大地の響き 投稿コーナー

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週刊『三里塚』02頁(1116号02面07)(2023/07/24)


大地の響き 投稿コーナー

(写真 農楽まつりで音楽に合わせて踊る参加者【7月2日】)

(写真 トウキビ畑に管理機をかけた【6月27日】)

援農に駆けつけよう
 全学連 齋藤晴輝

 6月下旬、久しぶりの援農に訪れました。主な任務はジャガイモの収穫と草取り。モロヘイヤ畑は背の高い雑草がすくすくと元気に育っていて、よく凝視しないと苗と草の見分けがつきません。苗を刈り取らないように慎重に耕うん機を動かし、畝の周りは草刈り機で一刀両断です。草取りひとつとっても、野菜の形状や土の状態によっていろいろとテクニックがあるのが農作業の面白いところですね 。
 私が初めて援農に入ったのは2020年12月です。請求異議裁判で市東さんの農地強奪を認める不当判決が出された直後でした。当時は「強制執行を実力で阻止しよう」と言われても、いざ空港会社と機動隊が来たらどうなるのか、何をすればいいのか、思想的にも現実的にもまったくわかっていませんでした。ただ、決戦情勢で初めて三里塚の実相に触れて「とにかく絶対にこの農地を守るんだ」と身の引き締まる思いがしたのを昨日のことのように覚えています。
 私たちはその翌年7月の五輪開会式粉砕闘争で初めて機動隊との対峙を経験し、いくつかの決定的な闘争を経て昨年11月以来の市東さんの農地死守決戦に突入しました。そのような意味で三里塚から学び街頭で闘い、街頭の闘いを三里塚に還流する関係を今日的に確立できたと考えています。
 このかん安倍国葬粉砕闘争やG7粉砕闘争で、街頭での大激突が学生大衆の耳目を集めています。市東さんの農地死守決戦にも多くの感動的な大衆的決起がありました。しかし、派手に機動隊とぶつかり合うだけが「実力闘争」ではありません。三里塚においては、日々の生活それ自体が国家権力を追い詰める闘いであり、資本主義の次の社会を創造する営みです。援農ではそのことを全身体で実感することができます。
 とりわけ市東さんの農地死守決戦で三里塚に触れた青年・学生の仲間たちに、援農への参加を強く呼びかけます!

農楽まつりに参加して
 関西学生 黒石 七

 私は、今回初めて三里塚での活動に参加しました。強制執行された農地が放置され、ふざけたフェンスだけが建てられている状況を実際目の当たりにし、国の姑息(こそく)な反対運動つぶしに激しい怒りを覚えました。欺瞞(ぎまん)にあふれる空港側、日本帝国主義側の高圧的なやり口に決して屈せず、岸田自民とその補完勢力による軍拡の流れをここから阻止しなければならないと感じ、現地でもマイクを握りました。
 祭りでは、多くの参加者と交流することができ、ジャガイモもいただきました。無農薬で育てたジャガイモは私のつたない料理でも美味しく食べられ、こんな素晴らしい農作物の生産者が国家によって無慈悲に圧迫され、侮辱されてるという事実、国民生活の根幹を支える労農者(正にNo farm,No life. の文字通り)を虐げる資本主義の犯罪性に慄然(りつぜん)としました。反動政府とブルジョア企業による成田軍事空港化断固反対の狼煙(のろし)を毅然とあげましょう!
 現地では千葉県警(国家暴力組織)が高飛車にあざけるような視線を我々に向けてきましたが、先のG7サミット弾劾を見越した予防弾圧を見ても日帝が我々の力の前に小鹿のように震え恐懼(きょうく)している事は明確であり、活動の継続により薄汚い帝国主義者の息の根を止めることができると確信しました。
 ベトナムのデラシネ(根無し草=故郷を喪失した者)は土地を奪われても主体性を持ち続け、ついに米帝との大革命戦争に勝利しました。我々も天神峰の土地を反動勢力に奪われましたが、市東さんに連帯する気持ちはますます盛んになり農地死守の思いを強くしました。ベトナム人民が米帝に対して闘争を完遂したように、我々もこの革命的闘争に断固勝利し、日帝の最後の絶叫をもかき消すほどの人民の怒りの声の一大結集を図らなければなりません。
 この革命的高揚は最早、日帝が如何なる姑息な妨害を行った所で、止められず、軍事化を誤魔化す如何なる美辞麗句・ハッタリも我々を欺くことはできません。

