市東さんの農地 絶対に守る 改憲・戦争阻止、第3滑走路粉砕へ 三里塚芝山連合空港反対同盟 新年の決意

発行日:

週刊『前進』02頁(2906号01面01)(2018/01/11)


市東さんの農地 絶対に守る
 改憲・戦争阻止、第3滑走路粉砕へ
 三里塚芝山連合空港反対同盟 新年の決意

(写真 市東さんの南台の畑からデモに出発。この農地を絶対に守りぬく!【7月9日 成田市】)

(写真 韓国・民主労総ソウル本部とドイツ機関士労組ベルリン都市鉄道支部の労働者が動労千葉の案内で三里塚現地を訪れ、反対同盟と熱く交流した【11月2日】)

(写真 請求異議裁判開廷を前に市東さんを先頭に通算1万筆を超える強制執行阻止署名を千葉地裁に提出【11月6日】)

 「空港絶対反対・農地死守」を貫き52年の歴史を一筋に闘ってきた三里塚芝山連合空港反対同盟の新年の決意を紹介します。国家権力と成田空港会社(NAA)の農地強奪攻撃を粉砕し、労農連帯の真価をかけて市東孝雄さんの農地を絶対に守り抜こう。改憲と戦争を許さず、「空港機能強化案」(第3滑走路建設と騒音地獄の拡大)を、住民の怒りとともに阻止しよう。(編集局)

この地で農業続ける
 敷地内天神峰 市東孝雄さん

 全国のみなさんの日ごろからのご支援に感謝しています。
 農地取り上げの不当判決が最高裁で確定しましたが、請求異議の訴えを千葉地裁に起こし、裁判は4回を重ねました。確定判決の強制執行を今も許していないという意味では、画期的な闘いとなっています。
 国とNAAは「1億8千万円という離作補償を提示すれば、市東は農業をあきらめて出ていく」と高をくくっていたのでしょうが、私は金がほしくてやっているわけではない。人はそれぞれ与えられた条件のもとで生きていきますが、自分は農家に生まれ、ここで農業をやり続けることに意味があると思っています。
 もう一つの、私が「不法耕作者」としてNAAから訴えられた耕作権裁判は、一審ですでに11年続いています。向こうの出した証拠は、父の署名のある「同意書」「境界確認書」だが、これらを偽造文書として追及しています。父は最後まで農地を売り渡さなかったから、そんなものに簡単に署名するはずもない。
 一方NAAは自らの不正がばれることを恐れて、地主との交渉記録などの当時の文書を隠している。そんなデタラメは許さない。この裁判で必ず勝ちます。
 私は毎年沖縄を訪れていますが、「国策」の名のもとに住民を無視し踏みにじる国のやり方は、三里塚と同じだと感じます。国策なら何をしてもいいとおごり高ぶる安倍政権をたたきのめす。そういう気構えで、福島・沖縄との連帯を一層重ねていきたい。
 私のつくった野菜をみなさんが「おいしい」と食べてくれることが私の喜びです。私が一日でも長くここで農業を続けていくために、みなさんの力が必要です。本年もよろしくお願いします。

労農同盟論の発展を
 敷地内東峰 萩原富夫さん

 昨年の旗開きで決戦本部の立ち上げを宣言して1年。最初は手探り状態から始まりましたが、市東さんの農地を守るために人びとが天神峰に結集する具体的拠点として、決戦本部の存在は決定的に重要でした。さらに反対同盟は「空港機能強化絶対反対」を掲げて周辺地域に入り、住民の怒りと合流しました。
 機能強化と市東さんの農地への強制執行を阻んだ17年の勝利的前進を踏まえ、自信をもってこの道を進みたい。国策攻撃をはね返している事実が、沖縄・福島にも労働運動にも勇気を与えていると思います。
 朝鮮半島は今、本当に危険な情勢にあります。北朝鮮が何か撃つたびに大騒ぎになりますが、日米や米韓の合同演習が北に軍事重圧をかけている。それこそが危機の根本原因です。成田の軍事空港としての本質を一層暴き、この地域に反戦派を具体的に組織しようと思います。
 今日本の農家が置かれている状況は、率直に言って非常に厳しいものです。日々懸命に働いても成り立つかどうかギリギリで、土地を守り家族を守り、あるいは守りきれなくて農家をやめていく人もいる。
 安倍は「競争力強化」を掲げ、大規模化、低コスト化を無理強いし、それができない農家を切り捨てるという。冗談じゃない!
 労働者もまともに食べていけない現実がある中で、農民と労働者の現実に根ざした現代の労農同盟論が本当に必要だと感じます。革命後のロシアの経験を総括しながらレーニンが生き続けていたとしたら、労農同盟論をどう発展させていたかを考えていきたい。
 旗開きに続き、重要な闘いのスケジュールが続きます。2・19耕作権裁判、3・8請求異議裁判が千葉地裁で開かれ、反対同盟は芝山町での3・4集会・デモ、4・1全国総決起集会を呼びかけています。18年をともに闘いましょう!

