SANRIZUKA 2010/02/15(No793 p02)

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第793号の目次

市東さん宅の看板を建て替えて記念撮影(1月27日)

1面の画像
(1面)
市東さんの看板建て替えで反撃
2・13検修・全面外注化阻止全国集会の力で
現闘本部の反動判決粉砕へ 2・25
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鈴木さん一坪裁判 目的はNAAへの転売
「公共性」のペテン暴く
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2・25現闘本部決戦へC  “忌避”で仲戸川と対決
証人調べ取り消しを粉砕  NAAが突然の「訴状訂正」
記事を読む
「藤崎メモ」を徹底追及
2・1市東耕作権裁判 NAAの2図面、正反対
記事を読む
ピンスポット 動労千葉スト決起集会に檄布
北原さんが手渡す
「車の両輪」の絆さらに強く
記事を読む
 コラム 団結街道 記事を読む
現闘本部の竹林伐採弾劾せよ 記事を読む
闘いの言葉 記事を読む
(2面)
動労千葉 2・1〜2ストを貫徹
2・13へ5000の隊列を  第2次分割・民営化阻止だ!
記事を読む
2・16市東行訴・農地法裁判へ
「不在地主」居直り許すな
記事を読む
国際連帯は今、世界を揺るがす  韓国、アメリカで闘い続く
龍山惨事1周年に5000人  アリゾナで移民の権利要求デモ
記事を読む

北総の空の下で北総の空の下で

“辛み”は自己防衛

冬大根の魅力

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三芝百景 三里塚現地日誌 2010  1月20日(水)〜2月2日(火) 記事を読む
階級的敵がい心を貫く 戸村思想を学ぼうF
戸村一作の生涯(下)  富里空港反対に決起
「農民と共に生きる決意する」
記事を読む

週刊『三里塚』(S793号1面1)(2010/02/15)

 市東さんの看板建て替えで反撃

 2・13検修・全面外注化阻止全国集会の力で

 現闘本部の反動判決粉砕へ 2・25

 世界大恐慌と日帝危機が深まる中、JR検修業務全面外注化阻止決戦が動労千葉の2・1〜2ストをもって火ぶたを切った。この闘いと一体となって三里塚2010年決戦も白熱化している。反対同盟は1月27日、この決戦勝利への決意をこめて市東さん宅わきの看板の建て替え闘争を行い、翌日、鈴木一坪裁判闘争と共に、仲戸川裁判長に対する現闘本部裁判の弁論再開の申し立てを行った。一方空港会社は、現闘本部の竹林を伐採し、現闘本部撤去の構えを露骨にしている。2・25判決から3・28全国集会へJR検修外注化阻止決戦と一体の攻防としてかちぬこう。
 1月21日から22日にかけて、NAAは下の写真記事にあるように、天神峰現闘本部周囲の竹林を全面的に伐採する攻撃に出てきた。同時に、周辺フェンスに投光機を取り付けた。
 これは、千葉地裁仲戸川隆人裁判長と有無通じ、2月25日の現闘本部裁判における反動判決と現闘本部建物の強制撤去を結びつけ、反対同盟に屈服を迫ろうというデモンストレーションだ。
 現地では、機動隊車両、私服警察車両の展開が活発化し、激突の緊迫感が増してきている。
 反対同盟はこうした攻撃に対してただちに反撃を開始した。1月27日、市東孝雄さん宅の看板建て替え行動に決起し、「『第3誘導路計画』を許さない」と書き換えた。
 さらに1月28日、仲戸川裁判官が裁判長を務める鈴木幸司夫妻一坪共有地強奪裁判で、仲戸川本人を弾劾すると共に、裁判終了後、民事第5部に対して「現闘本部裁判の口頭弁論再開の申立書」を突き付け、その後記者会見を開いて、本部裁判における反対同盟の正義性を全面的にアピールした(記事別掲)。「われわれは微動だにしない。断固闘う」と宣言した。
 現地支援連も反対同盟の決起と一体となって、同日、早朝の千葉地裁前ビラまきを貫徹した。 三里塚闘争は1月冒頭から、天神峰現闘本部死守をめぐる大決戦に突入した。追いつめられているのは日帝・鳩山政権である。昨秋、前原発言を契機とし、日本航空の倒産という事態も加わって、日帝の空港・航空政策の惨状が、かつてないぶざまな形で、白日の下にさらけ出された。
 三里塚44年の死闘によって、国策の根幹をなす空港・航空政策が40年型の遅れを強制された結果、帝国主義としての体をなさないほどの危機にあることが明るみに出た。この空港・航空政策の危機突破の最大の課題が三里塚44年の闘い破壊であり、焦眉の急が「へ」の字滑走路の直線化問題だ。こうして現在、天神峰現闘本部裁判の判決と撤去攻撃、市東さんの3つの裁判と畑の強奪攻撃が闘いの焦点になってきている。
(写真 市東さん宅の看板を建て替えて記念撮影【1月27日】)

