SANRIZUKA 2003/10/01(No640 p02)

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第640号の目次

 敷地内東峰の萩原進さん宅で九月七日、稲刈りが行われた。冷夏のため例年より一週間遅れ。収量は三割減だが味も粒も良好。秋の闘いへ準備は万全だ。

1面の画像
(1面)
“未完の空港”暫定路は閉鎖へ
10・12全国集会へ反対同盟より訴え
民営化に伴う 北延伸阻止!イラク派兵許すな
記事を読む
反対同盟より訴え
北原 鉱治さん ●反対同盟事務局長
萩原 進さん ●反対同盟事務局次長
市東 孝雄さん ●敷地内・天神峰部落
鈴木幸司さん ●本部役員・中郷部落
記事を読む
10・12全国総決起集会招請状 記事を読む
暫定滑走路延長阻止、軍事空港廃港へ
10・12全国総決起集会
記事を読む
冷夏に負けず稲刈り完了 記事を読む
ピンスポット
“成田を基地にする”
扇国交相が国会で明言
記事を読む
 コラム 団結街道 記事を読む
闘いの言葉 記事を読む
(2面)
9・11から2年 あの時何が起こったか
血みどろの歴史の帰結
「どちらが先に手を出したか?」
「反米」憎悪は臨界点
資源・富の略奪、貧困強制
途方もない殺戮の歴史を見よ
記事を読む
1千万人殺したアメリカ
「テロ」と戦争は同列で語れない
記事を読む
米は海外で何人殺してきたか? 記事を読む
永井さんら三里塚訪問
反対同盟 9・29関西集会参加へ
記事を読む
三芝百景 三里塚現地日誌 2003
9月3日(水)〜9月16日(火)
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週刊『三里塚』(S640号1面1)

 “未完の空港”暫定路は閉鎖へ

 10・12全国集会へ反対同盟より訴え

 民営化に伴う 北延伸阻止!イラク派兵許すな

 反対同盟四氏から10・12三里塚全国集会への結集を訴えるアピールが寄せられた。
    *
 三里塚闘争は、成田空港の民営化に伴う暫定滑走路の北延伸攻撃の激化に対して、新たな決戦に入ろうとしている。
 来年四月に迫る民営化が成功するためには、暫定路の二五〇〇b化が大前提だ。「二五〇〇b化」に失敗すれば空港経営自体が成り立たない。
 なぜなら暫定滑走路は国際空港でありながら大型機が飛べず、使えるのは一部のアジア近距離便だけという欠陥滑走路だ。
 一方で、羽田空港の新滑走路の完成と再国際線化が〇九年に行われることが決まった。この時点で成田のアジア便の大半が羽田に移り、成田の暫定滑走路の使い道はなくなる。
 また、民営化後の成田空港の経営が成り立つためには、欧米と貨物便の大幅な増便が条件だが、これはほとんどすべてが大型機で運航される。現在の四〇〇〇b滑走路(年間十三万五千回が上限)一本だけでは、増便に絶対的な限界がある。暫定滑走路の二五〇〇b化(暫定路による北ずらし分もふくめ実際は三三〇〇bになる)がここでも絶対条件なのである。
 そして二五〇〇b化に成功しなければ、民営化の最大の目的である株式上場もできなくなる。「民営化前までに二五〇〇b化のメドが立たない状態は許されない」と黒野匡彦・空港公団総裁がくり返す理由がここにある。
    *
 いったん民営化した後は、暫定滑走路の延長は不可能となる。一民間企業となる空港会社が三里塚闘争と対峙しこれを破壊することは到底不可能だ。
 現在でも収入の一割=百五十億円を警備費に費やしているのが成田空港である。国家予算による湯水のような買収費を投入して行ってきた従来型の切り崩し攻撃も不可能となる。
 民営化をめぐる政府・空港公団の危機は深い。彼らに突きつけられている現実は成田空港建設三十八年の最後的失敗が確定しかねないという問題だ。早晩、なりふり構わぬ闘争破壊攻撃を始めるだろう。
 またこの攻撃は、有事法制の成立でイラクや北朝鮮への派兵基地となることが決まった成田空港軍事基地化と一体のものだ。反戦の砦・三里塚を守りぬこう。10・12集会を決戦勝利の総決起集会として成功させよう。

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週刊『三里塚』(S640号1面2)

