2・11関西女性解放闘争学習会の提起 ―組織内女性差別・性暴力事件から見えてきたもの― 開始された革命的女性解放闘争のさらなる深化・発展を
2・11関西女性解放闘争学習会の提起
―組織内女性差別・性暴力事件から見えてきたもの―
開始された革命的女性解放闘争のさらなる深化・発展を
2月11日、大阪市内で「組織内女性差別・性暴力事件から見えてきたもの----開始された革命的女性解放闘争のさらなる深化・発展をかちとろう」と題する女性解放闘争学習会が、関西女性反戦行動実行委員会の主催で開催されました。一昨年来、関西における女性差別・性暴力事件との闘いの先頭に立ってきた同実行委員会の委員長である女性の基調報告を、紙面の都合で一部割愛して紹介します。
「【1】時代認識」は省略します
【2】組織内女性差別事件―事実経過を振り返りながら
事細かに具体的な話を提起しますが、非常に普遍的なものを含んでいます。
(1)2024年の夏~秋、運動の責任者であったZ(男性・50歳代)が、新しく運動を始めたばかりの20歳代前半の女性を性的に搾取するということが起こります。
これは、一般的な言葉で表現すると、不倫の関係です。Zは結婚しており子どももいます。女性はそのことをわかっていますが、Zによる「なにげなく手に触れる」ことなどから始まる段階を踏んだ身体接触により、尊敬や憧れが、男性に対する好意に変わります。「これは普通の恋愛関係」だと考える人もいますが、最初から肉体関係のみを狙った男が、相手に「ときめき」を抱かせ、沼に落とし込んでいく卑劣で狡猾(こうかつ)なやり方です。「和姦(わかん)」にまで持ち込み、「相手も自分に好意があった」として自分を免罪するやり方です。
そして2024年8月、婦人民主クラブ全国協の大会が行われたその日の晩に、肉体関係に至ります。場所はカラオケボックスです。Zは避妊すらしませんでした。
11月に告発を受けたことで、その関係は終わりました。
(2)2024年11月、Aさんの友人のBさん(女性・20歳代前半)が、その事実を運動の責任者X(女性)らに告発します。この運動にあってはならない関係だと思い、2人を信頼していたがゆえに、相談しました。私も翌日にBさんから同じ話を聞きます。
※この時の告発内容は、「不倫をしているAさんが嫌だ」というものでした。差別を受けた本人や、本人でなくとも、告発や相談する際に「かくかくしかじかこのような差別です、許せません」などと明瞭(めいりょう)に語れる人はいない、と考えるべきです。少なくとも私は、Bさんのこの訴えの本質は、運動の代表・責任者である既婚の男性が30歳も年齢差のある女性を性的消費の対象としている、という中身として受け止めました。Bさんは「不倫」の事実を知り彼女自身がショックを受けている状態なのです。信じていた運動体に裏切られた、という傷を負っている状態です。「言葉どおりに受けとる」など論外です。
(3)告発を受けたXは「Zは本気だったがAさんがもてあそんだ、Aさんが悪い」という話を作り、Zを擁護し、告発を隠蔽(いんぺい)していきます。Z自身も「本気やった」とAさんに言い、Aさんは自分が悪かったと思い込み、Zに泣きながら謝罪するに至ります。そんなことはおくびにも出さずに、「自分自身も運動の指導的立場、Aさんもこれからそういう立場で頑張らなあかんから、別れよう」などと言いなしてAさんを切り捨てました。それどころか、時期的にも「かぶる」形で、別の活動家の女性とも関係を持っていました。
(4)X及び直接相談を受けたわけではないが運動の総責任者であったY(男性)は、10人程度の責任者集団にのみ、告発を受けたことを「恋愛のもつれ」と言いなし、告発そのものと事実の隠蔽を続けます。
(5)私とBさんは、「失恋をした」Aさんに対して、「それは失恋ではない。あなたにとってはそうかもしれない。しかしそれは恋愛関係であったのではなく、性的に消費されていたのだ、性的搾取の対象として扱われたのだ。平たく言えば肉体だけが目的だった、Zが『本気だった』などどう考えてもありえない」と繰り返し提起します。
