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SANRIZUKA 2003/10/01(No640
p02)
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今年の六月に成立した有事法制によって日本の社会は一変した。成田空港はいつでも米軍の軍事基地に転用されることが法律で定められた。
国家権力のメンツをかけて行ってきた三十八年間の成田空港建設が無惨な「失敗」の烙印を押されようとしている。民営化を前にして、暫定滑走路が暫定のままで固定してしまう窮地に追いつめられている。“親方日の丸”の空港が民間資本に移る。こんな欠陥滑走路で営業になるわけがない。莫大な投資をして売掛金が一銭も回収できない状態に陥る。
世間では、すでに成田空港が完成したと思っている人が多いようだが、厳しいのは空港公団の方だ。来年四月から民営化への移行が始まるという。だけど滑走路が短いままでは無理でしょ。民営化すれば「情報公開」しなけばならない。いかにひどい滑走路かという実情が明らかになってくる。二度起きた事故もさらに頻発する。雪印だってハム会社だって、事故や不正でつぶれる。そういう問題がぞろぞろ出てくる。
靖国神社参拝や教育基本法の改悪、憲法の改悪攻撃。国全体が戦争の雰囲気になっている。天皇制教育の下で戦争に徴兵された自分の二十歳の頃を見るようだ。「お国のために命を捧げ靖国神社で会おう」というのが合言葉だった。------------------------
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全国の闘う仲間のみなさん。来年四月の空港公団民営化が迫る中、三里塚闘争は暫定滑走路延長攻撃と闘う決戦に突入しました。この闘いは有事法制による民間空港の軍事基地化を阻止する闘いでもあります。私たち反対同盟は、十月十二日に全国集会を開催し、四月民営化に至る切り崩し攻撃との闘いに総決起する決意です。みなさんの結集を訴えます。
七月十一日、成田国際空港株式会社法が成立しました。来年四月をもって空港公団は全額政府出資の特殊会社となり、三年後の〇七年に株式上場(完全民営化)を予定しています。羽田国際化は、新D滑走路の建設決定をもって本格的に動き出しました。成田空港は現在、政府の行財政破綻がもたらした公団民営化と、航空政策の全面転換による羽田国際化によって窮地に陥っています。
周知のように暫定滑走路は短かすぎてジャンボ機が飛べず、国際線は一部のアジア便を除いて就航できません。重大事故が続発する欠陥空港です。しかも羽田国際化でアジア便の大半が羽田に移れば、暫定滑走路は使い物にならず経営上の重荷ともなるのです。黒野総裁は「民営化までに二五〇〇メートルにめどをつける」と発言し、延長強行の衝動をあからさまにしています。
攻撃はすでに始まっています。東峰地区に対しては、民家上空四十メートル飛行を背景に「買収に応じなければ北側に延伸し二五〇〇メートルにしてジャンボ機を飛ばす」と脅迫しています。その工期を三年としてこの秋にも決断すると言って圧力を加えています。天神峰ではジェットブラストによる追い出し攻撃が続いています。対策フェンスのかさ上げ要求を空港公団は拒否し、成田市はこの住民無視を放置し加担しています。東峰神社裁判では、被告・空港公団が東峰区住民に対して和解を申し入れてきました。原告の全面勝訴が立証されつつあることに恐怖した公団の敗訴逃れの動きです。公団の策動をひとつひとつ打ち破り暫定滑走路延長攻撃を粉砕する決意です。
有事法制とイラク新法で戦後の日本は一変しました。朝鮮半島危機のなかで、民間空港を侵略出撃の基地とする軍事空港化の攻撃が現実のものとなってきました。
成田空港は指定公共機関とされたことから、有事にあってはいつでも軍事基地に転用されます。新たに発表された朝鮮侵略のための米作戦計画では、来援米軍の規模は五十万から七十万へと拡大修正されました。この基地の安定的供給のために三里塚闘争破壊の治安攻撃が強まることは避けられません。
バブル崩壊後の不況は深刻さを深め、その矛盾のすべてが首切りと賃下げ、増税と社会保障制度の改悪となって私たちの生活を脅かしています。連合労働運動が右翼的転換に走るなかで、戦闘的な労働者の決起がひろがっています。
