十亀弘史の革命コラム -38- 革命を切り開く女性たち

週刊『前進』04頁(3432号04面02)(2026/02/02)


十亀弘史の革命コラム -38-
 革命を切り開く女性たち

 今年の大学入学共通テストの、「歴史総合」の問題に次の一文がありました。「現実の革命の過程でも、女性が大きな役割を果たす場面があった」。その実例として1789年のフランス革命時に「女性を中心とした多数の民衆がヴェルサイユに行進し、国王一家をパリに連行した」ことが挙げられています。ただここは、さらに進んで1917年ロシアの2月23日(新暦3・8)の女性の決起も挙げてほしいところ。二月革命を切り開き成功に導いたのは、まさにその女性たちの熱い不屈の闘いです。
 日本史でならば、1918年の「米騒動」における女性の決起を欠かすことができません。富山在住のジャーナリストたちが、当時の新聞記事を集めて共同で執筆した『米騒動とジャーナリズム』(梧桐書院)によりますが、米騒動はけっして「騒動」といった小規模のものではありませんでした。18年に至るまでに各地で散発的に、しかし連綿と闘い抜かれてきた、米を求めての闘いは「前史」といえます。それに対して、18年の闘いは全国的な規模を持ち、ロシア革命や反シベリア出兵闘争とも直結する、巨大な人民蜂起だったのです。
 前史においては最初から最後まで女性が主役でした。当時の新聞記事を現代語にし、要約して引用します。「(米を積みだそうとする船を襲った500人余りの)一隊の過半はおおむね婦女子でみんな手に手に刃物をひらめかし、棒を引っ下げ、ほとんど死を覚悟した勢いでその有り様はものすごかった」。同様の事実が数多く報道されています。女性による政治と暴力の奪還そのものです。
 18年の蜂起ではその「第一段階」となった滑川町の次の事態に注目したいと思います。「初期の騒動の中心勢力は数人の女仲士と女性の賃金労働者だった。彼女らは『婦人たちの代表者会議』をもって、闘争方法も協議していた。労働婦女が中心となっていたため、滑川では他の町より一段と進んだ秩序と統制のある組織的行動がとられ、町民たちも次第に彼女らを支持した」。ここには明らかにロシア革命の影響があったと感じられます。
 「(反革命干渉戦争のための)出兵兵士を送る列車が通るなかでの、米と平和を求めた蜂起は、漁民・農民をはじめ、工場労働者、職工に鉱夫など全民衆へと広がり」、軍閥官僚の寺内内閣を崩壊させました。いま、高市戦争政権を吹っ飛ばすのも、まず女性と青年の闘いです。
(そがめ・ひろふみ)
2026.2.2

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