3・14新やぐら控訴審&デモへ 反戦の砦=三里塚の勝利を 成田軍事空港粉砕、岸田政権倒せ

週刊『三里塚』02頁(1081号01面01)(2022/02/14)


3・14新やぐら控訴審&デモへ
 反戦の砦=三里塚の勝利を
 成田軍事空港粉砕、岸田政権倒せ

(写真 東京高裁包囲デモに立つ【21年10月20日】)

(写真 「島しょ奪還訓練」を米軍と共に行う陸自水陸機動団)


 2022年は労働者・農民・学生の実力で改憲・戦争を阻止する決戦の年だ。岸田政権は年頭から「(改憲を)力強く進めていく年にする」と宣言。国民民主党や維新の後押しを受けて憲法審査会を毎週開催しようとしている。日米外務・防衛閣僚会合「2+2」では、台湾有事を想定した日米共同作戦計画の正式な策定に向けた作業の開始を確認した。さらに岸田は、集団的自衛権の行使としての敵基地攻撃もありうると表明。核ミサイルの先制使用までをも想定した日米でのミサイル共同開発、沖縄・南西諸島への配備、自衛隊の軍事演習をますます加速させている。絶対に許すことはできない。沖縄最前線基地化絶対阻止、全基地撤去・日米安保粉砕を闘う人民の実力闘争を復権し、改憲・大軍拡に突き進む岸田政権打倒へ全力で立ち上がろう。3・14新やぐら控訴審&東京高裁デモ―3・27芝山現地闘争へ駆けつけよう!

ベトナム戦争

 三里塚闘争は、戦後最大の反戦闘争として半世紀を超え不屈に闘いぬかれている。「反戦の砦」=三里塚はいかにして築かれたのか。その一端を明らかにし、闘いの戦列に加わることを熱烈に呼びかけたい。
 成田空港建設計画は米帝国主義の軍事的な要請に基づいたものであり、建設目的は戦争利用にあった。
 1965年から米軍による北ベトナム空爆が開始され、ベトナム戦争の泥沼化で傷病兵などを運ぶ米軍チャーター機が羽田空港を利用することが激増した。首都圏における新たな空港建設構想が本格化し、選定地の基準とされたのが米軍横田基地の専用空域を避けることだった。ベトナム戦争と日米安保という軍事的観点から成田空港建設計画は始まり、現在もその本質は変わらない。

侵略の拠点に

 ペリー元米国防長官は、「1994年の朝鮮危機の際、もし戦争になったら米軍増派のために日本の港湾、空港を使用する事前承認を取り付けていた」と証言している。成田は4000㍍滑走路(民間空港では他に関西空港のみ)を持ち、巨大輸送機や戦略爆撃機の離着陸が可能な空港だ。
 米軍(安保関連法で米軍以外の使用も可能に)にとって最重要の空輸兵站(へいたん)拠点として成田は位置づけられている。
 ここに現在進められている成田空港機能強化の隠された目的がある。ジャンボジェット機は引退し航空機の小型化が進む中で、なぜ滑走路の延長なのか。航空需要の蒸発にもかかわらず、なぜ滑走路新設なのか。反対同盟が訴え続けてきたように、成田軍事空港のために他ならない。
 中部空港でも現在、新滑走路建設計画が進められている。コロナ禍をきっかけとした需要蒸発で大赤字という状況だ。にもかかわらず中部空港の犬塚力社長は、「有事でほかの拠点空港が使えない際にバックアップ機能を担えるようにする」とその狙いをあけすけに語っている。
 日本の航空政策は徹頭徹尾、軍事的な観点から立てられている。「統合機動防衛力」を掲げる自衛隊が米軍と共に中国への侵略戦争に踏み切る時、その機動的展開の兵站拠点として成田を使うことは火を見るよりも明らかだ。

農地守りぬけ

 反対同盟は闘いの当初から軍事空港絶対反対の路線を貫いてきた。
 1966年、羽田空港が米軍機であふれている状況を視察した故北原鉱治事務局長ら反対同盟幹部は、「軍事空港絶対反対」のスローガンを掲げることを決めた。
 侵略戦争に動員され、加担した痛苦の経験を持つ農民たちが、帝国主義戦争への根底的な怒りを爆発させたことが三里塚闘争の原点だ。
 そして、膨大な青年労働者や学生が現地に駆けつけ、三里塚農民の不屈の魂に触れたことで、70年安保・沖縄決戦の準備が進んだ。
 67年10・10外郭測量阻止闘争での初の実力闘争に立ち上がった反対同盟は、敵前逃亡し武装解除と権力への屈服を説いた日本共産党に決別宣言を叩きつけた。10・8羽田闘争などで血を流して闘った全学連・反戦青年委員会と共に闘うことを決断。今に至る不抜の労農学連帯が築かれた。
 ベトナム戦争の最中、史上空前のスケールで日本階級闘争史に一大エポックを築いた70年安保・沖縄闘争と三里塚闘争は一体の闘いだ。国家権力と不屈・非妥協、実力闘争で闘うもの同士が闘争を通じて共鳴し合い、高め合った。その闘いを先頭で牽引したのは天神峰農地に眠る星野文昭さん、今なお獄中ででっち上げ弾圧と闘う大坂正明さんだった。その後も多くの革命家を育て、三里塚闘争は継続した。
 ついに土地強奪の最終手段=土地収用法の適用が成田では二度とできない状況を国に強制した。国家の総力を挙げた攻撃をもってしても農民の耕す農地への強制執行は半世紀にわたってできていない。ブルジョアジーと労働者人民との力関係を根底のところで規定し、改憲を阻止し続ける闘いが三里塚闘争だ。
 現下最大の攻防の焦点は、成田市天神峰で農業を営む市東孝雄さんの農地への強制執行との闘いだ。反対同盟と共に強制執行実力阻止態勢をより強固にし、改憲阻止・岸田政権打倒へ闘おう!

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