女性解放の問題意識がなければ、「そんな男、早く別れて正解だったよ。もっといい男は他にもいるから、早く忘れな」「あなたはまだ若いし、かわいいから大丈夫だよ」といった、女性差別にとことん屈服して生きていくための「慰めの言葉」がいくらでも用意されていることでしょう。
私とBさんは、恋をしてしまっていたがために事実を受け入れることが非常につらく、さめざめと涙するAさんに対し、自らが受けた差別に対して闘うべきだとの提起を繰り返します。
(6)Aさん自身も、Zが「本気なんかではなかった」ということが分かっていきます。徐々に女性解放闘争に目覚めていきます。2024年8月、改めて自らの言葉で闘う意思をXに伝えます。しかしXはのらりくらりと言を弄(ろう)し、あるいは「Zの職場闘争が決戦であるから今は闘うべき時ではない」と本音を露骨に言い出し始めます。Aさんが頑張って闘う意思を持つに至り、勇気を出して提起したにもかかわらず、その決起を必死になって押しとどめ、Aさんの闘いをくじかせました。その一方で「終わったことを蒸し返している」と、私がこの問題を提起し闘うことをつぶす意図がこの辺りから形成されていったと思います。
(7)略
(8)(6)で闘う意思をくじいたのをいいことに、事態は隠蔽されたまま、Zはもちろん隠蔽している責任者たちも、何食わぬ顔で存在し続け運動の指導を継続しています。
10月ごろだったでしょうか、議論する中で、全く事態が進展しないことにAさんが絶望的な表情を見せました。このままではAさんを絶望させてしまいかねない、と判断した私は、ある会議で、このことを提起することを決断しました。Aさんも、自分の思いを文書にしたため、提起することにしました。
運動内で圧倒的権力を誇り、大多数の闘う仲間たちの「尊敬」を集め、10人程の指導部集団を「Zは悪くない。女性差別ではない。まして性暴力などでは断じてない」という思想で固めている相手です。それを敵に回す形での告発・提起とならざるをえませんでした。よって立つ所は階級的正義以外にありません。女性差別・性暴力を絶対に許さない! ましてそれが「人間解放・女性解放」をうたう運動内部で許されることなど絶対あってはならない!という信念しかありませんでした。即座に「勝ち目」が見える闘いではないことは明らかです。しかし「勝てなかった」としても「屈服」を選択することはありえません。私自身の怒髪天を衝(つ)く怒り----女性差別への怒り----帝国主義に対する怒りを抑える、矛を収めるなど選択肢にありませんでした。
(9)11月下旬、女性たちが多数集まる会議で(会議の主催者は抑圧・隠蔽の張本人であるX)、私は文書を提出し、この問題を提起しました。驚くべきことに、ほぼその場にいた全女性が激しく私を攻撃してきました。いわく、「あなたの主張はAさんの意思を、主体性を否定している」だの「言葉が激し過ぎる」だの「何がしたいの?」だの。
私がAさんと直前まで打ち合わせして、一言一句を本人と確認の上で書いている文書であり、事細かに日時や場所まで記載しているにもかかわらず、私が勝手に作った文書であるかのような「理解」をしたり、「これが事実なのか?」と私を疑ったり。その日初めて聞く話で驚いて何も言えなかった、という人もいるでしょう。そういう人は沈黙という形で権力者側につき、自らは一切傷つかず、孤軍奮闘で重砲火にさらされている私を、目の前で黙殺したのです。階級的正義を貫く立場では全くなかった、それどころか正義・不正義を判断することすら放棄した、ということです。その場にはいなかったけれども、立ち上がったAさんに対しても、敵対者として立ち現れたのです。
典型的な女性差別を問題にしているにもかかわらず、多くの女性から激しく非難され、攻撃を受ける事態にさすがに驚きました。運動を指導している男性の責任者が、家庭では妻を家内奴隷とし、自分は闘争と飲み会に明け暮れ家庭や育児を顧みないばかりか、運動に関わる女性を性的消費の対象としていることに対して、否、そればかりではない、避妊を拒否していることを冒頭で提起しているにもかかわらず、男の側を擁護するとは! 恥を知れ! 女性の主体性?! 笑わせるな! あなた方が持ち合わせている「主体性」こそが、女性差別に屈服する主体性なのだ!
