新版・現闘員奮闘中!日誌 市東農地決戦の先頭に立つ 耕す者に権利あり 農民の闘いとして 三里塚現地闘争本部員 平井雅也

週刊『三里塚』02頁(1177号02面02)(2026/02/09)


新版・現闘員奮闘中!日誌
 市東農地決戦の先頭に立つ
 耕す者に権利あり
 農民の闘いとして
 三里塚現地闘争本部員 平井雅也

(写真 新宿反戦デモに立つ反対同盟【1月31日】)

 今年の冬は、寒さとともに乾燥が厳しいです。1月2日の雪以降、もう1カ月にわたって雨も雪もまともに降っていません。雪国の人たちには申し訳ないばかりですが、ちょっとはこちらでも降ってくれたらと思ってしまいます。風が強い日も多く、乾燥に拍車をかけています。あぜ道を軽トラで走ると、砂ぼこりがもうもうと舞います。
 こうした状況なので、例年ならこの時期でも青々としているターサイやほうれん草が出荷見合わせとなるなどの影響が出ています。最近の出荷の品目は、さつま芋、人参、聖護院大根、大浦ごぼう、分けつネギ、白菜といったところです。葉物野菜はしばらくありません。
 市東さん宅の援農では、白菜は出荷当日の朝採りです。今年は虫の害も少なく、なかなかの出来です。強い風のため、かなり中の方まで砂が入り込んでいます。ケースに入れるのに難ありなくらい大きいものが多いので、外の葉は少し多めにむいてやります。朝イチのこの作業は、氷の塊を扱っているかというくらいに手がジンジンと冷えます。作業後はかじかんだ手をほぐしてやらないと車の運転もままなりません。今が寒さの底。寒さが緩んでくるまで、もうしばらくの辛抱です。
 さて、今年は半ば以降に市東さんの南台農地をめぐる耕作権裁判の控訴審が始まります。軍事使用を前提とした軍事空港建設そのものとしてある成田空港の拡張工事のための攻撃であり、また反戦の砦(とりで)=三里塚の破壊攻撃として、この南台農地の強制執行攻撃を迎え撃つわけですが、もうひとつ、農民の闘いとして改めて意義づけ直すことが必要ではないかと思います。
 残存小作地の問題は、復員が遅れたために農地解放に間に合わず小作地のまま取り残された、ということで戦争との関連も語られることはこれまでもありました。さらに一歩進めて、そもそも残存小作地とは何か、ということがあります。
 戦後の1947年から49年にかけて実施された農地解放は、不在地主の貸付地全部と在村地主の貸付地で保有限度(北海道以外で1㌶)を超える部分を国が強制買収し、小作人に安価で売り渡すという形でおこなわれ、小作地は田で14%、畑で12%に激減したのだそうです。この残ったものが残存小作地というわけですが、GHQ主導のこの農地解放はそもそも戦後革命の予防政策として行われたものであり、これが不徹底なまま終わりとなったのは階級的な力関係の反映でした。つまるところ、残存小作地は戦後革命の敗北の産物です。
 それでもなお、「耕すものに権利あり」を基調とする52年成立の農地法は、戦後革命期の獲得物として階級的な力関係を強制してきた大きな意義を持っています。この農地法を法的根拠として「農地を明け渡せ」とした千葉地裁判決は、階級関係そのものを覆そうとする国家権力の意思を体現したものであり、とうてい許すことができません。
 戦争に突き進む高市政権をぶっ飛ばし、労働者階級人民が権力を握って、戦後革命のリベンジで今度こそ真の農地解放を実現していくことが、この農地取り上げ攻撃に対する革命的回答です。反帝・反スタ世界革命を掲げた中国侵略戦争阻止の闘いは、こういったようにこれまでとは画然と違った壮大な展望を語ることでこそ、現実に勝利をたぐり寄せることができるのだと思います。
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