農地強奪のための裁判に怒り 土地明け渡し請求権時効裁判 市東孝雄さんの意見陳述
農地強奪のための裁判に怒り
土地明け渡し請求権時効裁判
市東孝雄さんの意見陳述


私は、現在、成田市天神峰に住み、畑と田を耕作し農業で生活しています。市東家が天神峰に住むようになったのは祖父市太郎が最初で、明治時代です。私は父東市についで3代目になります。
現在、私が耕作している農地の中心は、天神峰にある「南台農地」です。他に自宅の前の「天神峰農地」がありましたが、3年前に空港会社による不当な強制執行によって奪われました。
今年5月、空港会社は、私を被告にした新たな民事裁判を起こしました。南台農地の中の「B土地」に対する明渡請求権の消滅時効の完成を妨害するために新たに裁判を起こしたものでした。もともと「B土地」に対する土地明渡請求権は、空港会社から農地法20条による「農地賃貸借契約の解約」の許可を求められた千葉県知事が、極めて安易に「への字」解消のために、「南台農地」を空港用地に転用する解約許可を認めたという誤りが原因になっているものでしたから、私は、この「B土地」に対する土地明渡請求権自体が間違っていると思います。
私は、中学校卒業後は家を出て千葉県内で働いてきました。しかし99年に父市東東市が死亡したので、私は家にもどり農業を引き継ぎました。
南台農地の状況
私の農業の中心は、「南台農地」と家の脇の「天神峰農地」の耕作でした。市東家では、もともと祖父市太郎の代から地主の藤﨑さんから「南台農地」を借り、また地主の岩澤さんから「天神峰農地」を借りて農業を続けてきました。親父から引き継いだ南台農地は、「A土地」「B土地」「C土地」「D土地」で、今までずっと耕作を続け有機野菜を生産しています。有機栽培は土壌づくりの農業です。鶏糞、豚糞などを発酵させ乾燥させて畑に鋤き込みこむと黒土ができます。これが有機土壌です。父東市の80年代から今までに約40年有機農業を続けてきました。南台農地は素晴らしい土壌です。これだけの有機農業の適地はありません。私は、南台農地を中心に有機野菜を60種類以上作っています。
前訴裁判は、08年10月に、南台農地の「B土地」「E1土地」につき、06年9月の農地法20条2項2号に基づく千葉県知事の解約許可処分を根拠に空港会社が明渡しを求めたものでした。空港会社は、市東家が一度も耕作したことのない「E1土地」を藤﨑との小作契約地としていたため、私は小作契約地の場所が違うと争い、一審判決直前に空港会社が「E1土地」の明渡し請求を放棄したので、「B土地」だけの明渡しを認めた判決でした。
本来、転用目的の農地売買は、農地法では小作との合意がなければ解約はできないというのが大原則なはずです。「B土地」の明渡しを認めた判決は、そもそも農地法に違反した違法で、不当な判決でした。しかし、16年10月にこの裁判の判決が最高裁で確定して、「B土地」に対する土地明渡請求権が確定しました。
しかし私は、この裁判の判決が確定してから約10年の間、「B土地」において営農を継続し、かつ、原告に対する義務を果たすべく、毎年欠かさず「賃借料」を供託所に供託し続けてきました。他方、空港会社は、約10年間、私に対して明け渡しの催告はおろか、何らの協議の申し入れもなく、完全な沈黙を保ってきました。
ところが空港会社は、消滅時効の完成までわずか約6カ月という段階で、時効完成を妨害するために、この裁判を提起してきました。空港会社は、この10年間、何らの交渉も催告もせず、私が毎年賃料の供託をやっていることを知っていました。それなのに空港会社は、消滅時効の完成の直前になって、突然、時効完成を妨害するために、新裁判を起こしてきました。しかし、そもそも「B土地」は成田空港の建設にとって、なんら緊急に必要な土地ではないはずです。
直線化は不必要
私は、「当面はB土地も耕作できる」と思って、農業を続けてきました。他方、空港会社は、自らの不手際や怠慢によって、強制執行できない状態を長く続けておきながら、時効完成を妨害するために、私を新たな裁判に巻き込み、さらに10年間の負担を強いようとしていますが、これは著しく不当であり、また著しく不公平です。