 正義は反対同盟に

 2月25日の現闘本部裁判の判決は「提訴棄却」の勝利判決しかない。それ以前に、仲戸川裁判長は反対同盟が1月28日に要求した弁論を再開すべきなのだ。現闘本部建物の中には登記された木造建物が現存しており、地上権、賃借権が確保されている。
 にもかかわらず、国家意志を体言して反動判決を策動する仲戸川裁判長に対し千葉地裁を包囲する2・25デモンストレーションにうって出よう。

 全階級的な激動へ 千葉地裁包囲しよう

 危機にかられているのは小沢・鳩山民主党政権だ。国鉄においても沖縄においても法政大学においても、そして三里塚においても、闘いの火花が一挙に全階級の決起につながることを死ぬほど恐れているのだ。
 その最先端として火を噴いているのがJRにおける検修業務外注化阻止決戦だ。この決戦と一体的に闘ってのみ三里塚2010年決戦も勝利できる。国鉄決戦の爆発はそれ自体が三里塚への巨大な支援だ。2・13全国労働者総決起集会の爆発をかちとろう。その力をもって2・25千葉地裁包囲デモ、反動判決粉砕へ猛然と決起しよう。

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週刊『三里塚』(S793号1面2)(2010/02/15)

 鈴木さん一坪裁判 目的はNAAへの転売

 「公共性」のペテン暴く

 1月28日、鈴木さんの一坪裁判闘争が闘われた。今回の弁論で鈴木さん側は、一坪共有地を奪う「公共性」としてあげていた県の物流基地構想がとっくに破綻していること、一坪強奪は単なる地上げでしかないことを詳細な資料で突きつけ、県側を追いつめた。
 一坪共有地裁判終了後、反対同盟は、千葉地裁民事第5部に対して天神峰現闘本部裁判口頭弁論の再開申立書を提出し、記者会見を開いた。
 会見で弁護団は「仲戸川裁判長は、空港会社が結審のわずか3週間前に行った『訴状訂正申立』に対する弁論要求を封じ、防御の機会を奪っている。さらに『仮執行宣言』付き不当判決を下すとすれば、証拠物(木造建物)の破壊のことであり、これは裁判所による証拠隠滅、控訴審段階における防御権のはく奪だ」と訴えた。
 萩原進事務局次長は、2・25天神峰現闘本部裁判闘争に向けて、決意と方針提起を次のように提起した。「裁判闘争は圧倒的な勝利だ。仲戸川裁判長はどうやって判決文を書くのか。ウソとでっち上げと詭弁で塗り固めない限り、反動判決は出せない。それでも出すというのなら、断固闘いぬく。証拠隠滅なんかさせない。それが権力犯罪だ、ということを満天下に明らかにする大闘争として、25日を闘おう。そしてどういう判決が出ようと我々は微動だにしないと構えて、現地における体制をつくっていこう」
 なお当日早朝、支援連絡会議は、裁判所前でビラまきを行い、「弁論を再開せよ! 防御の機会を奪ったままの不当な結審は許さない!」と仲戸川裁判長を弾劾した。

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週刊『三里塚』(S793号1面3)(2010/02/15)