 軍事基地を包囲せよ

 「生ある限り闘いつづける」 北原 鉱治さん ●反対同盟事務局長

北原鉱治さん 反対同盟事務局長 今年の六月に成立した有事法制によって日本の社会は一変した。成田空港はいつでも米軍の軍事基地に転用されることが法律で定められた。
 私たちが口をすっぱくして警告してきた「軍事空港・成田」の危険が目の前に立ち現れた。第二次大戦で侵略戦争に参加していった経験を持つ私は、「二度とあの残酷な戦争をくり返してはならない」と固く心に誓った。
 この思いが私を突き動かし、今日までの三十八年間をたたかわせてきた。私の眼前で、成田空港が軍事基地に転用される現実を許すことができない。
 イラクでは抵抗闘争がつづき、アメリカ軍を翻弄している。イラク戦争は第二のベトナムになろうとしている。にもかかわらずアメリカのブッシュは「イラクの次は朝鮮だ」と公言して戦争準備を進めている。
 だから成田を軍事基地として動員する必要が出てきた。
 「反戦・反権力」を叫んで前進してきた三里塚闘争の責任は重大だ。われわれが健在であるかぎり、成田を軍事基地に使用させることは絶対に阻止する。
 成田空港周辺からこうした強固なたたかいを根絶する意図をもって、空港公団は、新たな攻撃の構えを強めている。
 中でも重大なのが暫定滑走路を北側に延長して、ジャンボ機を飛ばして、反対農民を追い出そうという攻撃だ。実は「北延伸」ではジャンボ機が飛べない。純然たる脅しのための工事だ。
 それでも公団の黒野総裁はこの五月、「少なくとも二〇〇七年の株式上場までには二五〇〇b化にメドをつけなければ責任を果たせない」といい「北側延伸工事の完成まで三年かかる。だから今年の秋が決断の時だ」と農民を脅した。
 来年四月の空港民営化という事業は彼らにとって想像以上に大変な作業だ。「株価をつり上げて莫大な収入を得よう」との思わくで始めたはいいが、空港反対闘争をかかえた民営会社の株価が上がるわけがない。しかも、いったん民営化したら滑走路の延長はもう不可能という危機感を彼らは持っている。
 昨年末から今年にかけて重大事故が連続したことも致命的だ。もっとひどい事故が起きるだろう。欠陥滑走路の実態が世間に暴かれ始めた。「暫定滑走路は閉鎖すべきだ」という主張が説得力を持ち始めている。
 騒音に身をさらし、あくまで国家権力の犯罪行為を告発するという人生の選択をした三里塚農民の闘志が公団を追いつめている。
 だからこそ、北側延伸などなりふりかまわぬ闘争破壊攻撃を開始している。
 三里塚闘争は空港民営化をめぐる攻撃の強まりに対し、新たな決戦に入ります。われわれは生命あるかぎりたたかいつづける。これは人間としての誇りをかけた行為だ。
 今年の三月にアメリカから反戦団体ANSWERの代表のリンさんを招いた。彼女が言った言葉「敵はバクダッドにいるのではない。ワシントンにいるのだ」という言葉に感銘を受けた。
 あの一見強大なアメリカの足元で労働者のこのような反撃が始まっている。全世界で二千万人もの労働者市民が立ち上がった。時代の変化を感じる。国際的に連帯した反戦闘争がますます発展する時代だ。世界の人びとと固い連帯を勝ち取っていきたい。
 三里塚は新たな決戦に進むにあたって10・12全国集会への大勢の参加を心より訴える。

 三里塚のように闘う時代

 「北総大地は激動の季節」 萩原 進さん ●反対同盟事務局次長

萩原進さん 反対同盟事務局次長 国家権力のメンツをかけて行ってきた三十八年間の成田空港建設が無惨な「失敗」の烙印を押されようとしている。民営化を前にして、暫定滑走路が暫定のままで固定してしまう窮地に追いつめられている。“親方日の丸”の空港が民間資本に移る。こんな欠陥滑走路で営業になるわけがない。莫大な投資をして売掛金が一銭も回収できない状態に陥る。
 航空会社にも愛想つかされてアジア便は羽田に移る。社会的にも成田の失政が決定的な形で暴かれる瞬間が近づいている。三十八年間の農民殺しの因果がめぐってきた。だから公団は何が何でも反対派農家をたたきだそうと焦っている。俺らを抹殺できなければ彼らは犯罪者だ。農民殺しの歴史が満天下に明らかになる。だから一坪共有地を強奪する裁判を始めたり、東峰部落を全部つぶして貨物地区を造るなんてアドバルーンを挙げてみたり。無意味な北側延伸を脅しとして使うこともやっている。
 三里塚闘争は農民闘争だ。土地を武器にたたかう。そして実力闘争。国家権力が相手だから、そもそも実力でたたかわなければ闘争は成り立たなかった。三里塚はこれまで世の中で突出していたかもしれないがこれからの時代は違う。三里塚の状況が当たり前になる時代がきた。
 団結し力を結集し、逮捕を恐れずたたかう考え方がなければ、ささやかな権利さえも守ることはできない。そういう時代です。だから三里塚はすべての労働者人民との連帯を求めている。三里塚闘争の地平と経験がものをいう時代。
 軍事空港の問題だってそうだ。成田が軍事空港なんてありえないと新聞は書いてきた。それがどうか。朝鮮有事の際には米軍が強制的に使うことになった。有事法制ができて、空港の労働者は強制的に動員される。法律に従えばこれに反対できない。国家に逆らう覚悟がなければたたかえなくなる。だから三里塚のようなたたかいが意味を持ってくる。
 公団は民営化というタイムリミットに焦っている。だから“最後の攻撃”に出てきている。こっちの時間は無限だ。今秋から来春にかけて北総台地は激動の季節に入ります。