地域住民に分け入り
 事務局員 伊藤信晴さん

 決戦本部の発足を受けて、昨年私は騒音拡大による移転対象地域などを次々と回りました。行った先で話が弾むと、別の人を紹介されて次のところへ。住民同士のつながりが次々と形成され、新たな住民組織も立ち上がり、活発に動いています。横芝光町の佐藤晴彦町長は、「機能強化案は今のままではのめない」と言い出しました。
 芝山町での住民説明会には夏目誠NAA社長が出てきて、「努力した」と空港機能強化の見直し案を自画自賛し、住民の怒りの声を浴びました。なおも手を震わせて弁明する夏目に対しただ一人拍手してるのは、反対同盟を裏切り脱落した石毛博道。私は「石毛!」と弾劾しました。
 芝山では『週刊三里塚』での私の発言を大きくコピーする形で、正体不明の中傷ビラが出されました。反対同盟が「絶対反対」を掲げて闘っていることを攻撃するものです。私たちの呼びかけが住民の怒りと共鳴していることに、反動の側が危機感を高めているのです。私の部落の忘年会でも話題になり、「伊藤さん、あのビラで有名になったでしょ。自分で書いたの?」などと言われましたよ(笑)。
 夏目は17年冒頭に、「勝負の年」と打ち出して機能強化案をごり押ししようとして果たせなかった。その巻き返しをかけて今年は攻撃をかけてくるでしょう。住民とともに必ず打ち砕きます。それと一体で、市東さんの農地決戦はいよいよ正念場を迎えています。
 腹をすえて闘わなくてはならない一大決戦の年です。必ず勝利します!

決戦本部の最先頭で
 事務局員 太郎良陽一さん

 「決戦本部長」との指名を受け、農地死守決戦を闘う決戦本部を市東さんの離れに置き、その最先頭で1年を闘ってきました。ここを絶対に守るという気概で日参し、毎朝会議を開き、議論してきました。権力はまだ直接手を下すことができていません。
 全国から多くの人びとが訪れました。みな一様に、「三里塚は終わってない。市東さんの闘いはすごい」と感動してくれます。
 だがそれで満足はできない。まだぶち破れていない壁がある。もっと多くの人を集め、全国の運動とつながりたい。その課題が今年にかかっています。
 闘いの前進に対して、反動の側から相川勝重・芝山町長、石毛博道、石井新二らが危機に駆られてうごめいている。それらをもう一度たたき、新しい空港反対運動を広げる好機です。
 騒音で周辺住民の生活を脅かしてきた成田空港は、新滑走路でさらに巨大化し、24時間化し、住民を徹底的に追い出し、農地を破壊する魂胆をむき出しにしています。それは安倍政権が資本主義の本性を体現して、原発を推進し、企業のもうけを第一にし、地方を切り捨て、弱者を切り捨てているのと一体です。その風潮が社会を閉塞(へいそく)感で満たしている。
 このとき天神峰では市東さんが、強制執行の攻撃と向き合いながら自然体で農業を行っている。閉塞を打ち破るヒントがそこにあることを、さらに多くの人たちに広めたい。『前進』がその役割をともに担ってくれることを待望します。

