勝利の満期出獄を迎える須賀武敏同志と大合流を 迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧元被告団

週刊『前進』04頁(3446号03面01)(2026/05/11)


勝利の満期出獄を迎える須賀武敏同志と大合流を
 迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧元被告団

(写真 2004年、一審無罪判決を勝ち取り勝利を報告。右から十亀さん、板垣さん、須賀武敏さんと連れ合いの陽子さん)


 5月23日、迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧裁判元被告の須賀武敏同志が勝利の満期出獄を果たします。私たち元被告団(須賀武敏・十亀弘史・板垣宏・福嶋昌男)は、大いなる喜びと誇りをもってその日を迎えます。権力の卑劣極まりない組織絶滅攻撃としての、40年におよぶ爆取デッチあげ弾圧に対して、革共同・被告団・弁護団・救対そして「迎賓館・横田裁判の完全無罪をかちとる会」に結集された多くの支援者の方々との一体となった闘いが、いま須賀同志の満期出獄をもってついに最後的に勝利することをしっかりと確認したいと思います。

デッチあげと闘って40年

 1986年4月に米軍横田基地に向けて、同5月に東京サミット(帝国主義国首脳の戦争会議)のレセプション会場であった赤坂・迎賓館に向けて、中核派革命軍によってロケット弾が発射されました。私たち4人は両事件に一切関与していません。しかし、サミット直撃に驚愕(きょうがく)した権力は、翌1987年11月に3人(須賀、十亀、板垣)を逮捕し、福嶋を指名手配にしました(93年逮捕)。私たちの無実を熟知しながら死刑を含む爆発物取締罰則(太政官布告)第1条でデッチあげる、という凶暴きわまる治安弾圧でした。
 権力としては、革命党を傷つけ、武装した階級闘争の前進を阻み、4人に転向を強いることなどをもくろんでいたのです。しかし、私たちは完黙・非転向を貫き、完全にその弾圧を粉砕しました。現在、3人はすでに満期出獄・戦線復帰を果たしており、須賀同志の出獄をもって、元被告団と我が革命党は迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧に最後的に勝利することになるのです。
 私たちは、未曽有の「未決勾留16年」(同名の書籍が刊行されています)に屈することなく、法廷でも縦横無尽に闘い抜き、爆取デッチあげ弾圧の不当性と、4人の無実・無罪性を決定的に明らかにしていきました。3人(須賀・十亀・板垣)は2002年12月に保釈を実現させ、04年3月25日には東京地裁で無罪判決を勝ち取りました。
 それに対して検察官が控訴し、東京高裁は1回も事実審理をしないまま、文字通りの政治的判断から無罪判決の破棄・差し戻しを宣告しました。裁判は差し戻し審に移りましたが、私たちはそこでも怒りをもって全力で闘い抜きました。10年に逆転有罪判決が出されましたが、判決では「被告人が具体的に何をしたのかは不明であるが、責任は取らせる」という、およそ前例のない異様な判決文しか書けない窮地に裁判所を追い込みました。私たちは、裁判所の腐った政治性・階級性を徹底的に暴き出したのです。公判廷においても私たちは攻勢を貫き、決して負けることはありませんでした。
 3人については、未決勾留の16年に加え、須賀同志に11年、十亀・板垣に8年の実刑判決が宣告され、別の裁判とされた福嶋にも同じく全く政治的な断罪としての12年の実刑が言い渡されました。
 いずれも最高裁で確定し、私たちは未決・既決合わせて20年を超える獄中生活を強いられましたが、とりわけ須賀同志のそれは24年を超える長さに及んでいます。絶対に許されることではありません。しかも須賀同志は、獄中で最愛の同志・陽子さんを失うという深い悲しみに耐え抜いてきました。