反対同盟は動労千葉を始めとする闘う労働組合と連帯して闘います。全世界で高まる反戦運動と連帯して、アフガニスタン、イラク、パレスチナにおける侵略行為と虐殺を弾劾し、朝鮮侵略のためのあらゆる準備を阻止するためにたちあがります。米反戦団体ANSWERのよびかける十・二五統一行動に総決起しよう。十・一二全国集会は、暫定滑走路延長阻止の決戦であり、侵略戦争阻止のための総決起集会です。十・一二三里塚に全国から総結集されるよう訴えます。
九月十日 三里塚芝山連合空港反対同盟

(会場案内)
▼JR成田、京成成田駅からタクシーで「東峰十字路」まで二千円
▼車は成田インターから国道二九五号線に入り芝山町(空港)方向。日航ホテル手前で小見川県道を小見川方向。「東峰十字路」へ
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暫定滑走路延長阻止、軍事空港廃港へ10・12全国総決起集会10月12日(日)正午成田市東峰・反対同盟員所有地 【主催】 三里塚芝山連合空港反対同盟 |

敷地内東峰の萩原進さん宅で九月七日、稲刈りが行われた。冷夏のため例年より一週間遅れ。収量は三割減だが味も粒も良好。秋の闘いへ準備は万全だ。
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成田空港株式会社法案の質疑で扇千景国土交通大臣(写真)が「有事の際には成田空港を軍事基地に転用する」旨の答弁を行っていたことが明らかになった。------------------------
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「9・11」から二年。支配階級や商業マスコミは9・11を「同時多発テロ」と呼ぶ。この非歴史的な呼称からは事件の本質(特殊な形だが歴史的理由のある反米ゲリラ戦争)は何も見えない。彼らは9・11を、平和な街に突如として襲いかかった悪魔の仕業と描く。そこから導かれる結論は、自由と民主主義を守るための「テロとの戦い」だ。その実態は何か。アフガニスタン〜イラク侵略戦争は何を示したか。侵略と殺りくの世界的拡大である。アメリカ帝国主義は、9・11を導いた原因を限りなく拡大再生産している。日本は帝国主義国としての延命をかけて参戦の道を走り出した。中東・ムスリム人民と連帯し、自衛隊のイラク派兵を阻止しよう!
(写真 第2次大戦後、世界で1千万人を殺し繁栄を謳歌してきたアメリカ。そのシンボルに対して中東・イスラム人民の怒りが爆発した)
ブッシュや小泉は「対テロ戦争」だという。だが彼らには「テロの撲滅」は不可能である。9・11は単なる晴天の霹靂(へきれき)ではないからだ。それは長い長い帝国主義の侵略と殺りくと略奪の歴史から必然的に紡ぎ出された、ひとつの帰結に過ぎない。
また帝国主義国内の一部の革新政党などが語る「テロにも戦争にも反対」というスローガンも歴史的認識を欠き、事態の本質を隠す物言いだ。「テロ」と「戦争」は同列ではない。
9・11の後、アメリカが首謀者と断定するビン・ラティン氏の発言が伝えられた。「どちらが先に手を出したか?」
中東問題において、これは重要な問い立てである。
パレスチナをはじめとする中東イスラム社会は、帝国主義とその手先によって長い間一方的に殺され続けてきた。一九四八年の建国以来、イスラエルは数々の虐殺事件を重ね、占領地域を勝手に拡大してきた。このイスラエルを大量の兵器供与などで支え続けているのがアメリカだ。
中東・アラブの人民は以来五十数年間、アメリカとその全面的な後ろ盾を得たイスラエルによって徹底的に痛めつけられてきた。
こうしてアメリカは植民地主義に反対する人々を抑えつけ、石油資源を支配し、空前の°繁栄″を謳歌してきた。中東・イスラム社会がアメリカを憎悪するのは当然なのである。
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国内「平和」を謳歌してきた帝国主義本国では意外と認識が薄いが、石油は工業国家の動力源であり生活の源である。そして°最強の帝国主義″=アメリカ支配階級にとって、石油は歴史的に一貫して膨大な富と権力、世界支配の源泉であった。第二次大戦の敗戦から復興を果たした日本も、その恩恵に全面的に浴している。
