団結ひろば 投稿コーナー

発行日:

週刊『前進』06頁(2684号06面03)(2015/06/08)


団結ひろば 投稿コーナー

ゼネストで安倍倒す展望を示す国鉄署名
 東京 霧山明彦

 6・7国鉄全国集会に向けて、解雇撤回署名10万筆達成へ自分も100筆を目標に、街頭に出て署名集めとチケット売りを行いました。
 国鉄1047名解雇撤回闘争を知っているという人が「まだやってたんだね」と署名をしてくれました。その人に「一審、二審では首切りは違法だと判決文に載りました。今、最高裁で解雇撤回の判決を出させるかどうかの押し合いです」と説明すると、「がんばってね」とチケットを買ってくれました。
 署名を呼びかけていると、「国鉄」に反応する人と、「解雇撤回」に反応する人に分かれることに気付きました。青年は「解雇撤回」に反応します。そういう人には「国鉄がJRに変わった時に首を切られた労働者の解雇撤回の闘いです」と説明します。「この時にほとんどの労働組合が闘えなかったから、いま派遣労働や非正規職、ブラック企業がいっぱいになっている。この署名は、国鉄分割・民営化反対で闘い続けている労働組合が呼びかけている。労働組合がほとんど闘えなくなっている現状をひっくり返すために取り組んでいる」と言うと、なるほど、という顔で署名をしてくれました。
 また、ある人とは署名をしてもらった後も話が続きます。安倍への怒り、特に戦争法への怒りをひしひしと感じます。「労働組合がつぶされたら、安倍首相は戦争に一気に進んでいく。逆に闘う労働組合がいっぱいになれば、ゼネストで安倍を倒せる」と話をしたら、相手の顔がグッと明るくなります。ものすごい希望と解放感を感じながら署名を集めました。

えちごトキめき鉄道が早くも廃線の予兆
 東京 石崎朋子

 5月の連休に、初めて北陸新幹線を使って帰省しました。直江津に行くためには、北陸新幹線で新駅・上越妙高駅まで行き、新第三セクター「えちごトキめき鉄道」に乗り継がなければならなくなりました。そもそも直江津まで直通していた信越線は、長野新幹線の開通で横川でぶち切られるというローカル線の切り捨てが進行していたのですが、今度は第三セクターへの移行ですから、いずれ廃線が予想されるわけです。
 しかしそれは予想ではなく、3月ダイ改で開通して2カ月も経たないのに廃線の予兆がはっきり出ていました。
 佐渡へ向かう時は直江津駅からタクシーで港に行ったのですが、帰る時は、港に待っているはずの直江津駅直行のバスに乗るつもりでした。ところが駅行きのバスはなく、「上越妙高駅直行」と車体に大きく書かれてあるバスしかありません。運転手に問い合わせると、「直江津駅行きはありません」との返事。仕方なくタクシーで駅に向かう人が何人もいましたが、私は初めてのバス路線に興味もあって「上越妙高駅直行」のバスに乗ってみました。
 しかしです。「直江津駅行きはない」ということなのに、上越妙高駅行きのバスは直江津駅前ロータリーを通ります。けれども停車もせず、直江津駅は完全無視。これでは新第三セクターの「トキめき鉄道」を利用できないだけではなく、直江津と上越新幹線を結ぶ第三セクター「北越急行」も利用できません。
 行きに乗った時の「トキめき鉄道」の車内はそもそもガラガラに空いていましたが、このやり方は一体なんなんだ。北陸新幹線開業に対するJR労働者の怒りや地元住民の反対の声をかわすため、形だけ第三セクターを開業したのです。「トキめき鉄道」だけでなく、最大の収入源であった「特急はくたか」の廃止で「北越急行」も廃線は不可避です。
 学生時代から通い慣れた直江津駅前は、比較的建築も新しい大きなホテルが破産して惨めな姿をさらしていますし、商店街もシャッター通りそのものです。地方の人たちの生活を奪い取って、JR資本のもうけだけを追求するあり方に怒りを新たにしました。

県民の熱い気持ちと共に闘った沖縄闘争
 JR労働者 高畑大樹

 5月16〜18日まで沖縄闘争に参加しました。やっぱり一番は、県民大会に参加し、沖縄県民の皆さんの熱い気持ちをじかに感じられたのがよかったです。
 開会前に集まり、ビラ配布をして開会を待ちました。ただビラを配布すればよいというわけでもなくて、ビラの見出しを見て、このビラはもらう、このビラはいらないということをきちんと考えて受け取る人がたくさんいました。また、ビラについての質問を何度も受けました。答えを返して理解していただけるとビラを受け取ってもらえ、なおかつ応援してもらえました。今まで何度もビラ配布をしてますが、流れ作業のようにただビラを受け取るだけではないというのは初めてで、沖縄の皆さんは意識が高いんだなと感じました。
 今回、3日間で2回デモをしました。県民大会の後には、「辺野古新基地建設反対、沖縄に基地はいらない」ということを主張しつつ、「ゼネストをしよう、デモに行こう」と呼びかけました。一緒にデモをし、その後の交流会にも参加してくれた沖縄の労働者の方もいました。歩道を歩く人、車の中にいる人、沿道の建物から見ている人、たくさんの人たちが手を振ってくれたり、少しの距離でも一緒に歩いてくれました。声を出すのはためらわれる事情があるのかもしれないですが、私たちと同じ気持ちでいるんだなと思いつつ、周りと一体になってデモをしていると感じ、初めてデモが楽しいと思いました。
 反対の声はきちんと上げないと、反対していないことになってしまいます。国が進める戦争法案、派遣法改悪......。ひどい国になっていくのをあきらめて黙って見ているだけの格好悪い大人にはなりたくありません。戦争をしない国であり続ける、労働者の非正規職化を拡大させず、より良い未来を子どもたちに残すためにも、反対の声を上げられる労働組合をつくること、「動労総連合を全国に」を推し進めていかなければならないと、あらためて考えさせられた沖縄闘争になりました。

このエントリーをはてなブックマークに追加