(10)数日後、Aさんが別の会議で、自分が書いた文書----告発であり闘いの決意文----を提起します。そこでも女性の先輩から「出させない・読ませない」という激しい抑圧を受けます。しかし、必死の思いでその会議では自分の文書を読み上げました。読み上げた後も女性の先輩から「本当にあなたが書いたのか」という許しがたい侮辱を受けます。
(11)しかし、十数人の指導部集団と、会議に同席していた女性たちは、私やAさんの訴えを理解しようともしません。意図的に曲解し、少なくとも私を運動から排撃する、そしてAさんに対しては懐柔と屈服を迫り(上から目線で猫なで声で声をかけるなど)、Xの側になびかなければ、私同様に運動から排撃しようともくろみます。
その後も、「女性反戦集会」で自分たちの女性差別・性暴力は隠蔽しておきながら、「沖縄の米兵の性暴力を許さない」などと主張してみたり、デモの先頭でZが太鼓をたたいたり、Zがある集会の基調報告をやってみたり、Aさんにとっては砂をかむような日々が続きます。さらには、後に、AさんがZのことを会議などで発言するのではないかという監視まで行われていたことが発覚します。
こうした、起こる事態、後から知らされる事実にAさんはその都度深い傷を受けるのです。その度に絶望しそうになりながら、必死に自らを鼓舞激励して今日に至っています。
(12)その後、この問題が関西にとどまらずさらに運動の「中央」にまで届くことになり、Y、X、Zと10人程の指導部集団は旗色が悪くなります。すると驚くべきことに、Zだけを切り捨てるという挙に出ます。これまでさんざん擁護し、女性を食い物にしてきた事実は隠蔽し、運動的には担ぎ上げてきたくせに、自分たちだけは生き延びようと、Zだけを処分するという、とかげのしっぽ切りを行うに至ります。
(13)明けて2025年1月上旬、女性たちが多く出席する会議が再度もたれます。この時には、関西だけの問題ではなく、運動の「中央」的立場の人や、ともに闘う全国の仲間の女性たちが烈火のごとく怒りを燃やしており、関西の3人+指導部集団は、会議を主催することもできない立場に置かれていました。そこで、改めてこのZによる女性差別・性暴力事件を提起すると、複数の女性が「実は私も」「私も」と、告発に立ち上がるという事態が生み出されました。Zの手口は基本は同じではありましたが、それぞれの状況も違い、彼女たちは今も深い傷を負っています。しかし、断固決起し一緒に闘っています。改めてZに対する怒り、それを擁護隠蔽した者たちへの怒りが湧いてきます。
ようやくにして、ZはじめY、X、Zの擁護と隠蔽に終始してきた指導部集団は、打倒されました。
【3】開始された革命的女性解放闘争
(1)運動そのものの問い直し
私たちの運動が「女性解放」「全人間解放」を掲げて闘ってきたつもりであったにもかかわらず、「女性差別と闘う」という中身が思想的にも実践的にも全くなかった、ということが突き出されました。運動体全体に激震が走り、一人ひとりが自らのこれまでの闘いを見直すことが求められました。
重要なのは、「運動の中に女性差別と闘う思想と実践がなかった問題」ではない、ということです。「女性差別と闘う思想と実践が欠落していた運動とは、帝国主義に対する怒り・帝国主義打倒の思想と実践が欠落した運動だった」ということとして問題を立てるべきなのです。そこを見据えずに「女性解放闘争のみが欠落していた問題」として切り縮めて理解しようとする傾向は明確にあります。そうではなくて、私たちが昨年1年間、格闘してきたのは、「運動の中身の一部欠落問題」ではなくて、運動そのもの、闘う路線そのものを根本的に問い直す闘いでした。
これまでの運動は女性差別に限らず差別との闘いを不要な闘いとし、むしろ「団結を破壊するもの」であると規定していました。「資本と闘うことで差別を乗り越えて団結できる」であったり、ひいては「国境を越えて労働者階級は一つだ、資本という共通の敵と闘うことで、一瞬で団結できるんだ」というところまで行きついたのです。
こういう考え方では、民族・植民地問題、民族解放・革命戦争など措定すらできなくなってしまいます。好むと好まざるとにかかわらず、日本帝国主義本国の下に生まれ育ち、帝国主義イデオロギーを骨の髄までしみ込ませた私たちは、その自覚と、意識的闘い抜きに、「人間解放」など語ることすらできないということを、今一度確認しなければなりません。