 暫定路は国家犯罪だ

 「短いままでは民営化ムリ」 市東 孝雄さん ●敷地内・天神峰部落

市東孝雄さん 敷地内・天神峰部落 世間では、すでに成田空港が完成したと思っている人が多いようだが、厳しいのは空港公団の方だ。来年四月から民営化への移行が始まるという。だけど滑走路が短いままでは無理でしょ。民営化すれば「情報公開」しなけばならない。いかにひどい滑走路かという実情が明らかになってくる。二度起きた事故もさらに頻発する。雪印だってハム会社だって、事故や不正でつぶれる。そういう問題がぞろぞろ出てくる。
 元パイロットの人が現地調査にきてくれて、裁判でも証言してくれた。とんでもない欠陥滑走路だということだ。そもそもわれわれの目の前でジェット機を飛ばしつづけるというんだから、何をかいわんやだ。公団はジェット噴射の対策塀を拒否したまま。ブレーキで飛行機のタイヤが焦げるにおいもすごい。離陸時なんか、家の前でエンジンを目一杯ふかすから騒音だけでなく振動もひどい。
 でも私は負けません。あくまでこの地で生き抜く。国家権力にたてつくのは大変なことだけど三里塚は常識を打ち破ってきた。その蓄積がこれから物をいうと思う。世の中が変わる実感がする。

 やはり社会主義だよ

 「世の中根本から変えるべき」 鈴木 幸司さん ●本部役員・中郷部落

鈴木幸司さん 本部役員・中郷部落 靖国神社参拝や教育基本法の改悪、憲法の改悪攻撃。国全体が戦争の雰囲気になっている。天皇制教育の下で戦争に徴兵された自分の二十歳の頃を見るようだ。「お国のために命を捧げ靖国神社で会おう」というのが合言葉だった。
 狩り出されるのは若い労働者であり学生。犠牲が彼らに集中する。侵略戦争を絶対にくり返させない、ということを戦争体験者の責任として強く決意している。
 拉致問題を利用した排外主義の扇動もがまんならない。拉致、拉致というが、日本帝国主義がどれほどの朝鮮の人びとを拉致・虐殺したか。この歴史を見すえることが一切の前提じゃないか。
 こういう世の中を変えるには、資本主義なのか社会主義なのかという、根本的なところから変革していかなければ問題が解決しない、と最近思い始めている。政府を打倒しなければだめだ。共産党のように転向した立場では、労働者や農民の運動の妨害になるだけ。三里塚のようにたたかうのが当たり前の時代になった。何のために三十八年間たたかってきたのか、俺はいつも心に銘記している。私欲のためでは反対運動はできないし、つづかない。たたかいが人を作る。
 民営化が目前ということで、公団は切羽つまった攻撃に出てきている。空港反対闘争をかかえたままでは、投資家は民営会社の株を買わない。だからそれまでに反対闘争を潰そうというわけだ。
 三十八年たたかってきて、迷うものは何もない。空港を潰すまでたたかうのみ。十月集会を新たな決戦の勝利の第一歩にしたい。

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週刊『三里塚』(S640号1面3)

