団結街道

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週刊『三里塚』02頁(1115号01面04)(2023/07/10)


団結街道


 誰が、誰に、何を言うのか。「誰が」言おうが、「三角形の内角の和は180度なり」は正しい(平面上なら)▼ところが、「誰が」言っているのかで、「何を」の言葉の是非を判断することがしばしば起きる。オオカミ少年のようにいつも嘘ばかりついているメディアが「何を」言おうが話半分。「誰が」への信頼度合いに応じて、受け手の態度は変わりうる▼他方、「誰に」言うのかで、「何を」(発言内容。語り方は別の話)が変わることもよくある。生殺与奪権が握られている場合はもちろん、お互いの立場を揺るがしかねない「何を」を言うことには勇気がいる。「誰に」(受け手)との信頼度合いに応じて「何を」(発言内容)は変わりうる▼発言者(誰が)と受け手(誰に)の信頼関係の構築なしには発言内容(何を)が真面目に検討されることはない。その上で私は、発言の受け手としては「誰が」よりも「何を」を、発言者としては「誰に」よりも「何を」を優先すべきと思っている▼ブルジョアジーは、年齢、セックス、ジェンダー、国籍、人種、思想・信条などを口実に態度を変え、差別をあおる。プロレタリアの私は、「誰が」であれ発せられた言葉そのものに耳を澄ませ、咀嚼(そしゃく)し、「誰に」であれ心からの言葉をつむいで届けたい。「誰が」言おうが侵略戦争に命を差し出すのは間違っている。「誰に」であろうが屈服することなく言いたいのだ。
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