繰り返すな戦争 その実相に迫る 第1回「自衛」の名で数千万人殺害 戦慄の記録 アジア・太平洋戦争

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週刊『前進』02頁(2942号02面01)(2018/05/24)


繰り返すな戦争
 その実相に迫る 第1回
 「自衛」の名で数千万人殺害
 戦慄の記録 アジア・太平洋戦争

(写真 ガダルカナル島の戦闘で食糧・弾薬も尽きて投降し米軍の捕虜になった日本兵【1942年】)


 朝鮮半島や中東をめぐって戦争の危機が切迫し、安倍政権のもとで再び日本を「戦争する国」にする改憲策動が進められる中、これに対する多くの人々の危機感と怒りの声が高まっている。またそれと同時に、そもそも戦争とは何であり、これまで日本やアメリカはどんな戦争を行ってきたのか、その実相や実情を具体的に知りたいという声も急速に高まっている。こうした状況を踏まえ、本紙では①アジア・太平洋戦争、②朝鮮戦争、③イラク戦争の3回シリーズで「戦争の実相」の一端を明らかにしたいと思う。今回はアジア・太平洋戦争のうち、特に動員された日本軍兵士の実相に焦点を当てて見ていきたい。(水樹豊)

侵略戦争で住民を大虐殺

 1868年の明治維新で成立した天皇制国家・日本は、日清戦争や日露戦争を経て、アジアで唯一の帝国主義国家へとのし上がり、20世紀初頭には中国・遼東半島の一部を「関東州」として勢力圏化し、台湾に続き朝鮮を植民地化(1910年韓国併合)した。
 さらに日帝は29年世界大恐慌下で帝国主義としての生き残りをかけ、中国東北部の豊富な資源と市場の強奪を狙って31年9月、「満州事変」と称する侵略戦争を強行した。続いて37年7月には中国全土への侵略戦争へ突進し、その行き詰まりを打開するために東南アジア侵略をも開始(40年7月、南部仏印進駐)。米英との対立を深める一方でナチス・ドイツ、ファシスト・イタリアと結託し、ついに41年12月8日、米領ハワイ真珠湾とタイ及び英領マレー半島への奇襲攻撃を強行、米軍を主力とする連合国軍を相手にアジア・太平洋戦争を開戦した。
 この戦争において日本軍は、抵抗する現地の人々を大量に殺害し、他国軍との戦争に多数の民間人を巻き込み、さらには占領地から大量の食糧を徴発して飢饉を引き起こし、多くの人々を死に追いやった。各国・地域の死者数はいまだに正確な統計がとれないほど膨大な数にのぼる。各国政府などが発表した推定数では、中国2180万人(日中戦争期を含む)、朝鮮約20万人(41年12月以降、以下同じ)、台湾約3万人、ベトナム200万人、フィリピン111万人、インドネシア400万人、マレーシア・シンガポール約10万人、ビルマ15万人といずれもおびただしい死者数が挙げられている。
 他方で日本人戦没者数は、41年12月以降のアジア・太平洋戦争で軍人・軍属約230万人、民間人約80万人、合わせて約310万人にのぼる。また日中戦争開始から敗戦までの中国での死者数は軍人・軍属、民間人合わせて46万5700人。日露戦争の戦死者数約8万8千人と比較すると、日中戦争、アジア・太平洋戦争の死者数に愕然(がくぜん)とさせられる。

兵士らに無残な死を強制

 歴史家・藤原彰の著書『餓死した英霊たち』(青木書店)によると、日本軍兵士の栄養失調による餓死者と、栄養失調に伴う衰弱でマラリアなどにかかり病死した広義の餓死者の数は、合計で140万人に達し、全死者数の61%を占めるという。
 また昨年12月に発刊された一橋大学教授・吉田裕氏の著書『日本軍兵士----アジア・太平洋戦争の現実』(中公新書)は、日中戦争やアジア・太平洋戦争期の日本軍兵士たちが、実際に戦場でどのような状態に置かれ、どんなにむごたらしい死に様を強いられたのか、その実情を膨大な一次資料に基づいて克明に描いており、大きな反響を呼んでいる。同書の中で吉田氏は、「戦争栄養失調症」と呼ばれる症状が兵士の間で広がっていたことを紹介する。「体温正常以下となり、四肢冷厥(れいけつ)し、活気を失い......『生ける屍(しかばね)』のごとく」なり、ろうそくの火が消えるように死んでいく兵士が相次いだという。
 艦船の沈没に伴う「海没死」が35万人にも達し、それへの恐怖から艦船の出港前には兵士・船員たちの間に精神状態に異常をきたすものが続出した。
 「太平洋戦争で最も無謀な作戦」と呼ばれるインパール作戦(ビルマからインドのインパールにある英軍拠点への攻略をめざした作戦)やガダルカナル島の戦闘では、多数の餓死者・病死者に加え大量の自殺者が出た。また動けない傷病兵に対しては「処置」と称して同じ日本軍兵士による殺害が行われた。果ては兵士を殺害して食糧を強奪し、あるいは殺した兵士の人肉を食べて飢えをしのぐといった地獄絵図まで現れた。
 吉田氏はこうした実態を踏まえ「約230万人といわれる日本軍将兵の死は、実にさまざまな形での無残な死の集積だった。その一つひとつの死に対するこだわりを失ってしまえば、私たちの認識は戦場の現実から確実にかけ離れていくことになる」と警告する。

誰も責任負わない上層部

 以上のように戦場の実相を具体的に見れば、「日本軍は強大な米英軍を相手に勇ましく戦い、華々しく散った」といった類の日本軍礼賛論が、戦場の現実とはまったく乖離(かいり)した無責任な妄言であり、歴史を偽造するデマゴギー以外のなにものでもないことは明白だ。そしてアジア・太平洋戦争が「日本の自存自衛」「東洋の永遠平和の確立」といった口実で行われたことを省みる時、安倍政権が掲げる「自衛の措置」「東アジアの平和と安定」といったスローガンの虚構性も明らかである。
 なお、あの戦争で兵士たちに無残な死を強制した軍の上層部は、その多くが戦後も責任を問われずに延命した。その頂点にいる者こそ「大元帥」=昭和天皇ヒロヒトである。
 昨年8月に放送されたNHKの番組『戦慄の記録・インパール』では、3万人もの死者を出した無謀きわまるインパール作戦が、軍上層部の極めてあいまいな意思決定のもとに強行されたこと、作戦遂行が不可能となった後も東条英機ら大本営上層部は誰一人責任をとらず、中止命令を下す決断すらしなかったことが暴露されている。現地軍司令官・牟田口廉也は、部下を怒鳴りつけて作戦遂行を命令しておきながら、地獄の行軍を続ける兵士たちを置いて早々に帰国し、「自分は上(大本営)の指示に従っただけだ」と無責任を決め込み、戦後は自分の作戦で英軍を苦しめたなどと自慢している始末である。
 「上」に立つ者は誰も責任をとらず、都合の悪いことはひた隠しにし、部下に対しては無謀だろうが無意味だろうが「作戦遂行」だけを命令し、現場の兵士は塗炭(とたん)の苦しみを負わされる----このようなあり方は戦後の日本社会の中に、今日のブラック企業や国家機構の中にそのまま継承されている。
 こんな戦争を二度と繰り返させてたまるものか! その思いを貫く改憲阻止闘争は、この戦前以来の国家・社会のあり方を根本から変革する歴史的決戦だ。青年・学生を先頭に意気高く闘いを広げよう。

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