 10・12全国総決起集会招請状

 全国の闘う仲間のみなさん。来年四月の空港公団民営化が迫る中、三里塚闘争は暫定滑走路延長攻撃と闘う決戦に突入しました。この闘いは有事法制による民間空港の軍事基地化を阻止する闘いでもあります。私たち反対同盟は、十月十二日に全国集会を開催し、四月民営化に至る切り崩し攻撃との闘いに総決起する決意です。みなさんの結集を訴えます。
 七月十一日、成田国際空港株式会社法が成立しました。来年四月をもって空港公団は全額政府出資の特殊会社となり、三年後の〇七年に株式上場(完全民営化)を予定しています。羽田国際化は、新D滑走路の建設決定をもって本格的に動き出しました。成田空港は現在、政府の行財政破綻がもたらした公団民営化と、航空政策の全面転換による羽田国際化によって窮地に陥っています。
 周知のように暫定滑走路は短かすぎてジャンボ機が飛べず、国際線は一部のアジア便を除いて就航できません。重大事故が続発する欠陥空港です。しかも羽田国際化でアジア便の大半が羽田に移れば、暫定滑走路は使い物にならず経営上の重荷ともなるのです。黒野総裁は「民営化までに二五〇〇メートルにめどをつける」と発言し、延長強行の衝動をあからさまにしています。
 攻撃はすでに始まっています。東峰地区に対しては、民家上空四十メートル飛行を背景に「買収に応じなければ北側に延伸し二五〇〇メートルにしてジャンボ機を飛ばす」と脅迫しています。その工期を三年としてこの秋にも決断すると言って圧力を加えています。天神峰ではジェットブラストによる追い出し攻撃が続いています。対策フェンスのかさ上げ要求を空港公団は拒否し、成田市はこの住民無視を放置し加担しています。東峰神社裁判では、被告・空港公団が東峰区住民に対して和解を申し入れてきました。原告の全面勝訴が立証されつつあることに恐怖した公団の敗訴逃れの動きです。公団の策動をひとつひとつ打ち破り暫定滑走路延長攻撃を粉砕する決意です。
 有事法制とイラク新法で戦後の日本は一変しました。朝鮮半島危機のなかで、民間空港を侵略出撃の基地とする軍事空港化の攻撃が現実のものとなってきました。
 成田空港は指定公共機関とされたことから、有事にあってはいつでも軍事基地に転用されます。新たに発表された朝鮮侵略のための米作戦計画では、来援米軍の規模は五十万から七十万へと拡大修正されました。この基地の安定的供給のために三里塚闘争破壊の治安攻撃が強まることは避けられません。
 バブル崩壊後の不況は深刻さを深め、その矛盾のすべてが首切りと賃下げ、増税と社会保障制度の改悪となって私たちの生活を脅かしています。連合労働運動が右翼的転換に走るなかで、戦闘的な労働者の決起がひろがっています。
 反対同盟は動労千葉を始めとする闘う労働組合と連帯して闘います。全世界で高まる反戦運動と連帯して、アフガニスタン、イラク、パレスチナにおける侵略行為と虐殺を弾劾し、朝鮮侵略のためのあらゆる準備を阻止するためにたちあがります。米反戦団体ANSWERのよびかける十・二五統一行動に総決起しよう。十・一二全国集会は、暫定滑走路延長阻止の決戦であり、侵略戦争阻止のための総決起集会です。十・一二三里塚に全国から総結集されるよう訴えます。
 九月十日 三里塚芝山連合空港反対同盟

(会場案内)
▼JR成田、京成成田駅からタクシーで「東峰十字路」まで二千円
▼車は成田インターから国道二九五号線に入り芝山町(空港)方向。日航ホテル手前で小見川県道を小見川方向。「東峰十字路」へ

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週刊『三里塚』(S640号1面4)

 暫定滑走路延長阻止、軍事空港廃港へ

 10・12全国総決起集会

 10月12日(日)正午
成田市東峰・反対同盟員所有地
【主催】 三里塚芝山連合空港反対同盟

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週刊『三里塚』(S640号1面5)

 冷夏に負けず稲刈り完了

 敷地内東峰の萩原進さん宅で九月七日、稲刈りが行われた。冷夏のため例年より一週間遅れ。収量は三割減だが味も粒も良好。秋の闘いへ準備は万全だ。

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週刊『三里塚』(S640号1面6)

ピンスポット “成田を基地にする”

 扇国交相が国会で明言

 成田空港株式会社法案の質疑で扇千景国土交通大臣(写真)が「有事の際には成田空港を軍事基地に転用する」旨の答弁を行っていたことが明らかになった。
 問題の発言は六月十一日の参議院本会議。民主党の議員から「成田空港が民営化された場合でも有事の際の自衛隊使用はできるのか」と聞かれた扇大臣は「成田空港は、武力攻撃事態法の指定公共機関にされているから、民営化されても有事の際に適切な対応ができる(自衛隊や米軍に提供する)」と答弁したのだ。歴代の運輸相は「成田の軍事使用」について一貫して否定してきたがすべてウソ。反対同盟の主張の方が正しかったことが明確になった。

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週刊『三里塚』(S640号1面7)

