新入生歓迎座談会 全学連と共に闘おう 5・22耕作権裁判&デモへ 戦争のための農地強奪を許さない

週刊『三里塚』02頁(1111号01面01)(2023/05/08)


新入生歓迎座談会
 全学連と共に闘おう
 5・22耕作権裁判&デモへ
 戦争のための農地強奪を許さない

(写真 赤嶺知晃さん 全学連委員長 沖縄大学)

(写真 長江光斗さん 全学連書記長 京都大学)

(写真 飯田駿介さん 京都大学)

(写真 太田蒼真さん 全学連副委員長 広島大学)

(写真 「農地死守!」 高所作業車で迫る機動隊と徹底抗戦【2月16日 天神峰】)

(写真 市東さん宅前で機動隊と激突し阻止線の中へ)

(写真 辺野古ゲート前座り込みに参加【2月20日】)


 資本主義が歴史的に行き詰まる中、戦争によってその危機を突破しようと帝国主義頭目どもが被爆地・広島に乗り込み、戦争会議=G7サミットを強行しようとしている。岸田政権は核武装に向けた原発政策の転換を決断し、排外主義をあおりながら今国会での入管法改悪を狙い、改憲・戦争動員―徴兵制に道を開こうとしている。しかし、「杉並から戦争を止めよう」と自治体による自衛官募兵業務を許さず杉並区議選に立った洞口朋子さんの勝利で示されたように、「絶対反戦」の旗が立てば必ず労働者階級は立ち上がる。5・15沖縄闘争----G7広島サミット粉砕闘争を爆発させ、5・22耕作権裁判・千葉地裁デモに集まろう。新入生歓迎企画として全学連の仲間に三里塚闘争の魅力と今後の闘いについて大いに語っていただいた。(司会・編集委員会)

強制執行と体を張り対決

----初めて三里塚を訪れた時の感想を。
赤嶺 反対同盟の北原鉱治事務局長や萩原進事務局次長がまだご存命でお話を聞けました。実力で反戦を貫く中で、JRで働く労働組合・動労千葉との労農連帯や韓国の労働組合のナショナルセンター・民主労総との国際連帯を実現している地平に驚きました。
長江 軍事空港反対を貫き資本主義と闘う一方、農業のプロとしての姿を見たのが印象的でした。
太田 人間の生活を作る営みに感動しました。
飯田 昨年11月の現地闘争が初訪問。畑が空港に囲まれた異様な感じ、航空機騒音のデカさ、武装した機動隊がそんな所までと思う所まで立っていたことに驚きました。現地調査で滑走路南側に鉄塔を建てて闘ったことを知り、絶対反対で闘えばどんなことでもできると思いました。
----昨年の11月22日の裁判所による授権決定(執行官に強制執行の権限を渡す)以降、反対同盟は24時間態勢での泊り込みを呼びかけました。
赤嶺 全学連として交代で継続的に人を送ろうと決断し、多くの学生が三里塚の闘いを学び直したことが重要でした。援農に入り日々の営農の大変さを実感して農地死守に込められた思いを知ったり、監視・泊まり込みでは反対同盟や現地の仲間と寝食を共にし、闘う団結を作ったことが決定的でした。
長江 一体感が生まれたんですね。特に、年末4日間決戦に上り詰めていく過程は市東さんはじめ現地の仲間がどんどん明るく元気になっていると感じました。
太田 市東さんの方から写真撮るよって気さくに話しかけてくれました。たき火を囲んで忘年会の準備をしたことや、肩を組み反対同盟歌やインターナショナルを歌ったことが楽しかったです。
----闘争全体に責任を取る立場で学生が全力で立ち上がってくれたことに現地は大変勇気づけられました。執行が来るという連絡があってからのことを聞かせてください。
飯田 僕は寮の合宿中でしたが、「いよいよ決戦だ」と覚悟を固め京都の仲間と車をぶっ飛ばして駆けつけました。
----首都圏に次いで京都からも学生が来たてくれたと盛り上がりました。その後、何度も集会をやり日没までの執行を阻止したぞと解散した矢先に今夜執行のニュースが飛び込みました。
長江 僕たちは県道沿いの看板上での監視活動を交代で継続していました。夜8時頃、「来たぞ」という声を聞きやぐらに上りました。すると、ヘッドライトを付けた機動隊が蛇腹(伸縮バリケード)を広げて県道を制圧しました。その姿を見て、たとえやぐらが倒されても最後まで闘おうと決意を固めました。
飯田 市東さん宅前で無我夢中でスクラムを組みシュプレヒコールをあげました。機動隊の姿にビックリはしましたが、何が何でも最後まで闘い抜こうと思いました。
----その後12時間以上にわたり攻防が続きます。
飯田 長江書記長らが上に乗るやぐらを囲みスクラムを組んで機動隊と対峙しました。一人ずつはがされ排除されました。その後、市東さん宅前で蛇腹をみんなで倒し何とか執行を阻止しようと仲間と共に何度も中に入りました。その度に四肢をつかまれ排除されました。
長江 機動隊が畑を踏み荒らす様子はベトナム戦争での米軍のようでした。沖縄でも銃剣とブルドーザーで沖縄人民の土地を奪って米軍基地にした。同じことが今目の前で行われている。怒りに震えると同時に、ベトナム戦争を止めたのと同じ闘い、それを超える闘いをやろうと思いました。
----その後、高所作業車が朝の4時過ぎにやってきます。みんなで機動隊を弾劾し、応援の声をかけていました。排除される過程で長江さんが機動隊をはねのけて立ち上がったのが印象的でした。
長江 あの時、機動隊は「よくがんばった」なんて言っていて、「ふざけるな! お前らが強制執行してくるからこれだけ苦しい思いもしているんだ」と必死でしたね。排除される前にはあるもの全部を武器にして闘おうとがんばりました。
----霜が降る中、8時間も上にいて大丈夫でしたか。
長江 低体温症だと救急車を呼ばれましたが、搬送は拒否されました。
----飯田さんも市東さん宅前で6時半頃に不当に逮捕されます。
飯田 離れの周りのものがどんどん壊されていくのをみて、何とか向こう側に行って止めたい。もう一回、突破しようと。その後、蛇腹をはさんで機動隊ともみ合いになります。かなり粘ったのですが蛇腹の下から無理やり向こう側に引っ張り出されて「検挙!」と。