「B土地」に対する明渡請求権は、もともと平行滑走路の誘導路が「南台農地」によって「への字」に湾曲していることの解消を目的とするものでした。しかし、もともと航空法に従った成田空港の平行滑走路の建設手続きでは、私が「南台農地」を耕作しているためB'滑走路誘導路の「への字」を前提にして建設許可が出されています。
しかも、その「への字」の湾曲は、11年に空港会社が湾曲改良工事を行って、従前の「への字」の湾曲は大幅に改良しています。その結果、従来は、誘導路上の航空機が信号で一時停止することを行っていましたが、湾曲改良工事によってその必要はなくなりました。今は徐行することなく通常のスピードで通っています。
また空港会社が13年供用の西側誘導路(第3誘導路)を造ったために誘導路を真っ直ぐにすることが困難になり、湾曲改良工事の必要はますますなくなりました。
したがって、空港会社は、本件土地明渡請求権の消滅時効が間もなく完成する26年の現在まで、「B土地」に対する明渡請求権を用いて強制執行する必要性は実際には全くありません。
営農妨害が目的
19年11月、国土交通大臣は、成田空港に関する基本計画を改定し、20年1月に、①3500㍍級の滑走路1本を新設する、②既存の平行滑走路を北側に1000㍍延長して3500㍍にする、③空港敷地面積を現在の約2倍の約2300㌶へ拡大するという空港施設変更許可処分を行いました。25年から拡張工事が開始されています。
完成後には、B滑走路とC滑走路が一体運用され、どちらかが離陸専用、着陸専用に分離されると宣伝されています。こうした拡張計画の下においては、空港会社にとって、平行滑走路の誘導路問題解決のために「南台農地」を取得することは、成田空港建設事業全体の中では、必要性は全くなくなっています。
そうすると、「前訴判決」には、もはや南台農地「B土地」を耕作して営農を続けている私の営農権等の基本的人権を犠牲にしても保持するに足りるだけの「高い価値や合理性」は認められません。営農行為には農地が不可欠なのであり、人間の生存の基礎をなす持続的な食糧供給を担うものです。それは憲法前文の平和的生存権や憲法第13条が保障する「生命・自由・幸福追求の権利」の実現に直接奉仕するものです。したがって、すでに成田空港建設に関わる工事計画が大幅に変更され、もはや「前訴判決」なるものには私の基本的人権を犠牲にしても保持するに足りるだけの「高い価値や合理性」が認められなくなっています。
23年2月15日に、空港会社は天神峰農地を強制執行し、私の作業場・離れ・農業機械置き場、農地を奪いました。それから3年半が経ちましたが、空港施設が出来たわけではありません。空港会社は、1年に3回の草刈りをするだけで全く使用されていません。次の写真を見て下さい。怒りがこみ上げてきます。
そもそも天神峰農地の南側には東峰地区の開拓道路、島村さん・萩原さんの畑があるため、新しい空港施設を作ることはできません。現在は計画すらない状態です。
緊急に私の小作地を取り上げても空港施設を建設する目的があるわけでもなく、何も作る目的もないにもかかわらず、私に対する営農妨害の目的だけで行った強制執行です。南台農地についても、時効延長の目的は同様の営農妨害の強制執行目的としか言えません。
この10年間、私は、この土地に根ざし、農業を続け、生活設計を立ててきました。強制執行の必要性もないにもかかわらず、単に強制執行の効力を維持するためだけに裁判所を利用し、私をさらに10年間、いつ執行されるか分からないという極めて過酷かつ不安定な地位に拘束し続けるものです。空港会社の本件提訴は、執行の見込みがないにもかかわらず、単に毎年『賃借料』を受け取りながら私を永続的に不安定な地位に拘束し続けることを目的としたものであり、訴えの利益を欠くものです。私は、これらの諸点について、裁判所が、慎重に審理をつくしてくれることを、強く期待しています。この機会に、私の裁判所へのこれまでの強い不信を払拭していただきたい。