安倍とパククネの打倒へ 日韓連帯の新段階 訪韓団の感想

週刊『前進』06頁(2658号05面01)(2014/11/24)


安倍とパククネの打倒へ
 日韓連帯の新段階
 訪韓団の感想

(写真 3万人の組合員が民主労総全国労働者大会へ結集デモ【11月9日 ソウル】)

初めての訪韓闘争で国際連帯を強く実感
東京・郵政非正規ユニオン 尾藤登

 私は今回、訪韓闘争に参加し、11月8日から11日までの4日間を闘い抜きました。訪韓闘争に参加したのは今回が初めてであり、海外に渡ったのも初めてのことでした。当初、どのような闘争になるのか、まったく想像がつきませんでしたが、安倍打倒・パククネ打倒をかちとっていくために、民主労総を始め韓国の労働者とともに連帯して闘うつもりで臨みました。ですが、まったく何も知らないまま闘いに入ってはダメだと考え『韓国における労働運動史』(元民主労総委員長タンビョンホ著)と8・6広島での日韓連帯報告集を道中急いで読みました。集会でのさまざまな発言を聞きながら、学習の大切さを痛感しました。
 闘争の中で大きく印象に残ったのは、まず民主労総のデモと集会です。デモの中盤以降は道路いっぱいにデモ隊が広がり、デモの先頭が見えないほどで、数の多さに圧倒されました。完全に力関係が逆転していると感じました。
 私は建国大学分会の籠城(ろうじょう)闘争を激励訪問した時や民主労総との交流会で、自己紹介と私の解雇撤回の闘いについての話をしました。韓国労働者との交流を通して、国際連帯での闘いを強く実感することができました。
 また、韓国ではさまざまな歴史的意義のある史跡などを回りました。それは、西大門(ソデムン)刑務所、チョンテイル像、安重根(アンジュングン)義士記念館、光化門(クァンファムン)、曹渓寺(チョゲサ)です。西大門刑務所は日帝が植民地時代につくった巨大収容所であり、ここに体制に逆らう独立運動家や革命を目指す労働者を収容し、日々耐えがたいほどの拷問をかけ、最後は収容所内の劇場で公開処刑をした歴史がある場所です。再びこのような事態にならないために革命の重要性を実感しました。
 このような韓国での闘いで身につけた大きな教訓を、私は労働組合としての闘いの中で発揮させていきたいと考えています。 すなわち、私はこれからも職場で断固として闘い、また職場の仲間、組合の仲間と団結して、正規・非正規の分断をのりこえる存在として闘っていきます。

福島と韓国労働者は怒りも闘いも一体だ 
郡山市 倉岡雅美

 「福島の希望虹」――訪韓闘争から帰国後、福島でとてもきれいな虹が出たので韓国の同志に送ると、「福島の希望虹」と名づけてくれました。福島から世界を変えていく希望という意味だそうです。放射線量が高い地域で生活することを危惧(きぐ)しながらも、福島の存在をこのように見ていてくれたことに私はとても感動しました。
 韓国の人びとの〝福島〟に対する思いを感じた訪韓闘争でした。福島から来たと告げると、多くの同志から驚いたように「フクシマ、ケンチャナヨ?」(福島は大丈夫?)と返ってきました。その後は肩をよせて「フクシマ、がんばろうな」の言葉。日頃目にする胸くそ悪い「がんばろう福島」と違って、肩が震えるほどうれしく励みになる言葉でした。
 セウォル号事故後、韓国の人びとの福島に対する思いはより一層強く、深いものとなっていました。政府、船会社への怒り、外注化への怒り、子どもが最も犠牲にされている......。こういった消えることのない怒りや悲しみを原発事故と重ねて、韓国の同志が福島現地での闘いに強い支持と連帯をもっていてくれたことは、私の想像を超えるものでした。セウォル号事故後にどんな労働者集会になるのか見たいという思いが私の訪韓の理由だったのですが、逆に韓国の同志が福島の現状や闘いを知りたいと感じてくれていたのです。
 セウォル号事故は、船長が死刑になって解決する問題ではありません。外注化、労働の問題、この社会構造の根本の問題であるという点。消えることのない深い悲しみと怒りの深さと激しさは体制変革の欲求と希求として発露されている点は、どこまでも福島と一体のものでした。セウォル号惨事の遺族が民主労総と一つに闘っている点もまた、動労水戸の被ばく労働、常磐線竜田延伸反対の闘いが地元住民の怒りと一体となって闘われている点と同じでした。
 韓国と福島、セウォル号と原発事故。どこまでも一体でともに闘い抜いていきたいと思います。

団結し新自由主義と闘う労組拠点建設を 
広島連帯ユニオン 宮原 亮

 訪韓闘争に参加し、動労千葉が先頭に立って進めてきた日韓労働者の国際連帯が新たな段階に入ったと思いました。民主労総大会で動労千葉の田中委員長の参加が紹介されたことだけでなく、大邱(テグ)や慶北(キョンブク)の労働者、移住労働者の仲間などから「動労千葉」という言葉が語られ、国鉄闘争が切り開いている地平を韓国でも実感できました。
 9日の午前中に8・6ヒロシマ大行動に参加した大邱の城西(ソンソ)工団労組イムボンナム委員長の案内でソウル郊外のマソク烈士墓地に行き、チョンテイル烈士の墓前で民主労総大邱地域本部の同志たちと追悼集会を行いました。
 多くの労働組合が次々と参列に訪れており、このような形で組合員の階級意識を形成しているのだなと思いました。
 その後、城西工団労組の移住労働者たちと合流して労働省前での全国移住労働者労組の集会に参加しました。ネパール人のウダヤ・ライ委員長を始め移住労働者の指導部群が存在し、集会の運営はすべて移住労働者。国際的な労働者指導部を現場で生み出しているわけで、大いに学ぶべきと感じました。
 前夜祭の夜、大邱や慶北の民主労総の同志たちとテントで交流し、大学路を占拠しての労働者大会では、労働者の大結集に圧倒されました。
 10日の理念交流会で最も印象的だったのは、セウォル号惨事についての報告でした。事故の際に人びとを救助するはずの海上警察の救助部門がサルベージ会社に外注化され、潜水して行う救助活動がなされなかったこと、船の安全点検が行政の責任で行われず、船会社が出資して設立した民間組織が行っていたことなどが暴露されました。
 これらの事実をパククネ政権はあらゆる力で隠蔽(いんぺい)しようとしており、犠牲者遺家族の声が踏みにじられているのです。3・11以後福島で起きていることとまったく同じです。
 セウォル号惨事を契機に、企業の利潤優先、規制緩和の動きに対抗するには労働組合の闘いがその中心に座らなければならないと述べられ、その通りだと確信しました。
 今回、韓国の同志たちと深い交流と強い団結を形成できたと思います。この力で日本での階級的労働運動の拠点建設に勝利したいと思います。

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