団結街道

 夏復活。八月の冷夏の分を一気に取り戻すような暑さだ。それでも朝夕の北総台地は秋の空気。何もかけずに寝ていると、日の出の頃、くしゃみとともに目が覚める▼天変地異。春先は矢鱈(やたら)と暑かった。そして冷夏と長雨。台風にも何度か畑を痛めつけられた。夏野菜の定番、ナスやキュウリ、ピーマンなどは一時期、八百屋の店頭でびっくりするような値段がついていた▼三里塚名物の落花生やサツマイモも冷害にあった。長雨による水害(病気)も一部で出ている。それでも苦難から育った野菜の味は驚くほど良い。サツマイモの初物を蒸して食す。甘くてホクホクだ。香り高い新落花ももうすぐだ▼一転、夏復活。雨乞いの踊りでもやりたくなる。秋野菜の植付けがほぼ一巡するも雨が降らない。散水施設のない一部の畑はタンクで水を運んで撒くのに苦労している。まことに農業の道は険しい▼収穫の秋。心配したが、田んぼの稲の収穫はまずまずだ。収量は三割ほど減ったが実入りは良く味も上々。各農家秘伝の工夫も随所に生きていると聞く。北総の味覚“総乙女”。やはり新米の味はこたえられない▼九月の記憶。空港の東側に隣接する東峰十字路。ここで機動隊三人がせん滅された七一年9・16闘争から三十二年が経過した。あの時、北総大地には農地取り上げに対する農民たちの怒りが充満していた。警官は一人で外を歩くことも出来なかった。現在のイラクのようなものだ▼軍靴の響き。成田空港から自衛隊のイラク派兵が決まった。戦場に夕闇迫る秋の空。嵐の前の静けさなりけり。

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週刊『三里塚』(S640号1面8)

 闘いの言葉

 ブッシュは政府民営化で85万人の首を切る計画だ。加州だけでも10万人の教育労働者がレイオフされた。鉄鎖以外失うものなし。動労千葉と連帯し闘う。
 03年4月 米港湾労働者連帯委 スティーブ・ゼルツァー 

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週刊『三里塚』(S640号2面1)

 9・11から2年 あの時何が起こったか

 血みどろの歴史の帰結

 「どちらが先に手を出したか?」

 「9・11」から二年。支配階級や商業マスコミは9・11を「同時多発テロ」と呼ぶ。この非歴史的な呼称からは事件の本質(特殊な形だが歴史的理由のある反米ゲリラ戦争)は何も見えない。彼らは9・11を、平和な街に突如として襲いかかった悪魔の仕業と描く。そこから導かれる結論は、自由と民主主義を守るための「テロとの戦い」だ。その実態は何か。アフガニスタン〜イラク侵略戦争は何を示したか。侵略と殺りくの世界的拡大である。アメリカ帝国主義は、9・11を導いた原因を限りなく拡大再生産している。日本は帝国主義国としての延命をかけて参戦の道を走り出した。中東・ムスリム人民と連帯し、自衛隊のイラク派兵を阻止しよう!
(写真 第2次大戦後、世界で1千万人を殺し繁栄を謳歌してきたアメリカ。そのシンボルに対して中東・イスラム人民の怒りが爆発した)

