新版・現闘員奮闘中!日誌 市東農地決戦の先頭に立つ 軍事空港建設許すな 力関係築いた80年代  三里塚現地闘争本部員 二川 光

週刊『三里塚』02頁(1184号02面03)(2026/05/25)


新版・現闘員奮闘中!日誌
 市東農地決戦の先頭に立つ
 軍事空港建設許すな
 力関係築いた80年代
 三里塚現地闘争本部員 二川 光

(写真 B滑走路延伸工事を徹底弾劾【5月13日】)


 5月も後半に入り、30度に近い夏日が数日続きました。今年はスーパーエルニーニョ現象が起きるかもと言われています。93年の米騒動の時のように日本では通常冷夏になるはずですが、偏西風の蛇行や気候変動の影響で今年の夏は全国的に高温になると予想されています。乾燥も続き、畑に雨が欲しいところですが野菜も私も耐えしのんでいます。
 三里塚現地では5月12日と13日に連続的闘争が設定され、全力で闘いぬきました。12日の千葉県庁前の千葉県立羽衣公園での集会とデモでは萩原富夫さんから、強制収用攻撃を弾劾する怒りのアジテーションが発せられました。1988年、20年と言われる成田空港の事業認定の期限が切れそうになる中で、空港公団(現NAA)は強制収用攻撃を矢継ぎ早にかけてきました。しかし、反対同盟を先頭とした実力闘争、全国的な怒りの高まりの中で収用委員会を解体に追い込む歴史的勝利が勝ち取られました。
 それは反対同盟が83年3・8分裂という試練に打ち勝ち、総条件派化を拒否して絶対反対同盟として屹立(きつりつ)したこと。さらに労働組合や学生を先頭とした実力闘争の展開、中でも機動隊を蹴散らした85年の10・20三里塚十字路戦闘が決定的でした。80年代の闘いが今日まで強制収用を許さない力関係を築いたと言えると思います。
 12日の集会とデモはこの力関係を覆そうとするNAA・国・千葉県、そして弾圧しようとしている千葉県警に圧力をかける闘いとなったことを感じました。
 そして13日には、第3滑走路予定地の菱田でデモ行進を行いました。月1回のフィールドワークで訪れている地区ですが、今回は今までと様子が違っていました。買収を拒否している農家の田んぼの周りを取り囲むように空港会社はどんどん工事を進めています。田植えが終わった3枚の田んぼの周りにはNAAが杭を打ちネットを張っています。反対する農家を追い出そうとしているようで、あらためて怒りを覚えました。
 菱田は闘争初期には反対同盟の最大拠点だった地区です。80年代には成田用水反対で一日に何回もデモ行進を行ったと聞きます。決戦の地であった菱田地区はふたたび三度、「国家プロジェクト」である空港機能強化策と闘う最前線の決戦場となっています。頻繁に工事車両や警察車両が行き来するので、成田空港の本質は闘う人民を弾圧し、地元住民の犠牲の上に成り立っていることがよく分かります。それと真っ向から闘う反対同盟の正義性に自分は確信を深めました。
 12日と13日の闘いは強制収用攻撃を粉砕していく闘いであり、成田軍事空港化を粉砕していく闘いとして全力で闘い抜きました。今年、全国の反戦闘争の先頭で闘う三里塚闘争は60周年を迎えます。6・21農楽まつりに集まり、高市政権を倒し、空港廃港まで共に闘いぬきましょう。

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