日本への石油供給国の九割近くが中東諸国だ。この新聞活字のインキの原料も中東生まれ。ありとあらゆる書物、映画フィルム、ビデオテープ、ガソリン等の燃料類、自動車の部品、道路のアスファルト、電線や電話線、パソコンや携帯電話、電卓の部品、すべての家電製品、染料・塗料、建材・家具、医薬品や義歯、そして衣料品…。もっと身近にはサンダルや傘、バケツ、台所用品、ラップ、シューズ、セロテープ、めがねレンズ、ボールペン…。
石油は原料として住まいの隅々に入り込んでいる。そして何よりも石油は航空・宇宙・軍事兵器の中枢エネルギーである。
こうして消費される石油の量は、日本では一人一日当たり一升瓶で三本分(世界第二位)にもなる。われわれはそうした生活を送っているのだ。
そして断トツで一位の石油消費社会アメリカでは、何と一人平均で一升瓶六本分。日本人のちょうど二倍の石油を消費している。これが中東支配のために手段を選ばないアメリカの実情である。
強調すべき点は、石油が生み出す(帝国主義の)富の大きさだ。そして富は権力と支配の源泉である。
この石油資源を安価に独占的に確保するために、アメリカは一貫して中東諸国への軍事的介入を行い、意に添わぬ政権を倒し、反動的な独裁政権を支援し、軍事基地国家=イスラエルの「安全」のためにパレスチナ人民を苦しめ、膨大な数の民衆に貧困を強いてきたのだ。アメリカに付き従う日本帝国主義も十分に加害者の仲間である。
「貧困」がテロの温床、などとブルジョア・ジャーナリズムはいう。これは見当違いだ。圧倒的な格差と貧困を生み出してきたのは帝国主義の侵略と殺りく、略奪の歴史だ。それが人民の怒りを蓄積し「テロ」を生み出しているのであって、その逆ではない。
われわれは、二〇〇〇年九月十一日に十九人ものアラブの青年戦士が自ら死地に赴いた理由が、帝国主義の侵略と殺りくの歴史に対する、耐え難いまでに蓄積された怒りであることを知るべきである。プロレタリアートの国際的連帯と解放という世界史的な課題も、この問題を通過するなかでしか語れない。9・11はそのことを衝撃的につきだしたのである。
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| 1948年5月 | アメリカの国家的な支援の下、パレスチナ人大虐殺と追放によるイスラエル建国が強行された。米の中東(石油)支配の要として。以後50数年、米の対外軍事援助の筆頭がイスラエル向け。イスラエル軍による膨大なパレスチナ人虐殺(国家によるテロル)と400万人の難民発生の責任をアメリカは全面的に負う立場だ |
| 1953年4月 | イランで欧米の石油産業国有化を進めたモサデク左翼政権を転覆するクーデター。米CIAと英情報部が全面的に主導した軍事作戦だった。死者数不明 |
| 1964年8月 | 米軍の北ベトナム爆撃開始。以後75年のサイゴン陥落(米敗退)までに化学兵器やナパーム弾など大量破壊兵器を全土で使用。ベトナム人300万人以上(!!)を殺した |
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| 1965年6月 | インドネシアでスハルトの反革命クーデターを米CIAが支援。50万人の左翼勢力を虐殺した。97年の金融危機(米金融資本による略奪)後、スハルト退陣を求める労働者・学生の闘いが高揚。これに対し、米国で訓練された特殊部隊が軍事クーデターを企て「反華僑」の民族差別暴動を組織。1200人余を虐殺した |
| 1973年9月 | 米CIAの介入でチリの左翼政権転覆のクーデター。米大企業の国有化などを進めてきたアジェンデ大統領は国会内で射殺。新政権は3000人以上の人民を処刑した |
| 1975年〜93年 | アンゴラへの西欧の植民地政策に反対する民族解放闘争をアメリカが鎮圧に乗りだし長期内戦化。死者50万人の惨状を生んだ |
| 1980年5月 | 全斗喚の軍事クーデターに反対する光州の学生・労働者の闘い(光州人民蜂起)を軍が鎮圧。3000人が虐殺された。この作戦は米カーター政権の全面的な承認を得ていたことが後に判明 |
| 1980年代 | ニカラグアのサンディニスタ左翼政権転覆のためにアメリカは反共組織コントラを全面的に軍事支援。大量の民衆を殺りく |
| 1980年代 | エルサルバドルでアメリカの傀らい・ドゥアルテ政権と民族解放戦線の内戦。米国内で訓練を受け武器を供与された極右暗殺集団が民衆を虐殺。75000人以上が死亡 |