 「反米」憎悪は臨界点

 資源・富の略奪、貧困強

 ブッシュや小泉は「対テロ戦争」だという。だが彼らには「テロの撲滅」は不可能である。9・11は単なる晴天の霹靂(へきれき)ではないからだ。それは長い長い帝国主義の侵略と殺りくと略奪の歴史から必然的に紡ぎ出された、ひとつの帰結に過ぎない。
 また帝国主義国内の一部の革新政党などが語る「テロにも戦争にも反対」というスローガンも歴史的認識を欠き、事態の本質を隠す物言いだ。「テロ」と「戦争」は同列ではない。
 9・11の後、アメリカが首謀者と断定するビン・ラティン氏の発言が伝えられた。「どちらが先に手を出したか?」
 中東問題において、これは重要な問い立てである。
 パレスチナをはじめとする中東イスラム社会は、帝国主義とその手先によって長い間一方的に殺され続けてきた。一九四八年の建国以来、イスラエルは数々の虐殺事件を重ね、占領地域を勝手に拡大してきた。このイスラエルを大量の兵器供与などで支え続けているのがアメリカだ。
 中東・アラブの人民は以来五十数年間、アメリカとその全面的な後ろ盾を得たイスラエルによって徹底的に痛めつけられてきた。
 こうしてアメリカは植民地主義に反対する人々を抑えつけ、石油資源を支配し、空前の°繁栄″を謳歌してきた。中東・イスラム社会がアメリカを憎悪するのは当然なのである。
     *
 国内「平和」を謳歌してきた帝国主義本国では意外と認識が薄いが、石油は工業国家の動力源であり生活の源である。そして°最強の帝国主義″=アメリカ支配階級にとって、石油は歴史的に一貫して膨大な富と権力、世界支配の源泉であった。第二次大戦の敗戦から復興を果たした日本も、その恩恵に全面的に浴している。
 日本への石油供給国の九割近くが中東諸国だ。この新聞活字のインキの原料も中東生まれ。ありとあらゆる書物、映画フィルム、ビデオテープ、ガソリン等の燃料類、自動車の部品、道路のアスファルト、電線や電話線、パソコンや携帯電話、電卓の部品、すべての家電製品、染料・塗料、建材・家具、医薬品や義歯、そして衣料品…。もっと身近にはサンダルや傘、バケツ、台所用品、ラップ、シューズ、セロテープ、めがねレンズ、ボールペン…。
 石油は原料として住まいの隅々に入り込んでいる。そして何よりも石油は航空・宇宙・軍事兵器の中枢エネルギーである。
 こうして消費される石油の量は、日本では一人一日当たり一升瓶で三本分(世界第二位)にもなる。われわれはそうした生活を送っているのだ。
 そして断トツで一位の石油消費社会アメリカでは、何と一人平均で一升瓶六本分。日本人のちょうど二倍の石油を消費している。これが中東支配のために手段を選ばないアメリカの実情である。
 強調すべき点は、石油が生み出す(帝国主義の)富の大きさだ。そして富は権力と支配の源泉である。
 この石油資源を安価に独占的に確保するために、アメリカは一貫して中東諸国への軍事的介入を行い、意に添わぬ政権を倒し、反動的な独裁政権を支援し、軍事基地国家=イスラエルの「安全」のためにパレスチナ人民を苦しめ、膨大な数の民衆に貧困を強いてきたのだ。アメリカに付き従う日本帝国主義も十分に加害者の仲間である。
 「貧困」がテロの温床、などとブルジョア・ジャーナリズムはいう。これは見当違いだ。圧倒的な格差と貧困を生み出してきたのは帝国主義の侵略と殺りく、略奪の歴史だ。それが人民の怒りを蓄積し「テロ」を生み出しているのであって、その逆ではない。
 われわれは、二〇〇〇年九月十一日に十九人ものアラブの青年戦士が自ら死地に赴いた理由が、帝国主義の侵略と殺りくの歴史に対する、耐え難いまでに蓄積された怒りであることを知るべきである。プロレタリアートの国際的連帯と解放という世界史的な課題も、この問題を通過するなかでしか語れない。9・11はそのことを衝撃的につきだしたのである。

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週刊『三里塚』(S640号2面2)

 途方もない殺戮の歴史を見よ

 1千万人殺したアメリカ

 「テロ」と戦争は同列で語れない

 第二次大戦後、世界中で一千万人以上がアメリカの軍事行動で殺されてきた(朝鮮戦争での朝鮮人・中国人の死者数=約三百万人を含む)。アジアで、中東で、アフリカで、中南米で…。他国の土地での殺りく。まごうかたなき侵略戦争だ。
 こうして殺した人間の数はアメリカ本国では決してカウントされない。歴代のアメリカ政府は、自らの手で殺してきたこれら膨大な犠牲者に、一度たりとも哀悼の意を表したこともない。
     *
 これらの戦争と殺りくの性格は大きくわけて二つある。ひとつは石油その他の資源獲得のための植民地支配(新植民地主義的支配)の維持。これによって中東諸国の人々はおびただしい血を流し続けた。そして資本主義的市場(金融市場と商品市場)を維持・拡大するための「社会主義」国の転覆、社会主義化の阻止である。
 大戦後のアメリカの°繁栄″は、こうした侵略戦争を世界中で遂行し、それによる途方もない犠牲を相手国に強いることで成り立ってきた。
 朝鮮戦争特需に始まる戦後日本の°平和と繁栄″も、完全にこの脈絡の中にある。そして「後進国」といわれる地域の貧困問題は、例外なくこの帝国主義による殺りくと富の収奪によって強制されてきた。
 例えばアフリカでレア・メタルを掘り出す過酷な労働に従事する人々。彼らはただ同然の価格で資源と労働を収奪・搾取され、それが帝国主義国のIT産業などで信じられない富を生み出している。現地の労働者はその希少金属が何に使われているかも知らされていない。彼らは常に帝国主義の介入による内戦など戦争の犠牲者だ。
     *
 殺され続け、奪われ続けてきた側の人々の間に蓄積された怒りの大きさを想像してみよう。9・11の反米ゲリラは、そのほんの一端が爆発したに過ぎないことが分かる。

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週刊『三里塚』(S640号2面3)

 米は海外で何人殺してきたか?