 2・25現闘本部決戦へC

 “忌避”で仲戸川と対決

 証人調べ取り消しを粉砕

 NAAが突然の「訴状訂正」

 22回にわたった現闘本部裁判。第8回弁論以降は現闘本部建物の実地検証を行うかどうかを争点に、反対同盟が仲戸川裁判長への裁判官忌避を連発する激突となっていった。
 2005年10月26日の第8回弁論で、反対同盟側は決定的な物証である現闘本部土地の地代の領収書を証拠として提出した。これこそ1988年以降における有償での地上権、賃借権を確定させた証明だ。
 同年12月15日の第9回弁論で、本部建物の実地検証が具体的な争点となってきた。途中からNAA側も検証に同意する態度に変えてきた。これで本部建物の実地検証を阻むものはなくなった。とところが仲戸川裁判長は第9回弁論で「検証をやるかどうかについては保留する」と表明した。
 ここから、仲戸川裁判長の正体があらわになってきた。裁判長は、露骨にNAA擁護の態度を示すとともに、司法改悪の中で2003年に制定された「裁判迅速化法」も背景に早期結審策動を強めてきたのだ。
 2006年2月23日の第10回弁論で同盟側が地代の授受をあらためて証明したことに追いつめられたNAA側は5月13日の第11回弁論で「領収書は形だけのもの」なる“迷言”で言い逃れを図ろうとしたが失敗した。
 2007年になると仲戸川裁判長の早期結審策動との攻防が緊迫の度を加えた。7月19日の第17回弁論で、実地検証をあくまで拒否して結審を急ぐ裁判長に対し、反対同盟は「裁判官忌避」で対抗した。この結果、裁判は11カ月にわたって停止したのだ。
 2008年6月12日の第18回弁論。証拠調べに入ろうとする仲戸川裁判長の訴訟指揮を同盟、弁護団、傍聴団一体となって粉砕。9月25日の第19回弁論で仲戸川裁判長はついに検証要求却下の暴挙に踏み切り、証拠調べへの移行を強行。これに対して同盟側は2度目の裁判官忌避を行った。
 忌避審理中であるにもかかわらず仲戸川は、2009年3月12日、第20回弁論日の指定を違法に強行、しかも石橋恵美子証人他に対してビデオリンク方式での証人調べを強行しようとした。同盟側は出廷拒否で闘うと、仲戸川はいったん認めた同盟側証人3人の証人調べを取り消すという暴挙に出てきたのだ。
 しかし同盟側は4月23日の第21回弁論と6月25日の第22回弁論で北原事務局長、萩原事務局次長ら3人の証人調べを認めさせ、仲戸川裁判長の訴訟指揮の不当性を認めさせた。
 にもかかわらず仲戸川は弁論終結を強行、最終弁論を11月12日と指定した。そして10月になって重大事態が発生した。NAAは本部建物に付属する水道や水道ポンプなどを撤去対象からもらしていたのだ。このままでは上述の付属物が残ってしまい、「へ」の字誘導路の直線化はできなくなってしまう。急きょ10月になってNAAは「訴状の訂正」によって上記付属物に撤去対象を広げてきた。
 しかも仲戸川はこの「訴状の訂正」に対する同盟側の防御・反論の機会を一度も認めることなく、判決期日を2月25日に決定した。判決はいかなる意味でも提訴棄却以外にはありえない。
(つづく)
(写真 09年3月12日の千葉地裁包囲闘争)

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週刊『三里塚』(S793号1面4)(2010/02/15)

 「藤崎メモ」を徹底追及

 2・1市東耕作権裁判 NAAの2図面、正反対

 2月1日千葉地裁で、市東孝雄さんの耕作権裁判が開かれ、三里塚芝山連合空港反対同盟と支援の労働者・学生・市民70人が傍聴しともに闘った。
 市東さんが祖父の代から90年も耕してきた農地の一部を成田空港会社(NAA)が「不法耕作」としてその明け渡しの訴訟を起こしたのがこの裁判だ。 
 NAAは旧地主・藤崎政吉によるデタラメな「メモ」をもとに、市東家が一度も耕作していない土地を契約地(南台41−9)だと主張した。この点を追及されたNAAが今回出してきた準備書面は、「認否をしない」というものだった。つまり、まともな反論ひとつできないことを自認しながら「土地を買ったことは間違いない」とする、まさに強盗の居直りそのものだ。
 この弁論で市東さん側はさらにこの点の追及を踏み込んで行った。NAAが出してきている2つの図面が矛盾していることを突いたのだ。前述の「藤崎メモ」(1988年作成)と、同じく藤崎作成とされている「地積測量図」(1984年作成)では「41−9」畑について記載が正反対になっている。
 しかも、旧空港公団が1987年に千葉県収用委員会に出した収用裁決申請書の添付図も「藤崎メモ」と食い違っている。これらの点について弁護団が激しく追及すると、NAA側はまったく答えられなかったのだ。
 菅原崇裁判長は擁護しようとしたが、それを許さず追いつめた。
 閉廷後、千葉県文化センターで記者会見と報告集会が持たれた。冒頭に市東孝雄さんが「2月は大変忙しい月になる。私の裁判が16日にあるが、25日の現闘本部裁判判決が最大の山場だ。打って一丸となって闘おう」と簡潔な決意を表した。続いて弁護団が、法廷での応酬を解説した。萩原進事務局次長は、「市東さんの農地をめぐる問題は日本農業の問題そのものだ。動労千葉もストに入っている。 2・25現闘本部裁判判決へ向け闘おう」と奮起を促した。動労千葉の滝口誠さんはこれに応えて決意を述べた。終了後、動労千葉のスト決起集会に合流した。2月16日の市東裁判と2月25日の現闘本部裁判反動判決粉砕へ。
(写真 弁論終了後、記者会見・報告会で勝利を確認した【2月1日 千葉市】)

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週刊『三里塚』(S793号1面5)(2010/02/15)