医療放棄許さず徹底対決

 須賀同志は、現在81歳という高齢に加え、長期の獄中生活の結果、腰椎すべり症が悪化し自力歩行ができなくなっています。加えて横浜刑務所の医療放棄によって、心臓・肝臓など各種の内臓疾患に苦しめられてきました。
 しかし、須賀同志は、刑務所の医療放棄に対して一切妥協なき闘いを貫いています。星野文昭同志を獄死させた権力に心底から怒り、「被収容者(獄中者)にも社会一般と同様の医療水準を求める」闘いを獄中闘争の中心テーマに据えて格闘しています。そして、その闘いの大きな成果として、実際に、外部医療機関による検査・診察や医療情報の開示などを勝ち取ってきました。ただ、3月6日には極度の低血圧症により独房で意識を失い救急車で病院に搬送されるという事態に直面しています。命の危険性すらあったのです。須賀同志は、革命家としての強靭(きょうじん)な精神力を発揮して、この極限状態を乗り越えて、出獄の日を迎えようとしています。
 年初の手紙に、「最後の難関を突破して、元気で出獄し、同志との再会の喜びを分かち合う」「高市を打倒し、戦争をぶっ止める2026年決戦の一翼を担い闘い抜くことを楽しみにしています」と書いてきています。
 歓喜と祝勝の大合流を勝ち取りましょう。

中国侵略戦争阻み革命へ

 米日帝による中国侵略戦争―世界戦争の一環としての米帝・イスラエルによるイラン侵略戦争を絶対に許してはなりません。日帝・高市政権は、安保3文書の改悪、改憲・全土の要塞(ようさい)化など戦時体制を急速に構築し、自衛隊の中国侵略戦争への参戦を画策しています。私たちは、これに伴う治安弾圧の強化・獄中処遇の戦時体制への転換を絶対に許しません。
 世界戦争情勢は同時に革命情勢でもあります。この激動の真ん中での、須賀同志の満期出獄はまさに時機を得ています。今こそ、プロレタリアートの実力闘争・武装闘争を甦(よみがえ)らせ、大いなる反戦闘争を構築していきましょう。イラン・中国侵略戦争を阻止し、高市政権を打倒して、日帝打倒のプロレタリア革命、反帝国主義・反スターリン主義の世界革命に向けて大驀進(ばくしん)を開始しましょう。
 戦争情勢下の獄中処遇の悪化・獄死攻撃を許さず、無実の大坂正明同志の控訴審闘争に勝ち抜き、直ちに奪還しましょう。星野文昭同志を獄死させた国を許さず国賠訴訟控訴審に勝利しましょう。
 5月23日、須賀同志の満期出獄を迎え、完勝を祝う、横浜刑務所前への圧倒的な結集を呼びかけます。
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須賀同志満期出獄
 5月23日(土) 午前8時30分ごろ 
 ※午前8時、横浜刑務所玄関前に結集し、須賀同志を出迎えます。

迎賓館・横田爆取でっち上げ弾圧との闘い略歴
1986年 4~5月 両事件の発生
 87年 10~11月 須賀・十亀・板垣さんの3人が逮捕・起訴。福嶋さん全国指名手配
 88年 9月19日 3人の一審開始
 93年 3月30日 福嶋さん逮捕
 98年       10万人保釈署名運動開始
2002年 12月27日 3人の保釈出獄
 04年 3月25日 3人に一審無罪判決(検察控訴)
    11月22日 福嶋さん保釈出獄
 06年 1月16日 3人の控訴審第1回公判
    3月3日 福嶋さんに一審有罪判決(控訴)
    5月19日 3人の控訴審で「一審無罪判決破棄・差し戻す」との判決
 08年 3月27日 福嶋さんに控訴棄却判決(上告)
 10年 6月2日 3人の差し戻し審で、逆転有罪判決(控訴)
 12年 3月5日 福嶋さんの上告棄却
    5月15日 3人の差し戻し控訴審開始
   5月17日 福嶋さん下獄
 13年 6月27日 3人の控訴棄却判決(即日上告)
 16年 3月14日 3人の上告棄却(異議申し立ても23日棄却)
    6月    6日板垣さん、16日十亀さん下獄
 17年 3月16日 福嶋再審請求棄却
    7月13日 福嶋さん満期出獄
 18年 2月26日 須賀さん下獄(満期出獄26年5月23日)
 20年 7月31日 福嶋再審特別抗告棄却
 21年 1月   3日板垣さん、13日十亀さん満期出獄
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