1948年5月  アメリカの国家的な支援の下、パレスチナ人大虐殺と追放によるイスラエル建国が強行された。米の中東(石油)支配の要として。以後50数年、米の対外軍事援助の筆頭がイスラエル向け。イスラエル軍による膨大なパレスチナ人虐殺(国家によるテロル)と400万人の難民発生の責任をアメリカは全面的に負う立場だ
1953年4月  イランで欧米の石油産業国有化を進めたモサデク左翼政権を転覆するクーデター。米CIAと英情報部が全面的に主導した軍事作戦だった。死者数不明
1964年8月  米軍の北ベトナム爆撃開始。以後75年のサイゴン陥落(米敗退)までに化学兵器やナパーム弾など大量破壊兵器を全土で使用。ベトナム人300万人以上(!!)を殺した
1965年6月  インドネシアでスハルトの反革命クーデターを米CIAが支援。50万人の左翼勢力を虐殺した。97年の金融危機(米金融資本による略奪)後、スハルト退陣を求める労働者・学生の闘いが高揚。これに対し、米国で訓練された特殊部隊が軍事クーデターを企て「反華僑」の民族差別暴動を組織。1200人余を虐殺した
1973年9月  米CIAの介入でチリの左翼政権転覆のクーデター。米大企業の国有化などを進めてきたアジェンデ大統領は国会内で射殺。新政権は3000人以上の人民を処刑した
1975年〜93年  アンゴラへの西欧の植民地政策に反対する民族解放闘争をアメリカが鎮圧に乗りだし長期内戦化。死者50万人の惨状を生んだ
1980年5月  全斗喚の軍事クーデターに反対する光州の学生・労働者の闘い(光州人民蜂起)を軍が鎮圧。3000人が虐殺された。この作戦は米カーター政権の全面的な承認を得ていたことが後に判明
1980年代  ニカラグアのサンディニスタ左翼政権転覆のためにアメリカは反共組織コントラを全面的に軍事支援。大量の民衆を殺りく
1980年代  エルサルバドルでアメリカの傀らい・ドゥアルテ政権と民族解放戦線の内戦。米国内で訓練を受け武器を供与された極右暗殺集団が民衆を虐殺。75000人以上が死亡
1980年〜88年  アメリカの軍事支援を受けたイラク(フセイン政権!)がイランに侵攻し、イラン・イラク戦争始まる。アメリカの中東支配とイラン革命絞殺が目的。双方で百万人が死亡。アメリカはフセイン政権に化学兵器の技術供与。83年と88年のクルド人虐殺を黙認した
1983年10月  カリブ海・グレナダの左翼政権転覆で米軍が侵攻。市民400人以上が死亡
1989年12月  アメリカがパナマに侵攻。パナマ人500人以上が死亡
1991年1月  湾岸戦争。アメリカはイラク・フセイン政権のクウェート侵攻を直前まで容認姿勢。侵攻後直ちに多国籍軍による侵略戦争を開始。イラク人15万人を殺した(米統計局調査)。以後の過酷な経済制裁で50万人の子供と病人が死亡
1993年6月  ソマリアに米海兵隊が上陸。1000人以上のソマリア人が死亡
1999年3月24日  米空軍を中心とするNATO軍がユーゴスラビア空爆。2500人を殺した。これに先立つユーゴ内戦で米はコソボ解放軍(KLA)に軍事訓練と援助を与え、95年の虐殺作戦(セルビア人数百人が死亡。10万人が土地を追われた)を支えた
※2001年9月11日  ニューヨークWTCビルとワシントン(国防総省)で、19人のアラブ青年戦士たちが自爆反米ゲリラ闘争
2001年10月7日  米がアフガニスタン侵略戦争開始。民間人だけで3000人以上を殺りく
2003年3月19日  米が対イラク戦争開始。イラク軍の戦死者3600人以上(朝日)。民間人死者は約2500人(イラク・ボディ・カウント統計)。開戦の口実となった「イラクの大量破壊兵器」はなかったと判明した

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週刊『三里塚』(S640号2面4)