ピンスポット

 動労千葉スト決起集会に檄布

 北原さんが手渡す

 「車の両輪」の絆さらに強く

 1月22日、「ライフサイクル第3次配転阻止、検修・構内業務外注化阻止、館山派出廃止絶対反対、国鉄1047名解雇撤回」を掲げて千葉市民会館で行われた動労千葉の総決起集会に、反対同盟から北原鉱治事務局長が参加して連帯のあいさつを行った。
 北原事務局長は車の両輪として共に闘ってきた歴史をふりかえり、検修業務の外注化阻止の闘いの正義性を訴えた。
 発言と共に、写真にあるように反対同盟の檄布を田中康宏委員長に手渡し、労農連帯の絆を再確認した(写真)。集会には各支部組合員と支援が360人が結集。総決起集会で長田敏之書記長は、「2月1〜2日に、すべての本線乗務員、運転職場、営業職も含めた第1波ストライキに突入する」と方針を提起し田中康宏委員長は、「外注化・子会社攻撃はあらゆる企業でやられてきた。ほとんどの労働組合がこうした攻撃の手先と成り下がってきた。外注化阻止決戦で、この流れを絶対に断ち切ろう。動労千葉の反合運転保安闘争路線の真価をかけ、その発展をかけて全力で闘いに立ち上がろう」と呼びかけた。
 終了後には全員が千葉支社前に移動して激しい抗議行動をたたきつけた。

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週刊『三里塚』(S793号1面6)(2010/02/15)

 コラム 団結街道

 「市東さんの農地取り上げに反対する会」が、昨年11月22日に行われた講演集会の報告集を1月29日に発行した日を経て講演集会を追体験することには独特の発見がある。第1部の「危機に立つ日本農業――恐慌のなかでの農地法改悪」と題する日本消費者連盟事務局長の山浦康明さんの講演が圧巻山浦さんは世界大恐慌の問題に鋭く切り込み、新自由主義政策がもたらした食の危機と開発輸入の問題、途上国支援の名で行われる大資本の投資、さらに民主党批判そして改悪農地法批判を展開、「食料に対する主権(基本権)」の確立が求められている、としめくくった吉川洋県議の「千葉県農政動向」の報告は、県内の耕作放棄地についてのレポート。第2部で房総稲作農家・小川浩さんが「農業現場からの報告」を行い、「市東さんの闘いが全国農民の未来を体現している」と強調三里塚からは市東孝雄さん本人が「農地を守る闘いにすべてを込める」と決意。「前原国交相発言と空港による地元農家の生活破壊」と題して反対同盟・萩原進事務局次長が「現在の不条理な政治の流れを食い止めたい」と言葉を強めている。第3部のディスカッションも手際よくまとめられているA4判で全編32ページの力作だ。奮闘に拍手を送る。「反対する会」は市東裁判にとってなくてはならない支援団体になっている。会計年度が1月に更新された。会員の拡大とともに旧会員は会費を納入しよう。

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週刊『三里塚』(S793号1面7)(2010/02/15)

 現闘本部の竹林伐採弾劾せよ

左が伐採前、右が後

 1月21日から22日にかけて、NAAは天神峰現闘本部脇の竹林を伐採する攻撃に出てきた。左が伐採前、右が後。これは本部建物撤去にむけたデモンストレーションだ。本部死守陣形を強化しよう。

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週刊『三里塚』(S793号1面8)(2010/02/15)

 闘いの言葉

 僕らの世代以上に大変な環境で働いている青年労働者が「動労千葉みたいに闘いたい」と決起し始めている。彼らと団結したい。
 動労千葉争議団 中村仁さん 

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週刊『三里塚』(S793号2面1)(2010/02/15)

 動労千葉 2・1〜2ストを貫徹

 2・13へ5000の隊列を

 第2次分割・民営化阻止だ!

