大地と共に 福島の農民が語る 71年9・16第2次代執行 駒井野・天浪で砦を建設 三里塚を自らの課題とし

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週刊『三里塚』02頁(1052号02面01)(2020/11/23)


大地と共に
 福島の農民が語る
 71年9・16第2次代執行
 駒井野・天浪で砦を建設
 三里塚を自らの課題とし

(写真 第2次強制代執行阻止闘争【71年9月16日 駒井野】)

 市東さん宅の援農に訪れた、福島の梨農家Oさんに三里塚闘争との出会いについて伺った。
    ◆
 71年の9・16第2次代執行決戦の少し前の8月末頃、「三里塚で砦(とりで)建設が間に合わないから行ける人いないか」と言われて、「これは行かなくちゃなんねえ」と思って、現地に初めて行きました。
 福島から電車に乗って、もう一人と京成成田で降りたわけだよ。場所がわからないから、タクシーに乗って「三里塚まで行ってくれ」と言ったら、「台風の大雨であんな湖の中には行かれねえ」と言うわけ。それで、実はそうではなかったんだけど、歩いたんですよ。当時はガードマンの暴行があると報道がされていたときだから、駒井野砦に電話して「これから行って大丈夫ですか」と聞いたら、「暴行する権利はガードマンにはないんだから大丈夫だ」って(笑)。
 当時、砦が築かれていた駒井野と天浪に数日ずついて、作業を手伝いました。その後、福島の家には帰らないで、途中で福島の人たちと合流して9・16に参加しました。
 三里塚は、70年に小川紳介監督の「三里塚の夏」という映画を見て、知りました。その当時は、政府が減反政策を始めた頃でもあり、農民たちはいろんな意味で衝撃を受け、三里塚に対する注目はすごかったんですよ。自分にとってもすごい衝撃で、これは素晴らしい所だ、ぜひ行ってみたいと思ったんです。

総括会議に参加

 現地に来て一番印象に残っているのは、作業した後の夜の総括です。
 昼間は現場でいろいろな作業をして、夜になって総括するわけだよ。「これはどうだった?」と。そうすると一人ひとり「これはこうでした」と。で、「どうすればいいと思う」と聞かれると、みんなが「こうすればいいと思う」「ああすればいいと思う」と。そういう場面を俺は見たんです。
 同じ農民たちが「自分たちで考え、自分たちで行動している」ということが、ものすごく新鮮で感動したんですね。
 これまでの自分の人生というのは、親がどう思うだろうとかを気にしてきたんだね。
 三里塚は正しい。勝たせなくちゃならない。これは自分のやるべき課題だと思って現地に行き、そこで共に闘ったことを通して自分が自立していくきっかけを作ってくれた所だと思うんです。

3・11を経験し

 その上で、今3・11フクシマを経験して、やられたらやり返す、抑圧されたらはねのけるというのは、もちろんあるんだけど、それをさらに跳ねのけるような、新たなものを作り出したいと思っています。双葉町の人で、かつては原発に期待してしまったことをも忘れず記憶しようという人が出てきています。
 週刊三里塚に出ていて今度行ってみたいと思っているんだけど、丸木夫妻の「原爆の図」で表されている「人間賛歌」のようなものとつながっていくのかなと思ったりしています。絵を見たり歌を聴いたりすることで、再確認するような、気づくようなことってあるよね。援農をすることだってそう。果物と畑作業は、直接は違うんだけど、違うことを経験することで、何か気づくこととかある。
 運動や闘争もそういうふうに自分自身を高めていけば、周りに対する影響力や質も高めていけるのかなっていう気がするんです。
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