団結ひろば 投稿コーナー

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週刊『前進』04頁(3299号04面04)(2023/06/19)


団結ひろば 投稿コーナー

差別と戦争、絶対許さない
 東京中部ユニオン 伊塚晴留

 G7広島サミットは、戦争を推進するための戦争突入会議です。この戦争への動きの中で先日、参議院を通ってしまった改悪入管法を私は絶対に許せません。
 今回の改悪は難民申請を2回すると、3回目からは強制送還が可能になるというとんでもない法律です。様々な事情で国に帰れば命の危険がある人達を無理やり強制送還するという人殺しです。施行まで1年。このでたらめを暴き、怒りを持つ人々とつながって施行を絶対に止めなければいけません。人殺しに加担など出来ません!
 国家権力は、私たちを戦争に動員するため、支配するために差別を利用しています。差別には歴史があり、在日朝鮮人の方々への差別と深く結びついています。日本はまず「統監政治」といって朝鮮のトップを日本人にすげ替えて支配し、1910年に韓国併合を行って、朝鮮を植民地化するというとんでもないことをしました。
 今年は、関東大震災朝鮮人・中国人大虐殺の歴史からちょうど100年の節目に当たります。その大虐殺は本当に間違ったことでした。私たちは事実を知り、絶対にこれらの過ちを二度と繰り返してはいけません。6月11日に新宿アルタ前で行った反戦アピールを右翼が妨害してきましたが、こういうヘイトも差別を助長するものです。右翼は邪魔をするな! 差別を助長して戦争に向かうことを絶対に許してはいけません。
 入管法もその一環で、私たち労働者と外国人の方々を分断する政策です。絶対に許してはいけません。私たちが外国人の人々と一緒に暮らす権利を奪うな! これからも戦争絶対反対のために闘っていこうと思います。

ドラマに満ちた広島の闘い
 元トラック運転手 A

 戦争屋を迎え撃つ情勢を、と5月17日に広島に。遠路を栃木の友人もいて感激。今回、権力はデモ隊列圧縮を考えだし、最後部からも二重の機動隊がひとかたまりとなって圧縮、挑発を続けた。だが、これを許さず広島の女性労働者は敵に身を預け全身で踏ん張り続けた。私は彼女が逮捕されないかとはらはらだが、これを撮ろうとプレスも列に入り、権力もやりにくそう。彼女の「この数日を、隊列を、しんがりを守り抜くぞ!」の気迫を感じた。実際、圧し潰させなかった。市民決起の機会を守り切った。この人に「大あっぱれ!!」だ。
 次のデモでは出発直後から若い2人の女性が男児を抱いてコースの半分以上を頑張った。3人に「あっぱれ!」。またデモ終盤、権力の壁が減ると3人の家族が寄ってきて、一見こわもての父親が「誰でも入れるんですか?」「はだしのゲン知ってます」と。母親も「頑張ってください」と。最後に私の背中に「はんたーい」と4〜5歳児。感激したネ。間違いなく、この子の一生に生きる日だ。
 学生は、いったん決断すれば毎日が楽しいだろうなぁ。うらやましいな。
 私の若い頃は、非戦気分は社会に充ち、身をていして権力から若者を守る大人はいくらもいた。今は違っている。マスメディアは戦前以上に質(たち)が悪い。我々自身で一からつくらねばならない。闘いある所で、大衆の面前で新自由主義の価値観に対して労働者階級の価値観をぶつけ、討論を引き出し、良心ある大衆の心をつかもう。
 他にもドラマはあった。学んだことの多い数日だった。

