団結ひろば 投稿コーナー 大坂裁判傍聴記

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週刊『前進』04頁(3268号04面05)(2022/11/07)


団結ひろば 投稿コーナー 大坂裁判傍聴記

仲間と傍聴続ける
 首都圏学生 田島正年

 10月25日の大坂裁判の初公判を傍聴しました。300人を超える傍聴希望者が訪れ、事前から明らかに傍聴者が殺到することがわかっていたにも関わらず、不当に小さな法廷が指定される作為があり、一般参加者は23人しか傍聴させない不当な裁判でした。
 裁判ではまず、大坂同志の意見陳述が圧倒的に行われました。東京拘置所による鼻ポリープの治療放棄があり、陳述ができるのか心配していましたが、多少のかすれはあるものの、よく通るしっかりした声で陳述ができていて安心しました。
 次に検察側の陳述も行われたのですが、その内容は印象操作のみと言っても良いような、ひどい代物でした。大坂同志の有罪の証拠とされているものは元少年の証言のみであり、写真を含め物証がない以上、検察はいかに「おどろおどろしい凶悪犯罪」が行われたのかという印象操作をするしかなく、焼けた交番や当時の「前進」が「証拠」として提出されはしたものの、大坂同志と結びつける証拠はでっち上げられた証言を除き皆無でした。
 しかし、検察が印象操作を図り、もがけばもがくほど、大坂同志の無実は明らかになっていきます。それはこの裁判自体が改憲・戦争をめぐる政治裁判だからです。
 なかなか平日の昼間に裁判所に行くのは難しいですが、代わる代わる傍聴に訪れようという話を仲間としています。大坂同志を一日も早く奪還するため、獄中の大坂同志と固く団結してともに闘いましょう。大坂同志、頑張ってください!

証人のうそに怒り
 首都圏学生 A

 10月26日の大坂正明さんの第2回裁判では、午前は死亡した機動隊員・中村のいた小隊の小隊長だった富澤(83)の証人尋問でした。
 事件前後の中核派の諸闘争についてや「『渋谷を火の海にする』と言っていたから神山派出所を警備していた」などの周辺的な記憶は述べるものの、当日の現場での出来事、デモ隊がヘルメットをかぶっていたか、どんな服装だったか、富澤が小隊にどんな指示を出したか、などは一切「記憶にありません」を繰り返すのみ。弁護士の反対尋問で当時のデモ隊の正面からのカラー写真を見せてもなお全く「思い出しません」。詳しく述べれば述べるほど大坂さんではないことが明らかになるから忘れたフリをしているのでしょう。
 さらに、ガス銃(警察の呼称では「ガス発射器」)の使い方についても、「仰角30〜40度で撃つもの」「水平に撃つことは想定していない」「水平に撃って人に当たり大けがになったことがある、などということは警察在職中を通して全く聞いたことがない」などと供述しました。周知の通り、これは全くのでたらめです。
 これに対し私が「(水平に)撃っとっただろうが」「うそつけお前」などとつぶやいたところ、11時ごろ退廷を命じられました。証言中とはいえ、発言の区切りのタイミングで大声でもなかったため、裁判進行を妨害するものではなく、不当な退廷です。
 その後、法廷のすぐ外の廊下で待っていた仲間に裁判と退廷の経緯を話すと、「俺も11・14の現場にいたけどみんな水平撃ちだったよ(笑)」「うそだというのは全くその通りだ」と言ってくださいました。

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