2023年10月7日のパレスチナ人民の命を賭した民族解放の決起を受けて、私たちは改めて「血債の思想」の再確認・再確立を試みました。しかしその問題を完全に避けて通っていたまさに関西の地において、その破綻が、今回の女性差別組織問題として爆発したのです。
(2)「血債の思想」の再獲得
したがって2025年の闘い、そしてこれからの闘いは、「血債の思想」を再獲得し実践していく闘いとなります。
私たちは「女性解放」を掲げながら女性運動団体が国益と排外主義に屈服し、侵略戦争に率先協力した歴史を二度と繰り返すわけにはいきません! 今回現出した組織問題、さらには、2月8日の総選挙に対する私たちの回答は、帝国主義打倒の革命的女性解放闘争を爆発させることです。高市が侵略戦争を遂行することすらできなくなるほどの実力闘争・武装闘争の闘いで、日本国内を内乱情勢にたたき込みましょう。中国侵略戦争を阻止し、戦争を不可避とする帝国主義を打倒する革命を、革命的女性解放闘争の力でたぐりよせましょう!
闘う全世界の人々、何よりも闘う中国人民・アジア人民と連帯し、開始された侵略戦争を内乱に転化する、プロレタリア革命に向かって圧倒的大多数の女性たち、若者たちを組織しましょう! 「血債の思想」にはその力があります! そのことは、この1年の闘いで証明されています!
(3)「女性は強くなければならない」という思想について
長く活動してきている女性ほど、女性差別に屈服し、そのことを「是」とし「路線」にまでしている問題は何か、ということになります。この間、私たちに対して、とりわけ決起している性暴力被害当該に対して、「女性の側にも問題があった」として向けられてきた言葉、「女性は強くなければならない」あるいは「女性は強くならなければならない」というものがあります。いまだもって、そう確信してやまない方々もこの場にいらっしゃるかと思います。
結論を先に言いますが、これは発話者自身が女性差別に屈服して生きるということの宣言に他なりません。
「女性は強くなければならない」という言葉を用いた背景として「運動を始めて以降、『男性(同志)に隙を与えない』、男性同志の女性差別的言動、行為に対しても、『はねのけるように』して活動してきた」(ある女性同志の自己批判書より引用)......これが意味するものは、自分だけは被害に遭わないようにしてきた、あるいは、ちょっとやそっとの被害に遭っても「はねのける」だけで、本質的には屈服して生きてきた、ということではないのですか? 「はねのけるように」はしてきたけれども、根本的変革は問わなかった。「はねのける」という言葉の思想や実践の裏にあるものは、差別する側の変革をあらかじめ放棄しているということに他なりません。差別する側の変革はおろか、差別を生み出す構造、階級社会、差別社会、帝国主義の構造そのものを破壊する、という方向に向かっていないのです。女性差別と闘うということが「帝国主義打倒」から切り離されているのです。自己批判書を書いた女性同志は、それがブルジョア差別イデオロギーへの屈服であったと、その発言を謝罪し撤回されています。
本来、女性差別を不可避とする社会構造そのもの=帝国主義を打倒することによってしか真の女性解放は勝ち取れない、にもかかわらず「帝国主義打倒」の闘いの中に「女性解放闘争」が全く位置づいてこなかった、そのことは多くの先達の女性同志たちの言葉が証明した形となりました。帝国主義打倒は闘うけれども、女性解放闘争は傍流であって、本家本丸の闘いではない、としてきたことが、今回も、これまでも、女性差別事件を組織内で引き起こしてきた思想的根拠として析出されました。
「女性の側にも責任がある」「強くなりきれなかったことにも問題がある」かのような意味内容のことをおっしゃる方たちは、では男性には何を問うてきたのですか? 何も問うてはこなかったのではないですか? 男性の側は、何も問われないのをいいことに、女性差別や女性解放闘争について全くの無知・無理解・無関心でもやってこられたということではないのですか?
