在日朝鮮人共産主義者を悼む 日本―朝鮮―世界革命へ 東京でお別れ会 民主労総から参列と弔辞

週刊『前進』06頁(2672号06面01)(2015/03/09)


在日朝鮮人共産主義者を悼む
 日本―朝鮮―世界革命へ
 東京でお別れ会
 民主労総から参列と弔辞

(写真 高山巌同志・高秀雄同志のお別れ会【2月22日 東京・江戸川区】)

 革命的共産主義者同盟の誇る在日朝鮮人同志、高山巌同志、高秀雄(コスウン)同志がこの2月、相次いで逝去した。10代から革命運動に身を投じ、在日朝鮮人共産主義者として40年におよぶ年月、ともに幾多の激闘、試練、苦難を闘いぬいた2同志。かけがえのない2同志の遺志を引き継ぎ、2015年決戦勝利を誓い合う場として2月22日、150人が集うお別れ会が東京都内で開催された。

 お別れ会の壇上中央に2同志の遺影が並んだ。高秀雄同志の遺影は昨春、外登法・入管法と民族差別を撃つ関西交流集会で基調提起する姿だ。その後方には、動労千葉国際連帯委員会の一員として韓国で闘ってきた高山同志を「追慕」する韓国・公務員労組ソンパ支部の横断幕が掲げられている。韓国からは民主労総ソウル地域本部を始め多くの弔辞が届いた。
 黙祷(もくとう)を行い、お別れ会実行委員会を代表し木崎冴子同志が「日本革命、朝鮮革命―世界革命への脈打つ熱い思いを抱き闘いぬいた2同志、その遺志を引き継いで未完の挑戦を完遂します」と進行を務める中、各界から「お別れの言葉」を受けた。
 民主労総ソウル本部指導委員のイジェヨン同志、ソウル本部前事務処長のパクミョンソク同志が並んで立った。
 イジェヨン同志は、05年11月労働者集会で会ってからの交流を振り返り、「すでに高山同志は民主労総組合員でした。それほど民主労総を愛し、その闘いの情熱を込めて日本の労働運動を燃え上がらせようと渾身(こんしん)の力をすべて捧げました」と、高山同志をたたえた。パクミョンソク同志も「あなたは大きな山であり、大きな兄だった」と語り、「万国の労働者よ、闘おう! トゥジェン(闘争)!」と結んだ。
 動労千葉の田中康宏委員長と動労水戸の辻川慎一副委員長が続いた。
 田中委員長は「日本政府が再び戦争をしようとしているこの時代、無限の可能性を秘めた労働者の連帯に未来がある」「お二人は在日として日本に生き、そして労働者階級の団結こそがこの社会の民族抑圧、労働者に対する激しい攻撃、戦争のすべての根を絶つ道なんだと固く決意した真の革命家でした」と語り、「必ず労働者解放の日を実現します」と誓った。
 辻川副委員長は「2006年『党の革命』で血債主義派が打倒された時、高山さんは『俺は動労水戸を裏切らない』と言って厳しい中で踏みとどまった。それ以降、動労千葉を中心とする階級的労働運動と民主労総を強く結びつける歴史的役割を果たされた」「来る嵐のような時代、在日・滞日、民主労総と団結し、帝国主義、世界戦争をぶっとばして世界革命をやる。その基礎をこの二人の同志がつくってくれた」と断言した。
 「2同志が未到とも言える苦難をのりこえて歴史に遺(のこ)した足跡は何よりも在日同志に受け継がれようとしています」と紹介され、在日同志を代表して鄭炯美(チョンキョンミ)同志が立った。二人との思い出を語った後、「二人はいつも言っていました。労働者に国籍も民族も、滞日だ在日だというくくりもない。皆労働者なんだ。世界中、手をつなぐべき人は至る所にいる。その教えをしっかり守っていきます」と誓った。
 革共同の天田三紀夫書記長が弔辞を捧げた(全文別掲)。「『党の革命』の渦中で血債主義と決別し、胸襟(きょうきん)を開いて語り合った」と高秀雄同志の思い出を語り、日韓労働者のかけはしとなったと高山同志をたたえ、「安倍政権の中東参戦に階級的労働運動と国際連帯闘争、国鉄決戦と無数の拠点建設で勝利する」と固く誓った。
 お別れの言葉を受けて最後に2同志の遺族があいさつをした。「短いようだが、自分のやりたいことを生涯やって捧げて生きた65歳でした」「この運動は父のライフワークであり、父を形づくる根幹だったんだと思います」と、ともに65歳で生涯を閉じた父親を偲(しの)んだ。
 木崎同志が次のような結びの言葉を述べ、献花した。「二人の同志は、労働者階級の解放闘争と労働者国際連帯をひとつのものとしてつくることに生涯を投じました。その二人の遺志を今日参列した全員が団結し、必ずや実現することを誓い合いたいと思います」
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