融和主義粉砕、部落解放・日帝打倒 5・23狭山集会・デモへ

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週刊『前進』04頁(3447号04面06)(2026/05/18)


融和主義粉砕、部落解放・日帝打倒
 5・23狭山集会・デモへ


 革共同部落解放闘争組織委員会は、米帝によるイラン・中国侵略戦争―世界戦争の全面的爆発情勢に対して、革共同第10回大会で確立した「アメリカ帝国主義の中国侵略戦争―世界戦争を反帝・反スターリン主義世界革命へ!」「闘う中国人民・アジア人民と連帯し、日帝の中国侵略戦争突入を内乱に転化せよ!」の基本スローガンを掲げて断固、闘い抜くことを宣言する。狭山闘争・部落解放闘争を帝国主義打倒の反戦闘争の爆発と一体で闘おう!

権力による部落差別犯罪すな

 石川一雄さん不当逮捕63カ年に際してまず明確にすべきことは、石川さんは狭山事件(1963年5月1日の埼玉県狭山市での女子高校生殺害事件)と全く関係ない、100%無実である、ということだ。石川さんは被害者と面識もなく、事件時刻には全く別の場所にいた。
 石川さんを「殺人犯」に仕立て上げた根拠は、石川さんが被差別部落民だという一点に尽きる。わずか1カ月前の「吉展ちゃん事件」など相次ぐ誘拐殺害事件で警察不信と社会不安に追い詰められた日帝政府は、「何としても生きた犯人を捕まえろ」と叫ぶ篠田国家公安委員長の指揮の下、狭山市内の被差別部落に対する襲撃に等しい集中的見込み捜査に踏み込んだ。日帝国家権力の支配の揺らぎを、部落差別に基づく悪辣(あくらつ)な「犯人」でっち上げで乗り切ろうとしたのだ。権力犯罪そのものであり、5月23日の石川さん逮捕は全く不当なものだ。「誘拐殺害」の確証は示されず、石川さんは「友人のジャンパーを借りて返さなかった」などの別件で身柄を拘束された。同居していたご家族は「なにかの間違いだ。夕方には帰ってくるだろう」と一雄さんを見送ったという。
 一方で権力は、逮捕時からマスコミを動員し、「石川=犯人」の印象操作を行い、一斉に部落差別キャンペーンを繰り広げた。そして検察・裁判所が国家意思を体現し、一審浦和地裁は64年3月、脅しと甘言による「自白」をもとに、「生まれ育った環境が問題」と言って石川さんにわずか半年で死刑判決を下した。
 第二審で東京高裁・寺尾裁判長は、客観的事実と強いられた「自白」の矛盾を「石川一雄がうそをついた」として事実調べを行わずに74年10月、無期懲役判決を下した。そして国家権力は、不屈に闘ってきた石川さんの再審を開始することなく、逝去によって第3次再審を打ち切った。この部落差別を許せるか! 石川さんの遺志を引き継ぎ、狭山差別裁判糾弾、第4次再審をもって狭山闘争の歴史的勝利をかちとろう!

第4次再審闘争の勝利へ闘おう

 「狭山勝利こそ部落解放闘争の生命線」(二審最終意見陳述)と、石川さんは部落完全解放を希求し続けた。部落完全解放の道とは、部落差別の根源である日本帝国主義を打倒することだ。日帝は、アジア侵略と国内支配のために部落差別を再生産し続けた。部落差別は人民分断支配、日帝の体制確立の重要な支柱であり、これを打ち砕く闘いは日帝を打倒する戦略的闘いである。差別と戦争を不可避とする帝国主義を打倒しよう。
 狭山再審闘争は正念場を迎えている。検察意見を優先して事実調べも行わなかった東京高裁・家令和典裁判長が3月に退官した。代わって前田巌裁判長のもとで第4次再審闘争が始まった。改憲=再審法改悪、戦時司法への転換のもとでの再審棄却策動を粉砕しよう。融和主義粉砕、部落解放・日帝打倒の路線を貫いて狭山闘争の高揚をかちとり、6・14反戦全国闘争へ進撃しよう。
(革共同部落解放闘争組織委員会)

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石川一雄さん不当逮捕63カ年糾弾・狭山闘争勝利
5・23狭山集会・デモ
 5月23日(土)午後6時 渋谷区勤労福祉会館
 集会後、渋谷デモ
 呼びかけ 部落解放東日本共闘会議
      全国水平同盟杉並支部

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