米デルタ航空 成田から完全撤退 第3滑走路破綻は必至

週刊『三里塚』02頁(1022号02面04)(2019/08/26)


米デルタ航空
 成田から完全撤退
 第3滑走路破綻は必至

(写真 第1ターミナルに並ぶデルタ機)

「成田縛り」崩壊

 米デルタ航空は、2020年3月末をもって成田空港から撤退し、羽田空港へ路線を集約させることになった。
 羽田空港の新ルートによる北米路線の発着枠拡大12枠のうちデルタ航空は、5枠を確保した。このことによって、現在運航している成田と北米(デトロイト・シアトル・ポートランド・アトランタ・ホノルル線)を結ぶ路線を羽田に移行することができるようになった。デルタ空港は、すでに、ロサンゼルスとミネアポリス線を羽田に就航しており、アメリカの航空会社として最大の7枠を確保した。このことによって成田空港に縛られ続けた制約=「成田縛り」を打破することになった。デルタ航空の羽田への移行、成田からの撤退は、成田空港の経営破綻のアリの一穴となる。
 周辺住民との連帯を一層強め、成田空港機能強化策・第3滑走路建設を粉砕しよう。
 「成田縛り」は、「国際便を羽田空港に就航する場合でも成田空港から撤退してはならない」という日帝の空港・航空政策だ。日帝は、羽田国際化に伴う成田空港会社(NAA)の経営破綻を防ぐための方策としてこれを各国の航空会社に強制した。これは海外資本の参入を妨害する貿易障壁の一つであって、そのことにより羽田使用の優位性はJAL・ANAが独占し、各国は競争上、不利になった。ヨーロッパの複数のエアラインは日本から撤退し、最大の海外エアラインのデルタ航空は怒りを表明していた。
 デルタ航空は、世界の三大航空アライアンスの一つの中核。経営破綻したノースウェスト航空を吸収し、ドル箱といわれた太平洋便を獲得した。ノースウェストは成田空港を北米とアジアを結ぶハブ空港として位置づけ、アジア便の旅客を運んでいた。1978年の開港以来、JAL(のちにANAも)と並ぶ成田空港の最大手の定期乗り入れ航空会社だ。それを引き継ぐデルタ航空の撤退は、LCCの新たな誘致で埋め合わされるものではない。

総旅客数が激減

 成田空港にとって、デルタ航空のもつ位置の大きさは直接的だ。成田空港の第1ターミナル北ウィングは、実質上、デルタ航空の優先。昼過ぎの第1ターミナルには、一時期、デルタ航空の飛行機が並んだ。これは、昼過ぎにアジア各地から成田に到着し、乗り換えて夕方から北米の各都市に向かって飛行機が飛ぶためである。これまで北米・アジア諸都市を直行便で飛ぶためには、給油などの必要性もあり、日本を経由していた。デルタ航空は、成田で乗り換え、北米・アジアの目的地に行くという乗客で、ほとんどはアメリカ人とも言われた。日本旅客は、空席による安売りチケットの利用者が大半であった。
 NAAにとって重要なのは、このトランジットも通過客として総旅客数にカウントされていることである。成田は、通過客が占める割合が高く、デルタ航空がなくなることは総旅客数の減少となる。18年の統計(「2019成田空港ハンドブック」)では、成田の利用者数が3587万人だが、通過客は375万人。通過客が減少すれば外国人旅客数は、アジアの訪日客を増大させた関空(18年2894万)が成田を超えるのも時間の問題とまで言われる。
 成田の地位低下は不可避だ。第3滑走路建設計画の破綻は必至である。着陸料の引き下げでLCCの就航を進めるNAAは、夜間飛行を延長し、周辺住民の犠牲で生き延びようとする。これを許さず、危機に立つNAAを労農連帯で追いつめよう。
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