差別者・抑圧者が無自覚であるということは、差別抑圧を是認し強化すること以外意味しません。つまり、女性解放闘争に対する敵対者として登場してくるのは自明の理、ということになります。残念ながら、先輩である女性たちのそうした「論」「路線」が今回の差別事件や、私に対する激しい抑圧、運動からの排撃を伴う攻撃を保証してきたのでしょう。
真の女性解放をめざして闘うこと、それは帝国主義を打倒してやまない闘いとならざるをえません。そのことを目的意識的に闘いとるものが、革命的女性解放闘争です。女性解放闘争は、帝国主義打倒の傍流では決してありません。他の差別との闘いにしても同様だと考えます。女性解放闘争をとことんまで貫くことが帝国主義打倒へとつながるのです。逆ではありません。言うまでもありませんが、女性解放闘争は女性だけの闘いではありません。男性も、自らの解放をかけて女性解放闘争を全力で闘うべきです。
「男性の女性に対する関係のなかに、人間の人間に対する直接的で自然的で必然的な関係が現れる」とマルクスが書いています。
プロレタリア革命とは、労働者階級が資本家階級の支配を打ち倒し、賃労働と資本の関係そのものを廃止して、あらゆる搾取、抑圧・差別を終わらせ、本来の共同性を奪い返すことです。労働者階級の階級的解放は、同時に私有財産制の下で抑圧・差別されてきた女性の真の解放を実現すること、すなわち「男性の女性に対する関係」の根底的変革なのです。
マルクスは「女性共有」を主張する「粗野な共産主義」を批判して、人間の人間的解放の課題として、あえて抑圧・差別している男性の「女性に対する関係」の変革を提起しているのです。女性差別とは人間と人間、人間と自然との本質的関係からの疎外です。私有財産、階級社会が発生して以降、「男性の女性に対する関係」は差別・抑圧、他者に対する陵辱(りょうじょく)的関係に転化してしまった。そうした関係からの解放が、男性にとってこそ求められているのです。男性の皆さんも、喜びをもって、革命的女性解放闘争を闘いましょう。
(4)徹底した自己解放の闘いとして貫いてきた
Z、そして抑圧者として立ち現れた人たちは、自己批判をすることになります。そして、私たちは糾弾闘争に立ち上がります。女性差別に限らず、「糾弾闘争に立ち上がる」という言葉の重みを改めて実感することになりました。
ここで最も言いたかったことは、差別、性暴力を受け、告発や糾弾に立ち上がった女性たちの闘いです。彼女たちの自己解放的決起について言及しないわけにはいきません。自己解放の闘いが帝国主義打倒に貫かれていく、これが革命的女性解放闘争の真骨頂と言ってもいいかもしれません。
昨年の集会や、集会実行委員会などで繰り返し述べてきたことではありますが、この1年間、あるいは2年間、最も苦闘してきたのは、告発した当該女性たちです。告発に立ち上がるということは、女性差別にも加害当事者にも屈服しない!ということを意味します。しかし、そのためには、これまで自らが当たり前だと思い、どっぷりと浸(つ)かりきってきた、自らの中にあるブルジョアイデオロギーと、自分自身が決別することが求められます。自分が生きてきたあり方が、女性差別に屈服した生き方だったと認め、そこからの解放をかけて立ち上がったのです。屈服を「認める」ことそのものが、非常に厳しい闘いです。一人ひとりが、どれほどの涙を流してきたことでしょうか。そして、その屈服からの自己解放をかけた闘いは極めて実践的であり、具体的です。まさにそれが糾弾闘争として闘われました。
そうした「対決」の積み重ね、加害者との対決という激しく厳しい闘いに自らが立ち上がることを通して、自らの内にしみわたり、外にもまとわりついて離れない、ブルジョアイデオロギーを自分の力で引きはがしていったのです。本当に、政治と暴力を奪い返していく過程そのものであり、自己解放の闘いとして実現していきました。
