団結ひろば 投稿コーナー

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週刊『前進』08頁(2674号06面05)(2015/03/23)


団結ひろば 投稿コーナー

3・11と春休み保養へ布施医師の講演会 山梨 織田三郎

 2月21日、ふくしま共同診療所院長・布施幸彦さん講演会が甲府市の山梨県立文学館で開催された。百万人署名運動・山梨連絡会、山梨合同労働組合、全国農民会議・山梨など7団体が呼びかけ45人が集まった。
 布施さんは、福島の避難基準はチェルノブイリよりはるかに甘く、チェルノブイリで移住の権利がある1〜5㍉シーベルトの範囲は福島では居住可能区域とされており、しかも政府は避難者への補償金を打ち切るなどして強制的に福島へ帰還させようとしていることを暴いた。小児甲状腺がんについて専門家の観点から詳しく説明し、国や県がいまだに原発事故との因果関係を否定していることを批判した。
 そして共同診療所がこうした現実を変えるために開院され、仮設住宅での無料健康相談、福島第一原発で作業する労働者の命と健康を守る取り組み、第二のフクシマをつくらないために日本と世界から原発をなくす活動をしていることを強調した。2月に浪江町が共同診療所に今後集会場を貸さないと通告するなどの妨害が始まっているが、「どんな妨害があろうと今後も仮設住宅での健康相談や報告会を行う」と力強く宣言した。
 質疑応答では「事故から4年。無力感に襲われることもあるが、同じ気持ちの人たちに勇気づけられた。連帯して闘いたい」など、多くの質問や意見が出た。共同診療所へ4万6千円あまりのカンパが寄せられた。最後に、3・11反原発福島行動'15への参加と、福島の小学生を春休みに山梨へ招く保養活動への協力が訴えられ、集会は成功裏に終了した。

現場労働者は『前進』を求めていると実感 新潟 民間労働者 K

 2月21日、新潟市内の朱鷺メッセで行われた自治労・地域医療全国交流集会への街宣で『前進』と速報版を配った。
 50部を持つのも重い。「受け取ってくれるだろうか」と心配したが、まったく違った。「これ読んで国鉄・JRのことを知ってください。1047名解雇撤回の署名に協力してください」と訴えると、ほとんどの参加者が受け取ってくれた。
 千葉県の女性労働者は「なつかしい」と笑顔。普通のビラより受け取りがよいのではと思った。現場の労働者は情報を欲しがっている。今の時代をどうとらえるのか、そしてどう闘っていくのかを真剣に求めている。 『前進』250部、ビラ500枚が1時間弱でなくなった。国鉄署名も120筆集まった。署名していた仲間も「意外と新潟県内の人が多かった。県内の自治労からはかなり協力してもらっているのに」と驚いていた。
 われわれ革命派の訴えが労働者に浸(し)み込む時代なのだ。私は70年闘争を闘い、その後長い内戦を戦ってきたので『前進』は隠して渡すものという意識が強かった。今回それが違うことがはっきりした。勝利感でいっぱいになった。
 こちらが意識を転換し『前進』を広めるために努力していこう。

農地裁判の結審強行にこれ以上ない怒り 東京 高村宏信

 3月4日、東京高裁で開かれた市東孝雄さんの農地裁判を傍聴した。新たな反対署名が提出されたが、裁判にはこれ以上ない怒りを感じた。
 入廷した小林昭彦裁判長は座るなり、「皆さん、お久しぶりだね」とニコッとした(!?)。今までこんなことを言う裁判長はいたかなと、いぶかしかった。
 市東さんの弁護団全員が、切り縮められた形だが15分以内で意見陳述をまとめた。耕作者の市東さんの同意なき農地売買が前代未聞の暴挙であることがよく理解できた。
「一審判決の通り」としか言わない空港会社や千葉県側に「反論書」を出させ、これから証拠・証人調べで徹底審理をというそのとき、裁判長が「弁論を終結」と言い、すごい速さで逃げるように退廷した。裁判開始後30分しかたっていない。
 「何だ、これは?」「これが裁判か」と誰もが思った。次に、数十人の廷吏が出てきて「裁判は終わったから出て行け」と退廷命令。廊下に出たら警察官が立ち並んでいる。あらかじめ仕組まれた暴挙だ。こんなことは絶対に許せない。

山本雄一同志を偲び籠原でお別れの集い 富山保信

 2月26日、山本雄一同志が精魂を傾けて組織化に当たった動労連帯高崎のゆかりの地、籠原(かごはら)で「山本雄一同志を偲(しの)ぶ会」が開かれ、雨天にもかかわらず地元埼玉や東京から40人が参加しました。
 同志、友人、知人が山本同志への思いを込めて語った数々の体験、逸話によって、革命家・山本雄一の人格と闘いが浮き彫りになりました。
 『前進』の配布と紙代の回収、そして読者への解説と自身の意見と感想の報告を欠かさないという模範的な機関紙の活用の紹介。妻のトミ子さんの介護と任務遂行を両立させるため往復4時間をかける超人的闘いを長期にわたりやってのけた強靱(きょうじん)な意志と体力に驚嘆させられた。彼のやった仕事には一つのミスもなかった。あの心の底から相手を魅了する笑顔しか見たことがない。がんとの大変な闘いをやっているのに一言も弱音を吐かず、逆にいつも私を励ましてくれた――。
 最後に息子さんから述べられた「最愛の女性を得、生涯をかけて取り組む目標を得て生き抜いた父の姿がよくわかりました。一人の男として、一人の人間としてうらやましい限りです」というあいさつに集いのすべてが凝縮されています。
 帰路に就く中である同志が「息子に尊敬される父親なんてめったにいない。山本同志はそれに値する人物だ」と述懐していました。そのとおりです。同じ生きるなら、かくありたいと痛感させられました。山本同志とその人生は同志として、人間として私たちの誇りです。山本同志と私たちがともにめざす「安倍打倒! 労働者が主人公の社会へ!」の闘いが勝負のときを迎えたいま、山本同志がいないのは残念ですが、立派に勝ち抜いて報告しますとあらためて肝に銘じました。

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