星野ビデオ国賠判決 「証拠紛失」に賠償命令 星野同志が「画期的な判決だ」

週刊『前進』06頁(2648号06面01)(2014/09/15)


星野ビデオ国賠判決
 「証拠紛失」に賠償命令
 星野同志が「画期的な判決だ」

裁判所と警視庁の違法行為に断

 9月9日、東京地裁民事第45部(山田明裁判長)で、星野文昭同志のビデオ国賠(注)の判決が出され、画期的な勝利をかちとった。判決は、被告・国(東京地裁)と都(警視庁公安部)による、裁判の証拠であるビデオテープ「紛失」の違法を明確に認め、星野同志への賠償金の支払いを命じたのである。警視庁公安部及び東京地裁と徹底的に闘いぬいてかちとった、全面的な勝利である。
 このニュースは、面会のため徳島にいた星野暁子さんを通して、直ちに獄中の星野同志に伝えられた。星野同志は「画期的な判決だ。これをきっかけに、全面的な証拠開示につなげ、再審に勝利したい。すべての証拠は私の無実を証明するものだ」と、喜びを語った。

〝ビデオの利用は保護された利益〟

 判決では、警視庁公安部が東京地裁から保管委託された裁判の証拠を「紛失」したという許しがたい事態について、その責任を明確に認めた。さらに東京地裁に対しても、警視庁に保管を委託しながら、それ以降一度として証拠の保管状況や存在を確認してこなかったことが証拠の「紛失」につながったとし、裁判所の責任も厳しく認めた。
 当然である。全力で無罪を争っている星野同志にとって、裁判のすべての証拠は国家権力によるデッチあげを暴くものだ。それを「紛失」することなど、断じて許されない。
 さらに国賠裁判では、警視庁公安部も裁判所も、自らの悪行が暴かれることを恐れ、「ビデオテープは星野同志の所有物ではないから、たとえ紛失しても、星野同志に損害賠償を請求する権利はない」とふざけきった主張を行った。具体的な事実関係に入る前の段階で切って捨てることを策動したのだ。
 ふざけるな! 星野同志こそ、40年間も獄中に捕らわれながら、生命と人生をかけて無罪を争っているのだ。その裁判の証拠を「紛失」しておいて、何という言い草か。星野同志と弁護士が徹底的に弾劾することを通して、判決でも「原告(星野同志)の本件ビデオテープを利用できる利益は、法律上保護された利益ないし期待権に当たる」と明確に認めさせた。
 「星野さんをとり戻そう!全国再審連絡会議」は、判決の前に東京地裁前で「証拠隠滅弾劾!」「全証拠開示・再審開始!」を訴える宣伝活動を行った。共同代表2人をはじめ、埼玉と東京各地の救援会など11人が結集した。
 のぼりを林立させ、マイクでの訴えは抜群の注目度だ。ビラはどんどん受け取られ、「全証拠開示・再審開始を求める100万人署名」も集まった。署名に応じた弁護士は、その場で、全証拠開示大運動の賛同人になった。裁判所の前は「生きさせろ!」の声が渦巻いている。それと星野同志の闘いが結合していく。

全証拠の開示へ100万署名を

 ビデオ国賠裁判の勝利で、100万人署名運動の展望が大きく開かれた。
 7・1集団的自衛権行使の閣議決定は、日帝・新自由主義の絶望的な危機の中で、「戦争放棄の国」から「戦争をする国」への転換をかけた攻撃だ。これを許さない労働者階級人民の怒りが巻き起こっており、「戦争と革命」の時代が激しく始まっている。
 危機と破綻に瀕(ひん)しているのは安倍政権であり、絶対反対の階級的原則を不屈に貫き、階級的団結を拡大して闘いぬけば、必ず勝利が開ける。星野同志のビデオ国賠裁判での勝利は、そのことを鮮やかに指し示した。
 国鉄決戦を徹底的に基軸に置き、2010年代中期階級決戦を全力で闘おう。11・2労働者集会への1万人の組織化へ猛然と進もう。階級的労働運動の力で星野同志奪還をかちとろう。

------------------------------------------------------------
(注)ビデオ国賠
 1971年11月14日、沖縄返還協定批准阻止闘争をデモ隊のリーダーとして闘った星野同志は、殺人罪をデッチあげられ、無期懲役刑で今なお徳島刑務所で獄中40年を強いられている。
 一審(東京地裁)段階で、11・14当日の沖縄闘争を報じた、TBS、NET、フジテレビなどのテレビニュース(星野同志のデモ隊の動きが撮影されている)を録画したビデオテープ2巻が証拠とされた。公判で取り調べられた4日後に、東京地裁から警視庁公安部に「保管委託」された。ところが、警視庁公安部がこれを「紛失」した。
 証拠は、裁判所庁内に保管することが刑訴法で決められている。にもかかわらず東京地裁は、違法に警視庁公安部に「保管委託」した。そして、警視庁公安部は、本来は証拠品管理の「帳簿」を付けることになっているのに、このビデオテープに限って「帳簿が存在しない」と言い続けてきた。
 星野同志は、「証拠紛失」の責任を追及して、2011年4月に提訴した。それ以来3年半、17回に及ぶ裁判を通して、被告・国(東京地裁)と都(警視庁公安部)の証拠「紛失」=証拠隠滅を、徹底的に弾劾して闘い抜いてきた。

このエントリーをはてなブックマークに追加