日本に平和の少女像建立を
 東京 櫛渕秀人

 「空いた椅子に刻んだ約束―《平和の少女像》作家ノート」(キムソギョン/キムウンソン著、世織書房刊)を読みました。
 1991年8月14日、16歳の時に日本軍に連行された金学順(キムハクスン)さんの告発で日本軍の性暴力が明らかになりました。この決起に続き、日本軍の性奴隷、「慰安婦」とされたハルモニたちが次々と名乗り出ます。多くが当時13〜17歳の少女でした。多くが戦地で命を落とし、生き残った人たちも沈黙を余儀なくされ、痛みは治癒できない傷として胸に深く残りました。
 20年後の2011年、「平和の少女像」が韓国・ソウルの日本大使館前に建てられました。
 「長い沈黙の骨で 青い暗闇の痛みで 生きても死に 死んでも生き/心引き裂かれた風の指紋となって/血ぬられた帰郷/15歳のおかっぱの少女 その眼差しを見よ/記憶と忘却 この地の平和と人権のため/この蝶になってとまる」(韓国・麗水=ヨス市の少女像にあてた詩)
 本書では、少女像について丁寧に説明されています。なぜハルモニではなく少女なのか、ギザギザの髪、肩に乗る鳥、浮いたかかと、台座の影と蝶、両手のこぶし、100回以上直した表情、碑文、日本大使館の前に建てたわけ----などです。そして少女像の隣の空いた椅子。時の経過と共にハルモニの多くがこの世を去り、席が空いたのだと作家は言います。その席にはいつでも誰でも座って、ハルモニになった少女の立場から日本大使館を眺めてほしいと。
 2021年時点で、日本政府の妨害を打ち破り、韓国、米、独など世界各地に97の像が建立されています。しかし日本政府は公式にはいまだ侵略戦争の事実を認めず謝罪もしていないどころか、新たな中国、朝鮮―アジア侵略戦争へとひた走っています。二度と戦争はしないという日本の民衆の固い決意をこめて、日本の地に「平和の少女像」を建立しましょう。

北九州で狭山集会かちとる
 北九州部落解放研究会 東 真司

 5月27日、北九州部落解放研究会の主催で、「戦争と改憲・部落差別絶対反対! 5・27狭山集会」を北九州市内で開きました。
 冒頭、司会の山﨑さんが「狭山は何より部落差別を悪用した権力犯罪であり、60年の年月を経てなお、石川一雄さんに罪を着せたままであることは絶対に許せない」と訴えました。
 基調を主催者を代表して私が「狭山現地調査の報告」「岸田政権の改憲と軍事大国化に反対」と題して提起しました。まず1月に行われた狭山現調を報告し、重要な物証とされた数々のでっち上げ「証拠」の矛盾を指摘し、石川さんの無実は明らかだと訴えました。その上で、年内にも出されようとしている再審棄却決定は、岸田政権の改憲・軍事大国化と一体の動きであり、狭山闘争と反戦闘争を一体で闘い、戦争・再審棄却を断固阻止しようと結びました。
 さらに北九州自治体現業労組のY委員長が、行政当局からの差別的扱いなどを具体的に報告しました。次に、朝鮮学校の無償化除外に反対する在日3世の方が「高校無償化除外反対裁判は1勝14敗だが、これからも闘います」と力強く発言しました。
 続いて、改憲・戦争阻止!大行進・九州の山本さんが、5・15沖縄闘争とG7広島サミット粉砕闘争を報告しました。
 狭山再審棄却を許さず、無罪を勝ち取るために、共に立ち上がりましょう! 再審勝利、部落差別完全撤廃を切り開きましょう!

石川さん無実を現地で確信
 全学連 渡辺 良

 6月11日、東日本解放共闘が主催する狭山現地調査に参加してきました。私自身、狭山の現地調査に参加するのは初めてだったのですが、改めて石川一雄さんの無実・無罪を実感を持って確信することができました。
 でっち上げられたルートを歩いてみて感じたのが、でっち上げられたルート・供述の明らかな不自然さです。供述書によれば、石川さんは駅から被害者との出会い地点まで1・4㌔メートル程度の平坦な道を1時間半もかけて歩いたとされています。高齢の仲間もおり、水平同盟の仲間からの解説を聞きつつゆっくりと歩いた、私たち現調団でも30分でたどり着くルートを、健康な20代の男性が1時間半もかけて歩くことなど絶対にありえません。しかも、その間誰にも気付かれずに、怪しまれずに歩くことなど到底不可能です。
 ただ部落民であるだけで、こんなむちゃくちゃな裁判で60年ものあいだ殺人犯の汚名を着せられ、青春時代の大半を奪われた石川さんの怒りがいかほどか。狭山の地を歩き、改めて石川さんの怒りと闘いに思いをはせました。「治安」や「市民の安全」などといかに語っても、部落差別の強化や国家の延命をはかるためなら、裁判や捜査の正当性などお構いなしに部落差別へと活用していく。これが国家権力の本性だと思います。
 大野裁判長の退官が12月に迫る中、狭山闘争は正念場を迎えています。労働者階級自らが差別・抑圧を打ち破る狭山闘争を今一度発展させ、第3次再審をなんとしても勝ち取りましょう。

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