労働者闘争の希望の光
 フランス フレッド

 昨年10月から日本に滞在し、旅をする機会があったが、正直なところ、成田空港の滑走路や市東さんの家の真向かいにある警察施設ほど醜く、嫌悪感を抱かせるものは見たことがない。
 もちろん、醜いのはその外見だけでなく、それらが暗示するあらゆる嘘や不正のせいでもある。ベトナム戦争という嘘、空港会社の署名偽造を黙認することによって、農民が一生かけて働いてきた土地を奪うことを意味する司法機関の嘘、そして、毎年何十億円もの金をかけて労働者への戦争を仕掛け、低賃金で金融機関に労働者をしばりつける社会全体を守る警察という機関の不正義。
 7月2日に開催された祭りは、その醜さの正反対を象徴するものだったと思う。
 1936年、スペイン革命のさなか、アメリカの新聞社が労働者民兵の軍事指導者の一人であるブエナベントゥラ・ドゥルティに、インタビューした。その記者は、「たとえ革命が勝利したとしても、スペイン市民はブルジョアジーによって廃墟と化した国に住むことになるだろう」と聞いた。
 ドゥルティはこう答えた。
 ここスペインでも、アメリカでも、あらゆる場所で、これらの宮殿や都市を建設したのは、私たち労働者なのだ。私たち労働者は、これらの宮殿や都市に代わるものを建設することができる。そして、より良いものを! 私たちは廃墟を少しも恐れない。われわれは大地を受け継ぐのであり、そのことにいささかの疑いもない。ブルジョアジーは、歴史の舞台を去る前に、自らの世界を爆破し、破滅させるかもしれない。私たちは、新しい世界をここに、心の中に抱いている。その世界は今この瞬間にも成長している。
 三里塚で開かれたさまざまな集会では、この考えが完璧に表現されていたと思う。
 反対同盟は、農民と労働者の間に築かれたつながりを通して、日本の資本家と彼らに仕える軍国主義者との闘いを通して、搾取を破壊するための労働者の闘いの希望の光となっている。反対同盟が空港労働者と結びつくことに成功すれば、空港労働者にとって無敵の味方を得ることになる。そうして、この搾取をなくす正義を実現できる。「成田を労働者に!」

温かい同志たちの歓迎
 フランス リリス

 三里塚闘争の中心部を初めて訪れたとき、私はまず祖父母の家とと似ていることに衝撃を受けました。それは何世代も前からの農家と同じように、自分たちの畑の真ん中にある家です。もしも自分たちの農地が奪われ、意に沿わない非道な使われ方をしたとしたら、どんな気持ちになるかを想像することは難しいことではありません。
 三里塚は、全国の活動家の多くの支持を集め、営利目的で破壊の道を突き進む日米両政府の圧政と戦争マシーンに抗い、肥沃な土地とそれを日々耕しながら豊かなコミュニティを守ろうとしてきました。現代のダビデ対ゴリアテであり、あえて言えば、搾取者と闘う世界中の労働者の希望の光です。
 古い写真集を見ていたとき、鮮烈な白黒写真に心を揺さぶられました。それは荒々しく暴力的な闘いの記憶の断片であり、何よりもまず人々の姿に感動しました。痛み、怒りだけでなく、ゆるぎない決意、夢と希望が人々の顔に反映されていました。有名な人、無名な人、農民、共産主義の活動家、一度見たら忘れられない人もいます。
 旗からヘルメットまで、いたるところに社会主義、反帝国主義のシンボルが見えます。創意工夫と職人技で作られ戦略的に配置された鉄塔・やぐらは、木製のものもあれば金属製のものもあり、巨大な鉄の鳥がさりげなく横断していく空そのものに抗して闘うことを熱望しているかのように見えます。
 感動的だったのは、私たちが受けたもてなしです。何十年もの間、農地死守に汗と血を流してきた人々が、私たちを温かく迎えてくれました。私の日本語がつたないため、話をすべて理解することができなかったのは悔しかったですが、私たちと経験を分かち合ってくれたこの瞬間に感謝し、これからも常に大切にします。
 三里塚をめぐり私たちは空港の中に残された重要な闘争の場、今現に空港の中に突き刺さるトゲを一つ一つ見学しました。市東さんの畑、神社、鉄塔などなど。この素晴らしいコミュニティを破壊するために、警察、司法制度、空港会社が採用した暴力的で抑圧的で容認できない方法――それは世界中で資本家が階級闘争に対し常に行っているものですが----もガイドによる説明を通して知りました。
 最後に、三里塚の同志一人ひとりに感謝と敬意を表したいと思います。ますます多くの労働者階級の仲間が、みなさんの闘いとそれが象徴するものに気づき、闘いを続けるためにサポートすることを願っています。

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