 国鉄闘争破壊のための検修業務全面外注化・強制配転の攻撃に対して、動労千葉は、2月1日〜2日の48時間ストに決起し反撃の火ぶたを切った。反対同盟も支援にかけつけ2010年決戦の勝利を共に誓った。
動労千葉は2月1日早朝から、本線乗務員、検修・構内業務、営業職の全組合員が48時間の第1波ストに突入。この日に発した闘争宣言で「今日、われわれは新たな闘いに突入する。この闘いは第2次分割・民営化反対闘争だ」と高らかに宣言した。
JR千葉支社は2月1日付で、津田沼支部の滝厚弘運転士をライフサイクルで強制配転、さらに幕張支部破壊のために小沢勇副支部長を千葉検査派出へ強制配転した。
幕張支部ではこの4カ月間で、支部三役4人のうち3人が車両センター本区から強制配転されたことになる。こんなあからさまな組織破壊、不当労働行為がどうして許せるか!
スト1日目は、全組合員が2人の仲間への強制配転強行、そして鉄道業務を丸投げ外注化しようとしているJR東日本に対する怒りをたぎらせて、終日の行動を意気高く貫徹した。
業務の全面外注化が狙われている幕張車両センターは、早朝から怒りのアジテーションに包囲された。車両センター入り口に陣取った幕張支部組合員は、手に手にビラやプラカード、横断幕、支部旗を持ち、職場の仲間に「スト破りの不当な業務命令を拒否しよう! 動労千葉に結集し共に闘おう!」と熱く訴えた。このスト突入のまっただ中で、幕張車両センターの2人の労働者がスト破りを拒否して動労千葉に加入した。最寄り駅である幕張本郷駅前には、全学連や法大文化連盟、労組交流センターなどのスト支援部隊が駆けつけた。
午後1時からは、滝君の職場である習志野運輸区への抗議行動が280人で闘われた。ストに突入した各支部組合員と支援部隊が津田沼駅前に大挙結集。支部の旗を林立させながら習志野運輸区の門前に詰め寄り、徹底的に怒りをたたきつけた。
午後3時からは千葉市内でスト貫徹総決起集会が開催され、400人を超える組合員・支援が大結集した。
同日、市東さんの耕作権裁判を闘った反対同盟から伊藤信晴さんが参加して連帯のあいさつを行った。集会終了後、参加者はJR千葉支社前に移動し、氷雨が降る中、大部隊での抗議闘争をやり抜いた。第1波ストは2月2日まで闘い抜かれた。
(写真上 2005年に起きたJR西日本の尼崎事故。検修の外注化はこの事故の二の舞を引き起こす)

千葉商工会議所ホールに400人が集まって行われた2・1スト総決起集会(2月1日) スト決起集会には市東さんの耕作権裁判を闘い終えた反対同盟から伊藤信晴さんが発言した

 三里塚への援軍 民主党・連合政権打倒へ

 検修業務全面外注化阻止の闘いは、動労千葉、動労水戸の拠点破壊への反撃を突破口に、JR体制打倒、民主党・連合政権打倒へと攻め上る闘いだ。
 さらにこの闘いは「9割非正規職化」を阻止する激闘であり、95年日経連プロジェクト報告以来の攻撃との天王山をなす決戦だ。
 `そして、反合理化・運転保安闘争路線の真価をかけた決戦でもある。反合・運転保安闘争のもとでこそ、労働者は階級的に団結して闘うことができる。安全問題と合理化問題はひとつだ。
 1047名解雇撤回・検修全面外注化阻止決戦の爆発は、国鉄労働者をはじめ青年労働者を先頭とする壮大な階級的決起を引き起こす。その中で、8同志を奪還した法大闘争を先頭とする学生の決起が拡大する。
 この力こそが三里塚農地死守の闘い、沖縄の闘いとも結びついて小沢・鳩山民主党政権打倒の決戦を引き寄せる。2・13全国労働者総決起集会はその突破口だ。5000人結集の実現にむけて全力で闘おう。
 そして2・1〜2ストへのスト破りを拒否して2人の労働者が動労千葉に結集したように、この決戦の中でこそ、動労千葉の組織拡大闘争の勝利が切り開かれる。
 特に検修業務外注化の標的となる平成採の青年労働者が続々と動労千葉に合流しようとしている。これは動労千葉青年部創設のチャンスであり、三里塚闘争への限りない援軍だ。
 今こそ検修業務外注化阻止=第2次分割民営化阻止決戦の勝利へ進撃しよう。

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週刊『三里塚』(S793号2面2)(2010/02/15)

