米問題の真相に迫る 減反政策が農家に与えた打撃 全国農民会議共同代表 小川浩さん
米問題の真相に迫る
減反政策が農家に与えた打撃
全国農民会議共同代表 小川浩さん




「米問題についてもっと深掘りを」との読者のみなさんの要望に応え、千葉県で米を作り続けてきた全国農民会議共同代表・小川浩さんを自宅に訪ね、ロングインタビューを行いました。2回に分けて掲載します。
下がり続けてきた米価格
----昨年からの米不足、米高騰で庶民の生活に深刻な打撃となったことが、大きな社会問題となってきました。
消費者にとっては確かに急に高くなったと感じるだろうが、私たち米農家の事情はまったく別のものがある。
これまで米の値段はあまりにも安く抑えられ続けてきた。今回のことで、下がり続けてきた米の値段は30年くらい前に戻っただけ。しかも機械、資材、肥料、種もみ、燃料などがこの間値上がりし続けてきたことからすれば、農家がやっていくのに今の価格で十分だとは言えない。
基幹的農業者数は2024年で111万人、2000年と比べ半分以下に減少した。平均年齢は69・2歳。米農家も減り続けている。私の集落でもかつては50軒が農家だったがやめていく人が多く、今米を作っているのは実質2人か。
一方で労働者はこの30年賃金が上がらず、安い米の値段に慣らされてきてしまった。
----その矛盾が爆発したということですね。
かつてはこのあたりでも農家・農協と地区労が共闘して米価闘争が取り組まれ、一緒に闘った。
だが農協は新自由主義政策の中で「改革」を迫られ、力を削がれていった。10年前、自民党農林部会長だった小泉進次郎現農水相がその「改革」の旗頭に立っていた。
----今回の米騒動でもまた「農協悪玉」説が幅を利かせてましたね。
農協が米を隠して価格をつり上げようとしているとかね。それは逆で、農協が農家に提示した概算金が安かったから、今まで米を扱ったことがない業者までが農家に買い付けに来て値上がりした。農協の米の集荷は例年より大分悪かった。誰も隠してはいない。
----これまであまりにも米の価格が低く抑えられてきたのは、大手スーパーなどの小売り大企業が価格決定で主導権を握ってきたからだと言われていますが。
その通りだね。大手の小売りは、米と卵を安売りの目玉と位置づけてきた。多くの食品が値上がりする中でも、米は農家の切実な声に反して低く抑制され続けてきた。農家個人があらがうのは困難だから、本来は農協がそうした圧力を跳ね返して「これじゃ農家はやっていけない」と主張し闘うべきなのに、後退を強いられてきた。
「生産コスト4割減らせ」
----農家がその年に米を作る量は、どのように決まるのですか。
1970年から始まった減反政策は2018年に終わったと言われるが、実質は続いてきた。たとえば、次の年の米の需要を日本全体で700万㌧だと見込んだとすると、国は各県、各市町村に生産量の割り当てを下ろしてくる。市町村は個別農家に「あなたの来年の主食米の生産量は何俵ですよ」というような「目安」を出してくる。それに従うかどうかは農家の自由だとされるが、従わねばさまざまな不利益を被るから、実質は従わされる。
国の減反政策に対して、かつてはほとんどの農家が反対していた。国の減反目標が計画通り達成できなかったこともある。秋田県の八郎潟でも減反に大反対して、農家が「米を自由につくって自由に売る」として農協を通さず、自分で販路を切り開いた。
しかし米の需要が年々減りつつ値段がどんどん下がっていく中、安倍政権の「成長戦略」のもとで、減反は形の上では廃止される一方、「米の生産コストを4割減らせ」となったわけ。
----「こうすれば減らせる」みたいな冊子を農水省が出してましたが、それは農家には相当無理な話ですよね。
さらにさまざまな補助金なども使って稲作からの転換をはかっていった。だから農家にとってはがんばって主食米を作るよりは、補助金もらって飼料用米を作る方が収入になるという事態にまでなった。
このように減反が進められたことで、多くの農家が行き詰まり、やめていった。条件の悪いところでは主食米の生産量目標が達成できないところまで出てきた。
2023年の米の全国作況指数は101で「平年並み」と発表され、米は足りているとされたが、実は異常気象、猛暑の影響もあって米の品質が落ちて、出荷できない米が増えた。
