団結ひろば 投稿コーナー

発行日:

週刊『前進』04頁(3298号04面05)(2023/06/12)


団結ひろば 投稿コーナー

京都でサミット弾劾しデモ
 京都大学 作部羊平

 6月3日、改憲・戦争阻止!大行進・京滋の呼びかけでG7広島サミット弾劾の京都反戦デモをやりました。ウクライナ戦争の激化・拡大をもたらし、世界戦争・核戦争に突き進む米日帝国主義・G7に対する怒り、そして何よりも、我々のサミット粉砕闘争に対して警視庁機動隊が襲撃を仕掛けて学友2人をでっち上げ逮捕したことに対する腹の底からの怒りを爆発させ、デモに打って出ました。
 緊急で呼びかけたデモでしたが、それでも「SNSでサミット弾圧を見て何かしたいと思っていた」と駆けつけてくれた市民や、この間のサミット事前弾圧で奪還闘争に決起した学友が次々と合流し、約30人の隊列となりました。
 デモ前の打ち合わせではまず5月15日に私と共に不起訴釈放を勝ち取った安田淳敏くんが発言し、G7広島サミット=戦争会議を徹底弾劾。さらに全国水平同盟崇仁・東三条支部は、デモ出発地点の三条地区における欠陥住宅・住民追い出しの部落差別行政との闘いを報告し、差別と戦争は一体の問題だとして反戦闘争への総決起を呼びかけました。そして最後に、京大で闘う全学連の仲間が発言。サミット弾圧の2学友逮捕と京都大学において繰り返されてきた学生処分は全く同じであり、だからこそ京大処分闘争のように団結して闘えば必ず勝てると檄(げき)を飛ばしました。
 京都府警は許し難いことに、デモ隊をわずか2列に制限する異常な警備体制を敷いてきましたが、一切ひるむことなく、むしろ怒りを倍加させて「弾圧粉砕・仲間を返せ」のコールが河原町通の繁華街に響き渡り、大注目でした。
 今回は初めて大行進・京滋の定例会とデモを接続して一体的に行い、新しい参加もありました。今後は月1回の定例会の度にデモを打つことを確認し、さらに定例会の結論として、サミット粉砕闘争の地平から私たちが8・6広島闘争を戦闘的にけん引することを確認しました。

故郷を思い「NO!G7!」
 東京 チェルノモルスキー

 広島でG7サミットが開催されることを知った時、怒りが湧き上がり、反対運動に参加したくなった。
 そして5月20日、3年ぶりに広島へ行き、集会でスピーチし、3回デモに参加した。「NO!G7!」「サミット粉砕!」というスローガンを大声で叫び、日本人や外国からの観光客など周りの人の注目を浴びるように頑張った。
 今回のサミットは、世界の大資本に雇われたリーダーたちによって、反戦のシンボルである広島に戦争がもたらされることが明らかだった。私の故郷で続いているウクライナ戦争を止めるのではなく、さらに戦火を拡大させ、中国に対する軍備を強化することを会談するという戦争サミットでしかない!
 21日、デモ隊が商店街を行進中、私のすぐ前で警察が学生に襲いかかり暴力を振るった。かなり激しい衝突だった。若い世代の活動家である学生たちを狙ったものに違いない。それにもかかわらず、デモ隊が活発に抗議した。その時、周りの人が見せた関心、興味、共感が普段より多いことに私は気がついた。手を振り、笑顔を見せ、デモ隊をカメラで撮ったりした人が多かった。やはり故郷に戦争をもたらすことに対して広島市民の怒りも強いのではないかと思った。
 デモに参加した外国の方もおり、フランスから来た学生たちと知り合い、マクロン政権と苦闘しているフランス労働者の抗議についていろいろ聞いた。
 これからも、国際団結を強めながら闘いたいと思います!

『あの坂をのぼって』に感涙
 改憲・戦争阻止!大行進事務局 石田真弓

(写真 イラスト・星野文昭さん)

 星野文昭さんと暁子さんの往復書簡『あの坂をのぼって』が出版された直後、私は獄に閉じ込められることになった。三里塚・市東さんの農地を強奪する強制執行の際に抗議闘争に決起し、かつ1週間後に迫ったG7広島サミット反対闘争を呼びかけていたための事前弾圧だった。この時期は6年前に大坂正明さんが逮捕された日や、4年前に星野文昭さんが亡くなった命日とも重なっていた。文昭さんと暁子さんが出会い獄中結婚された時にはまだ生まれてすらいなかった自分が、今その時期のお二人と同じ年の頃になっている。様々な状況が相まったタイミングでこの本を読むことになり感慨深さを覚えずにはいられなかった。
 涙がとまらなかった。それはあえて言葉にするならば、共産主義者としてのお二人の生き様の尊さへの感動によるものだった。共産主義者として生き、闘い、愛を育む人間の姿が、その苦悩も含めて手紙に生々しく表現されていた。「すべての人間が人間らしく生きられなければ、自分も人間らしく生きることはできない。すべての人間が人間らしく生きられるように、自分の生を貫きたい」----暁子さんが文昭さんという人を伝えるために集会の際に繰り返し紹介してきた文昭さんの法廷での言葉。これは共産主義者の思想と生き様を表すものにほかならない。闘う労働者階級=共産主義者に対する差別・抑圧を冤罪(えんざい)による無期懲役刑という形で一身に受け獄中にあってなお、沖縄はもちろん、アジア人民や被差別部落の人々に心を寄せた文昭さん。それと一体化して闘う中で「あれこれ考えてみたのだけど、全部に責任をとる以外にないのです」と決意を固めてきた暁子さん。
 お二人の手紙のやりとりには当然にも多くの私的な事情や感情の交感があり、「こんな大切なものを公開して見せてもらってもいいのだろうか」という若干の戸惑いも覚えた。しかし、お二人の「私的」な愛の交感の過程の底流には、同時に共産主義者としての「公的」「普遍的」な中身と信頼関係が貫かれている。全世界を革命し全人民を解放するという、お二人に共通する強烈な意志の交感が、そのまま世界に語りかけるメッセージとして読む者にも訴えかけてくる。
 お二人が共に生きた歩みの一端に触れることで、星野国賠・再審勝利、大坂正明同志・須賀武敏同志奪還に向けた決意を読者の皆さんと新たにしたい。

このエントリーをはてなブックマークに追加