 2・16市東行訴・農地法裁判へ

 「不在地主」居直り許すな

 2月16日、市東さんの行政訴訟と農地法裁判が闘われる。
 2月1日に闘われた耕作権裁判は、NAAの「契約地」と決め付けた畑以外で市東さんが耕す農地を「不法耕作地」といいなして明け渡しを求めている裁判であるのに対して、農地法裁判は、「契約地」と称する畑を「県の賃貸借契約解約許可処分」をタテに、NAAが明け渡しを求めている裁判で今回が5回目となる。
 2・16弁論の焦点は@不在地主問題(農地法6条違反)の追及をさらに行うANAAの測量のデタラメさに関して青柳鑑定書をもとにして追及する、の二つだ。
 不在地主問題とは、NAAが1988年に市東さんの畑の底地を買収した時点で、本社は東京港区にあり、「成田市に居住しない者が成田市の小作地を買収することはできない」という6条の趣旨に違反している事柄を言う。
 前回から争点になっているが、市東さん側の追及に対してNAAは書面を提出しており、その中で「転用目的の小作地買収なら農地法6条違反にはならない」というへ理屈を持ち出して来た。
 しかし、こんな言い逃れは通用しない。「転用目的なら不在地主でも小作地を買収できる」というのであれば、その地に住まない悪徳不動産屋が「転用目的」を装っていくらでも小作地を買収できることになる。農地法6条は否定されるのだ。
 さらに農地法第7条には「不在地主とならない例外規定」が設けられているが、ここには「転用目的は例外」とする条項など存在していない。だから「転用目的なら6条は適用されない」などという主張は問題にもならないのだ。
 Aでは、市東さん側が青柳鑑定人のもとで畑の実地測量を行ったところ、NAA提出の図面が実測にもとづかないデタラメなものであることが証明された。2・16弁論ではこの鑑定書を提出して徹底追及する。
 一方、行政訴訟は、市東さん側が千葉県を相手に「賃借契約の解約許可処分」の取り消しを求めている裁判だ。
 ここでも不在地主問題が争われているが、県は「農地法6条違反のような問題は解約許可申請の審査には関係がない」というほおかぶりを決め込んでいる。しかし、成田市農業委員会から千葉県農業会議の審査の全過程で市東さん側は、畑の位置特定の誤まり問題など、現在市東裁判で争われている論点を指摘して、「疑義についてきちんと調べろ」「実地調査を行え」と要求してきた。県はそれを無視して1カ月の形式審査で「解約許可」を強行したのだ。
 「関係ない」なる無責任は断じて許せない。この点について県を追及する。全力で傍聴に決起しよう。

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週刊『三里塚』(S793号2面3)(2010/02/15)

 国際連帯は今、世界を揺るがす

 韓国、アメリカで闘い続く

 龍山惨事1周年に5000人

 アリゾナで移民の権利要求デモ

龍山惨事1周年で追悼デモを行う韓国の労働者・市民(1月9日 ソウル) 移民の人々の権利を求めてデモする労働者・市民(1月16日 アリゾナ・フェニックス)

 今週は韓国とアメリカからの感動的な闘いの報告を送る。
《龍山惨事から1年、政府に責任を認めさせる》
 1月9日、ソウル駅前でヨンサン(龍山)惨事犠牲者の葬儀が行われた。
 1年前の09年1月20日、ソウル市ヨンサン区に立つ5階建てビルには30人あまりの住民が籠城し、再開発計画による追い出しに抵抗していた。午前6時45分、屋上に警察特攻隊が投入された。激しい攻防でビルは炎上、撤去民5人が焼死する大惨事となった。遺族らは真相究明と謝罪、責任者処罰を要求したが、検察は「住民が投げた火炎ビンで警察官が焼け死んだ」との調査結果を発表し、「特殊公務執行妨害致死罪」容疑で7人を拘束し、3人を指名手配。10月29日の一審判決では重刑判決が下された。
 12月30日、ソウル市とヨンサン汎国民対策委員会の交渉が「ヨンサン惨事に対する政府の責任」を認めることで合意し、国務総理の謝罪をかちとった。
 遺族は「当初要求した真相究明と責任者処罰はできなかった。これからも真相究明と責任者処罰、拘束者釈放まで闘っていく」「すっきりはしないが、これ以上、烈士たちの遺体を冷凍庫の中においてはおけない」と無念を語った。
 葬儀に向けて募集された「葬儀委員」には4日ほどで約8500人が集まり、9日にソウル駅前で開かれた告別式には、みぞれの中、5000人が参列し、ヨンサンの現場まで長いデモが続いた。
 この葬列の行く手まで警察は妨害し、路祭会場までの道のりは遠かった。遺族の肩に雪が降り積もる中、金属労組キリュン電子分会のキムソヨン分会長の司会で路祭が行われた。
 昨年11月、動労千葉訪韓団はヨンサン惨事の現場を訪ね、遺族・ヨンサン汎国民対策委員会と交流し、ともに「ヨンサン事態解決要求!非正規職撤廃!闘争決意大会」に参加した。掲げられていたスローガンは「殺人解雇!殺人開発反対!」だった。今こそ怒りを解き放ち、労働者の団結ですべてを取り戻そう。
   *
《1万人オバマに抗議》
 1月16日、米アリゾナ州フェニックス市で、移民への抑圧に抗議する労働者市民の1万人デモが行われた。これはマリコパ郡保安官のジョー・アルパイオによる移民への差別主義的弾圧に抗議する闘いだった。この保安官は、2008年以降、主にラテン系住民地区に対する一斉捜索を大量の警官を動員し13回も行った極悪の差別主義者だ。
 彼は、逮捕したラテン系住民をアウトドア刑務所と呼ばれている劣悪な居住環境のテントに収容している。また収容者を別の場所に移動させる際に、護送車を使わず、囚人服を着せ、手錠をかけて町を歩かせるという信じられないことを強行したことで全米で大問題になった保安官だ。
 にもかかわらずオバマ政権はこの極悪保安官を辞任させなかった。このためラテン系住民やアフリカ系住民たちは、オバマ政権への抗議の意味もこめてこのデモに決起したのだ。
 住民の決起に呼応して、教育労働者を始めとして地元の労働者も続々と集会に結集し、デモに参加した。
 デモは約5キロに及ぶ大隊列となりマリコパ郡のドゥランゴ総合刑務所にむけて進んだ。刑務所での移民に対する不当な扱いなどに抗議するデモ隊に対し、警察が催涙ガスを噴射しながら襲いかかり、5人のデモ隊員を逮捕した。だが、デモ隊はこのような弾圧に屈服することなく最後までデモを貫徹した。
 この闘いはアメリカにおいて移民の権利を要求して闘う新たな運動が急速を発展していることを示すものだ。