----割れたり、白く濁っていたりとか。
101どころか売り物になる米はずい分減ってしまった。新潟では高い品質のものを売りにしているから、一等米の率はほとんど1割だったそうだ。だからインバウンドとか能登半島地震の影響で需要が増えたこともあったかもしれないが、総需要を満たすだけの生産ができなかった。農家が作れなくなっていた。米の生産量が不足になってしまった。
----政府は「米の需要は毎年10万㌧下がり続ける」として減反を進めてきたが、永久に下がり続けるはずはないですね。 政府は結局「米はギリギリで足りてればいい、在庫を抱えると金がかかるし、農業には金を出したくない」と思っているんじゃないか。
労働者の賃金は抑えられ
----多くの米農家が「主食の供給を絶やしてはならない」という使命感から、採算度外視で作り続けてきたとも聞いています。「いい米をたくさん作れる」という誇りがあるのに、減らせ減らせと言われ続けるのは心情的にはどうでしょう。
かつて米農家はみな増産に一生懸命で、どうやったら少しでも収穫量を上げられるかの研究・工夫に打ち込み、競い合っていた。そうした情熱を否定されるのは厳しいことだ。
石破はかつては農家への所得補償の必要を述べていたが、総理になったら「所得補償をやると農家は努力しなくなる」と言い始めた。この状況で努力をしていない農家などいるだろうか。
国は今、農地を集積して規模拡大して生産費を下げるとか、先端機器を導入したスマート農業とか、農産物の海外への輸出とか、こういうのに取り組んでいる農家にはちゃんとした補助金を出しましょうと言っている。それ以外の農家は「努力しない農家だ」というわけだ。
「コスト削減、所得増のために規模拡大を」と言われて、取り組まれてきたが、実際には規模拡大すれば収入が伸びるとはまったくならなかった。むしろ大規模化した農家ほど何かあった時に痛手が大きくなることもある。農水省は「10年間で全農地面積の8割を担い手に集積する」などと意気込んでいたが、今すでに限界に来ている。
----大規模化によるコスト低減は10㌶あたりで頭打ちと、統計にも示されていますよね。
実際、大規模化が困難な中山間地のお米の生産も合わせて、全体の生産量が確保されているという構造だ。だから中小農家を切り捨てるようなことを許してはならない。
----政府は8月、事実上の減反、生産調整をやめて増産に転じる方針を出しましたが、言えばすぐ実現するわけでもなく、猛暑も心配です。
猛暑もだが空梅雨で水不足の影響が心配だ。米不足の再来はありうる。
----あらためて、この「令和の米騒動」とも言われる米不足、米高騰の事態は、長年にわたる減反政策の結果であると断定してよいですね。
間違いない。本質的には自民党農政による農民つぶしだよね。「米が高いとみんな騒ぐけど、安い時には誰も騒がない」と農家からの冷やかな声が上がっている。
小泉農水相は、消費者に向けていい顔をするために米の値下げのことばかり言って、「備蓄米放出で市場をじゃぶじゃぶにする」などと言い放っていた。視察先では「農家の方も補償しろ!」との声を直接浴びていた。輸入米などとも相まって、農家は米の値段がまた下げられるのではないかと不安をかき立てられている。
消費者は農家の現状なんかほとんど知らなかっただろうが、今回のことをきっかけに理解を深めつつあるのではないかと思う。今までは米の価格も「市場に任せる」ということで、できるだけ安く安く抑えられてきた。それが労働者の賃金を低く抑える条件にさせられていた。そういう矛盾が露呈した。
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▼概算金 農協が米を集荷する際にあらかじめ農家に前払いするお金。販売の見通しが立った時点で販売見込額から経費・概算金を除いた額が生産者に追加払いされる。
▼担い手 効率的かつ安定的な農業経営に取り組む個人農業経営者や農業生産法人とされる。市町村から認定を受ける。
▼中山間地 平野周辺から山間地にかけての平坦な耕地が少ない地域。日本の耕地面積や農家数、農業産出額の約4割を占め、洪水を防ぐなど多面的機能も果たす。