沖縄を軍事要塞にするな

----2人とも初逮捕でしたね。
飯田 緊張や不安はありましたが、全然大丈夫でした。救援連絡センターの弁護士を選任するとだけ伝え、後は黙っている。救援ノートを読んでおくことは大事です。ちょっと長めの社会科見学という感じでした。
長江 多くの人が自分たちのために動いてくれていることがうれしかったですね。自分は一人じゃないんだと。
----取り調べはどうでした。
長江 口を割らせようと声を荒げたり、嫌なことを言ってきたり。だけど、こちらが何もしゃべらないから、必死にあの手この手を試しているんだなと思うと気持ちは楽になりました。権力と話すことは何もありません。黙秘は最強の武器だと実感しました。
飯田 確かに取り調べの刑事は動揺させるようなことを言ってきたりします。だけど、何も言わないでいると、「本当に何も言わなくていいの? 事実と違うこと言われて悔しくないの?」となり、最後は「SNSとかでやいのやいの言わないでよ」と(笑)。
----外では奪還に向け、反対同盟も連日宣伝カーを出すなど全力を挙げていました。
長江 奪還闘争に多くの学生が決起してくれたことがうれしかったですね。京都大での闘いと外の政治的な闘いとの壁を破る一つのブレークスルーになったと思います。
太田 大学はもちろん広島市内でも街宣しました。戦争のための運動つぶしを許さないと闘いが広がりました。
飯田 反対同盟の伊藤信晴さんや太郎良陽一さんも勾留理由開示公判に駆けつけ、私たちの初逮捕を祝福してくれました。年は離れていますが、前向きに明るく闘う姿に感激しました。
----奪還闘争と並行して全学連は執行の3日後に沖縄にも駆けつけました。沖縄の現況を。
赤嶺 EABO(遠方前進基地作戦―島々を転々としながら攻める作戦)や米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)報告書(第2次大戦に匹敵する死者数を想定せよ)にも明らかなように、日米両政府は沖縄を戦場にすることを隠していません。自民党副総裁の麻生太郎は「戦える自衛隊に変える」と言い放ちました。反撃能力と称して中国本土にも届く長射程ミサイルをどんどんと沖縄・南西の島々に配備し、軍事要塞化を進めています。
 政府はそもそも住民を避難させようなんて思っていませんが、その建前的な避難計画ですら、「与那国から石垣、石垣から本島へ」と。どこもミサイル基地や自衛隊・米軍基地があり、実際は避難にはなりません。
----県は避難計画の矛盾や破綻を示すことで政府に考え直させようとしていると聞きます。
赤嶺 それは条件派の論理です。政府は逆に、「人員と金をもっと増やす」と自衛隊を沖縄県民に浸透させるテコとして使ってくるでしょう。日本共産党が言うような「沖縄を戦争にまきむな」という主張ではミサイル基地化と闘えません。日米の側が戦争をあおり、中国侵略戦争をやろうとしているのです。「安全保障のジレンマ」にならないよう平和外交が大事なんて「中立」的な主張では実際に進められている戦争準備を止められないんです。
----辺野古での座り込みについて。
赤嶺 三里塚を闘った仲間が辺野古で、「3日前、機動隊による強制執行と12時間にわたって闘った」と報告しました。さらに、「私たちの闘う意志に比して権力はまったく強くはなかった。闘いを大きくすれば必ず勝てると実感した。もっと力をつけて辺野古でも機動隊を押し返したい」と。その発言にずっと座り込みを続けてこられた島袋文子さんが「がんばりましょう」って声をかけてくれました。

