大地の響き 投稿コーナー
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援農に駆けつけよう
東京 古内秀和
7月中旬、三里塚の援農に一日かけて入りました。前回援農に入ったのは十数年前、援農や団結街道廃止阻止の監視行動などを一カ月近く闘いました。そこで私が強く感じ、今も確信しているのは、三里塚闘争の神髄はその地で農業を営み、生き抜いているという日々の闘いにあるのではないかということです。営農自身が空港会社・権力と対峙・対決しながらの「実力闘争」です。
援農は営農の一端を担うことを通して、空港会社・権力のみならず資本主義・帝国主義への深い怒りをかきたて、三里塚闘争の「空港絶対反対、一切の話し合い拒否、農地死守・実力闘争」をつかむ導水路だと思っています。
今、国家権力が空港拡張・強制収用を強行しようとしていますが、その動機は中国侵略戦争遂行のためであり、反戦・反権力の砦(とりで)である三里塚闘争を今たたき潰さねば内乱・革命で打倒されるという恐怖だと思います。決戦の地・三里塚に駆けつけ、軍事空港粉砕・強制収用阻止を闘うとともに、実力闘争の思想と確信を深め、内乱を闘う主体に飛躍するためにも、援農もともに闘うことを訴えます。
夏場の援農の最大の相手は雑草です。今回はネギの草取りをやりましたが、ネギと同じ背丈の、しかも生え際が一緒の雑草は手強く、力任せで抜くとネギも一緒に抜けてしまいます。力加減を試行錯誤しながら粘り強く草を取り、ネギのみの姿になった畑を見た時の達成感は格別でした。
次は仲間と一緒に駆けつけます。
土地への愛情を実感
東京 田村龍輝
三里塚に行ってきた。活動家の家庭に生まれた僕の身体は、半分とまではいかないし、3分の1と言っても少し言い過ぎだけど、多少なりとも三里塚の野菜で構成されている。僕にとって三里塚というのは、テレビやネット上で映像としてみる抽象的なものではなくて、すごく具体的に、自分の生活それも食生活に関わる場所だった。
小さい頃は親に連れられてよく集会に行っていた。しかし、10歳を過ぎたあたりから、僕だけ留守番することが多くなった。サッカーの練習をすることや、友達の家でゲームをすることのほうが、あの頃の僕にとっては重要だったから。
それから10年近くが経って、僕も多少はものを考えるようになり、活動家の息子としてではなく、一人の人間として、父や母、その仲間たちが続けている活動について考えたいと思うようになった。一応そういう理由もあって、久々に僕はこの地へ足を踏み入れた。
午前は援農、午後は現地調査のプログラム。
午前の援農。30度を超えるひどい日差しの中で合計約2時間強、サトイモ畑のうねに生える雑草をひたすら抜き続ける。大変だった。暑すぎる。
午後の現地調査。各所を巡りつつ、ポイントポイントの知識を教えてもらった。
三里塚闘争がはじまってから60年の時間が経ち、当初から活動している人の多くが亡くなった。今も活動を続けている人たちが、活動家たちが眠る土地を今でも管理して、花をたむけていることが印象的だった。特に大木よねさんが眠る東峰墓地にはどこか神聖な空気が漂い、深い感慨を覚えた。
どんな土地にも、初めて開拓した人たちがいる。木を切り倒し、草を刈り、地面を耕して、初めてそこは農地になる。
2時間の草刈りでも音を上げるような僕には、到底想像のつかない程の努力。それには人生がかかっている。
そのような行為を通して得た土地に、特別な愛情を持つのは当然のことだと、改めて感じた。
成田空港に公共性が全くないとは、僕は考えていない。その恩恵を直接間接的に僕自身も受けているだろう。しかし、その土地にはかつて豊かな耕作地があり、人々の生活があって、人生があった。守るべきもののない人達が、軽々しく言葉をもてあそんでいる、そんな時代にあって、三里塚闘争は特別の意味合いを持っている。
国家暴力を打ち破り
首都圏学生 湊 柚希
7月22日、この決定的な情勢の中でフィールドワークに参加できたことをうれしく思います。
国家暴力がどのようなものなのかということは、三里塚現地に行って初めて理解できると思います。「国家プロジェクト」が緑豊かな農地や山を掘り返し、切り崩す様子はとても許しがたいです。
一方で、だからこそ三里塚は多くの人々を決起させることができる地なのだと感じます。
NAAはいよいよ土地収用制度を使うと宣言しました。闘いはこれからだと思います。そしてこれからの闘いは勝てるものだと確信しています。
成田空港機能強化反対の闘いは反戦の闘いでもあります。
より一層三里塚での闘いが重要になる今、全学連も反対同盟とともに三里塚闘争を最後まで闘い抜きます。
「第2の開港」許すな
信州大学 大門 岳
7月22日に開催されたフィールドワークに参加しました。炎天の中、労働者・学生の仲間とともに第2滑走路延伸と第3滑走路建設に怒りの声を上げました。
国家情報局創設や国旗損壊罪、皇室典範改定など、高市政権が今国会で中国侵略戦争に向けた戦争国家体制構築へまい進する中、「第2の開港」という形で成田空港の兵站(へいたん)基地化が狙われています。国と空港会社は脱落者も利用し何とか地域全体が拡張工事に賛成しているかのように演出しようと試みていますが、現地に赴けば地域の農民や住民の怒りは日に日に高まっていると感じることができます。どん詰まりになった国と空港会社は、過去に条件派と交わされた「強制的手段は用いない」という約束を反故にして、再び強制収用攻撃を仕かけようと策しています。全く許すことはできません。
この情勢の中で、反対同盟が貫いてきた「一切の話し合い拒否、農地死守・実力闘争」という原則の正しさはますます証明されていると思います。多くの仲間を集めてこの原則のもと闘えば必ず勝てる、そう確信して「第2の開港」を粉砕する闘いに挑んでいこうと決意した一日でした。
中国侵略戦争阻止へ
改憲・戦争阻止!大行進・関西 西納岳史
「中国侵略戦争に向けた国家暴力がここにある」──フィールドワークで拡張工事の実態を目の当たりにし、確信と怒りを新たにしました。地形が変わるほど谷底深く掘られた調整池、反対する農民の決起をまたしても圧殺しようとする包囲工事の暴挙、何より国家暴力の極限的発動そのものである「強制収用」発動への踏み込み......沖縄・辺野古をはじめ全国で住民の抗議の声を踏みにじり強行される基地・軍事拠点建設の巨大な一端が、「闘いの大地」である三里塚においても存在するということです。
だからこそ、三里塚闘争60年の地平が今こそ真価を発揮する時でもあります。帝国主義戦争のためのあらゆる国策的土地強奪攻撃に対し、そこで闘う最も先鋭的・前衛的勢力に結集する人民が「三里塚のように闘おう!」をスローガンとして情勢を切り開いてきた歴史をとことん踏まえる時です。そしてだからこそ我々は反対同盟との血盟にかけて「三里塚でこそ」勝利しなければなりません。その決意を新たに、中国侵略戦争阻止の反戦闘争と一体で、とりわけ学生・青年の巨大な三里塚決起を実現するために闘う決意です。