■世界経済の焦点欧州恐慌・緊縮財政下の大失業過半数の青年が失業し生きられないEU

月刊『国際労働運動』48頁(0449号05面01)(2014/01/01)


■世界経済の焦点
欧州恐慌・緊縮財政下の大失業
過半数の青年が失業し生きられないEU

 ユーロ圏の失業率が12・2%に

 大恐慌が大失業をもたらしている。ユーロ圏の失業率は12・2%(今年9月、失業者は1945万人)と過去最悪である。そのうち若年層ではイタリア40・2%、ギリシャ57・6%、スペイン56・6%である。
 ギリシャやスペインでは若者の半数以上が1年以上も職がない状態が続いている。欧州経済の危機が若年層に大きな打撃を与えている。学業を修了しても就職できない若年層は、社会生活から排除された「失われた世代」になりつつある。青年の半数以上が失業しているということは一つの社会として成り立っていないということだ。
 EU(欧州連合)では、教育や労働、あるいは職業訓練のいずれにも参加していない状態になった若者を対象に、4カ月以内に就職、継続教育あるいは見習いや就業体験の場を提供する「若者雇用イニシアティブ」の立ち上げが決定され、来年から実施に移されようとしている。だが、大失業は訓練不足や求人と求職のミスマッチで生まれているのではない。新自由主義の崩壊下での大恐慌と緊縮財政の結果である。

 ドイツの失業率5・2%とハルツ改革

 ドイツの失業率は5・2%(13年9月)と一見好調に見える。しかし、2000年代半ばまではドイツは「欧州の病人」であった。05年の失業率は11・3%であった。
 ドイツ経済を立て直したものは、EUの東方拡大とハルツ改革であった。
 「ドイツの経済再生はシュレーダー前首相の労働市場や社会保障改革のおかげ」とメルケル首相は選挙過程でハルツ改革を賛美した。
※(ハルツ改革の詳細については本誌12年3月号「ドイツ・低賃金化する非正規職労働者の現状」参照)
 ハルツ改革は02年に社民党シュレーダー政権によって開始された体系的な労働市場対策=失業者対策である。だが、実際には職を増やすのではなく、失業者の再就職を促進することを通じて失業手当の支給額を大規模に削減し、再就職にあたって低賃金を強制し、低賃金労働を普遍化した。
 ハルツ改革の中心的人物のフォルクス・ワーゲン(VW)の労務担当役員(当時シュレーダー・首相の顧問)のペーター・ハルツは、VW社の汚職・収賄に関与し07年に罰金刑が確定した。
 一見失業率は低下したが、有期労働者数は倍増した。とりわけ、新規採用者の44%(12年)が有期である。有期労働者数自体が増加傾向にあるだけでなく、期間満了後に無期転換する割合も4割程度に過ぎない。公務部門では6~7割が有期で新規採用である。
 新規採用者に占める有期労働者数の多い産業(教育業、公務行政部門など)は、期間満了後も約6割が無期への転換ができていない。労働市場・職業研究所は、新規採用で有期契約の割合が増加するに従って、期間満了後の無期契約への転換の割合が減少すると指摘している。
 ハルツ改革は所得格差の拡大、不安定就労や低賃金の拡大をもたらした。ドイツの実質賃金は1999年の通貨統合後、ほとんど上がっていない。これがドイツの「一人勝ち」の要因だ。

 ECBが過去最低金利の0・25%に利下げ

 ECB(欧州中央銀行)はデフレを懸念し、過去最低の0・25%に利下げを実施した(11月7日)。しかし、利下げによってユーロ圏経済を活性化させることはできない。デフレの根底にある問題は過剰資本・過剰生産力だからだ。低金利はバブルを生む。
 ECBは、マイナス金利やECB版量的緩和など、さらなる緩和策も示唆しているが実現には問題が多い。マイナスの預金金利とは、市中銀行がECBに余剰資金を預け入れる際の適用金利がマイナスになることを意味する。つまり、ECBに預金すると利子がつかないどころが、手数料(マイナス金利)をとられてしまうことを意味する。ECBは余剰資金を預金しないで貸し出しに回すことを期待する。しかし、これは銀行の収益圧迫要因となり、銀行は手数料分を貸出金利などに上乗せすることが考えられる。利下げをしたはずが、銀行の貸し出し段階では利上げとなってしまう恐れがある。
 FRB(米連邦準備制度理事会)や日銀のようなECB版量的緩和策の選択肢もなくはないが、ハードルは高い。量的緩和の購入対象はドイツ国債とならざるを得ないが、ドイツの基本法やEUの基本条約に抵触し、ドイツの憲法裁判所に提訴される可能性が予想される。
 過剰な設備投資と高失業率の中でデフレに陥る懸念が高い。ユーロ圏の金融システムに問題があり、ECBがいくら潤沢に資金を供給しても、企業や消費者に届かず、消費や設備投資に結びついていない。スペインやイタリアなど債務危機にみまわれた南欧諸国には、なお不良債権を抱える銀行が多く、実体経済を支える本来の金融機能を十分に果たしていない。