G7広島サミット粉砕を

----G7広島サミット粉砕に向けた決意を。
太田 今広島現地ではオバマ米大統領が来た時の数倍の警備体制を敷き、戦争反対の声を抑え込もうとしています。核のボタンを持ったG7首脳は平和公園に入れ、市民は排除するという点にサミットの反人民的な性格が示されています。日本共産党や自治体などは「よりよいサミットに」と言いますが、広島サミットでG7がやろうとしていることは、アメリカの核の傘、米英仏の核戦力は容認・強化して、中国・ロシア・北朝鮮には核の放棄を求め、中国侵略戦争の準備を進めることです。エマニュエル駐日米大使は「核なき世界と核の傘は両立できる」とうそぶき、核抑止論が専門のブラッド・ロバーツ元米国防次官補代理は、「日本からも核を打てるように協議を」と。
 広島の被爆者を先頭とした核廃絶、反戦・反核の思いと闘いを完全にねじ曲げようとする策動をずたずたに粉砕したい。
長江 一番戦争を引き起こしてきた連中がG7首脳であり、こんな連中が語る平和なんてペテンでしかない。絶対反対の闘いをやりたいと思います。
----最後に新入生をはじめ全国の学生に訴えたいことを。
長江 三里塚に触れなかったり、あいまいにする戦争反対というのはありえないと思います。軍事要塞化と闘う沖縄、成田軍事空港建設と闘う三里塚、核武装のための原発政策と闘う福島、こうした敵の攻撃の破綻点で闘う人民と共に闘い階級闘争を爆発させる中に、社会を変える展望があると確信しています。戦争と内乱の時代、一人でも多くのみなさんとつながりともに闘いたい。
飯田 三里塚闘争は日本の階級闘争の魂です。これ以上の闘いをやっている、やれるところはありません。さまざまな困難や障害を乗り越えて、空港絶対反対、一切の話し合い拒否、農地死守・実力闘争という路線を貫き57年、空港はまだ完成していません。国家権力と非和解で闘うという覚悟があれば何でもできると思えるのが三里塚です。
赤嶺 キャンパスの中だけでは政治の巨大なダイナミズムは見えづらいですが、三里塚に来ることで闘っている路線の正しさや大きさを実感することができます。全学連は三里塚と連帯し闘う中で、時代時代での革命性を発揮し、飛躍してきました。実力闘争の思想を復権し、オリンピック粉砕闘争や国葬粉砕闘争を闘い、杉並区議選に勝利できたのも、三里塚闘争があったからです。新入生のみなさん、ともに戦争絶対反対を貫く闘いをやりましょう。

このエントリーをはてなブックマークに追加