農民が解放される真の道は何か ⑦ 農民学習会 労農同盟論を学ぶ 帝国主義と農業問題 破綻する新自由主義 三里塚に全問題が凝縮

週刊『三里塚』02頁(0926号02面07)(2015/08/24)


農民が解放される真の道は何か ⑦
 農民学習会 労農同盟論を学ぶ
 帝国主義と農業問題
 破綻する新自由主義 三里塚に全問題が凝縮

(写真 農民を代表して11月労働者集会で発言する故萩原進・反対同盟事務局次長【2013年11月3日 日比谷野外音楽堂】)


第2部 参加者の討論(3)

≪第3回 帝国主義における農業・農民問題≫    *
 編集部 われわれの農民・農業問題の規定はどのようなものですか?
 大戸 農業・農民問題が発生、社会問題化するのは19世紀後半。そのことが帝国主義の段階的矛盾の現れであった。そこから、農業・農民問題を資本主義そのものの固有の問題として設定してよいのか、という理論問題があります。
 農業の資本主義化といった場合、農業資本家と農業労働者による大規模生産ですが、それは全世界的には作り出せなかった。それをもって、農業の資本主義化はできないと結論付けてよいのでしょうか。
 三条 農業分野全般を資本主義的生産関係にすることはできない、と思う。だから、農業分野では資本主義的生産関係を作り得ないという点で、資本主義そのものの問題として捉えた方がよいのではないか。個人的見解を含むが、そう思う。
 農業理論の研究者の中には、19世紀半ば、イギリスで基本的に資本主義的な借地農業経営が支配的になったことをもって、資本主義的農業経営が可能と主張している人もいる。例えば、田代洋一氏。農業の資本主義化を彼は、1861年に農業経営者25万人、フルタイムの農業労働者120万人であり、19世紀末に借地比率が9割に達していたと、数字を挙げている。
 しかし、イギリスでこうした借地農業が展開できたのはせいぜい20〜30年であり、しかも大規模に農業労働者を雇い入れての経営形態ではない。資本主義的農業が完成したと言えるのか疑問だ。 むしろ、その後の過程を見ると、資本主義的農業は破綻したと言ってもいい。先ほど話したように、後発の帝国主義国であるドイツ、日本だけでなく、大規模農業を展開しているアメリカなどでも家族的経営が多いわけです。資本主義的に農業生産ができないと捉えた方がよいのではないかと思う。
 編集部 三条さんは、農民・農業問題を「帝国主義のアキレス腱」と提起していますが、より詳しく説明してもらいたい。農民・農業問題は、帝国主義の基本矛盾の一つですが、「アキレス腱」とまで言える点を。
 三条 一つは、帝国主義世界戦争によって、食糧自給の問題、いまの表現で言えば食糧安保が発生した。いまひとつは、植民地で民族解放闘争が激しく起こることで、帝国主義の植民地支配を危機に陥れること。これらを「アキレス腱」と提起したのですが。
 植民地に食糧・農産物を依存するために、植民地を暴力的に確保する、暴力的に支配することになる。だから、植民地では民族解放闘争が必然的に巻き起こってくる。農民闘争や民族解放闘争が、帝国主義の支配体制を揺るがす闘いに発展していくということです。
 労働者階級の側から見れば、プロレタリア世界革命が、植民地における民族解放闘争と、帝国主義本国におけるプロレタリア革命との結合という形で現実化してきたということ。
 大戸 前者の問題でいうと、帝国主義は戦時の食糧を確保するために、農民層を温存しなければならない。帝国主義は、農民の支配を維持するための政策を取らざるをえない。その結果、絶えず農民の不満が爆発する。農民支配の危機が恒常化する。農民がプロレタリア革命に合流するとなった時に、アキレス腱になる可能性がある。
 三条さんの論文(第1回参照)では、労働者階級の側から、同盟軍として農民階級の協力なしにプロレタリア革命は成就しないと、戦略的に出している。それをふまえて、農民が革命に寄与する、積極的にかかわっていくことの意義、その思想的な理論的なところを出したい。農民にとって農民自身の自己解放性に依拠した革命として、プロレタリア革命を打ち出していこう、と。結局、労農同盟しかないという答えとしてはある。
 三条 そうですね。革共同としてあらためて労農同盟論について真正面から論じた。「農民をプロレタリア革命に獲得する」ことを論じた。三里塚・労農連帯を発展させ、労働者階級がプロレタリア革命を実現し、新たな社会を建設するためには、絶対的に農民階級の獲得が必要なことを展開した。そこで一定のものを出したとは思っている。
 もう一方で、「農民の側からもプロレタリア革命が必要だ」が出し切れたかどうかは、皆さんの判断に任せたい。これからもっと農民の皆さんに論議してもらって、これだというものを出したい、と思っている。
 大戸 農民がなぜ労働者集会に立ち上がるのか、なぜ農民が労働者の闘い、国鉄闘争を闘うのかを、もっと語っていく必要がある。この内容を作っていくのは、全国農民会議での議論ではないか。農民が農民として生きるためには、革命しかないんだという、そこをどう展開していけるのか。われわれが、どれだけ農民に接近していけるかがカギ。
 野間 11月労働者集会で萩原進さんは、何回か発言しているが、「一緒にやろう」ということはすごい迫力で語っていたし、農民を率いて労働者の闘いに加わるんだという迫力あった。
 飯島 農民会議は、三里塚を通して実践的に革命の問題を導き出していくことが必要なのではないか。
 安倍新農政・新自由主義との闘い、農協改革、農業委員会解体の攻撃と最先端的に闘っているのが、市東さんの闘いだ。市東さんの農地取り上げは、農業委員会・農地法を悪用し、資本・企業の農地の自由な取得に道を開いていく攻撃である。農業問題と鋭角的に向き合っているのが三里塚だ。全国で市東さんの農地を守る会を農民会議がつくりだそう。
(つづく)

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