも応援よろしくお願いします。
 二月二十八日の土地収用法シンポジウムと3・25全国集会に一人でも多くの仲間の大結集をお願いします。

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週刊『三里塚』(S578号2面3)

《公共用地取得に関する特措法とは》
 収用法の要件緩和仮補償で強権発動

 公共用地の取得に関する特別措置法は、財界の強い要請で一九六一年に制定された土地収用の特別法で、土地収用法の適用が許されている事業の内、第一種空港、高速自動車道、発電施設などを特定公共事業に認定し、土地収用の要件を緩和した法律。
 土地収用法では補償金に関する収用委員会審理が長期化して、事業が遅延する場合があるが、特措法では、収用委員会審理が終了しなくても仮補償金をつんで収用裁決を受けることができる。これが緊急裁決である。
 また緊急裁決の申請を受けた収用委員会が二カ月以内に緊急裁決を行わない場合には、公共用地審議会の論議をへて建設大臣(国土交通大臣)が代行裁決することができる。
 同法は、特別法の位置付けではあるが、主な公共事業を網羅しており、事実上、土地収用の一般法となっている。
 そこでは「先に補償ししかる後に収用」という戦後土地収用法の大原則が踏み破られており、私権を侵害して公共事業の促進を目的としている。
 成田空港建設でも一九七一年九月の大木よねさん宅の収用はこの特措法で行われた。許しがたい土地強奪法である。

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週刊『三里塚』(S578号2面4)

三矢作戦研究で土地収用法の改悪を要求していた

 一九六三年に暴露された自衛隊の三矢作戦研究(昭和三八年度統合図上演習)では、「非常事態措置諸法令の研究」で、「土地収用法の改正」が要求されていたことが判明した。
 同作戦研究では有事法制の分野として@人、物、土地の徴用・徴発など「国家総動員」の領域、A自衛隊の「行動基礎の達成」(行動上の制約の撤廃)、B政府機関の臨戦化を挙げているが@とAの中で「土地収用法の改正」が必要な措置として盛り込まれているのだ。
 三矢研究は@の国家総動員体制の確立の「防衛生産修理施設の収用管理」やAの「防衛資材施設の補給管理」の中に「土地収用法の改正」やそれと同等の自衛隊法改正(一〇三条政令の制定)を明記している。
 現在の土地収用法では、自衛隊のための軍用地を収用することはできない。自衛隊は憲法違反であるために、現行法の第三条で定められている約四十八項目の「収用法適格事業」には列挙されていない。
 このため航空自衛隊百里基地では、九百人の一坪共有者がいることから用地を任意買収できず、なおかつ収用法も適用できないため、誘導路が「く」の字形に曲がったままの運用を現在も強制されている。
 基地の任務であるスクランブル(緊急)発進に重大な支障をきたしている
 戦争体制の構築のためには、自衛隊の作戦や運用、訓練のための基地・演習場用地の確保が欠かせない。
 だから、約四十年も前の三矢作戦研究当時から、有事立法の中心的な柱として土地収用法改正が叫ばれていたのだ。今回の土地収用法改悪は軍用地収用制度への第一歩なのである。
 また有事法制で強行されようとしている自衛隊法一〇三条の実働化(政令の制定)でも土地収用法を適用することになるが、ここでも自衛隊用地に土地収用法を適用できるよう改悪する必要があるのだ。

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週刊『三里塚』(S578号2面5)

三芝百景 三里塚現地日誌 2001 2月6日(火)〜2月20日(火)

●国内線誘致で国土交通省が検討会 国土交通省と空港公団は、外国航空会社からの暫定滑走路への乗り入れ希望が予定の8分の1しかないため、同滑走路計画の破たんを取りつくろう目的で国内線の誘致に力を入れることを決め、「国内線充実対策検討会」を発足させた。メンバーは国土交通省、空港公団、地元自治体、航空会社、学識経験者など。この「検討会」は、ジェット機を飛ばして農民を叩き出すという国土交通省・空港公団の地上げに加担するものだ。(6日)
●労働者が援農に 東京から労働者が援農のために現地を訪れ、木内秀次さん宅でキャベツなどの種まき、小林一夫さん宅でニンジンの出荷作業を行った。(7、8日)
●土地収用法改悪で学習会
反対同盟の萩原進事務局次長と若手同盟員は、土地収用法改悪の内容について学ぶため2回目の学習会を開催した。現行の収用制度の復習をした後、国土交通省の土地収用制度調査研究会報告を材料にして、土地収用法改悪が労働者・農民の反対や抵抗を一切許さない強権的な方向で行われていること、三里塚闘争と全国の住民運動への破壊攻撃であること、有事法制の先取りであることなどを確認した。特に現行法では自衛隊用地に収用法を適用できない例として、百里基地の誘導路が曲がっている写真が示され強い関心が寄せられた。(16日)
●関西実行委員会から現地調査団 全関西実行委員会所属の労働者4人が三里塚現地調査に訪れ、強制収用所のような環境を強制している暫定滑走路工事の実態をつぶさに確認し、萩原進さん家族と交流を行った。参加したのは兵庫労組交流センター、北大阪労組交流センター、南大阪労組交流センター、婦人民主クラブ関西協議会の労働者。「3・25集会にも仲間を連れてきます」と力強く語ってくれた。(18日=写真)
●土地収用法改悪で反対同盟学習会 反対同盟は、伊藤信晴さん、木内秀次さんを講師に土地収用法改悪に関する学習会を行った。一坪共有運動を破壊して、三里塚闘争に打撃を与える改悪案の内容には怒りの声が起こり、「有事法制の先取りだ」という提起にも一同納得していた。28日の収用法改悪反対シンポジウムにむけ、気運が盛り上がってきた。(21日)

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