 永井さんら三里塚訪問

 反対同盟 9・29関西集会参加へ

関西実行委員会の永井満代表、加辺永吉世話人、安藤真一事務局長が、三里塚現地を訪れた 九月十五日、関西実行委員会の永井満代表、加辺永吉世話人、安藤真一事務局長が、三里塚現地を訪れた。10・12三里塚全国集会に向けた9・29関西集会のための現地報告(ビデオ・写真撮影)の作成と反対同盟への激励と交流である。
 昼休み、萩原進さん宅で現地の状況説明を受けた。萩原さんは「『暫定』という欠陥滑走路を延長させず、短縮のまま固定するたたかいに手応えを感じている。公団は来年の民営化を控えて激しい攻撃に出てこざるをえない。北側延伸攻撃が中心。この秋から来春へ、さらにその先の株式上場過程へ三里塚は決戦に入る」と強調。
(写真 萩原進さん宅で現地の状況説明を受ける右から安藤真一さん、永井満さん、加辺永吉さん)
 永井さんが北延伸攻撃の実態を聞いて「滑走路として意味のない工事をやるとはひどい」と驚きの声を上げた。加辺さんも「三里塚に来ると勝利を実感できる。公団は追いつめられてめちゃくちゃなことをやろうとしている」と憤慨。安藤さんは「だから東峰裁判で和解という変化球を投げてきてるんですね」と納得顔。
 一同は全学連現闘の案内で次に市東孝雄さんを激励に訪れた。「騒音、振動、ジェット噴射。ほんとにひどいことをやってくる。公団はフェンスのかさ上げも拒否している。親父の跡を継ぐと決意した以上、意地でも負けられない」と市東さん。
 関西実の仲間はこの後、市東さん宅の空港監視台、東峰神社、開拓道路、東峰部落内など敷地内の現状を確認。頭上四十bの飛行、ジェット噴射、私服警察の監視、ガードマンの威圧など敷地内に住む農民への叩き出し攻撃に怒りを新たにしていた。
 最後に北原鉱治事務局長宅で激励と交流。永井さんが市東さん宅で孝雄さんの決意にふれたことを話し「孝雄さんのような後継者が現れたことは、天が三里塚に味方している」との実感を語った。
 事務局長は「関西の仲間の支援があればこそ三里塚も三十八年間たたかってこれた。生ある限りたたかいをまっとうします」と応えた。
 最後に関西の仲間は「9・29集会には市東さんに来てもらって大成功させます。その力で10・12全国集会の大結集をかちとりましょう」と誓い合った。
(写真 東峰神社では頭のすぐ上を離陸するジェット機を見る)

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週刊『三里塚』(S640号2面5)

 三芝百景 三里塚現地日誌 2003

 9月3日(水)〜9月16日(火)

●一坪共有地強奪裁判で公判闘争 空港公団が「民法で農民の土地を奪う」趣旨で提訴した一坪共有地強奪裁判の内、北原鉱治事務局長、木内秀次さん持ち分に関わる裁判が千葉地裁で行われた。反対同盟は「一坪共有地は『三里塚周辺に土地をもつ会』という組合有であって、個人が勝手に売買できる性質のものではない」と主張し、証拠として1966年段階の即決和解調書10点などを提出した。(3日)
●萩原さん宅で稲刈り 敷地内・東峰の萩原進さん宅で稲刈りが行われた。冷夏のため例年より1週間遅く、収穫も3割減。それでも味も粒も良いとのこと。(7日)
●10・12集会招請状出る 10・12集会への参加を呼びかける反対同盟の招請状が発出された。「4月民営化にいたる切り崩し攻撃との闘いに総決起する」と大結集を呼びかけている。全国への発送作業も12日に行われた。(10日)
●7月の旅行者40%減 成田空港を利用した7月の海外旅行客が前年比40%減であることが発表された。航空不況と新型肺炎の影響から脱却できず。(12日)
関西新空港に反対する関西実行委員会の永井満さんらが三里塚現地を訪れ、反対同盟を激励した●鈴木さん、一坪共有地強奪裁判に 一坪共有地強奪裁判の内、鈴木幸司さんの持ち分に関わる公判が闘われ、本人が出廷して闘った。この日も和解調書など11点の証拠を提出した。(12日)
●全学連大会に北原事務局長 東京・文京区民センターで行われた全学連の第63回大会に反対同盟から北原事務局長がかけつけて連帯のあいさつを行った。事務局長は「私の青春時代は、第二次大戦で奪われたが、それと同じ時代が到来しようとしている。若い君たちが徴兵される。悲惨な戦争の時代を再現させないため、新たな未来を開くため諸君に期待する」「10・12集会で再会しよう」とあいさつし激励した。(13日)
●鈴木さん宅でも稲刈り 芝山町中郷部落の鈴木さん宅でも稲刈りが始まった。鈴木さん宅では田が数カ所にあるため、作業はまだまだ続く。冷夏にもかかわらず収量はまあまあとのこと。(14日)
●関西実が反対同盟激励 関西新空港に反対する関西実行委員会の永井満さん、加辺永吉さん、安藤真一さんが三里塚現地を訪れ、反対同盟を激励した。「9月29日の関西集会を成功させ、10・12集会を盛り上げます」と約束した。(15日=写真)

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