東京高裁 星野国賠で歴史的勝利判決 獄死に国の責任認め控訴棄却
東京高裁 星野国賠で歴史的勝利判決
獄死に国の責任認め控訴棄却


沖縄返還協定批准阻止を闘った1971年11・14渋谷暴動闘争「殺人罪」でっち上げ無期懲役囚・星野文昭同志の獄死(2019年)の責任は国にあるとする歴史的勝利判決を、一審に続き二審でも勝ちとった。
東京高裁第23民事部(古谷恭一郎裁判長)は6月26日、国家賠償請求訴訟で原告と被告・国の控訴をいずれも棄却し、東日本成人矯正医療センターの責任を認め、2200万円の賠償を国に命じた一審判決を支持した。星野同志への刑務所医療が国による殺人そのものであったことを認めた。
早朝から裁判所前には星野・大坂全国救援会を先頭に全国から仲間が駆け付け、街宣を行う。兄の星野治男さん、大阪東住吉冤罪(えんざい)事件被害者(再審無罪)の青木惠子さんもマイクを握る。報道各社もかけつけ、原告である星野暁子さんと弁護団を先頭に80人が入廷行動を闘った。
テレビ報道用の撮影後、判決。「本件各控訴をいずれも棄却する」。裁判長は主文を述べると閉廷を宣言した。傍聴席からは「徳島刑務所の責任は認めないのか」と原告側の控訴を棄却したことに怒りの声が上がる。
報告集会と記者会見は、弁護士会館で行われた。記者からは、国の敗訴の内容について質問が飛んだ。岩井信弁護士は「国のデタラメな主張を丸ごと退けた。国に対して刑務所医療の改善を強く求める判決だ。また徳島刑務所長が星野さんの病状を四国地方更生保護委員会に伝えなかったことを、高裁も違法と認めた。形式的な違反ではなく、人命を軽視した意図的な不作為を断じた」と判決の核心を提起した。藤田城治弁護士がこれを補足し「賠償支払いは医療センターの行為を中心にすえ、徳島刑務所の行為は『慰謝料の算定で斟酌(しんしゃく)する』と、高裁判決は一審以上に踏み込んだ」と解説。
原告である星野暁子さんは「6年の闘いにひとまず決着をつけた。この勝利の大きさはこれからの闘いで生きてくる」と勝訴の意義を確認した。さらに徳島刑務所の責任を追及するとともに、懲役20年の一審判決を受けている大坂正明同志の奪還が訴えられた。
「大坂正明さんは無実! ただちに解放を」の署名を集め、今秋10月2日の大坂同志の控訴審に結集しよう。
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星野文昭さんと三里塚
2013年刊 「愛と革命 星野文昭・暁子の闘い」より
1966年7月、政府は、ベトナム戦争で狭あい化した羽田空港に代わる新たな国際空港用地として、千葉県成田市三里塚・芝山地区を地元農民の合意もなしに閣議決定した。地元農民は三里塚・芝山連合空港反対同盟を結成し、農地と生活、家族を守るために身体を張って闘った。1968年2月、「全学連三里塚現地闘争本部」が設立された。現闘は、反対同盟の営農を支え、共闘関係を確立して闘った。
1971年2月、政府による農地強奪=強制代執行が迫る緊迫した状況の中で星野さんは、全学連行動隊長として三里塚にやってきた。早速、長原公民館(成田市南三里塚字長原にあった)を全学連の常駐小屋としてお借りしたいと反対同盟農民の家々に挨拶(あいさつ)に行った。反対同盟は快く了承してくれたばかりか、「自炊するのだろうから、釜をもっていけ」と釜まで貨してくれた。こうして、強制代執行攻撃と闘う拠点ができていった。
また、権力の道路封鎖を想定して、まだ夜も明けやらない薄暗い時間を選んで、駒井野砦までの2時間半くらいの「抜け道」「山道」に習熟していき、戦闘態勢を築き上げていった。この頃の三里塚は、機動隊とのにらみ合い、正面からぶつかっていく闘いの連続であった。星野さんは、農民の農地を強奪する国家の暴力に対して、農民の怒りを自らのものとし、ひるまず闘った。
星野さんがリーダーとして抜きん出ていたのは、常に部隊全体のことを考えて指揮していたことだ。また、彼のアジテーションは、心底からの思いを真剣に伝えるもので、いつも説得力のある内容だった。
反対同盟、特に婦人行動隊からの人気は抜群で、「おとなしくて静かで、いい学生さん」「おらが息子]と慕われた。闘争の合問には、地元の子どもたちに勉強を教えたりする、やさしいお兄さんでもあった。
2~3月の強制代執行阻止闘争に続き、7月の仮処分阻止闘争、9月第2次強制代執行阻止闘争と連続した闘いの中で、星野さんは常に最先頭で闘った。三里塚闘争―労農連帯・労農同盟の礎を築きあげた。
お母さんの美智恵さんは、星野さんの三里塚裁判の証言で「文昭は相手の身になって考える子です。三里塚成田の時は、農民の身になって考え、弱者の人権が守れる社会になるようにがんばりました」と述べている。
7月仮処分阻止闘争と9月第2次強制代執行阻止闘争の両方で指名手配された。現在は有罪判決が確定している。