| 1980年〜88年 | アメリカの軍事支援を受けたイラク(フセイン政権!)がイランに侵攻し、イラン・イラク戦争始まる。アメリカの中東支配とイラン革命絞殺が目的。双方で百万人が死亡。アメリカはフセイン政権に化学兵器の技術供与。83年と88年のクルド人虐殺を黙認した |
| 1983年10月 | カリブ海・グレナダの左翼政権転覆で米軍が侵攻。市民400人以上が死亡 |
| 1989年12月 | アメリカがパナマに侵攻。パナマ人500人以上が死亡 |
| 1991年1月 | 湾岸戦争。アメリカはイラク・フセイン政権のクウェート侵攻を直前まで容認姿勢。侵攻後直ちに多国籍軍による侵略戦争を開始。イラク人15万人を殺した(米統計局調査)。以後の過酷な経済制裁で50万人の子供と病人が死亡 |
| 1993年6月 | ソマリアに米海兵隊が上陸。1000人以上のソマリア人が死亡 |
| 1999年3月24日 | 米空軍を中心とするNATO軍がユーゴスラビア空爆。2500人を殺した。これに先立つユーゴ内戦で米はコソボ解放軍(KLA)に軍事訓練と援助を与え、95年の虐殺作戦(セルビア人数百人が死亡。10万人が土地を追われた)を支えた |
| ※2001年9月11日 | ニューヨークWTCビルとワシントン(国防総省)で、19人のアラブ青年戦士たちが自爆反米ゲリラ闘争 |
| 2001年10月7日 | 米がアフガニスタン侵略戦争開始。民間人だけで3000人以上を殺りく |
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| 2003年3月19日 | 米が対イラク戦争開始。イラク軍の戦死者3600人以上(朝日)。民間人死者は約2500人(イラク・ボディ・カウント統計)。開戦の口実となった「イラクの大量破壊兵器」はなかったと判明した |
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九月十五日、関西実行委員会の永井満代表、加辺永吉世話人、安藤真一事務局長が、三里塚現地を訪れた。10・12三里塚全国集会に向けた9・29関西集会のための現地報告(ビデオ・写真撮影)の作成と反対同盟への激励と交流である。
昼休み、萩原進さん宅で現地の状況説明を受けた。萩原さんは「『暫定』という欠陥滑走路を延長させず、短縮のまま固定するたたかいに手応えを感じている。公団は来年の民営化を控えて激しい攻撃に出てこざるをえない。北側延伸攻撃が中心。この秋から来春へ、さらにその先の株式上場過程へ三里塚は決戦に入る」と強調。
(写真 萩原進さん宅で現地の状況説明を受ける右から安藤真一さん、永井満さん、加辺永吉さん)
永井さんが北延伸攻撃の実態を聞いて「滑走路として意味のない工事をやるとはひどい」と驚きの声を上げた。加辺さんも「三里塚に来ると勝利を実感できる。公団は追いつめられてめちゃくちゃなことをやろうとしている」と憤慨。安藤さんは「だから東峰裁判で和解という変化球を投げてきてるんですね」と納得顔。
一同は全学連現闘の案内で次に市東孝雄さんを激励に訪れた。「騒音、振動、ジェット噴射。ほんとにひどいことをやってくる。公団はフェンスのかさ上げも拒否している。親父の跡を継ぐと決意した以上、意地でも負けられない」と市東さん。
関西実の仲間はこの後、市東さん宅の空港監視台、東峰神社、開拓道路、東峰部落内など敷地内の現状を確認。頭上四十bの飛行、ジェット噴射、私服警察の監視、ガードマンの威圧など敷地内に住む農民への叩き出し攻撃に怒りを新たにしていた。
最後に北原鉱治事務局長宅で激励と交流。永井さんが市東さん宅で孝雄さんの決意にふれたことを話し「孝雄さんのような後継者が現れたことは、天が三里塚に味方している」との実感を語った。
事務局長は「関西の仲間の支援があればこそ三里塚も三十八年間たたかってこれた。生ある限りたたかいをまっとうします」と応えた。
最後に関西の仲間は「9・29集会には市東さんに来てもらって大成功させます。その力で10・12全国集会の大結集をかちとりましょう」と誓い合った。
(写真 東峰神社では頭のすぐ上を離陸するジェット機を見る)
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●鈴木さん、一坪共有地強奪裁判に 一坪共有地強奪裁判の内、鈴木幸司さんの持ち分に関わる公判が闘われ、本人が出廷して闘った。この日も和解調書など11点の証拠を提出した。(12日)