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週刊『三里塚』(S793号2面4)(2010/02/15)

北総の空の下で北総の空の下で

 “辛み”は自己防衛

 冬大根の魅力

 年末から1月を通して厳しい寒さが続きました。霜柱が立って真っ白になった朝の畑では、小松菜やほうれん草が凍ってきらきら輝いています。寒さで一段と甘味を増す冬野菜の生命力に脱帽!
 先日お試し野菜をとった方を訪問した時、「どの野菜もおいしかったです。生でかじった大根が甘くてびっくりしました!」
 冬大根には農家のこだわりがあって、年間通して作る青首大根のほか、12〜1月に三浦、2〜3月に聖護院を出荷しています。どちらも青首に比べて重量があり、扱いが大変なため、店頭で見かけることはまれです。
 みずみずしい三浦大根は「煮物やおでんはこれで作りたい」と、多くの方が心待ちにしています。おろし、なます、サラダ、漬物…すべてOKです。
 聖護院は京野菜として伝統のある丸大根で、きめが細かく食味はカブとの中間です。
 何度も霜に当たると土の上に出ている部分が傷むため、土寄せしやすい丸大根を2月から出荷して、残った三浦で切り干し大根を作ります。農家の手間と日光のエネルギーを取り込んで旨味を増す干し大根は、すばらしい保存食だと思います。
 寒さで甘くなるのは大根も同じですが、大根の辛味は、傷ついた時に外敵から身を守る酵素の働きです。土を掘りながら育つため、先端(しっぽ)と皮の辛味が強いのです。冬大根はおろしにしても甘いですが、辛味が欲しい方は、しっぽを皮付きでおろしてみてください。
 (北里一枝)

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週刊『三里塚』(S793号2面5)(2010/02/15)

 三芝百景 三里塚現地日誌 2010

 1月20日(水)〜2月2日(火)

●スト決起集会に北原事務局長 2・1〜2ストにむけて千葉市民会館で行われた動労千葉のストライキ決起集会に反対同盟から北原事務局長が参加して連帯のあいさつを行った。(22日=1面に記事)
●1万6000人首切りを表明
 日本航空はこの日発表した再建計画に、日航労働者1万5661人の首切りを盛り込んだ。(22日)
●看板建て替えに決起 反対同盟は市東さん宅わき看板の建て替え行動に決起した。(27日=1面に記事)
●全日空、国際線を拡充へ
 全日空は2010年度事業計画を発表、その中で日航が撤退する国際線で便を増強し、週40便増やすことを明らかにした。(27日)
●「成田の国内線増を」
千葉県が主導する「成田空港緊急戦略プロジェクト会議」の第2回会合が千葉市で開かれ、ハブ空港機能を韓国・仁川空港から奪い返すための成田国内線増強策が検討された。(27日)
●鈴木さん一坪裁判闘う
鈴木幸司さん夫妻の一坪共有地裁判を千葉地裁で闘い、仲戸川裁判長弾劾のビラまき、記者会見も行った。(28日=1面に記事=写真)
●2009年の成田空港”沈下” 2009年の成田空港運航実績を示すデータが発表された。旅客では4%減。貨物では輸出が26%減、輸入が25・3%減の大幅な落ち込みだった。(28日)
●成田上場益で関空支援
国交省の成長戦略会議は、中間整理素案に、NAAの上場益で、経営危機の関西空港会社の支援を行う方針を盛り込んだ。(30日)
●市東さん耕作権裁判を闘う 反対同盟は千葉地裁で市東さんの耕作権裁判を闘い「藤崎メモ」のデタラメを暴露した。(2月1日=1面に記事)
●動労千葉のスト決起集会に合流 2・1〜2ストにむけた決起集会に反対同盟から伊藤信晴さんが参加してあいさつ。労農同盟を深めた。(1日=記事別掲)●国産小型ジェット機「MRJ」を再建中の日航に買わせることで鳩山政権は検討に入った。(1日)

