マルクス主義を武器に革命へ 帝国主義打倒し社会主義・共産主義社会建設へ闘おう マルクス主義学生同盟中核派

週刊『前進』04頁(3441号04面01)(2026/04/06)


マルクス主義を武器に革命へ
 帝国主義打倒し社会主義・共産主義社会建設へ闘おう
 マルクス主義学生同盟中核派


 すべての新入生・学生のみなさん。いま私たちは「世界戦争か、世界革命か」の時代に生きている。アメリカ帝国主義のイラン侵略戦争―中国侵略戦争の先にあるものは、第3次世界大戦と核戦争だ。戦争とは資本主義・帝国主義の矛盾の大爆発であり、資本主義・帝国主義を打倒しない限り、戦争をなくし人間が人間らしく生きる社会をつくることはできない。そして労働者階級(プロレタリアート)は、革命をやって社会主義・共産主義社会を建設する力を持っている。これが労働者自己解放思想としてのマルクス主義だ。マルクス・エンゲルス著『共産党宣言』、レーニン著『帝国主義論』『国家と革命』を通して考えたい。

【1】マルクス主義= 労働者自己解放の思想

(写真 マルクス)

(写真 エンゲルス)

 「われわれの学説は教条(ドグマ)ではなく、行動の指針である----エンゲルスは自分について、また彼の著名な友人について、こう語った」(レーニン「マルクス主義の歴史的発展の若干の特質について」)
 私たちは腐りきった資本主義社会を「論評」するのではなく、自らの闘いで打倒することを望んでいる。マルクス主義こそ、その最大の武器だ。
 革命家カール・マルクス(1818~83年)とフリードリヒ・エンゲルス(1820~95年)は『共産党宣言』(1848年)で「プロレタリアートだけが真に革命的な階級である」「ブルジョアジー(資本家)の没落とプロレタリアートの勝利は、いずれも不可避である」と断言し、世界初の労働者国際組織=第1インターナショナル規約の冒頭に「労働者階級の解放は、労働者自身の手で闘いとられなければならない」と書き込んだ。
 資本主義社会の矛盾は「賃労働と資本」の関係に最も鋭く表れる。資本主義的生産関係の下では、労働者は資本家階級の「賃金奴隷」としてしか生きられない。しかし逆にわれわれは「近代のプロレタリアートこそ資本主義社会が自らの『墓掘り人』として歴史的に生み出した階級であり、労働者階級こそが根本的社会変革の担い手として自らの解放を自らの手でかちとると同時に、その闘いを通して搾取階級と被搾取階級への社会の分裂と対立をなくし、階級社会を廃絶し、全人間の解放をかちとる階級として世界史に登場したのだ」と考える。階級を廃止した真に人間的な共同社会こそ共産主義社会であり、共産主義運動とはこの労働者自身の歴史的運動である。
 労働者階級は、資本主義社会で生産のすべてを担っていながら、同時に最も抑圧されている。資本主義社会では資本家が生産手段を独占し、利潤追求(=無限の価値増殖欲求)を動機に生産が行われる。人間と人間の関係は、カネを媒介にした商品関係におとしめられている。労働者は労働力(労働する能力)を商品として売ることでしか生きていけず、資本家は労働者の労働から膨大な利潤(剰余価値)をせしめている。労働者に賃金として支払われるのは労働の一部分にすぎず、残りは「不払い労働=剰余労働」として資本の利潤となる。労働者がどれだけ命を削って働こうが、それは資本の力を強め、自分自身をより貧しくさせ資本に隷属させるだけだ。
 プロレタリア革命=共産主義革命とは、資本家階級の私有財産である社会的生産手段のすべてを労働者階級が実力で奪い取り、それを社会の共有財産に転化することだ。資本主義社会が生み出した工場などの生産設備、鉄道などの輸送手段、そして土地を資本家階級から取り上げ、私有財産(制度)を廃止し、労働者権力のもとに団結した労働者の手に引き渡す。生産手段の資本家的私有と労働力商品化の上に成り立つ階級的搾取関係を根本から粉砕・一掃し、社会的生産の一切を、結合した労働者の共同活動による意識的、計画的形態で遂行する。資本家階級による生産手段の私的所有は、階級的搾取に基づく生産様式の最後の最も完成された形態であるがゆえに、その廃止は階級社会そのものを終わらせる。労働者階級の階級的解放は同時に、階級社会のもとでのあらゆる抑圧・差別からの人間の解放、すなわち普遍的な人間解放であり、プロレタリア革命をもって人類は前史から本史への扉を開く。
 これがマルクス主義の神髄であり、『共産党宣言』の末尾は若きマルクスとエンゲルスの力強い叫びで締めくくられる----。
 「共産主義者は、自分たちの見解と意図を隠すことを軽蔑する。共産主義者は、自分たちの目的が、これまでのいっさいの社会秩序の暴力的転覆によってしか達成されえないことを、公然と宣言する。支配階級よ、共産主義革命のまえに震えあがるがよい! プロレタリアは、この革命において鉄鎖以外に失うものは何もない。プロレタリアが獲得すべきは全世界である。万国のプロレタリア、団結せよ!」
 この革命精神の激しさに脅え、マルクスをあたかも平和革命論者や議会制民主主義者やエコロジストであるかのように描くすべてのやからは、ブルジョアジーの手先か詐欺師であり、労働者階級の敵対者だ。

