解説

週刊『前進』08頁(2627号06面02)(2014/04/07)

解説

集団的自衛権とは

 日本政府は72年に田中内閣が提出した「資料」で、集団的自衛権を「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」と定義し、81年にも同文の政府答弁書を閣議決定している(ここでいう「密接な関係の外国」とは同盟国に限定されない)。そして、この権利は国連憲章第51条(後述)で日本を含む全加盟国に認められているが、その行使は「憲法上許されない」としてきた。
 この憲法解釈の根拠は、「(自国ではなく)他国に加えられた武力攻撃」に対して自衛権を行使することは、憲法9条の禁ずる「必要最小限度の自衛の範囲を超えるもの」に相当する、という点にある。言い換えれば、ここでいう「必要最小限度の範囲」に集団的自衛権が含まれる余地は皆無であり、安倍のやろうとしている解釈改憲は純法理的に言ってもデタラメなものである。
 なお、この憲法解釈をめぐっては、小泉政権時代の04年、当時自民党幹事長だった安倍が国会で「集団的自衛権の行使も9条の許す範囲内に含まれる余地があるのではないか」と質問したが、これに対して内閣法制局は、「日本が自衛権を行使する第1要件」は「日本に対する武力攻撃の発生」であり、集団的自衛権はこれを満たしていないと答弁して、安倍の主張を明確に退けた。昨年8月、安倍が内閣法制局長官を突如更迭し、同局と何の関係もない外務省出身の小松一郎を長官にするという「首のすげ替え」を強行した背景には、こうした事情があったのである。

解説国連憲章第51条

 集団的自衛権という言葉が歴史上初めて登場したのは、第2次大戦末期の1945年6月に採択された国連憲章の第51条「この憲章のいかなる規定も、......個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」という条文である。
 実はこの第51条は、国連憲章の原案(44年8〜10月、ワシントン郊外のダンバートン=オークスで開催された米英ソ中の4カ国会議で提出)の時点では存在せず、したがってそこではまだ「集団的自衛」という概念もなかった。他方、憲章原案はその第2条4項で「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、......いかなる方法によるものも慎まなければならない」とし、また第53条で「いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極(とりきめ)に基づいて又は地域的機関によってとられてはならない」としていた。要するに、安保理の許可がなければ(拒否権を持つ5大国のうち1国でも反対すれば)武力行使はできないとしたのである。
 これに対し、米帝がいわば「抜け道」として土壇場で加えた修正が第51条であり、「集団的自衛権」という新たな概念の創出であった。すなわち「安保理が必要な措置をとるまでの間」は、安保理や国連総会の判断を待たず独自の武力行使が「集団的自衛」の名で認められるとしたのである。後の米国務長官で筋金入りの反共主義者ジョン・フォスター・ダレスは、国連創立会議に出席した当時を振り返って、「ここに『集団的自衛』の可能性――測り知ることのできない価値のある可能性――が生まれた」と自著『戦争か平和か』で述懐している。
 これによって米帝は、米主導の軍事同盟網を世界各地に築き上げ、米軍基地を全世界に展開していくことが可能となり、集団的自衛の名であらゆる地域に軍事介入していくことが可能となった。
 NATOや日米安保条約に代表されるいわゆる「地域的集団安保体制」は、いずれもこの第51条を国際法上の根拠としている。

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国連憲章第51条
 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力行使が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、(中略)この憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

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