団結ひろば 投稿コーナー 8・6ヒロシマを闘って
団結ひろば 投稿コーナー
8・6ヒロシマを闘って

デモで高市をたたき出した
広島・被爆2世 M・Y
今夏8・6ヒロシマ闘争は、米・日帝国主義による中国侵略戦争・世界戦争=核戦争の開始という歴史的情勢下での闘いでした。
81年前の8・6原爆投下直前の広島は、アジア人民の血の犠牲の上に、一時的な「平和」を享受していました。でも、それは核の投下による軍事的成果を見極めるための米帝の作戦でしかなかったのです。日帝も天皇制・天皇制イデオロギーの「国体護持」のために終戦を引き延ばし、ついには人類で最も悲惨な帰結=原子爆弾の投下に行き着いたのです。
私は、8月11日に平和公園内で開催された高校生による被爆者証言の絵画展にも行きました。やけどで赤ムケになった被爆者の図や、特に驚いたのは爆風で吹き飛ばされて壁に黒焦げとなって張り付いた遺体を剝がす図でした。平和公園を始めヒロシマの地下には、いまだに多くの遺骨が埋まっています。その上を高市や米帝、イスラエルの代表が踏みつけたと思うと今でも悔し涙が出ます。
しかし、私たち8・6ヒロシマ大行動の隊列は、白ヘルメットの部隊を先頭に「高市はヒロシマから出ていけ」と叫び、高市をたたき出しました。1971年8・6の佐藤実力糾弾の再現です。この勝利の地平に満足することなく、今秋大反戦闘争に決起しよう。
71年佐藤来広阻止の精神で
関西・青年 佐藤太郎
被爆者の怒りに連帯し、中国・朝鮮・アジア人民への血債にかけ中国侵略戦争を日帝打倒の内乱に転化していく闘い、そしてこれまでの革共同7回大会路線的な自己を打倒し、10回大会路線を体現して世界革命を貫徹する主体に変革していく闘いとして、2日間の広島闘争を闘い抜きました。
式典粉砕デモ前の集会では、帝国主義者の言う「平和」とは、被爆者、とりわけ強制連行された中国人・朝鮮人被爆者や、疎開を拒否された部落民被爆者などへの差別・抑圧・排除の歴史と現実を抹殺した上での平和であり、平和記念式典とは、帝国主義者が平和を演出し人民を中国侵略戦争に動員するために被爆者を英霊化するための式典であり、広島・長崎への原爆投下は天皇による中国・朝鮮・アジア人民への虐殺と侵略戦争の帰結であったことを改めて確認できました。
日帝のアジア侵略への怒り、被爆者を英霊化する式典への怒り、そして被爆者・被爆2世が「血債」にかけて闘った1971年8月6日の佐藤来広阻止・式典粉砕闘争の精神を絶対に継承しようという思いでスクラムデモに決起しました。
デモ隊が元安橋に近づくと、前方と両脇にいた機動隊が距離を詰めて圧殺しようとしました。しかしこうした日帝・国家権力の暴力的な弾圧は、帝国主義者の恐怖の表れでしかありません。私たちのスクラムデモで、彼らの無様な姿を引き出すことができたのは闘いの大きな成果だと思いました。今回の闘いの高揚を引き継ぎ、11・22全国反戦闘争に攻め上ります!
日帝こそ大虐殺の共犯者だ
首都圏・学生 大垣 匠
「平和」記念式典とは何であり、私たちが闘った「平和」記念式典粉砕とはどういうことか。
かつて日本帝国主義が行った中国・アジア侵略戦争はアメリカ帝国主義(と英仏帝)との植民地争奪戦争であり、米帝は広島と長崎に核兵器を使用して多くの人民を虐殺した。だからといって日帝を「唯一の被爆国」と言いなし、戦争の被害者として偽装することは許されない。殺されたのは沖縄の人民であり広島や長崎の人民であって、日帝はその犠牲の上に生き永らえた。日帝は大虐殺の共犯者でしかない。
「唯一の被爆国」として高市は「戦争の惨禍を繰り返させない」(8・15全国戦没者追悼式)と述べて、戦争の原因が他国(=中国)にあるかのように吹聴し、日帝の侵略戦争を「平和のための戦争」であるのだとして、核武装へ突き進もうとしている。被爆者の犠牲をも利用して新たに被爆者を生み出そうとしている日帝、この日帝が被爆者を踏みしだいて核武装をうたう「平和」記念式典とは、中国侵略戦争のための戦争式典にほかならないではないか。
日本帝国主義によるアジア侵略をわれわれは決して「繰り返させない」。そのためにこそ、「平和国家」のベールを引き剝がし、日帝の血に汚れた足を、原爆犠牲者の埋まる広島の土から押しのけなければならない。そしてこの戦争式典を、日帝を断罪する法廷につくり変えてやることだ。式典粉砕とはそういうことである。私たちは断固として式典粉砕デモを闘った。