【2】『帝国主義論』― 帝国主義戦争は不可避

(写真 レーニン)

(写真 ロシア革命【1917年10月】)

 労働者自己解放思想としてのマルクス主義を第1次帝国主義世界戦争(1914~18年)のど真ん中でよみがえらせ、「帝国主義段階におけるプロレタリア革命の一般理論」として確立したのが、「帝国主義戦争を内乱へ」の不滅のスローガンのもとに1917年ロシア革命を勝利に導いた革命家レーニン(1870~1924年)だ。
 レーニンが第1次大戦中に執筆した『帝国主義論』は、世界戦争の現実と対決し、「資本主義の最高の発展段階」としての帝国主義の行き詰まりと破産を暴き出し、「社会革命の前夜」であることを明らかにしてプロレタリア革命の現実性を照らし出した。そして資本主義・帝国主義こそ戦争の元凶であり、「帝国主義打倒のプロレタリア革命」こそが戦争をなくす最短の道であること(=戦争に対置すべきは「平和」ではなく「内乱・革命」であること)をはっきりさせた。
 第1次大戦下のレーニンの闘いと『帝国主義論』は表裏一体の関係にある。総戦死者数900万人を超える人類初の世界戦争の勃発を受け、各国の社会主義者は軒並み祖国防衛主義=社会排外主義(言葉では社会主義、行動では排外主義)に転落した。レーニンはこの裏切り者たちと容赦なく闘争し、「帝国主義戦争を内乱へ」「自国政府打倒」「革命的祖国敗北主義」の旗幟(きし)も鮮明にロシア革命へ突き進んだ。その理論的な基礎となったのが『帝国主義論』だ。

「資本主義の最高の段階としての帝国主義」

 19世紀の「自由主義段階」の資本主義は、20世紀に入り「帝国主義段階」へ成長転化した。その特徴は生産の集中による重化学工業の成長、競争の独占への転化にある。独占が生産と社会を支配する。銀行が産業資本家を従属させて「全能の独占者=金融資本」となる。20世紀の初頭には、金融資本の経済力を背景に「力」を持つ少数国家が登場した(ドイツ、イギリス、アメリカなど)。
 帝国主義国内では「資本の過剰」が生じ、それは資本輸出と世界市場展開へ向かう。資本家団体は世界を独占的に分割・支配する。それが帝国主義列強による世界の分割・支配を生む。植民地拡張は帝国主義国内の労働者支配を貫徹するものとしても推進された。
 『帝国主義論』は、「帝国主義とは資本主義の独占的段階である」「帝国主義とは、独占と金融資本との支配が成立し、資本の輸出が顕著な意義を獲得し、国際トラストによる世界の分割が始まり、最大の資本主義諸国による地球上の全領土の分割が完了した、というような発展段階における資本主義である」とする。そして帝国主義は、市場・資源・勢力圏をめぐって必ず侵略戦争―世界戦争を引き起こす。「資本主義の基礎の上では、一方における生産力の発展及び資本の集積と、他方における植民地および金融資本の『勢力範囲』の分割とのあいだの不均衡を除去するのに、戦争以外にどのような手段がありうるだろうか?」(『帝国主義論』)。帝国主義が帝国主義である限り、戦争は絶対に不可避だ。レーニンは、帝国主義の下でも「平和」が可能であるかのような欺瞞(ぎまん)的言説を批判し、「帝国主義はプロレタリアートの社会革命の前夜である」(同)と断じた。
 21世紀現代も「帝国主義の時代」だ。第2次大戦以降の基軸的帝国主義として世界を制覇してきた米帝が大没落し、生き残りをかけて中国侵略戦争―世界戦争に突き進んでいる。帝国主義の基本矛盾が全面的に爆発する中、今こそ「帝国主義戦争を内乱へ」のレーニン主義をよみがえらせなければならない。

