北原健一さんの逝去を悼む 「民衆が武装して闘うことは正義だ」 三里塚労農連帯の発展に奔走し続け
北原健一さんの逝去を悼む
「民衆が武装して闘うことは正義だ」
三里塚労農連帯の発展に奔走し続け


反対同盟の北原健一さんが急性心不全で1月27日朝、逝去された。78歳だった。
健一さんとの50年以上にわたる長い付き合いのなかで特に記憶に残っているのは2018年の6・3星野文昭さん解放全国集会に参加するため高松市まで同行したときのことだ。獄中43年(当時)不屈に闘う星野さんに対する国家権力の暴虐非道に腹の底から怒り、「星野さんを奪還することは三里塚闘争を闘ってきた反対同盟の責任だ。71年、星野さんは長原公民館に常駐し、3度にわたる強制代執行阻止闘争の文字通り最先頭に立っていた。民衆が武装して闘うことは正義なんだと実力闘争の思想を体現していた。星野さんをこれ以上獄中にとどめさせてはいけない」と熱く語っていた。
前年8月に父親の北原鉱治事務局長が亡くなったあと、18年に入ると健一さんはその遺志を継いで各地の集会に積極的に参加された。9月に開かれた全学連大会では、「若い人たちが政治的に決起したら社会がひっくり返る。闘いに迷ったら、いつでも三里塚へ」と熱く激励した。
さらに、9月16日に千葉市内で行われた「改憲・戦争阻止!大行進千葉結成集会」には、呼びかけ人の一人として参加。77~81年の動労千葉の三里塚ジエット闘争以来の労農連帯の闘いへの共感を語り、「動労千葉のように闘わなければつぶされてしまう時代がきた。いまこそ人々にはたらきかけて大行進運動を発展させよう」と訴えられた。
10月14日、萩原富夫さんの畑で行われた全国集会では溌剌(はつらつ)と司会をつとめた。
そして11月全国労働者集会の前日、DC会館で行われた韓国・民主労総と動労千葉、反対同盟の交流会に参加。反対同盟を代表してあいさつに立ってアピールを発しようとした瞬間に大動脈解離という病魔に襲われた。すぐに救急車で市内の病院に運ばれた。緊急手術を受け一命をとりとめたが、反対同盟の中軸の役割を担おうと決意していた矢先のことであっただけに残念至極なことであった。
それからは自宅療養でほとんど出歩くことができなくなったが、騒音下の周辺住民が起こした民事裁判の原告となり、証言台に立つこともいとわないと表明されていた。
60年にわたる反対同盟の歴史のなかで北原家は敷地内の同盟とともに三里塚闘争の心棒であった。右翼、カクマルらの卑劣な攻撃、地域利権屋どもの重圧などあらゆる攻撃にひるまず、家族と闘争の正義を守りぬいた北原健一さんの生き方に心から敬服し追悼します。
太田研作