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週刊『三里塚』(S793号2面6)(2010/02/15)

 階級的敵がい心を貫く 戸村思想を学ぼうF

 戸村一作の生涯(下)

 富里空港反対に決起

 「農民と共に生きる決意する」

 62年池田内閣は第2国際空港建設を閣議決定、後継の佐藤内閣は64年、候補地を富里村に内定した。富里・八街の農民は反対同盟を結成し、村ぐるみの闘いに立ち上がった。66年2月7日1500名の農民の千葉県庁突入・占拠は政府に運輸省富里案を断念させた。
 その直前、戸村一作さんは、66年1月「キリスト者新空港設置反対連盟」を結成し、富里空港反対を訴える声明を発する。戸村一作・義弘兄弟のほか、日本キリスト教団北総地区教会員有志6人の連名である。そのなかに富里反対同盟の吉田総一郎(青年行動隊長)が名を連ねているが、他の者は一クリスチャンとしての賛同である。それは、「教会の一員として、信仰者の立場から」「1500戸農民を追放する新空港は、住民の生存権を脅かし安保体制下では戦争に導くもの」(「声明」)と空港反対を政府に訴えることをキリスト者に呼びかけていた。
 このキリスト者としての空港反対の決起は、新空港そのものが戸村さんの住む三里塚に移ることによって彼を闘争指導者へと押し上げた。また、そのことにより戸村さんの空港反対のキリスト者の立場が一層深化されることになった。特に、当時の三里塚教会の担当牧師が戸村さんの訴えを拒否し、政治的中立主義を対置したからだ。これは、戸村さんのクリスチャンとしての生き方=前回述べた父の武芳さんの福音思想に反しており、彼にとって容認しえないことであった。
 彼は「現実を直視することができなくて、なんで福音が正しく語れようか」との批判を投げかけた。また、キリスト者としての生き方は社会的な実践倫理として信仰と行為の一致を求めるものだと教会に要求した。しかしその後、教会は糾弾を続ける戸村さんらを除名した。戸村さんは、既成の教会キリスト教への疑問を掘り下げ、三代目のクリスチャンとしての生涯を自己批判し、階級闘争のなかで生きることを決意するのである。
 戸村さんは、信仰への疑いを農民闘争のなかで克服しようとした。彼は次のように述べる。「農民とのソリダリティーのなかでいかにわたし自身を克服し、既成のキリスト者としていくべきか」(『わが十字架・三里塚』以下、同じ)。しかし、三里塚で農民たちとともに闘えば闘うにしたがって、キリスト教への絶望が深まって行った。次のように決意する。
 「今日のキリスト教のいっさいを捨てて、教会から一歩踏み出す、三里塚闘争のなかに身をゆだね、農民とともに生きなければならない」。同書の座談会のなかで「農民の中に自己を投入して、キリストの十字架の死と復活をいかに証ししなければならないかという、一つの信仰の変革として、現在とらえているんです」と語る。
 彼は、鋭い宗教批判を開始する。「現地の教会が、三里塚闘争に対して不感症だとすれば、それは日本のキリスト教の体質的欠陥を示すもの」であり、「現在の日本の国家と政治をそのまま黙認して、いかなるキリスト教もありえない」と宗教者として時代に根底的に対決するのである。戸村さんいわく「既成キリスト教にみられる自己のエゴイスティックな信仰と、国家権力に屈服したキリスト教」、既成キリスト教からの自己解放と、戦闘の教会を求めての闘いに使命感を見出すのである。この戸村さんの批判は「ことばの批判に終わることなく、実践的行動だ」とドイツ観念論を批判したマルクスを髣髴(ほうふつ)させる。「ラディカルな自己変革、ドラスティックな国家権力との対決あるのみ。わたしの宗教批判の行きつくところは、結局ここであり、これ以外に認められなかった」と。
 したがって、戸村さんにとって三里塚闘争は「神の与えたもうた試練の場、恩寵の賜物」であり、この意味で闘争のすべては「感謝感激」であり、闘争そのものが自らの人間的喜びとなった。
 「わたしはいよいよここに全我を投入し、農民とともなる生活に生きるべく召命感に燃えた。召命意識はわたしの中に階級意識を生み、わたしをして階級闘争にまで高めた」と述べる。
 このように戸村さんは、三里塚を闘うなかで社会矛盾の階級的本質をつかみ、自己の解放と階級意識を鮮明にさせた。同時に、権力の攻撃に屈しない自己変革的飛躍を自らに課していった。
 (つづく)
(写真 闘争初期の戸村一作委員長【右】と北原鉱治事務局長【1967年頃】)

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