【3】『国家と革命』― 階級廃絶と国家の死滅

 「戦争と革命」の時代に最大の問題になるのが「国家をどう考えるか?」だ。戦争・搾取・差別・抑圧の帝国主義の打倒を多くの人民が望んでいる。そして現実に、帝国主義支配を吹き飛ばす労働者人民の革命的闘いは始まっている。ではプロレタリア革命後、労働者階級は国家権力を握って何をやるのか? 人類はどうやって社会主義・共産主義に進むのか?----「国家とは何か」を対象化し、国家の本質を明らかにしない限り、反戦闘争も革命運動も前進できない。これに革命的回答を与えたのがマルクス『ゴータ綱領批判』(1875年)であり、レーニン『国家と革命』(1917年)だ。
 『国家と革命』も『帝国主義論』と同じく第1次大戦中に執筆され、ロシア革命勝利の指針となった。人類を破局に導く世界戦争の惨禍のただ中で、レーニンは「戦争/国家/革命」の科学的解明に挑戦し、マルクス主義国家論を実践的に打ち立てたのだ。
 「国家は、階級対立の非和解性の産物であり、その現れである。国家は階級対立が客観的に和解させることができないところに、またそのときに、その限りで、発生する」(『国家と革命』)----国家は人類の発展の一定の産物であり、人間社会が相争う経済的・物質的利害を持つ諸階級に分裂したことを根拠に生み出された。国家は、支配階級がこの非和解的な階級対立を力で抑えつけるところに成立する。国家は外見上は「社会の秩序を維持する権力」の体裁をとるが、その実は支配階級の利害を貫徹する。国家の核心は「暴力(的支配)」(=軍隊、警察、監獄など)と「被抑圧人民の武装解除」にある。
 国家は経済的に支配する階級の国家であり、資本制国家は「資本による賃労働の搾取の機関」だ。近代国家=「代議制国家」の形態でもこの本質は変わらない。「法の下の平等」などはペテンであり、現実の社会は資本家と労働者に分裂しており(=「賃労働と資本」の関係)、労働者人民は日々の生活に追われて政治からは実質的に排除されている。
 ではどうするか? 労働者は革命で国家権力を掌握し(ブルジョア国家の粉砕)、生産手段を国有財産に転化する。そして「階級」そのものの廃絶へ踏み出す。「階級対立の非和解性の産物」としての国家である以上、階級がなくなれば国家もなくなる。国家の死滅により、社会主義・共産主義社会の本格的建設が始まる。革命を受けて樹立されるプロレタリア(独裁)国家は「階級の廃絶」を目的とする過渡的国家であり、ブルジョア階級を消滅させれば存在意義を失い眠り込むように死滅する。
 「プロレタリアートの独裁国家」の原型は、人類初のプロレタリア革命で成立した「パリ・コミューン」(1871年)にある。その「コミューン4原則」(①常備軍・警察の廃止と武装した人民への置き換え、②議員・官僚などの選挙制、責任制、随時解任制、③全公務員の労働者並み賃金、④議会制度の廃止とそれに代わる代議機関の創設)を核心とする諸方針を、労働者人民の圧倒的主体性を基礎にして推し進めることで、人類は「過渡期」を突き抜け(=国家の死滅)、社会主義・共産主義社会の本格的建設へ歩を進めていく。
 その先に人類はどこへ向かうのか? 『ゴータ綱領批判』での記述を最後に確認したい。「共産主義社会のより高度な段階で、すなわち諸個人が分業に奴隷的に従属しなくなり、それとともに精神労働と肉体労働との対立が消え去ったのち、また、労働が単に生活のための手段であるだけでなく、それ自身第一の生命欲求となったのち、また、諸個人の全面的な発展にともなって彼らの生産力もまた高まり、協同的富のあらゆる泉が豊かに湧き出るようになったのち----そのときはじめて、狭いブルジョア的な権利という地平は完全に踏み越えられ、社会はその旗にこう書くことができる。すなわち、各人はその能力に応じて〔働き〕、その必要に応じて〔受け取る〕!と」