今更ながら気が付いた、忘れていたことがあります。これまで運動内で女性差別が起こったとき、必ず「調停者」が現れました。運動内であっても、起こった「事件」に「対処」するのみであって、告発した被害当該にとっては、自己解放の闘いそのものであるという発想もなかったのです。「問題」をどう「解決」するのかに腐心してきた、ということだったのだと思い至りました。
しかし私たちの闘いは、最初に告発したBさんの思いや、私自身が、自らが受けた性暴力被害からの自己解放をかけて闘い続けてきていたという経緯から、疑いの余地なく自己解放闘争として貫いてきました。私は、過去に受けた性暴力問題の総括を求めてきましたが、一貫して調停者しか現れず、あげくその「調停」を不服とする私は、「団結破壊者だ」と罵倒(ばとう)され排撃されてきたからです。またXも和解を迫る調停者でしかありませんでした。Aさんに対してもXは「調停者」として立ち現れ、そのことでAさんは苦しみ、さいなまれた経緯があります。そこからの闘いの開始でした。
だからこそ、必然的に当事者の会が私たちの団結形態となり、闘いの「よるべ」となっていきました。
念のために付言するならば、私たちが勝ち取ってきた女性差別との闘い、差別・抑圧との闘いは、救済主義的発想や自己実現を追い求めるものとは違います。救済主義、自己実現は、血債の思想とは相いれないのです。
今私たちは、女性解放・自己解放を貫く闘いそのものとして、帝国主義打倒の闘いに立ち上がることができています! 革命的女性解放闘争とは、自己解放の闘いそのものです。そして、女性解放を真に貫くためには帝国主義打倒まで闘い抜く以外ありません。女性解放の闘いと帝国主義打倒の闘いは、完全に一つのものであり、その闘いを、目的意識的に貫き組織していくのが、革命的女性解放闘争です。
差別・抑圧との闘いは、誰かが肩代わりしてくれるものではありません。自分自身が闘いとるものなのです。そのことを、当事者の会の仲間は実現してきました。
ここでは詳しくは論じませんが、革命的女性解放闘争が目指すものは、私有財産制の廃止、労働の解放、女性の社会的労働への真に人間的な復帰、家族制度の廃止・止揚、女性の解放、子どもの支配の廃止、性における疎外からの解放、といったことがあります。中でも「家族制度の廃止」については、ひとまず「私有財産制度と、そのもとで不可避的な家族制度の廃止、ブルジョア家族制度の廃止」ということをいったん俎上(そじょう)に載せておきます。帝国主義家族イデオロギー、天皇制家族イデオロギーを粉砕し、「家族制度」からの解放も勝ち取っていきたいと思います。
【4】これからの闘い
3・8闘争が1カ月後に迫っています。
長く「国際婦人デー」と表現してきました。今年の関西での3・8は初めて「婦人」という表現をなくしました。当事者の会の仲間は、誰一人「婦人」という言葉を、自分を指す言葉としては認識もしないし、しっくりもきません。私自身も長年「国際婦人デー闘争」を闘ってはきましたが、本当に女性解放を闘うものではなかったと心底痛感しています。
当事者の会の仲間を中心に、全く新しい闘いをつくっていきます。今年は「祖国敗北主義」を貫き帝国主義の一角を倒し、第1次大戦を終わらせた1917年ロシア革命の先頭に立った女性労働者たちの闘いを現代に甦(よみがえ)らせる闘いとして勝ち取っていきたいと思います。「祖国敗北主義」を貫くためにこそ、私たちは「血債の思想」を甦らせる闘いをやり抜いてきたのです。
2・8からちょうどひと月です。高市打倒ののろしを上げる闘いにしましょう! 革命的女性解放闘争で高市を迎え撃ち、差別・排外主義の激化に怒りと危機感を持ち、行動を求めているすべての女性・青年・学生に結集を呼びかけましょう! 革命的女性解放闘争を貫いて、中国侵略戦争・世界戦争を阻止しましょう! 獲得すべきは全世界だ!