 欧州銀行の総点検

 来年、ECBが欧州銀行の総点検を行う。ユーロ圏では同じ通貨を使うのに銀行監督は各国任せとなっている。来年11月に、銀行監督権限を各国当局からECBへと一元化する。そこに向けて、年明けに主要な約128の大手銀行を資産査定する。その結果生じる資本不足や破綻処理の穴埋めをどうするかでは意見がまとまっていない中での、見切り発車だ。
 今回の資産査定は不良債権の判定など統一の基準を設け、域内行の資産が健全か、市場の急激な変動に耐えられるかを点検する。イタリア、スペインなど南欧で金融機関の不良債権が増加している。イタリアでは9月末までで16%増、スペインは8%増、ポルトガルは14%増だ。米格付け会社などは最大で1000億ユーロ(約13兆円)近くの資本不足が生じると試算している。
 不健全とされた銀行は資本の充実か破綻処理が必至だ。不足資金を欧州安全網から直接注入することにドイツが強い難色を示している。破綻処理の場合でも、安全網からの資金拠出には反対している。
 ユーロ圏の民間部門への融資は1年半近くマイナス基調を続け、特に南欧では企業が資金難となっている。資産査定を前に銀行が貸し渋りを強めれば南欧の危機はさらに拡大する。

 「ドイツ一人勝ち」に米・欧から批判

 ユーロ圏は、4~6月期に7四半期ぶりにプラス成長に復帰した(前期比0・3%)が、7~9月期は前期比0・1%と、かろうじてマイナス成長への再転落を回避した。青息吐息の状況だ。
 主要国ではドイツ(0・3%)とスペインがプラス成長となったが、フランス(▲0・1%)とイタリア(▲0・1%)がマイナスだ。
 ドイツは本来輸出主導型の経済である。このところユーロ圏外向け受注が回復してきており、ドイツ工作機械連盟は7~9月の受注が前年比プラス9%となり、最悪期を脱したと表明した。
 ところが、ドイツの経常収支が9月に史上最高額になったことを受けて、ドイツの内需拡大努力が不十分で、近隣諸国の窮状を強めているとの批判が米国や欧州連合(EU)から出ている。
 米財務省が10月30日発表の半期為替報告書でドイツの経済政策を名指しで批判した。「ドイツなど巨額の経常黒字を長年維持している国は輸出主導から内需主導の経済政策に転換し、内需を拡大することで経常黒字を縮小すべきだった。にもかかわらず、ドイツはユーロ債務危機のときも、また、12年にも中国を上回る巨額な経常黒字を維持し続けた」と批判。
 EUの欧州委員会も独の経常黒字の調査に入る。
 ドイツの輸入はユーロ圏の輸出との連動性が非常に高い。輸出が拡大すれば輸入も拡大するが、逆に輸出が不振の場合には輸入はそれ以上に落ち込む傾向が強い。ただし、ドイツの輸入相手は偏っている。統一ドイツが発足した90年に比べて、オランダからの輸入額は3倍になったが、輸出品が少ないギリシャは横ばいにとどまる。ドイツ銀行の試算によると、ドイツの実質所得が1%増えても、ギリシャ経済には0・09%のプラス効果しかない。大恐慌下でのドイツ「一人勝ち」が攻防点に浮上してきた。
 経済問題に加え、メルケル首相への米国の盗聴問題についてスノーデンCIA元職員の招致案が浮上し、米独関係が新たな緊張に入っている。
第6章 独、大連立へ最終調整
 9月22日の連邦議会(下院)選挙でメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が41・5%の得票を得て過半数に迫る議席を獲得したが、過半数には達しなかった。連立相手の自由民主党(FDP)の票まで獲得して、FDPを国政から撤退させてしまった。FDPは第2次大戦後初めて議席を失った。FDPは中小企業を中心とするメルケル政権の支柱であったが、この支柱を失った。
 一方、今年4月に結成されたばかりの反ユーロ新党・「ドイツのための選択肢」(AFD)が、マルクの復活、欧州統合反対を掲げて登場した。ドイツはギリシャなど南欧支援を中心とする危機対策費に総額6430億ユーロ(約85兆円)を投じた。議席獲得には至らなかったが、南欧諸国支援への批判票を獲得して4・7%の票を集めた。(※ドイツの選挙制度では、比例票の5%か、小選挙区で3議席以上を獲得できなかった政党は議席を得ることができない。革命勢力の台頭を阻止する制度)
 最大野党の社会民主党(SPD)は、南欧の追加支援、所得税の引き上げ、最低賃金制の導入、米国の盗聴問題への対抗を主張したが、敗北した。
 二大政党が2カ月にわたり連立交渉を重ね、新政権の公約作りの最終調整に入っている。
 両陣営は、金融取引税を導入し市場規制を強めること、最低賃金制の導入で所得格差を是正することで妥協が成立しつつある。11月中に連立協議を終え、これがSPDの47万人の党員投票で最終承認されれば12月下旬に開かれる欧州連合(EU)の首相会議前に新政権が発足することになる。
 第2次大戦後、フランスなどは最低賃金制を導入したが、ドイツは導入しなかった。第2期メルケル政権では、連立与党の一つだった自由民主党(FDP)が最低賃金制に断固反対だった。最低賃金制の導入について「機能的な低賃金業界が必要だ」と「上から目線」(独フランクフルター・アルゲマイネ)で反対し、選挙で惨敗し、議席ゼロになった。政界での反対論が一気にしぼんだ。
 社会民主党はハルツ改革を推進して支持者を失った。今回最低賃金制の導入で挽回しようとしているが、体制内改良の余地はない。
 11月労働者集会が指し示した新自由主義と闘う労働者国際連帯こそが勝利の道である。
 (常木新一)