【4】スターリン主義=世界革命圧殺する反革命

 ロシア革命は帝国主義世界支配体制の一角を切り裂き、人類は「社会主義・共産主義への過渡期」の決定的一歩を踏み出した。プロレタリア世界革命は確実に手の届く位置にあった。だが、スターリン主義が歴史を暗転させ、国際プロレタリアートの闘いへの大逆流=反革命が生み出された。
 レーニンとロシア労働者階級は、一方で革命ロシアを根拠地としたヨーロッパ革命―世界革命への挑戦、他方でロシア国内での新社会建設に向けての過渡期の諸政策推進という一個二重の任務に必死に立ち向かった(1922年にソヴェト連邦結成)。しかし、レーニン死後、革命ロシアの党と国家権力を簒奪(さんだつ)したスターリンは、この一個二重の任務の困難性に屈服し、労働者人民の自己解放的エネルギーを否定した上で、自らの裏切りを合理化するための「一国社会主義論」をうち出した。
 一国社会主義論とは、一国でも社会主義・共産主義の実現は可能だとして、世界革命を否定しマルクス主義を完全に歪曲(わいきょく)するものだった。革命権力の担い手であるプロレタリアートはスターリン主義官僚に押しのけられ、階級的団結は破壊され、労働者国家はその根幹で労働者・農民を支配する巨大な暴力装置に変質した。それはソ連のみならず国際共産主義運動の根本的変質をもたらし、労働者階級の革命的闘いや民族解放闘争の高揚などのすべてが帝国主義との取引材料に使われ、屈服・敗北させられていった。その極致が、ナチス・ドイツとの独ソ不可侵条約(1939年)であり、それがヒトラーに裏切られるや一転して米帝と手を組んで第2次世界大戦に参戦したことだ。スターリン主義との全面対決・打倒抜きに、プロレタリア革命は一歩も前進できないどころか逆に血の海に沈められる。帝国主義とともにスターリン主義も打倒することが、世界革命へ闘う労働者階級の死活的課題となった。
 日本における革命的共産主義運動は、このスターリン主義の反革命性をあいまいさなくはっきりさせ打倒対象として措定するところから出発した。革命的共産主義者同盟(革共同)は1966年の第3回大会で、「スターリン主義とは、世界革命の時代が始まり、世界資本主義が部分的には転覆されたが基本的には転覆されていない段階、すなわち資本主義から社会主義への過渡期が始まったという段階において発生・成立した国際共産主義運動の疎外態にほかならない。一国における社会主義革命と社会主義的建設を一国社会主義論をてこにして世界革命の完遂という実践的展望からきり離して絶対化し自己目的化するという点にスターリン主義の本質的内容があり、その現実化されたものがスターリニスト・レジームと規定される政治・経済的体制であり、その擁護のための手段へと転落、変質させられたものが『国際共産主義運動』にほかならない」と規定し、反帝国主義・反スターリン主義世界革命戦略を確立した。
 スターリン主義は帝国主義打倒の闘いを放棄し、帝国主義との共存に自己の延命を求める。そのために、帝国主義者と一体でプロレタリア革命圧殺に全体重をかけてくる。それは単なる日和見主義ではなく、「共産主義」の仮面をつけた反革命だ。よってスターリン主義の打倒とは、1991年のソ連崩壊後も残存するスターリン主義の国家的・組織的・運動的実体の打倒であると同時に、真のマルクス主義を労働者階級が奪い返す闘いであり、帝国主義打倒と不可分の闘いだ。日本共産党スターリン主義を打倒し、真に闘う革命的労働者党を建設しよう。

「血債の思想」

 最後に、プロレタリア世界革命―労働者国際連帯の思想を現代的に貫徹するものとしての「7・7自己批判路線」と「血債の思想」を提起したい。
 帝国主義はその世界支配を貫くにあたり、世界を帝国主義的抑圧民族と植民地・従属国の被抑圧民族とに分断する。抑圧民族のプロレタリアートは、プロレタリアートといえども帝国主義的排外主義・大国主義に歴史的・社会的・文化的に汚染されている。このことを強く自覚し意識的変革のために闘わなければならない。実践的には、自国帝国主義の侵略戦争に断固反対を貫き、帝国主義支配に対する民族解放闘争を支持して具体的連帯・協力の闘いを展開することである。
 日本労働者人民も、帝国主義と既成左派指導部のもとでアジア侵略と闘いきれず、アジア人民にとてつもない流血と苦しみを強制してきたのであり、プロレタリアートとしての「血の債務」(血債)をアジア人民に負っている。この事実を見据え、自己の血の負債を決済するため、血を流してでも日本帝国主義打倒へ決起する、そうした時に初めてアジア人民との生きた連帯・団結が形成される。革共同はこの立場を1970年に「7・7自己批判」として表明した。それは、スターリン主義に破壊されてきたプロレタリア国際主義を帝国主義国のプロレタリアート人民の中によみがえらせるものであり、反スターリン主義の革命的貫徹そのものだった。かつ、すべての被差別・被抑圧人民と連帯し、全人民解放を自己の解放として闘えるプロレタリアートの階級的誇りと歴史的使命感を燃え立たせるものだった。その根底には、帝国主義打倒以外に自らの解放を実現できない階級であるプロレタリアートの革命性への無限の信頼がある。日本労働者階級は、闘うアジア人民、在日・滞日人民と連帯し、日帝の侵略を内乱に転化し、日帝を打倒する革命の主体である。このことへの揺るぎないマルクス主義的確信だ。
 革共同はこの立場を深化させ、本年2月の第10回大会で「アメリカ帝国主義の中国侵略戦争・世界戦争を反帝・反スターリン主義世界革命へ!」「闘う中国人民・アジア人民と連帯し、日帝の中国侵略戦争突入を内乱に転化せよ!」のスローガンを確立した。すべての新入生・学生はマル学同中核派に結集し、世界革命勝利へともに闘おう!

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