許せない!がん激増否定の報告 甲状腺学会市民公開講座に参加して 福島診療所建設委員会 佐藤幸子さん

週刊『前進』06頁(2706号04面02)(2015/11/16)


許せない!がん激増否定の報告
 甲状腺学会市民公開講座に参加して
 福島診療所建設委員会 佐藤幸子さん


 福島診療所建設委員会の佐藤幸子さんから、日本甲状腺学会が主催する市民講座に参加した報告が寄せられました。小児甲状腺がんの激増を否定し続ける御用学者を徹底的に弾劾し闘いぬこう。(編集局)
 11月7日、福島市文化センターで開催された日本甲状腺学会主催の学術集会の最終日に行われた市民公開講座「放射線と甲状腺、震災後4年を経て」に参加しました。
 市民講座の司会者が福島県放射線健康リスク管理アドバイザー・山下俊一と県立医大教授・鈴木眞一というところからして内容が予想できますが、発表した4人の内容は「4年7カ月たって、この程度の報告ですか?」と思ってしまいました。「チェルノブイリと比較して違う」「甲状腺がんは予後が良い」「チェルノブイリでは甲状腺がん以外は放射能の影響は認められていません」ということを強調する内容ばかりです。
 外科医で日本医科大学の清水一雄名誉教授の「自分の妻も甲状腺がんの手術を受け、自分も前立腺がんの宣告を受けた時には絶望しましたが、治療を受け今は2人とも元気」という発表には空いた口がふさがりませんでした。「大人でも絶望する」がん宣告を福島の子どもはすでに138人も受けているのです!
■体内のホルモン濃度は水2千㌧に耳かき1杯
 私が一番注目したのは、甲状腺の働きに関する「ホルモンがどのくらいの濃度で体内に入っているか」という説明でした。「いわき市にあるアクアマリンの水族館の水槽2050㌧の水にホルモンを溶かしたとすると、どれくらいの量を入れたら体内の濃度と同じになるのか?」というクイズ形式の話でした。選択肢は「①角スコップ1杯、②スプーン1杯、③耳かき1杯」、答えは③です。こんな少ない量でも体の成長やバランスを整えるために必要なホルモンだということです。
 この少ない量のバランスが崩れることで甲状腺機能抗加障害=「バセドー病」、甲状腺機能低下障害=「橋本病」の発症となり、一生薬を飲み続けなければならないことになるのです。
 さらには甲状腺がんになるということを考えたら、放射能の影響は〝微量でも微妙なバランスを保たなければならない甲状腺にとっては、多大な影響を受ける〟ということだと私は解釈しましたが、発表した野口病院の村上司・内科医はそうは言いませんでした。それとも、私の解釈が間違っているのでしょうか?
■会場からの質問時間はたった8分間だけ‼
 最後に会場からの質問を受け付けましたが、たったの8分間。しかも4人の質問に答えたのは発表者ではなく、山下・鈴木の両司会者ですから、話になりません。
 4人の質問は、以下の内容でした。
 「①市民講座なのに資料がまったくないのはなぜか?」「②岡山大学津田教授の外国人特派員記者クラブでの記者会見についてまったく触れていないのはなぜか?」「③2011年3月の二本松市、いわき市での講演会で『100㍉シーベルト以下は安全』と言っていた山下教授が今回の司会を務めているのはなぜか?」「④知人が甲状腺がんで医大に運ばれて亡くなっているが、大人の甲状腺がんはどうなのか?」「⑤4人目に発表した人は医者なのか?」「⑥県民健康調査検討委員会の新聞発表はいつも形式が違っているので、わかりにくい」「⑦2巡目で郡山市に甲状腺がんが出ていないのはおかしい」「⑧18歳以下の対象者30万人に対して、1巡目受診者は8割程度、2巡目は4割となっていることを考えたら、甲状腺がんおよび疑いの人数は、現在発表されている人数かける1巡目は1・25倍。2巡目は1・6倍となるのではないか?」
 ①②③への回答は「今回の発表に直接関係のない質問なので答えられない」(山下)。会場から「関係ある! 今、回答するべき」と不満の声が上がり、①②は「関係ある」と再質問もありましたが、山下は②について「学会では見解が出ている」と言い張りました。
 ③④については「個別に対応します」、⑤「4人目の発表者は医師ではありません」、⑥「発表する形式は同じフォーマットを使っている」(以上、山下の回答)。⑦は鈴木眞一が「検査途中なので全部終わっていないために郡山市に出ていない」と答え、⑧は「時間がない」として途中で質問を打ち切られ、回答はありませんでした。
 写真も録音も禁止で、一般の参加者、報道関係者、主催者を含めても会場には70人ほどしかいませんでした。広報が遅れたのでしょうか? 県民の関心が薄れているのか? 県議選の最中だからか? わかりませんが、とにかく400人くらいは入る会場はガラガラでした。いやはや、お粗末な市民講座でした。
 最後に会場を出る時に私の後ろにはスタッフらしき人物がぴったりくっついて来ました。「何のために?」と思いながら、わざと「あまりにもひどい内容だったね‼ 津田教授の発表があった後だから、放射能の影響を認めないことを強調するために開催したのかもね!」と大きな声で話して出てきました。
 その後、質問をした方や会場から不満の声を上げた知人と意見を交換し、家に帰ったのが午後11時半過ぎになってしまいました。そのくらい話をしなければ収まりがつかないほどの内容でした。それが、今の福島で行われている「3・11後の現実」です。

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