安倍戦争政治許さず
 婦人行動隊 宮本麻子さん

 市東さんの畑に対する強制執行を許さずに新年を迎えました。その力が周辺住民をも確実に勇気づけています。自主的に組織がつくられ、深夜早朝の騒音拡大に対する反対の看板が立てられ、説明会でNAAや自治体当局を追及する決起が実現しました。
 1%の支配者と99%の私たちとの対立はますます深まっています。安倍政権は兵器を買うのには気前よく金を出し、労働者の生活をますます危機に追いやっています。安倍は民衆から全然支持されていません。
 先日、私の実家がある福島に行ったら、浜通りの方は見渡す限りフレコンバッグが積まれている。高速道路では、土を運ぶトラックと何度もすれ違いました。東京も放射線レベルは高い。そういう中で、マスコミは20年五輪開催をあおっています。原発事故はまったく終わっていないのに!
 ふくしま共同診療所に立ち寄ると、ちょうど子ども連れのお母さんが2組診察を受けていました。地域のお母さんに信頼されていることを実感しました。
 私は昨年8・6広島の集会で、サード撤回ソンジュ闘争委員会に檄布を手渡し連帯を深めました。そして民主労総が秋に三里塚に来るようになって12年。三里塚を軸とする国際連帯が一層重要になっています。
 国際連帯・労農連帯を先頭で担った北原鉱治さんが昨年亡くなりました。お酒を飲むと「どう生きたかが大切」と人生訓を語っていたのを思い出します。
 私たちがその不屈の遺志を引き継いで闘います。

若者の創造力に期待
 婦人行動隊 木内敦子さん

 どうやったら一人でも多くの人が三里塚現地に集まれるかを必死に考え、思いついたのが「天神峰カフェ」でした。名前はソフトですが、その中身は農地決戦を断固闘うものです。まず市東さんの離れで、お茶・コーヒーでも飲みましょうと呼びかけました。
 最初はまったくノープランでしたが、参加者からいろいろなアイデアが次々と湧き出てきました。
 「第3滑走路予定地の現場を見てみよう」「市東さんの畑を見学したい」など積極的な提案がなされました。近隣から遠くから、古い人も新しい人もさまざまな方が来られて、重要な交流の場になりました。
 市東さんの離れには、そうしたみなさんの「一言メッセージ」が壁一面に貼られています。
 17年は裁判も全力で闘い、敵の攻撃を押し返してきました。しかし厳しい攻撃との決戦状況が続いていることを忘れず、18年も気を引き締めて闘います。
 安倍政権の戦争と改憲へ向けた政治が容赦なく襲いかかってくる中で、この状況をどうやってひっくり返すのか、私も悩みながら進んでいます。三里塚の52年の不屈の闘いは、その指針になると思います。しかし古く長いことだけが自慢であってはなりません。大事なのは若者とつながることです。
 私は、若者たちが創造力を発揮し、今までにないアイデアを出して闘いを引っ張ることを、何よりも期待しています。『前進』がその力強い援助となるよう心から願っています。

信念貫いた父・鉱治
 三里塚 北原健一さん

 父・北原鉱治の「偲ぶ会」でみなさんからお話を伺い、多くの方が父を「偉大な指導者」と言われていました。でも私は家族として、偉大とまで感じたことは全然ないのです。
 ただ、みなさんのごあいさつを聞きましたら、すごい人物がいっぱい集まっているんですよね。
 動労千葉委員長の田中康宏さん、顧問弁護団の葉山岳夫先生、部落解放を闘う方々、婦人民主クラブ全国協、星野文昭さん、暁子さん。こうした方々が次の時代を担い、人民の中心となり、新しい世の中を作ってくれると私は確信しています。その一助になればと決意を固めています。
 父は酒を飲むとよく自慢するように話してました。「おれはみんなに育てられた」と。確かに、父の「偉大さ」もみなさんに育てられたものと思います。
 信条や信念を変えることなく一生貫けた人は幸せです。だから父は本当に幸せだったと思います。
 今の日本を、世界を、そして労働運動を、差別と抑圧を前面に振りかざした今の国家権力・政治体制を変えるのは、革命しかないです。だから、全学連委員長の斎藤郁真さんが衆議院選に立候補して闘った。こういう力がこれから全国で出てくると思います。その後に必ず、私たちの理想とする政治体制、人間社会が生み出されると思います。
 権力の思いのままにさせてはならない。われわれから奪われている星野さんを必ず奪還しましょう!
 そして、市東さんにかけられた農地強奪の攻撃を打ち返し、全力で守ろうではありませんか。
 三里塚闘争は素晴らしい。私は同盟の一員として今誇り高くそう言えます。ともに頑張りましょう。

このエントリーをはてなブックマークに追加